2021/9/11, Sat.

 いっさいの〈もの〉の発見は、それが、存在することの時間という、この光――あるいは、この響き――のうちに挿入されることに依存している。〈もの〉はその質において発見されるが、その質は、時間的である体験のうちで発見されるのである。存在が示されること――存在が現象すること――は、時間から切りはなされえない。〔中略〕《感覚するものと感覚されるものとの共同行為》である感覚とは、体験の時間的な流れと、語によって指示される、存在者とできごとの同一性との両義性なのである(55/69)。
 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、197; 第Ⅱ部、第二章「時間と存在/感受性の次元」; 『存在するとはべつのしかたで』より)



  • 九時くらいに一度覚醒したがまた沈んでしまい、一一時まえに再度浮上。喉の全体やこめかみをよく揉んでやわらかくしてから離床。水場に行き、うがいや洗顔などしてくると瞑想。一一時一五分からはじめて三二分できりあげる。そとにはミンミンゼミやツクツクホウシがまだ一匹ずつくらい、かろうじてのこっていて、とおくでうすく鳴いているのが聞こえるが、それをのぞけば空気はしずかである。天候はまた曇りに寄って、暗くはないものの白さに変じている。
  • 食事は豚肉と卵を焼くなど。新聞、米同時テロから二〇年を機に安全保障関連の連載がはじまるらしく、自衛隊のいままでの国際協力を概観的に追った記事があった。二〇〇一年の事件があって小泉純一郎がブッシュのとなえた「テロとの戦い」を支持し、テロ対策特別措置法を成立させてインド洋で米艦に燃料補給、その後二〇〇三年になってイラク戦争がはじまったあとはサマワ自衛隊を派遣してしごとにあたったが、憲法九条の制約上このときは正当防衛的な武器使用しかみとめられず他国軍にまもってもらっていた、二〇一六年に安倍政権が安全保障関連法を制定したことでそのあたりの要件が緩和されて武装組織におそわれている邦人をたすけたりなどできるようになったが、受け入れ国の同意が必要などきびしい条件がのこっており、先のアフガニスタンでは空港外に出られず輸送しかできなかったため、自民党からは法改正の声が出ている、というようなはなしだ。
  • 母親が買い物に行くついでに送っていってくれるというのであまえることに。二時に出てくれと頼む。新聞からはあと、米国で従業員一〇〇人以上の企業にたいしてワクチン接種か毎週の検査と陰性証明の提出をもとめるというはなしがあった。拒否すれば罰金一五〇万円。バイデンは、ワクチン接種は個人の自由や選択の問題ではなく、じぶんや他者をまもるための公共的なことがらだ、みたいなことを述べたらしく、なかなか踏み切ったなという印象。反発も多いだろう。とりわけ米国となると。共和党はむろん批判しており、Twitterで、「まるで独裁国家のようだ」と非難したらしい。政府職員の接種は義務化。政府と取引やかかわりがある企業にも義務化をもとめると。
  • テレビのニュースには二〇〇一年九月一一日のテロから二〇年という報がうつしだされ、それを見た母親は、もう二〇年も経ったんだ、ともらして、あのときは(……)(兄)もオーストラリアに行ってて、お父さんもアメリカに行っててふたりともいなかった、みたいなことを言ったのだが、それは記憶ちがいではないかという気がする。兄はたしかに高校時代にオーストラリアにホームステイをしていたことがあるのだが、二〇〇一年九月だとこちらは一一歳、兄は五歳上だったはずだから一六歳で、高校一年だろう。ホームステイが高校一年だったかさだかでない。二年時ではなかったか? という気がするのだが。それにホームステイは夏休み中だったというから、だとすれば九月にはもう帰ってきていたのではないか。父親が当時アメリカにいたというのもたぶんまちがいで、たしかに父親も会社の出張だかなんだかで短期アメリカ(ハワイなどだったはず)に行っていた時期はあったものの、滞在中にテロが起こったということではなかったとおもう。渡米が二〇〇一年だったかどうかもさだかでない。母親の言い分には、記憶の物語化作用による事実の改竄がいくらか起こっているのではないかという気がするのだが。
  • もう二〇年も経ったんだと印象深そうにもらした母親はしかし事件そのものにはひどい出来事だったという以上とりたてて関心はないとおもわれ、彼女にあって同時テロはただ二〇年というおおきな時間の経過を確認させる指標としてのみ機能したようで、二〇年だから生まれた子どもが成人するくらい、もうそんなに経ったのか、とつづけたあとそこから、八〇歳まで生きるとしてあと二〇年もあるでしょ、それなのに山梨に行ったり畑やったりばっかりで、といつものごとく、再就職しない父親への不満につながった。すごい。あらゆる物事や情報や言説が最終的にそこへとつうじてゆく。飛躍をおりおりはらんだその論理や意味のうごきは、隙間がありさえすればどんなほそいそれでも見出しはいっていける水のようでもあり、『テニスの王子様』にいわゆる「手塚ゾーン」のごとき強烈な引力の磁場が発生しているようでもある。
  • 風呂を洗って茶とともに帰室。きょうのことをここまで記して一時。二時には出るので猶予はない。
  • 母親に送ってもらった。勤務。(……)
  • (……)
  • 退勤まえに携帯を見ると、母親が、帰りが七時くらいになりそうだから拾うよとメールを送ってきており、時刻はちょうど七時ごろだった。メールを送っても返事がこないので、出て駅にはいったところで電話をかけると、出なかったがすぐに折り返しがきて、いま(……)だという。ふつうに電車で帰りたかったし、待ち時間もさほどなかったので、電車がわりとちょうどいいからそれで帰ると告げ、改札内へ。たしかすでに(……)行きが来ていたのではなかったか。それかホームにあがってすぐに来たはず。乗りこんで着席し、瞑目して心身をやすめる。最寄りで降りて帰路へ。前方、ホームからのぼる階段に、小さめのキャリーケースみたいなものを片手に持ち、左手は手すりをつかみながらからだの横、後方でケースをようやっとひきあげて一段一段のろのろと難儀そうにあがっていく老人がおり、このひとはたぶんこのあいだ持ちましょうかと声をかけたひとだなと見分けられたのだが、そのときことわられたので、迷いながらもきょうは声をかけず、無言で横を抜かしていった。
  • 帰宅後は特段のこともなし。(……)

2021/9/10, Fri.

 1 いっさいの存在者は、それが存在者であるかぎりでは、〈なにものか〉としての同一性 [﹅3] をそなえたものとしてあらわれる。そのときどきの射映が揺らぎ、対象のアスペクトが変位し、イマージュが移ろったとしても、そのおなじ [﹅3] 〈あるもの〉は変容しない。
 存在者がそれ [﹅2] としてあらわれる同一性が、一般に意味 [﹅2] と呼ばれる。存在者の意味は揺らぎとことなりを、また時間の隔たりをとりあえず超えている。〈語られたこと〉としての意味は、かくてひとつのイデアリテ [﹅5] (理念性)なのである。
 「存在のあらわれ」からは、「諸構造の整序」が、「同時性、すなわち共 - 現前」が切りはなしえない。存在があらわれるということは、存在者がおなじ〈あるもの〉として、意味において経験されることであり、意味とは現在を再 - 現前として構成しながら、諸構造を同時性 [﹅3] のなかで形成するものであるからである。そこでは「主体」が「散逸」を「現在にあって、同時性において修復する」(209/243)。つまり、さまざまに現出するあらわれが、おなじもの [﹅5] のあらわれとして、現在にあって統合される。――だが、修復 [﹅2] されるということばは、かえってあらかじめ在る [﹅7] 破れ目をしめしてはいないだろうか。そもそも、時の散逸 [﹅2] を主体がすべて集約し修復するなどということがありうるのであろうか。
 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、194; 第Ⅱ部、第二章「時間と存在/感受性の次元」)



  • 一〇時一八分に起床。いつもより一時間ほどはやく起きられてよろしい。ひさしぶりに青い空と陽の色が見える朝である。水場に行ってきてから瞑想をした。一〇回くらい息を吐ききる深呼吸をしてから静止。ミンミンゼミがとおくでまだすこし鳴いて、秋虫の音と共存している。からだの左側、腕のあたりには窓のほうからただよってくる暖気がすこしかんじられ、きょうはひさしぶりに気温が高くなりそうだ。
  • 食事はハムエッグを焼いた。新聞、きのうにつづいて社会面に「虚実のはざま」。ひきつづきコロナウイルスにまつわる陰謀論についてで、三人の例が紹介されていたはず。ひとりは居酒屋をいとなんでいるひと、ひとりは二〇一九年にゲストハウスをはじめたひと、あとひとりはわすれた。ふたりだけだったかもしれない。居酒屋の店主はコロナウイルスで店を閉めているあいだに客がはなれてしまい、再開してもふるわず、賃料も重くのしかかって、店をつづけられないなら生きている甲斐がないとまでおもいつめたところに妻がネット上で見つけた言説を見せてきて、それを信じるようになったと。いわく、コロナウイルスは富裕層がもくろんだ事件で、小規模自営業をつぶして金を吸い上げるためにやっている、と。それでいまは感染対策お断りという状態で営業しており、批判もされるがそれでとおくから来てくれるひともいるという。ゲストハウスのひとも詳細はわすれたが、二〇一九年に営業をはじめてすぐにウイルス状況になったので、なんでこんなことになったのか? と疑念をいだきネット上を探索して陰謀論的言説を発見した、というはなしだったはず。きのうの記事を読んだときも陰謀論というのはひとつには心理的・実存的問題であるという従来からのかんがえを再生産したが、きょうの記事はそれをはっきりと強調するような仕立てかたになっており、ひとはじぶんのちからではどうにもならない不安な状況におちいると極端な言説を信じやすくなるとか、疎外感をかんじているひとのほうが陰謀論を信じる傾向がつよい、という研究結果が述べられていた。コメントを寄せていた識者も臨床心理学のひとで、陰謀論心理的要因や社会的要因などさまざまな要素が複雑にからみあってなりたっているもので、単にただしいことを言えば是正されるものではない、というようなことを言っていた。むしろ正論をさしむけることで、あいてをよりかたくなにして、じぶんの見地に執着させ過激化させるおそれすらあるわけだ。おおきな不安のなかにあると極端なかんがえに飛びつきやすくなるというのは、けっきょくひとは意味のないことに耐えられないということだとおもわれ、今回のようなウイルスの蔓延だとか、地震のような自然災害におそわれたとき、それがなんの人間的な意味もなく自然発生的に起こったという事実とじぶんの不幸を釣り合わせることができないので、そのあいだの齟齬を解消するためにひとは事態になんらかの意味づけをする。人間は不幸であることじたいよりも、その不幸に意味がないということにこそ耐えられないのだろう。そこに現世的な主体が想定されれば、世のどこかに「黒幕」がいて状況をしくみ、あやつっているのだ、というかんがえになる。宗教者だったら神の罰だとかんがえるかもしれない(ユダヤ一神教はバビロン捕囚という災禍を全能たるヤハウェの罰だとかんがえることで唯一神教として確立したのだし、ショアーですら神が信者にくだした罰だとかんがえた宗教者の囚人は多くいたはずだ)。人間社会の範囲はともかくとして、いわゆる「自然」とか、この世界そのものの成り立ちとか存在には最終的なところでなんの根拠も意味も必然もなく、根源的に不確かであるというのが現実なのだとおもうし、それを前提として受け入れながら生きるというのが仏教でいう無常観念なのだとじぶんはおもっているのだけれど(さらには、そういう所与の意味体系が崩壊していわば世界の非 - 絶対性が露呈された地点から、みずから積極的に意味体系を構築しなおしていくというのが、いわゆる能動的ニヒリズムと呼ばれる姿勢だとも理解しているのだけれど)、そういうかんがえになじめなかったり、気づいていなかったり、それを実感させるような体験をしたことがないひとはその無意味さにとどまって耐えることができず、不安を埋め合わせるためにわかりやすくお手軽な意味づけをもとめてじぶんを安心させようとする。そのひとつの受け皿やよりどころとなっているのが陰謀論的言説なのだろう。それがすべてではないだろうが、そういう側面はたしかにあるはずだ。
  • 三人目の例のことをおもいだしたが、このひとはたしか五〇代の人間で、いままでの人生でひととかかわることが苦手だったといい、やはり承認をもとめて陰謀論的活動にコミットしはじめた、というようなことがかたられていた。ビラをつくってくばったりとかもやっているようだが、「こういうかたちでしかひととつながることができない」という本人の述懐があった。しかし、ひとが承認をもとめるのは自然としても、さまざまな場のなかからなぜよりにもよって陰謀論的コミュニティをえらんだのか? という疑問は解が不明瞭なものである。いわゆる陰謀論者、陰謀論的言説を支持するひとびと、あるいは過去にそれを信じていたひとびと、こういうひとたちにたいする聞き取り調査をして、みずからの世界観や信念や物語や具体的経緯をかたってもらい、それらナラティヴを集積して資料体をつくるという研究は重要なものだろう。もうある程度やっているひともいるだろうとおもうが。
  • 皿をかたづけ、風呂洗い。風呂場にはいると浴槽の縁、窓のしたの壁のきわで浴槽の上辺と壁がつながっているところにナメクジが一匹いたので、ナメクジがいるわと母親におしえた。浴槽の蓋を取ってそのまま排水溝にながせばよかろうとおもっていたのだが、台紙みたいなものを持ってきた母親が、かわいそうじゃんと言って、その紙で取ってそとに捨てるようもとめたので、そのようにした。しかし、母親がそうしようとしたのは、畜生をあわれむ殊勝なこころからというよりは、排水溝にながすとなんとなくまたあらわれてきそうで嫌だ、という心理があったのではないかという気もするのだが。ナメクジはぬるぬるしていてなかなか紙ですくいとれなかったのだが、ついに乗せることに成功して窓から捨てようとすると、もっととおくにやりたいというわけで母親が紙をうけとり、勝手口からそとに出していた。けっきょくちかくのコンクリートのうえに落ちてしまった、と言っていたが。
  • 茶をつくって帰室し、きょうのことをここまでつづって一二時四二分。はやめに起きたので猶予があってよろしい。やはり瞑想とストレッチだ。心身をととのえることこそが最重要だ。
  • いま三時半すぎ。2020/9/10, Thu.の日記をブログで読みかえした。一年前はふつうに地名もさらしているし、職場内でのできごとも固有名詞は伏せながらも公開していて、読むひとが読めばふつうにじぶんがだれだかわかるし、関係者ならむろん伏せられている人物がだれなのかもわかる。これはまずい。バレたらクビですわ。この日は一時半まで床にとどまってしまい、やはりもうすこし「規則正しい」生活をしなければと漏らしているが、一年後のいまもあまり変わってはいない。起床が正午をすぎるということはあまりなくなった気はするが。睡眠時間もだいたい七時間台かそれ以下におさまっているはず。この一年前においてはセルトラリンをまだ服用していた。一週間ぶりというが。このあともう医者に行かなくなったか、行ったとしても一回だけだったはずで、(……)先生にはながく世話になったし菓子折りを持ってお礼にでむこうとおもっていたのだけれど、コロナウイルスの騒ぎがふたたびおおきくなってきたり、面倒くさかったりでけっきょく行かないままになってしまった。いまさら行ってもなあ、とおもうので、すまないが礼はつたえない。
  • 夕刊の音楽面で碧海祐人という名を知っている。石若駿が参加していると。メモしただけでけっきょく触れていないので、聞いてみたい。
  • その後歯磨きをしつつ、2020/9/11, Fri.もつづけて読んだ。(……)さんの『双生』の仮原稿を読んで感想をいくらかつづっている。まあまあの書きぶり。

(……)「波のまにまに接近するそのひとときを見極めて勇敢な跳躍を試みる腕白ややんちゃも少なからずいたが、せいぜいが三つ四つ続けば上出来という中で仮に七つ八つと立て続けに成功することがあったとしてもどこに辿り着くわけでもないという現実の困難に直面すれば、その意気も阻喪せざるを得ず、慣れない夜更かしに疲れた者から順に、或る者は女中におぶられて、或る者は年長者に手を引かれた二人揃っての格好で、耳を澄ませば自ずと蘇る賑わいをこの夜ばかりの子守唄とする寝床の敷かれた自宅へと去っていった」の一文に含まれた「耳を澄ませば自ずと蘇る賑わいをこの夜ばかりの子守唄とする(寝床)」という修飾がなんか気になった。挿入感が強いというか、英語を読んでいるときに関係代名詞のいわゆる非制限用法で長めの情報が差しこまれているのに行き逢ったときと似たような感覚を得た気がするのだが、ただべつにこの箇所は後置されているわけではない。「耳を澄ませば自ずと蘇る」という言い方で、子どもたちが寝床に就いたあとの時間を先取りし、なおかつその時点から(「蘇る」と言われているとおり)過去を想起する動きまでも取りこんでいる往復感が、英語で挿入句と主文を行き来するときの迂回感に似ていたということだろうか。

     *

「分かつ力のゆく果てに待ち受けていた神隠しだった。傷口ですら一晩のうちに揃いのものとする妖しい宿縁を有する子らともなれば、失踪に続く失踪などありえぬと見なす根拠のほうこそむしろ薄弱であったかもしれない」という言い方はちょっと奇妙だというか、語り手の立ち位置に困惑させられるところだ。この話者はいったい誰の視点と一体化(あるいは近接)しているのだろうか? と感じさせるということで、いわゆる「神の視点」と言ってしまえば話はそれまでなのだが、事態はそう単純でもないだろう。このすぐあとで明らかになるが、死んだ祖父を送る小舟に乗って運ばれていった双子の片割れは、その失踪に気づかれないのでもなく忘れ去られるのでもなく、その存在がもとからこの世界になかったかのように失われるのだから、家の者や町の人々はそもそも「神隠し」を認識していないというか、端的に彼らにとってそんなことは起こっていないわけで、したがって「失踪に続く失踪」について「根拠」をうんぬん判断できるわけがない。ところが上記の文では双子が「子ら」と呼ばれているように、この視点の持ち主は双子が双子であったことを知っているし、「妖しい宿縁を有する」という風に彼らをまとめて外側から指示しながらその性質について形容してもいる。「神隠し」が起こったことを知っているのは残されたほうの「片割れ」である「彼」か、あるいはこの物語をここまで読んできた読者以外には存在しない。そして「彼」自身が自分たちを「妖しい宿縁を有する子ら」として捉えることはなさそうだから、話者はこの部分で明らかに(純然たる)読者の視点を召喚しているように思われる。「失踪に続く失踪などありえぬと見なす根拠のほうこそむしろ薄弱であったかもしれない」という言葉は、その身に降りかかる運命をまるごと共有する双子において、第一の失踪に続いて第二の失踪が起こるに決まっているという読み手の予測に対して向けられた牽制のようにも感じられる。

とはいえ、この物語の主人公の座はここに至って明確に「彼」ひとりに集束させられている。したがって、片割れの運命を追って「彼」までもがこの世から「失踪」してしまっては、作品はすぐさま終わりを迎えてしまうということに読者もすぐさま気づくだろう。だからわざわざ先回りして読み手の予測に釘を刺す必要はないような気もするのだが、そう考えてくるとこの一文はむしろ、読者というよりも、この物語の文を書き綴る作者(語り手や話者ではなく、作者)の手の(そして思考の)動きの跡のようにも感じられてくる。つまり、作品のこれまでの部分にみずから書きつけて提示した「運命を共有 - 反復する双子」というモチーフの支配力、みずからが書きつけたことによって力を持ってしまった物語そのものの論理に書き手自身が抵抗し、そこから逃れてべつの方向に進むための格闘の痕跡のようにも見えてくるということだ。たぶんのちほど下でも多少触れるのではないかと思うが、(……)さん自身もブログに記していたとおり(『双生』は、「ここ数日ずっと『金太郎飴』を読んでいたために磯崎憲一郎的な文学観にたっぷり染まっていたはずであるにもかかわらず、それをしゃらくせえとばかりにはねつけるだけの強さをしっかりもっている」)、テクストや物語に対してあくまで対峙的な闘争を仕掛けるというこうした姿勢を、保坂和志 - 磯崎憲一郎的な作法(それは物語に対して「闘争」するというよりは、「逃走」することに近いものではないだろうか)に対する身ぶりとしての批評と理解することもできるのかもしれない。もっとも、保坂 - 磯崎路線もまたべつの仕方で物語と「闘争」していると言っても良いのだろうし、それを「逃走」的と呼べるとしても、物語から逃れようとしたその先で彼らは今度は「小説」と「闘争」している、ということになるのかもしれないが。

語り手の位置の話にもどって先にそれに関してひとつ触れておくと、「日射しの下に立つときには必ず赤地に白抜きで蔓草模様の散りばめられているスカーフを頬被りする習慣のためにか、未だ大福のように白く清潔に保たれているその肌の瑞々しさばかりは生娘らしく透き通っていたものの、盛り上がった頬骨の縁に沿って落ちていく法令線は、微笑ひとつ湛えぬその面にも関わらず指で強くなぞられた直後のようにくっきりと跡づけられていた」という箇所でも話者の立場が気になった。「日射しの下に立つときには必ず赤地に白抜きで蔓草模様の散りばめられているスカーフを頬被りする習慣」という一節のことだが、この文が書きつけられているのはフランチスカが二年ぶりに「彼」の前に現れて二度目の邂逅を果たしたその瞬間であり、そしてこの場面には「彼」とフランチスカの二人しか存在していない。フランチスカは「彼」の妻候補として二年前に三日間、屋敷に滞在したが、言葉も通じない「彼」と仲を深めたわけでもないし、そもそも「その間フランチスカと彼は一語たりとも言葉を交わさなかった」し、記述からして二人が一緒に出歩く機会があったわけでもなさそうなので、「彼」がフランチスカの「習慣」を知ることができたとは思われない。したがって、ここで話者は明らかに「彼」の視点とその知識を超えており、語り手固有の立場についている。この作品の話者は基本的に物語内の人物にわりと近く添って語りを進めるように思うのだけれど、ところどころで誰のものでもないような視点にふっと浮かび上がることがある。それをいわゆる「神の視点」と呼ぶのが物語理論におけるもっとも一般的な理解の仕方だと思うのだが、そんな言葉を発してみたところで具体的には何の説明にもなっていないことは明白で、とりわけこの作品だったら語り手は(全知全能か、それに近いものとしての)偏在的な「神」などではなく、ときにみずから問いを発してそれに答えたり答えなかったりもしてみせるのだから、語り手としての独自の〈厚み〉のようなものを明確にそなえている。それを「神」と呼ぶならば、欠陥を抱えた「神」とでも言うべきだろう。

     *

今日のところまで『双生』を読んできてこちらに際立って感じられたのは端的に語りの卓越性であり、物事を提示する順序、情報の配置によって生み出される展開の整え方がうまく、ひとつの場面をどこまで語っておいてあとでどこから語り直すかというようなバランスが優れており、全体に物語が通り一遍でない動き方で、しかしきわめてなめらかに流れている。象徴的な意味の領域にも色々と仕掛けが施されているのだと思うけれど、それを措いても単純に物語としての面白さが強く確保されているということで、起こる出来事もそれ自体として面白いし、ごく素朴に次はどうなるのだろうと思わせて誘惑する魅力が充分にある。上にも言及したけれど、文体の面でも語りの面でも意味の面でもきちんと作品を作りこんでいこう、しっかり成型して道を整えていこうというこの姿勢は、磯崎憲一郎的な文学観、つまり言語(テクスト)自体の持つ自走性に同化的に従おうとするというか、すくなくともそれをなるべく引き寄せていこうというようなやり方に強力に対抗しているのではないか。磯崎憲一郎(ならびに保坂和志)は、作者(人間)よりも小説そのもののほうが全然偉くて大きい、みたいなことを言っていた記憶があり、それもまあもちろんわかるのだけれど、『双生』はあくまで人間主体として小説作品に対峙し、交渉し、できるところまで格闘しようというような、高度に政治的とも思えるような実直さが感じられる。(……)

  • あと、例のごとく出勤路の描写があるのだけれど、ここが正直かなりうまいというか、なんか文が相当ながれている感覚があって、いや、俺、うまいな、とおもった。べつにそんなに大した表現ではなく、ふつうの文といえばそうなのだが、音律やこまかいことばえらびや意味のつらねかたがととのっているようにおもわれ、かたくもならず弛緩もせずにとにかくなめらかにながれている、という感覚をえた。一年前のじぶんの書きぶりがどんなかんじだったかおぼえていないのだが、けっこう苦心して丁寧に書いたのかもしれないけれど、そうだとしてそれをうかがわせず、さっとかるく書いたような、熟練めいたスムーズさがある。脱帽した。いじょうの評言は主にうえの引用についてで、したのほうはそうでもないが、ついでにこれもつけたしておく。

(……)玄関を抜けた瞬間から風が走って隣の敷地の旗が大きく軟体化しており、道に出ても林の内から響きが膨らんで、その上に秋虫の声が鮮やかともいうべき明瞭さでかぶさり曇りなく騒ぎ立てていて、歩くあいだに身体の周囲どの方向からも音響が降りそそいで迫ってくる。坂の入口に至って樹々が近くなれば、苛烈さすら一抹感じさせるような振動量を呈し、硬いようなざらついた震えで頭に触れてきた。

もはや七時で陽のなごりなどむろんなく、空は雲がかりのなかに場所によっては青味がひらいて星も光を散らしているが、普通に暑くて余裕で汗が湧き、特に首のうしろに熱が固まる。髪を切っておらず、襟足が雑駁に伸び放題だからだろう。駅に着いてホームに入ると蛍光灯に惹かれた羽虫らがおびただしくそこら中を飛び回っており、明かりのそばに張られた蜘蛛の巣など、羽虫が無数に捕らえられてほとんど一枚の布と化しているくらいだった。

  • 一年前の日記を二日分読むと、上階に行って制汗剤シートでからだを拭いた。きょうはやはり気温が高めで、ひさしぶりに窓を閉めていると暑いくらいの空気であり、そこに茶など飲んだものだからとうぜん腋が汗で濡れた。洗面所で髪の毛も多少梳き、もどってくると瞑想。四時二八分から五一分くらいまで。かなりよろしい。やはり静止だ。あたまではなにをかんがえてもおもってもかんじてもよく、精神の方向はどうであろうと自由だが、からだはしずかに座ってとまっていなければならない。というか、その非行動性ができていればあとはなんでもよろしい。瞑想をしているときの状態を言語であらわすと、「座って動かずただじっとしている」という言述に尽きる。身体の状態としてこれいがいの要素、この外部がないというのが瞑想ということである。道元のいわゆる「只管打坐」もそういうことではないかとおもうのだけれど。只管打坐というと、曹洞宗とか坐禅にまつわる修行のイメージがつきまとうから、ただひたすらに、一心に、という勤勉さとか熱情の意味合いがいままでなんとなくふくまれていたのだけれど、そうではなくて、ただ座る、単に座っているだけ、という、そういう意味合いでの「ただ」なのではないか。只管は「ひたすら」の意らしいが、ひとつのことや一方向に脇目も振らずひたすらに集中する、という意識のありかたと、瞑想や坐禅をやっているときのじっさいのありかたとはちがうとおもう。たとえば呼吸を操作して意識するような一点集中型の方式もむろんあって、それは仏教においてサマタと呼ばれるが、ヴィパッサナーをめざす立場からすれば(そして仏陀以来、仏教の根本目標やその瞑想における本義はヴィパッサナーのはずである)それはあくまで通過点であり、自転車に乗れるようになるための補助輪のようなものにすぎないはずである。瞑想をしているときの集中のありかた(それを集中と呼べるのだとすれば)は、語義矛盾のようだが拡散的な集中というべきものであり、一字変えて拡張的と言ってもよく、また回遊的なものでもある。そこで意識や精神は開放的・解放的で自由である。たいして身体はほぼ不動にとどまりつづける。精神がいくら自由だといっても、それがあまりに散乱しすぎて困惑を呼び、動揺をきたしては害となる。だから精神がいくら拡散的に遊泳してもそれを最終的につなぎとめる一点がどこかに必要となり、それが不動の身体と呼吸の感覚であるとかんがえればわかりやすい。実態として、また仏教の正式なかんがえかたとしてそれがただしいのかはわからないが。ただそうかんがえると、一点集中型のサマタ瞑想は、そういう楔としての身体感覚をまずある程度つくって得るためのものだと想定することができる。おそらくたいていの人間はもともと精神がかなりとっちらかっていておちつきがないため、さいしょからふつうにヴィパッサナーをこころみると、とっちらかっている精神をさらに拡散させてしまうことになりがちなのではないか。そこからはさまざまな精神的害が生じてくる。精神疾患をわずらっているひとは瞑想をやらないほうがいいと警告されるのは、ひとつにはそういう事情があるだろう。まずある程度意識の動揺をおさえ、またそれに耐えるちからを身につけてはじめて拡散型に移行できるわけである。
  • 作: 「旅立ちを言祝ぐ空の青さとは記憶は無窮であるその証明」
  • いま午前二時まえ。うえにあらためてメモした碧海祐人(おおみまさと)の『逃避行の窓』というやつをAmazon Musicでながしながら三日の記事に書抜きをしている。メロウそのものという音楽で、もちろん好きではある。三曲目までのあいだでも、ceroをおもわせる瞬間が何度かあった。おおまかなくくりとしては同路線と言ってもまあ言えないことはないだろう。いや、もっとはっきり、だいぶ似ていると言ってしまって良いのかもしれない。聞きすすめるうちに、だいたいおなじではないか? という印象になってきた。音作りとかこまかい部分ではいろいろちがうとおもうが、演奏とか曲というより、声とうたいかたを聞いていて連想することが多い。声色と、ファルセットの質とかときおりの発音・発声が似ている気がする。
  • それにしても、ceroの『POLY LIFE MULTI SOUL』ってなかなかすごいな、とあらためておもった。あの曲やメロディのつくり、歌詞の乗せ方というのは。あれをメジャーでやって、ひろく受け入れられている(のだとおもうが)のはすごい気がする。
  • 碧海祐人『夜光雲』をつづけてながしたが、冒頭の"眷恋"だけ聞いてみても、こちらはceroとはちがう色が出ているとおもう。こちらのほうがじぶんとしては好きかもしれない。二曲目まで聞くと、ceroよりコードの色がはっきりしていてカラフルな印象。いや、"Orphans"とかをかんがえれば、あまりちがわないのかもしれないが。
  • その後、Obed Calvaire, Bob Franceschini, Kevin Hayes & Orlando le Fleming『Whole Lotta Love: The Music of Led Zeppelin』。先日、Ari HoenigとかMike MorenoとかがPink Floydの『Dark Side of the Moon』を全曲カバーしたアルバムを聞いていて、そのさいに発売元であるChesky Recordsのサイトを見ていたときにこのLed Zeppelinのカバー作が出たことを知った。いざながしてみるとしかし、わざわざこのメンツでLed Zeppelinをこういうふうにやる必然性があるのだろうかという疑問が湧く。わりと原曲に忠実というか、元曲をそのままジャズ演奏にしたようなかんじなのだけれど、演奏じたいはこの四人だから悪くなりようがないとはいえ、楽曲とか構成とか総合的な音楽として、うーん、とかんじてしまう。ありていにいって、ふつうの純ジャズじゃん、と。Led Zeppelinをそのままふつうの純ジャズにしてもなあ、とおもうし、この四人ならなおさら、もっと大胆でおもしろいことがいくらでもできたのでは? とおもう。そもそもなぜこの四人でZeppelinをやろうというはなしになったのかがわからないし、音を聞いても、彼らがわざわざそうする必然性がぜんぜん見えてこない。本人たちが好きでやりたかったのだというならそれまでだが。
  • 往路。(……)さんに遭遇。家を出て西にあるいている道のとちゅうで。顔が視認できずすがたもまだまだちいさいとおくから見ても、あるきかたのかんじからしておそらく(……)さんだな、とわかった。ちょっとたちばなし。きのうも駅のまわりをあるいてましたよね? と聞き(ホームから見かけたのだ)、お元気そうで、と笑いをむけたが、本人はそれを肯定するでもなく、めだった反応は見せずにむっつりしてうーん、みたいなようすでいる。もともとこのひとは顔がいかつく、あたまのかたちも四角く角張っているようで、まあ言ってみれば目がほそいイシツブテみたいなかんじで、仁王像とはちょっとちがうがある種の仏像なんかにありそうな顔立ちをしている。しかし、片手に杖をつきながらではあるが、スニーカーを履いて(毎日ではないかもしれないが)夕べごとにあるいているのだから、まだ気力はあるわけだ。これから行って、何時まで? と聞くので、きょうはさいごまでなんで……遅いと、一一時くらいになっちゃいますね、とこたえた。その後も二、三、かわして、じゃあ、お気をつけて、とさきにすすもうとすると、ありがとうございます、と丁寧な礼をかえしてくるのは律儀で、がんばって、と言われたのにこちらも礼のことばで受けた。
  • 空は雲もいくらかなごっているものの大方水色に淡く、道の正面奥、西の際では梢や家並みにかくれながら下端の境界線をまたいだ雲が茜の色をほのかに発しているようだった。坂道をのぼって駅へ。階段から見るに西空は弱い稲妻の残影みたいなすこしジグザグした薄雲がしるされていて、これも落日のオレンジをかそけくもふくんでおり、ホームにはいってベンチについてからまた見やれば、先払いめいたそのほそい突出はからだいっぱい青く染まったおおきな母体雲からカタツムリの触角めいてのびだしたものだった。ベストを身につけては暑いだろうとわかっていたが、この時期になってまたワイシャツだけにもどるのもなんとなくなじめず、羽織りとネクタイをよそおってきたので、上り坂をこえてきたからだはとうぜん暑くて汗をかいていた。ベンチにすわってじっとしながら風を身に受けて汗をなだめる。

2021/9/9, Thu.

 現にある [﹅4] 〈もの〉は、やがて過ぎ去って [﹅5] ゆく。建物はほどなく朽ち果て、樹々は倒れ、石すらも風化する。いっさいは消滅する。時々刻々と同一性を喪失してゆく。すべての〈もの〉がやがてそこへと消滅してゆく次元を(『全体性と無限』のレヴィナスにならっ(end189)て「始原的なもの」と呼ぶとすれば、「〈もの〉の〈始原的なもの〉への回帰はとどまるところがない [註99] 」。始原的なものは「ある [﹅2] 」の次元と接している [註100] 。名のあるものは無名 [﹅2] と接し、なまえの同一性が覆いをかけてしまう〈もの〉は、ほんらい脆くはかない。――おなじもの [﹅5] にたいしてなまえがあたえられる、ととりあえずはかたっておいた。だが、おなじでありつづける〈もの〉はなにひとつなく、むしろなまえがあたえられた〈もの〉が(あるいみで不可思議 [﹅4] にも)おなじ [﹅3] ものであると見なされる。であるとすれば、なまえとはなに [﹅2] にたいしてあたえられたことになるのであろうか。
 すこしだけ現象学的なことばで考えなおしてみよう。感覚的次元であたえられる存在者は、その剝き出しのあたえられかた、直接の所与性においては、感覚の時間的な散逸、「アスペクトとイマージュの散乱、射映ないし位相の散乱」(前項の引用)でありうる。つぎつぎと過ぎ去り、消えてゆくそのイマージュ [﹅5] 、あるいは刻々と変容してゆく対象の射映 [﹅2] は、無名のもの、なまえをもたない位相 [﹅2] でありうる。じっさい、移ろいゆく見えすがたや、過ぎ去ってゆく微かな音、あえかな肌ざわりのひとつひとつに命名し、呼び名をあたえることができるだろうか。それらはすべて名もなく散乱 [﹅2] し、散逸 [﹅2] しうる。
 にもかかわらず、「〈語られたこと〉と相関的な [﹅4] 〈語ること〉」、つまり繰りかえし使用され、反復可能な語、さしあたりは名詞としてのことばが、《なにものか》を名ざしてゆく。そのなにものか [﹅5] 、あるいはあるもの [﹅4] が、過ぎ去ることをおし止められて、「意味」をあ(end190)たえられ「現在のうちに固定されて」ゆくのである。だからそのあるもの [﹅4] 、現在において同一的と見なされるものは、そのつどあたえられる位相とは時々刻々ずれて [﹅3] ゆくのだ。なにものかを固定化し、それに意味をあたえることは、そのなにものか [﹅5] にたいして隔たりを供給することである。〈語られたこと〉、さしあたりは名詞の体系としてのことば [﹅3] が、「かくして〈あるもの〉を時間の移ろいから引き剝がす」。「現在」のうちで固定することはすでに、現に在るものを「再 - 現前化してゆく」ことにほかならない(65/80)。――これはきわめて「不可思議な操作」、「ことばのうちにある図式」(前項の引用)の、みごとな詐術 [﹅6] であるといわなければならないはずである。というのも、この「存在することのふるまい」、「存在 [﹅2] における所有 [﹅2] のモメント」にあっては、「未知のもの」は「あらかじめ開示された」ものとして、おしなべて「既知のもの」へと「紛れて」ゆくことになり、ほかならない現在があらかじめある過去と化してゆくことになるからである(157/186)。
 存在者の意味が構成されるにさいしては、かくて、記憶としての時間と、〈語られたこと〉としてのことばが関与している。風雨に曝され、僅かずつではあれ摩滅しつづけてゆくヴェルサイユ宮殿のかわらぬ「存続」は「記憶」のうちにあってのみ「可能」である [註101] 。揺らめいている炎のかたちを、吹きすぎる風のにおいを、ことばだけが現在にとどめる。存在者の意味を構成し、「異質なもの」をとりまとめる「同一性」、あるもの [﹅4] としての、存在者の意味の背後には、そして、《私は考える》(je pense)という「普遍的思(end191)考」が、〈述語づけられるもの〉、つまりカテゴリーをになう統覚があるのである [註102] 。
 超越論的統覚はカントにあっても、意識と存在との一種独特な統一であった。〈私は考える〉(ich denke)という命題は〈私は存在する〉という命題をふくみ、コギトとしての私じしんにおいては意識と存在とが同一である [註103] 。そのような私にとってあらわれるものは、すくなくともその現象の形式 [﹅2] においては私にたいしてあらかじめ [﹅5] 知られている。そこでは、経験一般が可能となる条件は、同時に経験の諸対象そのものが可能となる条件にほかならない [註104] 。かくして、レヴィナスは書く。

 真理とは再発見であり、召喚、想起であり、統覚の統一性のもとでの再統一である。時間の休止と再把持の緊張であり、断絶もなく、連続性の切れ目もない、弛緩と緊張なのである。それはしかし、現在からの純粋な隔たりではなく、まさに再 - 現前化である。つまり、真理の現在がすでにそこにあり [﹅2] 、あるいはなおもある [﹅5] ような、隔たりなのである。再 - 現前化とは、その《一度目》が二度目であるような、現在の再開であり、忘却と期待、おもいでと投企とのあいだの、過去把持であり未来把持である。想起である時間と、時間である想起――それが、意識と存在することの統一なのである(51/65 f.)(end192)

 あらかじめ意味 [﹅2] において知られているものが経験されるかぎり、存在者の露呈、「真理」とは「召喚」、すなわち過去の、すでに在るもののよびもどしにほかならない。存在者が意味として [﹅5] 「再 - 現前化」されるなら、《一度目》はつねに・すでに「二度目」である。「想起」が、かくて「意識と存在することの統一」となる。
 そのつど「再発見」であるような「発 - 見」(dé-couverte)とは、存在になにかを付加 [﹅2] することではなく、むしろ「存在の現成」である(52 n.1/333)。「散乱をひとつの現在へと集約する」意識(257/300)は、こうして同時になにほどかは「記憶をそなえた主体、つまり歴史家として」ふるまっていることになる(209/243)(前章参照)。
 とはいえ、このような「存在の自己じしんへの現出」には、「存在における分離」がふくまれている。時間とは「同一的なものがみずからとの関係で有する驚くべき隔たり」であり、「瞬間の位相差」(déphasage de l'instant)こそが「時間の時間化」でもあるからである(51/65)。時間そのもののうちに、回収と散乱 [﹅2] が、同一性と差異 [﹅2] が孕まれている。つまり、存在者に綻びをもたらし、〈語られたこと〉を撤回するようななりたちがあるはずなのである。この同時性と現在の微かな破綻が、時間の時間化のただなかで見とどけられなければならない。だが、時間が時間化する [﹅8] 、とはそもそもなにか。

 (註99): E. Lévinas, Totalité et Infini, p. 148. (邦訳、二〇八頁)「始原的なもの」をめぐっては、第Ⅰ部・第二章参照。
 (註100): E. Lévinas, op. cit., p. 151. (邦訳、二一二頁)
 (註101): Ibid., p. 148. (邦訳、二〇七頁)
 (註102): Cf. ibid., p. 25. (邦訳、三五頁)
 (註103): Vgl. I. Kant, Kritik der reinen Vernunft, B 422 Anm. カントのこの思考についてはとりあえず、熊野純彦「超越論的哲学の帰趨――反省的自己のなりたちをめぐって」(宇都宮芳明・熊野純彦・新田孝彦編『カント哲学のコンテクスト』北海道大学図書刊行会、一九九七年刊)参照。
 (註104): Vgl. I. Kant, op. cit., A 158/B197.

 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、189~193; 第Ⅱ部、第二章「時間と存在/感受性の次元」)



  • 一一時に覚醒し、しばらくこめかみや喉を揉んだりしてから離床。この午前中には雨が降っていたが、午後四時過ぎ現在は止んでいる。水場に行ってきてから、ひさしぶりに瞑想をすることができた。最初のうちは深呼吸をくりかえしてからだをほぐし、良いかんじになったところで静止。そとでは虫の声が二、三、散っているが、リーリー鳴るタイプのものではなく、色気や色味のない、地味な種である。雨は火に触れられた紙が端からじわじわと燃えていくときのような、しとしとと浸食するような降りかたのようだ。屋内のほうからは、階段下の室にいる父親がだれかと電話している声が聞こえてくる。くだけた調子からして、また祖母のことを「おふくろさん」と言っていることからして、(……)さんか(……)さんあたり、きょうだいのだれかではないか。
  • 食事はケンタッキーフライドチキンと煮込みうどん。新聞、いちばんうしろの社会面にワクチンにまつわる陰謀論界隈のことが書かれてあった。日本でも東京(新宿)と京都で七月に、反ワクチンのデモが起こっていたのだという。ぜんぜん知らなかった。コロナウイルスは国際的な茶番であり、政府は人民を管理するためにワクチンを打たせようとしている、という主張である。そういうかんがえで活動しているふたりの声が載っていたが、ひとりは三〇代の女性で、昨年は感染を恐れてママ友と公園に行くこともできず、家でFacebookを見ているときにワクチン陰謀説に遭遇し、さいしょは半信半疑だったが関連情報を発しているページの人間が称賛されているのを見てじぶんもみとめられたいとおもい、やりとりをするようになったと。もうひとりは七〇歳くらいの、これも女性とあった気がするが、そして元教師とか書かれていたような気もするが、そういう人物で、YouTubeで関連情報に接するうちにコミットをつよめたらしく、「本当のことをつたえなければならない」というおもいでやっているらしい。第一の例からわかるのは、陰謀論への加担に実存的承認がかかわっているということで、このひとは感染を恐れていたというからおそらく不安をかんじていたとおもわれるし、公園でママ友と交流することもできなくなったというから孤独や社会的疎外や閉塞感のようなものをおぼえていたということも充分あるだろう。他者とのかかわりがそれまでよりもとぼしくなったことで、どこかでそれを補填しなければならなかった。そこに陰謀論的コミュニティがうまい具合にはまったのだろうと、記事の記述のかぎりでは推測される。「みとめられたいとおもって」そういうページに参加するようになった、と言われていたのがわかりやすい証言だ。陰謀論にコミットするひとのすべてがそうではないだろうが、こういうひともたぶん多いのだろうとおもわれ、そこで厄介なのが、この種のひとびとにあっては陰謀論とそれにもとづいた世界観や社会の認識がそのひとの実存とわかちがたくからまりあっているとおもわれるので、陰謀論を否定するということは、彼らにとってはじぶんじしんを存在として否定されたということと同義になるだろう、ということだ。ワクチンにはマイクロチップがふくまれていて政府は統治管理のためにそれを国民に埋めこもうとしている、というような陰謀論のあやしさや無根拠さ、荒唐無稽さやありえなさをいくら述べたてたり、理性的・論理的に反証しようとしても、彼らはそれを聞き入れないはずである。なぜなら、反論のただしさを部分的にでもみとめることは、その分自己の存立基盤をうしなうことになるからだ。世界認識とアイデンティティ陰謀論的なかんがえと深くむすびついている人間にあっては、とうぜん、陰謀論をうしなうことは、自己がくずれてなくなってしまうことを意味するだろう。そこでひとは自分自身として実存するための支えを欠いたおおきな不安におそわれるはずである。だから、そういう種類の陰謀論者にとっては陰謀論はなにがなんでもまもらなければならない根幹的な橋頭堡であり、彼らはそれにしがみつかざるをえず、それを破壊しようとするあいてはすべて敵だということになるはずだ。
  • 第二の例から判明するのは、このひとにとって陰謀論的言説は端的な真実であるということであり、くわえてその真実をひろくひとびとに認知させなければならない、という義務感や使命感のようなものをこのひとがかんじている、ということである。真理への志向という性質は哲学者に特徴的なものでもあるが、みずからもとめたというよりは電脳空間上でふと「真実」に遭遇したという事情なのだとすれば、それはむしろ宗教者におとずれる啓示に似たもののようにもおもわれる。そうして得た真理を世につたえなければならないというのも、伝道者の姿勢をおもわせるものだろう。当人からすればそれはまた、正義のおこないとみなされているかもしれない。この人物や第一の例のひとが「真実」に出会ったのはインターネットであり、それも電脳空間上の一部局所である。真実はワールドワイドウェブのかたすみにひっそりと秘められていた。おそらくふたりとも、もともと主体的に「真実」をさがしもとめていたわけではなく、ネットを見ているうちにたまたま遭遇し、こころをつかまれたのではないか(第一の例においてはそれが明言されている)。したがって真実は、隠されてはいないとしても、ひとの目につきにくいある場所にひそやかに存在しており、それが偶然に発見された。この件において真実はマイナーなものとしてあらわれている。そのマイナーなものを流通させ、メジャーな認識に変えなければならないという情熱に、彼らはつきうごかされているとおもわれる。なぜ真実が世にひろく流通していないかといえば、とうぜん新聞やテレビ、ラジオなど、おおきな影響力を持った既成メディアがそれを無視し、とりあげないからである。真実がインターネットのかたすみでかたられているのにたいし、既成メディアがかたっているのは都合よくゆがめられたり操作されたりした偽の情報である(陰謀論者にとって、既成メディアの報道することはフェイク・ニュースに見えるだろう)。虚偽を流布させる主体(すなわち「黒幕」)として想定されているのは、おそらくはまず各国政府だろう。メディアはそれを知りながら政府の情報操作に加担している犯罪的二次組織か、あるいはそれじたい虚偽情報にだまされている無能集団とみなされるはずだ。メディアから情報をえる一般市民は、悪意をもって操作された情報にだまされている被害者であったり、無知で不勉強な愚者であったりとしてあらわれるだろう。そこにおいて陰謀論者は、彼らに真実の開示(啓蒙の光)をもたらす救済者となる。
  • じぶんもふくめて、陰謀論にとりこまれていないひとびとが、既成のメディアの報ずることをおおむね信用しているのは、ひとつにはいままでの歴史がメディアにあたえる権威のためであり、もうひとつにはその権威がじぶん以外の他者においても共通了解として共有されているためである。ちょうどきのうまで読んでいたミシェル・ド・セルトー『日常的実践のポイエティーク』において、「信じること」の問題がかたられている。いわく、現代社会においては、「信」は主体と情報のあいだで直接的になりたつのではなく、他者を経由することで成立している、と。あるテレビ視聴者は、「自分がフィクションだと知っているものをそうないと保証してくれるような別の [﹅2] 社会的場があると思っているのであり、だからこそかれは「それでも」信じていたのである。あたかも信仰はもはや直接の確信として語られることはできず、もっぱら他の人びとが信じていそうなものを経由してしか語られないかのように。もはや信は記号の背後に隠された不可視の他性にもとづいているのではなく、他の集団、他の領域、あるいは他の専門科学がそうだろうとみなされているものにもとづいている」(428)、「どの市民も、自分は信じていないにもかかわらず、他人が信じていることにかんしてはすべてそうなのだろうと思っている」(429)。われわれがメディアによって流通する情報をある程度まで信用するのは、歴史的権威や書物のネットワークなど、われわれにある情報を事実として信じさせるもろもろの装置が成立しているからであり、その作用がじぶんいがいの多数の他者においても確実に機能しているからである。メディアによって報じられるということじたいが、それがひとつのたしかな事実として共有されうるものであり、共有されるべきものだということを担保しており、それがひろく共有されるということがまた反転的にメディアの真実性を強化する。みんながそれを事実だとおもっているのだから、それは事実なのだろう、というわけだ。陰謀論者においてはこの論理が逆転されるだろう。みんながそれを真実だとおもっているということは、それは真実ではない、と判断されるだろう。大多数の他者が真実とみなしていることは、虚偽である。あるいは彼らにあっては、「信」を成立させるために経由するべき準拠枠である「他者」の範囲や種類がことなっているとも言えるかもしれない。
  • 陰謀論は無根拠なものである。とはいえ、媒介された情報はどれも最終的には無根拠だとも言えよう。世に流通している情報は、それが真実なのか虚偽なのか、そのあいだであるとしてもどの程度真なのか偽なのか、最終的にはわからない。ある事象が真実や事実であると主観的に確信するいちばんの方法は、それをじぶんの身でじっさいに体験することである。しかしメディアによってつたえられることがらは、その存在条件上(メディアとはひとびとが直接体験しないことを伝播させる仲介者なのだから)、基本的に直接経験することはできない。ひとはじぶんの身に起こっていないことをいくらでもうたがうことができるし、デカルトをまつまでもなく、みずから体験したことでさえいくらでもうたがうことはできる。そうしたもろもろをかんがえたうえでしかしながら、陰謀論はその無根拠さが、つうじょうの情報に根底でつきまとう無根拠さとはことなっているというか、端的に言ってそれは荒唐無稽なものである。そして、だからこそときに強固な信を生み、情熱的に擁護されるのではないか、という気がする。陰謀論的言説が無根拠であり、しかもその無根拠の質が、荒唐無稽であるがゆえに理性的判断や論理のつみかさねによってついに到達しえず、検証しえない性質のものであるからこそ、それをつよく断言的に信じることが可能になっているのではないか。かりに陰謀論が合理的な根拠をもったたしかな言説だったら、つまり事実として相当程度共有されうるものだったとしたら、そのように熱狂的に支持され、後押しされることはないのではないか。
  • この日もあとは手帳のメモを写して茶を濁す。
  • 『蝶の生活』読みはじめる。
  • ストレッチ。合蹠念入りに。
  • 4時、食事。KFCのサラダと食パン。新聞、アフガンの閣僚、勧善懲悪省。
  • 5時すぎ出。雨なし。空、雲なだらか。くすんだ白。広くのべられている。(……)さんが公団の入口で草とり。階段、フェンスのきわ。ご苦労さまですと。危ないじゃないですか、と。つかまりながらやっていると。その先で(……)さんにもあいさつ。
  • 坂、セミまだいくらか。駅、からだ、熱。
  • 駅。先日も見た女性と女児。親子かやはり不明。若いようだが、声のトーンや低さがもっと年上を思わせる。子は無邪気にたわむれている。手帳にメモ。
  • 車内、着席。走行音、大きいような。窓があいていることもあろうが、1、2分遅れていたようなので、急いでいたのか。
  • (……)、空、白。その上に薄暗い影も少し。全面くもり。形や量感のない。ほとんど実体をもたないような、色としての雲が、希薄さをかさねて厚い層をなしている。
  • 駅出ると(……)くん。一緒に入室。
  • (……)

2021/9/8, Wed.

 真理とは「存在の露呈」である(前出)。いいかえれば、「真理」とは「存在がみずからに曝されていること」である(100/122)。これは考えてみれば奇妙なことがらではないだろうか。存在することはなぜ真理であることでもなければならないのか。つまり、存在はなぜ端的に [﹅3] 存在して、みずからのうちで憩らい、なにものによっても「発 - 見」(ent-decken)されないというありようにとどまらないのであろうか。
 問われていることがらは、存在と意味との捩じれた関係にかかわっているとおもわれる。端的に存在することは意味に先だつであろう。異形の世界、あるいは裸形の存在(がかりに考えられるとすれば、それ)は、いかなる意味も帯びていないことだろう。で(end186)あるとすれば、存在がおよそあらわれること、なんらかの [﹅5] 意味においてあらわれるということは、存在そのものにとっては一箇の余剰である。だが存在があらわれ、存在が問われうる [﹅5] のは、存在がなんらかの意味をもつ場面においてでしかありえない [註94] 。ここで、なんらかの [﹅5] 意味とは無意味という意味 [﹅2] であってもかわらない。裸形の存在には無意味すらありえないからである。無意味もまたこの剰余の内部でのみありうる。つまり存在が [﹅3] ともかくもあらわれ、意味において [﹅6] あらわれているということがらの内部でのみ、無意味であることも可能なのである [註95] 。とすれば、意味とは存在の余剰であり、奇妙なことにしかも必然的な剰余であることになる。
 だから、存在がみずからに曝されている、存在が露呈 [﹅2] としての真理であるとは、存在の「みずからとの独特な不一致」であり、自身からのずれ [﹅2] であるということである。とはいえ、存在が問われうるのはそこ [﹅2] においてでしかないというかぎりでは、不一致 [﹅3] は存在のみずからとの「ひとしさでもある」(aussi égalité)(100/122)。「存在があらわれること [﹅7] は存在のふるまいそれ自身にぞくしており、存在が現象することは本質的 [註96] なのである」(206/239)。
 存在があらわれるということ、存在が存在者として現象するということは、存在者がさしあたり〈なにものか〉として現出することである。存在者がおなじ [﹅3] なにものかとして [﹅3] 経験される、その同一性が当の存在者の意味 [﹅6] となる。レヴィナスは書いている。(end187)

 意識とよばれる、存在者との関係にあってわれわれは、存在者があらわれる射映の散乱をつらぬいてもろもろの存在者を同定する。自己の意識においてわれわれは、時間的な位相の多様性を超えてみずからを同一化する。主体的な生とは、意識という相のもとでは、存在者じしんがみずからを喪失しつつみずからを取りもどし、やがてあらわれて、主題としてみずからをさしだし、真理のうちでみずからを暴露することで、みずからを所有する [﹅9] ことなのである。〔中略〕この同一化はなんら恣意的なものではなく、ことばのうちにある図式の不可思議な操作によるものである。この図式によって、一箇のイデアリテが、アスペクトとイマージュの散乱、射映ないし位相の散乱に対応することができるのである。ある存在者を意識するとは、それゆえつねに、この存在者にとっては、一箇のイデアリテをかいし、〈語られたこと〉を起点として把握されることである(156 f./185 f.)

 「意識」とは「存在者との関係」である。意識 [﹅2] は「射映の散乱」を超えて、「存在者を同定する」。つまりおなじ [﹅3] ものとしてとらえる。それは「存在者じしん」が「真理のうちでみずからを暴露すること」である。その「同一化」は、「一箇のイデアリテ」をかいして、つまりことばの意味によって生起する。おなじ [﹅3] ものとして同一化 [﹅3] されることが(end188)存在者の意味である。存在者はかくて、さしあたりはなまえの、名詞の体系としての、ことばの織りもののなかで〈あるもの〉として経験される。すなわち「〈語られたこと〉(un Dit)を起点として把握される」。

 (註94): 斎藤慶典「倫理・政治・哲学――E・レヴィナス『存在するとは別の仕方で あるいは存在の彼方へ』をめぐって」(『思想』一九九〇年一二月号)一二〇頁以下が、ここに [ママ] レヴィナスにおける存在問題のありかを見ている。
 (註95): 裸形の [﹅3] 存在が無意味 [﹅3] ですらないのは、裸形における世界、いわば〈手つかずの〉世界には無駄なもの、剰余 [﹅2] が存在しないからである。以上の論点について、より詳しくは、第Ⅰ部・第四章参照。
 (註96): 原語はessentielである。本文中で触れたように、『存在するとはべつのしかたで』は、essenceという語を存在すること [﹅6] という意味で使用する。その結果、「本質的」という意味ではessentielという語は使わず、éidetiqueで代用する、とレヴィナスはいう(9/12)。この箇所のessentielはしかし、明白に「本質的」という意味であろう。後註124参照。

 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、186~189; 第Ⅱ部、第二章「時間と存在/感受性の次元」)



  • 正午まえの起床になってしまった。いつもどおり。もうすこしはやく起きたかったのだが。二回ほど、目覚めてはいたのだけれど、あいかわらずすぐにからだを起こすことができない。天気は曇りもしくは雨。きょうも遅めになったので瞑想はサボる。上階へ行き、炒飯とうどんで食事。新聞、一面には自民党総裁選の情報。一面ではなくて二面だったか。石破茂は出馬を見送って河野太郎を支援する方向にながれているようだが、河野太郎はそれにたいして複雑なおもいだろうと。というのは、河野太郎麻生派に属しているところ、石破は麻生政権のときに麻生おろしに加担したし、また安倍政権のときにもたびたび批判をくりひろげていたから、石破からの支援を受け入れればこのふたりの不興を買うと。とくに安倍は最大派閥の細田派(九六人とか)にはたらきかけて高市早苗の支援にうごいているから、石破をとりこんだことで敵対視されて狙われるとまずい、と。とはいえ、知名度のあるふたりなので組めば国民からの支持もえられるだろうし、衆院選も勝ちやすいのではという声や思惑もあって、むずかしい対応をせまられていると。高市早苗は安倍によって推薦人二〇人のめどがついたようで、正式に出馬表明をする見込み。政策や政治信条的には党内でも最右派というかんじのようで、記事に載っていた思想とか著書の内容を見るに、要するに安倍の弟子というか、安倍のかんがえや政治路線をそのまま追随するというかんじのようだ。新著のタイトルも、「美しく、~~な日本」みたいな文言で、安倍の新書のタイトルにすこしことばを足した趣向のものだし、内容としても、「ニュー・アベノミクス」なるものをとなえているらしい。本人も、安倍政権がやりのこした大きな課題を達成したい、とか述べたらしい。
  • ミャンマーでは民主派が結成した「国民統一政府」(NUG)が国軍との戦闘開始を宣言して、傘下の国民防衛軍(といって民兵というか武装市民の組織だが)には戦闘を、少数民族武装勢力には連帯を、一般国民には支援をそれぞれもとめたという。副大統領にあたるひとがFacebookに演説動画をアップしたらしい。このタイミングで宣言に出たというのは、一四日から国連総会がはじまるので、そこで国際社会の支援を得られるようにあらためてじぶんたちが置かれた情況をアピールするという意味合いもあるもよう。国軍のクーデター以後も職をつづけているもともとの国連大使が承認されるか、それとも国軍が任命した人間のほうが承認されるかというのがひとつの焦点で、チョー・モー・トゥンというこの民主派の大使は職を解かれたらたぶんマジで国軍に殺されるのだとおもう。すでに先日、大使館員だったかスタッフのなかに暗殺を企図した人間がしのびこんでいた、という件もあったし。民主派がうえのように宣言をして、いまのところ北部シャン族の武装組織とマンダレーの学生組合は呼応して連帯を表明したらしく、また一部都市では警察や国軍の拠点への襲撃も起こっているとかいうが、しかし一般国民がどこまでそれに応じて乗るかというのは不透明で、戦闘力でいったらふつうに国軍のほうがうえのはずである。
  • アフガニスタンタリバンが東部パンジシール州から抵抗者をかたづけたと発表し、全土掌握を宣言。夕刊には閣僚三三人の顔ぶれを発表したと載っていた。首相には旧政権で外相などつとめていたひとがついたらしい。もともとは政治部門トップのバラダルが首相につくとみこまれていたようだが、戦闘部門のほうから異議が出たらしく、政治方面にも軍のほうにも顔がきく人間になったと。それでバラダルは副首相。ハッカニ・ネットワークのハッカニが内相になったというが、この人物はFBIが指名手配している人間らしい。最高指導者のアクンザダは内閣にははいらず、おそらく旧政権と同様最高評議会で実権をにぎるだろうと。女性の入閣はなし。アクンザダは、ここ二〇年の戦争でおおくの聖戦士を殺されてきたわれわれがなぜ譲歩しなければならないのか、と述べて欧米の要求に反発したらしい。
  • カブールでは数百人規模の反タリバンのデモが起こったという。タリバンの実権掌握以降、最大の規模。女性は大学へ通うことと授業への出席がいちおうゆるされているらしいが、原則男性とはべつの教室で授業を受けることとされ、どうしても部屋が足りないばあいのみ、仕切りで区切るかたちで同室での受講がみとめられるという。カーテンで男性の列と女性の列が分かたれている写真が載せられてあった。服装はむろん、髪や肌を露出しないもの。いぜんはふつうに男女同室で混ざって授業を受けており、服装もカジュアルなものが多かったという。
  • アフガニスタンからの難民への対応に中東各国は難儀しているところだろうが、中東情勢が荒れているここ一〇年くらいで、各国は国境沿いに壁の建設をすすめているらしい。トルコはイラン側に壁をもうけ、シリア側にも計画しており、いっぽうでシリアやリビアなどに軍事力を派遣してプレゼンスをつよめている。その他エジプトなりサウジアラビアなり、だいたいどこの国も壁建設はおこなっているようで、もともとアラビア世界は(スンニ派シーア派の対立はあるにしても)イスラームなどを共通要素として、国境の行き来は比較的ゆるかったらしいのだが、米国の介入によって難民やテロの波及に対応せざるをえなくなった結果、そういうことになったらしい。
  • 出勤まではいつもどおり書見したりストレッチしたり。
  • いまやもう九月一六日木曜日にいたっており、記述が面倒臭いので、この日手帳に取ってあったメモをそのまま写してお茶を濁す
  • 15:40出発。傘持つ。ぱらぱら。山、煙がわいている。青白いような。サルスベリの落花。かわいて色あせている。掃除されず。路面と一体化して。
  • (……)さんの裏の斜面で草刈り。何人か人足が入って、本人もいたよう。見ていると車がすぎていく。(……)さん。車庫で降りたところをあいさつ。
  • 坂、脚は軽くてよく動くが、息は苦しい。マスクをしていると。
  • 勤務。(……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)

2021/9/7, Tue.

 1 一九五一年に発表された小論でレヴィナスは、他者との「共同相互存在」、すなわち「他者と共に存在すること」(l'être-avec-autrui)をも存在論的に了解しようとするハイデガーを批判して、存在論の優位に異をとなえている。さしあたり、この小文の論点のひとつを本章における考察の第一の手がかりとしておこう [註78] 。
 存在者との関係はたしかに、その存在者を「了解」すること、存在者を「存在者として存在させること」以外ではありえない。ハンマーはなによりも、釘を打ちつけるための道具である。手 [﹅] にとり打つことで、ハンマーの手 [﹅] ごろさが発 - 見される。ハンマーは手 [﹅] もとにあるもの(zu*han*denes)として「適所をえさしめ」られ、道具的な存在者として「存在させ」られる。それが存在者としての存在者の了解 [﹅2] であり、「存在者の存在の構造を規定すること [註79] 」にほかならない。(end181)
 とはいえ、他者についてはべつである。他者もたしかに「了解」(comprendre)される。だが、他者との「関係は了解を溢れ出してゆく」。他者はけっして私によって「包括」(comprendre)されることがない。他者を了解するとき、私はすでに他者が他者であること [﹅7] 、私のいっさいの知から溢れ出してゆく存在者であることを、それゆえ [﹅4] すぐれて「対話」の相手となることを了解している。他者はまず [﹅2] 了解され、ついで [﹅3] 対話の相手となるのではない。他者という存在者が問題であるかぎりでは、了解と対話とは「不可分」である。そこではもはや存在者の存在を了解することは第一次的でなく、存在論は根源的ではない。
 『全体性と無限』のレヴィナスにとっては、存在論の第一次性、「存在者 [﹅3] との関係における存在 [﹅2] の優位」を主張することは、むしろひとつの立場の決定となる。その立場とは、「倫理的関係」を、つまり他者との関係を「一箇の知の関係」に従属させ、他者を〈了解〉に、私による〈包括〉に下属させる立場、関係において問われるべき「正義」を、私の「自由に従属させる」立場にほかならない。そのとき他者は、私の知において「所有」されることになるだろう。だからこそ、「第一哲学としての存在論」は「権力の哲学」であり「不正の哲学」なのである。存在論とは、かくして典型的な〈同〉(le Même)の哲学であるにすぎない [註80] 。
 このように認定するとき、レヴィナスのがわにハイデガーにたいする「ボタンのかけ(end182)ちがい [註81] 」があったことは否めない。レヴィナスが拒否するような全体性 [﹅3] は存在ではなく、存在者 [﹅3] にかかわる [註82] 。「ロゴス」が「存在」と同時である以上、ロゴス [﹅3] それ自体は「存在をかたる [﹅3] 」ロゴスとしてしかありえない [註83] 。それゆえ「存在の思考は存在論でも第一哲学でも、権力の哲学でもない」。むしろいかなる「倫理学」もその思考を欠いてはありえない [註84] 。
 レヴィナスは、デリダのこの批判を深刻にうけとめた。当面の脈絡にあって決定的な論点がふたつある。ひとつは、前章でふれた『全体性と無限』における歴史観を前提とするかぎり、「時間が暴力である [註86] 」ことになる、というものである。これはレヴィナスにとって再考を避けえない問題である。『全体性と無限』は「〈他者〉の現前」(présence d'Autrui)のうちに〈倫理〉をみとめていたからである [註87] 。たしかに他者 [﹅2] の現前を欠いては〈倫理〉はありえない。だが、他者の現前 [﹅2] はまた「暴力」の開始をもしるしづける。暴力が回避されるべきであるとするならば、現前のうちに(デリダ的な用語でかたるとすれば)「非在」を、「迂回」を見さだめなければならない [註88] 。次章にみるように、じっさい『存在するとはべつのしかたで』のレヴィナスは、他者の現前 [﹅2] という語法を捨て、他者の痕跡 [﹅2] 、痕跡の迂回 [﹅2] 、自己じしんの痕跡について(デリダの批判を承け、しかしデリダとはべつのしかたで)かたりはじめることになる。
 いまひとつの問題はこうである。レヴィナス存在論批判をいわば額面どおりうけと(end183)るとすれば、「非 - 暴力の言語」とは「存在する [﹅4] という動詞を、すなわちいっさいの述語づけをみずからに禁じる」ものとなる [註89] 。そのような言語がはたして可能であろうか。あるいはそれはなお言語であろうか。――『全体性と無限』はいまだ存在論のことばをもちいていた、とのちにレヴィナスは回顧する [註90] 。問題はしかしむしろ、『全体性と無限』がなお存在の思考 [﹅5] をじゅうぶん潜りぬけていないところにあるのではないか。(……)

 (註78): 以下の二段落の論述については、E. Lévinas, L'ontologie est-elle fondamentale? (1951), in: Entre nous, pp. 12-22. を参照。
 (註79): M. Heidegger, Sein und Zeit, 14. Aufl., Max Niemeyer 1977, S. 67. ハイデガーにおける〈手〉(Hand; main)をめぐる暗喩系については、J. Derrida, Heidegger et la question (1987), Flammarion 1990, p. 197 ff. が興味ぶかい分析を提供している。
 (註80): E. Lévinas, Totalité et Infini, pp. 36-38. (邦訳、五〇―五三頁) 他者の所有をめぐる問題については、第Ⅰ部・第四章参照。
 (註81): 古東哲明『〈在る〉ことの不思議』(勁草書房、一九九二年刊)六頁。なお一六一頁以下をも参照。ハイデガーレヴィナスとに共通する視点から織りだされたすぐれた思考としてはほかに、後藤嘉也「非現前の現前、あるいは存在することの彼方」(『哲学』第四六号、日本哲学会、一九九五年刊)参照。
 (註82): J. Derrida, Violence et métaphysique. Essai sur la pensée d'Emmanuel Levinas, in: L'écriture et la différence, Seuil 1967, p. 207.
 (註83): Ibid., p. 212.
 (註84): Ibid., p. 201 f.
 (註85): 自家証言としては、cf. E. Lévinas, Autrement que savoir, Orisis 1988, p. 70. また、デリダが一九六七年の論文のほぼ末尾(Derrida, op. cit., p. 226)に引いた「あるギリシア人」のことばを、レヴィナスはのちに「神と哲学」の冒頭でくりかえしている。「哲学しないこともまた哲学することである」(E. Lévinas, Dieu et la philosophie[1975], in: De Dieu qui vient à l'idée[1982], Vrin 1992, p. 94)。
 (註86): J. Derrida, op. cit., p. 195.
 (註87): E. Lévinas, Totalité et Infini, p. 33. (邦訳、四六頁以下)
 (註88): Cf. J. Derrida, De la grammatologie, Minuit 1967, p. 202.
 (註89): Cf. J. Derrida, Violence et métaphysique, p. 218.
 (註90): Cf. E. Lévinas, Difficile liberté. Essais sur le judaïsme (1963), 3ème éd., Albin Michel 1976, p. 412.

 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、181~184; 第Ⅱ部、第二章「時間と存在/感受性の次元」)



  • 一二時半離床。瞑想サボる。さいきんサボりがちでよろしくない。階上へ行き、ハムエッグを焼いて食事。新聞は父親が読んでいたので読めず。窓外を見やれば天気は白く塗り尽くされた曇りで、色気や艶がちっともない、味気ないような空気の色だ。テレビは『BENTO EXPO』という番組を映しており、この番組は以前から火曜のこの時間によく選択されている。MCのひとり、タイだかどこだかわすれたが東南アジア出身の男性の着ているシャツが、一見してよくわからない妙な柄だなとおもって注視したところ、どうもプレイステーションのコントローラーらしきゲーム機のコントローラーが無造作にごろごろならんでいる模様のようだった。
  • 風呂洗いをして、茶をつくって帰室。一服してから、ミシェル・ド・セルトー/山田登世子訳『日常的実践のポイエティーク』(ちくま学芸文庫、二〇二一年/国文社、一九八七年)を読む。BGMはMarvin Gaye『What's Going On』とSam Harris『Interludes』。三時半くらいまで。それからストレッチ。息を限界まで吐きまくって筋肉をやわらげる。
  • 夕食には餃子をつくった。母親がタネをこしらえていたので、アイロン掛け後にそこにくわわって皮に詰める。ひさしぶりにやった。子どものころはけっこうおりにふれてやっていたおぼえがあるが、いまはもうわざわざ皮に詰めるところからやることはすくなく、だいたい既製品を焼くだけである。
  • そのほかのことは忘れた。

2021/9/6, Mon.

 この世界のいっさいが、一瞬一瞬、創造と破壊を、生誕と死滅とを反復している。「諸瞬間はたがいに差異なくむすびあっているのではない」(前項の引用 [E. Lévinas, Totalité et Infini, p. 316. (邦訳、四三七頁以下)] )。この [﹅2] いまと他の [﹅2] いまは、けっして縺れあい、絡みあうことがない。瞬間と他の瞬間とを「絶対的な」、つまり孤絶した「あいだ」(intervalle absolu)(同)がへだてている。瞬間の連続とみえる(end177)もののうちに「死と復活」が孕まれ、死滅と再生の反復が「時間」をかたちづくる。「時間は不連続である [註74] 」。――この時間観は、一見そうおもわれるほど不合理なわけではない。また、経験的事実とただちに背反するわけでもない。その時間論はむしろ、時間をめぐる難問にたいするひとつの回答でもあるのである。すこし注釈をくわえておく必要がある。
 いっさいは現在 [﹅2] のうちにある、としよう。だが、いま [﹅2] はつぎつぎと流れさり、現在は過ぎ去ってゆく。この〈いま〉がおなじ [﹅3] ものであると考えても、ちがう [﹅3] ものであるとしても、悖理をまぬがれない。前者であれば、端的に時間は流れず、後者であるとすれば、流れの連続性そのものが破壊される。おなじ [﹅3] でありつづける〈いま〉は(時間ではなく)かえって永遠をかたちづくり、つぎつぎと異なってゆく〈いま〉は(流れる時間を構成するのではなく)むしろたえず流れを断裂させてしまう。これが周知のアポリアである [註75] 。時間論としての連続創造説は、アリストテレスが挙げたこの難問にたいするいちおうの解答となっている。要は、ちがう [﹅3] いまが時々刻々と生滅する、そのことによっておなじ [﹅3] いまが流れているかにみえるのだ、とこたえているわけである。――この応答はちなみに、経験的事実とも両立可能である。たとえばディスプレー上に浮かぶ文字は、ほんとうは無数の素子が不断に点滅しているにすぎない。世界の総体をそのような光点の明滅と考える余地がある [註76] 。そのばあい、素子の点 - 滅をへだてている、知覚閾値下の間隙が「存(end178)在と無のあいだ」(既引)、明 - 滅のあわいとなるのである。連続創造説は、いまと [﹅] いまのあいだ [﹅3] に間隙を、つまり(存在と無との)〈あいだ〉を挟みこむことで、難問を回避したのであった。だが、これはじつはアポリアの解決にはなっていない。あるいは、アポリアの解消が時間そのものの消去という代償を支払っているようにおもわれる。
 難問の根を絶つためには、(アリストテレスを意識した、ヘーゲルの体系草稿の表現をつかえば)いま [﹅2] を「単一なものの絶対的に差異的な関係(differente Beziehung) [註77] 」と考えなければならない。現在はみずからとことなり [﹅4] つづけることで、じぶんとおなじ [﹅3] もの、すなわち〈いま〉でありつづける。〈いま〉の自己からの隔たりが時間の流れを形成し、〈いま〉の自己同一性が流れの連続性をかたちづくる。現在が自己差異化しつつ同一性をたもつことが、流れる時間の本性である。現在という同のうちで他が懐胎され [﹅11] 、〈他〉であることが〈同〉となるありかたについて思考されなければならない。

 (註74): E. Lévinas, Totalité et Infini, p. 317. (邦訳、四三九頁)
 (註75): Cf. Aristoteles, Physica, 219 b 9-15.
 (註76): 廣松渉「時間論のためのメモランダ」(『事的世界観への前哨』勁草書房、一九七五年刊)二五九頁以下参照。『廣松渉著作集』第二巻(岩波書店、一九九六年刊)では、四〇一頁。
 (註77): G. W. F. Hegel, Jenaer Systementwürfe Ⅱ Logik, Metaphysik, Naturphilosophie (1804/05), Gesammelte Werke Bd. 7, S. 194. イエナ期ヘーゲルの遺稿の、この部分の理解とアリストテレスとの連関については、熊野純彦「歴史・理性・他者――ヘーゲルをめぐる問題群によせて」(現象学・解釈学研究会編『理性と暴力』世界書院、一九九七年刊)七五頁以下参照。なお、この語句は、デリダが論文「差延」において、différance 概念の導出にさいして言及した文言である。Cf. J. Derrida, La différance, in: Marges de la philosophie, Minuit 1972, p. 14 f.

 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、177~179; 第Ⅱ部 第一章「物語の時間/断絶する時間」)



  • 八時のアラームで起き上がったもののベッドにもどり、眠気をなだめて九時に起床。食事はカレーのあまりを利用したドリア。新聞からはアフガニスタン難民についての記事を読んだ。皿を洗ってから風呂洗い。母親は玄関のほうの電話で(……)さんとはなしており、彼岸だからといってわざわざ墓参に来ないでほしい、こちらも応対が大変だから、というような意味内容をあまり直接的でなくつたえようと苦戦しているようだった。いずれにしても今回の彼岸はコロナウイルスの拡大によってとりやめになったようだが。
  • 部屋にもどるとストレッチをすこしして脚などを伸ばした(……)。
  • 自室にもどるとベッドですこしやすみながらミシェル・ド・セルトーを読み、その後またストレッチ。合蹠や前屈など、例の四種だが、やはり息を吐きながらやるのとふつうにやるのとでは肉のほぐれかたが格段にちがう。ストレッチはヨガ方式にしよう。三時をまわると上階に行ってカレードリアをまた食べる。新聞はこのときもアフガニスタン関連の記事を読んだ。タリバンは東部パンシジール州の制圧を優先して、政権樹立にまだ時間がかかるかもしれないと。カブールでおこなわれた女性たちのデモは弾圧されて、戦闘員が催涙ガスをつかって解散させたり、参加者を銃で殴ったりしたらしい。
  • 帰室するとアスパラガスビスケットを食いながら高校生に教えるかもしれない英語の文章を読み、それからきょうのことをここまでさっと記述。四時過ぎ。五時には出なければならないので猶予はないが、三一日の書抜きをすこしだけでもやっておきたい。
  • (……)
  • 三一日の記事はこの日で終わらせた。ようやく。五時をまわってまもなく出発。雨はもはや降っていなかったし、帰りは降っても職場のものを借りれば良いのだが、なんとなく傘を持った。道に出て西へむかっていると、とちゅうの路上に、おそらく車に轢かれた蛇の死骸らしきものが、もはや原型をとどめず、細長い皮か紐のようなすがたで、腹をひらかれた魚をおもわせる色合いでこびりついたようになっていた。そろそろヒガンバナがちかい時節だなと脇の林の茂みを見ながら行く。公営住宅まえまで来ると背後からやってきたトラックっぽい軽自動車がすぐそこの駐車スペースにはいり、(……)さんだなとわかったので、まえを通りすぎざまに会釈をおくってこんちは、と飛ばした。左を見やれば公営住宅の棟の脇(住宅は一段下がった敷地に建っており、棟の端の角を曲がれば正面の十字路から左に折れてくだっていく坂のとちゅうに出られるが、その通路のあたり)で雨を吸ったサルスベリがあたまを重そうに垂れ下げながらその先にくれないをともし、またその破片、もしくは子ども(稚魚とか蜘蛛の子や群蟻)をおもわせるような色の描点をすぐ下の地面に落としていた。一分程度まえにとおった(……)さんの宅のまえ、(……)さんの家の横にも林の外縁にサルスベリが一本あり、ここのところ、紅色の花弁が金平糖のようにたくさん散らばって濡れた路面をあざやかに装飾しているのを見る。公団から目を振って右側、(……)さんの庭のものは、これも水をはらんで垂れ下がったピンクのあつまりがそろそろところどころ色褪せて饐えたようにくすんできている。
  • 曇った秋の夕べをやわらかく走り抜ける空気は涼しく、ベストを身につけていてもほとんど肌寒いくらいで、ワイシャツの表面に溜まった涼気が布地を抜けてその下の肌につたわってくるのがかんじられる。坂をのぼって最寄り駅へ。ホームのベンチには先客がふたり、おさない女児とその保護者で、さいしょ、保護者の女性は茶髪ではあるものの年嵩に見えて祖母かとおもったのだが、ベンチの端にはいってちょっと後ろ姿を見たときには髪の染めかたが若いように見えたので、ふつうに母親だったのかもしれない。女性は声がかなりちいさく、ささやくようなかんじで子どもとやりとりをしていた。目を閉じれば涼しさが身のまわりをながれていくのが浮き彫りとなり、丘のほうではセミがまだほんのすこしだけ生き残っているようで、そのひびきのもっとてまえでは秋虫がいくつかそれぞれの場所をえて鳴いているけれど、それが一定の調子で、はじまりから終わりまでの長さも毎度おなじく規則的なので、それらの鳴き声だけを聞いていると、その都度おなじ時間が巻き戻ってはくりかえされているような、数秒ごとに時空がリセットされてはじまりなおしているようなふうに聞こえるのだった。
  • (……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)

2021/9/5, Sun.

 時間は過ぎ去る。忍耐 [﹅2] として生起するこの総合が――それは、深遠にも受動的と呼ばれるのであるが――、老いることである。その総合は、年月の重みのもとで炸裂し、現在から、すなわち再 - 現前化から不可逆的に引き剝がされる。自己意識のうちにあるものは、もはや自己の自己への現前 [﹅2] ではなく、老いゆくことである(88/107)。

 現在は「過ぎ去る」(se passe)。時間はみずからを [﹅5] (se)過ぎ越す(passer)。それは同時に、対格の自己(se)のかたわらを過ぎてゆくこと(passer)である。つまり、(後論〔第三章〕するように)他 [﹅] にたいして曝されている〈私〉を取りのこし通りすぎてゆくことだ。現在は「引き剝がされ」、「自己の自己への現前 [﹅2] 」に遅れてゆく。避けがたく「受動的」で「不可逆的」なその過程が「老いること」もしくは「老いゆくこと」にほかならない。――現在のうちに [﹅6] 、現前とは他なるもの [﹅5] が侵食している。時間はかくて剝離して、主体はつねに老いてゆく。主体の同一性そのものが差異化する。ここでは、たんに断絶する不連続な時間というだけにとどまらない、時間の理解が兆しているようにおもわれる。(……)
 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、176; 第Ⅱ部 第一章「物語の時間/断絶する時間」)



  • 「読みかえし」ノートより。

 辛いときの反射的な笑いも、当事者によってネタにされた自虐的な笑いも、どちらも私は、人間の自由というもの、そのものだと思う。人間の自由は、無限の可能性や、かけがえのない自己実現などといったお題目とは関係がない。それは、そういう大きな、勇ましい物語のなかにはない。
 少なくとも私たちには、もっとも辛いそのときに、笑う自由がある。もっとも辛い状況のまっただ中でさえ、そこに縛られない自由がある。人が自由である、ということは、選択肢がたくさんあるとか、可能性がたくさんあるとか、そういうことではない。ギリギリまで切り詰められた現実の果てで、もうひとつだけ何かが残されて、そこにある。それが自由というものだ。
 (岸政彦『断片的なものの社会学』(朝日出版社、二〇一五年)、98)

  • 正午をすぎて起床。きょうも天気は雨降りもしくは曇り。薄暗い。食事はカレー。新聞は自民党総裁選について多くのスペースを割いている。岸田文雄河野太郎石破茂野田聖子高市早苗でおそらく立候補者が出揃ったようだ。石破はまだ検討中というはなしだが。いまの時点で正式に立候補を明言・表明しているのは岸田だけだとおもう。安倍晋三は保守的な信条がちかい高市早苗を支援するもようで、最大派閥である細田派にバックアップをうながしているとか。河野太郎麻生派所属で、前回の総裁選時には麻生にとめられて立候補をおもいとどまったところ、今回は賛成とも反対とも言わないと麻生につたえられて、じゃあ出ます、ということになったとか。これは夕方にアイロンをかけながら見た『バンキシャ』でそうつたえられていた。
  • バイデンは二〇〇一年九月一一日から二〇年をまえに、当時の捜査資料を公開するよう司法省に指示する大統領令を出したという。サウジアラビアアル・カーイダの関係についての情報が焦点になると。遺族団体かなにかの組織がずっと情報公開を訴えており、バイデンもドナルド・トランプが公開しようとしないのを過去に批判していて、今回の決定にいたったようだ。アフガニスタンではタリバンの組閣が遅れていると。東部パンジシール州で武装民兵の組織が(武装抵抗している組織はもうこのひとつだけらしい)まだ抵抗をつづけていることや、カブールなどで女性らがデモを起こしていることなどによると。
  • いつもどおり「読みかえし」と書見。熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)の書抜きも、きのうにひきつづき三箇所できた。いいかげん溜まっている本の書抜きをすすめていかないとやばい。そろそろ毎日の日記の冒頭に引く記述のストックがなくなってきているので。まあべつに引かなくたって良いのだが。
  • 五時で階を上がってアイロン掛け。やたらたくさんあって、一時間くらいかかる。母親は台所でサラダなどをつくっていたが、とちゅうでソファに来て、テレビをつけて『笑点』をうつした。それでいて番組を見るわけではなく、タブレットでメルカリとか、兄が送ってきた写真とかを見ている。兄は先日、ロシア連邦内のなんとかいう(カレリア共和国、だったか?)地の「山奥」に行って釣りを楽しんだらしい。きのうの夜だったかに画像をすこし見せてもらったが、あれは湖なのか川なのかわからない。ロシアとなるとスケールもでかいだろうから。たぶん湖か? 同僚と遊興で行ったのか、それとも偉いひとや顧客の接待的なものだったのか、それもわからない。「昔取った杵柄」で魚は釣れたらしく、竿からぶら下がる魚をしめして得意げに笑んでいる写真があって、(……)くんとおなじ顔、と(……)さんにコメントで茶化されていた。『笑点』のあとは『バンキシャ』で、車椅子バスケで日本が王者アメリカに善戦し史上初の銀メダルをとったという件が冒頭で称賛されたあと、自民党の総裁選についてつたえられた。岸田と河野はYouTubeを活用して情報発信を図っているようだ。要するに生放送的なやつで、視聴者からの質問にその場で、もしくは事前に選んでおいてこたえる、みたいなことを、河野は以前からやっているようだし、岸田もここで総裁選に出るからつい先日やったようだ。
  • アイロン掛けを終えると空腹が極まっていたのでそのまま食事。カレーに、生のキャベツやらニンジンやらとサラダチキンを混ぜて味付けしたサラダなど。新聞では、白井さゆりという慶應義塾大学の経済学者の語りがあったのでそれを読んだ。気候変動が金融市場などにも影響をあたえてくるだろうというはなしで、自然災害が起こって橋とか道路とか街とかが破壊されたりすると、そこでもろもろの企業活動にもいろいろ影響があって株価などにも影響するわけだけれど、いまの金融市場というのはそういう非常事態にあまり予測対応するようなものにはなっていないところ、これからは気候変動によって災害ももっと頻繁に、かつ大規模になってくる可能性がある、そうなったときに対応できるようなしくみをつくっておかないと経済の混乱がおおきくなるというのがひとつ。また、地球温暖化をくいとめて気候変動を乗り越えるにはエネルギー政策の抜本的な変容が必須で、要するに太陽光やクリーンエネルギーをもっと大々的に導入しなければならず、しかしそうすると全国的な送電網の整備とか余った電力を貯めておく蓄電池の普及とかが必要で、それにはとうぜんおおきなコストがかかる。気候変動によって居住環境が悪化し、もはや住んだり生活を営んだりできなくなるようなことになるよりはむろんそちらのほうが良いわけだが、しかしコストはとうぜんながら増税とか電力料金の値上げとか、製品の値段とかに反映されざるをえないわけで、国民の理解と協力をあおぐには政府がしっかりとした説明をしなければならないと。このひとは二〇一一年から一六年まで日銀の政策検討委員会みたいな、わすれたがなにかしらの委員をつとめたといい、白川方明から黒田東彦に総裁が変わって方針がおおきく転換されるのを間近で見てきたというのだが、黒田東彦が「異次元緩和」とかいって金利を下げまくったのは(マイナス金利とかいうこともやっていたはず)基本的には良かったというか、震災後の経済をささえるには正解だっただろうと。しかし、いまの低金利水準を今後もずっとつづけていけるはずはないし、気候変動の件もあるので、コロナウイルス騒動が終わったとしても楽観はできないと。
  • (……)
  • 室に帰ると書抜き。ストレッチをしたのにどうもからだが固いので、とちゅうで椅子をおりて各種ストレッチをまたおこなった。やはり肉を伸ばすときに口で息を吐くようにしたほうがよくほぐれるのでそうしよう。(……)ふたたびデスクにもどって書抜きおよびきょうの記述。ここまで綴っていま一〇時まえ。
  • きのうや金曜日のことも記述。入浴後、ちょうど零時ごろから八月三一日の書抜き。一時間弱。その後、クソ腹が減っていたのでカップ蕎麦を用意してきて食す。茶もつくって一服しているうちにけっこう時間が過ぎてしまい、書抜きを再開したのは二時半ごろだった。それできょうは半分くらいまでしか終わらず。
  • そういえば昼に食事を取っているとき、テレビは『開運!なんでも鑑定団』を映していて、そこに篠井英介が出ていた。顔は知っている俳優だが、なまえははじめて知った。小学生のときに見た『サウンド・オブ・ミュージック』のジュリー・アンドリュースにあこがれてむかしから女性の役をやりたいという欲望がつよかったらしく、後年、『欲望という名の電車』(テネシー・ウィリアムズ原作)で杉村春子の演技を見たときも衝撃を受けて、いつかこのブランチ役をじぶんもやるんだとおもいださめて、その後実現したという。いちど、男性に女性役をやらせるのは駄目だという権利者側の意向で企画が頓挫したらしいが、粘り強く許諾をもとめてついにゆるされたということだった。出品したのはルドゥーテというベルギーの版画家の花の絵で、七〇万で入手したもののべつの画商にこれはせいぜい一、二万ですよといわれたので不安になってこの番組に出演したと。絵の価値などわかるはずもないが、見たところ実に端正に写実的で、つやもあるようでかなりきれいな植物画だったので、七〇万は高すぎるとしても一万二万ということはないんではないか、とおもっていると、一〇万円だった。じぶんも植物画とか静物画とか、なんにせよものを絵で描くことができればすごくおもしろいだろうとおもうのだが。じぶんが絵をやるとしたら人でも風景でもなくてとにかくものを描きたい。目の前にひとつものを置いて、それを絵にするということだけをやりたい。道具や形式もなんでも良い。しかし、そちらの方面の素養はまるでない。中学校時代の美術の成績は二である。
  • 335~336: 「長いあいだ社会という統一体の「肢体」――腕や肢や頭――であり、あるいはまた宇宙の諸力や「霊」の交差する場所であった身体は、徐々に、固有の [﹅3] 病気やバランスや逸脱やアノマリーをそなえた一個の全体として個々に区別されていった。十五世紀から十六世紀にかけ、長い歴史をへて、ようやくこのような個人の身体が、化学や微視的物理学において一個の生命体が「分離」されるような具合に「分離」されていったのである。その後この身体は、政治的(end335)秩序や天の秩序の模型――「ミクロコスモス」――とみなされ、そうした過渡期をへた後に、一社会の基本単位になった [註8] 。こうして準拠すべき単位が社会体から個人の身体へと移行してゆくにつれ、法律的な [﹅4] 政治学の後を継いで、個々人の表象と管理と安寧を司る医学的な [﹅4] 政治学の支配がうちたてられてゆくが、こうした移りゆきにともなって、社会文化的な公準に変化が生じてくる」; (註8): このような歴史にかんしては次を見よ。A. Macfarlane, The Origins of English Individualism, Oxford, Basil Blackwell, 1978〔酒田利夫訳『イギリス個人主義の起源』南風社〕; これ以前にも次の文献がある。C. B. Macpherson, The political Theory of possessive Individualism. Hobbes to Locke, Oxford, Oxford University Press, 1964. 〔藤野歩・将積茂・瀬沼長一郎訳『所有的個人主義の政治理論』合同出版〕
  • 338: 「十九世紀の初頭になると、医学のイデオロギーはしだいに転換をみせはじめ、摘出の治療法(病気とはなにか余計なもの――余分ななにかあるいは過剰ななにか――であって、刺絡や下剤やらをもちいてそれを身体からとり除かねばならない)はおおむねすたれてゆき、かわって付加の治療法(病気とはなにかの欠如、欠損であって、薬品なり支柱なりを使ってそれを補わなければならない)が登場してくるようになるが、それでもなお、道具という [﹅5] 装備は、あいかわらず古いテクストに代えて新たな社会的知のテクストを身体に書きこんでゆくという役割を果たしつづけており、ちょうどそれは、『流刑地にて』に描かれるあの馬鍬が、紙に書かれた命令がどう変わろうとおかまいなく、受刑者の身体にその命令を刻んでゆくのとおなじことである」
  • 339~340: 「十七世紀に、清教徒の《宗教改革者》たちは、法律家たちと手をたずさえながら、当時はからずも《物理学者 [﹅4/フィジシャン] 》とよばれていた医師たちの知をみずからもまた獲得しようとめざしたが [註11] 、ここから大いなる野心がうまれてくることになった。すなわち、ひとつのテクストにもとづいて歴史を書きなおそうという野心である。堕落した社会と腐敗した教会にかこまれつつ、聖書 [エクリチュール] がこの二つを改 - 革 [レフォルメ] 〔再成型〕するためのモデルを提供してくれるにちがいない。それが、宗教改革の神話であった。根源にたちかえること、キリスト教的西欧の根源にとどまらず、宇宙の根源にまでたちかえって、《ロゴス》に身体をあたえ、ロゴスがこれまでとは別なありかたでふたたび「肉となる」ような創生をめざすこと。このルネッサンス時代には、このような神話のバリエーションがそこここにみうけられるが、ユートピア的、哲学的、科学的、政治的、宗教的の別をとわず、いずれをとっても、《理性》が世界を創始し、あるいは復興しうるはずだという信念に支えられており、問題なの(end339)はもはや秩序や隠れたる《作者》の秘密を解読することではなく、ひとつの秩序を生産 [﹅2] し、その秩序を粗野な社会、腐敗堕落した社会の身体のうえに書きしるす [﹅5] ことだという信念をともにしていた。歴史を矯正し、たわめ、しつけなければならないという目的とともに、エクリチュールは歴史にたいしてある権利を獲得する [註12] 。世界とは理性であるという仮説にたち、生まれの特権を文字という装備におきかえようとめざす「ブルジョワジー」の手中にあって、エクリチュールは権力となるのだ。自然を変えるべく理論を自然のなかに刻みこまねばならないという信念は、やがて「啓蒙」や革命の公準に変わってゆくが、こうした信念とともにエクリチュールは科学となり、政治となる。迷信ぶかい民衆や、いまだ魔術にとらわれている地方の隅々までわけいって、それらを裁断し切断しつつ、エクリチュールは暴力となるのである」; (註11): Charles Webster, The Great Instauration. Science, Medicine and Reform, 1626-1660, New York, Holmes & Meier, 1975. とくに次の箇所。《Conclusions》, p. 484-520.; (註12): 歴史にたいするエクリチュールのこうした新たな権力については次を見よ。Michel de Certeau, l'Écriture de l'histoire, Gallimard, 2e éd., 1978.
  • 346: 「こうした道具は、外部から、また内部から過剰や欠損を矯正するわけだが、いったい何にてらしてそうするのだろうか。脚の無駄毛をとったり、眉を描いたり、髪を切ったり結ったりする場合とおなじように、正したり付加したりするこのような活動は、あるコード [﹅5] を指向している。その活動は身体をある規範のなかにとりこむのである。こうした点からすれば、衣服じたいも道具とみなすことができ、この道具のおかげで、社会的法則は、軍隊の作戦同様、自己に所属する身体 [コール] 〔部隊〕と成員をそなえつけ、モードの変化をとおして、それらをチェックし、規制し、鍛えることができるのである。自動車も、コルセットと同様に、身体を鋳型にはめ、ある姿勢のモデルに合致させるものである。自動車は、型を矯正し、実践を矯正するための道具なのだ。伝統をとおして取捨選択され、社会の市場で売られている食品もまた、身体を養いつつ身体を標準化している。それらの食品は、身体に、身分証明書にもひとしいあるフォームと活力を押しつけているのである。メガネやタバコ、靴、等々といったものも、それぞれに身体の「ポートレート」を修正している……」
  • 347~348: 「こうしてみれば、はじめにみた除去したり付加したりする操作は、さらに一般的なもうひとつの操作から派生したものにすぎず、この操作とは、身体にコードを語らせる [﹅11] ことである。すでにみたとおり、このような仕事は、社会的言語を(英語のリアライズという意味で)「現実化」し、その言語に実効性をあたえるのだ。身体を「組み立てて [マシネ] 」その身体(end347)に秩序を綴らせるというとほうもない務め [註16] 。こうした身体による法の分節化を遂行するために、自由主義経済のほうが全体主義より効果的というわけではない。それはただ全体主義とは別の方法で実施するだけである。もろもろの集団にひたすら権力の鉄の徴をつけて圧殺するかわりに、自由主義経済はひとまず諸集団をアトム化したうえで、個人という単位を社会経済的、文化的な諸契約の規則(または「流儀」)に順応させてゆくような交換の細かい網の目を増やしてゆくのである」; (註16): 社会的コードは人間ひとりひとりにそなわる自然に傷をあたえつつ個人の身体に刻まれるという思想はデュルケームのものであった。こうしたエクリチュールのとる原初形態は損傷 [・2] となるはずであり、刻銘の威力はそこから来ている。Cf. E. Durkheim, les Formes élémentaires de la vie religieuse, P. U F., 1968. 〔山崎亮訳『宗教生活の基本形態』筑摩書房
  • 348~349: 「ディスクールの信憑性 [﹅3] とはなによりまず信じる者をそのとおりにしたがわせるものである。信憑性は実行者をうみだす。信じさせること、それは行なわせることである。ところが、奇妙な循環によって、したがわせる――身体を書かせ組み立てさせる――力能とは、まさしく信じさせる力のことなのだ。法がすでに身体を使用し身体に適用され、身体の実践のうちに「受肉化」しているからこそ、法は信用されるのであり、法は「現実」の名において語っているのだと信じさせることができるのである。「このテクストを汝らに伝え(end348)るのは《現実》である」、そう言いながら法は信頼をうるのだ。ひとは現実と称せられたものを信じるのだが、ディスクールにこの「現実性」を付与するのは信仰であって、この信仰がディスクールに法の刻まれた身体をさずけるのである。法が信用され実施されるためには、かならず身体の「先行投資」が要り、受肉の資本が要る。つまり法はすでに刻みこまれた身体があればこそ刻みこまれるのである。法を他の人びとに信頼させるものは証人や殉教者や例証なのだ。このようにして法はその臣下に尊重される。「昔の人びとはそうしていた」、「ほかの人びとはそのとおり信じて行なっていた」、「汝みずから、汝の身体のうちに我が署名を宿している」」
  • 349: 「言いかえれば、規範的ディスクール [﹅6] は、すでにそれが物語 [﹅2] となり、現実的なものと結ばれ現実的なものの名において語るテクストとなったとき、すなわち、身体によって物語られ、人物列伝とともに史実化された掟になったときにはじめて「うけいれられる」のである。規範的ディスクールがみずからを信じさせながらさらに物語をうみだしてゆくためには、そのディスクールがすでに物語になっていることが前提になっている。そうしてまさしく道具は、身体を掟に順応させつつ掟の受肉化を助け、かくて掟は現実そのものによって語られるのだという信用をあたえるのであり、このことをとおしてディスクールの物語への移行を保証する」
  • 352: 「そのエクリチュールは、際限なく書きつづけてゆき、どこまでいっても自分以外のものに出会うことがない。出口はフィクションにしかなく、ただ描かれた窓、ガラス - 鏡があるだけである。この世界には、書かれた穴か裂け目のほかは何もない。それらは、裸形と拷問のコメディであり、意味の壊滅の「自動」物語、バラバラに分解した顔の狂騒劇である。これらの作品が幻想的なものをはらんでいるのは、それらが言語 [ランガージュ] のはてる境界に怪しげな現実を出現させるからでなく、ひたすらシミュラークルの生産装置があるばかりでそれ以外のものが不在 [「ひたすら」から﹅] 」だからである。これらのフィクションが小説なりイメージなりで語っているのは、エクリチュールには入り口も出口もなく、ただ自己製作というはてしない戯れしかないということだ。この神話は事件の非 [ノン] - 場所 [リュ] を、あるいは起こらない [ナ・パ・リュ] 事件を語っている――およそ事件というものがなにかの入り口であり出口であるとするならば。言語の生産機械はストーリーをきれいに拭いとられ、現実の猥雑さを奪いとられ、絶 - 対的で、自分以外の「独身者」とかかわりをもたない」
  • 355: 「欲望しあう者どうしのあいだには、もはやコミュニケーションにとってかわった言語を愛することしか残されていない。そしてまさに機械はこうした言語モデルを呈示しているのである。この機械は、たがいに差のある部品を組み立ててつくられており(あらゆる発話がそうであるように)、そのメカニズムの作用によって独身者のナルシシズムのロジックをくりひろげてゆくのだ。「大切なのは、ことば [モ] の意味を根だやしにしてしまう [﹅10] こと、ことばと戯れ、ことばを強姦して、そのもっともひそやかな属性を犯し、あげくに語と、ふだんわれわれが知っているその表現内容とのあいだに全面的な離婚を言いわたすことだ [註23] 。」 こうなれば、重要なのはもはや語られること [﹅6] (内容)でもなければ、語る [﹅2] こと(行為)でもなく、転換する [﹅4] ことであり、思いもよらぬ装置を発明してこうした転換を多様化してゆくことである [註24] 」; (註23): Michel Sanouillet, in Marcel Duchamp, Duchamp du signe. Ecrits, éd. M. Sanouillet, Flammarion, 1975, p. 16.; (註24): Cf. Jean-François Lyotard, les Transformateurs Duchamp, Galilée, 1977, p. 33-40: 《Duchamp as a transformer》.
  • 355~356: 「かくして、「現実」がテクストのなかにやってきて、そこで加工され輸出されるかにみ(end355)えた時代は終わりを告げたのだ。エクリチュールがものの暴力と愛を交わし、それらをひとつの理性の秩序のなかに住まわせていたかに思えた時代は終わってしまった。真実主義 [ヴェリスム] はただ見せかけだけのもの、真実らしさの見世物だった。ゾラの後にやってくるのは、ジャリ、ルーセルデュシャン、等々、すなわち不可能な他者を語り、みずからのメカニズムに身をゆだね孤独な勃起に身をゆだねるエクリチュールを語る「理論的フィクション」である。テクストはみずからの死を身ぶりでなぞりつつ、その死を嘲笑する。甘美な屍にすぎぬこのエクリチュールにはもはやなんの敬意がはらわれるわけでもない。それは、現実なるものの笑うべき臨終の秘跡、過去の公準にむけられた哄笑の空間にすぎない。そこでくりひろげられるのは、アイロニカルな、そして手のこんだ喪の作業なのだ」
  • 362~363: 「こうしてオラルなものが締めだされてしまったあげく、それに押しつけられてしまった歴史的な形態をもう少しあきらかにしておかねばならない。経済的な有効性を維持し、それをみださぬようにという理由によってこのような排除をこうむってしまった声は、なによりまず引用 [﹅2] というかたちをとってあらわれる。引用というのは、書かれたものの領域にあって、ロビンソンの島の浜辺についたあの裸足の痕跡にもひとしいものだ。エクリチュールの文化のなかで、引用は、解釈をうみだすはたらきと(引用はテクストを生産させる)、変質をもたらすはたらきと(引用はテクストを動 - 揺させる)、その二つをかねそなえている。それは、この二極のあいだをゆれうごき、二極のそれぞれが、引用のとる二つの極限形態を特徴づけている。すなわち、一方にあるのは、口 - 実 [ プレテクスト] としての引用 [﹅8] であり、こちらの引用は、権威をそなえた口承の伝統のなかから選別した遺物にもとづいて(注釈や分析とみなされる)テクストを製造するのに奉仕している。もう一方は、道徳としての引用 [﹅8] であって、言語のなかにこの引用の跡が描かれてゆくのは、われわれの世界を構造化(end362)していながら書かれたものによって抑圧されているもろもろのオラルな関係が、断片的に(まるで声の破片のように)、しかし遠慮なく立ち返ってくるからである。この二つが極限的なケースであって、これ以外ではもはや声は問題にならないように思われる。前者の場合、引用はディスクールが増殖してゆくための手段となり、後者の場合、引用はディスクールを逃れながら、ディスクールをバラバラに切断してゆく」