二晩続けてよく書くことには、もう長いあいだ成功したことがありません。なんと不規則に書かれた塊りになることでしょう、この長編は! 最初一度書きおえてから、死んだ箇所になかばでも生命をふきこむのは、なんと困難な仕事、あるいは不可能な仕事となるかもしれません! そしてなんと多くの正しくないものが残存しなければならないことでしょう、深いところから助けが来ないものだから。
(マックス・ブロート編集/城山良彦訳『決定版カフカ全集 10 フェリーツェへの手紙(Ⅰ)』(新潮社、一九九二年)、226; 一九一三年一月一五日から一六日)
一〇時起床。天気はどんよりとしていたきのうから一転してまた快晴。寝床をはなれるとともあれ冷蔵庫のペットボトルに入れてあるつめたい水を飲む。好天なのでシーツを洗うことにした。きのう洗いたかったが、雨もしくは曇りだったので果たせなかったのだ。掛け布団や座布団に枕を寝床からどけてシーツを取りはずし、窓をあけて、窓外の柵のうえでバサバサとやって埃をはらう。したの道にとおるひとがないかたびたび視線を横に振ってチェックしながらやった。風というほどのものもないが空気は南に向けてながれており、シーツからはがれた埃は左側へと宙を舞って散っていく。そうしてたたんで洗濯機へ。注水しているあいだに敷き布団のほうも窓外に出してすこしたたいたり表面をはらったりする。そうして柵にかけてみてもやはりなんとなく不格好だしスペースが足りないので、しかたなく横向きで窓ガラスと柵のあいだのせまい範囲に押しこんだ。スペースの横幅も足らず、布団をすべてひらききることはできない。端のほうをすこし折らざるをえない。それでもたしょう陽と風が当たるぶんましだろうということでおさめ、洗濯もはじめて、一〇時半ごろから瞑想した。きょうは深呼吸式でやってみた。深呼吸といってもぜんぜんちからはいれず、最小限のちからで吐く息を後押しするだけ。これはこれでよい。けっきょくやっぱり首とそのしたあたりの背骨がクリティカルポイントだなという印象で、ふつうに過ごしているだけでもここがかたまってしまい、そうすると調子がわるくなる。胃にも来るし、吐きそうな感じにもなるし、からだが全体的に不安定になる。きのうながくモニターのまえで通話をつづけたときもそうだったようだ。深呼吸は目を閉じてゆっくり息を吐いているだけでけっこうこの背骨の芯にアプローチできる感じはあるので、習慣的につづけて質をあげれば改善できるかもしれない。またしばらくは深呼吸式でやってみようかな。わからんが。
目を閉じて呼吸をつづけていたのは二五分くらいだとおもう。一一時まえに開眼し、LINEにアクセス。きょうは(……)の誕生日祝いみたいなことでほかのひとびとは上野にバレエだか観に行く予定で、こちらは遠出が無理なので夕方から合流する。(……)
シーツを干す。洗い終わったものをとりだしてちょっとバサッとやってひろげて、ピンチをふたつダウンベストのポケットに入れてから窓外の物干し棒へ。かけて左方の端からひろげて、棒の前後に垂れるながさを合わせるとピンチで留める。そとには出られないので、窓を左方にスライドさせて右から顔を出さなければ反対側はとどかない。ピンチをもうふたつ取り、逆のほうもおなじようにひらいて上下のながさもあわせて留めるとOK。そうして食事へ。水切りケースのヨーグルトや豆腐の容器をまずかたづけてまな板なども取り出し、きょうもきょうとてキャベツを細めにざく切り。白菜と豆腐も。減塩焙煎胡麻ドレッシング。あとは煮込みうどん、といってももう麺はほぼなくなっているが、そのさいごのいっぱいをあたためて椀に。その他カレーパンも食った。瞑想中も食事中もずっと窓をあけたままだったが、それでも寒さは感じないし、外気が室内にはいってきて肌にふれるという感触もない。さわやかな日和。
ウェブを見ながら食事を取って、食後も白湯を飲んだり歯を磨いたり手をほぐしたりしながらネットにあそび、一時をまわったくらいで湯を浴びることにした。髭も伸びていて鬱陶しかったのでまずはそれを処理する。Gilletteの剃刀がもうだいぶ切れなくなっていて剃りづらいのであたらしい刃に替えようと小間物を入れてある袋(もとは職場の給与明細の袋)をさぐったが見つからない。おかしいなとおもって収納スペースの奥、タオルを入れてある籠のうしろに押しやっていた、机とか椅子とかをつくったさいの部品のあまりや設計書、冷蔵庫や洗濯機の説明書などをあつめてあるビニール袋をみてみるとそこにはいっていた。しかし替え刃(というか首のところ丸ごとだが)はひとつのみだった。そうだったか。それでもまあ当面はよい。それで洗面所に持っていって剃刀を手に取り、首部分の取りはずし方がわからなくてしばしつかったが、けっきょくはふつうに引っ張れば取れて、取り替えるともとの刃部分は替え刃についていた保護カバーをとりつけてしまっておいた。ジャージのうえを脱ぎ、顔を洗って前髪をたしょうかきあげ、フォームを各所に塗っていき、剃毛。剃りやすさが格段にちがう。終わると剃刀を洗い、顔についている泡はまだ落とさず、湯のほうのノブをひねってシャワーから出しっぱなしにしておいて室を抜け、肌着のシャツに泡がつかないように脱ぐとしたも脱いで湯浴みへ。タオルやあたらしい肌着はすでに椅子のうえに用意しておいた。それでシャワーの熱さを調節してから浴槽内にまたぎいると、しばらくシャワーは壁にとりつけたままにして顔を洗って泡を落とす。それからからだをながし、洗ったりあたまも洗ったり。さっぱりして出てくるとバスタオルで水気をぬぐってさっさと服を身につけ、ダウンベストもはおってドライヤーで髪をかわかした。そうしてきょうのことを書き出したのだけれど、打鍵をはじめてまもなく、やはり首のうしろや背骨が反応してからだがかたくなっているのを感じ取ったので、いったん音楽聞きながら深呼吸でもしてみるかとおもい、Amazon Musicでceroの"POLY LIFE MULTI SOUL"と、ひさしぶりにBill Evans Trioの"Autumn Leaves"を(ステレオのほう)、イヤフォンでながしながらゆっくり息を吐いていた。するとじっさい問題の箇所がけっこうほぐれていって、打鍵にもどっても違和感はほぼないので、ここまでこうして綴って二時四七分。
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夕刻からでかけて、(……)で(……)、(……)、(……)くんの三人と合流。(……)は観劇でつかれて帰宅したという。遠いところをわざわざ来てもらうのもわるかったし、むしろよかった。合流したのは六時くらいだったか? わすれたが、(……)駅まであるいていって、れいによって(……)の「(……)」で土産にクッキーを買った。(……)にはいちおう誕生日祝いということで、クッキーとはべつの品にしようとおもい((……)くんにクッキーをあげればそれが家で共有されるはずだし)、母親が好きでいぜんたまに買ってきてくれと頼まれていた「Pomme D'Amour」という林檎のチョコレート。(……)
駅舎内コンコースで合流。(……)はきょうちょうど美容院に行ってきたところらしく、髪の毛がさらさらときれいにまっすぐ下がりながらかつゆるく丸みをえがいており、これなら胡散臭くみえないだろうと言ってきたのは、洒落っ気に目覚めだしてからのやつの髪型について、過去に、売れない芸術家っぽくってよいという評言をくりかえしていたからだ。同意しつつ、やっぱもっと胡散臭さがほしいと言うと、いまは美容院に行ったばかりだからきれいになっているけれど、そのうちまたそうなってくる、と返った。
さあもう無理をせず、やっつけで、ほとんど省略して要約的に、ほんとうにちょっとのことしか書かないぞ。「(……)」でこちらをのぞくおのおのは夕飯を買い、(……)へ。敷地内にライトアップされた樹々がいくつかあったが、どれも黄色とかつめたい青緑とか紫とか、いかにも人工的で、ややけばけばしいような、あまりしぜんにきれいとは言えないような配色で、なんであの色にしたんだろうねと(……)なんかけなしていたし、こちらももうちょいなんかあっただろうとおもった。植物をふんだんにあしらわれたなか、通路のとちゅうにもうけられてある屋根付きのテーブルスペースにはいり、着席して談笑。会話のくわしい内容はもう書かない。さいしょのうちはきのうの記事にすでに書いたような、このまま行くとおれが親の介護をすることになるんじゃないかみたいなはなしや、(……)家のそっち方面のはなし。おじいさんのこととか、遺産相続で揉めるということはよく聞くけど、むしろ揉めていない例のはなしを聞きたい、とか。(……)のお母さんは、わたしが介護されるようになったらすぐ施設に入れてくれ、子どもに迷惑はかけたくないと言っているらしく、(……)はそれを、施設の費用もじぶんで用意してあるという意味で取っているという。もしそうなのだとしたらすごいものだ。ほんとにある日とつぜん亡くなるのがいちばんいいなと(……)はつぶやく。まあだれもそうおもうだろう。こちらの母親も、ほんとに「ピンピンコロリ」がいちばんいいね、とよく言っていた。その他「地雷系」というワードについて。というのもわれわれのとなりのテーブルに一時やってきたふたりの女性が去ったあと、(……)が地雷系女子みたいなファッションだったと言ったからで、このワードの正確な意味をこちらはいまいち理解していなかったのではなしがひろがったかたち。(……)の観察によるとかのじょらはアイドルかなにかのはなしをしていたらしく、アイドルファンのなかに地雷系的な女性はけっこういるらしい。(……)くんが言っていたしこちらもそんなイメージでとらえているが、たぶんもともとはネット上で、こういう女性は地雷、みたいな、つまり地雷を踏んでしまうみたいに、付き合ってみるとすごくめんどうくさかったりなんだりという女性を男性連中が勝手にくさしていたことばなのだとおもう。なぜかわからんがそこにちょっと病んでるみたいな、愛が重すぎるみたいなイメージがむすびついているようにおもわれて、なのでこちらは地雷系というのはいわゆる「メンヘラ」が更新されたようなことばかとおもっていた(ちなみに「メンヘラ」もいまはカジュアル化しているとおもうが、もともとは2ちゃんねるのメンタルヘルス板から来ていたはずで、つまりそこにあつまっているひとが自虐的な自称としてつかっていたり、あるいはメンタルヘルス板住人を馬鹿にするような感じでつかわれたりしていたはずで、だから精神疾患患者とか、そこまで行かなくとも精神的に不安定だったり悩みおおきにんげんとかを軽侮するようなニュアンスがまとわりついているように感じられるので、こちらはこの語をじぶんではつかわない)。この席で聞いてみるとそれもまちがってはいないようだが、またいっぽう、「地雷系」というのはファッションの方面でももちいられている。さいきんはむしろそっちの文脈でつかわれるほうがおおいのかもしれない。「地雷系メイク」とかいうジャンルもあったはずだし、まえにテレビかなんかでそういうメイクを紹介する映像をみかけたおぼえもある。まあもともと「地雷系」といわれるようなひとたちがおおくしていたようなメイクとかファッションが、ちょっと変質をこうむりながらカテゴリ化されたのだとおもうが、しかしおそらく発端は(あまりよくない意味の)他称だったとおもわれるこういう語が、いったいどこでどの時点でどうやって自称に転じるのだろう? というかいま、じぶんは地雷系だといってそれをアイデンティティにしている女性はそんなにいるのだろうか? わりとどうでもよいはなしではあるのだけれど、ところでこの席で(……)が、スマートフォンを差し出して、地雷系ファッションってこういう感じとみせてくれた画像(たぶんGoogleでその語で画像検索して出てきたやつ)をみるに、ちょっとゴスロリ風味があって、え、こんな感じなの? と意外におもった。ゴスロリそのものではないにしても、その路線じゃん、と。亜種みたいな。ゴシックロリータのあの「ゴシック」にまとわりついているイメージもようわからん。つまりなんというのか、こう、暗黒、とか、闇、とか、音楽でいうと仰々しくてセンチメンタルな美メロ、みたいな(ゴシックメタルのイメージしかないが)。といいつつそれにかんしては、まえにBBCの記事でGothicという語がホラー的なフィクションでつかわれるようになった起源について読んだことがある。Gothicというのはもともとゴート族のという意味だったはずで、つまりもとは中世的な、ゲルマン民族的な野蛮さとか粗野をいう語だったはずで、建築様式とかの方面はようわからんが、小説でさいしょにそういうものとして出てきたのはHorace Walpoleとかいうイギリスの作家のなんとかCastleみたいな作だったはず。たしかこの小説は、中世の原稿が発見されて……みたいな、近代以前の小説にありがちな大枠の設定がされていて、それを翻訳したものをここにお届けするとかいう前書きのなかにGothicという語がつかわれているというはなしだったような気がするが、記憶があいまいなのでたぶんまちがっている。いっぽうおなじころにホラー的な小説もいろいろ出てきて人気になっており、そういう廃墟とか幽霊とかが出てくるようなおどろおどろしい作品にGothicの語が転用された、とか。Jane Austenなんかもそのへんいろいろ読んでおり、『Northanger Abbey』に影響がみられるとかなんとか。
あと(……)くんが年末年始でどういうイベントというか身内(われわれ)での催しをやるかかんがえあぐねているというところと、家にティッシュの買い置きがないままつかいきってしまうと(……)がパニックになるという情報をむすびつけて、曲でもつくってうたえばいいじゃん、ティッシュがなくなるとパニックになる女神の曲つくればいいじゃん、とふざけたことを言いつつ、きょう紙持ってる? と(……)に聞き、じゃあ連詩をやるかとあそびをはじめた。急に仕切るじゃん、笑うんだけど、といわれる。それでティッシュがなくなるとパニックになる女神をテーマにしてひとり一行書きながら会話をつづけているうちに、寒くなってきたので近間の(……)に避難することに。ファミレスにはいってだいじょうぶかなという心配があり、三人からもそれは言及されたが、まあとりあえず行ってみようと。駄目そうだったら出ればよいと。それで移動して入店したところが、やはりひとに満ちていてざわざわしているからそれがストレスになるのだろう、席についてまもなく緊張しはじめて、さきほどの屋外では調子良くペラペラと笑いながらふざけて喋っていたのにたいして、このときのじぶんの転換ぶりときたらじつにあからさまで、とたんに口数がすくなくなり、威勢のよさがなくなり(もともとないが)、ちいさくなるような調子で、しかたがないので、やっぱり緊張するといいながらとりあえずヤクを一錠飲んだ。それで目を閉じてじっとする時間を取りつつも、(……)がなんかいうのにけっこうおおきく笑ったりしていたのだけれど、わりと吐きそうな感じが取れてこないので、やっぱり出ることにするわと。(……)は腹が減っていてポテトを頼んでおり、(……)くんとかれのふたりはあとから出てきてもらうことにして、こちらはさきに逃げ出し、(……)もまもなく追って出てきた。それで寒々しい夜気のなかベンチに座ってこちらの番だったので連詩の一行をかんがえる。ファミレス内で、いまむしろおれがパニックだからこの状態を書けばいいんだと口にしつつも、おびやかしを受けている緊張状態で思考がまとまろうはずもないのでつくれなかったのだが、そとに出てくればまあわりとおちつくはおちつく。すくなくとも脅迫はなくなる。それでつくって、あとから出てきたふたりも合流し、トイレに行きたかったので(……)といっしょに周辺をさまよってコンビニに行き着いたあと、ふたりもそちらにやってきて合流して帰路へ。電車に乗りたくなかったので改札前で別れて歩いて帰った。