2023/3/15, Wed.

 ロールズの正義論はきわめて簡単な二つの原理から成立している。すなわち第一が自由の原理であり、第二が配分の原理である。
 そこでまず、第一原理からその内容を見てみよう。自由の原理とは、まず基本的人権の確保である。すなわち、思想・信仰の自由、言論・出版の自由、集会・結社の自由、居住・移動の自由、国籍変更の自由などがこれにあたる。この原理は他者の自由を侵害しないかぎり、最大限に守られなければならない。これが第一の原理と言われるゆえんは、正しい国家においては、何をおいてもこの原理の確保を優先しなければならない、という意味である。たとえば、経済的配慮のために人々の自由を制限するというようなことは許されない。だが、なぜ基本的人権がそれほど大切なのか。それは、人権とは人間が生きるための根本条件であるからだ。人間が生きるとは自己を実現することであり、それが自由ということにほかならない。アリストテレスは「幸福とはアレテー(優れた能力)に即した魂の活動である」と言ったが、これが現在常識となった「自己実現が幸福である」という思想の原型であり、ロールズもまた、この思想を生のすべての意味づけの究極根拠として受容しているのである。
 ところで、人間は理性的動物であるから、自己実現とは理性的な自己の実現でなければならない。すなわち、人は、先ず、個人としては、自分が人生で何をしたいのか、その目的を(end204)立て、それを実現するための理性的な設計図を描き、それを現実化するための倫理能力をもたなければならない。これは、一言で言えば、自分自身の善の観念をもつということだ。これは重いことである。善の選択と決断、すなわち人生の意味づけが、各人の主観にゆだねられているということが、自由の根本の意味なのである。第二に、人は、自分がその中で生きている国家社会の構造を認識し、それを正しい社会にするべく力を致すための倫理能力をもたねばならない。これが、公共的理性を分有するということである。人間の自由とはこの二つのことに収斂し、それを可能にするために基本的人権が存在するのである。
 では、平等とはなにか。平等とは人々が容姿、才能、財産、地位において等しいという意味ではない。そんなことはありえない。そうではなくて、平等とは、人が自由であることにおいて等しい、という意味なのである。すなわち、自由とは、各人が自分自身の善の観念をもち、また公共的理性を分有することによって成立するのであるから、このことをすべての人に確保することが、平等の実現ということなのである。
 (岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』(岩波ジュニア新書、二〇〇三年)、204~205)



  • 一年前から。ニュース。

(……)新聞はぜんたいをざっとみてから一面。一四日にロシアとウクライナの四回目の停戦協議がオンラインでおこなわれると。ウクライナ側代表は、ロシアはわれわれの提案に注意深く耳をかたむけているといって楽観論をしめしていたのだが、直前になってむずかしい交渉になるとそれをみずから打ち消したと。各地で攻勢はやまず、交渉にさきだってキエフ中心部では高層住宅が砲撃された。ゼレンスキーの側近によればマリウポリでは民間人の死者が二五〇〇人を超えたという。また西部リビウ州でも国際平和維持・安全センターという軍関連施設が攻撃され、三五人が死亡。ポーランド国境から二〇キロの地点にあるといい、ここではNATOの要員がウクライナ軍に訓練をおこなっていたらしい。したがって、攻撃はNATOにたいする牽制だろうと。ロシア側は、「外国からの雇い兵」を一八〇人殺害した、と発表しているという。もしポーランドにまで攻撃がおよべば、NATO集団的自衛権によって反撃・防衛せざるをえなくなる。

  • 風景。

ものを食べ終えてから窓外をしばらくながめた。晴れの日で、ひかりは宙に行き渡っており、山のすがたは薄膜をかけられた風情でいろをとおくこめられて、空気はぜんたいにけむったような様相のなか、樹々のみどりも濃淡明暗それぞれあるが、それらすべてどこか淡い。みなみの空はむき身の青さだがひかりをはらんで白くもうつり、二色がわかたれずどちらともいえないようなありさまで、もしかしたら雲がうっすら混ぜこまれているのかともおもったが、かがやきのためにみわけはつかない。みたところでは風はなく、みどりもゆらがず停まっているし、電線のつけ根あたりにわずか溜まった微光点もふるえることはないけれど、窓の下端からすこしだけのぞく梅の枝先は、あるかなしかくらいの大気のうごきにさそわれて左右にほのかにみじろぎし、かるくはがれて旅立ちのようにゆるやかに浮かんでいく白の花びらも二、三あった。

  • 本。

書見。トーマス・マン高橋義孝訳『魔の山』上巻をさいごまで読んだ。なかなかおもしろくなってきている。謝肉祭の無礼講を利用してハンス・カストルプはついにショーシャ夫人にはっきりとはなしかけ、ふたりではなすことに成功するのだが、かのじょは翌日ここをはなれて転地するということが判明する筋書き。ハンス・カストルプはいっぽうではセテムブリーニの説く理性だの共和国だの文明だの、啓蒙的進歩主義に興味をもち、批判的な留保をおきながらもみずからつとめて感化をうけようとしていたのだが、そのいっぽうではあまり身分が高そうだったり文明的に洗練されたとはいえなさそうなクラウディア・ショーシャにこころ惹かれ、たいしてセテムブリーニはとうぜんこういう転地療養の場でそういう女性と関係をもつのは理性的なにんげんのとるふるまいではないとかんがえている。かれにいわせれば、あなたのなすべきことは病気をなおし、「低地」へかえって、エンジニア(造船会社)のしごとで人類の進歩に貢献することなのだ、というわけだ。したがって、セテムブリーニとショーシャ夫人とのあいだに象徴的・寓意的対立がわかりやすくもうけられていたわけだが、上巻のさいごにいたってハンス・カストルプはセテムブリーニ(というかその思想)に決別するともとれるような言辞を吐き、ショーシャ夫人への「愛」が勝利をおさめる、という趣向になっている。謝肉祭の乱痴気騒ぎからふたりきりでの談話、クラウディアのせまる出発の発覚とハンス・カストルプの「愛」の暴走、というながれはなかなか劇的に演出されている。会話の終わりあたりでは、「アア、君ノ膝頭ノ皮膚ノ匂イヲ嗅ガセテクレタマエ、精巧ナ関節囊ガ滑カナ香油ヲ分泌スル表面ヲ! 君ノ股ノ前面ヲ脈打ッテ、ズット下方デ二本ノ脛部 [けいぶ] 動脈ニ分レテイル大腿部動脈ニ、ボクノ唇ヲ敬虔ニ触レサセテクレタマエ。君ノ毛孔ノ発散物ヲ嗅ギ、君ノ柔毛 [にこげ] ヲ愛撫サセテクレタマエ」(705)などと、ハンス・カストルプは「愛」に狂ってかなりきもちわるいやつになっているのでわらう(カタカナがもちいられているのは、フランス語であることをしめすためである)。それまでの会話にしても、こんなことはなす男女おらんでしょ、というかんじだし、この作品はぜんたいてきに大仰さによる滑稽味のいろをつよくかんじるのだけれど、はたしてそれがトーマス・マンじしんも意図した戯画化としてやられているのか、それともほんとうにまじめに書かれたものなのかはよくわからない。二〇二二年に読むこちらとしてはわらうほかない、というかんじなのだけれど、一〇〇年まえのとうじとしてはこれが、(「文学」とか「小説」とか「物語」の約束事はもちろん踏まえて、それに乗ってはいただろうが)恋愛の一場面としていちおう真剣にえがかれていたのかな? と。語り手が「私たち」という一人称をつかってたびたびすがたをあらわし、註釈的な考察をはさんだり、ハンス・カストルプ青年の性情をたしょう分析したりすることもあるので、やはり距離をおいた戯画化の精神がすくなからずあるのだとはおもうが。それでいえばこのさいごの謝肉祭の場面のまえにも、「しかし晩には祝祭の集まりが食堂と談話室であり、そのあげくの果てに。……この謝肉祭の夜会がハンス・カストルプの行動精神のおかげでいかなる結末をみることとなったか(……)ハンス・カストルプ青年が倫理的な羞恥心から、あんなにも長い間そういう結末を招くことを抑制していたということにわれわれは深い同感を覚える。それゆえ、その事件を話すことをできるだけ遅らせたいのである」(664~665)とあるから、あちゃー、みたいな、目もあてられないようなひどいことになるよというのはここで予告されているわけだ。「そのあげくの果てに」で切っている点は、なんとまあ、あんなことになってしまって、というふくみをかんじとらせるし、「その事件を話すことをできるだけ遅らせたい」という話者の希望の表明も、ハンス・カストルプにたいする同情心のようなもの、かれの恥知らずな惨状を躊躇なくはやばやとはなすのがかわいそうで気が引けるなあ、みたいなきもち(をしめす建前・演出)としてみえなくもない。

  • 引用。

(……)一服しながら(……)さんのブログを読んだ。したの千葉雅也はプルーストと逆のことをいっている。プルーストは、個別性の頂点においてこそ普遍性が花開く、ということばをダニエル・アレヴィ宛の書簡中にのこしている。どちらの方向からいってもけっきょくつながるのだろう。ただじぶんのばあい、個別性を追求していくと普遍性にひらくというのはわかるつもりだが、抽象性を徹底することでむしろ現場にちかくつうずるというのは、具体的な体験とか感覚としてはあまりよくわからない。

千葉 もう一つ、哲学の重要なところは、極めて抽象的だからこそ最も現場に近い話ができるという逆説なんですよ。よく抽象論だから役に立たない、ダメと言われるのは、僕に言わせたら、抽象性の度合いが低いからなんですよね。徹底的に抽象的なものは、徹底的に現場的になる。これは本当に一つの真理だと思っているんです。
國分功一郎+千葉雅也『言語が消滅する前に』)

  • 「抽象性を徹底することでむしろ現場にちかくつうずるというのは、具体的な体験とか感覚としてはあまりよくわからない」ともらしているが、いまはこれが一年前よりわかるようになった気がする。
  • 英文記事。

George Kennan, the intellectual father of America’s containment policy during the cold war, perceptively warned in a May 1998 New York Times interview about what the Senate’s ratification of Nato’s first round of expansion would set in motion. “I think it is the beginning of a new cold war,” Kennan stated. ”I think the Russians will gradually react quite adversely and it will affect their policies. I think it is a tragic mistake. There was no reason for this whatsoever. No one was threatening anybody else.”

     *

Moscow’s patience with Nato’s ever more intrusive behavior was wearing thin. The last reasonably friendly warning from Russia that the alliance needed to back off came in March 2007, when Putin addressed the annual Munich security conference. “Nato has put its frontline forces on our borders,” Putin complained. Nato expansion “represents a serious provocation that reduces the level of mutual trust. And we have the right to ask: against whom is this expansion intended? And what happened to the assurances our western partners made after the dissolution of the Warsaw Pact?”

In his memoir, Duty, Robert M Gates, who served as secretary of defense in the administrations of both George W Bush and Barack Obama, stated his belief that “the relationship with Russia had been badly mismanaged after [George HW] Bush left office in 1993”. Among other missteps, “US agreements with the Romanian and Bulgarian governments to rotate troops through bases in those countries was a needless provocation.” In an implicit rebuke to the younger Bush, Gates asserted that “trying to bring Georgia and Ukraine into Nato was truly overreaching”. That move, he contended, was a case of “recklessly ignoring what the Russians considered their own vital national interests”.

The following year, the Kremlin demonstrated that its discontent with Nato’s continuing incursions into Russia’s security zone had moved beyond verbal objections. Moscow exploited a foolish provocation by Georgia’s pro‐western government to launch a military offensive that brought Russian troops to the outskirts of the capital. Thereafter, Russia permanently detached two secessionist‐minded Georgian regions and put them under effective Russian control.

Western (especially US) leaders continued to blow through red warning light after a red warning light, however. The Obama administration’s shockingly arrogant meddling in Ukraine’s internal political affairs in 2013 and 2014 to help demonstrators overthrow Ukraine’s elected, pro‐Russia president was the single most brazen provocation, and it caused tensions to spike. Moscow immediately responded by seizing and annexing Crimea, and a new cold war was underway with a vengeance.

  • この日は外出し、(……)と(……)でそれぞれ書店をおとずれている。よく書いているなあとおもう。またこんな感じで書きたいものだが。南方熊楠に本格的に興味を持ちはじめたのはこのころだったようで、先日読んだ松井竜五『南方熊楠――複眼の学問構想』を書店でチェックしている。

それで行くまえにきのうのBill Evans Trioをきいたときのことを書いておこうとおもって立ったまま打鍵していると、気づけば電車の一〇分まえにいたろうとしていたのでやばくない? とあわてて終了した。いそいで荷物をもって上階へ。荷物といってもリュックサックに財布とか眼鏡とか携帯をいれたにすぎないのだが、ジャケットにリュックサックはたぶんあまりあわないとおもうのだけれど、本をたくさん買うつもりだったのでしかたがない。時間がやばいので、もうあるいていけばいいかなとか、もう一本おくらせてもいいかなというきもちも生じていたのだが、時間もおそくなってしまうしやはりできれば乗りたいというわけで靴下を履き、手を洗うのはあきらめて、ハンカチを取りマスクをつけて出発した。母親が車の屋根を拭くかこするか掃除していた。行ってくると言って道をあるきだし、じぶんにはかなりめずらしいことだが小走りになった。とちゅうで(……)さんが道端を掃き掃除していたのでこんにちはと告げながらすぎ、木の間の坂道にはいるあたりで走るのをやめてのぼっていく。息を切らしながら坂を越え、最寄り駅についてホームにはいるとちょうどアナウンスがあったのではないか。それできょうは先頭まで行ききらず、とちゅうの口で乗って北側の扉際へ。手すりをつかんで扉にまっすぐむかいながら立ち、窓外をながれていく景色をしばらくながめるが、おおかたは丘につづく入り口である林の縁のみどりが高速で左右に押しのべられて無数の線条と化しながれていくばかり、しかもまだ四時なのだがそのなかに、はやくもこちらの背後にのぞく反対側のそとのようすがうつりこみはじめている。多種のみどりのいろの線をみているとちょっと平衡がみだれそうだったので、とちゅうから目を閉じた。それで降りると(……)行きがすぐに発車だというからむかいの手近から乗り、ゆれる車内をさきのほうまでゆらゆらあるいていった。着席すると瞑目して心身をやすめながら到着を待つ。花粉の時季だから鼻水が出てわずらわしい。とくに右の穴からだんだんと垂れてきて、すすったりマスクをちょっとはずして拭いたりするのにとどまらず、二、三回、ティッシュで鼻をかまなくてはならなかった。リュックサックにポケットティッシュをいれておいてよかったものだ。とはいえそんなに頻繁でもなく、目を閉じている時間もわりとながくはあった。(……)でいちど目をあけて、そこを出たあと内容はわすれたがなにかしらのおもいをめぐらせており、じきに車内のアナウンスがつぎは(……)だと一駅となりをつたえたのだけれど、それをきいたとき、え、まだ(……)なの、とおもった。二、三分くらいだったわけだが、思念にしずんでいたためそれよりもながくかんじられていたらしい。どの駅でかわすれたが後半、となりにひとがすわった。乗ってきてとなりの席のまえで棚に荷物を置いているかなにかしている気配がしばらくあり、こちらとは反対側のとなりのひとにむけてだろう、すみません、と謝ったその声からしてけっこう年嵩らしい女性で、じきにかのじょがすわったあとこちらはだんだんと尿意をおぼえはじめ、だいじょうぶであることは理解しながらもだいじょうぶかなとちょっとおもっていると、となりではページをめくったらしきかすかな音が立ち、それよりもさらにかすかだが紙のうえに指をふれる音がきこえたので、本を読んでいるなと瞑目のうちに察せられた。(……)に着くまえに目をあけてみればやはりそうで、なにかの文庫本を読んでいた。むかいで南側の窓はいま西空におおいにひろがった夕陽のいろのその端のほうをあたえられ、埃をかぶったようにガラスの汚れやくもりがあらわになったそのなかに、掃除で拭いた跡なのか指か雨滴の跡なのか、そういう線もうつっていた。

(……)に着くと降車。階段口にむかい、あがるとトイレへ。ながながと放尿。手を洗い、室を出たところでハンカチでぬぐい、改札のほうへ。出るまえにATMで金を七万円おろし、ついでにSUICAにチャージもした。それで改札を抜け、北口方面へ。とちゅうで止まって通路のまんなかになにか旅行関係の冊子だろうか入れて置かれてある台か棚のようなものに寄って、リュックサックから眼鏡をとりだしてかけた。街に来たし周囲やひとのようすなどよくみたいというわけで、また書店でも眼鏡をかけていないと棚の本がみにくいので。それですれちがうひとの顔など目をむけながらすすむ。駅舎出口の広場との境界、その端には托鉢の坊さんがざわめきのなかでも清涼によくひびく鈴を鳴らしながら経を唱えて喜捨を待っている。広場に出るとみあげた空はみずいろで、表通りのほうで木からカラスが一羽飛び立っていったが、そのすがたに接すると電光パネルをとりつけた(……)のビルはいかにもおおきい。そちらのほうの通路にむかうと、老女の乗った車椅子を押している男性がおり、飾り気のない服装髪型のうしろすがたは二〇代くらいの朴訥な若さにみえなくもなかったが、通路を行くあいだひだりからながれてきた去り陽のひかりで黒い髪のところどころに白い感応の線が浮かびあがったところでは、やはりもっと歳上なのだろう。老女がなにかを指差して言うことばに身をかがめ顔を寄せてきいている甲斐甲斐しさは息子とも介護士ともみえてわからないが、息子にしては若い気がするからおそらくサービスのひとだろうか。かれらは(……)にはいっていった。すすむこちらはそこにある(……)が閉店してさびれたように封じられいるのに気づき、ここつぶれたのかとおもったが、たぶん前回来たときにももうなくなっていて、それに気づかなかっただけではないか。いちどもはいったことはない。そのさき、高架歩廊とちゅうにベンチとなけなしの植木が用意してある一角ではカップルが立って女性が男性の襟首をととのえるようにしており、ゆるゆる行っていると背後から来た三人連れは風貌からしても東南アジアのひとらしく何語だかわからないことばでしゃべっていた。歩道橋に出たところのビルにはドラッグストアがはいっており、アレグラFXを買わなければならなかったので入店。東南アジアの三人もはいっていたが、かれらは入り口のアルコール消毒スプレーに見向きをしなかった。こちらは手に受けておき、フロアをすすんではやばやとアレグラをみつける。五六錠すなわち二八日分で三五〇〇円くらいして高いといわざるをえないのだけれど、ほかに安くてよいのがあるのかいなか、それを調べるだけの興味がないしアレグラFXでわりと満足しているので、それをひとつ取って会計に行った。

出ると歩道橋を渡って左折し、(……)へ。したの道路の脇の歩道から伸び上がっている街路樹は枝を剪定されているが、ところどころの分枝が人工的に継がれたようにもとと色合いを異にしていた。あゆみは西陽を真正面に据える方向となり、青空に太陽のふくらみが華々しい。ビルにはいって体温を見、また手を消毒してフロアへ。エスカレーターをのぼって(……)に踏み入った。きょう来たのはじぶんのほしい本というよりしごとでつかう参考書などを買うためなのだが、とりあえず人文思想の通路にはいったのは南方熊楠関連の本もみておきたかったからである。しかしすすんで左側の日本の区画をみてもみあたらないので、まあ民俗学のほうだろうととなりに通路にうつり、入ってすぐの文化人類学のところにはないので民俗学はとすすめば区画が用意されており、そこにあった。ならんでいるなかでは松居竜五の『南方熊楠――複眼の学問構想』というのがもっともほしいもので、南方熊楠に興味をいだきはじめたのはかれがとにかく抜書きをするにんげんで、アメリカ滞在中とかロンドンにいたときとかもめちゃくちゃ書き写しをしていてそれがノート何冊にもなっているというはなしで、そのあたりについてちょっと知りたいとおもったからなのだが、松居竜五のこの本はまさしくそのへんについても詳しく研究しているものであり、四五〇〇円だから税を入れてだいたい五〇〇〇円、この規模の本で五〇〇〇円なら安いとはいえないがまあ妥当ではあるかなと本にかんしてはそのくらいの価格麻痺にはもうおちいっており、買ってしまおうかとおもったのだがひとまず措いておいた。(……)

     *

このあとさらに(……)に移動して「(……)」に行ってみるつもりだったので、駅にはいって改札を抜けると三・四番線へ。ちょうど三番線に電車が来ているところだったのだが急ぐのが嫌いなのでみおくることにしてエスカレーターをおりたのだったかな? 階段だったかわすれたが、いっぽんみおくってホームのさきのほうに行き、ならんでいるひとびとのうしろにくわわりながらつま先立ちをしてふくらはぎを伸ばしたりしつつ待った。特快がさきに来てそれもみおくり、ひとがいなくなったので黄色い線のすぐてまえへ。ひだりて、線路の伸びていくかなたをながめると、ホームが湾曲してつくられていることがよくわかる。視界の最果ては夕時のみずいろにかすみはじめたひとつの平面というかんじで眼鏡をかけていてもそこになにがあるのかよく見てとれない。そのうちにそこから電車がやってきて、こちらがいるのは先頭付近なので目のまえに着くころにはおもいのほかゆっくりとしたスピードまで落ちており、しずかにとまった。乗ってむかいの扉際へ。手すりをつかんで立ったまま目を閉じ、到着を待つ。まえは扉際に立つときはほぼかならずドアの脇に横向きになってひかえるというかたちを取っており、座席の端のしきりにもたれることももたれないこともときどきでありながらも(すわっているひとをおもんぱかってそんなに本格にもたれはしない)ともかく横向きが基本スタイルだったのだが、さいきんは扉を正面にむかいあうように立つのがふつうになってきている。

(……)に着くと降りて駅を抜ける。駅前の道路をわたってすぐ目のまえの建物の入り口脇で、台に弁当をならべて売っている女性がいた。「(……)」にはいってまっすぐ。だらだらあるきながら左右の店構えなどに目をやる。飯屋はいろいろあり、むかしながらの、というおもむきではないものの、いかにも商店街というかんじではある。腹は減っていて帰路に焼肉屋のまえで肉のうまそうなにおいがただよってきたときなどめちゃくちゃうまそうだなとおもったが、いちおうコロナウイルスをかんがえると飯屋にはいって食事をとるということには気後れする。まあ、モスバーガーとかみれば一階にはだれもひとがいなかったし、はいってさっと食えばリスクもあまりないのだろうが。リスクでいったら電車内と街の人波のなかをすでにあるいているわけだから、店の状況によってはそちらのほうがリスクが高いようにもおもう。端的に、たとえば電車内で、いちおう窓を開けているとはいっても、こちらのとなりにすわったひとが感染していて咳でもしていたら、まあもう無理だよね、ふつうにおれもかかるよね、とおもう。ちなみに帰路にみたところでは飲み屋にもそこそこひとははいっていたし、あと王将はふつうに盛況だった。そとにならんで待っているひともなんにんかいたとおもう。

腹を減らしつつすすんで、車の行き過ぎるやや幅広の通りに行き当たった。ひだりてから自転車が二台やってきたので過ぎるのをよけようと引いたところがこちらと同様に横断歩道をわたる組で、とまったので、じぶんもその横につく。とおりのむかいにはすき家と、その横になんだかよくわからない中華屋らしき店があり、入り口うえの表看板には小籠包のことが「ショーロンポ」と書かれて売りにされていた。とおりをわたるとさらにまっすぐ。そろそろあたりはだいぶ暗んでいたはず。二年くらいまえにいちどだけ来た店だったので、なかなかみえてこないのをここで合っていたよなといぶかりながらあるく。とちゅうにスーパー「(……)」があり、その脇には唐揚げ屋らしき小店舗と、「キレイがステキ」とやはり入り口うえに文字の配されたクリーニング店かなにかが併設されているのだが、帰路にみたところでは、ネオン風に青くあかるんでいるその文字のうち、「ス」だけがなぜか切れておりひかっていないので、一見すると「キレイがテキ」にみえてしまい、遠目にはどういうこと? なんの店なの? と困惑させられた。スーパーにははいっていくひと出てくるひと、また道路からはいってくる車もあってこちらの横を過ぎていき、暮れ方のスーパーマーケットの独特の生活的な雰囲気をかもしだしている。

店に到着。店外の品を見分。入り口脇の地面上に置かれた箱のなかに、横光利一とか小林秀雄とか、そのへんの近代文学のれんちゅうの、初版本だかわからないがとうじ出されたような古い本がいろいろあったが、さすがにじぶんはそこまでの愛好家ではなく、ふつうにその後の文庫や単行本や全集のかたちで読めれば満足である。入店して、奥にいた店主にこんにちはとあいさつ。そうひろい店ではなく、空間の中央を背中合わせになった棚が奥へと伸びて占め、そのまわりに通路がありつつ壁際も棚と本で埋められている、というかんじ。はいって目のまえ、入り口からみて左側の通路にはベンチ的な木の台があり、そこにすわりながら棚をながめたり本を見分したりできるようになっている。こちらもそのあたりから見はじめた。入り口からみたばあい、左側の通路に立って右をむき、フロア中央部の棚のいっぽうを正面にした視点でその右端、ということになる。そのへんはリトルプレス的なやつの新刊とか(リトルプレスではないとおもうのだが、石川義正の『錯乱の日本文学 建築/小説をめざして』があった)、日本文学とか。そのひだりはやはりむかしの日本文学の文庫など。そこからさらにひだりにいくと、そのへんはたいしてみなかったが、さいきんの日本文学とか、大衆小説寄りのやつとかがあったようだ。中央の棚の右端のうえ、リトルプレスなどがならんだあたりにはまた西田幾多郎全集が何巻かあったり、日本文学全集の幸田文の巻があったり、けっこう気になるものがあったのだが、反対側の、つまり入り口からみて右側の通路のほうからそのへんをみると、京都大学学術出版会から出ている西洋古典叢書が何冊も積まれてあったので、おいおいおい、とおもった。これをやすく入手できるのはおおきいぞ、と。ローマ皇帝群像とかいろいろあったのだが、ひとつ目にとまったのはオウィディウスの『悲しみの歌/黒海からの手紙』というやつで、オウィディウスといえば『変身物語』が有名なわけだがこういうのもあるのかとおもって気にとめつつ、さらにはウェルギリウスの『アエネーイス』を発見してしまい、これは買うしかあるまいとおもった。もともと散財するつもりで来たので、オウィディウスもけっきょく買うことに。そこから入り口のほうにふりむくと、戸口のひだりどなりには新書の棚もあって、新書もなんだかんだ勉強になるので興味のある分野のものはいろいろ買って読みたいわけだから見分した。マルクス・ガブリエルのやつがいくつもあって、しょうじきそこまで興味はないのだが中島隆博と対談しているやつもあったし、話題の哲学者も読むべきだろうということで保持。右通路からみたときの中央棚についていえば、左側から哲学や思想や精神分析などがあり、みぎのほうは海外文学。右通路の壁側は入り口にちかいほうから植物学や地誌やブルーバックスなどの自然科学、歴史など、美術系、カウンターにちかいほうは日本の詩など、というかんじだったとおもう。左通路の壁側は絵本などがたくさんあつまっていたもよう。とちゅうで若い父親とおさない男児の二人連れがはいってきて、男の子が絵本かなにか読みたがったのに、父親はこれ読むの、マジで、とかちょっと気後れもしくは嫌がるような調子をみせていたのだが、たぶんそれはとりだすのがたいへんとかそういうかんじだったようで、店主が声をかけて用意をしてあげていたようだった。それで父親がちょっと読み聞かせをして、子どもがいろいろ質問するのにこたえる時間がしばらくあった。

とりあえず買った本の一覧をしたに示す。

大沼保昭国際法』(ちくま新書、二〇一八年)
金井美恵子『恋人たち/降誕祭の夜 金井美恵子自選短篇集』(講談社文芸文庫、二〇一五年)
沓掛良彦『詩林逍遙 枯骨閑人東西詩話』(大修館書店、一九九九年)
白井聡『戦後政治を終わらせる 永続敗戦の、その先へ』(NHK出版新書、二〇一六年)
原民喜『[新版]幼年画』(瀬戸内人、二〇一六年)
福沢諭吉/富田正文校訂『新訂 福翁自伝』(岩波文庫、一九七八年)
山内昌之細谷雄一編著『日本近現代史講義 成功と失敗の歴史に学ぶ』(中公新書、二〇一九年)
・渡辺義愛・渡辺一民訳『シモーヌ・ヴェーユ著作集 Ⅲ 重力と恩寵 救われたヴェネチア』(春秋社、一九六八年)
ウェルギリウス/岡道男・高橋宏幸訳『アエネーイス』(京都大学学術出版会、二〇〇一年)
オウィディウス木村健治訳『悲しみの歌/黒海からの手紙』(京都大学学術出版会、一九九八年)
マルクス・ガブリエル/大野和基インタビュー・編/髙田亜樹訳『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書、二〇二一年)
マルクス・ガブリエル/中島隆博全体主義の克服』(集英社新書、二〇二〇年)
トリスタン・ツァラ/宮原庸太郎訳『愛・賭け・遊び』(書肆山田、一九八三年)
・アンリ・ミショー/小海永二訳『荒れ騒ぐ無限』(青土社、一九八〇年)

沓掛良彦の本は古代の詩をギリシアローマも漢詩もあつかっていておもしろそうだったので。原民喜のやつは全集にしかおさめられていなかった初期作品だといい、みたかんじちょっとピンとくるようなものがあったというか、なにかしらよさげな空気感があったので。シモーヌ・ヴェーユの「救われたヴェネチア」というのは戯曲である。ヴェーユってそんなのもやっているのかとおもって買っておくことにした。『重力と恩寵』ももちろん読みたいし。

  • さいごの一段、「その後、帰りの電車内でとなりにすわった親子の会話を盗み聞きしたりということもあったのだが、そろそろめんどうくさいのでこの日の記述はここまでにする。とにかく現在に追いつけないとやばい。とはいえ、急いたところできょう(二二日)じゅうには無理だとわかっているので、気分にしたがってできる範囲でしかやらないが。さいきんおもったのだが、まいにち一日のことを書いてその都度完成させるというより、一生をかけて一生を書くとかんがえたほうが気楽でよい。」と述べていて、状況はこの一年前から(あるいは二年前から)変わっておらず(とはいえ追いつかなさがはなはだしくなってはいるが)、時間的スケールの壮大さにながれてじぶんを説得しようとしているのに笑う。しかしたしかに、いちにちにこだわらず、「一生をかけて一生を書くとかんがえたほうが気楽でよい」のはそのとおりだ。

Heaven Official’s Blessing is the most popular book on Jinjiang Literature City, China’s main danmei site, but its author’s identity is a secret. Like many danmei writers, she publishes under a pseudonym, in this case Mo Xiang Tong Xiu (“fragrance of ink, odour of money”): the Chinese Communist party has jailed the authors of danmei stories.

Each chapter of Heaven Official’s Blessing has been read an average of 2.4m times, according to a study by Aiqing Wang, a lecturer on Chinese at the University of Liverpool’s Department of Languages, Cultures and Film. Of Jinjiang’s seven million registered users, 93% are women. 84% are between 18 and 35 years old. KFC’s sponsorship deal saw the chain decorate its stores with giant illustrations of the story’s main characters and produce special menu items and merchandise. The anime series is available on Netflix.

The book is not just a success in China; the English translations of its three volumes had an initial print run of half a million and all three were New York Times bestsellers.

Experts believe they’re popular because they offer escape from daily life, and an outlet to explore taboo desires.

Danmei fiction draws women into romantic stories that don’t have to confront the realities of being a young woman in China, says Megan Walsh, the author of The Subplot: What China is Reading and Why it Matters. There is no risk of pregnancy, no pressure to marry, and sexual desires can be felt and acted upon without judgment.

“Getting pregnant is a real pain for romance,” says Walsh, who found that danmei was by far the most popular genre among girls in China.

“They like the fact that it’s not a girl who is suffering in love … They like that the jeopardy and the heartache and the risks associated with illicit relations aren’t played out upon a girl’s body.”

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Wang started reading danmei fiction at school. She says the stories will often spread in high schools because someone cool starts reading them and they may be seen as a little risque.

Talking about them with friends is also a more demure way to raise the topic of sex and they can join lively online chat forums, anonymously.

They also allow readers to indulge in their desire for a male body in a “liberal way”, Wang says – something not encouraged in wider society.

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In the 1990s, Japan’s “boys love” subculture crossed over to Hong Kong and Taiwan, before spreading in China. Today, danmei fans call themselves “rotten women”, a term that comes from Japan’s “fujoshi” or “rotten girls”. At first, danmei “occupied only a very niche market,” in China, says Wang, but today it is more popular than ever.

Many of the stories subvert traditional Chinese literary forms. Heaven Official’s Blessing is “full of religious connotations,” says Wang. It has all the tropes of “a traditional Chinese literary genre highlighting magical arts, martial arts, kung fu and imaginary worlds.”

But the Chinese Communist party (CCP) sees homosexuality as a challenge to traditional family structures, says Wang. The Jinjiang website, in response to government pressure, has strict policies on erotic scenes: nothing below the neck. So danmei writers use a website called Ao3 to publish missing sex scenes.

The publications are strictly controlled by the government, says Wang. Often the TV or movie versions will remove the romantic element between the protagonists, turning the stories into ones about “socialist brotherly love”, says Walsh.

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The CCP has launched an initiative aimed at gaining control over online fandoms including danmei and K-pop called “Qinglang” or “clean and clear”, Vox reported in 2022. These feminine artforms with largely female fanbases challenge what Vox described as, “Xi’s narrative of an idealized China that’s strong physically as well as economically and politically”. Among the consequences was that 60 danmei adaptations were cancelled.

Several danmei writers have been jailed by the CCP, which uses pornography rules to crack down on writers whose books get too popular or are too homoerotic. In 2014 a writer called Big Grey Wolf was sentenced to three and a half years in prison. In 2018, a danmei author, a woman identified only as Liu, was sentenced to more than a decade in prison. In 2019, police arrested eight danmei writers, sentencing one of them for four years.

Writers are now using “increasingly silly metaphors” to describe sex in order to avoid censorship, Walsh says. But censors have also started encouraging readers to report danmei works that break the rules: rewarding them with points or tokens that allow them to buy more danmei content.

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Fans argue over whether danmei stories are feminist: do they allow women to explore the ideal of love between equals, or reinforce heteronormative ideas of romantic relationships as involving one dominant and one submissive partner?

Japanese feminist Chizuko Ueno, influential in China, has described danmei characters as neither male nor female, embodying instead an idealised “third gender”. The manga versions of Heaven Official’s Blessing’s main characters bear this out: the characters have long hair and delicate, angular features: they look like androgynous runway models.

Then again, by finding ways around the censors, danmei writers and readers are rebelling against the patriarchy and, as Wang puts it, “norms of women’s chasteness and subservience”.

A Russian fighter collided with a US Reaper drone, forcing it down into the Black Sea, in what US forces called an “unsafe and unprofessional” intercept. A US European Command statement said the collision happened just after 7am on Tuesday, when two Russian Su-27 fighter jets flew up to the MQ-9 Reaper drone over international waters west of Crimea. The statement said the Russian pilots sought to disrupt the US aircraft before the collision.

The US state department summoned the Russia’s ambassador over the drone incident. The White House said the drone’s downing was unique and would be raised directly by state department officials with their Russian counterparts.

The Russian ambassador to the US called the incident a ‘provocation’. Russia’s RIA state news agency cited Anatoly Antonov as saying, “We do not want any confrontation between the United States and Russia. We are in favour of building pragmatic relations”. Antonov made the comments after being summoned to the US State Department.

The Pentagon said the drone was on a routine ISR (intelligence, surveillance, reconnaissance) mission. US Air Force Brig Gen Pat Ryders said Russia did not have the drone. But he declined to say whether Russia was seeking the wreckage so that its military intelligence could dissect it.

Russia’s defence ministry maintained that its fighters “did not use airborne weapons and did not come into contact” with the US drone. The ministry said fighters from its air defence forces were raised into the air to identify the drone, which the ministry said was heading “in direction of the state border of the Russian Federation”.

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AFP journalists in Eastern Ukraine have reported seeing white phosphorus fired from Russian positions on an uninhabited road leading to nearby Bakhmut. Weapons containing phosphorus are incendiary arms whose use against civilians is banned, but they can be deployed against military targets under a 1980 convention signed in Geneva. The Guardian is unable to verify these reports from AFP.

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Poland’s prime minister, Mateusz Morawiecki, said his country could supply Ukraine with MIG fighter jets in the coming four to six weeks. Warsaw’s commitment to Kyiv has been important in persuading European allies to donate heavy weapons to Ukraine, including tanks.

Russian artillery ammunition shortages have probably worsened “to the extent that extremely punitive shell-rationing is in force on many parts of the front”, the UK’s Ministry of Defence said in its latest intelligence update. “This has almost certainly been a key reason why no Russian formation has recently been able to generate operationally significant offensive action,” it said.

Moscow has said it does not recognise the jurisdiction of the international criminal court in The Hague, after reports that the court is expected to seek its first arrest warrants against Russian individuals over the war in Ukraine. The prosecutor at the court will reportedly formally open two war crimes cases and issue arrest warrants for several Russians deemed responsible for the mass abduction of Ukrainian children and the targeting of Ukrainian civilian infrastructure.

Ukraine’s foreign minister, Dmytro Kuleba, has said 32 countries have joined a coalition supporting the creation of a special tribunal against Russia for the crime of aggression against Ukraine. Ukraine, the EU and the Netherlands have publicly backed the idea of a special tribunal. Russia has denied accusations of war crimes including deliberate targeting of Ukrainian civilians.

  • 覚醒すると布団のしたで息を吐きつつ胸や腕や腰をさするなど。きょうはなぜか鼻が詰まっていない。窓外の保育園で登園した保護者や子どもがあいさつする声はすでにすくない。しかしそのわりになぜか時刻がつかみづらかったが、身を起こして時間をみると尋常に九時二〇分くらいだった。カーテンを紺色のほうだけあけて、レースは閉めたままだがそとのあかるいいろを取りこみ、あぐらで首や肩をまわして寝床を抜けるとながしでうがいした。口をゆすぐほうも、喉をガラガラやるほうも。それから用を足したり水を飲んだりして、腕振り体操もおこなったあと布団にもどる。Chromebookでウェブを見るとともに一年前の記事の読みかえし。外出して、記述がなかなか充実しておりうらやましい。離床は一〇時五〇分になった。布団をたたんでおき、それによって空いた床のうえに立って腕振り体操をふたたびおこなう。その他背伸びなど。そうして椅子について瞑想をはじめたのが一一時八分くらい。一五分も座らなかったが、体操をしているのでからだの感じはよい。ただどうしてもなんとなくわずかな胃液感や、胃にごくごくちいさい穴があいているような感覚はある。それが喉元への圧迫や、痰の分泌にもつながっている。食事へ。(……)水切りケースのなかにあったヨーグルトや豆腐や納豆のプラスチックゴミもそれでつぶし、スチームケースにキャベツと白菜と大根と豆腐を仕込んで電子レンジへ。あいまふたたび腕を振る。マジで全身の肌がなめらかになってきもちがよい。ジャージの質感がさらさらとここちよくなる。そうして食事を取った。温野菜のほかもいつもどおり、納豆ご飯やバナナ・ヨーグルト。食い物はもうないのできょう買い出しに行きたい。いま午後三時まえだがひかりがあまりにもあかるくて気候がよいことこのうえないので、このひかりのあるうちに行きたい気はするがどうか。夜も夜で良いしな。食事中は英文記事を読み、洗い物はいったん漬けておいて歯磨きをさきにし、その後洗ったり、英文記事を読みつづけたり、Woolfの英文を音読したり。そうこうするうちに一時半にいたっていて、あれ、もうこんな時間か、とおもった。きょうは洗濯をしていない。洗い物がすくないからシーツを洗いたい気がするのだけれど、いま洗って干してしまうと花粉でやばくなるのではないかという懸念からどうしても踏み切れない。もうだいぶ洗っていないので洗いたいのだが。一時半のあとは約束されたサンクチュアリである布団のうえに身を横たえて、ホメロス/松平千秋訳『イリアス(下)』(岩波文庫、一九九二年)を読んだ。第一五歌のはじまり、79からはじめていま104まで。前歌でヘレの策略におちいり愛欲にかられまたねむってしまっていたゼウスは目を覚まし、たくらみにやられたこと、その間にヘクトルが負傷したことを知り、ヘレを叱責するとともにイリスとアポロンを連れてくるよう命じ、イリスにはポセイダオンへのことづてを(戦をやめて家に帰れと命じるもの)、アポロンにはヘクトルを奮起させてトロイエ方へ支援をするようそれぞれ命令する。おのおの果たされて、ポセイドンはゼウスの傲慢さに文句を言いながらも戦場から去るし、ヘクトルも復活してトロイエ勢はアポロンとかれを先頭にふたたび攻勢をかけ、アカイアのもののふらを船側まで追いつめ船に火を放とうとする。81から82にはつぎのようなゼウスの発言があり、ここであらためてかれの介入の動機が語られるとともに、このあとの戦の趨勢ならびに物語のみちゆきが予告されている: 「(……)またポイボス・アポロンは、ヘクトルを戦場に立たせるべく、新たに力を吹き込んでやり、今彼の心を悩ましている傷の痛みを忘れさせるよう、一方アカイア勢を見苦しい敗走に陥らせて追い返し、彼等が逃れてペレウスの子、アキレウスの船側で討たれるようにさせるのだ。さすればアキレウスは僚友パトロクロスを立ち上がらせる。そのパトロクロスは、敵の多数の若武者を討ち取った末――その中にはわしの倅、優れたサルペドンもいるのだが――勇名轟くヘクトルの槍にかかって、イリオス城下に果てる。それを怒った勇将アキレウスが、ヘクトルを討つという運びになる。それに続く船陣からの反撃については、アカイア勢がアテナイエの計略によって、険しく聳えるイリオン城を陥すまで、ずっとわしが膳立てをする。それまでは、わしが怒りを収めることはないし、また神々の誰であれ、ここでダナオイ勢に加勢することは許さぬぞ。すなわち、女神テティスがわしの膝に縋り、城を屠るアキレウスに名誉を授けてくれと頼んで来た日に、わしがまず約束し、さらに首を縦に振ってやった通りに、ペレウスの子の望みが果たされるまではだ。」
  • イリアス』における戦闘はある種退屈なまでの単調さでえがかれており、個別的な戦いの場面において形式化がつよいというか、つまりパターンがすくない。だいたいのところ、たとえば槍で攻撃したとして、それが一撃であいてをしとめるか、もしくは楯にふせがれたりあたらなかったりして、そうなると槍を投げたほうがこんどは武器をうしなって不利だから、逃げようとしたり反対に討たれたりする。攻撃の多くは致死的成功か失敗かの二択におさまっており、攻撃を受けたけれど手傷にとどまって生き延びるということはすくない。また、数段構えの攻撃であいてを仕留めるとか、複数者が協力してたくみな技をみせるみたいなことはない。混戦のなかではたとえばトロイエ方の誰々がかれかれをしとめて、しとめたあいての武具を剝ごうと駆け寄るがそこに悲痛と怒りにかられたアカイア側の誰々がやってきて死体をまもろうとし、アカイア方もまたひとりをしとめて意趣返しを誇るとともにおのおの仲間の死体を引き取ろうと必死になる、みたいなながれが基本になっている。たたかいにおいて現代の目からみたかぎりでの劇的な演出はほぼ存在せず(もともと口誦のものなので、詩人によって臨場的に語られればまたちがうのだろうが)、上巻ではパリスとメネラオスが一騎打ちをする場面があってそのあたりはやや盛り上がりどころだったかもしれないが、つうじょうの戦闘はじつに地味で泥臭く進行し、その単調さのなかでひとびとがほぼ一撃でバタバタ殺されていく。ことさらに残酷にも悲惨にも語られていないその淡々とした、しかしたしかな血生臭さがリアリティということになるのだろうが、そのなかでも細部の具体性におけるまたべつのリアリティがひらめく瞬間は存在する。たとえば、「アルカトオスは地響きを打って倒れ、槍の刺さった心臓はなおぴくぴくと動き、それにつれて槍の石突もぶるぶると震えたが、ここに到ってようやく、強腕のアレスも槍の勢いを止めてやった」(30)や、「すなわち槍は頭が頸に繋がるところ、脊椎の一番上の骨に当たり、腱を二つながら切り裂いた。されば彼が倒れる時、その頭と口また鼻が、脛と膝よりも遥かに早く地に着いたが」(72)といった描写。ところで劇的でない、見世物性の乏しさという点では英雄ヘクトルの一時退場もそうで、ここまでゼウスの神威を得てアカイア勢を追い詰める猛攻をみせていたかれは、槍や弓ではなく、アイアスが投げた大石にぶち当たって負傷し、離脱するのだ。「テラモンの子、大アイアスは、脚速き船の支えに用いる大石が、戦士の足下に多数転がっている、その一つを取り上げると、戦車の手摺り越しに、胸の頸に近い辺りに撃ち当てて、相手の身を独楽の如く廻転させれば、ヘクトルはくるくると廻ってよろめいた。あたかも樫の木が、父神ゼウスの雷に撃たれて根ごと倒れ、そこから凄まじい硫黄の臭いが立ち昇り、傍らにあってそれを見る者は、大神ゼウスの雷の恐ろしさに勇気も消えて、へなへなとなる、その樫の如く豪勇ヘクトルはたちまち地面の砂塵の中へ倒れ、槍を投げ出したが、楯と兜とはその体に倒れかかり、青銅の飾りも美々しい武具が、身のまわりでカラカラと鳴った」(70)というのがその場面で、そりゃあ巨大な石を投げ当てられれば気絶もしようけれど、武器で負傷するでなく、そのへんにあった石でやられ、なおかつ一撃で倒れてしまい、「独楽の如く」「くるくると廻ってよろめいた」などという、わずかばかり滑稽味も響かないでもない比喩などつかわれているあたり、ここまで大活躍してきた英雄の退場にしてはいかにもあっけない。まあヘクトルはのちにまたアキレウスと大一番をやるはずなので、説話の都合上ここで死んではならず、武器だと負傷がおおきすぎるから石で気絶ということになったのかもしれないが。『イリアス』はまた比喩が特徴的で、うえのヘクトルの記述のなかにもふくまれているが、直喩をおこなうときは記述がいつも比較的ながく、比喩イメージをしばらく描写したあと、「そのように」というつなぎでもって集束させるというかたちをほぼ毎回取っている。そのつなぎのやりかたにかんしては訳者の按配もあるのかもしれないが、意外にもというべきなのか、比喩が毎度やたらと具体的でながいというのは目に立つ特徴で、その具体性、ながながとした感じは、へんなはなしプルーストをおもいおこさせる瞬間もときにあった。ただもちろん両者がたしかに似ているかというとそんなことはないとおもわれ、おそらくプルーストのほうがもっと圧縮的というか、具体性を志向するにしてもこまかな一点を穿とうとするような向きがあるとおもうし、またこの比喩はどういうことなの? みたいな、これ比喩として的確なのか否かわかんねえぞ? みたいなやつもあった気がする。またもちろん、近代以降のというか、むしろ二〇世紀の作家として観念的な要素を用い、イメージを「詩的」に練り上げもしていただろう。ところが『イリアス』の比喩はいまわれわれが平たく言って「詩的」だと評するようなことばの組み合わせ、イメージの構築がうかがわれず、ややながながとした描写によるその比喩はあまりにも写実的なのだ。写実表象的な語の秩序からはずれた異物的要素が混入する機会はまず存在していないとおもわれ、くわえて、圧縮的に一点と一点で比較しようというよりは、比喩イメージが状況的・場面的だというか、比較対象の中心点にまつわる周辺の情報までを入れこんで、ひとつのうごきやものにたいして、場面や状況、一連のながれの総体を対比させてもってくるという気味がある。うえのヘクトルの場面でも、直接比較されているのはヘクトルの倒れるさまと雷に撃たれた樫の木の倒れるさまであり、「そこから凄まじい硫黄の臭いが立ち昇り」までは木への落雷というできごとと事象的にかなり密接だからまだわかるのだけれど、「傍らにあってそれを見る者は、大神ゼウスの雷の恐ろしさに勇気も消えて、へなへなとなる」にいたっては、比喩的圧縮性の観点からするとあきらかに余計で、ヘクトルと樫の木をつなぐにあたっては必要のない情報である。比喩イメージが周辺やことの推移をふくんで状況的・場面的だといったのはそういうことだが、古代の書き手もしくは語り手がみんなこうだったかというとおそらくはそうでないはずで(そもそもホメロスと同時代の書き手語り手などほかに作品がつたわっていないわけだし、古代といっても数百年から一〇〇〇年単位のひらきがあるわけだが)、これはホメロスに特徴的なレトリックなのではないか。そしてかれが直喩をつかうときはほぼかならずこういう語り方をしているとおもわれ、われわれがいま読み慣れている小説のように、みじかいちょっとした形容修飾として「~~のような」を装飾的にもちいるということがまずないような気がする。そのあたりたぶん、人物や神に付される形容が枕詞的にかたまっているぶぶんがあったりするのと関係しているのではないかと推測するが、そういうわけだからホメロスにおける直喩はわれわれの感覚よりも技法的価値が高いというか、たびたびさしはさまれる小必殺技みたいなおもむきをかんじる。比喩にかんしてはもうすこし例を引いておきたいこころもあるがひとまずいまはここまで。四時一五分。やはり書いていると腕や肩や背がすみやかにこごりだすから、たびたび立ってちょっと腕をさすっては振って、というのをやったほうがながく書ける。
  • そういえば大江健三郎が亡くなったと。八八歳。きのうの夜、noteをのぞいたときに「いぬのせなか座」の山本浩貴がむかし書いた大江健三郎論を公開していて、そこで知った。古井由吉も死に、大江健三郎も死に、となるとさすがに一時代の区切りという感がないでもない。しかし大江健三郎を読んだことはなんだかんだない。そんなことではいかんのだが。それでいえば、おなじく日本人作家でノーベル文学賞を取った川端康成のほうもほぼ読んだことがない。もしかすると『雪国』しかないのではないか? 『伊豆の踊り子』もいちおう読んだはずだが、それは読み書きをはじめるまえのことだったとおもうのでまったく記憶にのこっていない。
  • いま一〇時四四分。六日の月曜日のことをようやくしまえた。もうすこしかからないとおもっていたのだが、書き出せば勤務中のことがいろいろあってこの時間までかかってしまった。うえまで記したあとは休んだり六日を書いたり休んだり飯を食ったり湯を浴びたりでたいしたことはない。そういえばきのう、三月一一日にギター演奏を録っていたのをnoteにあげていなかったのをおもいだし、投稿しておいたのだが(https://note.com/diary20210704/n/n1f9047e80f92(https://note.com/diary20210704/n/n1f9047e80f92))、七時過ぎに夕食を食ったのち、五日の記事の投稿作業や、松井竜五『南方熊楠 複眼の学問構想』の書き抜き箇所ピックアップ(さいごのほうはメモしないままどんどん読みすすめてしまったので、あらためて大雑把に見返しながらノートに該当のページと行数を記録していった)をすすめるあいだ聞いていた。まあまあ。そのあと似非インプロがなぜかそこそこうまくいったとかんじているギター演奏20番もまたながしたが、これはやはりけっこうよく弾けた気がする。これからスーパーに買い物に行ってこなくては。
  • しかし出かけるまえに書きものでこごったからだをやわらげなくてはというわけで約束の聖地布団に逃げ、(……)さんのブログを読みつつふくらはぎや太ももを揉む。以下のはなしはおもしろい。

 私が北京から戻ったあと、小さな海塩(ハイイエン)の町は大騒ぎになった。私は中華人民共和国史上初の北京で原稿修正をした海塩人なのだ。県の指導者は私の才能を認め、歯を抜くことはやめて、文化センターで働くべきだと考えた。その後、複雑な異動手続きが進み、書類に七、八個の公印が押されると、夢にまで見た文化センターへの転職がついに実現した。出勤の初日、文化センターの人は一日じゅう街をぶらついているのだろうと思って、私はわざと二時間遅刻して行った。ところが、それでも私がいちばん乗りだった。私は大喜びで、自分に言った。
「いいところへ来たぞ」
 これは社会主義が与えてくれた最も美しい記憶だった。
 数年前、西洋の記者に聞かれたことがある。「なぜあなたは裕福な歯科医の生活を捨てて、貧しい作家になったのですか?」
 この西洋の記者は知らない。当時の中国は改革開放政策が始まったばかりで、まだ社会主義悪平等が残っていた。都市部の労働者はどんな仕事であれ、毎月の賃金が同額だった。文化センターの仕事も、歯医者の仕事も、貧乏人に変わりはない。違うのは、歯医者が仕事のきつい貧乏人なのに対して、文化センターの職員は幸福で自由な貧乏人だという点だった。
(余華/飯塚容・訳『ほんとうの中国の話をしよう』)

  • したもクソ笑った。

 打包して帰宅。食す。阳台にスピーカーとパソコンを持ち出し、コーヒーを淹れて、きのうづけの記事の続きを書きはじめる。ヒートテック一枚きり、それも腕まくりしながらの作業。夏が近い。食堂のそばでは半袖一枚きりの男子学生の姿も見かけた(ものすごい太っちょだったけど)。いま、「太っちょ」という言葉を書きつけて思い出したのだが、じぶんが生まれてはじめて笑いのツボにハマりすぎて言葉が発せなくなる、苦しくて息ができなくなるという体験をしたのは保育園のたしか年中のころで——と思ったが、いや、年中のころはまだろくに言葉が話せなかったはずなので(こちらは言葉の遅れが著しい子どもだった、親や医者が心配するレベルだった)、年長のころか? その瞬間のことはいまでも(動画とはいわないが)写真のように鮮明な記憶として残っている。園庭に面した窓際にいた。窓際にはレースのカーテンがかかっており、そばには同じ保育園に通っていた同級生が数人いた(全員男だった)。みんな座っていた。そのときにふと「太っちょパパ」というフレーズがあたまをよぎったのだ。よぎった瞬間、体を起こしていることができなくなるくらいツボにハマってしまい、ゲラゲラゲラゲラ笑いの発作が止まらなくなった。それで周囲もどうしたどうしたとなるわけだが、こちらはただものすごくおもしろい言葉をひらめいてしまったと伝えるのが精一杯で、それが実際にどんな言葉であるのかを説明することがどうしたってできない、「太っちょパパ」の「ふ」を口にしただけで吹き出し、そのままゲラゲラゲラゲラ抱腹絶倒してしまう始末だった、その状態がずいぶん長いあいだ続いて、本当に息ができず失神しかけたのだ。その後の人生であんなに笑ったこと、あるだろうか? (……)(……)がコンビニで買ったとろろそばをずるずるっと音をたててすすったのを原付バイクのエンジン音と聞きまちがえたあの瞬間くらいではないか?

  • ところで布団に逃げるまえ、六日の記事を書いていたあいだに、口からふーっと息を吐いて全身を収縮させるときがあり、そうすると血と酸素が一気にめぐって肉がほぐれ、からだがひじょうに楽になるのをおもいだした。数か月まえは気づいたときにそうやってふーっと深く呼吸して身をほぐしていたのだった。深呼吸というのはいわば数秒で全身を内側からマッサージするようなものなのだろう。腕振り体操をやるまえとか横になって脚を揉むまえとか、あるいはそのあいまとかにおりおりやれば、それだけ効果もあがって身を楽にしやすい。


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  • 日記読み: 2022/3/15, Tue.
  • 「ことば」: 1 - 3