雲の多い日で陽の射す時間も相応にありつつ酷暑の快晴とはならず、むしろ灰雲白雲の細かい織りなしが広くはびこって曇りに傾く時間が多かったようだ。それでも洗濯物はわりあい乾いた。五時ごろから激しい雨。一過性。
 八時から(……)さんと通話。冒頭、ウルフを読みはじめるより前に、職場の同僚と計画しているZINEに寄稿してもらえないかと誘われる。前々からそういう機会があったら文章を頼みたいと言われていた。ひとまず詳細を聞く。「(……)」という題のZINEを考えていると言い、LINEに貼られた簡素な表紙デザイン案の画像をみると、「(……)」という特集(?)の文言が上に大きめでまずあって、何やねんこの字面、とちょっと笑ってしまった。すでに(……)さんも含めた五名の名と各々の記事タイトルがその下に並べられてあり、その一番上には名前の欄を「書評」とした一列、タイトル部分は「(……)」というわけで、この四冊の書評欄に誘われた次第なのだ。四冊かー、とややうなる。いま本を読むのがそこそこ負担だからだ。きのうもホルヘ・ルイス・ボルヘス/土岐恒二訳『不死の人』(白水uブックス)を六〇ページほど読み、深夜に「三人の子ども」にも取り組んだところ、今日は頭のてっぺんの左側にドクンドクンとした感じの頭痛があって、日中はだいぶ休んでいたのだ。二冊なら行ける、と笑うが、とはいえ商業的なものではなく(……)さんたちがプライベートに同志でやるものなので、比較的気楽そうというか、締切なんかもまだそんなにかっちりと決まってはいないようだった。いちおう八月いっぱいまでに本を選択、一〇月いっぱいまでに文を書き、一二月の文学フリマで出せたら、と話しているらしい。といっておそらくそれも絶対的なものではなく、書評欄には同人各々がゲストを呼ぶことになっているらしく、ほかのゲストのひとびとや、同人の動向次第で変わるかもしれないとのこと。いずれにしても体調次第だが、できればふつうにやりたいし、前向きな気持ちでいる、と返答した。
 書評文自体は四〇〇〜四五〇字くらいというので、本が読めさえすればそのくらいの分量を書くのは余裕だろうというか、むしろ一冊の事柄をその短さにおさめるのがかえって難しい。「(……)」というワードで書評と聞いてはじめに思い浮かんだのはプリーモ・レーヴィで、かれの『これが人間か』はひとつ入れる。もう一冊はレベッカ・ソルニットの『わたしたちが沈黙させられるいくつかの問い』かな。それか少し前に文庫化されていた、タイトル忘れたやつとか。レーヴィとソルニットは決定として、あとの二冊はウルフの『波』とジョン・ウィリアムズの『ストーナー』あたりがいいんではないかと思っている。が、これだと日本の書き手がいない。それにソルニット以外は古い。みんなもう死んでいる。それでそのほか、林京子の『ギヤマン・ビードロ』とか、あとまだ読んだことがないのだけれど、ケイト・ザンブレノ『ヒロインズ』とか、『土偶を読むを読む』あたりもテーマ的に行けるんじゃないかという気もしている。日本人入れたほうがいいかとか、古いのと新しいので二冊ずつにするかとか、男女ふたりずつにするかとか、実作とそうでないもので二冊ずつにするかとか、バランスを案じてしまうのだが、最終的にどうなるかはわからない。候補としていま念頭にあがっているのは上記くらいだ。ジョン・ウィリアムズはほかの二冊、『ブッチャーズ・クロッシング』と『アウグストゥス』も読みたい。
 ところで前回通話したとき、もうひとりの顧客である(……)くんも交えて三人で短いのをなんか読むのもいいんじゃないかという話が出ており、その翌日がちょうど(……)くんとの通話だったので、そこでこれこれこういう話だが興味あるかと聞けば興味はあるのでタイミングさえ合えば三人でやってみたいということだった。二、三回で読めるような短いのがいいんじゃないかというわけで、カフカの「判決」とかかな、もしくは樋口一葉とかか、とそのときは挙がっていて、先日実家から白水uブックスの『流刑地にて』と『断食芸人』を持ってきて確認したところ、「田舎医者」「断食芸人」「判決」あたりが短く、またすごく断片的とか小品というほどでもなくてやりやすそう。この三つだと「田舎医者」が一番短くて、一二ページほどだった。池内紀の訳は幾分信用ならない感じがあるというか、どうも軽くしすぎているのではないか、読みやすくしすぎているのではないかという疑いがあるのだけれど、入手しやすいのだとやっぱりこれなのだろうか。それか新潮文庫あたりに入っているだろう古いやつか? いまカフカの翻訳で文庫で手に入るものの最新って、こちらが認識している限りでは多和田葉子のあれなので、あれに何が入っているのか知らんのだが(「変身」は入っていたはず)それを見てみてもいいかもしれない。それか梶井基次郎の短いのをいくつか読むとかでもいいな。「愛撫」とか読みたい。あとタイトル忘れたけれど、河原に行ってカジカの愛の合唱聞くやつとか。「闇の絵巻」とかもやたらいいですよね。
 通話後、一〇時あたりで買い出しへ。(……)通りで風のやわらかさが心地よいことこの上ない。すれ違った男女のうちの女性は、活動してきたあとだからだろう、暑いね、と漏らしていたが、こちらには暑くなく、といってあきらかに涼しいというでもないが、とにかくやわらかい。触れられておのずから減速し、無為の足になる。(……)通りの横断歩道に出ると渡って裏路地に入りしばらく遠回り。とにかく微風の皮膚への質感。周りのものは大して目に入らん。アパート前のたぶんゴミ入れだと思うが真銀色の、RPGの宝箱的な形をしたその箱の銀の表面に光が反射する白さあかるさ、そのくらい。踏切りにつかまる。立ち尽くす。前方を見上げれば空は雲がちながらもやもやとした輪郭に切り取られた青っぽい地が合間に差し込まれている。すばらしい。右手を見やると低い木の葉叢に踏切りの赤色灯の色がかかっており、二つの目玉的な灯りが交代するたびにかかり方が変わって浅く深く繰り返す。同じ赤い光は水平になっている遮断棒の上ではその形に沿ってつつましく変形し血管のなかに差し込まれた部品よろしく硬そうな細長さで乗っていて、これも二つ目の往復に応じてピストン運動ですらないごく短距離の瞬間移動を長さを変えつつ繰り返す。
 その後渡ってちょっと行ってから折れて、病院裏の通りに出て戻ってきて買い物。病院やその他施設の裏側の道には自転車レーンも含む歩道の縁に真っ赤なサルスベリが並んでいて、少し前から花が茂っており、ものによっては野放図になりだしており、枝先に嵩を大きく膨らませて重そうに垂れ下げているやつなど、去年も何度も思ったのだがシャーベットっぽいアイスを大きくすくってそこに貼りつけたように見える。