2022/6/14, Tue.

 ルソーに似てキェルケゴールは雑種的であり、真正の哲学者というよりは哲学的文筆家だっ(end47)た。ふたりの著述はしばしば描写的、扇情的、あるいは個人的で、詩的な多義性を含み、伝統的に西洋哲学の主流となってきた緻密で明晰な議論とは鋭い対照をなしている。喜びの感情や個々の人格を反映する余地があり、街角でオルガン弾きが奏でる音楽や小島に暮らすウサギといった、独特の具体性が入り込む隙間がある。小説、自伝、夢想と手を広げたのがルソーであれば、短めの論文に長大な跋文を付したり、文章で入れ子の箱をつくるように何重もの筆名を繰り出したりと、形式を操作の対象としたのがキェルケゴールだった。文章家としてみれば、彼の後継者にはイタロ・カルヴィーノホルヘ・ルイス・ボルヘスといった文学の実験者たちが相応しい。表現の形式や文体、参照関係といった意味の造形道具と戯れた者たち。
 ルソーとキェルケゴールは非人称的で普遍的な高純度の哲学にとどまることなく、より個人的、描写的で具体的な文章を書き、そのなかで歩行について書いた。まさにそれゆえ、わたしたちは彼らの歩行について知ることができる。あるいは歩くことそれ自体が、個々の思考を世界についての個人的で生きた経験に根付かせる方法なのかもしれない。そうした経験にはこの種の書き物が向いている。歩行の意味がいちばんよく語られるのが哲学ではなく詩や小説、日記、紀行、一人称のエッセイであるのはそのためだ。また、このふたりの奇人は自分たちの疎外を調整する手段として歩行に関心を抱いていた。この種の疎外は知性の歴史において新しい現象であり、彼らは周囲の社会に埋没することもなければ、隠棲する宗教家の伝統に倣って身を退くこともなかった(『コルサール』事件後の、晩年のキェルケゴールはそうではなかったが)。彼らは世界に存在していたが、その一部ではなかった。たとえ道のりが短くとも、ひと(end48)り孤独に歩く者は場所と場所の隙間に揺れ、欲望と欠乏に背を押されるように身を動かす。そこにともなっているのは労働者や居住者、すなわち集団の一員として感じることのできる紐帯ではなく、移動する者の孤立だ。
 (レベッカ・ソルニット/東辻賢治郎訳『ウォークス 歩くことの精神史』(左右社、二〇一七年)、47~49; 「第二章 時速三マイルの精神」)



 プーチンには彼の行動原理となるドクトリン(教義)がある。ロシアや米国、中国、インドといった一握りの大国だけが絶対的な主権を持ち、それ以外の小国は大国に従わなければならないという考えだ。「社会主義陣営の利益のためには、個別国家の主権は制限される」という旧ソ連時代の「ブレジネフ・ドクトリン(制限主権論)」に基づいている。「そもそもウクライナを対等な国とは考えていない。だから今回もウクライナがロシアに従うのは当然だと信じている」

 北朝鮮に関しては軍事危機がエスカレート(拡大)した場合、日本に飛んでくるミサイルをどれだけ防ぐかが課題だ。敵基地攻撃で日本に飛来する総数を減らしてミサイル防衛の迎撃精度を高めれば、より多くの日本人を救える。壊滅的な被害を与える目標達成が困難だとなれば抑止にもなる。
 ただ日本単独でミサイル攻撃を無力化する能力の保有は難しい。相当数配備されている移動式発射台のミサイルをたたくには敵の防空網の制圧能力、衛星などのレーダー取得に巨額の予算がかかる。移動式は米韓に任せ、日本は指揮通信網や防空システムなど地上固定型の目標をたたく役割に専念した方が良い。
 中国に対しては、台湾制圧や南シナ海の占拠などが達成できないと思わせる能力が必要だ。日本の役割は、日米共同作戦で米国がより中国近海で戦える環境をつくることだ。
 そうなると射程500〜1000キロほどで政府が導入を進める「スタンド・オフ・ミサイル」をさらに長射程化し水上艦艇を狙う役割や、中国本土の航空基地など地上固定目標まで狙える中距離ミサイル配備が想定される。ただ中国本土を射程に入れる装備導入の政治的ハードルは高い。複数の選択肢から何を選ぶか。慎重な議論が必要だ。

 自民党高市早苗政調会長は12日のフジテレビ番組で、防衛費に関し「必要なものを積み上げれば、10兆円規模になる」との認識を表明した。財源については「短期的には国債発行になる」と語った。防衛費の「相当な増額」を打ち出している岸田文雄首相の方針を踏まえた発言だ。
 2022年度当初予算の防衛費は約5兆4千億円で、単純に比較すれば2倍近い開きがある。高市氏は「これから宇宙、電磁波、サイバー分野で相当な研究開発を行わなければならない。この部分が絶対的に足りない」と強調した。
 将来的な防衛費の財源は、他の予算を削減して充てるのではなく「日本経済を拡大して国防費を確保する」のが望ましいと説明。国内総生産(GDP)比2%以上を念頭とする党方針に関しては「あくまで対外的に日本の強い意思を示す意味だ」と述べた。(共同)

 自民党国内総生産GDP)比2%以上を念頭に防衛費の大幅増を政府に提言し、岸田文雄首相も「相当な増額」を表明した。2022年度の防衛費はGDP比1%程度の約5兆4000億円で、2%以上への増額には5兆円規模の予算が必要となる。自民党は、厳しさを増す安全保障環境の下、国民を守るために防衛費の増額が必要と説明するが、5兆円の予算を教育や年金、医療など暮らしのために振り向ければ、どのようなことができるのか、考えてみた。(村上一樹)

     *

 5兆円とはどんな規模で、何ができるか。教育施策に使う場合、立憲民主党の試算によると、大学授業料の無償化は年1兆8000億円で実現。家庭の経済事情で進学を断念せざるを得ない若者の支援につながる。
 さらに、児童手当の拡充にも充てられる。支給対象を現在の中学3年までから、高校3年までに延長した上で、親の所得制限を撤廃して一律で1人1万5000円を支払う場合、年1兆円で賄えると立民は試算する。
 小・中学校の給食無償化は、末松信介文部科学相の国会答弁によると、年間4386億円で実現する。大学無償化、児童手当の拡充、給食無償化の三つを組み合わせても3兆円台で収まる。

     *

 医療に使う場合はどうか。厚生労働省の資料によると、19年度の医療費のうち、国民の自己負担額は5兆1837億円。5兆円は、自己負担をほぼゼロにできる規模だ。

 【キーウ共同】ウクライナ東部ルガンスク州のガイダイ知事は13日、ロシア軍との激戦が続く要衝セベロドネツクへ通じる三つの橋のうち最後の橋がロシア軍に破壊されたと明らかにした。これで全ての橋が壊され、支援物資の搬入も不可能になり、同市は事実上、孤立化したとみられる。
 ウクライナ軍によると、ロシア軍はセベロドネツクと、ドネツ川を隔てた隣のリシチャンスク、その周辺二つの集落の計4カ所で包囲攻撃を強化、同州の全域制圧へ向け、攻勢に出ている。ゼレンスキー大統領は、ルガンスク、ドネツク両州での戦線を持ちこたえるためには、各国からの追加の兵器供与が必要だと訴えている。

 【ワシントン=吉田通夫】バイデン米大統領は13日、アジア・太平洋系米国人の国立博物館設立に向けて検討を始める法案に署名し、同法が成立した。人種的偏見に基づくアジア系住民らへのヘイトクライム憎悪犯罪)が起きる中、バイデン氏は「極めて重要な時に成立した」と語った。
 今後、委員会を設置し、収蔵品や維持運営費用、首都ワシントンでの候補地などについて調査を始める。初会合から1年半後に報告書をまとめる。

     *

 多民族国家の米国では、先住民の歴史・文化を伝える博物館や、アフリカ系米国人に関する博物館がワシントン市内にあり、中南米系博物館の設立も決まっている。いずれも航空宇宙博物館などで知られるスミソニアン協会の運営で、アジア・太平洋系の博物館も同協会が運営するかどうかを含めて検討する。

 【ロンドン=工藤彩香】スウェーデンストックホルム国際平和研究所は13日、世界の核軍備に関する報告書を発表した。世界の核弾頭の数は減っているものの、ウクライナ侵攻でプーチン露大統領が核兵器使用も辞さない構えを示したことなどから「核兵器が使用されるリスクは冷戦後で最大」と危機感を示した。
 核保有9か国が保有する今年1月時点の核弾頭数(推計)は前年比375発減の1万2705発だった。国別では、最多がロシアで前年比278発減の5977発。2位の米国は同122発減の5428発、3位の中国は前年と同じ350発だった。
 報告書では、核弾頭数が今後10年で増加に転じる予測も示された。増加すれば、冷戦後で初となる。

 岸田首相は15日に記者会見を行い、感染症対策を強化するため、「健康危機管理庁(仮称)」の創設を表明する方針を固めた。管理庁は内閣官房に置き、首相直属の常設組織とする方向で調整している。複数の政府関係者が明らかにした。
 管理庁には、内閣官房の「新型コロナウイルス感染症対策推進室」と、厚生労働省の「対策推進本部」が担っている機能などを一元化する方針だ。平時の専従職員は絞り込み、有事に厚労省などとの兼任者を集結させ、司令塔の役割を担わせる案が出ている。


―――


 (……)さんのブログ、五月一六日付。過去の日々からの引用。ひとつめのはなしはもちろんよくわかる。とくに後段。「その経験を記述するにあたって用いた語句やフレーズに別の場面で思いがけずぶつかったのを契機にその経験(の記述)が回帰する」という点。一時期はこれでもって記憶の距離を測ることすらあった。つまり、あのできごとはこういうことばで書いた気がするけど、この語やこういうことばづかいはたぶん二〇一五年ごろによくつかっていたものだな、みたいな。ふたつめの引用は読みながら息を吹き出して笑ってしまった。

いつごろからなのかはわからないけれど、頭の中で物を考えるときまではっきりと「文」を用いるようになりだして、ふつう、何気なくぼんやりとものを考えているときの思考って「文」ではなくてきれぎれになった「語」あるいはそれ以前の「像」やそれ未満の「方向」や「傾き」みたいなもので成り立っているように思うのだけれど、そういう曖昧さが減ってそのかわりに「文」、どころかそれこそこのブログで採用しているような「文体」で思考や想念を脳内記述するような習慣がついていて、そのことについてはけっこう前から自覚してはいたのだけれど、今日、Tが帰国するまであと十日間くらいだっけかと考えたその考えの中でTのことを本名ではなくそのまんまイニシャルとしてTと呼んで/読んでいるじぶんに気がついて、ブログ文体がじぶんの思考・認識の最大株主になったと思った。「文」がこれほどまで広く深くじぶんに浸透しているという事実を単純に喜ぶこともできるのかもしれないけれど、「文」以前の領域で織りなされる思考や想念と、それらを「文」の体裁にはめこみ力ずくで翻訳するその営みとの間に介在するある種の誤差やギャップやずれのようなところにひそむ葛藤が薄らいでしまうのではないか、弱まってしまうのではないか、摩擦に欠けてしまうのではないか、というおそれのようなものもまたたしかにある。
経験を言葉にしてしまうと経験がそれで完了してしまう的な紋切り型の言説がなにひとつ疑いをさしはさまれることもなくおおいに流通している昨今であるけれど、じぶんの場合はむしろそれとは正反対に経験したことを記述することによってその経験を持続させることができるのかもしれないと思ったのは、記述の営みにどっぷり浸かっている毎日を過ごすじぶんにとって、物思いに耽る過程で記憶をたどり経験を再現させる機会よりもむしろ、その経験を記述するにあたって用いた語句やフレーズに別の場面で思いがけずぶつかったのを契機にその経験(の記述)が回帰するというパターンのほうが圧倒的に多いような気がしたからで、そういう意味で日記はじぶんの経験すべてに間テクスト性を付与するともいえる。

     *

アパートではひさびさに残飯にありつけた。いつもおかずをきっちり半分だけ残していた住人が春先の引っ越しブームの際にどうやら出て行ってしまったらしく、そのためずいぶんと長いあいだ他人のおこぼれにあずかることがなかったのだが、今日はなんと、唐揚げがまるまる四つも残っていた。これだけ残っていると逆にあやしいというか、三日前の食器をいまごろになって返却してるんではなかろうか、とか、きたねえ雑巾の上にぶちまけてしまったので泣く泣く箸をつけることなく終了、とか、風邪ひいて食欲がないからいりませんとウイルスをたっぷり付着させたうえで残しているんではなかろうか、とかやたらと警戒心が働いてしまい、四個のうち三個しか食べなかった。


―――


 九時四〇分ごろに離床した。きょうは曇天。それよりまえにもなんどか覚めた記憶がある。そのたびからだがちょっと不安に侵されているような感があった。九時四〇分に起床したあたりではそこそこましになっていたが、午後三時すぎ現在でもやはりすこし身のうちがざわつくようなところがある。腹がしくしくするような。起き上がって洗面所で顔を洗い、みずを飲むと、ともあれ書見。ピエール・アド/小黒和子訳『生き方としての哲学』をすすめる。一一時直前まで。それから瞑想した。さいきんそんなに時間を取っていなかったし、なにはともあれ静止によって心身をほぐしおちつけようとおもい、ながくすわった。座ってじっとするのにくわえてからだの感覚をよくみるのが肝要である。四〇分強座ったはず。瞑想をしているあいだはよくおちつくし、からだもまとまりなめらかになるのでよいのだが。そのあと過ごしているとまただんだんと濁りはじめる。瞑想はその後二時台にももういちどおこなった。過ぎ去っていく車のおとが頻々ときこえるが、そのタイヤの擦過音からするにたしょう雨が降っていて、みちは濡れているようだ。
 一一時四五分で姿勢を解いて、それからコンピューターを収納スペースに乗せ、(……)さんのブログをみながらきのう買ったメロン風味のドーナツみたいなやつを食った。それからニュース。実家では新聞をみていたが、ここにはとうぜん新聞がとどかないので、引っ越していらいのこの数日はまったくニュースをみていなかった。東京新聞でいいかなとおもってホームページをおとずれ、気になったものを読んでいく。ウェブ上の記事は紙面よりも内容がすこしみじかいことが多くてあまりおもしろくはないのだが。そのあと読売のほうもちょっとおとずれて二、三。
 それでたぶん一時くらいか? きょうはなにをしようかなという感じ。とりあえず転出とかの役所での手続きが気になったので、そのへんについて検索した。(……)で転出届を出すとともに、それによって発行される転入届を(……)市のほうに出さなければならない。ただ転出のほうは郵送でも行けるらしいので、これはそうしようかなとおもっている。そのためにはPDFを印刷する必要がある。内見のあとに(……)がやっていたようにスマートフォンにアプリを入れてコンビニで印刷してもよいのだけれど、USBがほしくもあるので、きょうこのあともし出かけるなら買ってきて、それに入れてコンビニでやろうかとおもっている。実家にあるUSBを持ってくればよかった。あとマイナンバーカードもこの機会につくってしまおうかなという気にもなっている。実家にいたときにおくられてきた交付申請書をもってきたので、それを(……)市役所にもっていけばたぶんどうにかなるだろう。ほか、国民健康保険国民年金。健康保険のほうは、いま父親が定年後も二年間は扶養がつづく制度らしく、それが七月までだといっていた。だからそちらの、(……)の組合ではいっているというあつかいだとおもうのだが、これをあたらしく(……)市のほうで国民健康保険にはいらなければならない。それでホームページをおとずれてどのくらいの額になるか計算してみたところ、所得におうじた支払いと均等割とかいうやつがあり、さらにはふつうの国民健康保険以外に後期高齢者支援という枠があって両方とも払わなければならないらしく、前者のうち所得のほうの基礎額は年収を96万円として、そこから基礎控除で43万円が引かれた53万円×6.58 = 34874円。さらに均等割は32100円と決まっているから、これを足して66974円が一年間の支払い。一二で割ると5581円。後期高齢者支援のほうもおなじように計算すると、53万円×こちらは2.24で11872円。均等割は11700円なので23572円。一か月だと1964円。だからあわせてひと月7545円で、一年だとあわせて90546円となる。
 国民年金のほうも住所設定を変えなければならないらしく、これに国民年金手帳がいるというが、それは実家においてきたままだし、どこにあったかわからない。なんかパスポートをつくるときにつかったおぼえがあるのだが。自室にあるのだろうか。とはいえ年金をはらっているほどの余裕はないから、これは免除措置をとるつもりでいる。たぶんとれるとおもうのだが。(……)さんがやっていた気がするし。そのへんの制度の詳細も調べていないからわからない。
 役所の手続きは引越し後二週間までというので、正式に越したのを一〇日とすれば二四日までなのでまだ猶予はある。はやめにやってはしまいたいが。そういったことを調べたり計算したりして過ごし、また寝床にころがって(……)さんのブログを読んだりし、二時を越えたあたりで瞑想。このときはそんなに座らず。たぶん二〇分か二五分くらいだったのではないか。そのあとだったかわすれたが、というかたぶんちがうが、きのうは電車内でやられたこともあったか疲れでものを食ったあとパックを洗わずにねむってしまったので、それを洗って始末。れいによって流しの角に立てかけてある。ほんとうはさくばんプラスチックゴミを出しておくつもりだったのだけれど、それもできなかったので、いったんここまでで袋を区切って、来週までながしのしたにでも入れて保管しておく予定。さらにまたシャワーも浴びずにねむってしまったので(歯磨きもしなかったが、これは起きてすぐにやった)、湯浴みをすることに。狭いバスタブのなかでシャワーが熱くなりすぎないようにミリ単位の繊細さで水道のダイヤル二種を調節し、湯を浴びながらあたまとからだを洗った。髭も剃らなければならないのだがまだやっていない。出てジャージすがたにもどり、とりあえずここまで記せば三時四〇分。いちおうこのあとでかけて、洗濯機と冷蔵庫をもう買ってしまおうかとおもっている。そのほか必要なものとしては、ガムテープ、ハンガー、洗濯ばさみ、あとプラスチックゴミ用の袋もあったほうがよいか。このへんは(……)のうえのSeriaにでも行けばよいかな。USBメモリも買わなければならない。あとニトリに行って、あした机と椅子がくるのでそのしたに敷くようのマット。ライトのたぐいも電気屋二種にはそんなにピンとくるものはなかったので、ニトリによいものがないだろうか。アイロンとアイロン台もさっさと買わないとワイシャツを洗ったところできれいにできない。アイロンやハンドクリーナーはネットで見てよさそうなものを頼めばよいのではというはなしにこのあいだはなったのだけれど、どうもやはり現物をみないと気が乗らない。前時代のにんげんである。
 日記はおとといのことはもうほぼ終いとして、一一日のことときのうのことが書けていない。いま健康保険証がこちらの手になくて、じぶんの記憶では父親が定年したときだろうか、なんか区分が変わるからとかいって回収されたまま帰ってきていないのだが(いや、あたらしいものをもらった記憶はあるから、その後、なにかの機会のときに回収されて、そのまま帰ってきていないのだ)、すこしまえに父親にそういうと返したというから所在が知れない。きのうの件からするとさっさと医者に行ってひとまず頓服用であれヤクをもらったほうがよい気がするのだけれど、保険証がなければそれもやりづらい。金がたくさんかかってしまうし。さらには(……)市であたらしく健康保険にはいるときに、過去の保険証なくてもだいじょうぶなのだろうか? という疑問や、あるいは(……)のほうで停止手続きをする必要はあるのだろうか? という疑問もある。たぶん父親の企業の組合にはいっているということは、国民健康保険と区分がちがって、(……)のほうでやる必要はないということではないかとおもっているのだが。そのへんよくわからない。


―――


 それからしばらく寝床にころがって(……)さんのブログを読むかなにかした。そうしてふたたび瞑想をして心身をやわらげる。むかいの保育園で活発にすごしている子どもたちの声がよくきこえる。二時台に瞑想したときには、~~ちゃんなかまにいーれて! ということばをくりかえす女児がおり、そのあとおかえり~とかいう声(おとなの声も混ざっていたので保育士もいっしょにやっていたらしい)も聞こえたので、なにかしらままごとめいたことがはじまったようだった。この四時ごろ座っているあいだもおりおりに甲高い叫びがさかんに聞こえた。なかにひとり威勢のよいやつがいて、なんとかかんとかしゃべりちらしたりそのあとに鋭く吹き鳴らされた笛のごとく叫んだりしているのが、まるで観客をあおったあとにシャウトを決めるJames Brownのようだ。みじかめに座って出かけることに。服装はめんどうくさいので一一日とほぼおなじで、肌着の黒いシャツのうえにグレンチェックのブルゾンを羽織り、したは真っ黒なズボン。靴下も履かなかった。そうして出発。雨がまだすこし降っているようだったので傘を持った。70cmの白いビニール傘。出掛けにきのう買ったみずのペットボトルをアパート脇の自販機のゴミ箱に捨てておき、みちへ。西へむかってあるく。とおりを渡り、友だちと別れる下校中の中学生とすれちがって裏道へ。とちゅうの一軒にアジサイが咲いているのは七日だか一〇日だか来たときにも花がよく伸びているなとみていたが、きょう見てもきれいな円形を越えて楕円じみてはみ出たように旺盛に咲いていた。おもてに出ると横断歩道をわたり、駅前につづく細道へ。みちの左側を行っていたが、そうすると前方から車椅子に乗ったひとが来たので右にうつってとおりすぎる。ここのみちをとおるとだいたいいつもどこからか音楽がきこえてくる。せんじつ聞いたのは脇にあるスーパー(……)から漏れていたようなきがするのだが、このとききこえたのは七〇年代風味のやや粘っこくて暑苦しい、いいかんじのソウルだったのでちがうだろう。道沿いのどこかの家か部屋でかけていたのか。駅について改札をくぐると階段をのぼってむこうのホームへ。きもちはわりと楽だった。電車に乗るという緊張はとりたててなし。まあ緊張のだいたいは嘔吐恐怖なので、もうものが消化されて腹が空になっていればどうということもない。ホームにうつると電車は四時三六分でまだ五分ほどあったのでベンチについて瞑目。しかしそこでだんだんとまわりにひとの気配が増えてくるとやはりちょっと緊張するような、ストレスをあたえられているような感じはあった。きのうもそうだったが、ちかくに(……)大学があるらしいので、若い女子が多い。電車が来ると車両の端に乗り、そこからちょっとずれて扉際へ。瞑目。(……)に着くと降車。階段口にひとが殺到していくので遠巻きにそれがすくなくなるのを待ち、それから階段をのぼる。改札へ。気分はやはり楽で、かなりぷらぷらした感じのゆるやかさで、瞑想をじゅうぶんにやるのがやはり大事そうだ。このぶんならあしたまた労働があって電車に乗る必要があるが、まあどうにかなるだろうとおもわれた。ニトリへ行くため(……)へむかう。もともと百均に行こうかとおもっていたが、ハンガーも洗濯バサミもニトリにあるだろうと。駅前広場では市議候補のだれかが演説をしていた。傘をさして高架歩廊を行く。ひだりてをみればむこうにたつビル、あれはサイゼリヤがはいっていて高校時代や卒業後などよく行ったものだが、そのビルのうえの空は真っ白で、視線のとりかかりがまるでなく、そのまったき空漠たる白さがなにか印象的で目を惹き、いまわたっている(というのはここがちょうどしたのみちのうえにかかっているからだが)歩廊のさきには(……)のビルがあるけれど、それはひとつめのビルよりも、ちかいこともあってさらにおおきくそびえているのだが、首をやや曲げてより後方に目をおくれば、このあと行くべき電気屋のビルのさらにそのうえからはいわゆるタワーマンションがほかを絶して屹立し、雨をぱらぱら落とす雲の空へと突き立っており、そのマンションは窓をはさんだ外壁が黄みもちょっと混じったようなカフェオレじみて軽い茶色、側面の窓は雨の日の暮れがためいたうす青さで、調和したいろづかいがすっきりとしている。歩廊をすすんでいるうちにとおくから音楽がながれだし、それは"カラスといっしょにかえりましょ"という一節で終わるあの童謡だったのだが、腕時計をみれば時刻は五時一五分、旋律の冒頭を聞いたときにしかしこちらがおもったのは"遠き山に日は落ちて"で、この曲にふれるといつも小学校六年生のときに行った臨海学校のことをおもいだす。というのは、この臨海学校ではじめてこの曲を知り、またうたったからなのだが、"夕焼小焼"が終わったあとに歩道橋をわたりながら、ドヴォルザーク交響曲第九番第二楽章に詞をつけた"遠き山に日は落ちて"のメロディをあたまのなかでうたいながら、かなりセンチメンタルなこころになり、ちょっと涙ぐんだくらいだった。臨海学校じたいの記憶はおおきなものはほとんどないのだが、なにか漠然としたとおい記憶の感触はあり、また食堂で出たかきたま汁がやたらうまくて三杯くらいおかわりして食事を終えたあと、みなでこの曲をうたったことはたしかなのだ。歌詞はもうわすれた。冒頭の「遠き山に日は落ちて」のあとは虫食い状態で、二行目はなんとかかんとかなんとかれん(星は空をなんとかかんとかか?)、三行目はねむりやすく、だったか、なんとかやすくではじまり、「憩えよと」で終わっていた気がする。おなじかたちをくりかえすつぎは、誘うごとくなんとかかん。そのあとははっきり記憶していて、たしか、「風はぬるきこのゆうべ」だったはず。そしてこの一節の記憶がもっとも感動的で感傷的であり、まずもって意味内容じたいもひじょうに喚起的だが、くわえて、「このゆうべ~えぇ」というふうにうしろが一音伸びてつけくわわるそのぶぶんが複雑なひびきをもっていたからだ。たぶん主旋律はつぎにむかって半音刻みであがっていくための経過音なのだが、合唱だからそこに和声がかさなって、印象的なひびきになっていたはず。そのあとはもうわすれて、メロディしかわからない。というところで検索して歌詞をしらべてみたところ、つぎのようなものだった。

 遠き山に 日は落ちて
 星は空を ちりばめぬ
 きょうのわざを なし終えて
 心軽く 安らえば
 風は涼し この夕べ
 いざや 楽しき まどいせん
 まどいせん

 やみに燃えし かがり火は
 炎(ほのお)今は 鎮(しず)まりて
 眠れ安く いこえよと
 さそうごとく 消えゆけば
 安き御手(みて)に 守られて
 いざや 楽しき 夢を見ん
 夢を見ん

 一番と二番が混ざっていたようだ。「風はぬるきこのゆうべ」は自信があったのだが、「ぬるき」ではなくて「涼し」だった。「風は涼しこの夕べ/いざや楽しきまどいせん」! いいじゃないか! 愛と笑いの夜じゃないか! 感動する。「遠き山に日は落ちて/星は空をちりばめぬ」も。すばらしい。星が空にちりばめられるのではなく、なにかが星を空にちりばめるのでもなく、星は空をちりばめるのだ!


―――


 この日のこともまためんどうくさいので省略気味に行きたいが、その後ニトリに行っていろいろ見て回り、ハンガーや洗濯バサミ、スタンドライトやカーテン、椅子のしたに敷いて床を保護するためのビニールマット、机のしたに敷くのによいなとおもったコットンラグなどを購入した。ハンガーに洗濯バサミはまあふつうのてきとうなやつだが、洗濯バサミはおおきめのやつもワンセット買い、これは先日物干し棒に干した洗濯物のハンガーがつよい風にながされてすべってしまうという問題が生まれたので、もしかするとこのおおきな洗濯ばさみでうえからはさむかたちで左右にずれないようにブロックできないかとおもったのだった。それが駄目そうだったらテープを貼るか。コットンラグはカーテンをみようかなとおもってフロアに降り立つとすぐそのへんにそういう区画があり、というかまず目にはいったのは竹のシートとか畳風の敷きものだったのだけれど、あ、なんかこういうのを机のしたに引けばなんかいい感じなのでは? と周辺を見分していると、なかにコットンラグというのがあったのだ。これがよさそうな気がする、とおもった。サイズをみてみても竹とか畳のやつはちいさかったりでかすぎたりしてぴったりするのがないが、コットンラグは100×140というサイズが最小であって、机の横幅が120で奥行きは72とかそのくらいだったはずなので、これでちょうどよい感じに余白をもたせながら範囲をカバーできるではないかとおもったのだった。デザインや色味はいくつかあって、砂漠をおもわせる薄い黄土色みたいなやつとかもあったが、淡いビリジアンというか、しっとりとしたようなひかえめな青緑色のやつがいちばんピンときたのでそれにした。スタンドライトはLABIにもビックカメラにもピンとくるやつがなく、ここにないかなとおもって来てみると果たしてあって、褐色の木目調の丸い台座に首が伸びてほそながいライトの上面もおなじ木目調になっている品があったので、これが机に合いそうだぞというわけで購入。四〇〇〇円くらいだった気がする。これですね(https://www.nitori-net.jp/ec/product/8360413s/(https://www.nitori-net.jp/ec/product/8360413s/))。いま検索する過程でわかったのだけれどこういうのはデスクライトといい、スタンドライトというと床に立ててつかうもっと背の高いやつを主には指すようだ。そういう品でも良かったな。とはいえ扉ちかくの天井についているもともとあった電灯と、このデスクライトでいまのところなんら不便をおぼえていない。カーテンはせんじつ(……)くんと(……)といっしょに来たときにはターコイズブルーのやつがよさそうだとおもっていたのだが、そのとき100×200のサイズはなく、きょうあらためて来てみてもやはりなく、それでその周りをみているともう一段濃い青のやつでもいいなとおもわれたり、さらにもっと濃くて暗いネイビーでもなんか良さそうだなとおもわれた。それでちょっと距離をとったり目の前にちかづいたりしながら目と意識を凝らして吟味した結果、ネイビーの暗さを取ることに決め、それを購入。会計したあとフロアを一階あがるかくだるかしてビニールのチェアマットも買ったのだが、そのあとになって持ってきたビニール傘が消えていることに気づいた。店内のどこかにわすれてきたぞとおもい、まず会計後に品物をビニール袋に詰めた台のあたりかなとおもってそこに引き返し、あたりをみながらさきほど会計してくれた女性店員に声をかけ、傘をわすれちゃったんですけどとつたえるとどういう傘かというので、ふつうの白いビニール傘でとつづければ女性はちょっとはなれてほかの店員にきいている。しかし傘の届け物はないようだというので、それじゃちょっと探してみますねと礼を言って離れ、たぶんコットンラグのところかな、あそこで籠と傘を床に置いてみていたからとおもってそこにむかうと、やはりあった。棚のしたにはんぶんくらい隠れるようにして転がっていた。回収して退店し、ビルも抜ける。
 そのあとおおきな荷物をもってLABIに行き、洗濯機と冷蔵庫を購入。冷蔵庫から。品を確認したあと、そのへんにいて梱包作業かなにかやっている男性に洗濯機と冷蔵庫を購入したいんですがと告げると、かれは無線をつかっていくらかむこうにいた女性店員を呼んでくれたので、そのひとをあいてに手続き。一一日の記事にすでに書いたが冷蔵庫はパナソニックの「NR-B14FW-T 2ドア冷蔵庫 (138L・右開き) マットビターブラウン」というやつ。洗濯機はさいしょ東芝の、三万円ちょうどくらいの上面がほぼ真っ平らみたいなやつを買おうとおもったのだけれど、店員が端末をつかってしらべるにその品は在庫がなく、これだと二週間だか三週間だかあとになってしまうということで、それじゃあなあとおもい、じゃあもう(……)がもうひとつの候補として目をつけていた、YAMADA SELECTIONのいちばん安いあれにするかとおもってそちらに決めた。見た目は東芝のやつよりもすこしだけちいさくてかなりコンパクトで、たぶんこの店にならんでいた洗濯機のなかでいちばんコンパクトだったとおもうのだけれど、容量は4.5キロで東芝のやつと変わらないようだった。いかにも既製品というか、廉価品というか、できあいの品という感じがあって、そういうのはあまり好まないのだが、しかし洗えればなんでもよいというのも事実である。配送は最短で二、三日後だというので、勤務のない一七日の金曜日にしてもらった。そうしてカウンターにうつって手続き。とちゅうまではおなじ女性が受け付けてくれて書類を記入して提出したのだが、会計の段になるとかのじょはまた呼ばれたのかもしれず、べつの女性に受け継がれた。このひとはなんだかおっとりしているような、ことばの出し方とかうごきかたとかが全般的にちょっとだけ間延びしているような雰囲気のひとだった。そういえば一一日に(……)さんが言っていたことだがヤマダ電機はいま基本的にはポイントをつけるということはやっておらず、そのかわりに実価格を下げる方向でがんばっているらしい。じっさい、ビックカメラの品よりもおなじものでもことごとくLABIのほうが安かった。また値段は相談と札に表示されているやつは交渉の余地があるが、そう書かれていないやつはもう底値でそれいじょう負けることはできないものだと。こちらは値下げ交渉とかできるタイプではないしわりとどうでもよいとおもっているのでなにも言わないでいたのだが、ひとりめの女性店員が表示から五パーセント下げてくれた。それが基本的な規定になっているのだろう。そうして六七〇〇〇円くらいを支払い、それからさらに一階うえにあがってUSBメモリをもとめた。そのほか電源タップも必要だわとおもい、一一日に来たときに(……)くんが、これいいよ、差込口が回転するやつ、とおしえてくれてそれはたしかによさそうだとおもっていたのでそういうタイプにしようと探し、その二品をもって会計へ。このときレジに若い男性客がひとり待っていたのだけれどなぜか店員がまったくおらず、たぶん会計のとちゅうでなにか取りに行ったのだろうという感じだったが、かなり待つことになった。こちらのうしろにはやはり若い男性がおり、そのうしろには女性もならんでいたのだが、男性のほうに、ぜんぜん来ませんね、だれもいないじゃないっすか、とはなしかけたくなったくらいだ。
 そういうわけで必要なものの買い出しや購入手続きを済ませ、帰路へ。荷物がおおきかったのでいったん家に帰ってちょっと休んでから、九時ごろ近間のコンビニに飯を買いに行った。燻しベーコンなんぞ買ってしまった。あと一日分の野菜がとれるとかいう冷やしタンメン。電子レンジもやはり入手してあたたかいものを食いたいが、(……)が実家にあるやつをくれるというのでそれをもらおう。あと兄が浄水ポットをくれるともいっていたのでそれももらう。連絡せねば。そのほか必要なものとしては調理器具と、調理をするための簡易テーブルみたいなものだ。包丁はあるがまな板やフライパンや鍋がない。調味料もまだなにも買っていない。食器も。コップすら買っていない。浄水ポットをもらったら水道水を聖なる水に浄化してそれをタンブラーというのか水筒のたぐいに入れて職場などにももっていきたい。あとは段ボール箱を解体するためのカッター。さらには収納スペースの構成をもうすこしどうにかしてより整理できるのではないか。ボックスのたぐいを買って服を入れるのがよいかもしれない。もともとは突っ張り棒をとおしてそこにスーツとかをかけようとおもっていたのだが、これは南壁の木製ブロックにかけている現状でよいような気がしてきた。本はけっきょくいまだほぼ袋に入れたままでいじっていないが、これもできれば出したいわけで、棚を入れるほどの余裕はないので床にそのまま置いて積もうかとおもっているが、そうするならそのしたにまたコットンラグ的なものをもういちまい買って敷くのが見た目にもよいかもしれない。青緑色にたいしてなにを接し、重ねるか? 赤っぽいいろとかやってみたい気もするのだが。