きょうも昼と宵で合わせて二時間半くらい歩いた。さいきん、歩くときはだいたいいつもじぶんのギター演奏を聞いている。
 一度目の散歩から帰ってきたときだから四時前だけれど、このアパートの住人であるUさんというひとにはじめて遭遇した。キャパシティが足りないのでこまかいことは省くけれど、このひとがどうも半ばクレーマーとして生を生きているんじゃないかという印象のひとで、遭遇してやりとりしたときにもすでに役所に電話をかけている途中だったのだが、その後こちらが別れて部屋にあがって休んでいるあいだも、役所の各部門だったのかおなじ窓口だったのか、間を置かず電話をつづけていて、そのうちひとりの対応が気に入らなかったようで、大声でキレ散らかしていた。苦情の発端というのはこれも伏せるけど、ゴミ捨て場回りでちょっと問題があったのだ。
 休息したあとにじぶんは最寄りのソウルフルスーパーSへと買い物に出た。ついでながら、ソウルフルスーパーSはクリスマスの少し前あたりから熱きソウルを喪失してクソみたいな音楽しか流さなくなっていたのだけれど、おそらくこれは師走と年末年始の一時的な逸脱にちがいない、時期がすぎればまた平常のたましいを取り戻すだろうと見ていたところ、きょうはMarvin Gayeの"What's Happening Brother"とか、曲名わすれたがStevie Wonderの曲を女性がカバーしているのとかがながれていて、見事に復活していた。それで帰ってくるとゴミ捨て場にくだんのUさんと役所のひとふたりが参集していたのでちょっとあいさつし、部屋にもどって買ってきたものを整理してから、またキレ散らかしたらよくないしなあとおもって、おせっかい半分、野次馬根性半分でチョコレートをもって介入に行ったのだけれど、あまり意味はなかった気がする。Uさんはここではべつにキレ散らかしておらず、むしろ腰の低いふるまいを見せていたし、話ももう終わりかけていたような雰囲気だったからだ。しかも役所のひとはチョコレート受け取ってくれなかった。わざわざ来てもらったんで、って言ったんだけど。なのでUさんにあげといた。
 役所のひとにとってははた迷惑だったはずなのでこう言っちゃなんだが、けっこう興味深いなあという感じで、このUさんがどういう人間なのかについてあたまのなかでいろいろ推測・分析したものの、それらをこまかく記す体力がまだないので、いずれ書くときが来たら書く。とりあえずファースト・コンタクトがこの日だったということを記録しておきたかったのだ。ポイントとしては、1. 善意の通じないひとかもしれない 2. このひとなりの正義感もないわけではなさそうだが、苦情を入れること自体に愉快的な楽しみをおぼえているのかもしれない 3. 大声で怒鳴ってキレ散らかすというふるまいは完全に我を忘れた激昂ではなく、といってすべて演技というわけでもなく、そういうふるまいをいままでたくさんやってきて慣れているため、あえて理性的なたがをゆるめてじぶんじしんを怒りにまかせるという自己操作ができるのではないか 4. 会話のなかで三度、じぶんのことを「クズでゴミ」と言っていた 5. 役所のひとに対してもこちらに対しても、礼が丁重で角度がぴしっと誰よりも深い 6. 総じて、クレーマー的に(社会道徳を少しはみ出したところで)生きるじぶんを自覚しつつなかばひらきなおっていて、つよいことばでの自己卑下や丁重なふるまいは保身的な手管なのではないか 7. 場合によってはいくらか厄介そうだが、ほんとうにやばい人間ではなさそう 8. 仮に敵意を持たれたとして、怒鳴られることはあっても、物理的な暴力に訴えてくるほどではなさそう といったところか。あとそうだ、9. 「日本人」もしくは「日本」(の美徳といわれるようなもの?)に多少こだわりがあるのかもしれない。


 Uさん: (……)さん。(……)号室の住人。じぶんの部屋は(……)なので、ちょうどいちばん遠い位置にあたる。じぶんで言っていたところでは、五〇歳は過ぎている。髪はやや薄くなっている。ひょろい。顔の彫りに骸骨的な印象がないではない。あまり中断なく続けざまによく喋るが、右手をちょっと上げて合図をすると、ことばを止めてこちらの言うことをひとまず聞く姿勢になる。酒をよく飲んでいるらしい。きょうの遭遇時はしらふだったと思う。かれによれば隣の(……)は女子大生が入っているらしい。この女性とはこちらも一、二度すれ違ったことがある。階段をやたらすばやく上り下りしているのがこのひとだと思う。おそらく(……)の学生である。それで体力が豊富なのか、あるいは急な階段の昇降を一種のトレーニングと思っているのかもしれない。(……)には七〇過ぎの「飲んだくれ」のじいさんが住んでいるということで、(……)さんはその下の(……)号室の住人に同情するような口ぶりだった。うるさいからみたいなことだったと思うのだが、こちらの観測範囲ではこの物件の住人は誰も特別うるさくはない。おそらくこのじいさんと思われるひとも何度か見かけたことがある。階段を上ってくるところに鉢合わせて、番をゆずったり(狭いのでひとりしか通れないのだ)。年末のよく晴れた日にアパートの入口あたりにいるのを路上から見かけたときがあったが、けっこう洒落た、鮮やかな緑色をはさんでややポップな色使いの上着を着ていた。あまり年寄りが着るようなタイプのそれではないのだが、わりと似合っていた印象。