2023/2/22, Wed.

  眠りと糧

 夜の息は お前の敷布だ、暗闇がお前のもとに 身を横たえる。
 暗闇は お前のくるぶしとこめかみに触れる、それは お前を 生と眠りに呼び覚ます、
 それは お前を 言葉のなかで、望みのなかで、想いのなかで嗅ぎつける、
 それは そのどれとも眠り、それは お前を誘い寄せる。
 それは お前の睫毛から塩をくしけずり そしてお前の食卓に供する、
 それは お前の時刻から砂を聞き出し そしてお前に差し出す。
 そして かつて薔薇であった自分を、影と水を、
 それは お前に注ぐのだ。

 (中村朝子訳『パウル・ツェラン全詩集 第一巻』(青土社、一九九二年)、100; 『罌粟と記憶』(一九五二); 「夜の茎たち」)




  • いま帰宅後、夕食を取ってからだがこなれるのを待ったあとの零時四分。「webちくま」で連載されている金井美恵子の「重箱の隅から」を、「墓場とユリカゴ②」の回から読んだ。いぜんも最新記事まで読んでおり、それがどの回だったかわすれてしまったので読みかえしたのだが、③まではどうもみた記憶があるようで、④は初見とわかった。そのつぎの、最新記事である「生活困窮者を前に新しい児童図書館は有効か①」はまだ読んでいない。「墓場とユリカゴ②」には終盤に、つぎのような一段がある。「それはそれとして、女性の妊娠・出産可能年齢を産卵後に死ぬ鮭の一生と同一視した東京都知事の発言(人間の男が80、90になっても妊娠させる能力があるからエライという含意が、もちろんある)は、オス鮭エリート主義とでも呼ぶべきいかにも低次元で無教養なもの(むろん、私たちは鮭に教養を求めないが)であり、オスの鮭全員が、産卵される卵にむかって射精できて自分の個体のDNAを残せるわけでもないことを知っているのだし、石原自らが「絶筆」について、おそらく文学的喩えとか謙遜などではなく、極く素直に発しているように思える「駄文」という言葉を眼にした者としては、同じ人物の鮭に関する愚鈍な「駄弁」を云々するつもりなどないのだが、同世代の作家としてデビューした大江健三郎が、鮭の産卵についてどう書いていたかを思い出さずにはいられない」とこのなかの、「(むろん、私たちは鮭に教養を求めないが)」というわざわざなされた括弧入りの注記にちょっと笑ってしまったし、前回読んだときもここで笑ったのをおもいだした。むろん皮肉だが、皮肉よりもうすこしすっとぼけたようなユーモラスさに寄っている感じで受け取ってしまう。もっとも古井由吉『詩への小路』に書かれてあったことによれば、「アイロニー」ももともとはおとぼけものの意が濃かったようだが。つぎの箇所にそうある。

 ironique et fatal とある。読む者の心の音鍵を、明晰で不吉な手際で打つ言葉である。fatal という言葉を、ここで会ったが百年目、というような方角へ取ったら、どうか。百年目の出会いが一度限りの邂逅ではなくて、永劫のごとき反復であったとは、すぐれて ironique である。しかしこのアイロニーという観念が私などにとっては、存外、むずかしい。ロマン派の跡を踏んで、どうしてもセルフ・アイロニーの方へ取るので、本来の意味が見失われやすい。古代ギリシャ語で「知らぬふりをするオトボケ者」を意味する言葉エイローンから、転用されたものなのだそうだ。知らぬふりをして、知ったかぶりをつまずかせ、おのれの無知を悟らしめる、おのれを嗤うに至らしめる、という教育上の便法の意味に転用の当初は使われたらしい。十八世紀の事という。もしもボードレールのこの詩(end79)のアイロニーに、当初の筋が通っているとすれば、そのアイロニーには対者、発信者が存在することになる。七人の老人たちではない。老人たちは知るふりも知らぬふりもないのだ。
 (古井由吉『詩への小路 ドゥイノの悲歌』(講談社文芸文庫、二〇二〇年)、79~80; 「7 莫迦な」; ボードレール「七人の老人」について)

  • 「墓場とユリカゴ③」にはまた、「館長と言えば、国立国会図書館創設の激務にたずさわる中で命を落とした中井正一中井久夫ではない)は、館長ではなく初代副館長だったのだが、2020年に開館された角川武蔵野ミュージアムの館長である編集工学者は、記事というよりは広告のようでもある法政大学と共同で行われたシンポジウム「朝日教育会議」の「プレゼンテーション」(’20年12月22日朝日新聞)で「街中でおいしそうなラーメン屋を認知するように、本は並ぶべきだと思う。」と発言している。SNSの情報のまま行列に並ぶように?」という一節もあって、「中井正一中井久夫ではない)」というこの括弧内注記も、これわざわざいる? とおもってちょっと笑ってしまう(ちなみに「2020年に開館された角川武蔵野ミュージアムの館長である編集工学者」とは松岡正剛のことだ)。
  • 今朝時刻をみたのは九時半。きのうは三時すぎに就床したので、まあ順当といったところだ。しかし、正確な時間はわからないものの、おそらく七時台から覚めてはいた。保育園にまだ気配がほとんどない時点だったので。そのときのからだはかたく、呼吸をしたり、胸や肩まわりなどをさすったりしてやわらげていたが、あいまいな時間もいくらかはさまりつつ身を起こす気力はなかなか寄ってこず、きょうは出勤がはやいしなるべくはやく起きたいのだがとおもいながらも九時半を待ったしだいだ。起きてからも背の上方、首のすぐしたあたりがじつにかたく、首をまわすと前にかたむけたさいに背面にひっかかりが生まれるからよくわかるのだ。腕振り体操すなわちスワイショウを、前後に振る版だけでなく、横方向に振って腕を回転させながらからだをひねる版もやったのだが、さいしょに横向きのやつをやったときは少し痛かったくらいだ。きょうはこの凝りを取るのになかなか時間がかかった。往路の電車内にいたっても首の付け根を囲むようなその固さが、かんぜんになくなってはいなかった。腕振り体操の効果もあり、時間が経つにつれてある程度はほぐれていたのだが。きょうの肉体がそのようだったのは、きのう書きものと書き抜きでそれなりに打鍵したのでそのためか(ギターも弾いたし)、腕振り体操をむしろやりすぎたのか、あるいはさくばんはだいぶ冷えた印象だし、朝にかけてそのつめたい空気にやられたものか。腕振り体操をしばしばやっていたかわりに、ゴロゴロして下半身をほぐす時間がすくなかったので、そのせいはあるかもしれない。
  • 往路に出たのは二時すぎで、それまでにとくだんのことはなく、食事はいつもどおりだしその後の時間も、どうせたいしたことはできないからと猶予のすくなさにかえっておだやかなあきらめに自足して、てきとうにウェブをみたりしていた。洗濯はせず。天気ははかりしれないほどによかったが、出がはやいからたいして陽に当てられないしいそがしいだろうと。詩片はかんがえたというよりは湧いてきたのでちょっと足し、いちおうさいごまで行ったのかなとみえなくもないがまだ足そうとおもえば足せる気もする。細部を変更したり、連の順序をすこし変えたりした。四行一連でいま一一連になっており、一行のリズム、ならびに一連のリズムはほぼおなじで、だからリズム的には反復の、ひたすらループするタイプのものになり、その方面では単調といえばそうで、そういう音調を取ってしまったために終わりづらい。むしろこのままながく書き継いで三〇連とか五〇連とか、物量でやたら押すものにしてもおもしろいかもしれないとおもうが、それほどことばが湧いてくる自信はない。とはいえまだ仕上がりとはいえない。ほとんどおもいついたフレーズをつらねただけで、だからいまのところほぼ一筆書きのような感じであり、それでもやはり(あるいはむしろそれだからこそ)おなじみのような内容になりがちで、かといってまとまりきっているわけでもなく、焦点がわからない半端な状態で、意味の射程や集束と拡散をじぶんでも理解していないから、ここからもうすこし読みかえして成型してみようかとおもっている。
  • 湯浴みは一二時半すぎ。シャンプーがもう尽きかけていたので水を入れて振り、かさ増ししようとしたのだが、薄くなりすぎて水っぽく、手から容易にこぼれていくしなんどもあたまにかけないと泡も立たなくてやりづらかった。
  • いまもう三月五日なので手帳にのこっているメモをたよって往路のことをすこしだけ書いておくが、天気はかなり良い日で、出発直後に路地沿いの一軒からひとが出てきたのも視界を埋め尽くすまぶしさにかくされてよくもみえない。ただし風は日陰にいればやはり冷たく、道のとちゅうにある白くて細い標識柱に寄り、その足もとにリュックサックを置いて出したストールを首に巻いた。公園では女児がうごきまわっており、なんとか言いつつ両腕をぐるぐると前後にまわしながら走っていた。きょうは南にまっすぐ出ず折れて細道を抜けて表に行ったが、陽射しがとにかく豊富で、渡ってここから南に曲がったところの駐車場がひどくあかるく、柵の白さはつやめいており、車が一台のみこれも白いやつが停まっているうえにもひかりがあつまり跳ね返って、ほかに停まるもののない空虚な場所と大気があかるさにわたられいかにもひろびろと見え、敷地の内側縁には植込みがもうけられ、白いブロックで端に低く囲われたなかには赤っぽい色の草、いちごジャムめいてはいるがだいぶくすんで老いた色の草がたくさんあしらわれ、そのうえに黄緑の葉がかぶさっているところもあった。太陽は南方に高く、建物上端との距離はまだまだ遠く、どこに目をやっても端までほんとうに雲がない、水色のみの晴天で、人にせよ車にせよ建物にせよ植物にせよ、あるくあいだにあらわれるものがどれもはっきりとあかるくうつり、しかしことさら硬く澄んで迫ってはこないおだやかな明視感が視界にやどっていた。空が洗われているだけでなくそれをみることによって目も、さらに通じて精神も洗われるかのような、視線というものに筋肉があったならそれが伸びほどけていくような、ひとつひとつのものにあたらしく目がとまるような天気の日和、ヴァルザーの小説に出てくる風景描写のような、爛漫と飽和したような空気だとおもった。