散歩。三時三五分に外出。もはやジャケットを着る必要はない。この時刻でもまだまだあかるく、通りに日陰はあってもそこかしこにひかりもただよい、空も澄んでいる。アパートを出て路地を右に抜けると向かいへ。目のまえは駐車場、ここに駐車場があることをはじめて意識したが、数えてみれば七台分のスペースがあって、しかしいちばん左の一台分は中途半端で、路地に接して斜めに細くなっている。その駐車場は一軒のまえに面しており、じっさいには敷地の境となっている垣根が赤く染まって陽にかがやいているのが真っ先に目にはいったのだった。カナメモチというやつだとおもう。よく生け垣にされているこの植物の葉っぱが大量で真っ赤に照っているのをみるのは好きだ。かなり好きだといってもいい。のちほど、駅方面の裏路地をあるいていたあいだにも一軒、そこそこながい垣根をこれでつくっている家があって壮観で、右のほうは緑もみえて赤がまだ比較的あかるいいっぽう、左のほうはほとんど染まりつくし、赤味も右より熟したような重さをはらんだのが集まっていると色の合間に翳の質感がちょっと出ており、そこにひかりがかかって貼りつき真白くかがやいているのがもはや何色なのかよくわからないようなありさまだった。アパート近くのことにもどると、陽の射すなかを西に行き、T字の横断歩道を渡るとまた裏へ。風はあまりない。あっても微風。細道の左右は側溝の上をコンクリートがぴったり閉ざしており、それはそのまま端からちいさな段差をつくって家々の土地との境になっているが、その段差のもとに桜の花びらがたくさん片寄せられて散らばっており、門のうちにはいりこんでいるものもいくらかある。段差部分に生えている苔は辛子のような色に古く乾いて、コンクリートもこまかく削れてざらざらしている。抜けると前は車道。H通り。右にすこしずれて横断歩道。信号を待つ。正面の西空に太陽がまだ高くまぶしい。対岸は寺で、その住居部分の屋根の斜面、横線をいくつも引いて区切られた三角形がひかりを乗せてひたむきに白い。通りを渡るとそこからまた路地へ。さいしょの分かれ目を左に行けば寺の脇をとおって駅前につづく道で、駅前マンションの横に立っている桜木が、全貌はみえないが見通す視線にひっかかるほど道のほうまでひろげた枝に花をまとって揺れていた。折れず、直進。右にならぶ家々をあるきながら見上げてみれば、無地の壁というのは意外とすくなく、けっこうどこも模様がはいっている。模様といってもおおかた四角形のたぐいで、チェックだったり、レンガ積みを模したものだったり、単に横線を何本もかさねたものだったりするけれど、その上に電線の影がななめに走って映っているのはけっこういい風景だ。場所によっては電柱や街灯の先端までうつりこんで複雑さを添えており、実物の物体感より、宙に立ち上がった日なたのうえにそうして投影されている影の交錯のほうがなんとなくおもしろい。じきに踏切り。ちょうど電車が来ていたので待って渡り、カナメモチの一軒があったのはそれからまもなく。シャツだけでも暑いくらいの陽気で裏路地でもひかりはたくさんあってあかるいし、見るもの見るもの色彩があざやかで、そとをあるくのに気持ちのいい、目とこころと思念が勝手に浮き足立って幸福感に疲れてしまうような、すばらしい季節になってきたなとおもった。とちゅうで左折。二ブロック分すすむと、Rの裏手あたりに出る。渡らずにそのまま左折。この北側のほうが日なたになっているので。食事屋のたぐいがいくつかある横を行く。そのうち病院の駐車場が来る。脇の歩道には桜が立ち並んで遠目にも宙も地も白い。そのしたに車椅子を押す年かさの男性がおり、駐車場から出てくる車やこちらの横を過ぎて車道を行く車にたいしてことわりのように手をあげながら段差を越えて歩道に入る。押されているほうはよく見えなかったが真っ赤なカーディガンらしきものを羽織っており、白髪の女性のようだった。妻を手伝って散歩している連れ合いの図と見えた。こちらも歩道にさしかかって行けば足もとは桜花の破片が無数で、ピンクというよりはそれをふくみながらも紫にちかく見える色が白さのそこここに隣り合ったなかに黄色っぽく腐った濁りもままある。駐車場の縁の土の上もほとんど埋まっている。つづいてもうひとつ駐車場スペースがある。病院の管理棟の対岸にあたるが、そこの入り口に職員用とあるのをきょうはじめてみとめた。ここは職員用だったのか、とおもってあらためて見れば敷地もけっこう広く、車の台数がずいぶん多い。病院の規模をかんがえれば納得だけれど、これだけのひとが勤めているのか、とおもった。駅前マンションのまえを過ぎたあたりで道路を渡って向かいの歩道にうつると、そこは空き地の横で、菜の花が湧きかえるように群れており、いちばん高いところはこちらの背丈とちょうどならぶくらいに育っている。踏切り。なかにいるときにちょうど警報が鳴り出して、心臓に悪い。抜けて右手の道沿いに行き、ふたたびH通りに来て渡るとそのまままた裏へ。まっすぐ行く。抜けるとコンビニあたりに出る。高校生やら中学生が店から出てきて停めておいたチャリのところまで来る。その横を過ぎて曲がったところで目をあげ首を曲げて四囲の空を確認すると、西側がやはりつよくまばゆい無雲の水色だった。行きながらもう少し見てみると、東南方向にほんのすこしだけ、煙の残滓くらいの薄さの雲が浮かんでいたが、よく見なければ気づかないくらいだ。裏にはいって行き、アパートのある路地に来ると左折。公園前を行くことになる。のぞくと対岸の桜木を背景に子どもたちが一〇人弱、遊んでいて、空の青さと桜の白さとかれらかのじょらの服の色とがどれもあかるく、とりどりの衣服をとても一挙に把握できないが上にしろ下のジーンズにしろ青さが主に目にのこり、それぞれのからだが左右にゆっくり、砂を蹴る音を立てながら微妙な間合いで推移していく動きばかりに意識がいって、一〇人が色と動きになってしまったその数秒は、かれらかのじょらがなにをしていたのかも認知していなかったし、そうと気づいたときにはグループが分かれて滑り台に群がるものあり、上着のまえを両手につかんで左右にひろげながらうわーっと駆けていくものありで、さきほどなにをしていたのかはけっきょくよくわからなかった。子どもたちのいなくなった空間に桜の花弁がはらはら散ってながれていた。