飼育員 餌だ。
 虎 ねむい……
 飼育員 餌だぞ。
 虎 ねむいの。
 飼育員 おまえは餌を食べなければならない。
 虎 ねむいんだってば。食欲もないし。
 飼育員 なぜ?
 虎 知らないわよ。運動不足なんじゃない?
 飼育員 このあいだまで、あんなに喜んで食べてたじゃないか。
 虎 そんなに喜んでないわよ。出てくるからもらってるだけで……肉にももう飽きてきた。
 飼育員 虎なのに?
 虎 関係ないでしょ。鏡見て言いなさいよ。肉って、消化にも悪くない?
 飼育員 それはまあ、たしかに。
 虎 あと、毛並みもなんだかボソボソする気がするし……ヴィーガンになろうかしら。とにかくねむいの。
 飼育員 しかし餌を食べないっていうのはな。健康にもよくないだろ。それにお前、食事くらいしかやることないじゃないか。
 虎 そりゃそうよ。こんなにせまい檻にいるんだからしょうがないでしょ。とにかく、いまはいらない。ねむい。
 飼育員 ほんとうに食べないのか?
 虎 うん。
 飼育員 しかしなあ。いや、やはりお前はこの餌を食べなければならないよ。
 虎 いらないって。
 飼育員 お前はこの餌を食べなければならない。
 虎 置いときなさいよ。
 飼育員 お前はこの餌を食べなければならない。
 虎 うるさいよ。
 飼育員 お前はこの餌を食べなければならない。
 虎 はやく帰りなさいよ。鏡見てなさいよ。
 飼育員 お前はお前の餌になった豚さん牛さんたちの気持ちをかんがえたことがあるのか?
 虎 知らないわよ。だまりなさいよ。
 飼育員 ほんとうにいらないのか?
 虎 うん。
 飼育員 まったく、虎も草食系か! どうなってるんだ、この時代は?……(ぶつぶついいながら去っていく)
 虎 やっと行った。ねむいんだから放っといてよ……それにしてもねむい。なんでこんなにねむいんだろう? やっぱり運動不足なのかしら……毛艶も良くない気がするし……なんでこんなところに押しこめられてなきゃいけないのよ。ろくに走り回ることもできないし、鳥もいないし。サバンナにいたころは……とおもったけど、あたしはサバンナ生まれだっけ? この動物園で生まれたんだったかしら……どうも思い出せない。記憶がはっきりしない。そもそもいつからここにいるんだっけ? ぜんぜん思い出せない。忘れちゃった。もう三〇〇年くらい生きてるような気がする……そんなわけないでしょうに。サバンナにいたころは、たしか仲間がいたんだけど……でもサバンナで生まれたのか、わからない……とにかくねむい。そのせいかしら、記憶がはっきりしないのも。なんでこんなにねむい? あんまりねむりすぎてねむいのかしら。つねにねむいからだになったんだろうか……
 飼育員B おいおいおいおい、虎ちゃんよお。
 虎 バカが来た。
 飼育員B 餌食わないのかい?
 虎 消えなさいよ、バカ。
 飼育員B 餌食わねえと、健康に悪いぞ。活力が出ねえぞ。
 虎 うるさいわね。食欲がないの。
 飼育員B 虎なのに?
 虎 そういうときだってあるでしょ。鏡見なさいよ。
 飼育員B それはまあたしかに。でもよお、虎ちゃんの餌になっちゃった牛さん豚さんたちの気持ちをおもえば……
 虎 関係ないでしょ。はやくどっか行きな!
 飼育員B じゃあ、この肉、おれがもらってってもいいかい? これでみんなでステーキやろうとおもうわ。
 虎 勝手にしたら。
 飼育員B イエス!(肉塊のたくさん入ったバケツを持って去っていく)
 虎 やっと消えた。バカはバカでいいわね。それにしてもねむい……