2017/2/17, Fri.

 イザベラ・バード『日本奥地紀行』の書抜きを始めてまもなく、背後の窓の外から風の流れる音が膨らみ耳に入って、振り向いた。素早い鳥の飛行にも似て、木の葉の横一閃にいくつも切り過ぎて行く窓を眺めているうちに風はみるみる強くなって、竜巻めいて砂埃すら湧きあがるほどで、自宅の周辺でそのような光景は見た覚えがないと驚きながら、もう終末期の枯葉が無数に渦巻いて宙を埋め、虫の大群のようになっているのを注視した。洗濯物に掛からぬうちにと案じて、上階のベランダに取りこみに行った。最高気温が二〇度ほどになると伝えられていた通り、晩冬のなかで突然四月に飛躍したかのごとき空気の温和さで、外気のなかに入っても陽光の感触に汗ばむほどだった。ベランダに落葉が次々と舞いこんでくるなか、近場の林からは、まるで川がほとんど目の前にやって来たかのような鳴りが激しく立っており、鴉が声を上げながら忙しげに飛び立って行った。

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 往路、コートを纏わずに、ジャケットの上にマフラーを巻いただけで充分で、前方から来る風に顔が包まれても、肌の内に寒さの粒子が一点も灯らず、むしろ心地よさをもたらすくらいなのがまさしく春の気である――のちに聞いたところでは、春一番だと言う。この日も水平線まで雲は消えて、空は何ものにも遮られることなく思いのままにひらき、透明さに浸りきった水彩絵具の青さに塗られて、天球の端だけ紫煙が仄香るそのなかを、身をほぐされるようにしてゆっくり歩を進めた。