2021/6/17, Thu.

 ストア学派の「対話法」は、「意味するもの」と「意味されるもの」の区別をふくんでいる(『列伝』第七巻六二節)。意味されるもののうち重要なものは、語や句、文の意味、「表示されるもの」(レクトン)である。現在の目から見て興味ぶかいことは、ストア派がその意味論において、意味 [﹅2] と指示 [﹅2] との区別に近いものに言及している点であろう。表示するものは音声である一方、表示されるものは、非物体的である(セクストス『論駁』第八巻十二節)。指示されるもの、指示対象は、これに対して、ストア学派の理解からすればおしなべて物体的なものでなければならない。――「明けの明星」と「宵の明星」の指示対象(Bedeutung)はおなじものである。その意味は、けれども、おなじではない。現代論理学の始祖、フレーゲが Sinn と呼んだものを、ストアのレクトンはふくんでいるのである。表示される意味(meaning)は、非物体的なものである一方で、指示対象、指示されるもの(reference)はかならず物体的なものであるとする立場に触れることで、問題はすでにストア学派の自然学におよんでいる。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、124; 第8章「生と死の技法 今日のこの日が、あたかも最期の日であるかのように ――ストア派の哲学者群像」)



  • この日の前半と終盤は怠惰にふけったので、たいしたことはやっていない。五時半ごろで家事へ。アイロン掛けをおこなって多数のシャツを処理する。襟の隅に皺が寄らないようにかけてくれと母親にもとめられているのだが、これが意外とむずかしい。処理し終えるともどって、書見。三宅誰男『双生』(自主出版、二〇二一年)。この日は173から195まで。ほか、音読もひさしぶりにけっこうたくさんやった。そのあいだはダンベルを持ったり脚を引っ張ったりしているので筋肉もわりとほぐれた。ベッド上で柔軟もやったのでよろしい。からだをやはり鍛えたいというか、筋肉の面でも多少は頑健にしていきたい。音読はさいきんなまけがちだったが、声を出して文を読むと、そんなにおおきな声でなく低くちいさく読んでいるだけなのだが、やはりなぜかあたまが晴れるような意識が冴えるようなかんじになる。声を出せば、あるいは口を動かせばそれで良いのだったらひとと会話をしたり歌をうたったりするのでも良いはずだが、それらをやってもそうはならない気がする。BGMにはひさしぶりにFabian Almazan。Amazon Musicでわりとさいきんのトリオ作品もながした。メンバーはLinda OhとHenry Coleといういつものメンツ。Linda OhはFabian Almazanの連れ合いだったらしい。このひとは大学の卒論だかなんだかで、Dave Hollandのソロに見られるインド音楽のリズムからの影響みたいなテーマをあつかったらしく、コアだなあとおもった。
  • いま九時まえ。夕食後で茶を飲みながら(……)さんのブログを読んでいる。六月一六日付とその前日の一五日。後者の冒頭の引用をメモしておきたい。

熊谷 当事者研究に影響を与えた人物に、精神科医ヴィクトール・フランクルがいます。彼も「責任」という言葉を使いますが、一般的な責任とは少し異なっています。彼は人間を、人生から問いを投げかけられている存在と捉えたうえで、「私は人生にまだなにを期待できるか」ではなく、「人生は私になにを期待しているか」を考え続けること、それが責任なんだと言っているのです。人生がわたしに何を問いかけているか考えることに責任が宿ってくる。フランクルの言う責任は、必然的に自分の人生を振り返ることを要求します。
國分功一郎/熊谷晋一郎『〈責任〉の生成——中動態と当事者研究』 p.406)

  • 「どこの世も足の引っ張りあいばかり星々は告げよ明日の天気を」という一首をつくった。
  • 日記はそこそこやって、一三日から一五日までをようやくかたづけた。やっつけしごとだが。しかしそれで良いのだ。

2021/6/16, Wed.

 遥かのちにヘーゲルは、「ミネルヴァの梟は夕暮れに飛びたつ」と語った。ギリシアの知恵の女神は、ローマではミネルヴァと名をかえる。ある時代の生を哲学が灰色の思考で描きとるとき、緑なす生自体はすでに過ぎ去っている、哲学とは一時代のおわりに、その時代を概念的に総括するために登場するものなのだ、というほどの意味である。アリストテレスの思考は、古典期の黄昏に、その羽をひろげた。ポリスの夕暮れのあとを襲ったのは、コスモポリテース(世界市民)の時代と、その思考である。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、116; 第7章「自然のロゴス すべての人間は、生まれつき知ることを欲する ――アリストテレス」)



  • ちょうど一一時あたりで覚めて、一一時二〇分にいたって離床。きょうは瞑想をサボった。食事はカップ蕎麦を煮込んだものや、ジャガイモのソテーなど。新聞から沖縄の基地返還関連の記事を読んだ。キャンプ・キンザーもしくは牧港補給施設というものが浦添市にあって、嘉手納以南の返還計画の一環で二五年が目安になっているようなのだが、移設先の建設計画がすすんでいないので難しそうだと。ここは菅義偉官房長官時代からとりくんできたところらしく、四月一六日にバイデンと会ったときもキャンプ・キンザーを含めて、と具体名を明言しながら基地返還の推進をうながしたという。二〇一五年にこのキャンプ・キンザーの国道に面した部分だけは先行返還するという合意が成立し、それがさきごろ実現されて、そうすると国道が八車線に拡張できるので渋滞緩和が見込まれていると。
  • 政治面のほうの記事には、北部訓練場の返還および東村高江地区の反対運動について記されてあった。北部訓練場地域を返還するとなったときに、たしか七つあったヘリパッドのうち六つを未返還のべつの場所に移設するということが条件となり、その場所として選ばれたのが高江地区で、ここの集落をかこむようにして建設がなされるので地元住民から反対の声があがった。さいしょは住民でまとまって役所に請願に行ったりしていたらしいが、外部の活動家がはいってくると運動は過激化し、バリケードを築いて工事車両の通行を阻止したり、からだを張って妨害したりということが常態となり、すると住民のあいだでも距離を取ったりあきらめを口にしたりするひとが出はじめて、ひとびとは分裂し、最終的には機動隊の投入をまねいて終わった。菅は高江地区には多少気を配っていたようで、仲嶺というこの地区の長の連絡先を入手し、ヘリの騒音はどうですかとかたびたびメールや電話をよこしていたという。とはいえ、いまも訓練があると飛行機がぐるぐる回り、騒音のために窓がガタガタ揺れて恐怖をかんじる、と仲嶺氏の言が紹介されてあった。
  • 食器と風呂をあらって帰室し、Notionを用意してまずきょうのことをここまで。一二時半。
  • 労働(……)
  • (……)
  • あとは(……)さんのブログを読んだことと、三宅誰男『双生』(自主出版、二〇二一年)をすすめたことくらい。169に誤字があったので(……)さんに知らせるためここに指摘しておく。「(……)小隊長の、声を張りあげるたびによろめく短身のかたわらには同じようにおぼつかなない足取りの(……)」という箇所がそれである。「おぼつかない」の「な」がひとつおおくなっていた。いまのところ、こちらが気づいた誤字脱字のたぐいはそれだけ。

2021/6/15, Tue.

 現存するアリストテレスの著作の大部分は、リュケイオンにおける講義ノートであると考えられている。紀元前一世紀に講義録が再発見されたとき、それを編纂した当時のリュケイオンの学頭、アンドロニコスが、アリストテレス自身は「第一哲学」と呼んでいたものにかかわるノート群を「自然にかかわる [タ・ピュシカ] 」著作群のあと(メタ)に置いた。「形而上学 [タ・メタ・タ・ピュシカ] 」という名称は、この偶然に由来し、やがては自然学を超える [メタ] ものという意味をもつことになる。
 いくつかの層からなるといわれる講義ノートにおいてアリストテレスが目ざしていたのは、「存在としての存在(ト・オン・ヘー・オン)を研究し、また存在に自体的にぞくするものどもを研究するひとつの学(エピステーメー)」である(『形而上学』第四巻第一章)。それは、存在者の「第一の原理や原因を探究する学」(同、第一巻第二章)として、アリストテレスにとっては同時にまた、「実体」(ウーシア)とはなにかを探しもとめるこころみにほかならない。
 「存在(ト・オン)は多様な意味で語られる」(第四巻第二章)。その多様な語られかたを整理する『カテゴリー論』によれば、実体にも二種あり、そのうち第一の実体と呼ばれるものは「このひと」とか「この馬」とかいわれるもの、つまりは個物である。第二実体と呼ばれうるのは、(end112)これに対して、そうした個物がぞくする種(エイドス)や類(ゲノス)、ひと一般あるいは馬一般といった意味での「ひと」あるいは「馬」である(第五章)。『形而上学』では、むしろすぐれて実体とみなすべきものは、形相(エイドス)であると考えられることになる。個物、「ここにあるこのもの」(ト・デ・ティ)は、かならずなにかとして語られる [﹅10] かぎりで、ロゴスにおいては形相こそが「先なるもの」(ト・プロテロン)なのである(第七巻第三章ほか)。
 いっさいの運動や変化においては、可能的なものが現実的なものへと転化する。そのかぎりでは、現実態にある形相は、可能態にあるものにとって、その目標であり「目的」(テロス)にほかならない。「動かすものはつねになんらかの形相をふくんでおり」、その形相が運動の原理となり、原因となる(『自然学』第三巻第二章)。アリストテレスは、そして、すべての存在者とその運動が目ざしているものを「純粋形相」と呼び、また神と名ざしている。アリストテレスにおいて形而上学は、かくして、「神学」(テオロギケー)となって、不動で、永遠な神的存在を論じる第一哲学となる(『形而上学』第六巻第一章、第十一巻第八章)。アリストテレスにとって、神とは「第一の動者」であり、しかも「不動の動者」なのである。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、112~113; 第7章「自然のロゴス すべての人間は、生まれつき知ることを欲する ――アリストテレス」)



  • 一〇時半ごろに覚めて、一一時をまわって離床。いつものように各所を揉んでから起床した。水場に行ってよくうがいをしてきてから瞑想をする。一一時一五分から三四分まで。
  • 上階へ行き、ハーフパンツにきがえて、洗面所で髪を梳かす。髪もいいかげんに切らないと鬱陶しいのだけれど、なぜか美容室に電話をかけようという気が起こらない。食事は白米にジャガイモとワカメの味噌汁、コーンのソテーに昨夜のスンドゥブのあまりをちょっと。朝刊の一面にはイスラエル政権交代がつたえられていたとおもうが、そこに載っている情報は昨晩に夕刊で読んだものとほぼ変わらないようだったのでスルー。国際面にあったネタニヤフ政権の光と影みたいな記事のほうを読んだ。とくに対パレスチナ関係と対イラン関係で強硬姿勢をつらぬいたので中東地域が不安定化したいっぽうで、IT企業などをそだてておおきな経済成長を果たしたと。二〇一〇年から一九年だったか、一〇年で国民ひとりあたりの総生産が四〇パーセント以上上がったとあった。ネタニヤフはもともと九六年に、九三年のオスロ合意に反発する右派の声を糾合するようなかたちで、当時のイスラエル史上最年少で首相に就き、そのあと断続的に通算一五年つとめたもよう。今回の政権交代は、たしか二〇〇九年以来、一二年ぶりとあったか。二三年八月まで新政権の首相をつとめる予定の、ヤミナのナフタリ・ベネット党首は米国生まれの両親がイスラエルに移住したのちに生まれたひとで、二〇〇六年のレバノンとのたたかいでは予備役かなにかで従軍、そのあとは米国にわたって詐欺対策のソフトウェアを開発する会社をもうけて財産を築き、金はそうとう持っているらしい。イスラエル一裕福な政治家といわれることもあり、じしんも、ビジネス経験のないほかの政治家とはちがうとたびたびアピールするらしい。イスラエルにもどったあと政治家に転身し、最初はネタニヤフの側近、その後ヤミナの前身にあたる「ユダヤの家」とかいう政党をたちあげて、リクードとの連立に参加してきた。パレスチナにたいしてはネタニヤフよりも強硬だといわれているらしいのだが、今回の政権ではいちおう合意を尊重してさいしょのうちは入植拡大などには出ないだろうと。もしそうしたらアラブ政党が即座に反発して、彼らが離脱すれば政権は即座に崩壊するので(イスラエル議会の定数は一二〇だが、今次の連立政権は合わせて六二議席でかろうじて過半数を握っているだけなので)まあそれはそうだろう。
  • 文化面には、英語学習において会話重視の風潮がしばらくつづいてきたなか、文法や読解力の重要性にあらためてフォーカスした本がいろいろ出て売れているというはなしがあった。中公新書で『英語の読み方』というやつと『英語独習法』とかいうのが出て売れているらしいし、あと、柴田元幸も『英文精読教室』というやつをシリーズで出している。これはWoolf会でもいちど話題に出たが、あつかわれている英米小説のラインナップがなかなかよさそうなかんじだった。阿部公彦も似たような本を出したもようで、この記事にも、いまのような危機的な時代だからこそ、物語を読むことは生に資する、物語では葛藤に直面して明確な解決が見つからないその状況に向き合わなければならないので、そういうちからをやしなうことができる、みたいなことを述べていた。
  • (……)
  • 食器と風呂をあらって帰室。コンピューターを用意し、Notionできょうの記事をつくり、きょうはまず(……)さんのブログを読んだ。(……)さんがやばそうで、いちおうパニック障害と鬱症状を経験してきた身としてなにかをつたえてあげたい気はしたのだが、そうおもってみても(……)さんが直面した言語の無意味化にこちらもおちいらざるをえない。パニック障害はともかくとしても、鬱症状のときはほんとうにじぶんじしんはなにもしていないというか、改善したいとおもって多少の方策をためしはしたけれど、それらはとくに効果はなく、毎日おおくの時間をベッド上でやすみながら薬をいろいろ変えているうちになぜかわからないがよくなってきたというだけで、だからほぼ運によるものという感覚になってしまう。とうじはネット掲示板離人症のスレとか、自殺方法のスレとかをよくながめていて、一時期は冬になったら練炭で死のうとマジでおもっていたので、けっこう失敗しないやりかたとか、どの練炭がいいかとかをしらべ、どうやって両親にバレないようにそれを買うかとか、どこでやるかとかをかんがえたりしていた。ヘリウムを一気に吸って自殺するというやりかたもあったはずで、それをうまくやるための装置のつくりかたとかも紹介されていた。で、それまでいろいろ発言していたひとが、敢行すると言ってそのあとぱったり来なくなると、もちろん真相は知れないものの、ああ、ついにやったんだな、とみんなは理解して、冥福を祈ったり、勇気をたたえたりとおもいおもいの反応を寄せる、というながれがときどきあった。離人症とか精神疾患方面のスレでも、もう一〇年二〇年何十年も改善していないというひとの言はけっこう見られて、それを見れば、俺もそういう生になるのかなととうぜんおもったし、いちおういま回復して今後もたぶん平気そうなのは、単純に運が良かったということばしか出てこない。じぶんのちからとか、じぶんのおこないによってたすかった、死や苦しみに抵抗したとかたたかったとか、そういう感覚がまったくない。他者によってたすけられたとはいろいろな意味で言えるとおもうが。それにしてもあの掲示板はほんとうに、あまりにもありがちすぎるいいかただけれど、この世界の暗部があらわれているというかんじだった。
  • 苦しみをまぎらわせることとしてこちらがやっていたのは、ネット上の違法アップロードサイトで『HUNTER×HUNTER』のアニメを毎日ずっと見ていたことくらい。こちらのばあい感情とか人間的感覚のぶぶんがまるで消失したので、なにをやってもなにということもなく、ただベッドで寝ていてもそれはそれで橋から飛び降りることをかんがえるばかりで良くないので、一時期はアニメを見ていた。見ていておもしろいということもあまりなかったのだが、とにかく時間をやり過ごすというか、なんとか時間を過ぎさせる、というかんじ。いちおう物語を目にしていれば、そこそこそれに入ることはできたので。あとは、音楽も駄目だったのだけれど、なぜかSUNNY DAY SERVICEの『MUGEN』だけはながしていても苦にならず、聞くだけは聞けたので、それをながしてベッドにあおむけになりながら聞くということは後半よくやっていた。
  • 鬱症状におちいると、未来は完全に消滅する。この先、ということが端的になくなる。いま現在苦しみに囚われてどうにもならないその状態がすべてとなり、もし未来があるとしたらその苦しみがずっとつづく、という予測としてしかありえない。そこから抜け出すということは不可能におもわれ、想像できず、別世界のことがらになる。その永遠の苦として固化された現在をどうにかして一日ごとにやり過ごすことがそのまま生となる。
  • きょうのことをしるしたあと、三宅誰男『双生』(自主出版、二〇二一年)を読んだ。136から138の荼毘の記述が良かった。石原吉郎プリーモ・レーヴィをおもいだす。「無名性にとどまるどころか、たとえそれが一時的な見間違いでしかないとはいえ、種の垣根を越えるほどの還元を遂げてしまった死を前にして彼がそのときおぼえたのは、人間であることにつきまとうあの激しい恥辱であった」という一文が138にあるが、この「人間であることにつきまとうあの激しい恥辱」ということばを読んだとき、プリーモ・レーヴィが『休戦』の冒頭でかたっている、アウシュヴィッツを解放することになるソ連兵がかれらのまえにあらわれたときの記述をおもいおこさずにはいられなかった。下がその一段落である。

 彼らはあいさつもせず、笑いもしなかった。彼らは憐れみ以外に、訳の分からないためらいにも押しつぶされているようだった。それが彼らの口をつぐませ、目を陰うつな(end15)光景に釘付けにしていた。それは私たちがよく知っていたのと同じ恥辱感だった。選別の後に、そして非道な行為を見たり、体験するたびに、私たちが落ち込んだ、あの恥辱感だった。それはドイツ人が知らない恥辱感だった。正しいものが、他人の犯した罪を前にして感じる恥辱感で、その存在自体が良心を責めさいなんだ。世界の事物の秩序の中にそれが取り返しのつかない形で持ち込まれ、自分の善意はほとんど無に等しく、世界の秩序を守るのに何の役にも立たなかった、という考えが良心を苦しめたのだ。
 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『休戦』岩波文庫(赤717-1)、二〇一〇年、15~16)

  • 出勤まえに上階にいってなにかしらのものを食べているときに、むかいにいた母親が、靴がもうあれじゃ剝げてるじゃん、やめたほうがいいんじゃないの、ということを言ってきて、それはまえからおりにふれて言われていることである。革靴の先端が左右両方ともすこし剝げているのだ。そんなに雑なあるきかたをしているつもりもないのだが、なぜかいつの間にかそういう状態になっていた。新調したいとはおもうものの、町に出るのが面倒臭くて先延ばしにしているのだが、母親は恥ずかしくないの、と訊いてくるので、あたらしくしたいとはおもうが恥ずかしいとはおもわないとこたえた。電車のなかとかで、すわるとよく見えるじゃん、まえのひとの靴、とつづけるのに、そうだがとくに知らない人間に見られるだけだし職場に行けば靴は脱ぐのでべつに、と回答する。そういうやりとりをしながら、内心、靴の先がちょっと剝げているくらいで恥ずかしいなどということばを口にするその狭量さこそ恥を知れとおもっていた。母親がこちらにうえのような質問をよこしたということは、もしそういうボロいような靴を履いている人間を目にしたら、母親はあのひと恥ずかしくないのかな、とおもっているということだろう。身だしなみは大切なことだが、他人に外観上ちょっと十全でないところがあったくらいで、そのひとに恥を押しつけ付与してみせるその神経が狭隘におもわれて気に入らなかった。へんなはなしというか、それも傲慢なはなしではあるが、こちらじしんがそういう評価の対象になったということではなく、母親の精神がそういうありかたをしているそのことじたいに反感をおぼえた。いいかげんにルース・ベネディクトの日本文化論の世界から脱出してこいとおもう。だいいちこちらはそんなに立派に生きている人間でもないのだから、多少見た目がみすぼらしかったとして身分相応だし、じっさい革靴だってべつにボロボロできたならしいというわけではない。
  • 勤務時のことでおぼえているのは、(……)
  • (……)
  • 夕食時、いつものようにものを食べながら新聞を読んだ。夕刊。三面の下部に、あれはたしか東北地方にまつわる作品とか作家とかを紹介するシリーズだったとおもうが、魯迅の『藤野先生』という小説およびそこで書かれている藤野厳九郎という教師について記された記事があったのでそれを読んだ。魯迅東北大学、当時はまだその前身だったようだが、医者をこころざしてそこにまなんでいた時期があり、そのとき解剖学の授業をおこなっていたのがこの藤野厳九郎だったという。魯迅の日本語能力を心配した彼は魯迅を呼び出し、あなたはわたしの授業を筆記できますかと訊いてノートの提出をもとめた。返却されたそれには文法的なまちがいから誤記や書き落としまで、詳細な添削がなされていたというのが魯迅の述べているエピソードらしい。それを機にふたりの交流がはじまったが、魯迅は「幻灯事件」といって、日露戦争でロシア側の中国人スパイだったひとが処刑されながらもそれを見物している中国人たちがまったくなんの表情も浮かべずにけろりとしている、という映像を幻灯で見、それで中国人は肉体の変革よりも精神の変革をしなければならないとかんがえて医学から文学にこころざしを変え、東北大学も退学して国に帰り、両者の付き合いはなくなって魯迅は死ぬまで恩師に会うことはなかったという。それでも居室の壁にずっと肖像写真を貼っていたというから、だいぶ恩をかんじていたのではないか。
  • ほか、「日本史アップデート」。このコラムはいぜんはむかしの定説がさいきんの研究だとこういうふうに変わってきています、という趣向のシリーズだったのだけれど、それだとおそらくもうネタが尽きてきたようで、ちかごろはけっこうニッチなテーマをとりあげてポイントを解説するかたちになっている。この日は南朝の実態について。はじめて知ったのだが、後醍醐が吉野にのがれたあと南朝はずっと吉野にあったのではなく、おなじ奈良のべつのところとか、大阪とかに拠点を転々とうつしていたという。くわえて一時的ではあるものの四度にわたって京都奪還を果たしてもおり、そのさいしょは足利尊氏が弟とあらそって幕府が割れたさいにみずからすすんで南朝天皇に降伏したというから、一年くらいしかつづかなかったようだけれど、そうだったのかとおもった。南朝の史料はすくなくて長慶天皇というひとなど即位退位の正確な年月すらわかっていないありさまらしいのだが、新葉和歌集といって南朝の貴族らの和歌をあつめた歌集をしらべたところでは、けっこう人材もいて北朝と同様宮廷行事などもおこなって朝廷としての組織と体裁がととのっていたのではないかとかんがえられるとのこと。さらにおどろいたのは、一三九二年だったかそのへんで足利義満によって南朝北朝とふたたびひとつになるわけだけれど、その後も南朝の残党が何回か反乱を起こしているということで、一四〇〇年代にはいってもう応仁の乱がせまってくる一四四三年だかに内裏から神器を奪った反逆事件があり、さらにその残党が一四五七年までたおされず神器を保持していたらしいから、一四年間も三種の神器が朝廷から奪われていたわけで、これはかなりのことじゃないのか? とおもった。
  • 飯を食うまえから雨がはじまっていて、食べ終わるころにはだいぶおおきくなる時間があり、空いていた窓からひた走る雨音が家を至近からつつみ取り囲むようにひびいて、こりゃすげえなとおもわず東窓に寄ってカーテンをめくったところ、窓ガラスに室内の明かりと像が反映するそのうえからじぶんの影を乗せて暗い通過域をつくっても外の雨のようすはあまりよく見えなかったものの、ガラス上に白い粘土でつくられたようなヤモリが一匹つかまっていて、顔を寄せているうちにさっさかガラスの下端から消えていった。
  • いま九時半まえ。夕食後で茶を飲みながら、(……)さんのブログを読んでいる。最新の一四日付。さきほどから雨が盛ったりしずまったりといそがしく、いまも降りつづいておりこまかく燃えるような水音が背後の窓外から聞こえていて、空気もむしむしと暑くていかにも梅雨や夏っぽいかんじだ。ブログからは冒頭の引用をメモしておく。

國分(…)前にもお話ししましたが、責任とはresponsibilityであり、応答responseと切り離せません。しかしこれもすでにお話ししたとおり、意志の有無を確認するようにして人に負わせる責任というのは、どう考えても応答ではない。そういう責任の概念を、堕落した責任概念であるともお話しました。
 では、責任をどこから考えるべきか。僕には信仰はありませんが、ずっと「サマリア人の譬」が気になっていました。責任を考えるにあたって、この話こそが重要ではないかと思ったのです。機会があれば該当する聖書のページを読んでみていただけると嬉しいのですが、今ここで、ざっとご説明しましょう。
 身ぐるみ剥がされて瀕死の状態で地面に横たわっている旅人がいた。その横を司祭が通りかかるが何もしない。レビ人も通りかかるが何もしない。ところが三番めにそこを通りかかったサマリア人は旅人を気の毒に思って介抱するだけでなく、宿に連れて行って休ませ、さらには宿代まで支払ったうえで、「これで良くなるまでここに泊めてあげてください」と宿の人に頼む。そんなお話です。非常に人の心を打つお話で、このエピソードを主題にした宗教画もたくさんあります。
 このエピソードでもう一つ重要なのは、この話をイエスが語るのはどういう場面かということです。聖書のなかでイエスは、律法学者から意地悪な質問をたくさん投げかけられますよね。イエスはそれを全部、見事に切り返していくわけですが、この場面では、隣人に関する質問をされます。律法学者は「では、私の隣人とは誰であるのですか?」と聞く。そしてそれに対してイエスがどう答えようが、いつものように揚げ足をとろうと待ち構えているわけです。そこでイエスは善きサマリア人の譬の話をして、最後にこう質問するわけです。「この三人のうち誰が強盗に襲われた人の隣人になったと思うか?」
 このイエスの答えのどこがすごいかというと、律法学者は「隣人とは誰であるか」と聞いたわけです。それに対してイエスは「誰が隣人になったか」と返したわけです。つまりイエスは「人は誰かの隣人であるのではない。人は誰かの隣人になるのだ」と言っているわけです。僕はこれは本当に素晴らしい答えだと思います。
「である」でなくて、「になる」ですね。ここにこそ、ある種の責任をめぐる思想があるのではないか。「になる」というのはもちろん、ドゥルーズで言えば「becoming」(生成変化)です。ドゥルーズは「〜である」ではなく「〜になる」ということが大事だと考えた。僕はイエスはドゥルージアンではないかとすら思う(笑)。
國分功一郎/熊谷晋一郎『〈責任〉の生成——中動態と当事者研究』 p.390-392)

  • いま一一時半をまわっている。風呂から出てくるとテレビに歌番組が映っており、『The Covers』で、細い体躯の女性がいくらかくねくねしたかんじで揺れながら特徴的な声と発音でうたっているのに、これUAだなと判別された。とすると座って顔をうつむかせながらアコギを弾いている茶髪のひとは浅井健一かとこちらも判別されたのは、先日テレビでAJICOがこの番組に出るという前宣伝を目にしていたからだ。曲は"ルビーの指輪"で、もう終わりちかくだったしちゃんと聞いてはいないのだけれど、あまりピンとこなかった。UAのあいまいなフェイクを多用するかんじのスタイルだと、この曲にはあまり嵌まらないような気がしたのだが。

2021/6/14, Mon.

 目的論的自然観はそれ自体、自然と人為(技術)をむすぶこころみである。アリストテレスにあって、問題は、もうひとつの局面であらわれる。制作とは区別される「行為」(プラクシス)の場面、つまりはたらきの目的をその外部(制作にとっての作品)にもつのではなく、はたらきそれ自体こそが目的であるような現場である。その場面で注目されるのは、「習慣」(ヘクシス)であり、「人柄」(エートス)にほかならない。なぜ習慣、人柄なのか。病者がそれを望めば健康を取りもどすことができるわけではないように、「不正なひとでも、欲しさえすれば、不正なひとであることを止めて、正しいひとになれるわけではない」(『ニコマコス倫理学』第三巻第五章)からである。アリストテレスは、おもしろい例を挙げている(同、第二巻第一章)。(end110)

たとえば石は、自然によって下方に運動するものであって、だれかが石を一万回も上方に放りなげつづけ習慣づけようとしても、上方に運動するように習慣づけることはできないだろう。おなじように、火を下方に運動するよう習慣づけることもできないし、そのほかなんであれ、自然によって或るありかたに生まれついているものを、それとことなるように習慣づけることはできないだろう。それゆえ、さまざまな徳がひとのうちにそなわってくるのは自然によるのでも、自然に反するのでもなく、自然によってこれを受容するように生まれついている私たちが、習慣によってこの素質を完成することによるのである。

 徳はたしかに、自然に [ピュセイ] そなわることはない。徳は、むしろ一種の習慣であって、しかも自然に反することはなく、かえって人間の本性 [ピュシス] にもとづいて獲得され、やがて第二の自然 [﹅5] と化するようなもの、住みか [エートス] のように自然となるもの、人柄 [エートス] なのである。徳とは(アリストテレス自身がとらえたソクラテスの主張とはことなり)たんなる知ではない。けれども、アリストテレスは他方、「幸福」は最高の徳によって生まれる活動であり、その活動とは神的なものの「観想」であるともいう(第十巻第七章)。――プラトンにあっては、「神に似ること」が、人間の最高の知恵であった(『テアイテトス』一七六a―d)。アリストテレスはここで、師の立場へと回帰したのだろうか。(……)
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、110~111; 第7章「自然のロゴス すべての人間は、生まれつき知ることを欲する ――アリストテレス」)



  • いま一八日にはいってしばらくしたところだが、この日のことは一文字も書いていなかったし、とうぜんよくもおぼえていない。さいきんわりとなまけがちで、この月曜日もけっこうなまけていたようで読み物など「ことば」と「知識」の音読しかしていない。あとはふつうに労働だった。往路の天気があまりよくなく空の灰色と雲のこごりぐあいからして風はなかったとはいえ雨の気配をおぼえたのだけれど、たしかけっきょく降らなかったのではなかったか。坂の途中で(……)さんに遭遇したのがこの日である。ときおり出くわす老人で、もう九〇は越えているのだがなかなか元気で、落ち葉を掃いたりしているのをおりおり見かける。風貌としては、麻雀漫画の『哲也』に出てくるゴミ拾いの神保神父にそこそこ似ている。この日は道の途中に立って実ったビワを枝についたままで持っており、それはすぐ頭上の木から採ったものらしかった。このひととはなすと難儀するのは耳が聞こえないことで、こちらのことばがぜんぜんつうじないのだけれどあちらはそれを意に介さずに問うてきたりいろいろ語ったりするのだ。この日もビワの木について、何十年かまえに植えて、さいしょはあっちにあったんだけれど移して、とか、道に出ちゃうとたいへんでね、(役所かどこかが?)切れとか言ってくるんだけど、とか言っていた。こちらをこちらという個体として認知しているのか、それともここをとおる若い男はみんなそうだとおもっているのか、あたまはまだ大丈夫そうなのでたぶんいちおう前者だとおもうのだが、会うたびに、したの水道局につとめているひとかという趣旨の質問をよこしてみせる。よく知らないのだが、川のすぐうえになにかそういう方面の建物があるのだ。
  • 勤務中のことで印象深いことといってとりたててよみがえってこない。(……)
  • (……)

2021/6/13, Sun.

 可能態という存在の次元を承認して、それを現実態との相関関係においてとらえることで、他方では、自然の全体が生成の相のもとにあらわれ、また目的論的に統一された像をむすぶ。たとえば、河の流れはさまざまな土壌をはこび、それを河口に沈殿させる。潮流はこの泥土を海岸に打ちあげ、あるいは浜辺に堆積する。偶然か人為がそれに手を貸して、引き潮が泥土をはこび去ることを妨げれば、肥沃な土地がひろがってゆく。死滅した魚貝類の死骸が、栄養をさらに提供して、沃土のうえにはやがて植物が繁茂してゆく(カントの挙げた例)。
 この場合、河の流れと潮流は、養分をゆたかにふくんだ大地が海とのさかいにひろがる可能性を準備しており、現実にあらわれた土地はまた、植物の育成を可能にする条件をととのえることになる。河川と海とは沃土の可能態であり、植生は豊穣な土地の現実態である。生態系の(end107)こうした推移は、しかも不断に生起しており、生態系の相は絶えず遷移する。すべては生成の途上にあり、あらわれる極相のそれぞれは、べつの相を可能態として、そこから生じた現実態であるとともに、到来すべき他の相に対しては可能態となる。――可能性が現実性へと変わるとき、そこでは必然性、目的と条件とのかかわりを介した必然性が問題となっている。可能態から現実態への移りゆきのすべてを、偶然の結果と考えることはできないからである。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、107~108; 第7章「自然のロゴス すべての人間は、生まれつき知ることを欲する ――アリストテレス」)



  • 起床はけっこうおそくなり、正午まえ。瞑想OK。
  • 父親は献血に行ってきたとか。それでついでにたこ焼きを買ってきていた。元(……)だったビルの入り口のところで売っているもよう。ほかは前夜のあまりでチキンとかカキフライとか。いくらか切られて生のまま放置されてあった白っぽいキャベツがあったのでそれも。切片の端にほんのすこしだけ、炙られたように黒くなっているところがおりおりあったので、それはちぎって取る。レンジで熱してしんなりさせて食べようとおもっていたと母親は言ったが、生のままでも充分やわらかいキャベツだった。
  • 新聞は書評面を。入り口では『飛ぶ教室』が紹介されていたがよく読んでいない。この作品は、光文社古典新訳文庫の版でだいぶむかしに読んだ。「禁煙さん」とか「正義さん」だったか、そんな呼ばれ方のおとなたちが出てきたことと、ウーリという弱虫みたいな男子がたかいところから飛び降りた事件についてまわりの男子がいろいろ評してみせるなかにアフォリズム的なことを言ったやつがいたのと、位置づけとしてはたぶん主人公にあたる少年が夜に町の家々の灯をみながらこのどのひとつの明かりのもとにもそれぞれひとの生があるのだ、みたいな感慨をいだく場面があったことと、こどもたち同士のたたかいが『イーリアス』を模しているのではないかとおもったことくらいしかおぼえていない。
  • 書評欄本面は、『アウシュヴィッツできみを想う』みたいなタイトルの書を紹介していた。オランダ出身の精神科医アウシュヴィッツに入れられて、解放されるまえに収容所内で書いたらしい。妻だか恋人だかといっしょに入れられたのだが、この医師は収容所内で、相対的に見て囚人のなかではきわめて幸運だったといわざるをえないが医療員的な地位をえることができ、それで妻のいる女性収容棟にも出入りすることができ、彼女をはげまして生き延びさせるというのが彼の生きる目的になった、というような紹介文が書かれてあった。ほか、『古代エジプト全史』という雄山閣の本や、先崎彰容が出した新潮新書の国家論がちいさな記事で。あと、『探究する精神』みたいなタイトルの、科学者の自伝も紹介されており、これはおもしろそうだなとおもった。幻冬舎新書。大栗博司『探究する精神 職業としての基礎科学』というやつだ。素粒子分野の物理学者で、ぜんぜんわからんがなんかかなりすごいほうのひとらしく、評者は、この自伝を読むと、そういういいかたなどほんとうはしたくないが、どうしても「天才」との印象をいだかずにはいられない、みたいなことを言っていた。なんでも、少年時にアインシュタイン特殊相対性理論を理解させてくださいと稲荷神社に拝みに行ったとかいうエピソードがあるとか。
  • ほか、のちに夕食時に読んだものだが、亀井俊介坪内逍遥についての書。さいしょ亀井秀雄と混同しかかったのだが、亀井俊介はたしか岩波文庫のエミリー・ディキンソン詩集を編訳していたひとだったはず。三二年生まれとあったからもうほぼ九〇歳のはずだが、その歳でこういうしごとをするのだからすごい。坪内逍遥の文学論を精読しなおして再評価するみたいな本らしく、坪内逍遥はきちんと理論をまなんだ人間でないからそこが弱点とされ、ドイツに行って美学理論など受容してきた森鴎外からけなされていたらしいのだけれど、むしろ理論先行でないかたちでじぶんなりの文学との向き合い方接し方を手探りでもとめ見出していったそこが魅力であり、その射程はいまの時代にも充分に通用するものなのではないか、というようなはなしのようす。坪内というとシェイクスピアをだいたいぜんぶ訳していたはずで、それはわりと読んでみたい気がする。
  • あと、なまえをわすれたがブルガリアだか出身の学者による、『模倣の罠』とかいう国際政治についての本。いま権威主義体制の国々が自由民主主義側のしくみやかんがえをいかに表面的に都合よく盗用したか、みたいな分析らしい。プーチンのロシアはおもてむきだけ選挙制度などとりいれつつも実態は不正がまかりとおっている「詐欺師」だ、と断じられていると。文中に触れられていたのだが、ハンガリーオルバーン・ヴィクトルはもともと民主化の旗手だったという。そうだったの? とおもった。
  • (……)
  • (……)
  • いま風呂を出てきて、もう日付が変わるまえ。日記を書きたいのだが、どうも気力が湧かないので、やる気が出るまでひとの文を読むかというわけで、津野海太郎「最後の読書: 03 子ども百科というテーマパークで」(2017/7/5)(https://kangaeruhito.jp/article/491(https://kangaeruhito.jp/article/491))を読みはじめた。瀬田貞二という児童文学者について。平凡社の『児童百科事典』という全二四巻の編集者として紹介されており、津野とこの事典の接点をかたるなかで、「このエッセイを『グラフィケーション』という企業PR誌に寄せたのが四半世紀後の1978年で、このとき『児童百科事典』の現物はもう私の手元からは消えていた。その10年ほどまえにアングラ演劇にのめりこみ、あっというまに食えなくなって、子どものころからの蔵書を3千冊ほど、早稲田の古本屋に売り払った。そのなかにこの百科がふくまれていたのだ」と書かれている。前回前々回で鶴見俊輔幸田露伴をモーレツ雑食多読派などと称していたが、このひとじしんも、「子どものころからの蔵書」が三〇〇〇冊以上もあったのだから、相当なものではないか。
  • つづけて南直哉「お坊さんらしく、ない。: 一、「老師」はつらいよ」(2021/5/20)(https://kangaeruhito.jp/article/70551(https://kangaeruhito.jp/article/70551))も読んだ。本人はじぶんが「坊さんらしくない」と言っているけれど、したの言い分など、やはりいかにも仏教者らしいものだなあとおもってしまったのだが。

 考えてみれば昔からだ。学生のときは学生らしくない、会社員のときは会社員らしくない。ついに坊さんになったら、それでも坊さんらしくない。
 逆もある。出家した後、いろいろな人から言われた。君は新聞記者になればよかった、証券会社に向いている、暗に立候補を誘われたこともある。
 つまり、私はどこにいても、何をしてもズレているのだろう。ただ、もう私はそれに馴れた。悲観するような歳でもなくなった。さらにいえば、このズレや違和感はあってもよいし、むしろ持っていたほうがよいのではないかと、最近は思う。
 板に付いてしまったら、もう動けまい。違和感なく満足してしまえば、足腰は重くなるだろう。そう思うと、ズレの感覚は何かの可能性を予告するものかもしれない。
 思えば、地位や敬称の意味や、それが要求する態度や振る舞いを規定するのは、安定した社会集団の秩序だろう。「社長」という役職の意味、「老師」などの尊称のランクを決めるのは、それを設定する集団における秩序体系である。
 ならば、この集団が解体するなり、変化すれば、「板」が壊れて「付く」どころの話ではなくなる。すると、往々にして人は「浮足立つ」ことになり、不安に駆られて行動が拙劣になりかねない。
 常にズレている人間は、要するにどこにいても「ここが居場所」という気がしない。どこであろうが「仮住まい」にしか思えない。いつも浮足立っているから、「落ち着いて」浮足立っている。

2021/6/12, Sat.

 自然という語は、第一義的には「生長するものの生長」そのもののことをさす(『形而上学』第五巻第四章)。運動の原理としての自然は、アンティフォンの例に見るとおり、まずは素材であることである。けれども、木製の寝台から、ふたたび芽が出て、それがもういちど樹となる(end104)とすれば、木のかたち(エイドス)もまた運動の原理にほかならない。制作物もそのかぎりでは同様であろう。「ある意味で、事物がそれから生成し、生成したその事物に内在しているそれ〔質料〕が原因であるといわれる。たとえば銅像においては青銅が、銀杯においては銀がそれであり、またそれらを包摂する類〔金属〕も銅像や銀杯の原因である」。「しかし、ほかの意味では、事物の形相(エイドス)または範型(パラデイグマ)が原因であると言われる。これは、その事物がなんであるか〔本質〕(ト・ティ・エーン・エイナイ)をあらわすロゴスなのである」(『自然学』第二巻第三章)。――素材が質料として生成を規定する(質料因)。だが他方、そのものが「そもそもなんであるか」もまた生成をさだめ、その原因となる(形相因)。もののエイドスこそが、自然の「ロゴス」である。これに生成の第一のはじまりをくわえ(始動因)、またそのおわりを数えあげれば(目的因)、有名な四原因の説となるだろう(同)。「人間が人間を生む」場合には、父親が形相因であり、始動因となる。目的因は、やがて人間となるその子であることになるはずである(『形而上学』第十二巻第四章)。
 自然とは存在者の運動の始源である。自然はまた実体(ウーシア)、つまり存在者を当の存在者としている原理にほかならない、とアリストテレスはいう。だが質料は、それだけでは真に在るもの、実体となりえない。ただの質料はそれ自体で存在することも、「これ」として指示することもできない。だから、「質料がすなわち実体であるとすることは、不可能なのである」(end105)(第七巻第三章)。自然は、それがどれほど莫大なものであれ、あるいは不断にすがたを変じてゆくものであっても、つねにかたちとともに与えられる。カントの例を挙げるならば、一望のもとにとらえがたい冬の連山も、嵐に逆巻く夏の海も、かたちを破壊することにおいて、なおかたちでありつづける。形相をはなれて、自然を考えることはできない。けれどもまた、形相を質料とは無縁で、外的なものとみなすことも、不可能であるはずである。
 木が自然に材木となり、材木が自然にしたがって寝台となることはない。一方、材木は樹木の木理にしたがって切りだされ、ひとはまた植物の繁栄力を利用し制御して、農耕をいとなむ。材木のうちには、柱に向くものもあり、また寝台として利用するのに適切なものがある。植物のたねがそもそも芽吹く可能性をはらんでいないなら、それを播いて収穫することは現実にも不可能である。質料とは、形相を可能性においてふくむものであり、「可能態」(デュナミス)にあるものである。質料の可能的に宿す形相が実現されたありかたは、これに対して「現実態」(エネルゲイア)と呼ばれてよいだろう。たねは可能態にある存在者であり、みのった麦の穂は、その可能性が現実化され、現実態においてある存在者なのである。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、104~106; 第7章「自然のロゴス すべての人間は、生まれつき知ることを欲する ――アリストテレス」)



  • 一〇時ごろに覚醒し、いつもどおり各所を揉んで、一〇時三八分に離床。曇り気味だがベッド上に陽の色もあるにはある。またひさしぶりに夢を見て、きょうも(……)が出てきたようなおぼえがあるが、こまかいことはわすれた。水場へ行って、よくうがいをしてきてから瞑想。一〇時五二分から一一時九分まで。そとで鳥たちが盛んに鳴きしきり、都会の雑踏のように声たちが交錯しているなかに、ウグイスやヒヨドリがやはりめだってあかるくぬけてくる。
  • 上階へいくと居間は無人。家中にひとがいないことを、寝床の時点でむろん察知していた。両親はふたりそろって買い物に出かけたらしい。寿司を買ってくるとメモ書きにあったので、それなら待とうかなとおもい、髪を梳かして風呂をあらったのみで下階にかえった。コンピューターを用意してLINEをひらくと、(……)がきょう誕生日らしくみなに祝われていたので、じぶんもかんたんな祝福をおくっておく。ウェブをながめて時をすごし、トイレに立ったのを機になんとなくギターを弾こうという気になって、隣室にはいった。ひさしぶりに楽器に触れたが、ぜんぜんうまく弾けない。しっくりくるかんじがちっともない。瞑想をしているときみたいな不動性において弾きたいのだが。やはり曲という枠組みをもうけずにブルースのスリーコードでてきとうにアドリブしているだけだから駄目なのか? 姿勢もあいかわらず、適したものがみつからない。
  • 両親がなかなか帰ってこないので、腹も減ったしもう食べてしまおうと階を上がって、きのうのケンタッキーフライドチキンのあまりと同社のカップ入りコールスローサラダ、あと魚肉ソーセージを用意して食った。同時に新聞記事を読む。例によって国際面である。周庭がきょう釈放されるという報があった。二〇一九年六月の集会にからんで無許可集会を煽動したとかいう罪状で、昨年末だかに禁錮一〇月を課せられていたのだが、受刑態度が良いとかで刑期の短縮がみとめられたもようという。二〇一九年六月の集会にまつわる刑は公安条例違反を根拠としたものだったとおもうのだが、そろそろ施行されて一年になろうとしている国家安全維持法違反のほうは、先日の記事にも触れたとおり、やはりまだ起訴されていないと書かれてあった。香港ではまた、映画作品の検閲規定があたらしくなり、国家の安全を害するおこないに共感し、また支持とか推奨とか煽動とかするような表現があるとみとめられた映画は上映できなくなるという。中国本土とおなじような検閲環境になるということだろう。
  • ほか、韓国で保守系の最大野党「国民の力」の党首に、李俊錫という三六歳の若手が就任したと。もとベンチャー企業経営者で、韓国にはおそらく根強いのだろう長幼の序を破壊したと話題になっており、三六歳だと同国では大統領選の被選挙権はまだないらしいのだが、それでも民衆からの人気は圧倒的で、この党首のもとで「国民の力」は来年にひかえた大統領選で文在寅を打倒することをめざすと。ベンチャー企業経営者の経歴にふさわしくとやはりいうべきか、固定観念を打破することで国を変革するといさましくとなえており、保守勢力もみずから改革しなければならないと意味論的には撞着語法ともみえる言辞をあやつって、たとえば実力本位システムの導入を提唱し、大統領選の候補だったか国会議員だったかわすれたのだがなにかしらの公職にかんしては資格試験をもうけてコンピューターの運用能力とか資料の作成能力とかを問うとか、行政府の広報官についても同様に試験で決めるとか言っており、だから二〇歳代の大学生が記者会見し、党のメッセージをつたえることになるかもしれない、とアピールしているらしい。二〇代三〇代の会社員でエクセルをつかえないひとなどまずいないのだから、国会議員だってそうでなければならない、ということも言っているようだ。
  • ものを食べ終えて台所で皿を洗いはじめたところで両親が帰宅した。いま食べたところだと言い、寿司は夜にまわすことに。買い物袋にはいった豆腐などの品々を冷蔵庫に入れておき、それから茶をこしらえて帰室。つくったものを飲みながらきょうのことをここまでしるすと一時半をまわったところである。
  • それからベッド縁にこしかけたままきのうのことを記述。書きぶりがまた、ていねいとまではいかないにしても、ゆったりとして一歩一歩を踏むようなものになってきている。ここさいきんはわりとてきとうにざっざっとすばやく指をうごかすかんじだったのだが。いまくらいのおちつきならまだいいが、これでまたもっとこだわるようになってくるとたいへんなのでそれは避けたい。ちからを抜いてゆるやかにしずかに書けているのは良いことだが。二時台後半でずっとすわったままでいた脚がこごってきたのをかんじたので、トイレに立ったのを機にいちどベッドにころがり、肉をほぐした。かたわら(……)さんのブログを読む。六月一〇日分と、一月一八日一九日。それで下半身がけっこうほぐれたので、打鍵にもどり、きのうの記事をしあげて投稿するといまは四時半まえ。ベッドにころがるまえに母親が干しておいた布団をベランダからとりこんだのだった。きょうもきのうよりはましとはいえ気温はわりあいに高く、すわって文字を打っているだけでも汗をかんじるが、天気としては陽射しはそうおおくはなく、ベランダに出たときもあかるい曇りのやわらかい大気だった。父親の布団も両親の寝室に入れておいた。
  • いくらかストレッチ。ベッド上で、合蹠や前屈など。それから歯をみがくあいだに、津野海太郎「最後の読書: 01 読みながら消えてゆく」(2017/5/8)(https://kangaeruhito.jp/article/477(https://kangaeruhito.jp/article/477))を読んだ。黒川創が家族で「SURE」という編集グループをやっていて、鶴見俊輔が晩年につけていた「もうろく帖」というノート全二三巻の抜粋を出版したらしい。そこにしるされたことばを題材におもいをめぐらせたエッセイというおもむきの文章で、この『最後の読書』は今年か去年かおととしかわすれたが読売文学賞をとっている。
  • 鶴見俊輔のノートからひかれている短文に、「○しばらく人間になれて/おもしろかった。」とあって、べつにじぶんは輪廻転生を信奉しているわけではないが、このことばはわるくない。
  • さいごのメモ書きのあとには以下の付記があるという。

〔二〇一一年一〇月二七日、脳梗塞。言語の機能を失う。受信は可能、発信は不可能、という状態。発語はできない。読めるが、書けない。以後、長期の入院、リハビリ病院への転院を経て、翌年四月に退院、帰宅を果たす。読書は、かわらず続ける。
 二〇一五年五月一四日、転んで骨折。入院、転院を経て、七月二〇日、肺炎のため死去。享年九三。〕

  • 津野海太郎もふれているが、「言語の機能を失」い、はなすことも書くこともできなくなったそのあとも三年いじょう、「読書は、かわらず続け」たという事実は印象深い。
  • 鶴見俊輔の「モーレツな雑書多読少年」ぶりについてはしたのとおり。

 鶴見の読書史はかれが3歳のとき、宮尾しげをのマンガ『団子串助漫遊記』を熱中して読んだことにはじまる。小学生のころは平均して1日4冊、授業をサボり、古本屋で立ち読みして、マンガや大衆小説を中心に1万冊以上の本を読んだのだとか。そこには『評判講談全集』『鞍馬天狗 角兵衛獅子』『相撲番付表』『苦心の学友』『小公女』『巌窟王』などのほか、丘浅次郎『進化論講話』や西村真次『人類学汎論』といった学術書、さらには『荘子』や『プルターク英雄伝』などの古典までが混じっていたという。

  • 「いくばくかの誇張があるかもしれない。でも、たとえそうだったとしても、当時、かれが日本一のモーレツな雑書多読少年だったことはまちがいなかろう」と津野は評している。やっぱりなんでも選り好みせずに読まねばなあとおもった。数や量をおおく読むことそのものを目的にするのは阿呆くさいが、まえからしるしているとおり、軽薄な無節操性にこちらはいっしゅの憧憬があるようなので(英語でいうと、あまり良いことばではないのだろうが、promiscuous=「誰とでも寝る」)。
  • 文中にはまた、堀江敏幸の「途切れたままの雰囲気を保つこと」というエッセイがひかれてもおり、これは串田孫一の「ドン・キホーテと老人」というエッセイにふれながら「学ぶという営み」についてかたっているものらしいが、引用文中の、「到達点ではなく通過点を重ねてこの世から消えるような、そういう勉強の仕方を身につけた方々が、たしかに存在する」というぶぶんはなかなかよい。もちろん、「到達点ではなく通過点を重ねてこの世から消える」ということばで、こういう言い分はどうしたってじぶんの性分に合ってしまう。
  • 五時で上階へ。アイロンかけをおこなう。やたらと処理すべきシャツがおおかった。夕刻の窓にうつる空は青さをしずく単位ではらみながらも白くなべてひろがり、といって季節がいまだからまだまだ暗くはなく鳥の声もこどもの声も散っており、"Mr. Tambourine Man"のメロディを気まぐれにくちびるで吹きだすとしずかでやわらかな大気はおもいのほかに振動の輪郭をあらわにかたどって、朗々とはいいすぎだがまるで鳥鳴のようにはっきり浮かべてのびやかにひびかせる。アイロンをかけるときはスプレー容器に水をいれてそれを霧吹きのように吹いてから器具を布に乗せてのばしていくのだが、しゅっしゅっとやっていると、肌には感触がないのに網戸になった正面の南窓からよわいながれが忍んできているらしく、容器のそとに解放されたおさない水の群粒子らがほんのすこしだけこちらのほうに押しもどされてから消えていく。高熱の面をあてられた布地から瞬間熱された水気が蒸発してのぼってくるようで、作業をすすめているうちにからだがあつくなって汗を帯びた。いくつものシャツ類をかたづけおえると、もう腹が減ったので食事をとることに。ちいさなパックのちらし寿司にチキンののこり、汁物はシジミの即席スープである。野菜がなかったので、キュウリを一本切りわけて乗せた皿に味噌を添えた。そうして夕刊を見ながらものを食らう。社会面に、「特定屋」もしくは「復讐屋」の話題。SNSアカウントなどを分析してひとの素性をつきとめる業者または個人がインターネット上で商売をしていて、ストーカーに利用されたりしているとのはなし。まったくもって面倒な世になったものだ。こちらもさっさと過去の記事を検閲しておかないと、なにかの拍子に特定されて恥をかいてしまう。文化面には坂口恭平が『躁鬱大学』という新著を出したと。その横には三浦哲郎の生誕九〇年を期して神奈川県近代文学館で展示がなされているとの紹介。井伏鱒二が恩師だったらしい。あと、先ほどの記事でもなまえをみた黒川創が、四〇歳代の文章をまとめた本を出したとかいう報もあった。
  • テレビは『人生の楽園』という番組で、悠々自適みたいな暮らしのひとを紹介するやつであり、母親はこれをよく見て見るたびにうらやましがったり憎まれ口をたたいたりしているのだが、きょうは東京はあきる野市で早期退職して農業などをやっている六四歳の男性が紹介され、それを見た母親はやっぱりみんな年を取るとやりたくなるのかなあと、すこしばかり不満のトーンをふくませながら父親と照らし合わせてもらすのだが、そんなわけがあるまいとおもう。定年退職したからといって農業や畑仕事をやろうという人間など、むしろ少数派ではないのか。まずもってスペースがないだろうし。ほんのちいさな家庭菜園とか、植木や花をそだてるくらいならよくあるかもしれないが。この番組のひともいぜんはガシガシはたらいて、金と利便性を追求する世の趨勢に乗って生きてきたようだが、ブータンを旅行したのを機に自然とともに生きるひとびとの暮らしに感化され、ファストや加速度ではなくてゆっくりをキーワードにいまを生きているらしく、そういうスローライフ的イメージへのあこがれは、義務と労働に疎外され忙殺されることが常態である現代社会、まあひろく行き渡ってはいるだろう。こちらのまわりでも、(……)がよくはなしているが、ほぼテレワークで労働できるIT系のひとなどが越してきて別荘的なかんじで住んでいるという。自然に触れて癒やされて、みたいなのもまあ退屈な幻想図ではあるものの、じっさい土と風と草木に触れて心身がやすらぐということは、人間ある程度まではあるとはおもう。
  • 皿をあらっていると隣の母親がテレビにうつっているそのひとにかんして、でもひとりじゃあさびしいよね、パートナーさがせばいいのに、とかいうのだが、まったくもって余計な世話だ。それもかんがえかただけど、ともつけたしていたが。でも、いるんじゃない? とこちらは受けて、母親も、いるよねえ、けっこう格好いいもん、とおうじたが、表情のやわらかさからしてもいまの生に自足をおぼえて充実しているようだし、おちついていて朗らかな雰囲気のひとで翳があるというかんじもないので、恋人連れ合いうんぬんは措いてもすでに仲の良い隣人はいるのではとおもうし、いまいないとしてもこれからふつうにいっしょになるあいてができるのではないか。
  • こちらも数年前までは、結婚はしないが生をともにおくるパートナー的なあいてはほしい、とおりおり表明していたけれど、いまはもうそういう欲求はなくなった。
  • 夕食をとってもどってきたあと、緑茶で一服しつつ、また肩や背をもみほぐしながら、津野海太郎「最後の読書: 02 わたしはもうじき読めなくなる」(2017/6/5)(https://kangaeruhito.jp/article/482(https://kangaeruhito.jp/article/482))を読んだ。この回は前回ひいてあった幸田文の一文をひろげてはなしを展開しているのだが、なかにひかれている幸田文のことばに「気ぶっせい」という単語があり、なんだこれはとおもった。はじめて知る語彙だったのだが、「気ぶっさい」すなわち「気塞い」の変化したもので、気がふさぐ、気詰まりである、鬱陶しい、くさくさする、というほどの意味らしい。検索すると「東京の方言」ともいわれているので、江戸言葉ということか? 幸田文は「ぞんき」などという語ももちいているけれど、これも津野によれば「「無愛想」を意味する江戸ことば」だという。検索すると、わがままでおもいやりがないこと、不親切、ぶっきらぼう、邪険、などの意が出てきて、里見弴の用例がひかれている。日本語にもまだまだまったく知らないことばがたくさんあっておもしろいものだ。
  • うえまで書き足して八時。
  • そのあとはたいしたことはやらなかった。(……)やはり脚をすみずみまでほぐすのは効果的だ。そのおかげできょう(一三日)も起きた直後から下半身の感覚は良かった。あとは就床するまえにほんのすこしだけ三宅誰男『双生』(自主出版、二〇二一年)を読んだことくらいしかおぼえていない。

2021/6/11, Fri.

 まず、自然とはなんであるかが考えなおされなければならない。「自然によって」(ピュセイ)存在するものとそれ以外のものを区別し、前者の原理(アルケー)をあきらかにしなければならないはずである。アリストテレスは、つぎのように説いている。

存在するもののうちの、或るものは自然によって存在し、他の或るものはその他の原因によって存在する。自然によって存在するものたちは、動物とその諸部分、植物や、単純な物体、たとえば、土、火、空気、水などである。(中略)これらはすべて、自然によってで(end102)はなくつくられたものにくらべて、あきらかにことなっている。なぜなら、自然によって存在するものたちは、それぞれ、みずからの運動と停止の原理をもっているからである。その或るものは、場所的な意味での運動と停止であり、或るものは量の増大と減少の意味でのそれであり、或るものは性質の変化という意味でのそれである。これに対して、寝台や衣服、その他この種のなにものであれ、それが寝台とか衣服といったなまえで呼ばれているそのかぎり、すなわち技術によって存在するものであるかぎりでは、それ自身のうちに、変化へのどのような自然的傾向ももたない。(『自然学』第二巻第一章)

 存在者が自然的な存在者と、制作された存在者に二分され、後者との区別で自然的な存在者が規定される。たとえば、人間はみずから歩行するが、寝台がじぶんで移動することはない。トカゲは切れた尻尾を再生させるが、破れた衣服がみずから修復することはありえない。植物はおのずと生長し、枯死するけれども、建造物がさらにじぶんで階をかさねることはない。――機械であるなら、自動的にはたらくといわれるかもしれない。とはいえ機械をそのようにつくり上げたのは人間であり、機械を動かしはじめるのも人間である。原理という意味でも、はじまりという意味でも、アルケーは人間のうちにある。
 それでも、アンティフォンが指摘していたように、寝台からさらに芽吹き、やがてまた木と(end103)なることもあるではないか(同)。「寝台」というなまえで呼ばれているかぎりでの、つまり、寝台として役だつものであるかぎりでの寝台から、芽が生まれるわけではない。寝台から芽が出るのは、寝台としての寝台のはたらきではないのである。あるいは、ベルクソンが説くように、年を経て家々が古びて、街が私とともに年老いることもある。けれども、家にツタが絡みつき、街が風雨にさらされて古色を帯びるのも、それ自身、むしろ自然過程に依存している。およそ「人間は人間から生まれるけれども、寝台が寝台から生まれることはない」(同)。技術はたしかに、一方では自然がなしとげることはないことがらを達成する。とはいえ、そこでも「技術が自然を模倣する」のであって、逆ではない(第二巻第八章、七章)。――労働するとき、人間は自然のふるまいにしたがい、素材のかたちを変えるだけである。素材にかたちを与える労働にあって利用されるものも、自然力にほかならない。のちにマルクスがそう書いたとき、アリストテレスの発想が念頭にあったことはまちがいない。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、102~104; 第7章「自然のロゴス すべての人間は、生まれつき知ることを欲する ――アリストテレス」)



  • 一〇時台後半にめざめ。寝床にいるあいだは空が白かったが、ひかりの感触もあり、気温は高くて大気に熱がこもっており、その後いくらか陽射しが露出する時間もあった。臥位のままこめかみや腰まわりや背を揉んでから、一一時一五分にいたっておきあがった。部屋を抜け、洗面所でうがいをし、トイレで黄色い尿をからだから排出したのち、ベッドにもどって枕にこしかけ、瞑想をおこなった。一一時二五分から四二分くらいまで。まあまあ。おきぬけだと背がまだかためだから、姿勢を保つのにすこし苦労する感があった。
  • 上階へいき、母親にあいさつしてジャージを履く。洗面所にはいってドライヤーをつかい、髪を梳かす。いなり寿司や、ズッキーニや鶏肉を入れたトマトソース煮をつくっておいてくれたので、それをいただく。新聞をめくって国際面を見ながらものを口にはこんで摂取する。ニュースはまず、中国で反外国制裁法というものが成立したとあった。米欧が人権関連で制裁を課してくるのに対抗措置を取るための法とのこと。この法の全人代での審議はかくされていたようで、四月からはじまっていたようなのだが、数日前になってようやく官製メディアで報道されたという。もうひとつには、米国のシリーズを読んだ。きょうもバイデン政権のインフラ政策について述べたもので、二月に米国では大寒波があり、冬でも温暖なはずのテキサス州でも停電が起こったり水道管が凍って破裂したりしたらしいところ、気候変動への対策が必要とおもわれバイデンはそれを推進しようとこころみているのだが、例によって共和党が反対していると。バイデンが計画しているインフラ整備は二兆ドルの規模。大寒波を受けても共和党は、クリーンエネルギーへの依存がむしろ惨事をひきおこしたと主張しており、テキサス州の知事は共和党のグレッグ・アボットなのだが、いわく、風力発電の設備が凍ってつかえなくなったからだと。そんな調子で惨事の原因を解明するための州議会での議論もあまりうまく行かず、対策法案もふたつが可決されたのみで、民主党の議員からは、あの冬の嵐を受けても共和党は気候変動対策法案を審議しようとすらしなかった、という嘆きの声がきかれていた。共和党は基本的には自由市場主義のかたむきがつよいので、気候変動対策で経済を規制したりするのには消極的で、全米五〇州のうちいまは二七州が共和党の知事でありバイデンの行く手にふさがる障害なので、前途多難、というはなし。テキサス州では電力も自由競争で、一〇〇社以上の電気業者があり、ひとびとはそこからじぶんで好きな会社をえらぶらしいのだが、冬の寒波のさいには電気料金が爆発的に値上げして、あるひとのところには、二月一日から一九日までの期間で一二七万円分もの請求がとどいたと。それで集団訴訟が起きているらしい。
  • 風呂をあらいながら、めのまえの具体的なことをひとつずつきちんとやるのがやはり大事だなとおもった。
  • コンピューターを用意し、ウェブを見たあと、一時まえから日記。きのうの分をすぐにしあげ、今日のことをここまでつづると一時半直前。きょうも三時台後半には労働に発たねばならず、帰りも一〇時半くらいにはなるだろう。
  • 洗濯物をとりこみにいった。上階にあがったついでにトイレにもいったが、玄関にでるとそとで、林の木々が風の音を雨に変換しつづけているのがきこえる。じっさいきょうは風が盛んで、ベランダに出てからも林は泡立つように鳴りつづけているし、もちろん涼気が肌や髪にも寄せてくる。このときは薄陽があり、ベランダの南側の端には白い日なたが走っていた。とはいえ空は晴れ晴れしくはなく、汚くにごるわけではないが各所の雲の湧泉におうじて水色が全体的に稀釈されて衰弱している。洗濯物をなかに入れると、柵に取りつけられてあった毛布などはたたんでソファのうえに置いておき、タオルなどもたたんで洗面所にはこんでおいた。
  • ベッドで下半身をほぐしながら三宅誰男『双生』(自主出版、二〇二一年)を読んだ。いま103あたりまでいったが、クソおもしろい。『囀りとつまずき』はやや特殊な作品だったが、こんかいはガチガチの正統派と言って良いのではないか。分身譚というものをぜんぜん読んだことがないのでわからないとはいえ、いっぽうと他方の地位が入れ替わるという展開じたいはたぶんオーソドックスなのだろうけれど、そういう「譚」としての、つまり物語としてのおもしろさもあるし、これからどうなるのかなとおもう。入れ替わりじたいはオーソドックスだとしても、そこまでのみちすじのつけかた、経路のととのえかたがきわめてていねいで、作品のどこをとってもとにかくこのうえなくていねいに書かれつくられているというそのことに感動する。
  • 「入れ替わり」と書いてしまったけれど、むしろ「後追い」とでもいうべきだったか。
  • 書見は三時すぎまで。とちゅう、山梨から帰ってきた父親が植木に水をやっている音がきこえていた。階をあがって、ふたつのこっていたいなり寿司のいっぽうを立ったまま食し、すぐにもどる。歯磨きやきがえをするともう三時半だから猶予はとぼしい。きょうのことをすこしだけかきたして、三時四〇分ごろに上階へいき、マスクをつけて出発した。風はまだつよく吹きさかっており、林の木立ちははげしくかきみだされて大ぶりにあえぎざわめきを降らせていて、おおげさだが台風が接近しているかのようだなとおもった。空では白さが勢力を増して水色は消えたわけでないが隠れがちで、全体にくもりに傾斜し薄日向もない。公営住宅まえをいきながらみおろすと、棟の壁の二辺に接した角にあつまるアジサイがおおきくあざやかになって、毬かチアダンスのボンボンのおもむきだった。紫がかすかに混ざったようなピンクの群れに左右をかこまれたそのあいだに、はっきりしない青さをはらんだ水彩淡色の一団がいた。坂道に折れるまえ、足もとの道端にちいさな葉のかけらのような、鈍い褐色の蝶か蛾が寝ていたが、とおりかかると浮きあがって、短時ついてくるようにして身のまわりをおどっていた。木の間の坂の終盤では左右の脇におびただしく群れ重なって縁なしている薄黄色い竹の葉が、色といい乾きといいかたちの保たれかたといいあきらかにあたらしく降ったものなので、竹秋ってこんなにながかったかとおもった。坂をのぼりきって街道に出、横断歩道を待っているあいだ、鳥がどこかから飛び立って路上の宙を横切りあまり波打つことはなくしかしこまかくふるえてすこし曲がりながらわたっていくさまに、ならいの反射のようにして風に吹き飛ばされる木の葉をさいしょはおもったものの、木の葉というよりはおおきな木の実か、投擲された木片のようだなと軌跡のたしかさにおもいなおした。
  • 職場に行って勤務。(……)
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  • それで一〇時すぎに退勤。電車で帰路へ。最寄り駅でコーラのボトルを買って帰る。木々にかこまれて暗い坂道を下りてぬけると、平らな道の前方に淡いひとかげがあり、右手に荷物を提げて重みのためにややかしいだようなその姿勢はおそらく(……)さんだろう。煙草の残り香も香ったし。
  • 帰ると母親は入浴中だった。手洗いとうがいをして階段を下りると父親はそこの室におり、ただいまと向けた先のその顔が赤いので酒を飲んだらしい。自室にたどりつくと服を脱いで休息。一一時すぎで食事に行った。父親が買ってきたものだとおもうが、ケンタッキーフライドチキンなど。そのほかにもサラダやトマトソース煮などあまっていた品々がたくさんあって、豪勢で豊富な夕食となった。米が釜にのこっていたさいごのぶぶんなので水気がなくかたまりかけていたのが惜しかったが。新聞は一面の、国民投票法が成立との記事くらいしか読まなかったとおもう。三年がかりでようやく成立と。二〇一八年に自民公明維新の会が提出して以来、立憲民主党などがCM規制の議論をもとめて反対していたのだが、成立後三年以内にそういった規制まわりの検討をして必要な措置を講ずるという付則を自民が飲んで、それで立憲も賛成にまわって可決という経緯。ただ、またうやむやになるか、議論がなされたとして通り一遍のものになりそうな気もするが。CM規制がなされなければ、資金力のある自民党がテレビをもちいて大々的なキャンペーンを張ることができるから、周知の面で与党が圧倒的に有利なわけである。九条改憲の是非じたいは措くとしても、柄谷行人など憲法の無意識などといってフロイトを援用しながら非武装原則の九条をあらためることを日本人はおそれているから改憲はできない、やってみるがいい、みたいなことを言っているらしいが(当該の岩波新書を読んでいないので不正確な認識だが)、ネット右翼も増えて極右の動向も高まり、日本会議が国会に跳梁跋扈している現在、ことによったらふつうにすっと改憲してしまうのではないかという気もするのだが。
  • 食事を終えるあたりで、母親が『達×達』という番組をうつしだした。分野のちがう達人同士が対談する趣向のものらしく、このときは辻本なんとかいうダンサーのひとと、松浦美穂という美容師のひと。こういうのはけっこうおもしろいので多少ストレッチをしながらちょっとながめたが、といってそんなに印象深い場面はのこっていない。皿をあらってその後入浴。静止したり、からだを束子でこすったり、こめかみや肩まわりを揉んだり。意外とこのころになるとすずしくて、ほとんど冷めたようにぬるくなって水位もひくい湯で換気扇もついていると、肌にたよりないようだった。出ると帰室。買ってきたコーラを飲みつつウェブを見て時間をすごした。勤務後の夜はさっさと横になって休みながらものを読むが吉と先日日記にも手帳にもしるしていたのだけれど、いざその時間がおとずれてみるとそうする気にならないというか、その言を裏切るかのように、俺の行動をさだめるちからはおまえにはないと過去のじぶんにあらがうかのように、日記を書こうという気持ちが起こっており、しかしからだがこごっているからまず肉をほぐそうとおもって、Faith Hill, "They Tried to Start a Church Without God. For a While, It Worked."(2019/7/21)(https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2019/07/secular-churches-rethink-their-sales-pitch/594109/(https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2019/07/secular-churches-rethink-their-sales-pitch/594109/))を読みながら太ももとかふくらはぎとか、腰とか背とか各所を揉んだ。Faith Hillというなまえは歌手のものとして知っているのだが、このひとはたぶんそれとおなじ人物ではない。文章は平易で、内容もべつにさほど印象的な箇所はない。Sunday Assembleyという、教会の集会の非宗教者バージョンみたいなこころみがあって、神への信仰が導入されないだけで歌をうたったり談笑したり講演を聞いたり飯を食ったりというのは変わらず、発足当初は人気をあつめてうまくいっていたのだが、だんだん超越レベルなしで会を存続させることのむずかしさがあきらかになってきて、いま(二〇一九年時点ですでに)各地の会の数が半減くらいして苦しくなっている、というはなし。教会はさすがに二〇〇〇年来つづいているわけで会を存続させるためのさまざまなテクニックを持っているし、なにしろ宗教的感情を媒介にしたものだからみんなわりと熱心にボランティア的業務をひきうけて存続するが、この無宗教バージョンはそこにあつまることだけが目的で、いつ来ても良いし自由に好きなように過ごして良いというわけで成員にしごとを課すこともなく、そうするとたとえば会場設営とか講演者の誘致とか一部のひとだけでやることになるからまわらなくなるし、また寄付もとれないわけだから資金面においても維持できなくなる、というような報告である。やはり、成員を集団に帰属させ、そのなかでの位置づけを意欲をあたえて寄与させるような超越レベル、something biggerがなければ共同体はつづきづらく、ただそこに来て楽しく過ごすというだけのことだと継続しにくいし、世俗的な人間が日曜朝に過ごす場所やもよおしとしての選択肢はほかにもいくらでもあるのだから、その競争に負けてしまうと。
  • そのあときょうのことをすこし書いてから、たしか三時四〇分に消灯したはず。