2022/7/11, Mon.

 ド・セルトーと [ジャン=クリストフ] バイイははるかに穏当ではあるが、彼らが抱く未来像もドゥボール同様明るいものではない。ド・セルトーは『日常生活の実践』のひとつの章を都市の歩行に割いている。都市は歩くためにつくられたものであり、歩行者は「都市を実践する者」であると彼はいう。都市はひとつの言語であり可能性の貯蔵庫であって、歩くことはその言語を発話し、可能性から選択を行なうことである。まさに言語が語りうることを局限するように建築は歩行を局限するが、歩く者は異なる道筋を創案する。なぜなら「横断や漂流といった歩行という特権の即興的発露は、空間的な要素を変貌させ、あるいはまったく放擲してしまうから」。さらにド・セルトーは、「通行人と歩いて行き違うことから生じる一連の転進や迂回は、〈言い回し〉や〈文体のあや〉に相当する」ともいう。ド・セルトーのメタファーは身のすくむような可能性も示唆する。仮に都市が歩行者によって語られる言語であるとすれば、歩行を過去のものとした都市は単に沈黙するだけではなく、死語となる危機に瀕する。仮に形式的な文法が生き延びたとしても、口語表現や言葉遊びや悪態は消え去ってしまうだろう。バイイはこの自動車にあえぐパリに暮らし、その衰微を報告している。ある解釈者の言葉を借りれば、バイイは次のように述べている。

〔都市の社会的・想像的な機能は〕低劣な建築や空疎な計画の横行によって危機に瀕しており、これには都市の言語の基本単位である街路と〈言語 [パロール] の流れ〉、すなわち街路に生気を与えるおわりのない物語への無関心も加担している。街路と都市を生かしつづけることはそれ(end359)らの文法を理解し、糧となる新しい発話を生成することにかかっている。そして、バイイはこのプロセスの主たる手段は歩くことであるといい、それを〈両脚の生成文法〉と呼ぶ。

 バイイはパリを物語の集積として、街路の歩行者がつくり上げるそれ自体の記憶として語っている。歩行が損なわれてゆけば、この集積体は読まれぬものに、あるいは読まれ得ぬものになってゆくだろう。
 (レベッカ・ソルニット/東辻賢治郎訳『ウォークス 歩くことの精神史』(左右社、二〇一七年)、359~360; 第十二章「パリ――舗道の植物採集家たち」)





 はやい時間からなんどか覚める。きょうは午前から通話だというのに、さくばんは四時半まで夜更かししてしまい、それでいて眠りが切れ切れなので健康にわるい。尿意がめちゃくちゃ満ちていて覚めるたびに股間に圧迫をおぼえていたのだが、しかし起き上がってそれを解消しにトイレに行くことはない。八時半をいちおう正式な目覚めとさだめた。立ち上がってカーテンをあけるとレースの白さをすり抜けてくる朝の外気のいろが目に刺激をあたえる。晴れの日らしい。洗面所に行って顔を洗ったところ、なぜか肌の質感がよかった。小便もながながと放って下腹部を軽くし、冷蔵庫にはいっているつめたい水を一杯飲んでから寝床にもどった。深呼吸をしたり、腹や頭蓋やこめかみを揉んだりして身体をセットアップする。起きた直後に腹を隅々まで揉んでおくのはよいかもしれない。やはり胃腸が大事で、精神にもかかわってくるので。そのあときょうの通話で読むエマソンの"History"とか、ホイットマンの詩とかを確認しておく。centrifugalとcentripetalという単語を知った。遠心的なと求心的な。riの位置にアクセントが来るらしい。前者の単語からはキノコ(fungus)を、後者からは花びら(petal)を連想する。しかしいま調べてみるとfungusはキノコというより菌類全般だった。
 九時四五分くらいになると起き上がって、ドライヤーを取ってきて髪を梳かし、そのあと屈伸したり上体をひねったり背伸びをしたり首をまわしたりして各所をやわらげる。コンピューターも準備し、そうして一〇時ぴったりにZOOMに入室。(……)さんと(……)さんがすでに来ていた。(……)くんはまだ。寝坊しているらしかったので、その後(……)さんが電話をかけて、一〇時一五分くらいに参加。それまではホイットマン読みました? とこちらが投げて、序文をぜんぶ読んだんですけどやたらかっこうよかったですよ、とか感想を述べたり、(……)さんの問いにこたえて、なんか詩人とはどういうものかとかを宣言するような感じなんですけどと内容をちょっと語ったりしていた。(……)
 さいしょのうちは雑談で、選挙があったのでその話題がなされたが、詳細はいつもどおりあとにゆずる。(……)
 (……)
 一二時直前をむかえると、ぼくは一二時になったら抜けますと口にした。さいきんはやいですねといわれるので、いや、やっぱり読み書きしないとって、ホイットマン読んでてもそうなるし、やっぱり文章を書かないと、と受ける。あとたんじゅんに、きょう労働があるから、と笑うと、はやく出なきゃいけないんですかと問われるので、いやそういうわけじゃないんですけど、いつもどおりですけど、と応じていると、しごとのまえに文章書くんですかとさらに来たので、そうですね、きのうの日記はまあ書かなきゃいけないし……と返せば、すごいですねと(……)くんはお褒めのことばをくれ、ZOOM終わったあとってだいたい、はー、YouTubeでも見るか、ってなっちゃいます、と言った。わからんでもないが、さいきんはやる気がある。
 それで一二時で別れのあいさつをして通話を抜けると、また屈伸したり脚を伸ばしたり、背伸びをしたりと息を吐きながらストレッチをした。布団のうえで座位前屈したり、プランクをやったりもする。息をゆっくり吐きながら胎児のポーズとプランクと背伸びをするのがいちばん全身的に効く気がする。脚はまたべつだが。労働に向かうためには四時半くらいの電車に乗らなくてはならない。その一本あとでもよいが、それだとちょっとだけ余裕がないかな、という感じ。時刻は一二時半前だったのであと四時間ほど。それまでにきのうの記事をしまえたり音読をしたりしたい。ワイシャツを洗っただけでアイロンをかけていないので、それもすくなくともきょう着る分はやらないと。飯を食うまえに音楽をすこしだけ聞こうとおもい、アンプにつながっているイヤフォンをヘッドフォンに挿し替えて、きょうも一九六一年のBill Evans Trioの"All of You (take 1)"を聞いた。六一年のVillage Vanguardの演奏は、まいにち"All of You"をワンテイクずつと、ほかの曲をひとつずつ聞いていく習慣にしたいがたぶんできない。このときはこの一曲だけにとどめておいて、食事。食い物がすくなくなっている。キャベツとベーコンと豆腐のみ。あと冷凍のハンバーグとメンチカツ。野菜がもうキャベツしかないがれいによってそれを細切りにし、キュウリやトマトがない分大皿にスペースが空くので、きょうは豆腐をそこに乗せた。そうしてイタリアンドレッシングをかけ、キャベツのうえにハーフベーコンを五枚ならべる。ほか、メンチカツを二個レンジで加熱。パソコンでちょっとウェブを見ながらそれらを食べ、ものを平らげた皿はすぐに流しにはこんでおき、しかしメンチカツをあたためた木製皿に衣のカスがついているのでそれを水に漬けて取りやすくしたいからまだ洗い出さず、席にもどって龍角散のど飴(シークワーサー味)をなめながらきょうの日記をここまで書いた。一時四二分。よく晴れていて部屋のなかはあかるく、右を向けばレースのカーテンがエアコンの吐き出す風に弱く揺れながら輪郭を波状にかたどられた午後のひかりの白さを中央部に横切らせている。龍角散のど飴のシークワーサー味はふつうに飴としてうまくて喉に関係なくなめてしまう。


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 プロエクトによると、コナシェンコフ国防省報道官が毎日行う戦果報告を検証した結果、東部ルガンスク州で同じ村を4度も制圧していた。占領地の数を水増しした可能性が高いという。地図で確認できない地名を挙げるケースもあった。
 ロシア軍が6月26日に「破壊した」と発表したウクライナの軍用機の累計数は215機に上るが、侵攻開始前のロシア国防省の説明では、ウクライナ軍が保有する軍用機は152機だった。コナシェンコフ氏は侵攻が始まってからテレビ出演が急増し、6月にはプーチン大統領が中将に昇進させた。

 ロシア下院は6日、特別軍事作戦と称するウクライナ侵攻で軍への支援を強化するため、企業の従業員らが休日や夜間でも必要に応じて働くよう定めた特別措置法案を可決した。事実上の「経済動員法」となる。下院は経済制裁回避に向け、企業の取引情報を公表しないようにする法案も可決。戦闘の長期化を見据えた経済統制の動きが、ロシア国内で強まっている。
 特措法の可決は独立系メディア、メドゥーザなどが伝えた。法案では、政府が企業などに対し「労使関係の特別な規制」を設ける権利を得る。企業は国の方針に沿って時間外や夜間、祝祭日も従業員を働かせられる一方、国家防衛のための調達契約を拒否できなくなる。製造業や金融関係企業が対象とみられる。

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 5日に可決された別の法案では、軍事作戦に参加した民間人や医師らを退役軍人として扱うことを規定した。国は住宅購入や家賃を補助し、必要に応じて義眼や義足を提供する。ペスコフ大統領報道官はこれまで「総動員は考えていない」としてきたが、好待遇を提示することで前線の兵力を補充する構えとみられる。
 英字紙「モスクワ・タイムズ」によると、一部の国営企業では従業員に対し、軍事作戦の契約兵となるよう勧めている。地方では、契約兵に平均月給の5倍以上となる20万ルーブル(約43万円)の報酬を約束する例もみられる。

 ロシア軍が占領中のウクライナ南部ヘルソン州で5日、ロシア側が一方的に樹立を宣言していた「州政府」が業務を開始した。ロシア紙によると「州政府」代表に就任したのはロシアの情報機関、連邦保安局(FSB)の元職員エリセエフ氏(51)で、ロシアへの編入を指揮するとみられる。
 「州政府」は同日、「ロシア編入に向けて基盤づくりに着手する」と通信アプリで表明した。ロシア紙によるとエリセエフ代表は2005年にFSBを退職、直近はロシア西部の飛び地カリーニングラード州の幹部だった。FSBプーチン大統領が過去に長官を務め、政権の重要任務を遂行する場合が多い。

At least 15 people were killed and dozens injured after a Russian missile attack hit a five-storey apartment building in the town of Chasiv Yar in eastern Ukraine. Emergency crews worked to pull people trapped in the rubble. The strike destroyed three buildings in a residential quarter of town, inhabited mostly by people who work in nearby factories.

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Ukraine has warned residents in southern Kherson and Zaporizhzhia to evacuate as it prepares to launch a counteroffensive to retake the area. The Kherson and Zaporizhzhia regions were occupied by Russian troops in late February after they crossed the bridge from Russia-annexed Crimea. Ukraine’s deputy prime minister, Iryna Vereshchuk, said: “It’s clear there will be fighting, there will be artillery shelling ... and we therefore urge [people] to evacuate urgently.”

Two civilians were killed and at least two others injured in Russian missile attacks on the town of Siversk, near Sievierodonetsk, officials said. The Donetsk governor, Pavlo Kyrylenko, said three people were hurt by shelling in Soledar and seven houses and other property burned down in Bakhmut, giving no details of any casualties. Ukraine officials warned last week the city in the Luhansk region was facing a “humanitarian disaster”.

Russian forces have likely made some small territorial advances around Popasna, according to British intelligence. The Russian military continues to strike the Slovyansk area of the Donbas from around Izium to the north and near Lysychansk to the east, the UK’s Ministry of Defence said. The report added that the E40 – which links Donetsk and Kharkiv – is likely to be an important objective for Russian forces.

Canada will return a repaired Russian turbine to Germany that it needs for the Nord Stream 1 gas pipeline, despite objections from Ukraine. Canada’s minister of natural resources, Jonathan Wilkinson, said the government was issuing a “time-limited and revocable permit” to exempt the return of turbines from its Russian sanctions, to support “Europe’s ability to access reliable and affordable energy as they continue to transition away from Russian oil and gas”. Ukraine responded saying it is “deeply disappointed” by the decision.

The number of Ukrainian children enrolled in Poland’s schools is expected to double to at least 400,000 for the coming school year, the country’s education department has said. A report in European Pravda, an online media outlet published by Ukrainian journalists, quoted Przemysław Czarnek, Poland’s education minister, as saying those enrolled would take part in lessons both online from Ukraine and in-person.

Germany has reportedly blocked €9bn of EU aid to Ukraine for more than a month. The Kyiv Independent, citing the Italian newspaper Corriere della Sera, said Germany’s finance minister, Christian Lindner, was against the planned aid because of concerns over European debt.


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 うえまで書いたあと、ニュースを読みながら歯磨き。いや、そのまえにクソを垂れた。クソを垂れたあとに便器の内側をみると、淡い赤というかピンクっぽいいろの汚れがうっすらついているばしょがあるのだが、あれはなんの汚れなのか。たしかにケツのなかが切れていて大便とともに血がちょっと出ることもあるが、それでつくようなばしょでなくてもいろを帯びている。左右の便座にちかいほうとか。あと正面奥の水が出るらしき穴からもしたに垂れるようにしてそういう色が細くながれているのだけれど、水に混じっているなにかの成分によるのか? まったくわからないがいずれにしてもペーパーにルックの泡洗剤をつけて掃除しておいた。便器の底のほう、水をながしたあとに再度あつまってきた水が溜まっているそのなかもおなじように汚れているのだけれど、そこに手をつっこんで擦る勇気はまだない。ブラシのたぐいを調達するか。
 それから洗い物をした。きょうも洗ったあとにゾクゾクする金臭さだぜ、へ、へ、へ! と一九世紀ロシア小説風におもいながらシンクを金束子でこすり、よく晴れているから泡と水気をつぶして押し出したスポンジと、金束子を干しておくことに。座布団二枚も出す。シーツも物干し棒にかけて一時間二時間陽に当てることにした。こまかなゴミも表面にいろいろついているので、それを払い落とすこともできる。ほんとうは洗うべきなのだがきょうは労働だしそこまでするこころの余裕がない。窓をあけ、寝床からとりあげたシーツを柵のうえでちょっとバサバサやり、棒にかけていく。左右ほとんどいっぱいつかわなければひろげることができない。やっているあいだ、午後二時の太陽は西に移行しはじめて正面にあるから、強烈な陽射しが顔やあたまにまともに照りつけて、ほとんど打撃的な厚みをもって圧迫してくるようで、まちがいなく死人の出ている熱さである。くらくらしてくるよう。祖母もこれにやられてたおれたのだとおもった。エアコンを二八度で入れていても、室内で汗をかく。
 歯磨きをしながらニュースを読んだ。そのあとまた体操して、ここまで書くと三時直前。きのうLINEを設定したときに、さいしょいちど友だちが勝手に追加されるみたいな設定でアカウントをつくってしまったのだが、それでさきほど(……)から、おつかれ! LINEはじめたの? と来ていたので、パソコンでやってるだけだけどねと返しておいた。(……)からも三日前くらいにメールが来て、まだ返信していない。かれはエホバの証人の信者で、こちらをそこまで勧誘するつもりはないがでもできればもちろん入ってほしいとか、聖書の教えをひろめたいくらいのスタンスではいるとおもわれる。前回メールが来たときにオンラインの会合への誘いがふくまれていたので、そういう集いに出るほどの興味はないということをもうすこしだけやわらかく言う言い方を探ろうとしているうちに返信をわすれてしまった。今回は返信するつもり。


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  • 「ことば」: 1 - 9


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  • 日記読み: 2021/7/11, Sun.

(……)一〇時四五分ごろ、道に出た。風がながれていたようだ。空には雲もこびりついているものの、青さがのぞいていて陽射しもあり、道脇の葉があかるくみずみずしくなっている。坂道の序盤、はいってすぐでまだ樹がたてこんでいないあたりにも日なたがひろがっていて、すすめば沢の水音がまたすこしふくらんで空間を擦っており、そこはもう樹冠があるから路上は薄蔭に領されて濡れているなかに木洩れ陽がところどころ不規則にひらいて穴をもうけ、まだらであいまいなそのスクリーンに入りこんだ枝葉の影がうごいたりうごかなかったりしている。真新しい緑の葉っぱがいくつか湿った路面に落ちていた。街道まで来て横断歩道にかかれば、道路のうえには電柱の影が乗り、そのてっぺんで鳥が一匹ばたばたふるえているらしきさままできちんと反映されている。

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(……)そとに出て階段をあがり、北口広場の植込み区画の段に腰掛ける。それで(……)くんにメールをおくっておいて、あたりをながめながら時を待った。目の前の駅舎からひとが絶え間なく続々と吐き出されておのおのの目的にむかって過ぎていくそれらのながれの、基本的には匿名的な画一性におさまって目にもさだかにつかずただ通っていくのがひとつの大きな無名をかたちづくっているそれが群衆だが、ときに服の柄なり色なり歩き方なりでたまさか浮かび上がってにわかに具体性を帯びながら焦点化されるひともないではない。ないではないものの、それもまた場違いな異物として疎外され分離しきるわけでなく、つかの間きわだってはほどよいアクセントのようにして集団的無名性のなかに帰り還元されていく、これが都市の包容力というものだなとながめた。そこにいる無数のひとびとのあいだに基本的になんのつながりもなく、ただ偶然その場に居合わせたというだけの関係でありながら、その無関係において風通しよくひとつのまとまりをなしている、断続と並列としての共存性。空を見れば左手、東のほうはややよどみの混ざった雲もひろがって雨が案じられるが、陽の感触がわずかに透けてきてすこし暑い。(……)


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 この日のことはもうわすれたので、あきらめてここまでとする。