- 実家にいる。ここ二か月くらい、勤務は基本毎週月曜のみなので、日曜日の午後に母親に車で迎えにきてもらい、一泊して実家から出勤、という生活になっている。電車はまだ無理そうなので。そんななかおととい、母親から、父親が腰痛で起き上がれなくなってしまったのできてくれないか、土曜日(つまりきょう)同窓会なので、とメッセージが届き、きのうすなわち金曜日の夜、勤務後の母親にわざわざ迎えにきてもらい、きょうは世話をした。ほぼ寝たきりはもう数日つづいていたらしく、まあ介護の予行演習だななどと軽口をたたいていたが、じっさいかなり痛いらしく、ほんにんいわく立ち上がるときがいちばん痛いと。両親の寝室に行って布団にくるまって横になっている父親のすがたを戸口からみおろすに(と書いていてカフカの『判決』なんておもいだしたが)、たしかにちからなく、表情も冴えず、当人としては気が滅入ってしかたないだろう。それで一一時二〇分くらいに母親がでかけたあとは、それなりのまめまめしさで、と自己評価しておくが、たびたび寝室に出向き、歯ブラシをもってきてやったり、おにぎりを食ったあとの皿をかたづけたり、ベランダにつづく窓(父親が寝ているのとは反対側の部屋の端)をしばらくあけて換気したり、ほんにんとしてはそんな気分でもなかろうが、漫画『蟲師』全一〇巻の埃をはらってもっていき、読む気になったら読めばいいとかたわらに置いておいたりした(ちなみにいぜん父親が足の手術で入院したさいにもこれをもっていき、そのときは読んだので、もしこんかい読めば再読となる)。そうこうしているうちに、とにかく痛いようすなので、なんか痛み止めでも飲んだら? 鎮痛薬、というと、痛み止めか、とあおむけの父親はそこではじめてたしかに、と気づいたふうな反応を示し、それからちょっと言を交わして、こちらが(じぶんのことを「こちら」の一人称でさししめすことのひさしぶりさ!)散歩がてら近間のストア(古井由吉的用語)に買いに行ってくると申し出た。あんなに痛そうにしているのだから、父親自身も、みていた母親も、もっとはやくおもいつけばよいものをとおもうが。六〇代と三三歳(来月で三四だ!)ではあたまのはたらきがちがうぜ。それで三時ごろ出発。近間と言ったところがまああるいて四〇分くらいはかかる僻地なわけだ。ストアではなくて(……)市街のほうにある薬局のほうがいいかなとまよいもしたが、けっきょくストアへ。さいきんそちらのほうは行っていなかったし、風光もそちらのほうがより鄙びていてまあよいはよい。ただひとつ気がかりなのは(……)橋と言って、(……)駅のすぐまえから伸びて川のうえをわたるながい橋があるのだが、ここがじぶんはむかしから苦手である。道幅はひろいのだけれど、なにしろ高くてこわい。高所恐怖だ。不安障害患者が高所恐怖でないわけがあろうか? とはいえ体調がよかったころにはとくだん緊張をおぼえず川をみおろしたり、あたりのひろい空やゆたかな木々をながめる余裕もあったのだが、いまの心身で行けば発作的な緊張におそわれることはあきらかだった。ちなみにこの橋は自殺の名所という評判もあり、こちらが鬱様態で半死人となった二〇一八年の、その三月に自殺した(……)さん(近所のひとで、主に祖母と交流があり、こちらも幼少のみぎりから知っていて、いちど(……)クリニックの待合室で出くわしたことがあり、ノイローゼだといっていた)もここから身を投げたらしい。それでじっさいおもっていたとおりになって、そこそこのからだのかたさと足のふるえというかぎこちなさに見舞われたのだが、鼻から息を吐いて腹に緊張を支えさせつつ、左手すぐそばにちらつく欄干の隙間には興味本位で視線を向けないようにおのれを律し、基本足もとすぐ前を見下ろしながらたまに目をあげて橋ののこりを確認するというかたちで、ちょっと急ぎ気味にがんばった。奥行きがながくてとおいのも嫌なものだ。べつに堅固たる歩道と車道があるのだけれど、やはり左右すぐが茫漠たる中空だったりとか、この地面のしたには空虚な宙しかないのだという認識だけでもうこわくなってしまう。帰りはもう少し余裕があって比較的楽だったが。それでこの文はいま右手だけでキーボードを打っているのだけれど、そうしているとあたまが重くなってくるし、右手指もなぜか冷えて、そろそろ耐久力が尽きそうなのでしめくくりにはいりたいが、ストアでは薬剤師のいる店ではなかったので相談員的なひとにこれこれこうと父親の状態をはなして相談し、はやくもなまえをわすれてしまったがスピナみたいななまえの品があるなかではいちばん効くんじゃないかとのことだったのでそれを買って帰路へ。帰宅後いちどパンとともに飲み、そのあとは変わらんと言っていたが(ちなみに父親の症状は右下肢のほうにしびれもあるので神経にもきているようで、ほんにんはヘルニアみたいになっているんだろうといい、相談員のひとは坐骨神経痛と判断して、坐骨神経痛だと時間がかかるとおもうんですけど、とつけくわえていた)、夕食に鍋をつくったあと飯を食うか聞きにいき、おにぎりふたつ(ひとつは塩と白ごま、もうひとつは母親がレンジで加熱していった鮭をほぐして醤油を垂らして入れ込んだ)をこしらえてやったのち、じぶんもしばらく休んでから食事を取って風呂も浴びて、それでまたようすを見に行ったところが父親が出てくるところに行きあったので、無事効果があったのだ。よかったよかった。立ち上がれなきゃ医者にも行けん。トイレすらきのうおとといとかはバケツに小便をして母親が捨てる状態だったらしいし。大便のときは痛みに耐えつつなんとかがんばって行っていたようだが。
- 「寝てるとき、寝てるのか? って言われて、寝てるのか寝てるのかよくわからないとこたえたら、寝てるとき、寝てるように寝てるのが寝てることだ、とかえしただから、たぶん寝てる」
- うえは二時頃、居間で正座からまえに腕を伸ばしつつたおれるみたいな姿勢のストレッチをやっているときにおもいついた一節で(正確には一息で出てきたのは「こたえたら」までで、後半はそのあとつけくわわったのだが)、なんかこんなかんじのよくわからない文体もしくは語り口で、断章形式でいっぽんやれないかなとおもった。センスとナンセンスのあわいでもないが。おもいだしたのは猫田道子だっけ? 『うわさのベーコン』だったっけ? あれなのだけれど、読んだことはない。保坂和志か高橋源一郎のどちらかもしくは両方が自著のなかでちょっと紹介していたとおもったその引用しか。ぜんぶひらがなもありか? 「ねてるとき、ねてるのか? っていわれて、ねてるのかねてるのかよくわからないとこたえたら、ねてるとき、ねてるようにねてるのがねてることだ、とかえしただから、たぶんねてる」