2023/2/25, Sat.

 ダリウス大王がペルシア帝国の支配者となったのは、前五二一年である。この時点で、アジアとヨーロッパを分けているエーゲ海が、ダリウスの世界のへりであった。強大な、世界(end6)の唯一の支配者であるはずのダリウスにとって、海辺に点在するギリシア人の植民都市は、とうぜん好ましからざる汚点であった。なぜなら、小アジアイオニア植民都市が結束してダリウスに反抗し、この反乱の鎮圧に彼は手を焼いたからである。
 反乱をおこしたイオニア人たちはギリシア本土に救援を求め、アテナイとエレトリアが援軍を送った。救援軍は内陸に侵攻し、サルディスの都を陥れるというめざましい戦果をあげたが、これがダリウスの怒りを呼び、前四九〇年に彼は処罰のためにアテナイとエレトリアに遠征軍を送ったのである。ペルシア軍はかんたんにエレトリアを蹂躙したが、アッティカ東海岸マラトンに上陸したとき、アテナイ人の抵抗は頑強をきわめた。ペルシア軍によるギリシア本土への最初の侵攻は、こうして、ほとんどアテナイ人の独力により食い止められたのである。
 ちなみに、ギリシア軍の勝利を人々に伝えるために、マラトンの野からアテナイまで走りつづけて息絶えた伝令の故事が、今日のオリンピック競技におけるマラソンの由来である。
 (岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』(岩波ジュニア新書、二〇〇三年)、6~7)




  • 一年前から、古井由吉訳の『ドゥイノの悲歌』。

 天使に向かってこの世界を賞賛しろ。言葉によっては語れぬ世界をではない。壮大なものを感じ取ったとしても、天使にたいしては誇れるものではない。万有にあっては、より繊細に感受する天使に較べれば、お前は新参者でしかない。単純なものを天使に示せ。世代から世代へわたって形造られ、われわれの所産として、手もとに眼の内に生きるものを。物のことを天使に語れ。天使はむしろ驚嘆して立ち停ることだろう。お前がいつかローマの縄綯いのもとに、ナイルの壺造りのもとに足を停めたように。天使に示せ、ひとつの物がいかに幸いになりうるか、汚濁をのがれてわれわれのものになりうるかを。悲嘆してやまぬ苦悩すらいかに澄んで形態 [かたち] に服することに意を決し、物として仕える、あるいは物の内へ歿することか。その時、彼方から伴う楽の音も陶然として引いて行く。この亡びることからして生きる物たちのことをつぶさに知り、これをたたえることだ。無常の者として物たちはひとつの救いをわれわれに憑 [たの] むのだ、無常も無常のわれわれに。目には見えぬ心の内で物たちを完全に変化させようではないか。これはわれわれの務め、われわれの内で、ああ、はてしのない務めだ。われわれが結局、何者であろうと。

 現世よ、お前の求めるところはほかならぬ、目には見えぬものとなって、われわれの内(end223)に甦えることではないのか。いつかは目に見えぬものとなること、それがお前の夢ではないか。現世であり、しかも目に見えぬものに。この変身を求めるのではないとしたら、お前の切々とした嘱 [たの] みは何であるのか。現世よ、親愛なる者よ、わたしは引き受けた。安心してくれ、わたしをこの務めにつなぎとめるには、お前の春をこれ以上重ねる必要はおそらくないだろう。一度の、ああ、たった一度の春だけで開花には十分に過ぎる。名もなき者となってわたしはお前に就くことに決心した、遠くからであっても。お前は常に正しかった。そしてお前の聖なる着想は、内密の死であるのだ。

 このとおり、わたしは生きている。何処から来る命か。幼年期も未来も細くはならない。数知れぬ人生が心の内に湧き出る。

 (古井由吉『詩への小路 ドゥイノの悲歌』(講談社文芸文庫、二〇二〇年)、223~224; 「24 ドゥイノ・エレギー訳文 9」)

  • ロシアのウクライナ侵攻開始の報から一夜明けて、この日もまたたくさんの記事を読んで動向を追っている。

 (ブルームバーグ): ウクライナの首都キエフは数時間以内に陥落してロシア軍に掌握される可能性があると、西側情報当局の高官が述べた。ウクライナの防空能力は事実上、無力化されたという。
 同高官によれば、ロシア軍の部隊はドニエプル川の両岸からキエフ制圧に向かっている。既に数カ所の飛行場が同軍の手に落ち、さらなる部隊の派遣に利用可能だ。
 同高官はロシアの軍事行動について、これまでのところウクライナの東部と南部、中央部に集中しているものの、プーチン大統領は全土掌握を目指していると考えられると指摘。最終的には現政権の転覆とかいらい政権樹立を狙っているとみられる。
 ウクライナのゼレンスキー大統領は国の防衛に努めると言明した上で、自身と政権はキエフにとどまると述べた。事情に詳しい高官によると、ロシアが人口300万人のキエフを掌握すれば市民に激しい暴力が加えられる可能性がある。

 ロシア各地で、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領によるウクライナ侵攻開始の決定に抗議する反戦デモが行われ、参加者約1400人が警察に拘束された。独立監視団体「OVD Info」が24日、明らかにした。
 同団体によると、拘束人数は51都市で少なくとも1391人に上り、うち700人以上が首都モスクワで、340人以上が同国第2の都市サンクトペテルブルク(St. Petersburg)で拘束された。
 現地のAFP記者によると、モスクワ中心部のプーシキン広場(Pushkin Square)には約2000人が集結。サンクトペテルブルクでも最大1000人が集まった。
 SNSでデモが呼び掛けられたことを受け、同国の重大事件を扱う政府機関、連邦捜査委員会(Investigative Committee)は、国民が無許可の反戦デモに参加すれば「法的な影響」を受けると警告していた。
 ロシアには抗議活動を取り締まる厳格な法律があり、デモ参加者は頻繁に集団拘束されている。過去に大規模な反プーチン政権デモを主導し、現在は収監されているロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ(Alexei Navalny)氏は24日、獄中で行われた裁判で「この戦争に反対だ」と陳述した。(c)AFP

 ウクライナ大統領府は24日、1986年に世界最悪の原子力発電所事故が起きたチェルノブイリ(Chernobyl)原発が、ロシア軍により占拠されたと発表した。
 ウォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)大統領はこれに先立ち、「ロシアの占領部隊は、チェルノブイリ原発を占拠しようとしている。わが国の兵士は、1986年の悲劇を繰り返さぬよう命をかけている」とツイッターTwitter)に投稿。「これは全欧州に対する宣戦布告だ」と非難していた。
 大統領府高官は「ロシアの全く無分別な攻撃を受け、チェルノブイリ原発が安全かどうかは断言できない。これは現在の欧州にとって最も深刻な脅威の一つだ」と述べた。(c)AFP

Ukrainian president Volodymyr Zelenskiy said 137 people inside Ukraine had died and 316 had been wounded as a result of Russia’s invasion and military attacks. In a video address late on Thursday, the Ukrainian leader said he was disheartened after speaking to the leaders of Nato member states after the invasion began. “We have been left alone to defend our state. Who is ready to fight alongside us? I don’t see anyone,” he said.

Russian troops have entered the country from the north, east and south, seemingly targeting the capital, Kyiv, as well as the cities of Kharkiv and Kherson respectively, in the hours since explosions were first heard at dawn on Thursday. Russian troops have seized the Chernobyl nuclear power plant in the north and there were credible reports they were holding staff there hostage, the White House said. Meanwhile, a fierce battle for the strategic airbase close to Kyiv appeared to be continuing late on Thursday. Additionally, every single soldier defending Zmiinyi Island, or Snake Island, in the Black Sea had died, Zelenskiy said.

Ukraine has decreed a full military mobilisation against the Russian invasion. For the next 90 days, the Ukrainian military will determine how many people are eligible for national service. Ukrainian men aged 18-60 are now forbidden from leaving Ukraine, the State Border Guard service announced. Earlier, Zelenskiy declared martial law and vowed to issue weapons to every citizen willing to defend their country.

The UK Ministry of Defence said on Friday that Ukrainian forces had provided “fierce resistance across all axes of Russia’s advance” and that is was unlikely Russia had achieved all its objectives for the first day of the invasion.

Vladimir Putin’s decision to launch a catastrophic new European war, combined with the sheer weirdness of his recent public appearances, has raised questions in western capitals about the mental stability of the leader of a country with 6,000 nuclear warheads.

They worry about a 69-year-old man whose tendency towards insularity has been amplified by his precautions against Covid, leaving him surrounded by an ever-shrinking coterie of fearful obedient courtiers. He appears increasingly uncoupled from the contemporary world, preferring to burrow deep into history and a personal quest for greatness.

  • マクロンの証言による傍証。かつてはヴェルサイユなどでそれなりに友好的な関係をきずいていたのだが、今次の件で交渉したときのプーチンは、マクロンがさいごに会った二〇一九年のかれとは別人だったと。

The French president, Emmanuel Macron, is well-placed to analyse changes to Putin’s demeanour. Macron once drove a cooperative, if self-conscious, Putin round the gardens of the palace of Versailles in a tiny electric golf cart in the summer of 2017 and welcomed him to his holiday residence at a fortress on the Mediterranean coast the following summer, where Putin descended from a helicopter carrying a bunch of flowers and complemented the Macrons on their tans.

After Macron held five hours of talks with the Russian leader in Moscow at opposite ends of a 15-metre table, he told reporters on the return flight that “the tension was palpable”. This was not the same Putin he had last met at the Elysée palace in December 2019, Macron said. He was “more rigid, more isolated” and was off on an “ideological and security drift”.

  • フランス当局はプーチンの演説を「偏執症」(paranoid)的だと評し、欧州議会のBernard Guettaという議員は、プーチンは「現実感覚を失って」(losing his sense of reality)、あたまがおかしくなったようにおもうと述べ、ながくプーチンの支援者だったというチェコのMilos Zeman大統領すら、「狂人」(madman)だと非難した。狂人認定は、そんなこと言ってもしょうがないじゃんというか、あまり有益でも生産的でもないようにおもえるのだが、プーチンがとち狂ったとしかおもえないというのはむろんそのとおりではある。

Following Putin’s speech on Monday, an Elysée official made an unusually bold assessment that the speech was “paranoid”. Bernard Guetta, a member of the European parliament for Macron’s grouping, told France Inter radio on Thursday morning, after military invasion began: “I think this man is losing his sense of reality, to say it politely.” Asked by the interviewer if that meant he thought Putin had gone mad, he said “yes”.

Guetta is not alone. Milos Zeman, the Czech president and long one of Vlaldimir Putin’s staunchest supporters, denounced Putin a “madman” after the invasion.

  • プーチンが演説で述べたらしいつよい脅しのことばももういちど確認しておく。きのうの記事で引かれていた箇所とはいくらかちがうようだが。英訳の問題かもしれない。きのうの記事でみられたのは、“To anyone who would consider interfering from the outside: if you do, you will face consequences greater than any you have faced in history. All relevant decisions have been taken. I hope you hear me,”ということば。

Putin frequently refers to that huge arsenal, and made a thinly veiled reference to them when he launched the war on Ukraine.

He said: “Whoever would try to stop us and further create threats to our country, to our people, should know that Russia’s response will be immediate and lead you to such consequences that you have never faced in your history. We are ready for any outcome.”

  • NATOの戦力はウクライナの至近につどっており、かれらはウクライナ軍に武器を提供しつづけると明言しているが、逆にいえばそれしかできないわけだ。

The US and Nato have made it very clear that they will not intervene directly in Ukraine, but their forces are in ever closer proximity and they have vowed to keep sending arms to Ukrainian forces if they become a guerilla resistance to Russian occupation.

  • ロシア、というかプーチンの目的は、上記Bloombergの記事によれば、「全土掌握」であり、「最終的には現政権の転覆とかいらい政権樹立」をめざしていると、すくなくとも西側当局の高官は判断している。すでに予想されたなかで最悪のケースが起こっているわけだが、このさきのシナリオとして最悪なのは、とうぜん世界大戦への拡大や核兵器の使用だろう。ウクライナの抵抗が功を奏してさまざまなコストがかかりすぎると判断され、ロシア軍がとちゅうで行動を中止し、外交的交渉にもどる契機が生まれ、東部親露派を併合するだけで終わる、というのが、もはや最良のばあいだと判断せざるをえないだろう(二五日の夜の時点で、すでにいくつかの都市が占拠されたようだから、たぶんこの線にはおさまらない)。そのあいだが、ロシアの占領地がもうすこしひろくなったり、キエフが落ちて政権がすげかえられ(二三日水曜日の読売新聞六面によれば、ロシアは「殺害または収容所に送る対象者のリスト」をつくっているとも言われており、ゼレンスキー大統領は演説でみずからじぶんがターゲットNo. 1だと断言している)、ウクライナが事実上ロシアの属国になるという事態だろう。プーチンはそのようにして、NATOとのあいだの緩衝地帯もしくは防波堤国家をつくりたいのではないか。いずれにしてもウクライナがかつてのドイツのように分裂国家になることはもはや避けられない気がする。あとはキエフが落ちるか落ちないかのちがいでしかない(とてもおおきなちがいではあるが)。そうなると、世界情勢はけっきょくのところ、(ヨーロッパではウクライナを境として)冷戦時代に回帰したようなかたちになるのではないか。ただ冷戦期とちがうのはもちろん、ロシア側に中国という大国がもうひとつつくことである。じっさいのところ今回の件でもっとも利益を得る、もしくはそれをねらえる位置にいるのは中国ではないか。アメリカ側につくにせよ、ロシア側につくにせよ、どちらにしてもおおきな恩を売れるからである。きょうの朝刊だったかきのうの朝刊だったかでみた記憶があるが、中国は、王毅だったか華春瑩だったかが、ロシアとウクライナには歴史的に特殊な事情があり、ロシアの安全保障上の懸念を理解する、みたいなことを表明していたはずだ(したの毎日新聞の記事によれば、王毅が「各国の主権、独立、領土保全は尊重されるべきで、ウクライナも例外ではない」と述べているが、たぶんこれにつづけてか、このまえに述べられたことばではないかとおもう)。読売新聞はそれを「事実上の支持」と書いていたが、だから中国はもうすでにロシアにひとつ貸しをつくったとみてもよいのかもしれない。いっぽうで、きのうの記事にしるしたように、アメリカ側につけばついたで、それは米国に莫大な恩を売ることになる。だから、したに引く毎日新聞の記事で華春瑩がどちらつかずの態度をとりながら、「中国人は結論を急がない」などとよくわからない民族性をうそぶいているのは、漁夫の利をねらって利益を最大化できる介入のタイミングを待っているものの姿勢ではないか。それでは中国にとって利益がもっともおおきくなるのはどういうケースかというと、状況がもはや欧米の手には負えず、もうどうにもならなくなって、アメリカがプーチンを説得してほしいとあたまを下げてくるばあいだろう。きのうも書いたとおり、それは中国の威信を世界的にひじょうにたかめることになるだろうし、その一事でもはや米中の覇権争いがなかば決まってしまうとすら言ってもよいのかもしれない。習近平プーチンを説得して軍事行動をやめさせることに成功すれば、アメリカとロシアという世界の二大大国を、中国が仲立ちし、和解させたという、きわめておおきな宣伝材料を得ることができる(ビル・クリントンホワイトハウスでおこなわれたオスロ合意調印のときに、イツハク・ラビンとヤーセル・アラファトのあいだに立って、かれらが握手をするのを両側からつつみこむように手をひろげつつ背景となっている画が有名だが、イメージとしてはあのクリントン習近平になるような感じだ)。だから中国は、ロシアにギリギリのところまで攻めこませておいて、アメリカがもはやどうにもできなくなるタイミングをうかがっているのではないか(ただそうなったばあいでも、習近平プーチンを説得できるかはわからない)。アメリカもとうぜんながらそういう状況にいたる可能性はかんがえてはいるだろう。しかしもちろん、それは米国にとって屈辱的なことだし、また自国の存在感を弱めることになるので、なるべくなら、というかぜったい、そういう方策はとりたくないはずだ。だからアメリカもいまはまだ、ウクライナがかれらだけでどこまでやれるのか、どこまでもちこたえられるのかを注視している段階だと推測する。すくなくとも米国にとってはまだ、中国にたよらなければならないほど、最大限に切羽詰まった状況ではないということではないか。最大限に切羽詰まった状況になったとしても、バイデンが習近平を仲介にかませるか、やはりうたがわしくもおもえる。そうなったら、たぶんアメリカの時代がそこでかんぜんに終わるだろうからだ。
  • トルコがからんでくるかもしれない情報が以下。

An errant Russian missile hit a Turkish-owned cargo ship in the Black Sea off the coast from the port city of Odessa on the first day of fighting. There have already been close encounters between Russian and Nato planes, while their naval forces will brush alongside each other. Ukraine has asked Turkey to close the Dardanelles Strait to Russian warships, to stop them moving from the Mediterranean to the Black Sea. Putin could also see the Nato provision of weapons, or certain types of sanctions as strategic threat, and respond in an unpredictable way.

  • 専門家は、さまざまな軍事力が至近で展開されており、双方の意思疎通もじゅうぶんに確保できずあいての意図を(疑心暗鬼的に)おしはかるしかない状況のなか、事態が一挙にエスカレートする可能性を懸念している。

Emma Claire Foley, a researcher at Global Zero, a disarmament advocacy group said she worries about “the risks of having all these troops, all this material, in close proximity plus the sort of the ambiguity that an actual war introduces for people who are trying to understand the meaning of the other side’s actions, especially when communication is limited.”

Hans Kristensen, director of FAS’s nuclear information project said that any unintended clash would have to go through several phases of escalation before nuclear weapons would be contemplated, but he cautioned: “If a direct clash happened, that escalation to that point could happen quickly.

“It doesn’t necessarily have to go according to plan.”

 ロシアによるウクライナ侵攻について、中国はロシアに対する非難を避けつつも失望感は示している。米中対立の構図の中でロシアとの協力関係は重要だが、今回のロシアの行動は欧米だけでなく、国連やアジア、アフリカなど各国も批判しているためだ。
 中国外務省の華春瑩(か・しゅんえい)報道局長は24日の定例記者会見で「ウクライナにおける状況は我々が見たくなかったものだ」と述べ、ロシアを名指しすることは避けつつ「各方面は自制すべきだ」と呼びかけた。記者に「ロシアによる侵略と見ないのか」と詰め寄られ「中国人は結論を急がない」と苦しい返答を迫られる場面もあった。
 中国の習近平国家主席は4日に北京で開催したプーチン露大統領との会談で、北大西洋条約機構NATO)の東方不拡大を要求するロシア側の主張を支持し、足並みをそろえた。一方でウクライナの領土や主権については「各国の主権、独立、領土保全は尊重されるべきで、ウクライナも例外ではない」(王毅国務委員兼外相)と、ロシアに自制を求めている。
 中国は米国との対立を背景に、利害が一致する部分でロシアと連携しているが、ウクライナも友好国だ。2011年には戦略パートナーシップに関する協定を締結。中国初の空母となった「遼寧」はウクライナから購入した空母を改修して就航させており軍事面でも結びつきが強い。このためウクライナ問題でロシアを一方的に支持するわけにはいかない。14年にロシアがウクライナ南部クリミアを強制編入した際も中国は明確な態度を示していない。
 また、ロシアが主張するウクライナ東部・親露派支配地域の「独立」は、国内に多くの少数民族を抱え、台湾独立の動きを警戒する中国にとって、敏感な問題だ。実際に中国はウクライナの状況を台湾と比較することに強く反発している。
 台湾の蔡英文総統は23日、ウクライナ情勢の急変で中国の軍事的圧力が増すことを念頭に、台湾海峡周辺の警戒強化を指示した。これに対し華氏は同日の会見で「台湾当局の一部の人々がウクライナ問題に便乗するのは賢明ではない」と批判。「台湾はウクライナではない。台湾が常に中国の領土の不可分の一部なのは、反論の余地のない歴史的、法的事実だ」と述べ、主権国家であるウクライナと台湾を同列に扱うことに反発した。
 中国は今秋、5年に1度の中国共産党大会を迎え、習総書記が3期目続投を目指すとみられている。習氏にとっては外交、内政とも安定の維持が最優先事項だ。ロシアによるウクライナ侵攻の余波を受けるのは避けたいのが本音とみられる。【北京・岡崎英遠】

Gunfire has been heard in central Kyiv and there are reports of heavy fighting in the city’s northern suburbs after Ukraine said it expected a Russian armoured attack on the capital and its outskirts on Friday.

The defence ministry urged citizens to resist when Russian forces entered Kyiv, telling residents to inform authorities of all troop movements, and “make molotov cocktails and neutralise the enemy”.

  • ラブロフの発言は、正気の沙汰とはおもえない。

Russia’s foreign minister, Sergei Lavrov, said “no one is planning to occupy Ukraine”, adding that Moscow was ready for talks if Ukrainian forces laid down their arms.

Granted, Putin is a hardcore nationalist and an obvious admirer of martial virtues. He believes in Russia’s Manifest Destiny and has spoken at length about the West’s refusal to acknowledge what he insists is Moscow’s sphere of influence.

His frustration is perhaps understandable, given that his austere worldview offers no effective counter to Western soft power – the attractive values and lifestyles that lured westward the states and people previously within the Warsaw Pact and the USSR.

  • 過去何度かの周辺への軍事介入(チェチェンジョージア、そしてクリミア)をとおしてもみずからの権力が揺らぐ事態にいたらなかったことが、プーチンをつけあがらせたのではないかともいう。

It seems likely the Russian leader has been emboldened by a combination of prior experiences.

These include the success of his earlier ventures in the military sphere, including his conclusion of the war in Chechnya, his revanchist assault upon an assertive Georgia, his open annexation of Crimea, his deniable sponsorship of breakaway republics in Donbas and his low-casualty expedition in Syria.

He weathered the blowback from all the above – be it Chechen terrorism or Western sanctions – with his power unshaken.

Moreover, while Russia has enjoyed recent military successes, Team Putin may well take comfort in recent US failures in its exercise of hard power.

America was humiliated in Somalia. Its national will to prevail in Iraq was eroded. And, most recently, a retreat from Afghanistan – engineered by one US president, implemented by another – closed the doors on a 20-year Western intervention and opened the gates to a near-immediate Taliban victory.

  • プーチンの精神状態がなにかしら尋常ではないのではないか、という可能性はここでもふれられており、それらしい説が提示されている。ややうさんくさいはなしではあるが、プーチンのさいきんの写真を分析したAsia Timesの”medical source”によれば、プーチンの顔のむくんだようすはステロイド(筋肉増強にもちいる)使用者に特徴的なもので、それによって攻撃性が増したり、ばあいによっては精神病におちいることすらあるという。ステロイドは免疫低下にもつながるから、コロナウイルス感染を避ける厳格な隔離措置もそこから来ているのではないかと(筆者も、これはあくまで憶測でしかないとことわってはいる)。

This source noted that the apparent puffiness of the president’s face is characteristic of the “moon face” seen in patients on steroids. The source further noted that psychiatric effects are associated with such medications, ranging from increased aggression and impaired judgment up to psychosis.

That speculation looks credible. Putin is given to macho behavior, such as displays of his chiseled torso. But, at age 69, he faces the inevitable effects of aging. Steroids are also strong immunosuppressants, which would explain Putin’s extremely stringent personal Covid isolation regime over the past two years.

  • 夜、夕食時に、新聞の六面に載っていたプーチンの演説要旨を読んだ。文章は、「私は2月21日の演説で、米欧の無責任な政治家たちによって乱暴かつ無礼につくられている、我々の国への根本的な脅威について述べた」とはじまっている。二段落目で、われわれは安全保障の原則にかんしてNATOと合意にいたろうと努力したが、それにもかかわらずNATOは着実に拡大をつづけていると述べたあと、さらにつぎの段落では、「なぜこうしたことが起きているのだろうか。この無礼な態度はどこから出てくるのか」と、もういちど「無礼」ということばをもちい、さらには「我々の利益と絶対的に合法的な要求に対する見下した姿勢は、どこから来るのだろうか」と問うている。プーチンの回答はソ連の弱体化と崩壊というできごとであり、それは「権力と意志のまひが、完全なる衰退への第一歩となることを説得力を持って示した」と「教訓」を口にしている。
  • しばらくすすむと、「NATOは、東方に1インチも拡大しないと我々の国に約束した」という例の主張が登場し、それにつづけて、「繰り返すが、彼らはうそをついた。そのような不正行為は、国際関係の原則だけでなく、一般的な道徳の規範とも矛盾する。ここに正義と真実はあるだろうか。やむことのない、うそと偽善だ」と西側の良識のなさを非難することばがならべられる。
  • 「問題は、我々に隣接する領土、我々の歴史的な領土で、外部の統制下に置かれた、我々に敵対する「反ロシア」の動きが構築され、NATO諸国の最新兵器が投入されていることだ」という一文では、ウクライナが「我々の歴史的な領土」だと明言されている。行をうつして、「米国とその同盟国にとって、これはロシアの封じ込め政策だ。我々の国にとっては死活問題だ。誇張ではない。我々の国家、主権に対する真の脅威だ」とつづく。
  • 「(ウクライナ東部で)起きていることは、そこに住む多くの人々に対するジェノサイド(集団殺害)だ」という最前からの主張もくりかえされ、「軍の特殊作戦」の実施が表明されたのち、その「目的は、ウクライナの政権によって8年間、迫害とジェノサイドにさらされてきた人々を保護することだ」といわれている。いっぽうで、そのあいまにはまた、「ロシアは、現代のウクライナの領土からもたらされる絶え間ない脅威により、安全を感じることはできない。決定的で迅速な行動を取る必要がある」という「脅威」論が反復されている。うえの「目的」につづけて、「我々はウクライナの非軍事化に努め、ロシア市民を含む民間人に対して、多くの血なまぐさい犯罪を犯した人々を裁判にかける」と作戦の目標がしめされているが、「ロシア市民」といわれているのは、ここ数年、ロシアが東部親露派の住民にパスポートを交付してきた事実を受けているだろう。そのようにしてロシアは、介入の名分を準備してきたわけだ。
  • 「我々の計画にはウクライナ領土の占領は含まれていない。力で強制することはしない」といっているが、これほどの言行不一致も世にない。「我々はウクライナの領土に住むすべての人々に、選択する権利が行使されることが重要だと考える。我々の行動は、脅威に対する自己防衛だ」という発言においても、ことばがかんぜんに無益で無意味なものと化している。
  • さいごは、「ロシア市民の皆さんへ。祖国への愛が我々に与えてくれる無敵の力と、あなた方の支持を信じている」としめくくられている。
  • 文中、中国について素人かんがえでその立ち位置を推測しているが、この一年、Guardianのウクライナ概報や周辺記事を読んでいた感じでは、中国や習近平の名がそこに登場することはあまりなかった印象なので、基本的にはロシア寄りのスタンスをたもちながらもたぶんおおむね傍観で積極的にかかわろうとはしてこなかったのだろう。ただ数日前、概報記事内で、アメリカの情報機関が、中国がロシアに武器を提供するか否か検討をしているという情報をつかんだという報、ならびにばあいによってはその証左を公開することもかんがえているという報をみかけた。それとおなじころ、中露間でたしか外相会談もおこなわれて、二〇二二年二月の初頭(つまりロシアがウクライナに侵攻したおなじ月のはじめ)に両国間で取り交わされた(正確な文言はわすれたが)永続的な友好関係みたいな宣言が再確認されていたはず。かつ、今後数か月内に習近平プーチンが会談する見込みもあるとのことだった。
  • 描写。そこそこ。

二時ごろに上階のベランダから洗濯物を入れたさい、ひかりのなかでちょっと屈伸や開脚をした。比喩や誇張でなく、ことばどおり雲がかけらひとつぶ分もふくまれていない純粋な青空だった。出勤路に出たのは三時すぎ。徒歩。温暖な空気だった。さいきんはバッグを手首にかけて手をポケットに突っこむのがつねだが、この往路はそうせずに持ち手を右手でつかんでいても手が冷えなかった(とはいえ両手をポケットにいれたかっこうのほうがなんとなくおちつきがよいので、あとでやはりそうしたが)。街道までにとくだんの記憶はない。おもてに出ると陽射しが背後から寄せて身をつつみ、マフラーをつけコートをまとった装備だと内の肌がちょっと湿ってくるのをかんじられるくらいである。風もそこそこながれていたとおもうが冬の気は中和されて冷たさにむすばず、空はここでもやはり一面の晴れ、論証の経過がぜんたいでまるごとそのまま結論にひとしい、差異のみえない無限なる青の過程だった。

裏通りへ。すると高校生が下校時刻らしく、角にたまっていたり、おもてのほうからぞろぞろとはいってきて駅にむかってグループでゆるくあるいていたりする。せっかくの裏道なのににんげんがおおいといごこちがあまりよくないので、とちゅうでおもてに折れた。ふだんつかわないような細道をとおったので、視覚が新鮮で、ここにこんな家があるんだなと壁や塀の模様などものめずらしくみた。街道沿いの歩道に行きあたるその脇には垣根があまりゆたかでなくすきまもおおくて貧相なように葉を茂らせて、そのうちのいくらかは黄に褪せて陽のなかに色がひとながれしている。おもてに出るとすこしさきに、さいきんよくみる印象だが円筒じみたようなかたちの黒いリュックサックを背負った男子高校生がひとりおり、学校に友がいるのかいないのか知らないが、裏のにぎわいを避けてひとりの帰路をえらんだ孤独愛好者のなかまかと勝手に認定した。ときおり両手を左右にひろげたり、尻かリュックかをぽんぽんたたいたり、気ままなうごきをしていてあまりとぼとぼというあゆみの調子ではなかったが、それでも顔の角度は伏せ気味の時間がおおいように見えた。こちらよりも足ははやい。なににさえぎられることもなくそそぎわたる幅のひろいひかりに全身さらされながら行くあいだ、だから距離はひらくいっぽうで、かれはときおり背後をふりかえっていたがこちらをとくにとりあげて意識にとめていたとはおもえない。じきに気づくとひらいていたはずの距離がけずれてすこしまえよりちかいところに後ろ姿があったのだが、それはT字路の横断歩道で信号待ちをしていたからで、こちらがすがたをみとめた直後、高校生はとつぜん走り出し、全力疾走ともみえるようなおもむきで猛ダッシュして遠ざかっていった。おもてのことで車が行き来するひびきが絶えずあたりを覆っているので、そのうごきの気配や音はつたわってこず、ただ視覚上のうごきだけがはげしい。

  • 七時半ごろから目覚めていたとおもう。保育園で子どものあいさつの声が聞こえていたのだが、きょうは勤務がいつもよりはやいからと八時にアラームをしかけており、それがまだ鳴っていなかったので八時を越えてはいない。時刻を確認すると七時五三分とか、その直前。アラームは鳴らないように切っておき、しばらくとどまってから起き上がる。布団のしたにいるあいだ、いつものように胸などをさすったり、深呼吸をちょっとしたりするほか、きょうは腋の下を揉んだ。さくばんだらだらしているあいだに揉んでみると、腕とか肩のあたりのこごりがかなり取れるようだったので。まえから腋の下も関係があるなということは気づいていたし、寝違えたときなど揉んだほうがいいと聞いたこともあるし、いぜん揉んだこともあったのだが、きのう揉んだときはまえよりも格段に効果が感じられる気がしたのだ。腋もやはり左右でちがっていて、左のほうがあきらかに、上腕部とのちょうど接合部分のあたりに盛り上がりがある。身を起こすと首をまわし、胸を張った状態でからだも左右にゆらすようにうごかして、脇腹のほうとか背中のこごりをやわらげていく。いちど立つと水を飲んで帰還。Chromebookでウェブをみるなり日記を読むなり。ウクライナの情報がおおすぎて読み返すのに時間がかかった。正式な離床は九時半くらいだったのではないか。きょうの天気は曇り。しかも薄暗いほうの。食事はれいによって温野菜だが、もう食い物がすくなくてキャベツは尽きたし、ではなかった、この朝に食ったときに尽きたんだったか。いずれにしても食料はすくなく、バナナもなかったか、それかさいごのいっぽんを食べたはず。その他納豆ご飯。のちに一二時半ごろ二食目を食ったが、そのときも納豆ご飯と豆腐のみ。米がそれでなくなったので釜は水に漬けておき、内蓋もながして金束子でわしゃわしゃ洗い、帰宅後に釜も洗って米をあたらしく炊いた。一時に出なければならないので猶予はすくなく、食後はしばらくなまけたあと寝床にうつって脚をほぐし、身をやしなうことを先決とする。小野紀明『政治思想史と理論のあいだ 「他者」をめぐる対話』(岩波現代文庫、二〇二二年)も読みすすめた。いま第五章「市民的規範理論 Ⅱ」で、前章はロールズについてだったが、ここではリバタリアニズム方面、ただしノージックはなしでもっぱらハイエク。その前段階として(ロックをさいしょに置きつつ)アダム・スミス、ヒュームといったスコットランド啓蒙も紹介される。かれらがかんがえる市場とはいまのイメージとはだいぶちがうようで、たんに散文的に物質的財のやりとりがなされる領域ではなく、道徳的なコミュニケーションの網の目としてもとらえられていたようで、つまりにんげんの感情とむすびついた領分で、こまかい理路を理解していないが、それが非 - 設計主義的な(つまり功利主義的ではない)、市場にたいする人為の介入を肯んじない立場に結実していくようだ。ハイエクはその後継者で、かれにとっては国家より市場がベースにあって、国家いぜんに無数の黙示的ルールがおりなす自生的秩序が存在しており、国家はあくまでそのうえに合理的に設計された組織でしかないと。黙示的ルールの複雑性はにんげんの理解のおよぶところではないので、自生的秩序である市場=市民社会にたいしてたんなる人為的組織でしかない国家が介入するのはなるべく避けて、秩序の自生性のままにまかせたほうがよいと。どうもこういうかんがえは、イギリスのコモン・ロー体系が設計的な人為の介入なしに成立したという事実と、それへの信頼から来るようだ。しかしハイエク流のオプティミズムがいまや破綻しているのは超格差の時代である現代世界をみればあきらかなはずで、そこからたとえば自由市場を原則としつつも社会主義的要素をくわえることでバランスを取ろうという市場社会主義のたちばが出てくると。その論者として紹介されているのはデヴィッド・ミラーというひとで、かれにいわせればいわば「計画的自生的秩序」がもとめられると。
  • 正午にいたると起き上がって湯浴み。水増ししたシャンプーが泡立たないのでめんどうくさい。出ると納豆ご飯と豆腐だけでエネルギーを補給し、歯磨きしたり洗い物したりしてもう着替えて出発の時である。一時に出ればそこそこ余裕だ。じっさいには一時五分くらいだったのではないか。道に出ると南へと曲がる。寒々しい曇天だった。風も冷たかったはず。公園にもだれひとりとしてすがたがなく、白い空のしたでただ空漠だけがところを占めている。過ぎて建設中の福祉施設はもう外観や敷地はできているのだが、まだ作業はつづいており、すこしまえに舗装された建物横のスペース、道からは黒い柵とその内側足もとの土の場所にこじんまりと植えられた草をはさんだ向こうだが、そこを濃青のつなぎ姿の男がふたりあるいて、ひとりは携帯電話でなんとかはなしつつ、そろって門のそばに停まっていた軽トラへとちかづいていた。南の車道沿いに出て一路西へ。風は吹く。そして冷たい。コンビニを越え植込みも越え、お好み焼き屋も過ぎて街路樹をともなう歩道を行っていると、ひとが住んでいるのかいないのかよくわからないような一軒の、まえに目を留めたときには暗青色のベリー類の実がたくさんなって路上にも潰れ染めをほどこしていた木のあたりで、小鳥が二匹ピイピイ鳴き交わしており、一匹は電線に立って曇天をうしろにからだの仔細もよくみえないかたどり、もう一匹はこずえのなかにいてすがたがみえなかった。(……)通りの端にあたる横断歩道。ちょうど青だったので渡る。左方、対岸には(……)の会館があって、いつもそこのまえでヘルメットのガードマンが立っているのだけれど、この日は空にひかりがないからガードマンはその宿り場となることもなく、風景ではなく自律した意識をもったにんげんとして身じろぎしたり通行人に反応したりしている。かれは施設の入り口をまもっているものだとおもっていたのだけれど、この日見たところではその奥にショベルカーが見えて、だから施設を過ぎたさきのそっちのほうで工事をしているようなので、たぶんそこへの通りを管理しているのだろう。しかしけっきょくそれは施設敷地内の工事なのかもしれないが。つぎに来るのは踏切りである。止められた。止まる直前に一本電車が過ぎていったのだが、それでもすぐ開かず、反対方向からもう一本来てとおり、さらにもういちど反対方向からと計三本も通っていた。止まっているあいだすぐちかくには巨大化した昆虫のひとみのような赤色灯が上下にあかりを反復交替させており、カンカンカンカンと鳴りつづける警報音は複音ではあるのだろうが微妙な響きで、地元で聞くときなんかはもっと不協があからさまなような、半音までは行かずともけっこうぶつかっている響きだった気がしたのだが、路線や場所によってちがったりするのだろうか。水平になっている遮断器の横棒は根もとが四角くふくらんでおり、それがさらに黄色い土台の側面に接続していて、閉鎖が終わればその四角いぶぶんを軸というか支点として持ち上がるかたちだが、棒の端、四角へとつながる付近はなんの汚れなのか白くこすれたようなあとがあった。自転車が向かいにもうしろにもいるので、踏切内にはいると脇にずれて足場の端のほうを踏みながら渡り、すすむときょうも中華料理屋の裏から空き地横へ出るルートで行くが、そのてまえであきらかに焼き魚だというにおいがただよっており、そのへんのアパートで焼いているのか? とおもったが、料理屋の裏ではべつの香りながら調理物のにおいがしたので焼き魚の香りもそこからだったのかもしれない。裏手の壁には銀色のおおきな湾曲板がいくつか垂れ下がっているが、その奥には換気扇がうなりをあげながらすばやく回りつづけている。銀板は吐かれた空気を通行人のほうへいきおいよく飛ばさず、したに逃がすためのものなのだろうか。草っ原の空き地にはきょうもクレーンが黒くそびえ、しかしいまは稼働しておらずフックを二本高い宙で緩慢に揺らしている。折れて裏道のほうへ。風がながれて、色と水気の抜けきった草や、あまりにも揚げすぎた山菜天麩羅とか沼にひたって弱ったのがそのままうつされたみたいに黒々と染まりながらしかし背はそこそこ高いやつれ茎なんかが一斉に音を響かせ、身が寒い。右の対岸(といってここの車道は一方通行でかなり細いので対岸などというほどの距離でもないが)のとちゅうには自衛隊員募集の看板が立っており、電話番号も記されてある。踏切りのある角を西へ曲がればだいぶまえから建設中の駅そばの敷地で、なにを建設しているのかよくわからないのだが、ちいさな山門めいた区切りが奥にあるのをみるかんじでは、その向こうに日本庭園でもあってよさそうな雰囲気だが、いかんせん囲いが高い。山門よりてまえの、道に面したスペースは、本格的に舗装されたらしくいぜんみたときとは地面のいろがちがっていた。そうして病院裏、公園裏、文化施設裏とまっすぐ西へあるいていくのだが、そのあいだは出るまえに読んだ本の内容、スコットランド啓蒙とかハイエクについてとかが、よくはおもいだせないのだがあたまのなかに回遊していたのであまりまわりを見ていなかった。(……)通りの交差点がちかくなるとうしろから抜かされ、あいては女性、黒いリュックサックを背負って厚手のパーカーみたいな上着を着込み、ズボンはチノパンみたいな感じのクリームめいた色のそれで、靴はみなかったが側面が赤くおもては白い紙袋をともなっており、裏を出て横断歩道が来るとさきに立ち止まっていたそのひとの右側にこちらも止まった。目のまえを車たちが、てまえは左へと、奥は右へと続々ながれ去っていき、無数のすれ違いがくりかえされるが、ときどき青とオレンジのようにカラフルな組み合わせが生まれる。左に果てなき道路のさきをみやればかなたを受けいれ飲み込む空はここではかすかな青味を帯びており、そのなかで煮こごりのように白さが溜まってさえぎられているところがあったので、あそこに太陽はあるらしいなとわかった。そこへと向かう視線の往路と顔を正面にもどすさいにそこから下りてくる帰路とで横にいるさきの女性の顔を盗み見たが、横顔といってもまえで分けているらしい長髪から逃れた額と、眉と片目のもとくらいで、鼻からしたはマスクがあるからそこまでしかみえないのだけれど、わりときりっとしたような、凛々しげな顔立ちのようにおもわれた。信号が青になってひとびとが渡りはじめると女性の足ははやく、追い抜かされたあといったん横にならんだはずがふたたび見る見るうちに、ほんとうに見る見るうちに距離がひらいていき、しかしそれはあちらがことさら急いでいるようすでもない、こちらの歩みがそれだけ遅いのだ。はいったここの通りはなんというなまえかわすれたが(……)駅に向かうさいの真ん中にあたるそれで、その中途ではたしか「(……)」というなまえの、おそらく巨大で高層なマンションが建つ予定らしく、直上的に屹立するクレーンが出張っているさまのみられるひろい敷地で工事をしており、この日もガタガタ地面を打ちつづけるような音がひびいていたが、このマンションのチラシがいぜんポストにはいっていたことがあって、こんなワンルームのせまいアパートに住んでいるにんげんがそんな鳴り物入りの新築にうつるような金をもっているとおもっているのか? と疑問したものだ。その向かいでもあたらしいマンションが建設中だったがかたちは外観はもう完成しており、ただなかに人足のすがたなどみられるし頭上でなんか音も聞こえたのでまだ作業はつづいている。建物の入り口そば、道の脇には、海のなかからはなれても生きられる海藻みたいなワシャワシャした感じの小さ草があしらわれており、水流を受ける海草とおなじように寒風にうごめいていた。駅のちかくに来ると向かいに渡り、ロータリーまわりを折れて、ちいさな横断歩道をわたり、尿意があったので地上の公衆便所へ。直立の姿勢で小便を排出し、手を洗って尻ポケットに入れていたハンカチで拭きながら出ると目のまえはロータリーのバス待ち場、いまちょうどバスが来ているところで、それに乗るひとときたら土曜日の昼ということもあってか相当な数で、あんなのぜったい乗りたくないわとおもった。バスから降りてきたひとたちもとうぜんたくさんいる。かれらは駅舎にはいると、その大半は空間の端にあるエスカレーターへと迷わず向かっていき、かぎられた勇士数名のみが左右にほそくもうけられたエスカレーターのあいだにきわめて幅広くひらいた階段をのぼりゆくのだが、こちらもその勇士の一員となって階段をのぼり、大通路の人波のなかをその一片として泳いでいって、改札を抜けると(……)線に下りた。改札内もひとが多い。ホームに下りて先頭へ行くと止まって、リュックサックを足もとにおろし、首や肩をまわしたり手のゆびを伸ばしたり。(……)行きがさきに来て、補助板をたずさえて待機していた駅員の助けで車椅子のひとが乗りこんでいき、板を取って入り口からはなれてこちらのまえまで来た駅員は、ややおぼつかない口調で電車の番号や乗車案内が終了したことを無線につたえていた。それからまたしばらく待つ。しばらく待つあいだに携帯を出してイヤフォンをつけ、FISHMANSの『宇宙 日本 世田谷』をながしはじめた。ジャズでも聞こうかとおもったのだがどうしてもえらんでしまう。目のまえにはひとり待ち客の背があり、高年男性で、あたまには臙脂と茶色のあいだみたいな色のニット帽をかぶっており、折りこまれた縁のしたからのぞく髪はまだらで、上着は黒っぽいが黒までぜんぜん行かない色合いのダウンジャケット、ズボンはジーンズで、右の尻ポケットには財布がはいっており、そのあたりでは生地がややあまって弛緩していて、体重をあずける脚をたびたび替えるその都度あまりが肉そのもののようにうごいてふくらむ位置を変える。片足をちょっと斜めまえに出すようなかたちで姿勢をたもっていたのだが、体重移動が頻繁だったから寄る年波で脚の筋肉が弱っていたり、膝や足首あたりがほぐれていなかったりするのだろう。電車が来ると乗車。こちらは向かいの扉の右側に立つ。その脇の席にはこの高年が腰掛けていた。手すりをつかんで音楽のなかに瞑目するが、緊張がまったくないではなかった。しかし問題となるほどではない。そのうち扉の反対側、すなわち車両の角もあいていたのでそこにうつり、しばらくすると席もあいたので、路程はのこりすくなかったが座った。そうするとねむい。(……)に着くとすぐには降りず、手のゆびを伸ばしたり肩まわりをほぐしたりしてから立って職場へ。