2022/12/26, Mon.

 ぼくの今日午後の手紙は、裂きかけられて着くでしょう。ぼくは駅にいく途中、あなたに真実に明瞭に書けないことで無力な腹立ちをおぼえ、それを裂きかけたのです。ぼくがいくら試みても、真実に明瞭に書けず、だからいくら書いてもあなたをしっかりと摑まえ、なんとかあなたにぼくの胸の鼓動 [﹅15] を伝えることもできず、だからまた書くことを越えてなにも期待できないということへの腹立ちです。で例えばぼくは午後、ただ内的な諸形姿の間でしか自分は目覚めないなどと書きました。これはもちろん間違いで誇張ですが、それでも真実であり、唯一つ真実なのです。しかしそれではあなたに決して分らせることはできないし、そのため自分に厭気をおこします。しかしそれでも、ぼくはペンを措いてはならず――それが一番いいのでしょうが――、繰返しそれを試み、繰返し失敗し、繰返し自分に立ち戻らなくてはなりません。だからぼくは手紙を裂きかけたので、すっかり破ってしまった方がよかったでしょうし、どの手紙もそうするべきでしょう。あなたがただぼくの手紙のきれはしだけを手にするとしても、それは同じこと、いやむしろその方がましでしょう。
 (マックス・ブロート編集/城山良彦訳『決定版カフカ全集 10 フェリーツェへの手紙(Ⅰ)』(新潮社、一九九二年)、335; 一九一三年四月二〇日)



  • いま午前二時過ぎで、さきほど湯を浴びたあとなのだけれど、シャワーまえに二五日の記事をもう投稿してしまった。そうして深夜の浴室に水音を絶え間なく響かせながらあたまとからだを洗って出てくると、浴室から部屋に出たときの空気の温度の変化がやばくて気をつけないとマジで死ぬとおもうのだが(いちおう浴びるまえにエアコンは入れているのだけれど、気休めにしかならないから、このときだけは温度をあげたほうがいいかもしれない)、椅子の背のうえに置いてあったバスタオルを取り、まだ温気がのこっている浴室にすこしでもちかいところにいたほうがよいだろうと、ひらいた扉の脇に立って窓からかくれるかのように(もちろんカーテンは二枚とも閉ざされているのだが)浴室とのさかいの位置でからだを拭く。その後可及的すみやかに服を身につけて髪を乾かしたりしたあと、ブログのアクセス数をみてみるとまあおおくていちにちせいぜい12とかなのだけれど、アクセスもとのリンクはここ数か月ずっと変わらず、はてなブログがいちばんうえで、ふたつめがはてなアンテナで、みっつめが(……)さんのブログ、四つ目がtryrating.comという謎のサイトでこれがいったいなんなのかわからない。アクセス元ページをみるとはてなアンテナはふたつあって、そのうち(……)というひとのやつが公開されているのでたまにのぞくこともあり、このときもちょっとみてみたのだけれど、そこにならんでいるブログタイトルたちの横に上向きのちいさな矢印のアイコンと「MAP」というアイコンがあるのをはじめて発見し、これなんだとみてみると、前者はそのブログをふくんでいるアンテナ一覧へのリンク、後者はそのブログの「おとなりページ」というやつで、こんな機能あったのかとおもった。それでじぶんのブログの「おとなりページ」をみてみると、いちばんうえが(……)さんのブログ、二番目が「ログイン - はてな」となっているがこれはいま現在非公開になっている(……)さんのブログで、つまり「(……)」のURLということで、こちらが継続的に読んでいるふたつがトップ2になっていてデータが正確なのだが、三つ目は「お探しのページは見つかりませんでした。」なのでよくわからないものの四つ目が「(……)」で、さらに六つ目が(……)の店主さんがまえにやっていたページ、八つ目が「(……)」で、一〇あるうちのこれらぜんぶ知っているから、まえに(……)さんがもらしていたとおり、界隈がせますぎて笑う。ちなみに「おとなり」の基準は共通アンテナの数のようで、ブログタイトルの横には(3:69%)などのような表記で「共通アンテナ数:おとなり指数」がしめされている。なるほどなあ、こういうところでつながってしまうようになっているんだなあ、困ったもんだ、とおもった。「(……)」の「おとなりページ」もみてみると、こちらのとはちがってかなりの数が出てきて、それらをてきとうにひとつずつひらいていくのだけれど、ほとんどのものがはるかいぜんに更新を停止していてつわものどもが夢のあとという感じで、なんかこういう感じのブログをいまだに日々(基本的に)コンスタントに更新しているのって、(……)さんと、(……)さんと、「(……)」と、こちらしかほぼ存在しないんじゃないかとおもった。そのなかではこちらがいちばんの新参者だが、おもえば読み書きを本格的にはじめてつぎの一月で丸一〇年になる。その間、文をまったく書かなかった日はたぶん五日くらいしかない。五日を超えても一〇日には満たないはず。しかし二〇一八年の一年は鬱様態で書けなかったので例外的に除くとして、じっさいには丸九年だ。むかし、読み書きをはじめたばかりのときになにかで吉本隆明が、一〇年間毎日なんでもいいから書きつづければ作家になれる、ただし毎日かならず書かないとだめだ、書けないとしても、机に座って書こうとする姿勢だけは取る、それを一〇年つづければそのひとはもう作家だ、みたいなことを言っているのを読んで、いまは作家になりたいなどとまったくおもっていないが、とうじはまだそういう夢想をしないでもなかったから、なんとなくそれをたよりにがんばることもあった。そうして一八年のいち年間をのぞいてあと一年で一〇年になるとかんがえると、その節目をちょっと意識しないでもないというか、いい加減そろそろ、ひとつちゃんとした作品をつくるなり、翻訳をするなりしなければほんとうはいけないんだが、というきもちもおぼえる。ところで(……)さんのブログの「おとなりページ」欄で、小笠原鳥類とか城戸朱理とか川上未映子とかがブログをやっているのも知った。
  • いま午後三時四〇分でこれから労働行き。朝は八時過ぎに覚め、一〇時から(……)さんと通話。Ulyssesをやりつつ、かなりいろいろとはなす。その後寝床にころがりながら(……)大の過去問を読んだりし、三時ごろ食事。覚醒後の寝床では一年前の日記と、二〇一四年の簡易版日記をぜんぶ読んだ。これはこれでおもしろかった。したにながながとうつしてあるが、整理したり言及したりするのは帰ってきてからかあしただ。一年前の日記では、「天気はとてもよく、ひやりと締まった空気のなかに陽もまだひろく射して西をむけば視界がびしゃっとひかりに撃たれてまぶしくて、淡い雲がすりつけられた水色の空と林の縁で粒立ちながら伸びあがっている竹の緑がさわやかだった」という天気の記述がまあまあ。
  • (……)さんが自炊を再開してタジン鍋で野菜と鶏肉を食っているが、こちらもすこしまえから、生野菜をそのまま腹に入れるのいいかげんつめたい季節になってきたし、スチームケースのたぐいをひとつ入手して温野菜にして食ったほうがよいだろうとおもっていた。実家ではわりとそうして食っていた。塩コショウとか醤油かけるだけでけっこううまいし、米のおかずにもなっていたし。二九日に帰るので、あまったやつがあれば一個もらってこようかとおもう。さきほど食った飯も白菜とレタスと豆腐のサラダとバナナだけで、ちょうどいまあたたかいものがなにもなく、白湯を飲むくらいしか方策がない。
  • きょうもモッズコートのしたにはジャケットを着ずにベストまでのよそおいで行くつもりで、そろそろだいじょうぶだとはおもうのだけれど、やはりなるべく肩や首まわりを重くしたくない。しかしそれだとこのあいだはさすがに帰りがめちゃくちゃさむくて死ぬかとおもったので、きょうはストールを巻こう。そして襟巻きをつけるにはモッズコートのフードを縁取っているファーは邪魔くさいので、それをとりはずしておいた。毛じたいももうなんか古びているような気がするし。
  • きのうおもいだしたスワイショウはおりおりやっているのだけれど、こりゃやっぱききますわ。首、肩、背(骨)はこれでなんとかなりそうな気がしてきた。あと腕も。これが中国四千年の叡智か。
  • 二〇一四年の日記簡易版の一月。

2014/1/1, Wed.: 12:24(2016/12/5, Mon.)

・昨年まではかろうじて残っていたような気のする、「正月の空気感のようなものをまったく感じない」。

イタロ・カルヴィーノ須賀敦子訳『なぜ古典を読むのか』。

保坂和志『未明の闘争』。

・新調された風呂場のシャワーヘッドを観察して幾何学的に記述しているが、これは保坂のこまごまとした書き方を真似たのではないか。

・「いわゆる不定愁訴」、「明確に体調が悪いといえるわけでもないがはっきりしない気分」が続いているらしい。この頃はもう薬は一日二種類を一粒ずつになっているようだが、この日はそれを二粒ずつ飲んでいる。

・(……)で(……)と会う。元日なので(……)は珍しく閑散としており、見ない雰囲気。あまり店もやっていないが、しゃぶしゃぶ店に入って飯を食う。相手はバーテンとして独立したいと言っているが(ブルーノートホールディングスで働いている)、結婚して子もいるいまもゆくゆくの目標としてはそれがあるのかもしれない。


2014/1/2, Thu.: 12:26(2016/12/5, Mon.)

イタロ・カルヴィーノ須賀敦子訳『なぜ古典を読むのか』読了。

・三宅誰男『亜人』。一気に三時間読んで、読了。

・Guardianの記事をいくつか読んでいる。

・夜、散歩。「自らの足音と遠く闇のなかでさざめく川音以外には動くものの感じられない静かな冬の夜」。


2014/1/3, Fri.: 12:27(2016/12/5, Mon.)

ホメロスイリアス』。

保坂和志『未明の闘争』。

・帰国していた兄、再度ベルギーへ。


2014/1/4, Sat.: 12:30(2016/12/5, Mon.)

保坂和志『未明の闘争』。

・「おそろしく何もしない日だった」という実感があるらしい。労働後はほとんど眠ったと言う。

・朝からの労働後、図書館で、小島信夫/森敦『文学と人生』、イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』、ギュスターヴ・フローベールブルターニュ紀行』を借りる。このうち、アジェンデの本は読めなかった覚えがある。

・それから祖母の見舞いに病院へ。病室でうとうとする。

  • 四月分。

4/21, Mon.

・三宅誰男『亜人botを作成中。

・夕食中に、やや発作めいた症状。冷や汗、顔の熱、身体の震え、心臓の痛み。空腹のまま風呂に入った時から、ふらふらしていたらしい。緑茶を飲み過ぎているせいだろうが、自分でこの時もそのことに気づいていながら、まだやめる様子はない。


4/22, Tue.

・鈴木道彦訳『失われた時を求めて』五巻を読んでいる。

・岩波アート・ライブラリー『ファン・ゴッホ アルルの悲劇』

西村書店アート・ライブラリー『印象派の絵画』

・散文一を完成させている。


4/23, Wed.

西村書店印象派の絵画』。モネの「印象、日の出」などに惹かれている。


4/24, Thu.

・最寄り駅前の八重桜が満開。

・散文二を書き出している。


4/25, Fri.

・特記事項なし。


4/26, Sat.

芦奈野ひとしヨコハマ買い出し紀行』。

・最寄り駅前の八重桜が落花を始めている。

・陽射しの強さにふらつき、身体の震えを感じている。


4/27, Sun.

・会合。マキャヴェリ君主論』。


4/28, Mon.

・『大島弓子選集1』。

・『Robert Doisneau Retrospective』。


4/29, Tue.

・花粉の猛威によって歪められた父親の横顔を見て、その皺に山梨の(つまり父方の)祖父を思いだしている。

・おそらく祭りに向けての準備だろうか、自治会の仕事で買い物に行く婦人たち六人(うち一人は母親である)に同道し、買った物を車に運んだり、その荷物を会館に運び入れる手伝いをしている。

・『Robert Doisneau Rétrospective』。


4/30, Wed.

・『エドワード・スタイケン モダン・エイジの光と影 1923―1937』。

・朝や昼を過ぎてすぐの頃は軽い雨。

・最寄り駅前の八重桜はだいぶ落ちて、葉が生え初めている。

・電車のなかで日記を下書きしている、すなわち、ノートに記録しているのだ。この頃はまだそういう方策を取っており、その後も長く続けていたはずである。

・三時か四時頃から雨が強風を伴って強くなっている。

・高校の同級生二人と居酒屋に行っている。男と女一人ずつ。後者はかつて恋した女であり、前者の男のほうもその女に懸想していた。男のほうとは、このちょうど一年程前にも偶然出くわして食事をしている。

・自分語りをしないこと、文章や小説について話さないこと、という自戒を、出掛ける前にだろうが、書きつけている。その下に一行開けて、これは帰宅後に、自分語りをせずに済んでよかったと安堵のつぶやきも記している。

  • 「散文一」というのはじぶんがはじめてまともに書いた小説的な文章で、たしか五〇〇〇字くらいだった気がするが、勤務の帰りの夜道で駐車場にいる猫と遭遇してどうのこうのみたいなことを、磯崎憲一郎をパクって書いたもの。Twitterでやったんだったかな。「散文二」のほうをTwitterでやったのはたしかで、とうじは「落書き」と称して、Twitterの投稿欄をつかって一筆書きというか、文言を修正できないというルールをじぶんにもうけて、こういう断片の練習をしていた。練習をしていたといってもすぐに飽きて、このふたつしかやらなかったが。「散文一」のほうはいちおう完成させたというか始末をつけたのだけれど、「散文二」のほうは未完。こちらはヴァルザーの「神経の疲れ」もしくは「神経衰弱」という小篇があるが、あれみたいな感じでなんかへんなやつをやりたいなとおもって書き出したのだけれど、じっさいにはぜんぜんヴァルザーではない、なんかよくわからないべつものになった。
  • 四月三〇日にあるかつて懸想した女性というのは(……)のことで、男のほうは(……)である(漢字ちがったか?)。(……)なにやってんだろ? たしか一、二年くらいまえに(……)が結婚したとか言っていたような気がするが。
  • 五月。

5/1, Thu.

・曇りと晴れと半々の天気。

・地元の駅でお天気雨、午後四時かそのくらいか?

・祭りで仕事に駆り出される男性たちを支援するためにだろう、女性たちは料理を用意するらしい。それで母親が蒟蒻を煮る仕事を受け持ったので、その手伝いをしている。

・仮題『降ったり晴れたり』という小説を考えている。


5/2, Fri.

・九時起床。

・夏のような、雲の輪郭がはっきりした晴れ。

プルースト

柴崎友香『ビリジアン』(二度目)。

長倉洋海『人間交路 SILK ROAD』。

・「生きているのがめんどうになることもあった」が、「死にたいと思ったことはない」らしい。

・一一時半に明かりを消しているが、「全然眠れなかった」と言う。


5/3, Sat.

・九時起床。就寝不明。

・「夏一歩手前の空気」。

芦奈野ひとしヨコハマ買い出し紀行』を読み終えて、ヴァージニア・ウルフ灯台へ』に似た何かを感じている。


5/4, Sun.

・「目がさめると部屋に三人くらい男がいた」夢を見ている。何かの拍子に夢だと気づき、「これは明晰夢だ、といま気づいたから、この夢をあやつれるわけだ、と口に出した」が、その後すぐに覚めている。四時。

・一〇時起床。

・叔母(母親の実妹)が来ており、三人で亡き祖母の部屋のものを片付けている。その後寿司を取っているが、食べたいと勇んでいたのが、いざ前にすると食欲がなくなっている。「胸が緊張して、食べると勝手に胃からもどってきそうな感じだったから薬を飲んだ」。

・午後からおそらく六時頃まで、父親の友人夫婦の訪問。

柴崎友香『ビリジアン』。

・イヴ・ベルジェ『南』。

プルースト

・就寝一〇時半以後。「起きているのがめんどうになったから」「さっさと寝ることにした」――素晴らしい理由。


5/5, Mon.

・朝方、地震

・一〇時起床。

・『族長の秋』音読。

・曇り。電車内からの空、「幕をおろしたみたいに一面白くて、巨大な植物のかたまりみたいな灰色の雲」。「色がうすい層と濃い層があって、手前のうすい層が高速で動いていた」。

・読書会で、文学フリマに行っている。

・代々木の喫茶店で、同会は瓦解。会の発足人とその他のメンバーのあいだで、政治的立場の相違が露わになり、口論めいた議論が起こったため。「久々に声を荒らげた。あんなに感情的にならなくてもよかった」とある。家族以外の他人に向けて声を荒げるのは珍しい。しかし、今から考えると政治的にあまりにも無知だったので(現在も同じ)、ただ沈黙しているべきだったと思わざるをえない。/駅前で別れ、残った二人と代々木から新宿まで歩き、バーに入っている。

・就寝不明。零時は過ぎていると思われる。二時頃か?


5/6, Tue.

・頭痛により、正午まで寝床。

プルースト。五巻。

・「トマトみたいな色の花」――というよりは人参めいたオレンジ色の花だが、「ナガミヒナゲシ」の名を調べて記録している。

・『族長の秋』音読。マヌエラ・サンチェスと彗星のシーンから章の終わりまで。

・天気不明。


5/7, Wed.

・九時起床。

・好天だが、雲の時間も。午後五時の西陽は露わ。

・『失われた時を求めて』五巻。

・夏にベルギーに行くかという話が出ている。結局この時は母親の気が向かずに行かず。こちらも気乗りがしないからと、兄からのメールに行かないと返信している。

・労働からの帰路、風が顔に触れたのをきっかけとして、恍惚感。「こんなになんでもない夜にこんな気分になるなんてばかみたいだった。だけど、きっとウルフはこんな気分を知っていた」と、一方的かつ妄想的な共感。

・「「地獄への道は善意で舗装されている」とは本当によく言ったものだ」と、何があったのか不明だが本文外に洩らしている。

・就寝不明。


5/8, Thu.

・夢。「高校の第二体育館か家庭科室みたいなところで、N.Nにいじめられた。クラシックを聞いているくせに簡単な音楽用語もわからないからばかにされた。つらくはなくて、反抗心ばかりあった。部屋を出て、Sといっしょに階段をのぼった。踊り場の窓の前で話していると、先生に話しかけられて、なにか変だった。目の焦点が合わずにぼけているみたいな顔で、不気味だったから、ゾンビだとわかった。学校がゾンビの巣窟になっていると気づいた。逃げながら通路をわたって板張りのフロアに入った。ここは人がいなくて安全そうだったけれど、教員棟だからいつまでもいてはいけなかった。もどっている途中にSもゾンビになっていた」。今となっては、N.NもSも誰なのか不明。

・起床不明。おそらく九時から一〇時あたりか。

・『失われた時を求めて』五巻読了。

・強風。「白と青の中間くらいの空」。陽明瞭。

・図書館、廃棄コーナーに宇野千代全集があるが、取らず。『新潮』で古井由吉大江健三郎の対談読んでいる。

保坂和志『言葉の外へ』。

・Virginia Woolf, Kew Garden翻訳。

・就寝不明。


5/9, Fri.

・一〇時起床。

・『族長の秋』音読。

・藤田治彦『ターナー』。

・雨降り。ごく軽く、西陽射している。

蓮實重彦『「赤」の誘惑』。

・一一時半就寝。


5/10, Sat.

・五時起床。研修のため。

・夢。未知の男にナイフで殺されそうになっている。しかし、相手が本当に刺す度胸がないことを知っていたため恐怖はなく、容易に相手の手を捕まえたらしい。男は「血走った目と苦しそうな顔」。

・新宿。研修後、東郷青児美術館バルビゾン派やハーグ派の風景画を眺めている。ヨンキントだとか、マリス三兄弟だとか、ファン・ゴッホの書簡で見かけたような名前。

・CD屋。Uri Caine Trio『Live at the Village Vanguard』、Paul Motian『Live at the Village Vanguard Vol Ⅲ』、Scott Colley『The Magic Line』の三枚購入。

古井由吉『鐘の渡り』。

・宵から名古屋の知人(哲学徒)と会っている。

・就寝不明。


5/11, Sun.

・正午過ぎ起床。

保坂和志『言葉の外へ』。

・(……)へ。照りつける陽射しに倒れるのではないかと不安。時折り平衡の乱れ。

・就寝不明。


5/12, Mon.

保坂和志『言葉の外へ』。

蓮實重彦『「赤」の誘惑――フィクション論序説』。

・一〇時起床。

・午後三時くらいから一面白い曇り。

・就寝不明。


5/13, Tue.

・九時半起床。曇天。

柄谷行人近代文学の終り』。

・昼前から晴れ。最高気温二七度。居間の気温計は二四度だが、それほど暑くないと言う。無風。

・出勤時、神経症状。「坂を歩いているときに見ているものがぼやけて、意識が遠くなりかかった。まずいと思って水を飲んで、薬も飲んだ。陽のなかに出るとそれだけでふらふらした。ものを集中して見ようとすると、目がまわりそうになった。ずっとうしろに引っぱられているような感じがあった。心臓があばれそうになるのをなんとかおさえているのが、発作のときと似ていた」


5/14, Wed.

・一一時起床。

柄谷行人近代文学の終り』。

・最高気温三〇度と前日伝えられたらしい。白い空。居間の気温計は二八度。


5/15, Thu.

・一一時起床。

柄谷行人近代文学の終り』。

・白っぽい天気。

・就寝一時以降。


5/16, Fri.

・九時起床。

・夏めいた色濃い青空。

・『失われた時を求めて』六巻。

・低い位置に、赤い月。

・就寝不明。


5/17, Sat.

・一一時起床。空気が透明な晴天。

磯崎憲一郎『眼と太陽』。

・気分良くなく、些事に苛立っている。

・(……)へ。曇り。

CHAGE & ASKAASKA覚せい剤で逮捕されている。


5/18, Sun.

・一一時起床。

プルースト

柴崎友香寝ても覚めても』。

・晴れ。午後三時四時あたりから、空の色が透ける淡い雲。

・夕食にカレー作る。

・「柴崎友香の文章は、そこにあるものや起こったことを、ただそこにあるからとかただ起こったからというだけの理由で書ける文章」。

・風呂、頭蓋右側面に神経痛。脳の近さに軽い不安。

・Woolf, "Kew Gardens" 翻訳。

・零時就寝。眠れず。カーテンが白く発光。ぼやけた満月。


5/19, Mon.

・九時過ぎ起床。

プルーストおよび『族長の秋』。

柴崎友香寝ても覚めても』。

・ベランダに出て読書。かなり淡い青空。本のページが眩しい。

・布団屋来ている。父親のものを買ったらしい。

・暑いがスーツの上着まで着ているよう。

・四時間労働。

・就寝不明。


5/20, Tue.

・起床早い。七時台?

プルーストおよび『族長の秋』。

二度寝して正午。

・真っ白だが重くはない空。

・空き地のハルジオンに目を留めている。

・六時間労働。

・帰路、「セミが鳴いていて」とあるが、おそらく蝉ではない。空淡い墨色、薄い夜。

・就寝不明、零時以降。


5/21, Wed.

・起床不明、雨。

古井由吉『鐘の渡り』。九時。

・『失われた時を求めて』六巻および『族長の秋』。

・午後、再度『族長の秋』。「岸に打ちあげられたクジラのような、ただ一人の正妻レティシア・ナサレノの朝方の眠りを、もやめいた蚊帳を透かして眺めながら、久しくなかったことだが歌をくちずさんだ。目を覚ませ、とくちずさんだ、わしの心はもう六時、海はそこにあり、人びとの営みは続く、レティシア」が気に入り。

・外出、雨止んでいる。空均一に薄青い。ぴったりと閉じている。「赤ん坊みたいな雨粒」。図書館で本借りて、席ないので引き返す。

・駅でガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』。

・四時間労働。

・帰路、「いつだって気づいたらいまここにいて、それはいつもいつの間にかで、気づいたそばからいまここが移っていくのが不思議で、そういうときは夢のなかにいるみたいな気分になった」

・就寝不明。


5/22, Thu.

・九時起床。

・曇ったり晴れたり。

プルースト。仮眠して一時に覚める。洗濯物入れて『族長の秋』読んでいると、雨。

・香水付けている。

・外出、軽い雨降り。

・四時間労働。

・帰路、林のなかから雷目撃。青みの残った空に「金色が走る瞬間だけ雲のかたちがあらわに」なる。光だけで音はない。

・『族長の秋』読了。就寝不明。


5/23, Fri.

・一〇時半以降起床。

・ガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』。

プルースト

・知人の小説。

・曇り。「白と灰色の雲が無秩序に混ざりあって広がって、水彩画みたいだった」が、青の色素も含まれている。薄陽が出る場面も。

・街道で、ダンプカーやバイクが走るのを目にして、あれがいつこちらに突っこんできてもおかしくないと不安を感じている。そのような過敏な不安を感じることは過去には頻繁にあった。電車に乗っている最中に、この電車がいまこの時に脱線転覆するのではないかということもよく考えていた。

・四時間労働。

TwitterやLINEが蔓延し、電車内で見かける高校生や塾の生徒がそれらから離れられないでいる世に違和感を覚えている。本文外で、「SNSはすべて糞だ」と呪詛。

・高校時代の同級生、バンドのドラマーから、高校の文化祭でやったライブの映像を収めたDVDが届いている。小説を書く前に見ておきたいと思って、取り寄せたのだ。視聴。服装が垢抜けておらず、髪が長くて鬱陶しそうと自分の姿に感想。その後、ノスタルジーに陥っているおのれに腹が立ってギターをいじっている。


5/24, Sat.

・一〇時起床。快晴、棕櫚の葉が光っている。

エホバの証人訪問、インターフォン越しの声が「すごくかわいい声」だったらしい。

・ガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』読了。一時前。「遠くの屋根が銀紙を貼ったみたいにてらてらと光っていて、空はおだやかな青」。

・知人の小説。

・図書館で発作的な吐き気。息止まる。「不安が線を越えて恐怖になると人は歩けなくなる」。不安が吐き気を呼ぶのか吐き気が不安を呼ぶのか不明、むしろ両者は一体のものである。

・帰宅後、プルースト。書き抜き。古井由吉『鐘の渡り』も書き抜き。

・就寝不明。


5/25, Sun.

・八時過ぎ起床。最高気温三一度らしい。

・午後、母親が写真整理。祖父の葬式の時の写真見る。出棺の見送り。「みんな合掌して目をつぶって下を向いていたけれど、中学生のK子だけまっすぐ前を見て、唇をかんでいた。邪気のない目だった」。ほかに、祖父の妹(現在七〇代)の、茶色く変色した中学卒業アルバム。一九六〇年とある。大叔母のクラスメイトに、この二〇一四年当時の市長の名前発見している。

・知人の小説。

・外出。西空、目がくらんでくるほどの白さ。

・(……)へ。図書館行ったあと、喫茶店で会合。柴崎友香『ビリジアン』。

・午後七時前、店を出て、明るさに驚いている。「空は三時間前の色とほとんど変わっていなくて、その色が地上に降りてきてまわりの空気を包んだような夕方だった」。

・日付が変わる頃から二時半まで、知人とスカイプで会話。『族長の秋』と『ブレスオブファイア』が「ニカノル」という語の一点で繋がる(『族長の秋』において、大統領が死の直前に死神から「ニカノル」と呼ばれる一場面があるが、『ブレスオブファイア』がそれを取り入れ、おそらく誰も気づかないであろうネタとして仕込んでいる)という、凄まじくニッチなことについて話したのが、おそらくこの時である。

  • 一〇日にある名古屋の知人の哲学徒というのは(……)さん。経緯をわすれたが、ブログ経由で知り合った。さきに沖縄の(……)さんと、やはり経緯をわすれたがブログ経由で知り合って、(……)さんもかのじょと知り合いだったのはおぼえている。まだオレゴンにいるのだろうか? またはなしたい。
  • 二五日にSkypeしてるあいてというのはこりゃ(……)さんだ。
  • 一〇月分。

2014/10/17, Fri.: 24:22

・一一時半起床。遅い。

保坂和志『小説の自由』。

・この頃はまだ腕振り体操を時折りやっているらしい。

・入浴後、洗濯機を回している。「洗濯機はすこし前から悲鳴のような音をたてるようになっていて、その金属的なきしみ音をきくたびに知識を確認するわけでもなく音から正しく連想的にsqueakとscreechという英単語をおもいだして、洗濯機がまさしくそういっているようにもきこえるものだった」。この年はそういえば、夜、一番最後に入浴をしたあとは母親の代わりに洗濯機を操作して、洗濯と脱水を一度やっておくことが良くあったが、いつからかそうしたこともなくなった。母親の習慣が変わって、夜に洗濯をするのはやめ、すべて朝の方に回したのだと思う。


2014/10/18, Sat.: 24:53

・八時半起床。「九時前から十一時への太陽の軌跡が寝床からみあげる窓のなかにおさまるようになった季節」。

・『ロマン主義』。

・(……)へ。図書館のあと、中古CD屋へ。七〇〇〇円散財。

・地元の図書館にも。その後喫茶店で書き物。


2014/10/19, Sun.: 24:07

・珍しく起床時のことからではなく、母親に部屋の戸口に立たれるだけでも苛立ちを感じるとの嘆きから始まっている。「動物がなわばりにたいして持つ意識というのはもしかしたらこんなかんじなのかもしれない」と言う。

・いつもの書き方に飽きたのか、大方カミュ『異邦人』を読んでいたばかりの日なので、特段思い出すこともなく、分量が少なく貧相になるのを嫌ってこうした書き方になったのか。句点を打たずに長々と続ける文体を見ると、書くのを面倒臭がっているらしい。思いつくままに接続するような感じで、日記には珍しく多少時系列の操作をしている。

・夜、眠る前久しぶりに、わけもなく不安に襲われている。「寝床にうつって岩波世界の美術の『ロマン主義』をひらいて文字を追っていると、何の前触れもきっかけもなしにじわじわと不安がわきだしてからだをつつみはじめたが、どうせ一過性のものですぐにおさまるだろうと高をくくっていたところが一向にしずまらずにむしろ勢いを増していったので、本を閉じて電気を消してもう寝ようと布団にくるまって深呼吸をしても、かえってその深呼吸のなかで息がつまるようなところがあって、のどの奥にはつばがたまってなにかがあがってくるようなえづきのようなものがほんのかるくあって、とはいえそれは実体のあるものではないので物理的な苦しさというものではないし、こういうかたちの不安は最近なかったけれどもう慣れたものではあるので、というよりはかつての電車のなかでの苦しみに比べればなにほどというものでもないので、立ちあがって薬を口にふくみ洗面所へいって水を飲んだのだが、そのあいだもからだ全体がうすくしびれたようなあるいは内側がふるえているような感覚があって、あたまから足の先まで不安につつまれるという体験は随分ひさしぶりにしたという驚きがあった。寝床にもどって呼吸の秒数をかぞえるのではなくて回数をかぞえるようにして、深呼吸というよりはかるい力のいれない呼吸をくりかえしていると、眉間か額のあたりに熱があつまって意識が一瞬うすくなるようなかんじ、あるいはやはりのどの奥がつまって顔全体が熱くなるような予兆がすこしはあったけれど、それでも薬を飲んだこともあってか次第におさまっていった」。


2014/10/20, Mon.: 24:13

・一〇時半起床。

・午前は晴れて光があったようだが、昼過ぎから曇り。足の裏がひどく冷たいので揉みほぐしたと言う。今年はまだそれほどの足先の冷えを覚えてはいない。いわゆる自律神経の調子は、二年前と比べると相当に回復し、安定しているのだろう。

・「パソコン自体ももう一か月か二か月か前から、駆動音がどんどんやかましくなっているからそう遠くないうちに寿命をむかえる気がしている」とあるのは、この時はまだ前のコンピューターを使っていたものらしい。

・「スーツの下にベストを着てちょうどいいくらいの陽気」。今日なども行きは身体が温まっておらずに結構肌寒く、ベスト姿で出たが、上着を着ても良かったような空気の様子だった。

カミュ『異邦人』書抜。

・Guardian紙の、スペインのエボラ熱を知らせる記事読んでいる(http://www.theguardian.com/world/2014/oct/19/ebola-spanish-nurse-cleared-disease-madrid(http://www.theguardian.com/world/2014/oct/19/ebola-spanish-nurse-cleared-disease-madrid))。


2014/10/21, Tue.: 22:30

・一一時起床。

・『失われた時を求めて』一三巻書抜。

エドマンド・ホワイトマルセル・プルースト』。


2014/10/22, Wed.: 22:31

・一〇時頃起床、雨降り。

・「香港では学生デモの指導者たちが政府当局と話しあいの場を持った。双方がテーブルをはさんだ写真があって、学生側は"Freedom Now"と書かれたシャツを着ていた。対話は平行線に終わったらしい」。

カミュ『異邦人』書抜。


2014/10/23, Thu.: 22:35

・起床不明。終日曇り。

・『ヒカルの碁』を読み耽った日らしい。

・この日もあえて一日の終盤の記述から始めて、時系列を乱した形で記している。

カミュ『異邦人』書抜。

・就寝は一時半らしい。とにかく早く寝るようにとおのれに向けて欄外の書付で言い聞かせているが、いまやこの日よりも遅い就寝が習いとなってしまっている。


2014/10/24, Fri.: 22:41

・九時起床。

・労働以後のことは、「あとのことは忘れた」と投げやりになっており、明らかに面倒臭がっている。

・欄外にも、ここ最近は日記の質が下がっており、書いていてもつまらないと書付がある(それを読んで気が付いたが、もう長いこと、日記を書くのがつまらないと感じた覚えがない――だからと言って、殊更に面白く感じる日がそうそう訪れるわけでもないが)。このだらしない状況から脱却するために、ガルシア=マルケス――その「内面との距離のとり方、それにもかかわらず豊かな世界をつくる具体的な事物の配置、細部にむける客観的な観察ぶり」――を参考にするべきではないかと言う。あまり自分を出さず、直接的な自分語りを排しながらも豊かな文章を、この頃から目指しはじめているようである。「常に「彼は」という三人称を補える文章を意識して書くこと?」と、疑問符付きだが、匿名性への志向が見て取れる。


2014/10/25, Sat.: 17:22

・一二時過ぎまで寝床にいる。

・Guardianの日本カテゴリの記事読んでいる。

・晴れやかな天気に誘われて外出。数駅先の中古屋へ。小津安二郎東京物語』、『蟲師』三~六巻、市川春子宝石の国』一~三巻購入。

・書きぶりの中途半端さ、気色の悪さがそれまでよりも減じて、二〇一五年の単調なものに多少近づいている気がする。欄外にも、書く自分と書かれる自分を切り離したい云々との書付がある。


2014/10/26, Sun.: 17:25

・一二時半まで眠る。

・前日に買った漫画読んでいる。

G・ガルシア=マルケス木村栄一訳『わが悲しき娼婦たちの思い出』書抜。

・欄外に書付、「日記の方向性が見えてきたようだ」として、ガルシア=マルケスを参考にすること、とある。


2014/10/27, Mon.: 25:16

・起床は七時頃だろうか。ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』読了。

・知人(おそらく横浜の人である)のTwitterから、「二日前に渋谷でおこなわれた学生主催のデモの動画」を視聴。SEALDSの人々である。(……)

赤瀬川原平と、ジャック・ブルース死去の報。

・『ロマン主義』。

・パスポート申請に使う写真撮りに行っている。

・その後(……)へ。行き場がないようで、会合で使っている店へ。『百年の孤独』。

・さらに新宿へ。電車内にいるさなかに落日の記述があるので、既に四時頃だと思われる。カミュ『異邦人』を課題書とした会合である。(……)


2014/10/28, Tue.

・起床正午過ぎ。記述はまた面倒くさがり、力が出なかったようで、ひどく短い。一〇〇〇字もないと思う。

・『蟲師』7~10巻及び市川春子『虫と歌』『25時のバカンス』購入。

・賃金辞令授与。コマ給1685円、事務給888円、日次手当444円。それまでよりたった二四円しか上がっていないことに、「クソみたいな世の中だ。やってられん」と呪詛を撒き散らしている。ため息ばかりつき、酒を飲んでいる父親の様子も思い合わせて、どうにか一人で生きていく道をひらかなくてはならないのだが、と洩らしている。

・賃金は今年の一〇月一日にも上がっており、コマ給は1831円、事務給は932円、日次手当は389円。去年にシステムの改定があってコマ給と日次手当のバランスが変化し、純粋に労働時間のみが勘案された昇給ではないのだが、それでもこの二年前からコマ給が一四六円上がっているのには少々驚く。ただ日次手当の減少分五五円を考慮に加えると、実際には九一円の変化である。


2014/10/29, Wed.: 24:29

・起床不明。穏やかな快晴らしい。記述はすべてどうでも良いことしか書いていない。

・(……)


2014/10/30, Thu.: 24:34

・この日も記述全体を通して、およそどうでも良い。拙い、愚劣極まりない書きぶり。

・『ロマン主義』。

市川春子『25時のバカンス』。

・あと二か月で生まれてから二五年になるとして、三〇歳までには満足の行く小説を一つ仕上げる、三五までにはヴァージニア・ウルフ『波』を翻訳する、と目標を掲げている。


2014/10/31, Fri.: 21:21(2016/11/12, Sat.)

・母親と近所の蕎麦屋へ食べに行っている。野菜のかき揚げ付きの温かい蕎麦を食っている。これは確か、母親がこの蕎麦屋で働くことを考えていて、店の雰囲気はどんなものかと客としての立場で下見に行ったのだったと思う。母親はその後、この店に雇ってもらったのだが、結局、仕事の大変さに三日で辞めてしまうことになる。

・(……)へ。図書館。「カウンターのほうから図書館員に高圧的な態度をとっている男の声が聞こえて、姿は見えなかったがほとんど反射的に殴りたくなった」。暴力的! いまでも不快には思うはずだが、殴りたいとまでは感じないのではないか。精神に余裕がないのだろうか。

・『愛その他の悪霊について』。

小津安二郎東京物語』見ている。

  • 三〇日の目標は果たせていない。三五までに『波』も無理だな。まあもうこういったことはとくにかんがえていない。その日できることをやる。
  • 一一月。

2014/11/1, Sat.: 23:09(2016/11/16, Wed.)

市川春子「25時のバカンス」。

・ガルシア=マルケス『愛その他の悪霊について』。

・ダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』。


2014/11/2, Sun.: 23:10(同)

・(……)。ディスクユニオンへ。Donny McCaslinやCecil Taylor

・ガルシア=マルケス鼓直訳『族長の秋』。

・ダニロ・キシュ/山崎佳代子訳『若き日の哀しみ』。


2014/11/3, Mon.: 23:12(同)

・起床正午過ぎ。

・父親家にいる。

・ガルシア=マルケス『愛その他の悪霊について』書抜き。

・ダニロ・キシュ/山崎佳代子訳『若き日の哀しみ』書抜き。


2014/11/4, Tue.: 16:19(2016/11/20, Sun.)

市川春子宝石の国』一巻。

・『百年の孤独』の、アウレリャノ・ブエンディア大佐の死の一日を参考に、記述を作ろうとしている。

・数日前からいわゆる「雪ん子」目撃。

市川春子宝石の国』二巻。

・夕食後、近所の小さな駐車場に若者たちがバイクで来て集まっている声。この年はたびたび溜まっていたが、その後見られなくなった。

・生活に纏わりつく些細な事柄すべてがくだらなく思えているようで、うんざりして、愚痴を欄外に書き付けている。いまもこの世の中は大概くだらないと思うことばかりだが、この頃よりは少しは成熟したようで、それらに対して苛立つことも少なくなった。諦めが良くなったとも言えるし、結局は自分が何をやるかだという覚悟が決まったとも言える。

・職場の先輩に対する恐れについても書き付けている。恐れと言うと大袈裟だが、その人に対しては苦手意識があって、彼の人がいる場だとその視線を意識して緊張したり、話しかけるにしても声が震えたりということが過去にはよくあったものだ。そういう経緯があるのでいまもあまり気楽に接することのできる相手ではないが、しかしこの頃よりはよほど関係が楽になって、と言うかこちらの神経が図太くなって、あちらに対して何を憚ることもいまはない。全体的に自分は、一般的な言葉を使えば、この二年でだいぶ自信がついたと見える――それは個別の事柄に対する自信というよりは、おのれの生やおのれの人格に対する自信というようなもののようである。何がその変化をもたらしたのかはあまりよくわからない。瞑想によって精神が安定したということもあるかもしれないし、体調が良くなったことも関係しているかもしれない。単純に歳を取って成熟したということでもあろうし、曲がりなりにも自分のなすべきことを毎日、最大限ではなくとも最低限にはやっているという自負が、おのれの存在を確固たるものにしたのかもしれない――と言うよりは、これらすべてが関連し合って影響を及ぼすなかで、時間をくぐってきた、生きてきたということそのものによるのだろう。


2014/11/5, Wed.: 16:24(2016/11/20, Sun.)

・九時起床。

市川春子宝石の国』三巻。

・ガルシア=マルケス鼓直訳『族長の秋』。この頃はちびちびと、少しずつ読んでいるよう。

・具体的な内容はわからないが(「くだらない言葉をぐちぐちと口にするのに」とだけある)、母親に怒って、五五年生きてきた結果がそれかと叱責している。

フランティシェク・クプカ/山口巖訳『カールシュタイン城夜話』。

・「F島A美さんの家が買った教材というのが百万円という話で、あきらかにぼったくりの類なのだが、なんというかグロテスクなものである。頭のある人間ならそんな詐欺の類には引っかからないだろうし、そもそも自分で子どもに勉強を教えたりもできるかもしれない(時間の問題もあるが)。おそらく自分ではたいして勉強してこなかったのであろう親が子どもの教育には(間接的に)熱心になって、金を費やし、ぼったくりに引っかかる。子どものほうはそれを深く考えもしないで、(本人は自分なりにがんばっているつもりではあろうが)勉強に精を出すわけでもない。百万円といったら疑いもない大金である。こちらの年収である。滑稽さや悲哀というか哀れみもあるが、グロテスクという感じが一番強い。世の中が歪んでいる。頭の足りない親につけこむ悪徳業者も、頭の足りない親が頭の足りない子に期待をかける構図も。嫌になる。この世の中の嫌なところばかりが目につく」

・もはや口を閉じて何一つ喋らず、「ただ読んで書くだけの存在」になりたいと言う。


2014/11/6, Thu.: 16:36(2016/11/20, Sun.)

・ガルシア=マルケス鼓直訳『族長の秋』。

フランティシェク・クプカ/山口巖訳『カールシュタイン城夜話』。

・この頃は、文章の構成も何も考えずに、その日のことを紙の上に放射してぶちまけるようにして、一日のところどころでメモを取っておき、翌日それを清書するような形で記事を書いているのだが、正式な記事本文として出来上がったものの方は、この頃はまだ日記を小説にしたい、文章を整えたいという気持ちがあったようだから、わざとらしく気取りがあるようで気色悪く、乱雑なメモの方がかえって日記らしくて読めるものになっている。

・この頃の記事は一〇〇〇字から一五〇〇字くらいが相場だろうが、それに二時間使っているらしい。いまだったら二時間あれば五〇〇〇字は綴ることができる。

・母親や世間などの、この世に溢れているくだらないことに対して苛立たないためにはどうすれば良いのか、と悩んでいる。「方法的な無関心」という語を書き付けているが、もしかするといまはこれがわりと達成できているのかもしれない。

  • 総じておりおりの天気や空模様をいちいち書きつけているのがやはりさすがだなとおもった。永井荷風に負けていない。


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  • 「ことば」: 40, 31
  • 日記読み: 2021/12/26, Sun.