さきほど、八時半ごろ買い物へ。部屋を出ると通路の端に行って空中に手を差し出す。降るものはないので、扉のまえに引き返してそのまま鍵をかけ、階段を下りる。通路天井の蛍光灯があいかわらず自滅的に痙攣しており、視界がじらじらして目とあたまにいくらか悪そうだ。階段を下りているあいだもその明滅が映画とかMVで見られるようなある種の効果としてはたらき、空間が小刻みにふるえる。出ると右へ。路地を抜けて渡る。雨後だが大気はよどんでおらず澄みやかでなにか気持ちがよく、マスクを外していけば吸う空気は雑味が混じっておらず無臭で、対岸の自動販売機にならんだ飲み物の背景をなしている青色もきれいに見える。水たまりができるほどの降りではなかったらしい。道路のなかほど、T字の交差点がもう近いあたりにいくらか薄いたまりがあるくらいで、真っ黒に貼られた氷となっているその上を信号の色がななめに渡っており、こちらの歩に応じてそのまま横に滑っていく。路面はつややかに濡れており、信号灯の赤や黄色は輪郭のさだまらないすじとなってながく差し伸びている。T字の横断歩道を渡ると右折し、角を入ってH通り。両手をズボンのポケットに突っこんで気楽な感じでぶらぶら行く。上は無印良品の茶色いシャツだけだが肌寒さはなく、ちょうどいい空気の温度で、むしろ背がなんだかあたたかい。一軒の庭先にピンク色のツツジが咲いたり蕾のまま絞られたように固まったりしている。ツツジのあのしなやかでみずみずしい、場合によってはゼリーみたいな質感はけっこう官能的だ。ありていに言えばそこそこエロい。行くあいだに向かいの家で白かったり赤かったり紫だったりが小規模に群れているあれもツツジだろう。HA通りに至る。まだけっこうひとの通りがある印象だ。対岸には若者の一団とか、ヘッドフォンをつけた女性とかが見える。道路の左右の歩道に立ち並ぶイチョウの木は濃緑の葉を多く茂らせて、遠目に見ればそれ自体が細長いかたちをした一枚のおおきな葉として映じる。通りながら目をやれば幹には山椒の粉みたいな色の苔がたくさん生えている。横断歩道でちょっとだけ待ち、渡って入店。食い物を集める。BGMはさいしょ、けっこういい感じのヴィブラフォンのソロがながれており、"We've Only Just Begun"じゃないよな? と聞いていたが違う。ソロが終わるとちょっとフュージョンっぽいというかスムースジャズっぽいような、ポップな色合いが出てきていた。その後、"Dancing Queen"が流れていた。S氏をあいてに会計。整理台にひとはすくない。いちばん端まであるいていってものを整理。退店。渡る。いちどそこの口に入りかけたが、ここはきのうの帰りに通ったからべつのルートで行こうとおもい、右に折れて歩道をすすむ。インドカレーもしくはネパールカレーの店は入り口が開いていて音楽が聞こえていたが店内にはだれもおらず、奥の厨房のほうで母国語でなんやかや話している声が二、三あった。とちゅうの口から裏路地に。前方から近間のT大学の女子らが来る。五人。まえのふたりはチャリをともなっており、携帯で音楽をながして甘ったるい声でちょっと口ずさんでいた。うしろの三人のうちふたりは部活の後輩だか同輩だかわからないがだれかについてはなしていて、ひとりが、ああ言えばこう言うから、とちいさな声でつぶやくと、そ、ああいえばこういうよね、とひとりが受けて、過ぎたあと背後から、バスに乗れませんでした……いや考えろよ……と、その同輩だかに対する批判の文句がつづけて聞こえた。お好み焼き屋があるのでじきにいいにおいが漂ってくる。出て進み、コンビニの駐車場の縁を通って曲がり、てくてく行って細い道路、というのは行きに渡ったT字の交差点から地続きでいくらか南下したところなのだが、そこを渡って家々のあいだを行くとアパートのある路地に入る。公園。桜の木がもう全部葉になっており、しかもその葉の茂りがかなり豊かで一枚一枚もけっこう大きく見えて、間近で見上げると暗い分、量感がつよい。地元の山もそうだったがこの時期の緑の成長のはやさは驚きだ。数日見ていないと、あれ、もうこんなに? とおもわされる。空は一面灰色。仏壇の香炉にいっぱい溜まった線香の燃え滓よりは色濃い。