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2017/4/24, Mon.

 三時前に外出。前日に続く晴天で、まだ陽だまりも広く、道を縁取った石壁の上から張り出している木々のその影が、路上に騒ぐ。裏通りを抜けて街道に出れば、一面に広がった日なたのなかで、肩の上に心地よい熱が乗って、汗ばんでくるくらいの温暖さだった。素早く宙を渡る鳥の影が、道や家壁の上を、水面を伝う波紋のようにして、瞬間過ぎ去っていく。表から一本裏に入ったところに覗く、中学校の校庭の端に並ぶ桜は、花を過ぎて萼の赤茶色と葉緑が混淆しており、鮮やかな華やぎの担当は花水木のそれに交替される頃合いである。小公園を過ぎざまに覗いてみても、地には褐色が砂のように散り敷かれている。裏に入って丘を見やれば、少し前は萌えはじめの薄緑と冬を越えた常緑樹のまだ深い色とが明暗の断層をくっきりと作って、森の中途に黴が湧き混ざったかのような不均衡に映らなくもなかったが、緑の摺り合わせがいくらか進んで、まだしも均整が取れてきたようである。同じ色合いの地帯や、同じ一本の木のなかにも、褐色が混ざったり淡かったりと、一口に緑とは言いながらも実に多様な色彩の変化が含まれて、細かく組み合わさっているなかに、高いところで桜の薄紅がほんの少しだけ残った一片があり、低みではまだ枝の露わないくつかが、芽生えたばかりでやはりほかとは違って黄味の強い若葉色を先の方にくゆらせていた。

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2017/4/23, Sun.

 ストーブのタンクに石油を補充するために外に出た――それ以外は終日籠って、外気との触れ合いがなかった日である。勝手口の方に回ってポンプが液体を汲み上げタンクを満たすのを待つあいだ、あたりを眺めた。光の渡って穏和で爽やかな快晴で、傍の林の木々が風を受けてさらさらと震えながら鳴りを立てるその影が、薄緑の下草や、地に積もった竹の葉の上で同じように震えてうねる。竹は竹秋を迎えはじめているようで、葉には黄味が断片的に混ざっており、ほかの木も鮮やかな緑が実に明るい。影から葉本体の揺動に目を移して見つめていると、ほとんど搔き回されて無数の波紋を生む水面のようでもあり、もっと凝視すればもっと細かな色のささめきに微分されて、煌めきのような、あるいはざらざらとした粒立ちのような感覚が生じ、電子ノイズを視覚化して眺めているような感じをもたらす瞬間もあった。

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2017/4/22, Sat.

 家を出たのは午後七時を回ったところで、雨降りのなかに歩み出ればあたりはいかにも暗く、振り向いた西の先では山と空と家並みとがひと繋がりに闇に籠められて黒々と澱んでいた。坂を上って行って先の出口あたりには、街灯が立たない一角があり、前後の光の区画から独立したそこに入ると視界が殊更に暗んで、思わずちょっと止まって左右を見やることもしてしまう。抜けるとしかし、前方からやってきた車の明かりが対照的に白く広がり、落ちる雨の線が半透明の膜のようになって光のなかに掛かるのが、むしろ逆方向に、地から蒸気が湧いて斜めに立つようなさまに見えた。街道のアスファルトは、日々にタイヤが擦れる場所はやはりいくらか窪むものだろうか、車線の中央付近は光を薄く反映して浮かびあがっているが、その左右は水が僅かに溜まるようでまっさらに黒く沈んだ帯が二本走って、遠くの車明かりが突端部による遮断を挟みながら帯の上を縦に渡って長く垂れ下がり、水に混ざることで離れた距離を越え、こちらの近くまでやって来ている。増幅された走行音の唸る表通りから裏に入ると、途端に静かになって、いつもながら線香花火の弾ける音を連想させる雨の打音が頭上にはっきりと響きはじめる。丘は一様に黒い影で、表面の木々の起伏はまるで見えず、いくらか形の変化めいたものが観察されるのは稜線の不均一な上下のみで、その輪郭線を見ていると、もとは墨色の空までもを覆っていた一平面が乱雑に破り剝がされたかのような想像を覚えた。駅近くまで来てから見上げると、あれほど暗いと思っていた空が、地上の光の多さによる差異なのかここでは明るげな薄灰色で、道の左右と奥の建物の線もくっきりとその上に引かれているのに、不思議な気持ちになった。

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2017/4/21, Fri.

 往路、坂を上って行くあいだ、道の左右から鳥たちの声が、各々の持つ律動と声調で、それぞれ自律した流れを形作りながら立ち交わすのが、旋律はなくともまさしく多様な楽器の交錯で織られた音楽を聞くような気分にさせる――そのなかで、初めは頼りなげに浮かびだしながら、まもなく大きく跳ね上がって一際厚く響くのはやはり鶯の声で、こちらの乏しい知識のなかに名があるのもそれのみなのがつまらない。雲のある夕刻で、東のものは色も形もそう強くなく生地に混ざって青を和らがせているが、ちょうど頭上あたりが境となろうか、西の方では砂糖を敷き固めたあとから罅の入ったような白さが空を埋めて、その裏から落日が明るんでいた。その断片が漂うのだろう、かすかな温もりの、肩や腕あたりに触れて馴染む日の入りの気である。街道に接する小公園の桜はだいぶ葉も混じって、薄紅色はほとんど溶け尽くして萼桜となり、暗い紅と緑の混濁して渋い色味を帯びているのが、季節外れにそこだけ晩秋に向かう前の植物めく。裏通りを行って空き地に差し掛かると、向こうの宙を燕が何匹か、湿った毛布めいた青さを後ろに鳴き騒ぎながら飛び回るのが見え、行く手には陽の色が薄く混ぜこまれはじめる。向かいから来て脇を通り過ぎて行く、主婦らしき女性の乗った自転車の、乗り手と乗り物の見えなくなってもまだこちらの横に影が長くあとを引いて残り、するすると遅れて去って行ったあとを見れば自身の影法師も、かなり先まで伸びていた。振り向けば落日が、西の丘とこちらとの距離の関係なのだろう先ほど見た時にはもうすぐにも隠れてしまいそうなほど木々に近かったはずが、そこからちょっと浮かび戻したようなあたりで、雲に遮られつつも橙色の明かりを、大きく膨らませていた。

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2017/4/20, Thu.

 往路、この日は普段より遅くて午後七時の道である。陽の名残りも既に消えて宵がかった空が深く青い。坂を上って行くとあたりに鳥の音も立たず、暮れて静かななかに、木の間の先から、川の音が随分と厚く立ち騒いで昇って来た。西から東まで晴れているようだが、南の山に接した一角には雲が混ざっているらしいのが、形成すものは一片もないがそこだけ白炭色に変化しているのからわかる。街道に出ると先まで伸びた道の遠くに車の、いびつな円を描いた明かりがひと繋がりになって続き、道の曲がった最奥から次々に備給されて連なりをやめないが、近くまで来ると純粋な発光体だったそれらは間をひらき分解されて、光の裏の本体も露わに単なる物質と化す。公園の桜はもはやほとんど散りきって明かりせず、色の窺えない暗さに沈んでいた。裏道の途中でも、広がった空き地に差し掛かると、敷地に接した二、三軒の窓が、人が不在なのか雨戸が閉まっているのかどれも灯らずに、宵闇を掛けられて家が上から下まで薄黒く静まっているのに、随分と暗いなと思われた。その頃には空も、青さを失って暗色に入っている。出てしばらくは少々肌寒いような感触だったが、歩いているうちに身体が温もったようで、のちには風にも冷えず、体温と同化する滑らかな空気の肌触りだった。

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2017/4/18, Tue.

 往路。歩いているうちに服のなかに熱が籠るのが感じられて、前髪の裏もやや湿って来るような気温の高さである。空は雲混じりの薄く柔らかい青さで、ところどころに形を成す雲の塊もあるその前を、街道を渡る電線に止まった燕が黒い影となって鳴きを落とし、二つに分かれた尾羽根の形がよく映った。裏通りを行っているあいだにも、ふと見上げた拍子に、随分と高く遠くを飛んでいるようで小さな鳶の姿が、声を降らせもせず、飛行機のように滑らかにゆっくりと滑って行くのに、首を傾け傾け歩く。桜の時節が終わりかけていた。

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2017/4/17, Mon.

 往路、薄白い曇り空の午後五時である。坂を上りながらすぐ傍で立つ鶯の音に、姿を見たいとあたりに視線を振るが、声は近くても一体どこに止まっているのか影がどうしても捉えられない。街道沿いの公園の桜は大方花を落として、薄紅色の方が少ないくらいになっていた。裏通りでも鶯の鳴き声が、林の奥の方から立って届くのが耳に入る。一軒の家先に立つ山桜が葉を旺盛に緑に茂らせて抱えているのが、もうこんなに膨らんだかと驚かれて見やりながら過ぎると、茂みの奥にはまだ僅かに残って潜んでいる白花の姿が捉えられた。それから顔を正面に戻してすぐに、頬に痒いような感触が点打たれて、気のせいのようでもあったが、整然と緑にまとまった四手辛夷に、花の燃え殻もおおよそ落としきって同じく緑葉を纏った白木蓮と過ぎているうちに、水滴が確かに落ちはじめているのがわかった。湿り気を含んだ風が時折り強くなって顔に当たり、耳の横をはたはたと素早く過ぎて行くのに、予報で伝えられている春嵐の気配が兆すようでもあったが、いまはまだ、降るというほどでもなくかすかなもので、傘をひらく必要もなかった。寺の枝垂れ桜は色が濁って背景の木々との色彩の差が小さくなって混ざりはじめている。ほかの場所でももう大方、葉桜に移行しかけているが、裏道の途中、丘のあいだを北に続く道路に差し掛かったところで、森の縁に遅れて満開の一本が、砂糖菓子の甘さを香らせて淡紅に浮かんでいるのが映って、優しかった。

               *

 帰路は雨が始まっていた。大した降りではないが、同時に風があって、時折り強まって傘に寄せて来るとぱちぱちと音が厚くなり、雨粒が飛ばされるから傘の下でジャケットの表もそこそこに濡れる。道中、傘にはしばしば、上に向けての浮遊感がいくらか加わり、一度は風が決然として強く攫おうと引っ張ったこともあった。視界が限られるからあたりにそれほど見えるものもなくて、視線を落とし、濡れたアスファルトが街灯を反映して微光を放っているのなどを見ながら歩いていると、周囲で風が止まっていても高みでは駆けているようで、丘の木々が鳴り騒ぐのが耳に届いた。空は一面曇っているが、それでかえって明るいような具合で、家屋根の輪郭もくっきりと画される、薄く褪せた色である。表通りに出る角で、老人ホームの脇に桜が一本あるその花が、傘で区切られた視界にも入ってきて、足を止めて顔を寄せれば、楕円形の花弁の集まったその中央に、光の下で血のように色を深めた紅色が滲んでいるのが、艶だった。

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