「(……)トコロデソレト(end704)同様ニ、肉体モ、肉体ニ対スル愛モ、卑猥デ浅マシク、肉体ハ自分自身ヲ恐レタリ恥ジタリシナガラ、ソノ表面ヲ赤クシタリ、青クシタリスル。シカシナガラ、肉体ハマタ大イニ賞讃ニ値シ、尊敬スベキモノ、有機生命ノ驚クベキ形象デアリ、形ト美トノ神聖ナ奇蹟ダ。ソシテ、コレニ対スル愛、人体ニ対スル愛ハ、ヤハリ非常ニ人文的ナ関心デアリ、世界ジュウノイカナル教育学ヨリモ教育的ナ力ナンダ。アア、スバラシイ有機的美、油絵具ヤ石ナドデ構成サレタノデハナク、生キタ腐敗性ノ物質カラ成リ、生ト腐敗トノ熱性ノ秘密ニ満チタ美ヨ。人体組織ノ驚嘆スベキ対称ヲ見タマエ、左右ノ肩、左右ノ腰、胸ノ左右ノ花ノヨウナ乳首、対ニナッテ行儀ヨク並ンダ肋骨、軟カイ腹部ノ真ン中ノ臍、股間ノ黒イ宝庫! 背中ノスベスベシタ皮膚ノ下デ肩胛骨ガ動クサマヲ見ヨ、水々シイ豊満ナ二ツノ臀部ニ向ッテ背骨ガ走リオリル様ヲミヨ。軀幹 [くかん] カラ腋窩 [えきか] ヲ通ッテ四肢ヘ走ル脈管ト神経トノ太イ枝ヲ、ソシテ、腕ノ構成ガ脚ノ構成ニ対応スルアリサマヲ見タマエ。アア、肘ヤヒカガミ [﹅4] ノ関節ノ内側ノ柔ラカイ部分、ソシテ、ソノ内部ノ肉ノ褥ニ包マレタ無数ノ有機的秘密。人体ノコノ甘美ナ部分ヲ愛撫スルノハ、ナントイウ歓喜ダロウカ。死ンデモ悔イノナイ喜ビ。アア、君ノ膝頭ノ皮膚ノ匂イヲ嗅ガセテクレタマエ、精巧ナ関節囊ガ滑ラカナ香油ヲ分泌スル表面ヲ! 君ノ股ノ前面ヲ脈打ッテ、ズット下方デ二本ノ脛部 [けいぶ] 動脈ニ分レテイル大腿部動脈ニ、ボクノ唇ヲ敬虔ニ触レサセテクレタマエ。君ノ毛孔ノ発散物ヲ嗅ギ、君ノ柔毛 [にこげ] ヲ愛撫サセテクレタマエ。水ト蛋白質カラ成リ、ヤ(end705)ガテハ墓場デ分解スル運命ヲ持ッタ人間像ヨ、君ノ唇ニボクノ唇ヲ当テテ、僕ヲ死ナセテクレタマエ」
(トーマス・マン/高橋義孝訳『魔の山』(上巻)(新潮文庫、一九六九年/二〇〇五年改版)、704~706)
一一時半。(……)さんのブログをみると、『淀川長治自伝』(中公文庫)からの引用。
思うに、私は「動くもの」に早くから非常に興味を持った。それが幼年男子のように電車や汽車や、のちの、飛行機というようなものではなく、ひとりひそかに見つめているようなものに、とくに興味を持った。
汽車に乗ると、窓からの風景を眺める以上に向こう側の線路を見るくせ("くせ"に傍点)があった。そのレール(軌道)はまるで飴を伸ばしたその飴がよじり合うがごとく、二本の光る線路がゆれ動きカーブになって他の線と入りまじると、レールは四本の光る紐が枕木の上をすべりまくって重なり合ったかと見るや早いスピードで引きはなれる。これに私は見とれきった。
これは窓から顔をあげた列車のななめうえの電線の動きにも同じこうふんを覚えたのであった。四本の糸のあやとり遊びのごとく、電線は汽車のスピードにあわせ動きまわるのだった。
あるいはまた雨の日、私はいつまでも雨が降りそそぐぬかるみを見るくせ("くせ"に傍点)があった。水だまりの上に降りそそぐ雨が忙しげに波紋を描いては消え、波紋を描いては消える、そのたえまない小さな波紋が面白く、降る雨が地面の水だまりに落ちる瞬間に、波紋のさきに見えるか見えぬかの瞬間の早さで、小さな小さな水ばしらが立って、私はその小さな小さな瞬間の水ばしらが軍艦の船上のてっぺんに見え、丸い何重かの波紋はその軍艦が進む波にも見えたのであった。
ここに書かれていることはけっこうじぶんの記憶を刺激する感じがあって、二段落目のレールのうごきもわかる気がするのだが、しかしじぶんが子どものころもっぱら乗っていた(……) - (……)間の電車で線路のレールがみえたかというとそうもおもえないので、これはあやしい。しかし三段落目の電線のうごきはかんぜんに記憶と一致する。じぶんもこれは子どものころに電車内からよくみていた。あのたわみ、上下の揺動、一瞬ふれあうとおもうと衝突した独楽のようにゆっくりとはなれていくうごきはおもしろい。あとたぶん男子小学生はけっこうみんなやるとおもうのだけれど(女子もやるのかどうかは知らない)、車窓からみえる電線とか塀とか、なにかしらのもののうえを電車のはやさとおなじ速度で走ったり飛び移ったりしつづけるちいさな忍者的存在を想像することもよくやっていた。
四段落目の水たまりから立ちあがる極小の柱は、たぶんこちらがよく「毛羽立ち」ということばで書きつけているやつだとおもうのだけれど、それが「軍艦の船上のてっぺんに見え」るというのはまったくかんがえたことがなかったな、とおもった。やはりむかしの、戦前の子どもの想像力ということか。「軍艦」が比較的身近にあるような気配をかんじる。いまの子どもがおなじものをみたとしても、「軍艦の船上のてっぺん」というふうにはなかなかイメージできないのではないか。
九時四〇分に離床。からだの調子はわりとよさげ。胃の感じもことさらよくはないが、そんなに悪い感触ではなかった。たちあがると消毒スプレーとティッシュでコンピューターを拭き、洗面所へ。顔を洗ったりみずを飲んだり用を足したり。それから部屋にもどるとYahoo! の路線情報にアクセスして電車を調べ、もともと(……)に一三時半となっていたがちょうどよいのが四〇分着しかなかったので、その旨LINEにつたえておいた。それからベッドにころがって書見。J. D. サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』。ようやくタイトルの文言が出てきた。ふつうに物語内でライ麦畑が舞台になるところがあるものだとおもっていたのだが、そうではなくて、ニューヨークの町で親から遅れて歩いている子どもがこのタイトルの歌をうたっているのをホールデンが目に留める、という登場のしかただった。街の偶発事に目とこころを惹かれているそこの一段落はまあまあよい。
いまは六月七日の午後七時直前である。この五日のことをなにか書いたのだったか、それともなにも書いていないのだったか、アパートにネット環境がまだないのでNotionを確認できず、わからない。まあスマートフォンをつかえというはなしだが。こんど入れておこう。この日は(……)および(……)くんといっしょに新居に行ったり、(……)でニトリをまわってカーテンを買ったりした。起きたのは一〇時くらいだった気がする。待ち合わせは一時半だが電車を調べると一時四〇分着だったのでそのようにLINEに伝えた。という内容をたしか書いた気がするから、たぶん出かけるまえくらいまでは綴ったのだろう。(……)くんからLINEで、きょう雨らしいが傘をもたずにきてしまったから、余分にいっぽんもってきてくれないかとあったのだけれど、ちょうどいまうちにもいい傘がなくて道中買うつもりだったと回答。こちらがつかっていた黒傘をなんのときだったか、電車内にわすれてきてしまったのだ。たしか先月か先々月くらいだったとおもうのだが。服装はPENDLETONの茶色のやわらかいチェックのシャツに真っ黒な薄手のズボン、うえはNicoleの濃紺のジャケット。きょう(七日)のかっこうと、うえを真っ白な麻のシャツにしたいがいはおなじである。履きたいボトムスをアパートに持ってきてしまっているので、黒いこれしか履くものがない。立ったまま打鍵していて疲れたので、ここまでできょうはそろそろ帰ろうかなという気になった。
道中のことはわすれたので飛ばそう。(……)に一時四〇分に集合。(……)線は本数がすくないのでおなじ電車に乗るだろうとおもっていたが、(……)で降りて改札を抜けるとあたりにすがたがみえなかったので、待っているとじきにあらわれた。うしろのほうに乗っていたようだ。ふたりとも改札のむこうでいったんトイレに折れ、(……)くんがさきにもどってきて改札を抜けたのであいさつ。(……)から一駅だけなのに、かなり雰囲気変わるねと言った。同意し、(……)はまあ都市だけど、ここはなんていうか、場末? 場末感あるねというと(……)くんは笑っていた。まもなく(……)も来たのであるきだし、まず傘を買いたかったのですぐそこのコンビニ(ファミリーマート)に。ふたりはプリンターで"(……)"の英語版歌詞をプリントし、こちらは七〇センチの白いビニール傘を購入する。黒傘がほしかったのだが。会計を済ませてもどってくると印刷された用紙はサイズがちいさすぎて、文字がかなりこまかくなってひじょうに読みづらかったのでもういちど印刷することに。そのへんで若い女性が来て待ちはじめたのでふたりともおそらくそれを意識しつつ手順をすすめ、用紙サイズをおおきくすることで無事適切なものが出せた。そうして退店し、こちらのアパートへ歩く。きのう(……)に荷物運搬を手伝ってもらったのだと道中はなすと、(……)はちょっと間があってから顔がわかったようだった。とちゅうにカレー屋もあるのできのうここにはいったがさいきん胃が悪くて食べきれなかったというと、気遣うようなことばがかけられ、ひとり暮らしにうつるストレスもあるんだろうというお決まりの推測もなされた。行く手には(……)小学校があるのだが、(……)はいぜんここに非常勤講師として通っていた時期があったという。それは知らなかった。そこを折れて通りを行き、横向きの道に行き当たるとちょっとずれてから渡り、さらに縦向きに進めばもうアパートである。階段をのぼって部屋に招き入れると、ぜんぜんいいじゃん、きれいじゃん、みたいな評が口にされた。しばらく室内で過ごす。そういえばきのうの日記に書き忘れた気がするが、カーテンを買うためにカーテンレールから床までの長さや、レールの左右の長さ、また窓枠の上下左右の長さなどを測っておいたのだった。さらにそのほか、収納スペースにも突っ張り棒をつかうかもしれないということで壁から壁までの左右の長さを測っておき(一一四センチ)、洗濯機の土台もたぶん規格がいくつかあるだろうと測り(一辺六二. 五センチ四方だが四隅が五センチずつ欠けているので、一辺で実質一〇センチ短いことになる)、戸口の左右幅もいちおう測っておいた(だいたい八〇センチだったが扉をあけはなしても端にのこるその厚さがいくらかあるので、実質七五センチ強だろう)。そのデータを受けて(……)と(……)くんがあらためてカーテンまわりを測ってくれると、カーテンレールの上から床までがちょうど二〇〇センチほど、左右は端にある余白をのぞくと一七八センチ、窓枠の外側から外側までの左右が一七〇センチほどで上下は一八〇センチ弱だった。それできょうはきのうもいったが(……)のニトリに行ってカーテンを買おうというわけで、しかもカーテンは引っ越し祝いでプレゼントしてくれるという。しかしそのまえに外気のなかでギターを弾きたいと言って公園に行くことに。それでギターを持って部屋を出て、あるいてすぐの(……)公園に行った。きのうも座った木蔭のベンチに座って似非ブルースをてきとうにやる。
公園内には幼子を連れた親が来ていっしょに駆け回ったりしていた。そのうちに"(……)"の英語版をチェックすることに。(……)くんにギターを渡したのだったが、しずかなそとで歌うことにちょっと緊張した(……)が、コンビニでプリントアウトした歌詞用紙をみながらちいさな声で歌うあいだ、(……)くんがアコギでコードをうまくつけたので、進行よくおぼえているなとなった(いちばんさいしょはボサノヴァ風のリズムを奏でたのだが、それは(……)によって却下された)。そうして用紙を渡してもらい、歌詞が変ではないかチェック。とりあえず歌からはなれてことばとして意味が通じるか否か、文法的なまちがいがないか否かをまず見ようとおもっていたのだが、しかしみていればやはりここはどういうリズムなの? ちゃんとメロディに嵌まっているの? というのが気になって、そのたび(……)にたずねて口ずさんでもらい、リズム的に変な箇所はその場で修正していった。そのためにけっこう時間がかかって、この公園で終わったのはだいたい一番までだったとおもう。(……)は英語のイントネーションとか、このことばのながれだったらこういうリズムで歌ったほうがよいだろうという点にあまり通じておらず、子音だけの部分を強調的にながく取ってしまうことがあった。(……)
そのうちにアパートに帰還。(……)に行こうということに。カーテン周りのサイズを測ったのはもしかしたらこのときだったかもしれないが、どちらでもよい。またもどってくる予定で荷物は部屋に置き、こちらもリュックサックは持たず財布だけポケットに入れて(ジャケットを着るときは携帯と手帳はもともと上着の左右内ポケットに入れている)部屋を出て、駅まであるく。来たみちから一本だけ横にずれた細道、住宅のあいだを抜けていくような裏道を通ることに。そこにはいる角にはいまどき珍しい気もするが町の豆腐屋がある。路地のとちゅうで家のまえに赤やピンクなどあかるいいろの花をたくさん備えた美容室があり、(こちらが髪を切るのに)ここにお世話になるかもしれないと(……)くんが冗談を言う。じっさいどこで散髪をするかというのもなかなか難しい、面倒な問題だ。髪型にこだわりがないというか、細かいことなどちっともわからんので、どんなふうにしたいとか聞かれてもなんとも言いづらい。髪型をもうすこし洒落っ気のあるものとか、パンチのあるものとか、変なものにしてみたい、試してみたいというきもちはないでもないのだが。しかし美容室よりも床屋に転換するべきなのかもしれない。中学生までは床屋だったが。床屋だと顔を剃ってもらえて、それはなかなかきもちが良い。あとそれをやったあとに熱したタオルで顔をつつまれるあれが子どものころのじぶんは好きだった。たしか「(……)」といって、(……)さんだったとおもうのだけれど、高齢の夫婦がやっていた店に小学生時分のこちらは通っていて、いつか旦那さんが亡くなってそのあとはおばさんだけになり、それからもしばらく、小学校の終わりくらいまでは行っていた気がするが、旦那さんのほうが熱々になったタオルを顔に乗せて覆うときに、冗談で鼻まで覆ってしまい、ちょっとのあいだ熱気のこもったここちよい息苦しさを味わわせてからすぐに取って笑う、ということがなんどかあった記憶がある。しかもその旦那さんの風貌まで、これが正確なものなのか疑わしいが、ちょっとおもいだせる。ほかの店のひとやべつの人間と取り違えているのではないかという気もするが。
(……)駅に着き、電車に乗って(……)へ。駅を出て(……)へむかう。そのとちゅう、(……)がいまはいっているビルから撤退するというはなしが(……)からあった。一、二階が(……)の区画なのだがそこは閉じるらしい。そのあとになにがはいるのかは不明。ジュンク堂がのこればなんだってよいわけだが、うえのニトリや本屋はそのままのこるというので安心だ。百貨店では(……)のほうが圧倒的に売り上げが高いらしいと(……)は言っていた。(……)なんかほぼはいったことねえよとこちら。まえにいちどレストランフロアに行ったことがあるが、価格帯が一段ちがっててかなり高かったな、とつぶやいたころにはすでに(……)の入り口まで来て消毒スプレーを手に受けていた。はいってフロアをすすみ、エスカレーターに乗って上階へ。ニトリで降りてまずはカーテンを見に行った。ともあれレースから決めようというわけで見分。ふたりもここか、あるいは吉祥寺のニトリでカーテンを買ったらしい。ふたりの家はレースを二枚重ねにしているという。一枚目を買ったところが長さが足りずしたのほうにすきまができて、それが予想外に寒かったのでもういちまいを重ねたらしい。そういうやりかたもあるんだなとおもった。さいきんのレースカーテンには遮光とか遮熱とかいろいろ特性がついており、とくに遮熱はけっこう効果があって変わるという。それで上段に見本をかざってそのしたの棚に各サイズの袋入りの品をならべている区画を見て、いちどは「アラン」という品に決めたのだけれど、のちのち節電効果をかんがえて変更することになった。品物によってはecoマークみたいな記号がついているものがあり、それは遮熱効果によって冷暖房の温度をどれくらい変えられるか、ひいてはどれくらい節電できるかということをあらわしたものなのだが、三個がいちばんおおいのでその種の品にしたほうがよいだろうというはなしになったのだ。それはレースのあと、色付きのカーテンもちょっとみて、さらに机と椅子も見てきたあとのことだった。それで最終的になんという品名だったかわすれたがレースはecoマークが三つの、縦にちょっとストライプのはいって薄青さをふくんだものに決めた。さいしょはその付近からサイズのあるものということで明褐色の十字めいた模様が散らされているやつをえらんだのだが、それは可愛いとふたりは言い、可愛くてもいいの? と問われたがまあこのくらいなら許容範囲かなとおもったのだ。しかしすぐちかくにもう二品、さきのものよりもっとはっきり十字の模様が淡青で散らされたやつと、最終的に購入を決定したストライプの品があったので、そのふたつで吟味したのだった。いまおもいだしたがecoマークが三つだったのは十字架模様のほうで、こちらが買ったのはマークふたつの品だった。節電や保温の効果をとるなら十字架なのだが、じっと見つめて精査したところこれだとやっぱりなんかなあという感じがしたし、ecoマークよりもデザインを重視してストライプだろうと決めたのだった。クリスチャンにはまだなれなかったと冗談を言っておく。この品は(……)くんが買ってプレゼントしてくれた。
「アラン」かなとレースに目星をつけたあとその外側のもういちまいも見分し、色付きの区画を見てまわったのだが、そのとちゅうで(……)くんが、さきにきのう目をつけたという机と椅子を見に行こう、いろの兼ね合いがあるからそれがどんな感じか見ておきたい、と言い出したのでそのようにした。たしかカーテンがあったのは四階で、机や椅子の区画は五階だった気がする。それできのう見たばしょまで案内し、さきに椅子の一角にはいった。そのあと「マーフィー2」を示し、(……)くんがハンドルをぐるぐる回して上下機能を確認したりする。椅子は「リカルド」のフットレストつきとふつうのもの二種いがいに、品名はわすれたが腰のあたりで背中の左右をうしろからしっかり受け止めてくれる支えがもうけられた品にも座った。ベストな姿勢をつねに保てるようなしくみになっているとかいうふれこみだった。さいしょに(……)くんが座っていて、これすごいよ、きゅってなる、と言ったのでこちらも座ってみたのだが、たしかに座ると背後の支えが即座に腰を受け止めて自然と背が伸びるような姿勢になり、ほとんど固定というくらいに安定されてかなり楽だったので、これはたしかにすごいわ、このまま寝れる、これで音楽きけるな、などと好評を述べた。それで一時そちらのほうがいいのか? とも迷ったのだけれど、デザイン、つまり見た目としては「リカルド」のほうがオーソドックスで、いかにも重厚という感じであり、まあ書き物をするにんげんらしい。それにかわるがわる座って目を閉じ感触を吟味しているうちに、支えのあるやつはたしかに楽というかがっちりしているのだけれど、これがベストな姿勢であると、おれがベストをおしえてやる、こういう姿勢を取るべしという感じである種矯正的というか、押しつけがましさまではいかないがからだを自動的に操作して解を決めてしまうところがあり、だんだとそこはかとなくいけすかない印象をおぼえてきた。たいして「リカルド」のほうはより沈みがあってやわらかく受け止める、というか受け入れてくれるような感じだったので、やはりこれだなと決定した。フットレストつきのやつとそれなしの品では前者のほうが一万円も高くてどういうことやねんとおもうのだが、微妙に高さもちがっていて、また座面の座りごこちもなにか違うようにおもわれた。フットレストがなしのほうがすこしだけ高くでき、(……)がわざわざ「マーフィー2」のところまでそれを持っていって試させてくれたが、合わせても腕置きの高さが机の面とおなじくらいになってちょうどよかった。机と椅子とをあわせるとどれくらいの幅になるかも測ってもらう。一二〇センチほどで、机の横幅も一二〇センチなのでおおかた一二〇センチ四方のスペースが占有されることになるが、カーテンレールの左右が一八〇くらいだったところから推すと部屋(七帖)の左右幅はおそらく二五〇センチくらい、おおよそ半分地点まで埋まると予想された。そこそこのおおきさではある。もともと部屋の南壁(階段側)に向かうかたちで収納スペースのすぐ横に据えようとかんがえていたのだが、西窓(部屋にはいって正面)に対する向きにして、左の壁(つまり南壁)に寄せる感じで置いてもよいかもしれないと案が浮かんだ。右壁のむこうは隣室なので、打鍵のおとや、通話するときのことなどをかんがえるとそちらではなく階段側に寄せたほうが良いのではないか。ともかくそういうわけでこの二品に決めたのだが、フットレストありかなしかという点について(……)が、(……)さん((……))はフットレストつかわなそう、いらなさそうだとおもうんだよね、そこまでして座らないわ、それだったら布団に寝るってなるんじゃないかと、と(……)くんに言っていたので、いやまさしくそのとおりだなとおもった。疲れてきたらもう横になって脚を揉みながら本を読むのがいちばんである。
机と椅子はもうこれに決めたところが、(……)くんがニトリの会員アカウントをもっていて、それがあるとインターネット経由で注文でき、ポイントがつくというので、かわりに注文してもらってポイントをつけてもらってもいいなとおもった。そういうふうに提案してどうする? ときき、この日は決まらなかったが翌日だかにLINEでふたたびはなしを出して、注文してもらうことになった。一五日に届くという。机椅子を見たあとはカーテンの区画にもどり、まあ机も椅子も重厚なかんじで焦茶と黒で重いからカーテンはあかるかったり淡かったりするやつがよかろうという案になり、各通路に置かれているものを遠目にみたりちかづいてみたり、いずれみずからの感性を世界にむけておしひろげるようにしてピンとくるものを探した結果、さらさらとしたようなターコイズブルーのやつがいいなとかたまった。しかしこれはいまよく売れている品と表示されていたとおもうし、それでいえば「リカルド」にも「今、売れてます!」みたいな表示があったし(ほか、使用者の評判として、高級チェアもためしたがけっきょくこっちのほうが座り心地がよい、抜群、みたいな文言も書かれていた)、おれの感性ずいぶん大衆的ではないか、最大公約数ではないかとおもった。ただそのブルーのやつはちょうどよいサイズがなかったので、ひとまずレースのカーテンのみで過ごしてみて、さらに買いたくなったら買い足すということになった。しかし六月一〇日の午前二時前現在、やはり外側のカーテンもふつうにつかおうとおもっている。色味がほしいような気もするし、そとがかんぜんに見えない閉じこもり感もときにほしくなるだろう。
レースカーテンは引っ越し祝いでプレゼントしてくれるというので(……)くんがそれを持って会計へ。会計のまえにニトリのアプリにログインする段でアカウントをつくりなおしたりしていてたしょう時間がかかったが、そのあいだこちらは近辺をうろついて品物をながめていた。なかに電灯や照明の区画があり、明かりも買わねばとおもってみていると会計を終えたふたりがやってきたので、天井にあった部屋の電気の接続部を撮った写真をみせ、こういうやつなのだがときくと、これはふつうにシーリングライトのたぐいをはめることができるやつだということで、そのへんにあるシーリングライト類はだいたいつけられるだろうとのことだった。なるほど。それで天井から吊り下がって三つくらいに分かれている黒い照明なんかを見上げながらその場をあとにしたが、電灯はべつに天井でなくてちいさいやつとか間接照明的なものを床の隅に置くのでもぜんぜんいいなとおもっている。いまのところドアに近いところにある天井灯ひとつしかつかず、もうひとつ天井にある接合部はなにもついておらず裸なのだけれど、部屋がちいさいからひとつめの天井灯だけでもそこそこカバーできているのだ。部屋の南側(つまり入り口をはいった位置からみて左側)とかは収納スペースがあるから、それでひかりが届きづらく夜とかはどうかなという気もするのだけれど、パソコンをみるぶんには問題ないだろう。収納のなかが見づらかったり、そこで本を読むと読みづらかったりはするだろうが。べつにそんなにあかるく、部屋内を隈なく照らさなくてもいいかなとおもっている。だからそれこそスタンド的な小ライトとかを置くだけでもよいのではないか。
そうしてビルをあとに。エスカレーターでくだっていき、そとへ。そろそろ七時前くらいだったのではないか。ニトリに五時間くらいいた気がする、なんかめっちゃ見てまわった感じがあるとふたりは言った。飯を食う段ではあるがこちらは胃が悪いのでひかえることにして、ふたりはなにかしら買って食うと言い、高架歩廊から眼下、ビル一階の入り口まえにクレープの屋台というか車型のスタンドが(むかしからずっと毎週日曜日にはここに店を出していたはずだが)あるのに(……)くんが惹かれ、階段をおりてそれを見に行ったところがピンとこなかったようで、そこから通りをわたったところにある「(……)」でテイクアウトをするということになった。店のまえにある看板をみるとどれもうまそうだから、うわーうまそう、食いてえ、でもいま食うと胃液が出ちゃってやばいから、とこちらはつぶやく。ちらし丼がうまそうだと言ったところに、狭い自動ドアをとおってなかにはいりレジカウンターに注文する(……)くんがちらしでといっているのがドアの閉まりきらないすきに聞こえたので、ちらし頼んでるよ、おなじものだねと(……)が言った。待っているあいだにかのじょのさいきんの食の変化についてきいた。さいしょに魚が駄目になったのだったか、さらにそのきっかけがなんだったかわすれたが、マグロの赤身丼といっていたか? それともマグロはもともと嫌いということだったか? こまかなことをわすれたが、ともかくさいきんは魚が食えなくなったり、そこからさらに肉もどうも食えなくなったりということがあったらしいのだけれど、いまは「リハビリ」をして魚は行けるようになり、肉もひき肉ならオーケーになったという(「克服」したといっていた)。じっさいこのあともマクドナルドのチーズバーガーをうまいと言って食べていた。もうすこしで……なんだっけ、あの……ヴィーガン、このままヴィーガンになるかとおもった、と(……)は笑っていた(「ヴィーガン」ということばをおもいだすのに時間がかかったのだ)。そんなに食の好みが変わるとはおもっていなかったので、なんでも分け隔てなく食べられるってのはいいことだな、そういうふうになりたいとおもったという。それで(……)くんがはやばやと品物を受け取ってもどってくると、金束子を買いたいという。さいしょこれは自宅用の買い物だとおもっていたのだが、そうではなくて、ふたりはこちらの部屋に来たときに掃除をしたいと言っていたのだが、このあと帰ってから掃除をするつもりだったのだ。もう時間も遅かったし、わざわざやってもらわなくてもとおもったのだけれど、ふたりとも掃除好きなので、ということだった。それで(……)はマクドナルドにバーガーを買いに行くというので、そのあいだに(……)くんとふたりで近間のドラッグストアへ。裏路地からおもての通りへ折れて、その角から無防備にはいれるようになっているストアを見分するが、金束子はない。二店みたがどちらもなさそう。そこに(……)が合流し、チーズバーガーをぱくついた。welciaはどうかとビルを示したが、それよりも百均とかないのかなと(……)くんは言い、通りのむかいをみるとビックカメラのビルにSeriaの文字があるのがみえたので、あそこに行こうとあいなった。それで横断歩道からみちを渡り、電気屋に踏み入る。白くあかるいフロアの無害ぶって衛生的なようすにだろう、ビックカメラって感じ、ひさしぶりに来た、と(……)は言っていた。エスカレーターであがっていき、百均ショップにはいる。(……)くんはここまででふだんよりだいぶあるいたために疲労が深くなっており、あからさまにあるくのが遅かったりエネルギーが切れて元気がなくなっているようすだったので、(……)がここで待っててと言って品物を見にいった。こちらもふつうの束子がほしかったので見に行き、区画を見分。亀の子束子がやっぱりいいなとおもっていたのだがなく、天然素材のヤシをつかっているというやつがいくつかあったそのうちの、二つセットになっているものを買うことにした。これは掃除につかうのではなく、新居でも束子健康法をやるためである。七日にアパートに行ったときにすでにいくらかからだをこすってみたが、感触がやや硬くてちょっと痛いようで、やっぱり亀の子束子がいいんじゃないかとおもわれた。亀の子もさいしょはこんなものだったのかもしれないが。それでおのおの会計。エスカレーターを降りてそとへ。
どこかに座って(……)くんに飯を食ってもらおうというわけで、(……)がいい場所を知っていると言った。ふつうに駅前広場の植込みの段だが。駅舎北口をまえにみたときの広場左側端にある段にならんでこしかける。こちらと(……)はなにかしらはなし、(……)くんは黙々と食ってうまそうだった。五八〇円でこれはかなり安い、と言っていた。そうしてアパートにもどることに。駅にはいって(……)線に行き、電車に乗って移動。降りるとみちをあるき、このときはたしかぜんじつにカレー屋を出たあとに(……)とあるいたルート、住宅のあいだのほそいみちを行くようなルートをとった。そうして部屋に着くと買ってきたレースカーテンをとりつけ。ふたりがやってくれているあいだにじぶんは部屋を出て、階段したにある簡易郵便ボックスのなかにめちゃくちゃ詰まっていた郵便類をビニール袋に回収した。まえの住人がのこしていったらしい。Viewカードの支払い通知のような封筒もあって、個人情報バレバレなのだが、どうもまえのひとは郵便物をとらない人種だったようだ。(……)というひとである。それで回収してもどってくると(……)さんです、とまえの住人のなまえを教えた。レースカーテンの設置は終わっており、まあほんのすこしうす青い縦ストライプがはいった白いやつで、壁も真っ白なのでふつうに調和はする。ありがとうございましたと礼を言い、そのあとは掃除。(……)くんは流しまわりの汚れとか錆とかが気になっていたようで、買ってきた金束子でそこをゴシゴシやりまくってくれた。(……)が雑巾で床を掃除するというのでこちらも同様に拭き掃除をいくらかやり、それが済んだあとは"(……)"の英語版歌詞をまたチェックした。ほぼさいごまで行ったが、すこしだけ終わりきらず。いつか一〇時をまわっており、(……)からあるくのでなく(……)まで行くのならそろそろ出なければならないという時間帯だったので帰ることに。駅までのみちをこんどはすこしペースよくすすみ、(……)にうつって乗り換え。ふたりはこちらの乗るホームまでいっしょに来てくれたので、電車に乗ると扉口のまえに立ち、発車とともに手をあげて別れた。その後の帰路や帰宅後の記憶はないのでこの日はここまで。