2022/9/19, Mon.

西脇順三郎訳『マラルメ詩集』(小沢書店/世界詩人選07、一九九六年)

●45~46(「詩の贈物」(Don du Poème))
 夜明は、香料と黄金に焼かれたコップを通して
 凍った、ああ! まだ曇った窓ガラスを通して
 天使のようなランプの上になげられた。
 ヤシの木だ! 夜明はこの残骸を
 素気なく微笑むその父に見せた時
 不毛の青い孤独な振動した。
 おお揺籃をゆする女よ、君の娘と一緒に、君たちの冷たい(end45)
 足の純潔さで、この恐るべき生誕を迎えてくれ。




 一〇時から通話のため、八時に鳴るようアラームをしかけてあった。しかしそれいぜんに二度覚める。いちどめはまだ寝ついてからまもなく、早朝五時ごろだったはず。そのつぎが七時すぎで、そこでもうおおかた目覚めていたがまぶたを閉じつづけてアラームとともに正式な覚醒。膝を立てたり、あるいは布団をぐしゃぐしゃと脇にどかしてあおむけの棒になったりしつつしばらく静止して、だんだん腹や胸をさすったり。台風による雨が間欠的につづいており、カーテンの端をめくっても空は真っ白、ひとみやまぶたもなかなかしゃきっと固まってこない。とはいえからだはわりとほぐれているので、八時四〇分ごろには起き上がった。カーテンをひらいたところでたいしてあかるくもない。きょうはさきに冷たい水を一杯飲み、それから洗面所に行って用を足したり顔を洗ったり。うがいや蒸しタオルはやりわすれた。寝床に帰るとしばらく脚を揉んだり胎児のポーズを取ったりしながら過去の日記を読み返す。2021/9/19, Sun.。以下の一段がこいつなかなかやってんなという感じ。

五時であがっていつもどおりアイロン掛け。はじめたときには南の山や樹々にまだ飴のような夕陽の金色があたたかく添えられていたが、五時二〇分にははやくもそれが消えてあたりはこれといった色調もなくなり、晴れた昼間のあかるさを過ぎたもののまだ暮れの翳にもはいりきらないというどっちつかずの退屈さがしばらくつづいたあと、また目をあげれば山のきわからかすかな紫があらわれていて、あいかわらず雲と濁りをゆるさない山上の空は真白とほぼ見分けのつかない青さに淡く、まぶしさをとりのぞかれた光の色がそのまま伸べられ定着したような風情だった。すわった位置から見えた空はどこも淡さそのものであり、ひろがる青から空白へ、そして山際ではオレンジか紫へと、色の名が意味をうしないどの段階も実質的には白のバリエーションでしかない希薄さでもって推移しており、そこに境はなく、推移のみがただ存在していたのだが、作業を終えてたちあがり、東南方向が見える位置に来ると、午後六時をひかえて暮れの忍び寄る大気がまた変化したのでもあろう、おもったよりも層はおのおの厚く、色も濃くあつまっており、紫のさらに下には天上よりも充実した青さが重たるく垂れ下がるように溜まっていて、それでいながらすべてはハマグリの吐く気をおもわせるような靄の質感をおびた海だった。

 したのようなはなしも。ノミスマとノモスとか貨幣の恣意性というのはとくに目新しいはなしではないが、前半のおどろき、とりわけ「(……)という企業が社員にそれだけの金と生活を保障できるということ」にたいするおどろきが、いまのじぶんにとってもなにがしかのリアリティを帯びてうつる。

アイロン掛けの途中、炬燵テーブル上に兄夫婦が帰国後入居する予定の物件の情報をしるしたシートみたいなものがあって、アパートではなくて一戸建ての家を借りるのだけれど、賃料がひと月(……)とあったので、先日すでに見かけて知ってはいたが、あらためてすげえなとおもった。一か月ごとに欠かさずそんな大金を支出できるとは。そういう兄の経済力にもおどろくし、(……)という企業が社員にそれだけの金と生活を保障できるということにも、兄のやっている仕事や立場がそれだけの金銭をえられるものとして換算されているということにもおどろく。しかしそれからちょっと思念を転じて、たとえば作品がヒットした漫画家とか小説家とかが大金をえたりとか、ヒットしないまでも印税で幾ばくかの収入をえて生きていることとか、あるいはそれだけでは生きられなかったりしていることとか、もろもろをめぐらせたあと、経済的価値というのもまったく恣意的なものだよなあとおもった。ある物事や事物にどのような経済的・金銭的価値をあたえるかということについて確固たる統一的基準などなく、ある程度のものはあるにしても、場所や個人や状況によってそれは千差万別で、まったく不確かなものだと。そもそもそれが経済ということなのだろうし。おなじものでもそのまわりに付随する要素によってその都度価値が変化するわけで、そもそもたしか古代ギリシアでは貨幣というのは「ノミスマ」とか呼ばれていたはずで、「ノモス」がたしか法という意味であり、それはつまり(自然と対比的な)人為によってさだめられた掟、という意味での法だったはずで、ノミスマもだから人為的な仮構物、というたぐいの意味合いを多分にふくんでいたはずだろう。そうかんがえると西洋的にはそもそもの語源からして貨幣と人為性・恣意性とがむすびつけられていることになる、ということをアイロンをかけながらおもった。

 そのあとウェブを見たのか、もうこれで九時半ごろに達していたのかわすれたが、そのくらいになると起き上がり、瞑想をはじめる。寝床にいるあいだ窓外で保育園の気配がまったく立たないのに、きょうは祝日だとおもいあたった。のちほどGoogleのトップページで見たが、敬老の日らしい。瞑想中は雨が加速するときがあり、バチバチという音が窓に寄せてすぐしずまったかとおもいきや、ふたたびやってきてさらにまさり、雨というよりごうごうという風のような響きを冠にともないながらバチバチバチバチ打ちつけることをしばらくつづけていたが、それもながくは持続せずこらえ性なくじきにほどけていって、とあからさまに降ったり去ったりをくりかえしていた。その後だんだんとおさまったようでカーテンの白さも白さのままに明度を変化させていき、午後二時前現在だと薄雲ののこった空に水色がいくらか透けて薄陽がかかり、まだ濡れている路面を眼下に窓辺には日なたが生じていたので、さきほど集合ハンガーだけそとに出しておいた。バスタオルも出そうとおもったのだが風がまだやたらつよくてうなりを立てながら駆けるので、タオルを棒に吊るすとおおいに浮かび、なんかやばそうとおもったのでとりやめた。集合ハンガーのほうもひっきりなしに押されてかたむき、洗濯ネットが棒にひっかかってしまうくらいなので、こちらもいまやはりなかに入れておいた。カーテンレールに吊るしてせめても陽を当てようとする。
 九時半から瞑想をしてからだを芯からじわじわほぐし、このくらいかなと目を開けると五三分だった。通話前にレトルトカレーを用意することに。鍋に水を汲んで火にかけ、パウチを入れておくとともに電子レンジではパック米を回す。食事前にもかかわらず便意があったのでトイレでクソを垂れ、プラスチックゴミの始末とかしているともう一〇時を過ぎていたのでZOOMにアクセスした。(……)
 一二時を超えて通話は終わり、会話中に楽器のはなしがちょっと出たのでギターをすこしだけいじりたくなって、部屋の隅に立てかけてあるケースからとりだしたのをてきとうに爪弾いた。そこそこ。手指がうまくうごきはしないが、やっている感覚としては退屈をまぬがれている。一二時四〇分くらいまであそび、それから音楽を聞くことに。音楽を聞くとそれに時間をつかい、くわえて感想を書くのにまた時間をつかいできょうのように勤務のある日などだいぶ猶予が減るのだけれど、しかしやはりまいにち習慣的に聞く時間をつくったほうが良い気はする。からだもたしょう調うし。きょうはきのうの晩とまったくおなじく、碧海祐人の『逃避行の窓』から五トラック、すなわち”Tragedy (Intro)”, “夕凪、慕情”, “残照”, “裏窓 (interlude) ”, “Comedy??”と、Bill Evans Trio『Portrait In Jazz』の冒頭二曲を聞いた。とはいえきのうとはちがって聞いているうちにねむけがうっすら混じりだして音がはいってこず、意識をたしかにたもっていたのは”残照”の序盤くらいまでだったか。感想はいまは措く。おもったのは、感想が書ける余裕が生まれるまでまいにちおなじトラックをくりかえし聞いていれば、書くことがそんなに増えないではないか、ということだ。そういう目論見もあってきのうとおなじものをながしたのだけれど、そんな小癪なはかりごとはやめて惹かれたものを惹かれるままに聞き、感想は書ければよし書けなくてもしかたなしとしたほうがおそらくは良い。ともあれものを食ってから三時間くらい経って消化がすすんだころだったためか、ねむくてあまりはいってこず、ヘッドフォンをはずしてからもまどろみのあいまいさがちょっとのこっていたので、屈伸をしたり背伸びをしたり胎児のポーズを取ったりした。それからきょうのことをここまで綴って二時一三分。きょうは祝日なのでいつもと電車の時間がちがう。とはいえいま調べてみると二、三分の差でほとんど変わりはしない。四時五〇分くらいのそれで行くか、あるいはそのまえに乗って(……)から職場まであるくか、むしろひさしぶりにアパートから(……)まであるいていくか。ただなんか(……)の街をあるくのはなんか飽きてしまったというか、夜の帰路もそういう気にならないのだよな。夜にかんしていえば地元の道のほうがしずかで落ち着くからだろう。昼間もそっちのほうが性に合っているのかもしれず、(……)から職場まであるくほうがどちらかといえば気が引かれる。出るまでにはアイロン掛けをしたり、あとは一六日の日記をすすめて終えられれば御の字というところか。家賃もきょう、どこかしらでコンビニに寄ってもう払っておかなければ。ヤクがもうのこりすくないので、あしたは医者に行くつもりでいる。ひとまずそろそろ飯を食おう。きょうは通話でサラダをつくる暇がなかったので、ここで野菜を食う。


     *


 したは飯を食っているあいだに読んだ(……)さんのブログから。おもしろいはなしだ。「欲望とは要求の純-形式であること、つまり要求からそれを満たすすべてのもの——「内容」——をとり除いた後に残るものであること」という点にはなるほどなあ、とおもった。

 私はこの章を、カントの実践哲学の中枢にある駆動力(動因、または誘因)という概念を紹介することから始めたが、この駆動力とは、意志をその対象に向かわせる衝動に他ならない。確かにカントは、倫理的行為は駆動力を欠くと言っているが、同時に彼は、「真の駆動力」、純粋実践理性の「真の動因」なる概念を導入してもいる。そして、この意志の真の動因を駆動力の欠如としての純-形式として定義している。このように考えると、これはラカンにおける対象aという概念とあまり変わらない。対象aが表すものは、対象の不在あるいは欠如であり、欲望がそのまわりを循環するような虚空である。主体が要求していたものを手に入れ、身体的・心理的に満たされたとしても、欲望は欲望しつづける。それは要求が満たされた後でも消えない。主体がその要求の対象を手にした途端、まだ手にはしていないものを表す対象aが現れ、そして欲望の「真の」対象となるのである。
 ラカン精神分析における対象aと形式の関係については、欲望とは要求の純-形式であること、つまり要求からそれを満たすすべてのもの——「内容」——をとり除いた後に残るものであることを指摘すれば十分であろう。対象aとは形式を得た虚空である、と言ってもいい。ラカン曰く、「対象aは存在をもたない。対象aは要求の前提となる虚空である……。『それじゃない』[ザッツ・ノット・イット]という言葉が意味するのは、すべての要求の下に隠された欲望の中には、対象aを求める声以外の何物もないということである」。
(『リアルの倫理——カントとラカン』アレンカ・ジュパンチッチ・著/冨樫剛・訳 p.33)


 したも、これを読んでララングってそういうはなしだったのかとおもった。

 2020年9月15日づけの記事の読み返し。以下、片岡一竹『新疾風怒濤精神分析用語事典』より。

 70年代に入ると、まずそれまでの言語観が覆されることとなった。ラカンソシュールを参照しながら言語を分節化された構造的なものとして捉え、またそれを〈他者〉の場として、つまりさまざまな他者とのコミュニケーションの場として考えていた。
 こうした考え方は一般的な言語観ともマッチするものだろう。言語には文法という構造があり、それはコミュニケーションのために用いられるメディアだというものだ。だが、言語はこのように使われるだけではない。まだふつうの言葉を話せないような乳幼児を見てみよう。乳幼児は機嫌のよい時などに「アー」とか「ラー」とかいう声を出すが、これは文法に則っておらず、意味をなしていない。それは誰かにメッセージを伝えるためのものではなく、むしろそれを発することによって自体愛的なジュイッサンスを得るためのものだ。こうした乳幼児の言語を喃語 lallation というが、ラカンはそれに掛けてララング lalangue という概念を考え、それを言語の基本に据えた。
 ララングを中心に据えることでいかなる変化が生じたか。それは、言語の機能の原点がジュイッサンスを得るための機能だと考えられるようになったことである。かつて主体が言語の世界に入るということはジュイッサンスの喪失を意味していたが、ここではむしろ、ララングと出会うことによってそこからジュイッサンスを汲み出すのだと考えられている。一般的なコミュニケーションが成り立つためには、このララングをジュイッサンスの機能において使用することを一度中断し、文法を学んで構造化された言語の使用法を習得する必要がある。だがそうしたコミュニケーションとしての言語は後付けのものである。
 幼児が母親から受け取る言語はまずは単なるマークであり、そのあと別にシニフィアン(S2)がやって来ることで遡及的にシニフィアン(S1)になると述べた。この単なるマークが、ここではララングとして考えられている。ララングは構造化されていないので単一の S1 の群れ Essaim である(S1 と Essaim は発音がほぼ同じ)。そのため、ララングとはもはやシニフィアンではないとも言えよう(だがララングをシニフィアンに含めるか否かは議論の分かれるところである)。
(…)
 ララングの導入が明らかにするのは言語の自体愛性である。ララングは他者に伝えるメッセージではなくて自体愛的ジュイッサンスをもたらすもので、それが言語の根本にある以上、むしろコミュニケーションがファンタスムの作用でしかなくなる。日常のおしゃべりにおいても、私たちはそれぞれ自分が言いたいことを言って楽しんでいるに過ぎない。よかったら今度観察してみるとよい。誰かとお喋りしているとき、話題は常にずれていき、一定の到達点も何もなく、会話が終わるのはそれぞれが疲れた時でしかない。私は人と話していると時折、本当にこの人と話が通じているのだろうか、単に交互に発話しているというだけに過ぎないのではないかという疑惑に駆られることがあるが、ララングというものを考えれば、その疑惑はむしろ確信に変わる。誰かと話がかみ合うということは、その人と自分が同じようなファンタスムを持っているからに尽きる。「君とは話が合うね」と言いたくなる相手は、自分に似たところのある人である。考え方が異なり苦手な人と心を交わすべくさまざまなことを述べても骨折り損であったという経験は誰でもしたことがあるだろう。畢竟、人と人との間に充溢したコミュニケーションなど成立しえないのである。私たちは言語においても自体愛的な存在なのだ。
 よってそれまで〈他者〉の場と考えられていた言語は、むしろ〈一者〉 l’Un として捉えられるようになる。言語は〈他者〉ではない。なぜならそれがもたらすのはその主体自身の自体愛的なジュイッサンスでしかないからである。
(片岡一竹『新疾風怒濤精神分析用語事典』 p.149-150)

 ララングという概念の射程、ようやく少しばかり理解できた気がする。上でいえば、「日常のおしゃべり」の具体例は無視していい。というかこの例はあまりに卑近で、そのせいでララングという概念の可能性を見えにくくしてしまっている。論理的な水準における遡行の果てに見出される特異性、一者、自体性愛的享楽。ドゥルーズが「母語を外国語のように酷使するのが作家だ」(大意)みたいなことを言っているのも、特異性と一般性の破壊的接合として理解したほうがおもしろいかもしれない。少なくともジョイス(『フィネガンズ・ウェイク』)を語りうるいまのところ唯一の道具だとはいえそう。

 したはさらに、帰宅後の深夜、食事中に読んだ一六日付の記事冒頭からの引用である。これもおもしろいはなしだ。

 しかし、主体が心理的内発性から切り離された時、つまりこの心理的内発性もある種の因果律にすぎないことが明らかとなり、主体がただの自動人形[オートマトン]に成り下がったかと思われる時、カントはこの主体に言う——まさに今、君は君が知っているよりも自由である、と。言い換えるなら、自分は自律的な存在であると信じている主体に対して、カントは〈他者〉、すなわち主体の支配の及ばない因果律がはたらく次元の存在を主張する。しかし、主体自身がこの〈他者〉——何らかの法則、心的傾向、隠された動機——に依存していることを意識し、「もう、どうでもいい」と言って自分を投げ出そうとする時、カントはこの〈他者〉が隠しもつ「裂け目」を指し示し、そこに主体の自律性と自由を位置づけるのである。
 以上がカントの言う自由の概略であるが、我々はそこにラカンの有名な言葉、「〈他者〉の〈他者〉は存在しない」——言い換えれば、〈他者〉は完全な存在ではない、それはある種の欠如のしるしを帯びている——の反響を聞くことができる。カントは、原因の〈原因〉は存在しないと言っているのであり、まさにこのことが、主体に対して自律性と自由をもたらすのである。だから主体は、たとえ自分の行為が因果律によって完全に決定されたものであったとしても、(違うことをする自由があったと感じて)罪悪感に苛まれることになる。我々は、このように説明されるカントの自由の逆説を見逃してはならない。彼は、因果律を超えたところにある自由の姿を暴こうとしているのではない。そうではなく、彼は、冷酷にも因果律の支配を最後の最後まで突きつめることにより、この自由が姿を現すことを可能にしている。カントは、因果律による決定の内に、つまり原因と結果の間に、ある種の「躓きの石」があることを示す。そして、まさにそこにおいて我々は、厳密な意味における(倫理的)主体と出会うことになる。主体は、因果律による決定の中に生まれるのだが、この決定が直接的に主体を生み出すわけではない——原因とそれがもたらす結果の間の関係を可能とするような何か、「躓きの石」を越えて原因と結果を結びつける何かが、主体を生み出すのである。
(『リアルの倫理——カントとラカン』アレンカ・ジュパンチッチ・著/冨樫剛・訳 p.43-44)


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 サラダをこしらえて食事。食材は冷蔵庫のなかにのこりすくなく、野菜はキャベツ、大根、タマネギしかない。それらに豆腐をくわえて食べるほかはない。キャベツもそろそろ終わりかけていて、半玉のさいごのほうに来ているので、もう葉を剝かずにそのまま端からザクザクと落としていき、帰宅後のために半分くらいはのこしておいた。シーザーサラダドレッシングで食い、食後はソフトサラダ煎餅をばりばりやったうえに、先日ストアで買ったものの手をつけていなかったチチヤスのヨーグルトも食べる。なぜかふたつも食べてしまい、しかも皿を洗っているさいちゅうに、ヨーグルトなんかうまいなという謎の満足感があった。そのあとは一六日の日記を綴る。おぼえているのは職場のことだけなので、当たった生徒についてややったしごとにかんして、なにかの役に立つわけでない、ただ記録したいがゆえの記録を書き記し、済んだのが三時半すぎだったとおもう。そろそろ出勤に向けて準備をはじめなければならない。歯磨きはたしか書きもののまえに済ませてあった。真っ白なワイシャツ一枚にアイロンをかける。そのまえに窓辺に吊るしていた集合ハンガーの洗濯物を取ってたたんだか。レースのカーテンのすきまから保育園の建物上空に、白さに撒かれながらもちいさなひかりのかたまりと化した太陽が浮かんでいるのがみられていたのだが、このころにはそれもほぼなくなっていた。アイロンをかけたあとはちょっと屈伸とか背伸びとかして、そうして服をきがえてリュックサックに荷物も用意。時間があまったので五分足らず、椅子にすわって目を閉じた。たかだか五分でも目を閉じてじっとしていれば、からだはいくらかはほぐれておちつく。そうして出発へ。部屋と建物を抜けて道に出ると、暗くはないけれど空に雲がまだまだおおく、西陽の存在感もとおい午後四時の


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 いまもう二三日の夜九時半。上記は数日前の夜、たしか勤務後に書きはじめたのだけれど、疲労のためにやっぱり駄目だなと中断したもので、それから記憶もうしなわれてしまったしつづきを書き足すこともできない。この日の勤務でおぼえていることもそう多くはない。(……)
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 (……)
 (……)
 (……)


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  • 「読みかえし1」: 456 - 465
  • 日記読み: 2021/9/19, Sun.