きょうの外出。いつもとは逆の道のりで、Cまわりをあるいてみようとおもった。かっこうは例によって、無印良品の茶色いシャツに、ブルーグレーのズボン、藍色のジャケット。シャツの第一ボタンをとめる。もうジャケットで日陰をあるいていても空気が冷たくない。きのうと同様、まずは郵便局のほうへ。きのうとおなじ非常階段側面のあかるさをみるが、きょうは出たのが二時前できのうよりもはやいため、全面が日なたとなっているわけではない。郵便局の横を過ぎる歩道を行く。この歩道はせまい。右側は垣根的な葉叢に接した柵をはさんで敷地内で、木がけっこう立っている。鳥の声も散る。無為を知る者にしかくりだせないとろとろとした足取りをすすめる。うしろから来るひとがとうぜん追いついてくる。すぐ間近に来た気配を察すると、せまい歩道のそれでも左端にこころもち寄り、右手をからだのまえ、左側にむかって差し伸べるようにして通りやすくする。ふたりそれで通過した。そのあとこんどは向かいに、杖をついた老人が柵に寄るようにこちらの通行を待っているので、おなじように右腕をどかしながら会釈して過ぎる。角にガードマン。右折すると、そこの道路をなにかしら工事している。といってもうおおかた済んでいるような雰囲気。穴はなく、路面のうえを掃いたりしていたとおもう。まえからひとが来る。ひとりめは徒歩、ふたりめは自転車。徒歩のひとをやりすごし、自転車もすこし会釈してすれちがうが、そのさい乗り手のちょっと髭を生やした眼鏡男は舌打ちめいた音を発した。これはじぶんに向けられたものではない。視線がこちらの背後に伸びていたので、徒歩のひとりめを追い抜かせない苛立ちとみた。ふりかえるとじっさい、苦慮しているようだった。Cの正面口のところで対岸に渡る。道路の左側の歩道、東側を行くことになる。こちらのほうが日なただからだ。右手をみやればひろい敷地の縁には幹と枝を詰められた裸木が一定の間隔で置かれ、柱廊の柱めいた存在感を引きならべている。そのさきは草や土の平地で、ヴィルヘルム・ハマスホイの絵画主題めく白い建物もみえるけれど、こちらの視線は南西のほうへとななめに走り、ネットを透かして空の青さを、白さをとらえる。太陽は純白の凝縮と散乱をふたつながら属性として、青い空は青さが削られて淡く澄み、低い空はほとんど白へとながれている。花粉は大気に満ちてもいようがそのせいではなくひかりとネットの介在のため、南側のとおくにならび立つ、型は古そうな大型マンションのすがたが、漠然と平らかにされて、経年劣化した色紙のようにそそり立っている。十字まで来ると右折するかたちで道路を渡り、そのまままっすぐ、敷地の南側をあるく。歩道の左端にはやはり裸の街路樹が頻々とならぶ。隈なく陽射しを敷かれた路上にその影がひとつひとつはっきりと伸び、ほとんどは右側、敷地の柵をささえる土台のコンクリート壁までとどいて直角に折れあがっている。壁はところどころ鈍く変色し、上端から垂れはじめたその変色がすじに分かれて縞模様めいた範囲もあって、まだ距離のあるうちに鋭角でみると、影もそのうえに同化して薄青さを添える縞のひとつふたつに映る。踏むあたりまで来れば、壁にはだかのこずえが、伸び上がるおばけのたたずまいで描かれている。敷地横を過ぎて家並みの脇を行く区画にはいっても、おなじく街路樹の影が路上を頻々と切り分けて、家塀にふれて天を向いている。わりあい恍惚とした気分だった。なにしろ天気がいい。初春の陽気だ。無為を知る者の足取りを踏んでいると、膝裏あたりがすこしきもちよくなってくる。肉の伸びる快だろうか。リラックスしている。いつもこういう気分でいられたらいいのになあとおもうが、そうもいかない。金も稼がなければならないし、個人的にも世の中にもいろいろ問題はあるし、小説や文も書きたい。のほほんとしてばかりいられない。残念なことに。ストアに寄った。はいるとすぐさま目の前の棚からアレグラFXの箱を取り、会計の列へ。ひとり分待ってから金を払い、ジャケットのポケットに小箱を入れる。店を出ると財布も胸の内ポケットにおさめて、もうすこしあるくことにした。北へすすむ。コンビニ脇をとおって裏道。のこりの道のりに、さしたる印象事はよみがえってこない。「埋立て通りはきょうも快晴」のことをかんがえていた。ネットで、電子でいいだろうがギャル雑誌いくらか読んどいたほうがいいかなとか。しかしソネコがギャルだったのは高校生のころだ。時代的には漠然と、二〇一〇年ごろを想定している。ギャル史の文献にあたりたい。そのころ安室奈美恵とかってどういう扱いになっていたのかとか、アムラーはいつまでいたのかとか。ちなみにこの小説に東日本大震災への言及は出さない。この作品でそこに踏み込むつもりはない。コロナウイルスはいちどだけふれられるとおもうが、語り手の口調をおもえば「コロナウイルス」とはいわない。「新型コロナ」が妥当なところだろう。