2019/2/17, Sun.

 早い時間からたびたび覚めてはいるのだが、例によって起きられず、時間がするすると流れていって一〇時である。窓から射し込む円筒形の陽射しを、まっすぐ顔の正面に受けて意識を定かなものにしようと試みていた。身体を起こすとダウンジャケットを羽織って上階へ、まず便所に行って糞を垂れてから、洗面所に入り、髪に整髪ウォーターを吹きつける。跳ねていた側頭部の髪の毛を、櫛付きのドライヤーで撫でて大人しくさせ、それが終わってから早速風呂を洗おうかと浴槽を覗いたところ、薄緑色の残り湯がたくさんあったので今日は洗わないことにした。その旨母親に伝え、台所で小鍋の味噌汁を温めるとともにおじやを電子レンジで熱する。そうして卓に行って食事である。新聞をひらき、書評欄をちょっと眺めたあと、四面に戻って沖縄の辺野古基地建設の是非を問う県民投票関連の記事を読みながらものを食べた。反対派が活動を活発化させている一方で、賛成派のほうは静観の構えを取っていると。食べ終えると皿を洗い、アリピプラゾールとセルトラリンを服用して下階へ。電車の時間を調べると、一二時六分が良さそうである。吉祥寺に着くのは一時二〇分頃でスタジオ入りが二時からのわりに早いが、ベンチに座って手帳にメモでも取っていれば時間はあっという間に過ぎて丁度良くなるだろう。そうして次に、日記を書き出した。前日の分を短く足して仕上げて、この日の分もここまで書くと一一時。BGMとして流したのはMcCoy Tyner『The Real McCoy』である。正しく豪腕と形容するに相応しい奔流のようなピアノ。
 前日の記事をブログに投稿。そうして早くも着替えてしまうことに。寝間着を脱いでベッドの上に畳んでおき、衣服の収納してある押し入れに近寄って、茶色のズボンをまず身につける。それから、赤白黒のチェック柄のシャツ。そうして母親が先日買ってきてくれたユニクロのカーディガンを、せっかくだから着ていくかということで上階に行くと、ベストを羽織った礼服姿の父親がいる。両親はこの日、Yさんの四十九日の法要に出向くのだった。そろそろ出発するようで母親も黒い服を着込んでいる。こちらは居間の片隅に転がっていたユニクロの、海色のカーディガンを取り、身につけて玄関の鏡に己の姿形を映してみた。カーディガンとズボンとがそれぞれ鮮やかな色をしており、目にやや鮮烈な感じがしたが、まあ悪くはないだろう、母親に訊いてみても大丈夫だとのことだった。それで両親は出かけていき、こちらは下階に戻って、歯磨きをしながら日記の読み返しをする。一年前の二月一七日は両親と埼玉のイタリアンへ食事をしに行ったあと、近くの展望公園に上って星や街の灯を眺めている。この頃まではまだ感受性が保たれていたような覚えがある。その後、口を濯いでくると(洗面所の鏡の前で、ローベルト・ヴァルザーを真似て――彼の場合はベストだが――カーディガンの一番上のボタンを外した)バルカラーコートをもう身につけてしまい、二〇一六年七月二六日の記事を読んだ。こちらのほうは二〇〇〇字と短いし、特段に興味を惹く内容もない。
 日記を書き足すと既に一一時四六分、出るまで一〇分しかない。「記憶」記事から四分間だけムージルの記述を読み、「トンカ」のものなのだが、やはり良いのでTwitterにも一部投稿しておいた。「個々に見れば醜いものでも、全部まとめるとそれは幸福というものだった」というやつと、「おそらくトンカの力は弱すぎたのだ、彼女はいつまでたっても、生まれかけの神話だった」という部分だ。そうして上階へ。トイレで放尿してからハンカチを持って出発。玄関を抜けると、何か林の上の方から声が聞こえる――「イエーイ」というような。何だろうと思いながら歩き出すと風が流れて、そのなかには前日よりも冷たさが含まれているようだったが、しかしさほどではない。Kさんの宅の前を通る際に、奥さんの声で、~~さんは走らないのかな、とか言っているのが聞こえて、それでそうか今日は(……)だったと思いだした。先の声は上の通りで応援している者の叫び、おそらくは「頑張れ」と言っていたのだろう。坂に入る。頭上を覆う樹冠の隙間から落ちる光によって、夏の陽に照らし抜かれ象られたかのような濃い影がくっきりと路上に映る。マラソンをやっているとなると駅への横断歩道を渡れないのでは、足止めを食らって電車に遅れてしまうのではと危惧しながら上がって行ったが、果たして上の道に出てみると通りは隙間なく無数のランナーたちで埋め尽くされており、溢れ出る奔流のようなその隙間を渡るべくもない。苦笑のようにして沿道に近づくと、近くの警官が渡りますかと、あちらも笑みを浮かべながら話しかけてきた。勿論渡りたいのだが、それが無理なことは一目でわかる。ちょうど今がピークだと言う。ここで待っているよりも、青梅の方に歩いていったほうが良いかもしれない、それが可能ならと警官は言うので、こちらもそうすることにします、ありがとうございますと受けて沿道を歩き出した。うじゃうじゃとごったがえしているランナーの集団の横を通っていくのだが、歩道のほうにまで走者がはみ出してくるくらいで、それを避けながら進まなければならない。道の脇には折々に見物の客が出ていて、一人やたらと声を張り上げて応援している人があった――先ほど伝わってきた声もこの人のものだったのかもしれない。ランナーの身につけているゼッケンに目を向けてみると、最も大きい番号で二三〇〇〇番あたりのものがあったから、これだけ道が埋め尽くされ、巨大な蛇のようにして走者の群れが続くのもむべなるかなというところだろう。途中で裏道に入った。ふたたび街道が見えて来る頃には、思いの外に早く、走者たちの幕が薄れていて、走る者らのあいだにちょっと隙間が生まれており、これだったら青梅まで行かなくとも、まもなく北側に渡れそうだなと見た。しかし街道にはまだ出ず、普段表に出る岐路で裏道を取る。和菓子のような紅梅の花に目をやり、その並びにあるもう一本、黄緑色の蕾を膨らませはじめている白梅の木にも目を留めて、そう言えば白梅のなかには蕾の色を含んで薄緑色を花の底に孕み清涼なものがあるのだったなと思いだした。裏道を行けば空は雲のない快晴である。中学校の縁を通って表通りに向かう途中、校門の前あたりまで来ると道の先に、中学校の隣の高校の門をくぐっていく高校生らの、金色の楽器を持ってきらりと光を跳ね返しているのが見えて、そうか(……)で、(……)高校の吹奏楽部が応援歌を演じていたのだ、かつてその風景も日記に書いたなと思い出された。表へ出ると既に波は引いており、ランナーは一人もおらず、道の上には静寂と空隙とがひらいていて、車も通らないのですっきりとしている。東へ。高校の前からサックスか何かによる断片的なメロディが聞こえてくる。その付近まで来て対岸に視線を差し向けると、ドラムセットが二つ用意されてあり、周りに楽器を持った生徒たちが数人集まっていた。裏道に入る。風の踊る道である。途中のアパートに干された布団も緩く持ち上がり、なかから親子の声が聞こえてくる。それからもう少し進むと母親と男児の二人連れが現れ、子供は歩きながら横の塀に右足を当てて苔を削り落とすようにしており、その行動を母親に窘められている。さらに進み、(……)の付近で、道の先に車がゆっくりとすれ違うのを見ていると視界の端に動きが生まれて、視線を振れば料理屋の駐車場に動いているのは白鶺鴒で、それを見た途端に阿部完市の句、「鶺鴒短命空は流れていますから」というのを思い出した。そうして駅前へ。コンビニの前ですれ違った男性がどうも、中学の同級生であるSらしく見えた――当時よりも顔は痩せて相貌が鋭いようになっていたが。オリジン弁当の前のベンチでは親子が座って食事を取っており、その足もとをパンか何かの残骸であるビニールが風に押されて走っていく。駅舎前のベンチには項垂れて眠っている金髪の男がおり、脇にはチューハイのロング缶が置かれ、もう中身はほとんどないかあるいは完全に空のようで、強くもない風にかたかたと揺れながら倒れないで立っていた。
 駅に入る。二番線、立川行きである。乗ってまもなく発車。手帳にメモを取る。電車の揺れによって乱れた文字で、牛浜まで掛かって現在時のことまでメモを取ると、その後は斎藤松三郎・圓子修平訳『ムージル著作集 第八巻 熱狂家たち/生前の遺稿』を読んだ。「黒ツグミ」を最後まで読み、もう一度最初から読み返しはじめる。そうして立川。客が捌けていくのを待ってから降車し、階段を上って三、四番線のホームへ移る。四番線にちょうど快速東京行きが停まっていたので乗車、扉際に就き、一時一二分からふたたび読書を始めた。発車は一五分。目を上げると、建造物の並びを越えていった南の果てに雲がいくらか浮かんでいるが、空の大方は青さに満たされた快晴である。今までそんなことが起こったことは一度もないのだが、駅で停車して扉が空いているあいだに、本を落としてそれが電車とホームのあいだの隙間から線路まで落ちて行って拾えなくなってしまうのではないかという危惧が湧き、落とさないように注意して右手に力を籠めて押さえ、そのまま手を動かさないようにする。途中、茶髪で眼鏡を掛けた女性が乗ってきて、何やら独り言をしきりに呟いていたが、しかしあれは独り言ではなくて電話をしていたのかもしれない。イヤフォンをつけており、最近はハンズフリーの電話があるから判別がつきにくい。口から漏れていたのは訛りの強い英語のようでもあり(pushかあるいはpussyというような発語が何度か聞かれた)、ほかの言語のようでもあったが、いずれにせよ細かな、早口の発音だった。
 吉祥寺で降車。ベンチにバッグを置き、手帳に読書時間をメモすると歩き出す。腹がやや減っており、何か食べたかった。ところに売店が目に入って、ここでおにぎりを買うかとスタンドの側面のケースから三つを――ツナマヨネーズ、紅鮭、和風ツナマヨネーズ――取り、会計する。会計に当たったのは高年の、髪の全体に白っぽくなった女性で、行動の端々にありがとうございますという礼を何度も挟むのだが、その発音の調子は慇懃というよりもちょっと剽軽なように感じられるものだった。三五八円。金を払い、釣りを受け取りながらこちらもありがとうございますと礼を言って、ビニール袋をクラッチバッグのなかに入れて階段へ。改札を抜けて中央口あるいは北口を出る。目指すスタジオへの道は、サンロードの前を左折し、あとは道なりに進み、ココスの上だということを覚えていた。それでアーケードのなかに入る。群衆のあいだを歩いていく。左右にはファスト・フードから居酒屋からカラオケボックスなど、繁華街らしい様々な店が軒を連ねている。じきにココスが出現し、スタジオの看板もあるのでここだなと細い通路の奥へ入っていった。エレベーターの前に、彼女らもスタジオ利用者だろう、ギターケースを背負っている女性たちが溜まっていて昇降機の降りてくるのを待っていたので、こちらは階段を取ることにした。二階に上ると、ココスで待っている家族連れたちが階段通路のほうまではみ出していた。三階に上がり、スタジオに続くのっぺりした扉を開けて入り、奥へ。店員は二人、男女一人ずつで仲良くカウンターに並んでいる。見覚えのある、飾り気のない後ろ姿がテーブルにあったので、T田だなと見分け、彼の横を過ぎて向かいに入り、T田、と呼びかけた。彼はLINEを見ていた。T谷が草になっていると言うので何かと見せてもらうと、「スタジオの場所わかりづらくて草」というような発言が書き込まれていた。じきにそのT谷もやって来た。食事を取ろうとするのでこちらも買ってきたおにぎりを出し、食べることに。そのおにぎりの包装を取ったあたりでTとKくんも来て、まもなくMさんも合流した。彼らは先に室へ。T谷は何を食べていただろうか、パンだっただろうか? まあ別にそんなことはどうでも良いのだが――こちらがゆっくりとおにぎり三つを食べているうちにT谷も室へ。シールドを借りてくれと言い残していった。シールドはこちらも持ってくるのを忘れたのだ。それで最後のおにぎりの一口をゆっくりと咀嚼して飲み込むと、向かいで待ってくれていたT田に、よし、行くかと声を掛け、立ち上がり、カウンターに近づいて、すみませんと。シールドを二本、お借りしたいんですが。店員は背後の棚からすぐにさっと物を取り出してみせた。代金は。代金はあとで、ちなみにシールドは無料です。無料ですか、ありがとうございます。
 それで室へ。スタジオ入りなど何年ぶりかわからないくらいである。最初はマーシャルのアンプを使おうと思ったのだが、しかし何故か電源コードが見当たらなかった。そんなことってある? と言いながら、フェンダーのほうを使うことに。ギターはTがフジゲンのテレキャスターを持ってきてくれたのを借りた。ストラップはなかったので背もたれのない丸椅子に座ってのプレイである。チューナーを借りたが、何故かシールドで繋いでも反応しないので、仕方なくサウンドを出させて耳で合わせるが、それだと非常にわかりづらかった。それぞれの位置関係としては、こちらを中心として考えた時に、右手の室の角にミキサーがあり、その隣、こちらの右斜め前にT田がドラムに就いて、逆側、こちらのすぐ左にはTがキーボードを前にして立っていた。その向こう、こちらの左斜め前にはMさんが一人、ぽつんとした様子で、手持ち無沙汰に、椅子に座って見学である(彼女は絵を描く担当で、楽器は出来ないのだ)。こちらから見た室の向かい、あちらの壁際には、正面にベースのKくん、その左側にギターのT谷である。そのうちに、自然発生的に"(……)"が始まり、一曲通して演じられた。すると、こちらのチューニングがずれていると突っ込まれたので、Tにもう一つのチューナーを借り、無事正しく調弦することができた。その後はT谷がこういう時の常でリーダーシップを発揮して、"(……)"の細かなところを固めていく。と言ってこちらの変更点は、曲の冒頭は弾かずに一番Bパートの後半から入るということのみで、そのほかは自分で作ってきたフレーズで特に文句はなく、動き方としてもちょうど良かったようだ。何度か合わせているうちにあっという間に三時半(スタジオは二時から四時までだった)。それでそろそろ時間もないしとEのブルースをやって一度遊んだ――こちらはLINE上で、T田とKくんとブルースが出来れば満足だと言っていたのだ。同時に、Deep Purpleの"Smoke On The Water"もやろうぜと軽い調子で誘っていた――Tボーカルね、と無理なことを適当に言って。Tは多少練習してきたようだったが、実際には歌わず(いや、サビの"Smoke On The Water"の部分だけはちょっと歌っていたか)、ボーカル不在で曲は演じられた。ギターソロを久しぶりに弾いた。そうした遊びを挟みながら、最後にもう一度だけ"(……)"を通して練習は終了。片付けをして退室。代金は一人一二〇〇円(Mさんは見学なので省かれた)。それでスタジオをあとにして、もうKくんの家へ向かうことに。道中はTが持ってきてくれたギターを代わりにこちらが背負う。靴屋などの並ぶ繁華街のあいだを抜けて行き、駅へ。一駅乗って(吉祥寺駅で電車に乗る直前、T田に、文通はまだ続いているのかと訊いた。続いていると。T田かネット上で知り合った人妻の話である。今度三月にイベントがあるので、そこに会いに行くらしい。しかしそれがいわゆる「腐女子」向けのものらしく、それはお前、楽しめるのかと訊くと、会いに行くのが主目的でイベントを楽しむつもりは端からないと。電車に乗り込み、インターネット時代ですなあと漏らす)三鷹へ到着し、北口を出てすぐ傍のKくんのマンションへ。エレベーターで四階。掃除機を掛けて室内を片付けているあいだ、室の外で少々待つ。そのあいだ、通路から外を見下ろしたり空を見上げたりするが、こちらは高所恐怖症で怖いので狭い通路の反対側の壁に身体を寄せる。そうして入室。コートを脱いでハンガーに吊るし、カーテンレールの上に掛ける。すると、ちょうどこちらの深青のバルカラーコートとKくんの部屋のカーテンの色が似ているので、溶け込むようになるのだ。
 TとKくんがコロッケの準備をする(Tの希望で、皆でコロッケを作って食べようということになっていた)。ついでに言うとTのこの日の格好は、白いタートルネックのセーターにスカート、黒タイツ。準備が進むあいだ、残りのメンバーは適当に談笑したり。一度、T田とMさんが買い出しに行った。T田にジンジャーエールを頼む。この時Mさんは、外の空気を吸いたいと言って率先して出かけて行ったのだが、あとで聞いたところではこれは煙草を吸いたかったのだと言う――それで彼女が喫煙者であることを初めて知ったのだったが、その外見や雰囲気からするとこれはちょっと意外だったかもしれない。彼女らが帰ってきてしばらくしてから、Tが、コロッケを揚げる用の油を買い忘れていたと気づく。それを受けてT田が、F、買いに行くかとこちらを誘って立ち上がるのでこちらも、仕方ねえなと呟き、コートを着る。ほかに牛乳も買ってきてほしいという話だった。それでT田と連れ立って外に出る。マンションのある裏路地から表に出ていく際に、「エホバの証人王国会館」という施設があるのに気づいた。それについて話しながら駅の方へ。群衆のあいだを通って、反対口へと向かう。T田が途中で、どこか住みたい場所というものはあるかと訊いてくる。いや、ないな。そもそも実家を出られる経済的能力を身につけられるかどうか、そこからして覚束ない。それに、俺の場合、どこに住んでもあまり変わらないだろう、要は読んで書いてと、そればかりの生活だから。お前はと訊き返すと、ないよと端的な軽い答え。その後、でも海外には住みたいかもしれないなとこちらは続ける。文化の違うところでの生活を書くというのは面白いかもしれないと、あくまで日記を書くという観点からしか生活というものを考えられないこちらである。そんなことを話しながら歩いているうちに、スーパーオオゼキに着く。店内は混み合っていた。T田が籠を持ち、順路に従って奥へ進み、油の棚の前へ。ちょっと見て、これで良いかとキャノーラ油の大きいやつを選び取る。そのほか牛乳も、これはT田がちょっと値段の高いほうを取って、会計へ。俺が支払おうと籠を受け取ろうとしたのだが、T田は固辞する。しかしお前、さっきは払っただろうと言うと、先程はMさんが、スタジオ代を出さなかったからと払ってくれたのだと。俺、そういうのを押し切るのが苦手だからとT田。それで彼に任せることに。そうして会計し、こちらが横から手を出して袋に二品を詰め、持って退店。帰りの道で何を話したのかは覚えていない。
 時間が前後するが、買い出しに出かける前、Kくんがこちらと同じ靴下を履いているのに気づいて、Kくん、履いてるやんと声を掛けた時があった。これはTabioという店の靴下で、先日の誕生会の時にKくんと揃ってTから貰ったものである(こちらとKくんは偶然、誕生日が同じ一月一四日なのだ)。声を掛けるとKくんは、やったあ、と言いながらベッドに腰掛けていたこちらの隣に来て座る。スタジオの時から気づいていたらしい。Tに履き心地を訊かれたので、滑らかだと答える(何か、踵のところの角度が直角になっているものらしく、普通のものとは履き心地がちょっと違っているようだ)。
 さあそれで、大した出来事もないし、と言うか思い出せないし、書くのも疲れるし、どんどん省略して行こう。コロッケを作り出す前に、パンナコッタ(チョコレート味)が提供された。T作である。ゼラチンの配分を間違えたと言うか、少々ミスしたようで、ムース状になってしまったと言ったが、普通に美味しいものだった――しかし底のほうに、ゼラチンの塊がちょっと残存していたが(グミみたいだとTは積極的に食べていた)。
 それでじきにコロッケの準備ができ、皆で作りはじめる。テーブルの上に潰したジャガイモやひき肉や微塵切りにした玉ねぎなどを混ぜた種の入ったフライパンが置かれ、ほか、半粘着性のクッキングシートが二枚敷かれ、その上にそれぞれ小麦粉とパン粉がばらまかれる。そのあいだには卵黄を溶いた皿である。それで一人ずつ、種を手に乗せて成型し、まず小麦粉をまぶし、卵黄にちょっと浸して最後にパン粉を付着させる、といった手順で作っていく。途中からは分担を分けた流れ作業になって、こちらは成型を担当したのだが、そうなるとスムーズに作業が進んで、計一九個のコロッケが完成した。それをKくんとTが揚げ、ほか、アボカドとトマトとレタスなどのサラダと、卵と玉ねぎの味噌汁が提供される(まったく同じ品の味噌汁を昨日ちょうど作ったとこちらは口にした。この味噌汁は、出汁の味が強く利いているもので、訊けば、T家から持ってきた良い出汁を使ったものだと言う。メーカーはわからないと言ったが、もしかすると我が家でも以前使ったことのある茅乃舎のものだったのかもしれない)。
 こちらはあまりたくさん食べなかった。何となく疲労感のようなものがあり、まあ実際には吐いたりしないことはわかっているのだが、吐き気を催してきたらどうしようという例の危惧がまたぞろ湧いて来ていたのだ。それでコロッケを三つにサラダをいくらか食べると(コロッケにはソースがなかったので塩を振ったが、これがなかなか合った)あとはジンジャーエールをちびちびやっていたところ、Kくんには、お腹いっぱいなの、と訊かれたが、もうわりと満足していると答えた。その後、Mさんが持ってきたある種のゲームが行なわれたのだが、あれは何と言えば良いのか、説明が面倒臭いので省略してしまうが、そのゲームをやったあと、今度はトランプでババ抜きを行った。これがなかなか終わらなかった。やはり六人もいるとカードが循環していくのだ。こちらは、T田からカードを引くたびに、「やはりな」と口にしたり(そのくせカードは揃っていないので札を捨てることはできない)、Tに引かせる時に、いいか、この二枚のどちらかがジョーカーだぞ、などと嘘をついて(それが本当の時もあったのだが)彼女を混乱させて遊んだ。三番目くらいに上がったはずだ。その時点で九時頃、そこから「イベント」が発生した。と言うのは、Tが、"鐘を鳴らして"という曲につけるMV案、その絵コンテを自力で作成してきており――絵は勿論、基本的に棒人間のような簡素なものだったが、それでも全六〇枚ほど、物語的展開とともに拵えてきて、彼女は随分と創作意欲があるのだなと思ったものだ――その資料を見ながら皆で細かいところの案を出していくということを行ったのだ。こちらは物語的な想像力は全然ないので、あまり案は出せなかった。そうして時間はあっという間に過ぎて一〇時四五分、こちらの終電が一一時ぴったりだと調べてもらってあったので、そろそろおひらきにしようということで帰り支度をした。この時T田が持ってきたバレンタインデーのチョコレート(職場で配られたものを色々と貰ってきたらしい)類の雑多な品揃えのなかから、チョコレート・パイを一つ貰った。そうして退去。駅に向けて歩いて行き、改札前でKくんとTと顔を合わせ、ありがとうございましたと。本当はもっと細かく話し合いたかった、次回の日程も決めたかったとT。またLINE上でと。トイレに行きたいからもう行くわとこちら。それからまたしかしありがとうございましたと礼をして、話が始まりかけたのをKくんが、Fさん、漏らしちゃうからと止めて、こちらとT谷、T田、Mさんは改札をくぐる。こちらはトイレへ。放尿して戻り、皆とホームへ。T谷とMさんは東京方面、こちらとT田は立川へ。車内での話は省略するが、一つだけ書いておくと、T田が彼自作の絵を見せてくれた――『Steins; Gate』の椎名まゆりのものである。件の文通相手が二月に誕生日だったので、描いて送ったらしいが、ほとんど絵を描くのが初めての素人にしてはよく描けているのではないかと思われ、良いじゃん、と口にした。しかし聞けば、元あるものをほとんどトレースしたのだと言う。それでも、腕の線などにはやはり歪みが見られたものの、目の描き方など結構良かったような気がする。それで立川着、階段を上がったところで別れ、こちらは一番線、奥多摩行き最終電車に。先頭車両は空いていた。人がいないのを良いことに脚を前方にだらりと伸ばしたりしながら、携帯にメモを取る。青梅に着くと立って、奥多摩方面の車両に映る(東京方面の車両六つは、切り離されてしまうのだ)。そうして引き続きメモを取りながら到着を待って、最寄り駅。階段通路を抜け、深夜零時の聖なる静寂のなかを渡り、坂道に入って、帰路を行く。道中、特段の印象はなかったと思う。帰宅。室に戻って着替え。風呂は面倒なので入らないことに。貰ってきたチョコレート・パイを貪り食い、その後、上階にカップラーメンを用意しに行く。歯を磨いている父親に挨拶。そうしてカップ麺を持って戻り、その後、長く夜更かし。どうせ夜を更かすならば、日記を書くなり本を読むなりすれば良さそうなものなのだが、そうでなければさっさと眠れば良いのだが、長く外出してきたあとの夜というのは何故か、疲労感も相まって、日記が長くなるだろうことに億劫を感じて、そこから遠ざかってしまい、だらだらとした遊びに逃げてしまうのだ。それで三時五〇分までインターネットを閲覧して、就床。