2022/5/28, Sat.

 (……)ところでこの印刷物ですが……あなたにこの印刷物の内容についてお聞きになりたいというお気持はおありですか。……では、まあお聞きください。この春にバルセローナで、連盟の総会が盛大に催されました。――ご存じと思いますが、この都市は、政治的進歩の観念と特殊な関係にあります。一週間にわたって祝宴や祭典の中に会議が続けられました。実は、私もぜひと思って、会議に出席することを熱望したのですが、顧問官の悪党に死ぬのなんのとおどされて、許可が得られなかったのです。――私はといえば、死ぬのが恐くて、出発を断念いたしました。お察しいただけると思いますが、不健康を理由に甘受しなければならなかったこの痛手に、私は絶望へ追いやられたのです。何が悲しいといって、私たちの有機体、その動物的部分のために、理性への奉仕を妨げられるということほどに悲しいことはありません。それだけに、ルガーノ支部からきたこの手紙は、私をことさら喜ばせるのです。……あなたは手紙の内容に興味をいだかれることと思いますが(end509)……そうだろうと思います。ではその大要をお話ししましょう。……『進歩促進連盟』は、人類の福祉を招来すること、つまり組織的な社会活動によって人類の苦悩を防ぎ、さらにその苦悩の完全な絶滅を目的とするところから――またこの最高の任務は、完全なる国家を究極の目的とする社会科学の援助によってのみ達成されるという事実に鑑み――連盟は、巻数の多い『苦悩社会学』という表題の叢書編纂をバルセローナにおいて決議したのです。これは、人間の苦悩をそのあらゆる種別に従って、体系的に綿密に徹底的に研究する事業なのです。あなたは、種別や体系がなんの役にたつかと反駁されるかもしれません。それに対する私の答えはこうです、整理と分類こそ征服の第一歩であり、真に恐るべき敵は、未知ということだと。私たちは、人類を恐怖と忍従の無感覚の原始状態から解放し、目的を意識した活動へと導いていかなければならないのです。まず原因を知って、それを除けば、おのずから結果が消滅すること、また個人の苦悩の大半は、社会組織の欠陥に基づくこと、それを人類に知らせなければなりません。そうなのです、それが『社会病理学』の意図するところなのです。この病理学はだいたい二十巻の百科辞典ふうの叢書として、考えられるかぎりの人類の苦悩をすべて列挙し分析するはずです。ごく個人的な私的な苦悩にはじまって、大きな集団的な葛藤、つまり階級闘争とか、国際間の衝突から生ずる苦悩に至るまでですね。要するに『社会病理学』は、人間のいっさいの苦悩を構成する化学的分子を、その種々の混合や結合以前の状態に還(end510)元し、摘出して見せるのです。そして苦悩の原因を取除くために、有効適切と思われる手段と方策とをあらゆる場合に人類に提供して、人類の尊厳と幸福という目標に到達しようというのです。この苦悩の百科辞典編纂には、ヨーロッパ学界の著名な専門家、つまり医師、国民経済学者、心理学者等が協力を惜しまないでしょう。そしてルガーノの編纂本部は、原稿を集める集水桶になるでしょう。ではこうした仕事の中のどんな役割が私に課せられたのか、とあなたは眼でお尋ねになっておられますね。まあ最後までお聞きください。この大事業は、文学が人間の苦悩を対象とするかぎりは、文学を無視しません。文学のためにとくに一冊が予定されていて、そこでは苦悩者を慰め導くという目的で、世界文学中の、個々の葛藤で参考になりうるような傑作が全部集められ、簡潔な分析がなされる予定なのです。そして――これこそこの手紙の中で、あなたの忠実な下僕に命じられている仕事なのです」
 (トーマス・マン高橋義孝訳『魔の山』(上巻)(新潮文庫、一九六九年/二〇〇五年改版)、509~511)



  • 「英語」: 610 - 623
  • 「読みかえし」: 821 - 824


 なんどもさめながら、最終的に一一時一五分起床。胃がわるくなったためにやはり寝つきもわるかったのだろう。さめるたびに胃酸の感触がわずかにないでもなかったが、一一時台をむかえたころにはそこまででもなくなっていた。とはいえ平常ではない。その後食事をとったあともたしょう喉にそれらしきものをかんじた。おきあがって廊下に出て、水場へ。階段下の室に父親がいたのであいさつ。顔を洗ったり用を足したりみずを飲んだりしてもどってくると、ホッブズリヴァイアサン』を読みすすめた。300までいった。この巻Ⅰは360ページくらいまであって読書会はあしたなので読みきれるかどうか微妙なところ。「父権的および専制的支配について」「国民の自由について」とすすんでいるが、やはりわりと絶対的な、独裁的もしくは専制的な国家権力の像がみえかくれする印象。脚をもみながら一二時ごろまで読んで上階へ。ジャージにきがえ、トイレに行って便意を解消。胃が悪いので食事はすこしだけにしようとおもいつつ冷蔵庫をのぞくと、さくばんの残りものを母親がこちら用に分けておいてくれたのがいくらかあったので、そのなかからナスとひき肉の炒めものだけ取り、電子レンジで加熱した。あとは白米。それだけを卓にもっていって新聞をみながら食事をとったが、記事はあまり読まず、ぜんたいをめくっていってどんなものがあるか確認したくらい。アラン・ホワイトの訃報があった。あとデペッシュ・モードのひとのも。イエスはすこしだけだがきいたことがないわけではないが、デペッシュ・モードはまったくない。
 皿を洗い、風呂も洗って、白湯をもって帰室。コンピューターをスツール椅子のうえに乗せてNotionを用意。このあたり、食後すぐのころはたしょう胃酸らしき感覚があった。二時現在だとかんじられなくなっているが、基本的にじぶんの胃はわるいというか、胃酸が出すぎる傾向があるとかんがえてからだをととのえるべきだろう。とりあえずきょうの夜に(……)に書類をわたすことになっているので(時間の連絡などまだ来ていないが)、そのときついでに胃薬を買ってこようとおもっている。そんなにひどくはないとおもうので、太田胃散でいいか? H2ブロッカーというのが胃酸抑制効果がたかく、逆流性食道炎にはそれだというので、そちらのほうがよいのかもしれないが。
 音読。「英語」と「読みかえし」の両方を読み、そのあと部屋にもってきていた新聞をいくらか読んで、ここまで記すと二時過ぎ。


 上階に行って洗濯物を取りこみ。長方形の集合ハンガーに吊るされているタオルは乾きが不十分そうだったので位置を変えて、かろうじて日なたがほそくのこっているあたりにまだかけておいた。そのほかのものはすべて入れて寝間着やら肌着やらたたむ。バスタオルも。フェイスタオルも、けっきょく日なたがかげったりしてこれいじょうどうにもなりそうにないので、とりこんでたたんでしまった。マットといっしょに洗面所にはこぶ。父親は台所のかたづけをしていた。それから下階に帰るとしばらくベッドにあおむいて脚をもみながらホッブズを読みすすめ、三時にいたると瞑想。三〇分弱。胃がわるくなっているのが如実にわかる。しかし気分がわるいということはなく、腹のなかがややひりつくような、内部でノイズがわいている感覚はあるけれど、からだがけだるいとか気力がわかないということはなく、意気はそこそこあるつもり。意識も暗くはない。瞑想を解くと、おととい(……)にもらった契約書などの必要書類の記入をすませてしまうことにした。それでベッド縁にこしかけ、スツール椅子のうえに電気工事士の参考書を乗せて、それを土台にして書類に記入していく。捺印が必要なものはその都度捺し、捺したものは背後のベッドにならべて印が乾くのを待ち、というかんじでやっていった。ぜんぶで九枚。じきに捺印のコツをつかんだ。こちらの印鑑と母親に借りた朱肉だと、インクをかるく三回つけて、印鑑の下端から紙につけて閉じるようにおろしていき、紙に接着したあとはあまりちからをいれず五秒くらい待つとちょうどよいかんじになる。なんだかんだでけっこう時間がかかり、終えると一時間弱経っていた。そこからまたちょっとだけ座ってじっとし、そのあとここまで記すと四時五〇分。(……)からさきほどメールが来ていて、何時に行けばいいかときいていまは返信待ち。飯をつくる。


 きょうはかなり暑い。今年ではいまのところいちばんの暑さではないか。室内にいても汗ばんで、制汗剤シートがほしくなる。


 一首: 「自意識に苦しみながらも立つきみの踊る踊りがきみを踊るさ」


 いまは六月二日の午後二時半。この日のことであとおぼえているのは、(……)に出向いて(……)に書類をわたしたことくらい。先日とおなじく八時過ぎになるとのことだった。それを知ったのはしかしすでに家を出てからで、七時半くらいには着いておこうとおもって六時四〇分くらいの電車をめざして出発したのだった。道中の記憶はない。(……)に着いたあとは間があったので、ホームに降りてすぐそこのベンチに腰掛け、かなりひさしぶりのことだが手帳にメモを取っていた。きのうの飲み会にむかう電車内、女子高生らの会話がおもしろかったのでそれをわすれないうちに記録しておこうとおもったのだ。そうして八時前になると切り上げて立ち、駅を抜けて薬局へ。太田胃散の分包三二個入りを買った。六九〇円。三二個入りと四八個入りがあって、一日三回食後と記されてあるので四八個だと割り切れるのだが、なぜ三二個のほうは三二個にしたのか。それは分包が二個で一セットとして箱のなかにはいっているからだろう。その後南口のほうに移動。また車で行くのでと(……)から場所の指定があり、来たメールに地図画像が添付されていたのだ。南口のほうはひさしぶりに来た。高架歩廊をたどっていくに、人出はおおく、若いカップルもよくみられるし、みな表情も活気を帯びてあかるいような感じで、街の夜というにぎわいの雰囲気がややただよっている。とちゅうでしたの道に降りて交差点で角を曲がり、指定された場所に立ち尽くして待つ。背後の建物はアジア食品を売る店やそれに付属した食堂のようで、中国人か韓国人かそれらしきひともとちゅうでとおった。そのうちに車が来て目のまえに停まったのであれだなと見て、出てきた(……)にあいさつ。書類をわたしながら、ひとつだけ、と言い、複写式の三枚のうちいちばんうえは捺印したがあとの二枚も捺すんだよな? とたずねるとそうだねというので、その場で捺すことに。(……)の車のボンネットを土台につかった。それで確認してもらい、完了。すまんね、これだけのために、と(……)は言い、車にもどった。発車するまで待っていちおう手をあげて見送り、そうして駅に引き返して帰路へ。