2022/8/25, Thu.

 (……)文学教授たちがここにやって来て、わたしの金玉を舐めるが、彼らはみんな似たり寄ったりで、威張っていて、バカで、ヒョロヒョロと背が高く痩せていて、人生と厳しく向き合っているかのような作品を書こうとしている。くそっ。一年のうち三ヶ月を費やしてとんでもない長編小説に取り組み、ベッドにいるわたしを起こして自分たちの書いた詩を見せ……タフガイが主人公の……六パックのビールを一緒に飲み、わたしをじっと見つめるが、わたしがどうしてこんなに太って、くたびれ果て、擦り切れてボロボロで、不健康で、腹を立て、やる気がなくて無関心なのかまるでわけがわからない。あるいは違うタイプのやつらもいて、カリフォルニアの海辺で暮らし、ルイジアナにも家を持っている金持ちの俗物たちで、「家庭は人を貧しくさせ、創造の泉を涸らせてしまう」などとほざき、あなたから来た手紙をもとにしてモダンな長編小説とやらをでっち上げ、あなたが手紙を返してくれと言ってもそれには応えず、それというのもあなたにとってそれが生活の糧になるからだ。あなたは家賃を払うだけ。ついているではないか。そこで家賃が払えるようにさせておき、その一方であのくだらないやつらは英語の1や2の講義で学生たちにいったい何を教えているというのか? 死ぬほどおぞましい内容に違いない……食事にありつけなかったことなど一度もなく、へべれけになって床の上に倒れ込んだこともなく、はたまたまったく世に認められず、火をつけずにガスを三時間もつけっぱなしにしたこともないあの手の博士野郎ども……学生たちに何を教えるというのか???? 何を教えられるというのか? 何もない。だから、それゆえ、誰も彼もが自分をクールでインテリで聡明なように見せるが、それは外面だけのことでしかなく、内側からは何ひとつとして実らなかった何世紀もの歳月が生み出す魚の腐ったような嫌な臭いが。[…]
 (チャールズ・ブコウスキーアベルデブリット編/中川五郎訳『書こうとするな、ただ書け ブコウスキー書簡集』(青土社、二〇二二年)、162~163; ハロルド・ノース宛、1969年2月26日)




 いちど六時ごろに目を覚ましたのだけれど、そのときなぜか足が攣った。左足の裏、その内側側面のあたり。さいしょ息を吐きつつ足を引き寄せ、該当部をさすることでだまそうとしたのだけれど根治にいたらなかったので、足を投げ出した姿勢にもどり、一時引き攣るのは我慢してからだのちからを抜き、すると短時痛くなってはいったんほぐれ、というのを二、三回くりかえしたあとにおさまったので、あらためてさすっておいた。あたまはけっこう冴えていたがさすがに睡眠がみじかいのでもうすこし寝ることにして、つぎにさだかに覚めたのは八時台後半。鼻から深呼吸しながら腹や胸などをさすりはじめる。そのうちにちょっと起き上がって布団を奥のほうにたたんで寄せ、また枕にあたまを乗せる。天井にふれているあかるみや室内の色をみるにあきらかにくすんだ曇りの日である。横を向いたときにカーテンの端をちょっとめくれば、それでも窓の白さがしばらく瞳を刺激する。九時一八分に起床。洗面所に行って顔を洗って用を足すと、ルック泡洗剤はもうほとんど出てこなくなっている。そのあとうがいをし、水を飲んで蒸しタオルを額に乗せると布団のうえにまた寝転んだ。いつもどおり日記の読みかえし。一年前にたいしたことはない。往路の描写もわるくはないが特段のものでもない。ただ、さいごの「正面先の丘からはセミの唱和がわきたち、スズメがどこからともなく、いろいろな方向からつぎつぎに渡ってきて線路のむこうの梅の木につどい、宙をすべっていく彼らの影が足もとの淡い日なたのなかにただの振動としてのみ映りこむ」というのにはちょっと、おお、とおもった。二〇一四年は二月五日分。またぜんたいにわざとらしさがあり、日記で小説をしたいという罠にはまっているようだ。この前日に雪が降っており、それを受けて「雪降りが過ぎた翌日の朝は穏やかに晴れていて、屋根を覆う雪が瓦葺きに沿って白い畝をつくり、宝石でも埋まっているかのようにところどころ小さな光を放っていた。木や屋根から融けはじめた雪のかけらがぱらぱらとはがれ、地面に降り立つと、陽光のもとで動きを止めた大気をわずかに震えさせた。まだ外の景色を目にしない寝床でその音を聞いたときは猫の足音を連想したのだった」と書いている一節だけはすこしよかった。あとこの時期はVirginia WoolfのKew Gardensを訳している。勤務後は職場の女子ふたりに菓子をくれともとめられてグミやチョコレートを買ってやったらしいが、これはいまやったら規定違反で怒られる。というかとうじも規定違反だったのだろうが、いまよりもそのへんゆるかったのでこちらはたまに生徒といっしょに近間のパン屋に行ってすこしおごってあげたりしていた。とうじの室長だった(……)さんに、駄目だからね、と言われてやめたおぼえがある。女子生徒と帰路をとちゅうまでともにしたらしく、「ついこのあいだ何の感慨もなく年が明けたと思ったらもうひと月が過ぎたのだ。自転車を押して隣を歩く十五歳の少女がもし同じように感じていたとしても、それはこちらの感覚とはかけ離れたものにちがいなかった。二十四をもむかえると、冗談めいて流れてゆく日々のはやさに対する驚きにもいくらか慣れてきた。隣の少女はいつだって馬鹿みたいに騒いで瞬間瞬間を楽しみつくすかのように生きているのだった。凍てついた夜の空気のなかで声はいくらか落ちついた響きをまとっていたが、その顔には教室にいるときと変わらない笑みが浮かんでいた」などとやや芝居がかっているが、この女子がだれだったのかはおもいだせない。さすがに八年前の生徒となると。とうじは勤務中のことを書く習慣でもなかったし、日記をはじめてまだ一年だからこちらの記憶力も観察力もまだまだ涵養されていなかった。ただひとりたしかにひとなつっこかった八重歯の少女がいてなんとなく顔が浮かぶが、かのじょは(……)というなまえではなかったか? しかしこの女子がその子かどうかはわからない。ただパン屋にいっしょに行って買ってあげていたのはかのじょだったはず。
 ウェブを見て一〇時半ごろ再度の離床。屈伸などもろもろしたり水をまた一杯飲んだのち、瞑想をした。一〇時五二分から。なかなか長くつづいた。窓外では子どもらがきょうは涼しいからたぶん保育園でエアコンをつけずに窓をあけているらしくにぎやかにしているのが聞こえるのだけれど、瞑想中はからだの感覚を主にみていたのでそれらがBGMとなってほとんど意識されなかった。これといってまとまった思念はない。安定的にながくつづいてからだはだいぶなめらかになり、四〇分くらいかなとおもって両手をうごかし顔や胸や腕をさすってから目をひらくと、一一時三二分だったからまさしく四〇分ぴったりだった。それから食事へ。あるいはそのまえに、きのう洗って置いておいたプラスチックゴミを始末したかもしれない。豆腐の容器などを床の上に置き、しゃがみこんで鋏で切り分け袋へ。そうしていつもどおりキャベツを細切りにするが、もうのこりすくなかったのでわざわざ葉を分解せずにそのままザクザクやった。そうして大根とタマネギと豆腐をくわえる。タマネギも使い切り、のこっている野菜はもう大根だけ。きょう図書館の返却日なので返しに行ったその帰路にスーパーで買い物してくるつもり。この大根とタマネギは一八日の木曜日に買ったものなのでちょうど一週間保っているわけで、タマネギがたしか八〇円くらいだったとおもうが、それで一週間つかえるならなかなかながいではないか。大根はまだのこっているし。サラダのほかはドラッグストアで買った丸大食品の唐揚げだが、これはさほどうまい品ではない。あと五個入りのちいさなクリームパンののこり。
 食事中は(……)さんのブログを読んだ。あいかわらず騒音問題がつづいているが、したの抗議のしかたには笑う。

 (……)ベッドに移動し、「地の果て 至上の時」の続きを読み進めながら眠気の満ちるのを待っていたのだが、それまでもちょこちょこ騒がしかった上階から女の喘ぎ声がしはじめて、なんかリゾート時代を思い出すなとげんなりしながらスマホで時刻をチェックすると2時半だった。さすがにこれを注意する気にはなれないし、足音や椅子をひきずる音に比べたら全然たいしたことないアレなので、まあいいやとひきつづき書見していたのだが、一戦交えてひと息ついたころだろうが、ものすごく巨大なものをひきずるガリガリガリガリガリ! というクソやかましい音が頭上で響きだして、さすがにこれにはブチギレた。たぶん激しいセックスのせいで動いてしまったベッドをひきずって元の位置に戻したとかそういうアレだと思うのだが、たいがいにしろよと、いま何時だと思っているんだとあたまにきたので、椅子を頭上にもちあげてベッドの上に立ち、その椅子の脚で天井をガンガン叩いて「死ね色情狂が!」と抗議した。ここは学び舎の寮やぞ! 色事はよそでやれ!

 (……)さん当人からすれば迷惑千万だろうが、はたで読んでいると笑ってしまう。よほどうるさくて激怒してももおれぜったいこんな文句のつけかたできないわ、とおもった。そもそもここ一〇年ほどで他人にたいして声を荒らげたり、てめえ、みたいな口調になるほど怒った記憶がほぼない。むかし手のつけられない小学生が塾にいたときと、父親との悶着くらいだ。小学生というのは(……)というなまえで(「(……)」という読みだがこの字で合っていたかどうかは自信がない)、まだ三年くらいだったはずだがあそんだりあばれまわったりしてどうにもならず、とうじはこちらもまだにんげんができていないからさすがにいらだって、いちど荷物を入り口のほうまで持っていって投げ捨て、おまえはこの塾に必要ない、ここにいると邪魔だから帰れ、と言ったことがあった。少年はやだ! と言って帰らなかったが。その件はばあいによってはふつうにクレームになっておかしくなかったはずだが、家庭になんらか事情があったようで親もあまり子どものことをかまっていなかったのだろうか、いずれにせよそういうことがあったということが親に伝わりもしなかったのだとおもう。ちなみにとうじの室長は(……)さんで、この件があったあと入り口のところで、ありがとうね、おれのかわりに怒ってくれて、言いたいこと言ってくれて、と礼を述べられたが、べつにそんなつもりはなく、こちらはふつうにムカついたのでとにかく邪魔だし帰らせようとおもっただけだ。塾でこちらが苛立ちをおぼえる生徒というのは、やはり小学生にかぎられている。中学生になると自我がかたまってくるからたいがい言うことは通じるし、やんちゃなやつでもそれ相応の論理と態度があるから対応はしやすい。(……)少年に関連していえばかれの姉である(……)という女子もなかなかの悪ガキで、とうじ小五か小六だったはずだが、とにかく口がわるく、こちらを馬鹿にするようなこととか文句とか暴言とかわがままとか、四六時中際限なく吐くような感じだったからそれは苛立ちもする。かのじょと同学年で(……)ちゃんという子もおり、この子は生意気といえばそうだがちょっとちがって、なんというかやや中二病に寄ったというか、それもちがうのだけれど、ほかの平均的小学生とちょっとずれたような感じがありつつ、それはべつによいのだが、たしかこちらになんとかいうあだなをつけていて、わりと馬鹿にするようなことを言っていたはず。とはいえかのじょのそれはかなり毒性の高い(……)のものとはちがって、もうすこし邪気のないものだったからたいしたことはなかったのだけれど、ただ(……)ちゃんはたびたびバシバシこちらのからだをたたいてきて、それがかなり強いのでけっこう痛かった。小学生で苛立ちをおぼえたあいてはあとふたりおり、ひとりが(……) 。とうじ小五、小六。二〇一六年、一七年くらいの生徒だったはず。わりと近所というか実家の最寄り駅前のマンションに住んでいて塾外で顔をあわせる機会もおおかったのだが、歳を取るにつれてだんだん生意気になってきて、授業中もちゃんとやらなかったりこちらのはなしを聞こうとしなかったものだから一、二度キレかかったことがあったのだけれど、ただそのとき怒りの感情が盛り上がって鼓動が高まるにつれて体内が苦しくなって声を出したりことばを発することができなくなり、(……)は不思議そうに、どうしたの? という感じで見ていたのだけれど、緘黙ってのはこういうことなんだな、と理解したのだった。これはその後の変調のひとつのまえぶれというか、心身がやはりまだ疾患からのがれきってはいなかったことのあらわれだったとみてもよい。あとひとりは(……)さんで、かのじょはいまもかよっており、さいきんはあたっていないが去年くらいからけっこうみていて、よくしゃべるしわがまま放題でやりたくないところをやらなかったり、席を立って遊びに行ったりとあって、一時期苛立つことはあったのだけれど、こちらも歳を取ってよほど鷹揚になり、怒りの感情をおぼえることじたいがじぶんの精神衛生にわるくてめんどうくさいから、あきらめてまあ好きなようにやらせてやるかと菩薩のこころで接し、いろいろはなしを聞いていたところ、なんかかえってそのほうが言うことが通じるようになった気がする。さいきんはどうなのかわからないが。ちょうどきのうの勤務でひさしぶりにすがたを見かけたが。
 ここ一〇年どころかことによると生きてきたあいだでこちらがもっとも怒りをおぼえたのは父親との悶着の件であり、要は父親がいい歳こいて母親にたいしてババアとか暴言を吐いたり、すぐ大声を出して威圧したりと幼稚なふるまいを取っていたことだけれど、実家にいたころはそれで二度衝突した。そのうちの一度目はむこうがこちらの首を締めるかのようにつかんできたから必然つかみあいになり、とはいえもちろんじぶんは体格的に貧弱だから余裕で負けて洗面所と浴室の境の壁に追いやられたのだけれど、そのときはさすがのこちらも、てめえふざけんなよみたいな感じで暴力的な口調になった。ぶち殺すぞまでは行かなかったが、こころのなかではもちろんそうおもっていたわけだし、その後もおりにふれては殺すぞとはおもっていたし、父親の不愉快千万なふるまいを見聞きするたびに苛立ちとともに、今後これに堪えられなくなったら悶着の拍子にほんとうに衝動的に殺すことになるかもしれない、そういうこともあるかもしれないし、もしそうなったとしてもじぶんはべつに後悔しないだろうとおもっていた。いまは実家をはなれて距離を取ったので、そうするとにんげんいくらかやさしいきもちをとりもどせるものである。二度目の衝突はおなじことなのだけれど、このときはこちらもこいつはもう駄目だなとおもっていたし、激怒というほどのことはなくて、あいてがまたつかみかかってくるというかこちらのからだを押してくるのにやりかえす気も起こらなかったし、まえにもやめてくれって言ったのに変わってないのは、わるいとおもってないってことでしょ、反省してないってことでしょ、と言ったら、おまえはなんのたちばで、なにさまのつもりでそんなことを言ってんだ? おれがこうやって手を出すのは、おまえがそういうふうに口がうまいから、わざとおれを怒らせてそうさせてるんだよ、おれが怒って手を出すようなことをわざと言ってんだろ、とか陰謀論者めいたことを言い出したので、むしろ笑ってしまった。こちらとしてはもちろんそんな意図はなく、たんに母親のことを馬鹿にするようなことばを吐いたり、すぐ苛立って声をおおきくしたりするのは不愉快でよくないからやめてくれ、だいいち母親じしんだって嫌がっている、というだけのことだったのだ。反省していないと言われて激怒したというのは、じぶんでも身に覚えがあるというか、脛に傷持つ感がすこしばかりはあったということだろう。あとはおまえは三〇も越えて正職にもつかずに実家にいてまいにちなにをやってるのかもよくわからんし、そんなやつにじぶんのふるまいをただすようなことをいわれるすじあいはないというこころもあっただろうというか、それがいちばんおおきかったのではないか。それはおごりというものである。たしかにこちらは経済的主体としてはほぼ無能だったし(いまもそうだが)、経済的にだいたい依存しているということは精神的にもいくらかは依存しているということだろうから、たちばとしては褒められたものではなかったが、そうはいってもこちらもおなじ家のなかにいてそこで起きることに影響を受けるわけで、いやなことがあったらちょっといやだと言うくらいのことはしてもよいではないか。しかも、いやどころか、とんでもなく不快でストレスフルだったのだから。とはいえとうじもけっこうかんがえたのだけれど、この点をつきつめてかんがえると微妙というか、この件を道徳的問題としてとらえるとして、経済的に親に依存しているという継続的状況と個別断続的なある種のふるまいと、道徳的によりよくないのはどっちなのかよくわからん、みたいなことになってくるし、そのようにもろもろ理屈をこねたところで無駄というか、父親のいいぶんは偉そうなことを言うなにおおかた尽きるわけだから、それにどのようなかたちのものであれ理屈や正論をぶつけたところでたいして説得的ではないし、そもそもこちらには説得する気などなかった。とにかく不快だからやめろ、いますぐこの世から消えろ、というだけのことだったのだ。もし父親のふるまいを真に変えたかったら(その後、かれじしんも家にいづらいというか、母親と顔を合わせてばかりいても互いに窮屈だとか、いろいろ言われてうるさいし肩身が狭いというおもいがあったのか、山梨にちょくちょく行くようになり、そうするとやはり距離を取って余裕が生まれるから、こちらが不快におもうようなふるまいはあまりしなくなったようだったが)、まずおちついてはなしができる関係や状況や環境をととのえなければならず、そのためにはある種あいてに「取り入る」ことが必要なわけである。しかしこちらはとてもでないがそんなことをやるつもりもやれるつもりもなかったので、よほどのことがなければもう放っておいて我慢するということに決め、そのうちにここにいても埒が明かねえしともかくももう出ちまおうと、齢三二にいたってようやくそういうこころもちになった足の遅さでこの部屋に来たが、ここに来たところでもちろん変わらず埒は明いていない。
 食事中と食後はあとGuardianのウクライナ方面の記事をふたつ。Samantha Lock, “Russia-Ukraine war latest: what we know on day 183 of the invasion”(2022/8/25, Thu.)(https://www.theguardian.com/world/2022/aug/25/russia-ukraine-war-latest-what-we-know-on-day-183-of-the-invasion)とDan Sabbagh, “Five predictions for the next six months in the war in Ukraine”(2022/8/24, Wed.)(https://www.theguardian.com/world/2022/aug/24/five-predictions-for-the-next-six-months-in-the-war-in-ukraine)。その後皿洗いしたり屈伸や背伸びしたり。手の爪も切った。FISHMANSの"バックビートに乗っかって"をイヤフォンから聞きながら机で切ったのだけれど、ドゥードゥドゥダダッドゥデッデッドゥーというさいしょのベースラインがながれだした瞬間から、いやめっちゃ音いいなとおもった。あとキックも。とちゅうの、「世田谷の空はとても狭くて」のところでベースなどが消えてドラムがむき出しになるけれど、そこのキックの響きなんてとてもきもちがよい。さいきんはFISHMANSを出勤の往路に携帯でしか耳にしていなかったからだろうが、パソコンにSansuiの古いアンプをつなげただけで、イヤフォンはDENONのたしか二〇〇〇円もしないような安物であるにもかかわらず、なにも問題なく満足できる。安い耳である。柏原譲のベースって日本のロックのひとのなかでも、プレイにしてもトーンにしてもやはりなにか際立っている気がするのだが。よくあんな重いトーン出せるなと。そうして音楽を耳に入れながら爪をやすり終えて、ちょうど曲も終わったのだが、活動や作業のまえに一、二曲であれ音楽をじっと聞いて英気を養う、これこそにんげんのもつべきすばらしき生活というものではないかとおもって、もうすこし聞くことにした。まいにちそうできればよいのだが、なかなかむずかしい。聞いたといっていつもの曲目、まず直後の"WALKING IN THE RHYTHM"を聞いたが、この曲は一三分もあるわけだ。John Coltrane Quartetかよとおもうけれど、一三分聞いてもぜんぜんながくない。すごい曲である。無数の声でタイトルがくりかえされる終盤だっていざ聞けば退屈でなく、きちんとつくられている。声がだんだん消えていって、かぼそいラジオみたいな音響で下方にまとまり、同時になにか風の吹くような音が一定のリズムではいってきて、そのままこの曲のビートとはちがうひとつの律動のかたちとなったそれらのちいさな音響がさいごまで持続する。すばらしい。しかもこの曲はさいしょからさいごまでおなじひとつの短いコード進行を変えずにひたすらループさせ、そのうえですべてが展開する。驚異的である。
 それからまた六一年のBill Evans Trioの"All of You"をテイク1から3までぜんぶ聞くかとおもい、それ用のプレイリストつくればいいじゃんとおもって三曲入れたのだけれど、Amazon Musicにある白いジャケットの三枚組『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』は、まえにも書いたとおりなぜかディスク1の"All of You (take 1)"だけがべつのときの音源になっていて、それがいまだになおっていない。なのでそれだけほかのアルバムから持ってきたが、まちがえて終盤に編集ミスがはさまっているやつにしてしまった。テイク2は白ジャケのやつで問題ないが、テイク3も白ジャケのアルバムは取り違えられているテイク1の音源となぜかまったくおなじものになっており、それをわすれていたのでおなじ音源のバージョン違い、縁に赤線がはいったやつをながしてみたところ、これはめちゃくちゃ加工的な音質になっていて、シンバルがやたらシャリシャリいっていたりして気持ちが悪く、これでは駄目だとなった。けっきょく、このライブをAmazon Musicで三枚組で瑕疵なく聞くのは無理そうだなと判断し、照明をバックにEvansの横顔が右下にあるジャケットの、三枚セットではなくて一枚ずつに分かれた音源をマイミュージックに入れておき、"All of You"もそれらから三曲、プレイリストにそろえておいた。
 "All of You"はテイク1を聞いているとやはりすごく、テイク2はMotianがずっとブラシで単調なバッキングをしてうごかないからこの三つのなかではもっとも地味だと言ってよいかもしれず、ただそのぶんEvansとLaFaroの対峙がみえると言えなくもない。テイク3はテイク3でまたちょっとほかとはなにかちがった感じがあって変だ。明晰な意識で目を閉じて音楽を聞くと、聞くというよりほぼ音を見ているような感覚になり、まぶたをとざされた視界のなかに音の配置と軌跡が抽象的な図として映るかのようなのだけれど、そうしてみると音楽ってやっぱり形式的純粋により近いような、じつに幾何学的な芸術なんだなあと(これもベルクソンがいう時間の空間化か?)。もちろん抽象形式だけではなくてトーンやニュアンスなどもあるけれど。ただこのBill Evans Trioを聞くときは、線と点と面でできている三者の軌跡の交錯を空間的に目の当たりにするという感がつよく、こちらの脳内もしくは意識内の表象の場のなかでそれらが踊っているようなイメージになる。音じたいがダンスしている。LaFaroのほうがうごきがはげしいからあきらかに踊りまくっているとおもわれるかもしれないが、意外にもEvansも、LaFaroとはちがうやりかたでかなり踊っており、ときに軽快に跳ねるようなことすらある。そういうのをじっと聞いているもしくは見ていると、メロディやフレーズを音楽として聞いているというより、それとはなにかべつのもの、そこにある音そのものを聞いているような感じが生まれる。音楽とは音のダンスだったのだ。音がダンスすることで音楽を形成する。そういうことだったのだ。とはいえこれはBill Evans Trioもしくはジャズに特有のものかもしれず、たとえばFISHMANSを聞いておなじようにおもうかというとまた違う気がする。
 それでもう二時を越えてしまい、シャワーを浴びたりして三時。あと食後に洗濯もして、きょうは曇りでひかりもぬくみもとぼしいのでなかに干した。さきほどものを食ったばかりなのだがなぜかまた腹が減って、冷凍の唐揚げやヨーグルトをまた食ったりし、きょうの記述をはじめたのはけっきょく四時ごろだったのではないか。それでいまもう六時一七分にいたっている。図書館に行かなければならないのだが。


     *


 いま二六日の零時三七分。東京新聞を見ていると、「暑すぎる中国南部、電力・飲用水・収穫がピンチ 四川などで計画停電延長、イルミネーションも自粛」(2022/8/25)(https://www.tokyo-np.co.jp/article/198045(https://www.tokyo-np.co.jp/article/198045))という記事があった。(……)さんもまいにち四〇度でクソ暑いクソ暑いと言っているが、こんな状況だったのだ。記事中に写真が載っているが、重慶では熱波によって川が一部干上がっているらしい。やばすぎじゃない?

 【北京=白山泉】中国南部が「60年に一度」ともいわれる熱波に見舞われる中、四川省重慶市計画停電を当初の予定より延長している。影響は工業用電力だけでなく、一部の商業用電力にも拡大。熱波による干ばつが飲用水不足を引き起こしているほか、流域の農村部では秋の収穫に影響が出る恐れもある。
 中国中央気象台によると、25日も四川省重慶市江西省など長江流域で最高気温が40度を上回り、高温は29日ごろまで続く見込み。
 電源の8割を水力発電に頼る四川省は15~20日の予定だった工場の計画停電を延長した。中国メディアによると、計画停電の影響で四川省の電池メーカーが大幅に減産。商業施設はエアコンやエレベーターを停止し、電気自動車の充電スタンドは夜間だけの使用にとどめるなど民生用の電力にも影響が出ているという。
 停電が続けばサプライチェーン(供給網)への影響が懸念されることから、四川省成都にあるトヨタ自動車の工場では22日から自家発電で稼働を再開している。
 中国メディアによると、重慶市では市内90のダムが干上がり、約60万人の飲料水の確保が困難になっている。長江の水位が低下し、河川物流にも影響が出ているという。24日に開いた国務院常務会議では、李克強首相が人工的に雨を降らせるなどして水源を確保する方針を示した。
 長江流域での干ばつや電力不足の深刻化を受け、下流にある上海市は観光地の外灘(バンド)のイルミネーション点灯を22、23の両日、自粛した。


     *


 いま二七日の午後一〇時二〇分ちょうど。この日は午後七時前くらいに図書館にむけて外出。本を返さなければならなかったので。そうして帰りにはスーパーで買い物もした。道中、道のことはもうわすれたのではぶくが、電車内で緊張が高潮したことは記しておく。七時ごろの電車に乗ったわけだけれど、平日でこの時間はとうぜん帰宅にむかうひとびとでけっこう混んでおり、といって満員というほどではなくこちらが立った扉際も反対側はあいているくらいだったが、ヤクを一粒しか飲んでおらず追加せずに来たので目をつぶって揺られているうちに緊張が腹にわだかまって心臓が加速しだしたのだ。あまり吐きそうという感じではなかったが、みぞおちと臍のあいだが熱をもってひりつき、どくどくいうはげしめの脈動がからだにひびいて息苦しくなり、できればその場から逃げ出したくなるような感じ。つまりパニック障害の典型的な小発作で、まあふつうになんとかやりすごしたが、やはり電車は二錠飲まないとまだむずかしいなと判断された。それで帰路は電車に乗るのが不安になり、どうせだから歩いて帰ろうかなと、こういう機会でもなければなかなかあるこうとしないからそうしようかなとおもいつつ図書館から駅までもどっていくと、足が改札に向かないのでそうしようと決めて南口に抜け、やや南下したあと左折してひたすら東にあるいた。事前に駅通路内の地図看板でここをまっすぐ行けば(……)のまえにいたると確認していたのだが、これは二〇二〇年のはじめだったかに(……)家からおなじくあるいた道である。とちゅう、ここのFamily Martはたしかにみおぼえがあるなとか、この幼稚園もみおぼえがあるな、とみた。それで出た交差点は先日夜歩きしたときに反対側から来たところで、だんだん周辺のマップがあたまのなかで更新されている。(……)駅から(……)付近までは意外とかからず、二〇分くらいだったのではないか。三〇分はあるくとおもっていたのだが。実家から(……)駅までのほうがながい。
 図書館では借りていた三冊を返却。カフカ全集は書抜きが終わっていないのでこんどまた借りなければならない。それでブランショの『文学空間』を読まなければならないし、借りてもなんかあれなのだけれど、しかし書架を見て借りる気になったらとりあえず借りるだけは借りるかとおもって日本の小説から見分し、すぐに海外文学にうつって英米の詩のあたりをみていると、ゲイリー・スナイダーに目がとまって借りようかなという気になった。著作は三冊あり、『ノー・ネイチャー』というやつと、『絶頂の危うさ』というやつと、あと一冊なにかあったとおもう。また研究書がそれらのとなりに一冊あった。スナイダーじしんのあと一冊というのは、『リップラップと寒山詩』というやつだ。ゲイリー・スナイダーコレクションの一冊。このコレクションはたしか全四冊だったか? わからん。それで『絶頂の危うさ』がタイトルとしてかっこうよいのでこれを借りることに。その他目にとまったのはオーデン詩集とかパウンドとか。もう一冊借りてしまおうかなとそこから海外文学の棚を順番にたどってけっこう丹念に見ていき、ハイネ詩集があったのかとか発見するのだけれど、ドイツフランス南米ポルトガルイタリアロシアとたどっていちばん端のギリシアとかまで来てもうーんと決めきれず、一冊でいいか? とおもいつつ通路をもどって、日本の小説でも借りておくか? とふたたびはいってみるとそこに乗代雄介があったので、『旅する練習』を読んでみるかとそれを取って貸出しに行った。ちなみに新着図書には髙山花子の『鳥の歌 テクストの森』。これは春秋社のウェブサイトで連載していたもので、(……)くんにいぜん紹介され、同年代でこれを書いているのは勝てないとおもった、こんな文章はじぶんには書けない、とかれは称讃していた(とはいえべつに、(……)くんには(……)くんの主題や書き方や文体ややりたいことがあるわけで、勝ち負けではないとほんにんも付言していたが)。このひとはブランショの研究者で『ブランショ レシの思想』という本も出しており、これはフランス文学の区画にたしかあったはずだが、『文学空間』を読書会で読むからにはこれもほんとうは読んでおいたほうがよいのかもしれない。しかしまだその余裕はない。ブランショだと『謎のトマ』や『終わりなき対話』も棚にあり、前者はかなりむかしにいちど読もうとしたが挫折したおぼえがある。


―――――

  • 「ことば」: 1 - 5
  • 「英語」: 771 - 782
  • 日記読み: 2021/8/25, Wed. / 2014/2/5, Wed.

出勤路へ。セミの声はまだだいぶのこっており、公営住宅脇の公園前をとおるときはそこの桜の木からジージーいう音が迫ってきたし、十字路周りの木立もざわざわした音響で埋められている。坂下ではまだ、涼しくもないけれど空気のうごきもあってさほど暑くないようにおもわれたのだが、坂をのぼればどうかなとおもいながら踏んでいくと、じっさいのぼりきるころには汗がべたついていた。坂のなかでは平ら道よりも空気がうごいて風らしくなり、とちゅうから涼しさが出てきたがそれは汗が湧いたからだろう。空は雲にまみれていてすきまにかぼそく覗く水色も希釈されているものの、坂を抜ければ太陽は駅のむこうの北西にあらわれていて、雲海に溶けひろがっているので陽射しはさほど甘くはないが、そのなかをホームに移動すると汗が盛り、先のほうで止まって立ち尽くしてからハンカチで首や額や頬や胸を拭かざるをえなかった。服の内では胸のほうは肌着が貼りついているのがわかり、背では汗の玉がいくつも皮膚をころがっていく。涼気が身に触れて抜けていくけれど、その涼しさはやはり大気のものというよりも汗の量の証左であろう。ハンカチを何度か顔のまわりにあてなければならない。正面先の丘からはセミの唱和がわきたち、スズメがどこからともなく、いろいろな方向からつぎつぎに渡ってきて線路のむこうの梅の木につどい、宙をすべっていく彼らの影が足もとの淡い日なたのなかにただの振動としてのみ映りこむ。


―――――


Samantha Lock, “Russia-Ukraine war latest: what we know on day 183 of the invasion”(2022/8/25, Thu.)(https://www.theguardian.com/world/2022/aug/25/russia-ukraine-war-latest-what-we-know-on-day-183-of-the-invasion(https://www.theguardian.com/world/2022/aug/25/russia-ukraine-war-latest-what-we-know-on-day-183-of-the-invasion))

Russia plans to disconnect Europe’s largest nuclear plant from Ukraine’s power grid, risking a catastrophic failure of its cooling systems, the Guardian has been told. Petro Kotin, the head of Ukraine’s atomic energy company, said Russian engineers had drawn up a blueprint for a switch on the grounds of emergency planning should fighting sever remaining power connections. “The precondition for this plan was heavy damage of all lines which connect Zaporizhzhia nuclear power plant to the Ukrainian system,” Kotin said.

At least 22 people have been killed and 50 wounded in a Russian rocket strike on a Ukrainian railway station, as the country marked a sombre independence day, and six months since Moscow’s invasion started. Ukraine’s president, Volodymyr Zelenskiy, said the rockets struck a train in a station in the town of Chaplyne, about 145km (90 miles) west of Donetsk in eastern Ukraine. “Chaplyne is our pain today. As of this moment, there are 22 dead, five of them burned in the car, an 11-year-old teenager died,” he said adding that the death toll could increase as rescue operations continue.

     *

US president Joe Biden confirmed a further $3bn (£2.5bn) in military aid, including anti-aircraft missiles, artillery, counter-drone defences and radar equipment. US officials said the equipment, which will have to be ordered and will not be delivered for months or years, represented a longer-term investment in Ukrainian security. It is the biggest tranche of US military aid to date.

Moscow is making preparations to stage referendums in Russian-occupied areas of Ukraine, according to US intelligence. “We have information that Russia continues to prepare to hold these sham referendum in Kherson, Zaporizhzhia, and the so called Donetsk and Luhansk people’s republics,” spokesperson for Biden’s national security council, John Kirby, said. “We’ve also learned that the Russian leadership has instructed officials to begin preparing to hold sham referenda, particularly in Kharkiv as well. And these referenda could begin in a matter of days or weeks.”

Plans by Russian-backed authorities to try Ukrainian prisoners of war in Mariupol would be a “mockery of justice”, the US secretary of state spokesperson, Ned Price, said. “The planned show trials are illegitimate and a mockery of justice, and we strongly condemn them,” he said on Wednesday.

Russia has claimed that the slowing pace of its military campaign in Ukraine is deliberate, and driven by the need to reduce civilian casualties. Russian defence minister, Sergei Shoigu, said: “Everything is being done to avoid casualties among civilians. Of course, this slows down the pace of the offensive, but we are doing this deliberately.” Ukraine’s top military intelligence official, Kyrylo Budanov, said Russia’s offensive was slowing because of moral and physical fatigue in its ranks and Moscow’s “exhausted” resource base.

Britain is importing no energy from Russia for the first time on record. Figures from the Office for National Statistics (ONS) released six months after the start of the war found that in June the UK’s imports from Russia were down by 97% and stood at only £33m as sanctions took effect.


―――――


Dan Sabbagh, “Five predictions for the next six months in the war in Ukraine”(2022/8/24, Wed.)(https://www.theguardian.com/world/2022/aug/24/five-predictions-for-the-next-six-months-in-the-war-in-ukraine(https://www.theguardian.com/world/2022/aug/24/five-predictions-for-the-next-six-months-in-the-war-in-ukraine))

1. The war will probably run on for a year at least but is essentially deadlocked and its intensity is lessening

(……)

There have been no negotiations between the two sides since evidence emerged of the massacres at Bucha, Irpin and elsewhere in territories occupied by the Russians north of Kyiv. But movement in the frontlines has been minimal since the fall of Lysychansk at the end of June. Both sides are struggling for momentum and increasingly appear combat-exhausted.

     *

2. Ukraine has no means of effective conventional counterattack, while guerrilla raids are an optimistic way to precipitate a Russian collapse

Ukraine would like to retake Kherson, on the west of the Dnieper river, but a senior administration figure admitted in private that “we do not have enough capacity to push them back”. Kyiv has shifted its strategy to mounting long-range missile attacks and daring special forces raids on Russian bases deep behind the frontlines.

The key presidential adviser Mykhailo Podolyak said the aim was to “create chaos within the Russian forces”, but while this will blunt the invader’s effectiveness, it is not likely it will lead to invaders collapsing in on themselves and voluntarily conceding Kherson, as some Ukrainian officials have hoped.

     *

3. Russia still wants to pound its way forward but its attention is likely to be shifting to holding on its gains and annexing Ukraine territory

Russia has no new offensive plan other than to mass artillery, destroy towns and cities and grind its way forward. It does this in part because it is effective, and in part to minimise casualties, having lost, on some western estimates – 15,000 dead so far. It continues to adopt this strategy around Bakhmut in the Donbas but progress is slow, partly because it has had to redeploy some forces to reinforce Kherson.

The Kremlin may not have achieved what it hoped at the beginning of the war, but Russia now holds large swathes of Ukrainian territory in the east and south, and is actively talking about holding annexation referendums. With cooler weather fast approaching, it is likely to focus on consolidating what it has.

     *

4. Winter will precipitate a fresh refugee crisis and create an opportunity for whoever can best prepare

Winter is uppermost in strategic thinking for both sides. Ukraine is already anxious about humanitarian issues because there is no gas heating available for apartment blocks in Donetsk province and other frontline areas. One humanitarian official predicted there would be a fresh wave of migration in the winter, with perhaps as many as 2 million people crossing the border into Poland.

Russians sees winter as an opportunity. Ukraine fears Russia will target its energy grid, making its heating dilemma more acute, and could simply turn off the vast Zaporizhzhia nuclear power station. Moscow also wants to prolong the west’s pain over energy costs and has every incentive to rack up the pressure.

     *

5. The west needs to decide if it wants Ukraine to win or just hold on – and it needs to match humanitarian help to the huge need

Ukraine would have been defeated without western military aid. But at no point so far has the west supplied enough artillery or other weapons, such as fighter jets, that would allow Kyiv to drive the invaders back. Politicians talk about the need to force Russia to the prewar borders but do not provide enough materiel to do it.

At the same time, Ukraine’s humanitarian need is growing. There is, for example, nowhere near enough money for reconstruction – and many homes north-east and north-west of Kyiv remain ruined five months after the Russians left, often with despairing residents living in garages or temporary structures on site.


―――――


「政府の原発再稼働方針は「独裁的」 東海第二周辺住民「事故が解決した印象与える恐れ」」(2022/8/25)(https://www.tokyo-np.co.jp/article/198073(https://www.tokyo-np.co.jp/article/198073))

 政府が来年夏以降、日本原子力発電東海第二原発茨城県東海村)を含む7原発の再稼働を目指す方針を示した。ただ、同原発の30キロ圏内の人口は全国最多で、自治体の避難計画策定が難航し、稼働への同意手続きもまったく見通せない。手順を無視した政府の方針表明に、地元からは批判の声が相次いだ。(原発取材班)

     *

 東海第二は東日本大震災で被災し、その経験から全国で初めて地元同意の対象が立地自治体だけでなく、周辺自治体にまで広がった。ただ、同意手続き以前に避難計画の策定でつまずいている。
 避難計画の策定が義務づけられる原発から30キロ圏内の人口は、全国最多の約94万人。多数の住民の避難方法を定めることは困難を極め、14市町村のうち9市町村は計画の策定すらできていない。約27万人が暮らし、避難計画がまだ策定されていない水戸市防災・危機管理課の保科竜吾副参事(46)は「避難するバスの確保など課題が多過ぎる」と頭を抱える。

     *

 実際には再稼働ができない可能性も残る。水戸地裁は昨年3月、避難計画の実効性を問題視し、原発の運転差し止めを命じており、判決が確定すれば廃炉は免れない。原電によると、東海第二は津波に備える防潮堤などの事故対策工事の最中で、2024年9月までかかる見通し。広報担当者は「来年夏から冬に稼働できる状況にない」と言い切った。


―――――


「安倍元首相の国葬法の下の平等に反する」 木村草太教授 客観評価で説明を」(2022/8/19)(https://www.tokyo-np.co.jp/article/196806(https://www.tokyo-np.co.jp/article/196806))

 「安倍元首相だけ特別扱いする理由があるのか。安倍氏にのみ当てはまる『国葬を行うべき理由』を説明できないなら、憲法の平等原則に違反する」。木村氏は問題の根幹を指摘する。
 憲法の平等原則は14条で、すべての国民は「法の下に平等」と宣言していることを指す。
 岸田文雄首相は安倍氏国葬実施の理由に関し、憲政史上最長の8年8カ月間の首相在任、経済再生や外交での大きな実績、選挙中の蛮行による死去で国内外から哀悼の意が寄せられていることなどを挙げる。
 木村氏は「『大きな実績』というのは、岸田内閣の主観的な評価にすぎない。国が行う儀式の対象とする以上、首相の功績の大きさは客観的評価が必要だ」と疑問を投げかける。

 憲法14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
 ②華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
 ③栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

     *

 「公金使用を正当化する公共目的があるか」との点も木村氏は問題視する。
 2020年の中曽根氏の葬儀は内閣・自民党合同葬で約1億9000万円を国と自民党が折半。今回の国葬は全額国費で、国の支出は大幅に上回る可能性がある。
 木村氏は「現状、岸田首相や閣僚の安倍氏の功績をたたえたいという感情に共感を求めることが国葬の目的と見ざるを得ない」と批判。「主観的な感情を広めるのは公共目的とは言い難く(内閣府設置法に基づく)内閣府の所掌事務の範囲外で違法ではないか。思想信条の自由の侵害にもなり得る」と警鐘を鳴らす。
 今後の首相経験者の葬儀も、国葬か否かは内閣の一存で決まることにもなる。木村氏は「公金支出には基準が必要だが、国葬の基準を決めるのは現実的には容易ではない」と指摘した。


―――――


Peter Beaumont, “Lawrence Freedman: ‘Autocracies tend to make catastrophic decisions. That’s the case with Putin’”(2022/8/21, Sun.)(https://www.theguardian.com/world/2022/aug/21/lawrence-freedman-autocracies-tend-to-make-catastrophic-decisions-thats-the-case-with-putin(https://www.theguardian.com/world/2022/aug/21/lawrence-freedman-autocracies-tend-to-make-catastrophic-decisions-thats-the-case-with-putin%EF%BC%89))