2022/5/24, Tue.

侏儒 [こびと] の少女がハンス・カストルプのためにクルムバハ・ビールを持ってきた。しかし彼はそれを諦めて断った。きょうはビールは飲まないことにしよう、全然飲まないでお(end358)こう、いや、すまないけれども、きょうは水を一口飲むぐらいのところ…

2022/5/23, Mon.

(……)この高原の谷間の風景、その千状万態の姿、つまり方々の尖った峰や尾根や山壁、左手の、その背が斜めに部落の方へおりていて、山腹が牧場のある荒涼たる森に覆われている「ブレムビュール」の岩壁、いまでは彼もその名をすっかり覚えこんでしまった右…

2022/5/22, Sun.

こういう次第でハンス・カストルプは、ダンテについてもあれこれと聞き知ることができた、しかも権威者の口から。むろん彼は、話し手のセテムブリーニに誇張癖があることを計算に入れて、話の全部を信じこむようなことはしなかったが、それにしてもダンテが…

2022/5/21, Sat.

そういう考え方、理想、不屈の努力は、セテムブリーニにいわせれば、彼の家の伝統であった。祖父、父、孫の三人とも、各人各様に生涯と精神をそういうものに捧げてきたのである。その点では、父も祖父ジュゼペに決してひけをとらなかった。ただし父は祖父の…

2022/5/20, Fri.

「いや、実に驚いたね」 エレベーターに乗ってから、ハンス・カストルプはヨーアヒムにいった。「骨の髄までの教育者というやつだ――そういう素質があるということは、自分でもいっていたけれど。まったくあのひとの前ではうっかり口もきけないな。へたなこと…

2022/5/19, Thu.

(……)個々の場合、病人をいたわったり、大切にしてやったりすることは結構ですが、しかし、病気を精神的に尊崇するとなると、それは倒錯 [﹅2] というものです――ここのところをしっかりつかんでいただきたい――それは倒錯です、いっさいの精(end210)神的倒…

2022/5/18, Wed.

「アルビンさん、アルビンさん、ピストルをお離しになって。顳顬からピストルを。なんていうことをなさるの。アルビンさん、まだお若いんですから、きっとご丈夫になってよ。下の世界へお戻りになって、誰からも愛されるようにおなりになるわよ、本当よ。だ…

2022/5/17, Tue.

「クロコフスキーめ」とセテムブリーニは叫んだ。「ああやってぶらぶらしていますが、あいつはサナトリウムのご婦人連の秘密をみんな握っているんですよ。彼の服装の微妙な象徴性にご注目ください。彼があんな黒っぽい服装をしているのは、彼の最も得意とす…

2022/5/16, Mon.

散策者は林の中、谿流沿いの路、丘に登る七曲りの坂道など、どこでも気のおもむくままにたどってゆくがよい。午後の太陽が傾きはじめ、澄みはじめた光線が何かを訴えるかのように微妙になる時刻ならばさらに良い。風が吹きすぎるたびに、波の白浜にうち寄せ…

2022/5/15, Sun.

シリアのバスラでみた円形劇場でローマ人たちは遊興に耽ったであろう。けれどこのバールベックでは沈みゆく太陽、黄金の髪をなびかせて朱の空に隠れゆく日輪そのものを神とする古代信仰の儀式がおごそかに行なわれていたのだ。巫女たちの姿はこの小アジアの…

2022/5/14, Sat.

こうした日々のなかで、数年にわたった仕事も何とか形になりそうな所まできた頃、どうしても見つからないある十九世紀の精神科医の本があって、思いあまった私はリュフ先生に持っておられぬかと手紙を書いた。そしてもしお持ちならば是非読ませていただきた…

2022/5/13, Fri.

先生の書斎は方七メートルほどで、天井まで書物が整然とアルファベット順に置かれ、北側の窓からはオリーヴの樹々が見えた。壁の一角にモネの銅版によるボードレール像がかかっており、わずかに道路を疾走する車の音が伝わってくるだけで、学問の場にふさわ…

2022/5/12, Thu.

雑踏やタクシーでにぎわうブルジェ(カノン)広場から、アーケードの路地に入ってゆくと、そこにスークが開かれていた。通り路には珍らしく涼を呼ぶ氷柱などが置かれてあって、ダマスカスやアレッポのそれに較べてはるかに観光地化されているように見えた。…

2022/5/11, Wed.

この後も、附近に散在するギリシャの遺跡を見物にゆくために、山ふところに珍らしく緑が眼にしみる道を村童にたずね進んでいった。そして、突然前方に、青空とあたりの木立にはっきりと映える列柱が出現した。雷に打たれたような廃墟の列柱はいいものである…

2022/5/10, Tue.

ボーイングは放たれた矢のように雲ひとつない地中海上空に舞いあがると、イタリア半島にそって下り、その南端を横切ってアドリア海を一飛びし、ロードス島、キプロス島上空で高度一万メートルの夕焼けを背に負っていた。零下何十度という凍った成層圏に映え…

2022/5/9, Mon.

旅をするのが必ずしも好きというわけではない私にも、少年時代から、「予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊のおもひやまず」という余りにも有名な言葉が耳について離れない。この漠然たる旅へのいざないはそれ自身美しいものだ。新しい風物に接…

2022/5/8, Sun.

一九九一年三月一七日、連邦の維持をめぐる国民投票が、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ(ベロルシアが改称した)、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、アゼルバイジャンの九共和国で実施され(独立を目指すバル…

2022/5/7, Sat.

独ソ不可侵条約の秘密議定書に基づきソ連の勢力圏とされ、まもなくソ連に併合されたバルト三国では、その歴史的経緯に加え、多くのロシア人が移住していたことによって現地の民族が危機意識を強め、反連邦の急先鋒となった。一九八八年六月、エストニア、ラ…

2022/5/6, Fri.

一九八五年秋にゴルバチョフは、アメリカ合衆国との核の量的均衡ではなく、合理的十分性を主張するようになり、核廃絶も訴えて一時的一方的に核実験を停止した。一九八六年一月にはゴルバチョフは、ヨーロッパ配備の米ソの中距離核戦力(INF)の全廃を提(en…

2022/5/5, Thu.

社会を活性化し、「停滞」から脱却することが目指されたが、なにより経済の建て直しと生産性の向上が急務であった。一九八七年には、外国企業との合弁企業設立、サービス業での協同組合経営と個人経営が認められた。これらは生産とサービスの中心をなす国営…

2022/5/4, Wed.

先に述べたように、一九五〇~一九七〇年代に市民の提案や申し立てを重視し、その権(end213)利を保障する決定が何度もなされていたが、必ずしも実現していなかった。ゴルバチョフの右腕としてペレストロイカを推進したヤコブレフは回想で、一九八五年末に…

2022/5/3, Tue.

一九八五年三月にチェルネンコの後任として党書記長となったゴルバチョフは、この頃のソ連の状況について次のように回想に記している。一九八四年は「一年を通じ、ソ連政権にとって苦悩の年だった」。産業の近代化、経済の改革、食糧プログラムの実現といっ…

2022/5/2, Mon.

選出集会で候補者が無事認められたとしても、実際の選挙に際して反対票を投ずることはもちろんできたから、選挙のたびに、有権者の過半数の賛成票を得られず落選する候補者も少数ながらいた。たとえば一九八〇年二月の地方ソヴェト選挙では、計七七の選挙区…

2022/5/1, Sun.

一党支配であり、選挙には政権選択の機能がなかったにもかかわらず、ソヴェト政権と共産党にとって選挙は極めて大きな意味を持っていた。先に強調したように政権は人々の理解と協力を求めていたのであり、そのために党と政権が最も重視したのが選挙であった…

2022/4/30, Sat.

ソ連では自由な言論などあり得ず、新聞雑誌には政権を礼賛する記事ばかりで不都合なことは一切書かれていなかったというオーウェルの『一九八四年』そのままのイメージもあるだろう。しかし、このイメージはソ連の実情に即していない。確かに時代を下るに連…

2022/4/29, Fri.

政策に関する人々の手紙や投書は日常的にも多数送られていたが、人々の意思表示が組織的に鼓舞された際には、数量は増え、内容は一層多岐にわたった。一九五九年に組織された、七カ年計画の目標数字をめぐる全人民討議では、九六万八〇〇〇以上の集会に延べ…

2022/4/28, Thu.

こうした例は、他にも様々な局面で見ることができる。社会主義計画経済の原則からは、(end192)私的な生産やサービスの提供は限定的なものにとどまるべきであり、住民への商品やサービスの提供は主に公営サービス企業や協同組合によって担われることになる…

2022/4/27, Wed.

一九五〇~一九六〇年代は、全体として見れば国はなお貧しく、食糧不足や住宅不足は深刻で、人々の生活は楽ではなかったが、豊かさを実感できる面もあり、徐々に良い方向へ向かっていると感じられた時代であった。戦勝の余韻やスプートニク打ち上げの成功な…

2022/4/26, Tue.

ソ連と国境を接しているアフガニスタンでは一九七八年四月のクーデタで共産主義建設を目指すタラキ政権が発足し、ソ連はこれを社会主義革命と認めていた。ところが一九七九年九月にタラキが殺害され、アミンが政権を掌握した。ソ連は、アミンがアメリカ合衆…

2022/4/25, Mon.

ソ連が工業化と軍事大国化を比較的短期間で実現することができた理由の一つには、ソ連が石炭、石油、天然ガス、金、ダイヤモンドといった埋蔵資源に恵まれた国であったことが挙げられるが、豊富な資源の存在は、資源とエネルギーの節約やコスト削減の意識を…