六時半ごろ外出。部屋を出て階段を下りていく。簡易ポストを右手で開けて瞥見するとチラシのたぐいが数枚ゆるく丸まって入っていた。すぐに閉じて道へ。左へ。アパート横の自販機を通りすがりに見やれば、リッチカルピスが淘汰されてWelch’sのぶどうジュースが三つ並びになっていた。道の右端を進んでいく。アパートを出てすぐの一軒はこの時期毎年そうだが、囲みのなかの小庭めいたスペースがいきいきと伸びた夏草で埋め尽くされている。前方遠くに対向者があるので左にずれる。公園では祭りをやるらしい。保育園に子を迎えに来た母親たちの何人かが、お祭りいかないの? とか子どもに言うのを部屋内で耳にしていた。行きながら見れば学校の運動会でよく使われる白い布屋根のテントスペースが用意されており、提灯の灯も見えてひとが集まっている気配ではあったが、さしたる人数ではなく、まだ始まってもおらず、ざわめきほどの賑やかさもない。折れて細路地。手の爪をもみながら行く。出るとちょうど車が来ていて止まったので、右手を軽く上げて会釈しながら渡る。左折。空は濁り気味で濃灰色の雲がひろくを占めている。コンビニの角で曲がって駐車場を斜めに通ればからだの向きは西となり、行く手の空も暗雲の色で重たるくなっているそのなかに、まっすぐ伸びる裏路地の果て、出口の上の一隅だけは、円熟しすぎたオレンジジュースみたいな赤みの混ざった色が目を寄せる。その路地には入らずに車道沿いを行く。手の爪をもみつづけている。途中一軒の、ここはたぶんもうひとが住んでいないのだとおもうが、その脇に立った木がよく茂って歩道に迫り出し、ほとんど顔のそばまで葉先がいくつか垂れているくらい梢が頭上を覆っているのに加えて、左の街路樹がまた旺盛で梢のみならず幹の下の方も別の葉叢でまとわれてほぼ緑の柱になっているのがつながって、そこを通る一瞬だけやたら狭いアーチのなかをくぐるようになっている場所があった。向かいから来たチャリが颯爽と抜けていく。続く街路樹を見ても植込みを伴ったものはあってもほかにそんなふうに幹を鎧っているのはない。(……)通りの横断歩道。渡る。そのへんの向かいには申し訳程度の実に小規模な公園があるが、ここでも祭りをやっていて、ならんだ提灯の淡い暖色や、電灯を支えに軽くたわんで配された架線上につらなる電球の光が見える。踏切りを超えてちょっと行き、空き地に沿って北に曲がる。もうひとつの踏切り前をカーブして西向きに。空き地は夏草が刈られてすっきりとひらいた空間の地面を薄茶色っぽい草の残りがくまなく埋めていて、その上に背後のオレンジ灯の色が渡ってきて黄色みを加えている。手の爪や指をもみながらまっすぐ進む。病院の裏手まで来ると自転車レーンの縁にピンク色のサルスベリが頻々と立っている。道の奥は行き当たる交差点の信号の色や街灯、車のライトが滲んでいる上、途中にある建設現場を画す真っ白な高い壁の表面にその色が反映して、最奥からそこまではそこそこ距離があるのだけれど遠目にみるなら隣り合って色と明かりが流出しているようにしか見えず、ネオンのたゆたいめいたその光の揺動がみずみずと際立ちはじめる宵の時間に間近のサルスベリも街灯をかけられてピンク濃緑ともにつやをまとっている。建設現場は(……)の裏手にあたる。何を建てているのか知らないが、敷地は広く、もう長いことやっている。そこまで来ると縦に長い長方形が連結したかっこうの白壁のつなぎ目があらわになって、遠くから飛び映ってくる光線もそこを宿り場として分割されるのでよりこまかいつらなりとなり、白やら赤やら青緑やら黄色っぽい白さやら、刻々うつり変わっていく何線かが縦に列なしてざらつき伸びているその質感が鱗めく。(……)につくと入ってすぐのポストに本を返却する。来た道を戻る。こちらがわから見ると道の果てが定かでないので白壁上のいろどりは乏しくなるけれど、それでも街灯の白さと、向こうから来る車のライトの、街灯よりも真白くあたたかみを欠いた白さが同じように破線となる。車が走ってくるのと対照的に反映光のほうは道の先に向かってするすると流れていくように見えながらも途切れずその場にとどまりつづけるという奇妙な流動的停滞感を生んでいるのだが、それはどうやら光自体というよりはそれに攫い出されたものの薄影の流れだったようで、いずれにしても停滞も流動も車がすぎれば途端に消える。真っ白でなんの装飾もないはずの壁に、枝先の茂った木のシルエットが、もともとそこに描かれていたかのような自然さでぴったりと、うっすらなじみながらあらわれている箇所がある。街灯との位置関係によって、サルスベリの木がそういう模様を付与しているのだが、描かれた模様とちがってこの淡い影は微風に触れられればゆらぎを見せる。だれもそんなことはまったく意図していなかったはずなのに、偶然の諸要素のみちびきによって、このような擬似自然めいた風景の断片がひそかに生まれていることが、都市には往々にしてある。夜でないとこの模様は見えない。建設が進んで白壁がなくなれば、それとともになくなる。帰り道は行きよりも暗んだ宵空がしかしかえって雲をちぎり離しその合間に青さが明瞭で、向かう東も振り仰いでの西も青の濃さがほぼ変わらない。