2018/12/14, Fri.

 ただ楽しく暮らしたいだけなのだが、それすら叶わない。気分は相変わらず平板で無色のままである。と言うか、「気分」という心的状態そのものがもはや存在しないかのようだ。
 今の自分に気分というものがあるとしたら、それは晩年のそれで、つまりはもう人生でやることはすべて終わって、あとはただ死を待つばかりの人間のような心地がするということだ。まだ二八歳の若者なのだが。
 以前は本を読んで文を書いていればそれで概ね満足していたような人間なのだが、最近はものを読もうという気がほとんど起こらない。実際に読んでみても面白くはない。端的に言って自分は格段に頭が悪くなり、「面白い」という感覚も自分のなかからは消滅した。いまはローベルト・ヴァルザー/若林恵訳『助手』を一応読んでいる。ヴァルザーは、以前は作家のなかで一番好きだと言っても良いかもしれないくらいに敬愛していたのだが、もはやそのような気持ちは自分にはない。文学はもう自分の業ではなくなったのだろう。そして、文学なくしてこの生をどうして生きていけば良いのか、途方に暮れてしまう。まさかこの自分が、ものを書けなくなる、考えられなくなるとは夢にも思っていなかった。人生とはまったくままならないものだ。
 つまりは、自分の状態は四月頃から本質的に何も変わっておらず、この先変化する見通しも持てず、何かを書くとしたら「嘆き」しかその内容として浮かんでこないということだ。嫌な話だ。自分は今、いつまで続くとも知れない絶対的な停滞、まったき変容の不在のなかにいる。

2018/11/5, Mon.

  • 午後から通院。多少活動できるようにはなってきたが、ものを感じられないという根本的な点は半年前から変わっていないと報告。今の自分の状態というのはいわゆる離人症に当たるものだろうと。それは良いのだが、問題はそれに対する有効な方策がないことだ。結局は一つずつ薬を試してみるしかない――それも自分としてはあまり期待できないと言うか、体感的に、自分にはどうも薬はうまく効かないのではないかという気がするのだが。
  • インターネット上のページからの孫引きだが、木村敏『自己・あいだ・時間: 現象学精神病理学』によると離人症の中核症状は以下の三点らしい。
  • (1)自我とか自己とかいわれるものの変容感ないし空虚感、あるいは消失感。自己の体験や行動に関する自己所属感ないし能動性意識の消失。感情の疎遠感ないし消失感。
  • (2)自己の身体を含めた対象知覚界の変容感ないし疎隔感。対象の実在感の稀薄化ないし喪失。非現実感。美意識、意味意識の消失。
  • (3)時間体験と空間体験の異常。充実感と連続感の喪失。
  • このうち、一番の項目に見える「感情の疎遠感ないし消失感」は、自分の実感にどんぴしゃである。自己の空虚感というのも、自分には何もなく、自分が抜け殻であるかのような感じがする、という感覚のことを指しているのだとすれば当たっているし、行動の自己所属感については、二月頃に「自動感」の強かった一時期があったのを覚えている。自分の存在や行動がまるで外界の現象であるかのように、自動的に流れていくような感覚のことだ。今はそこまでではないが、自分が自分の行動を操っている、統御しているという感覚は薄いかもしれない。
  • 二番目の項目に関しては、「美意識、意味意識の消失」というのがやはり自分の症状としてぴったり当て嵌まる。よく「ヴェールを掛けたような」というような比喩で語られる物々の疎隔感については、自分としてはこの比喩のイメージはあまり実感に即すものではないのだが、そこで言われている内容は理解できないでもない。感覚世界に対して直接的に触れられず、生き生きとした実在感を覚えないという意味合いでは当たっている。風景が書き割りのように見える、といった言い方に関してもわからないではない――世界がフラットに、平板になっているというのは確かなことだ。ただその際のフラット化というのは、例えば木の葉の襞などが埋まって、視覚上本当に、物理的に平坦に見えるというわけではなく、そこから感知される差異の量が減ったという、言わば「意味」の領域に留まるものかもしれないが。
  • 最後の項目に関しては特に目立った症状はないが、時間的連続感の消失というのはいくらか当たっているかもしれない。それがために、以前のような形式での日記が書けなくなったような気がしないでもない。
  • よろしい、まあ比較的軽い方ではあるのだろうが、自分はおそらく離人症と言われる病状に囚われてしまった。これはまことに無味乾燥で退屈で、空虚でつまらず、生きている甲斐のないような感覚ではあるのだが、しかしパニック障害時代のように不安に苛まれることもなく、人とやりとりをする際に緊張もしないというのはまあ楽ではある。悟りというのは一種の離人症なのではないかという説もあるらしいが、確かに半ば悟ったと言っても良いような体感である気もする。ただ、それでは自分は苦しみから解放されたのかというとまったくそんなことはない。現在の状態は甚大な苦痛ではないにせよ、悩みの素ではあり、緩慢な苦に浸された状態ではある。パニック障害の時代も苦しかったが、それとは別種の、しかし確実に一つの苦しみであることは間違いない。自分はむしろ、現在の状態よりも、パニック障害ではありながらまだしも人間的な感覚のあった頃のほうが良かったとすら思っている。パニック障害は確かに苦しい、それはおそらくこの世の大半の人はまったく理解もできないし、また一生涯を通じて体験することもないであろう程度の苦しみなのだが、それはまだしもこちらの人間性を奪うものではなかった。現在の苦というのは、自分の人間性アイデンティティを根こそぎ奪われたという類の苦である。ここにおいては、物事のまざまざとした実感を感じられないこと――マイナスの情動や苦痛ですらも、感覚的にはほとんど不在であることそのものが苦しみの種である。かくして、釈迦の唱えた「一切皆苦」の正しさがまた一つ証明されることになるわけだ。すなわち、苦痛がないということですら、一つの苦になるという逆説がここにはある。
  • 特に何の根拠もないのだが、自分の脳はパニック障害に耐えられずに、離人症を発症したのではないかと思うことがある。パニック障害における不安の苦痛が度を越していたがために、それを麻痺させようと、感情や感受性の鈍麻を引き起こしたのではないかと。これはおそらく実態には即していない、わかりやすい整理の構図でしかないのだろうが、それに従って考えると、自分が離人症を抜け出した時にはまたパニック障害も戻ってくるということになりはしないか。それはそれで怯まされる、気の滅入るような想定である。結局のところ、人生において一度精神疾患を発症してしまった以上、その圏域から逃れるなどという事態はもはや存在しないということなのだろうか?
  • 離人症はそれ単体で現れることは少なく、大抵は何か別の疾患に伴って現出するものであるらしい。自分の場合はうつ症状とともに現れていると考えるのが筋で、医師もそう想定しているのだろうが、これは誤りではないか。というのも、こちらの記憶では、離人症的な症状が始まったのが先で、うつ症状はそのあとだったからである。二月までは異常な自生思考に苛まれながらも、感覚的な面はまだ残っていた。日記を書けなくなってのち、三月の半ばあたりから感情の鈍麻が始まって、そこから意欲を失ってうつ的な症状が本格的に現れだしたのは四月以降のことである。すなわち、離人症はうつ症状に伴って現れているのではなく、うつ症状こそが離人症の結果だったのではないか。言い換えるならば、自分の主症状はうつなのではなくて、まさしく離人症、それそのものなのではないか。

2018/11/2, Fri.

  • 二時一五分頃から外出。GLOBAL WORKのチェックのシャツに灰色のスラックスを履き、上は紺色のジャケット。晴天だが、西に雲が散って、太陽を隠している時間が多かったよう。(……)駅まで歩いて行き、電車に乗って立川へ。車内では磯崎憲一郎鳥獣戯画』を読む。
  • (……)と会う。まず、フロム中武の喫茶店VELOCEへ。(……)の引っ越しやセックスフレンド((……)はそう明言はしなかったが、話を聞く限りその言葉を用いるのが適当と思える)であるメキシコ人、(……)の話や、こちらの病状の話などをする。生きがいのようなもの、生の目的のようなことはあるかとこちらが尋ねると、創価学会の教えも交えて、マルファン症候群というハンデを抱えながらも社会の役に立つことで、自分と同じような苦難に打ちひしがれている人の希望になりたい、というようなことを(……)は語った。立派な心掛け、志であると思う。(……)からはまた、明後日の日曜日に創価学会の青年部の大会のようなものがあるのでふらりと来てみてはと誘われたが、それほどの興味関心はない。
  • その後、ビックカメラに。(……)がスピーカーを見たがったのだ。Marshall製の、アンプに似た形のスピーカーがあって、そのフォルムを目にするにつけて懐かしさを覚えた。しばらく見分してからグランデュオへ。一階の「銘菓銘品」という店に入る。その店に売っているいちじくチョコレートを買ってきてほしいと母親に頼まれていたのだが、店内を一回りしても件の品は見つからない。それで店員に尋ねてみると、今の時期は扱っていないとのことだった。それなので、母親がもう一つ言及していた品物、神戸一番館のポーム・ダムール(POMME D'AMOUR)――林檎をチョコレートで包んだ菓子――を購入することに。ほか、澤田屋というメーカーの栗のどら焼きを三つに、八ツ橋も買う。
  • その時点で六時前だっただろうか。夕食に行くにはまだ少々早いということで、ルミネで服屋を冷やかすことに。六階に上って二軒ほど見て回り、財布やキーケースなどを売っている店や雑貨屋も見分してから、階を一つ上がってLOFTへ。ここも少々見てからさらに上って食事に。寿司屋に入った。「築地玉壽司」である。ちょっと待ってからテーブルに通されて、始めは握りや手巻きを頼もうとしていたのだが、注文が決まりかけた土壇場で(……)が、ばらちらしというものがあることに気づき、一三〇〇円ほどで味噌汁も茶碗蒸しもついているしそちらのほうが良いのではないかと二人とも気を変える。(……)はそれのみ注文したが、こちらは加えてサーモンやカンパチ、鉄火巻や甘エビの巻き物を注文して、少々金を使いすぎたかもしれない(会計は二五七〇円を数えた)。
  • それで帰路へ。何だかんだ言って、自分が病気になってもこうして連絡を取ってきてくれる友人がいるというのは有り難いことだろうと思う。(……)との今日の時間はなかなか悪くなかったと思う、もしかしたら楽しかったと言っても良いのかもしれない。今日の会合に触発されたものか、(……)くんとも会う気になったので、帰宅後にメールを送った。帰路の電車内ではふたたび『鳥獣戯画』を読んだ。
  • 帰ったのち、俳句をやるのはどうかと思いつく。その案は実のところ、文章の書けなくなった三月頃から頭に浮かんでいたものではあるが、それが以前より現実味を帯びて感じられているような気がする。散文による長い文が書けなくなったのならば、短い形式に挑戦してみてはどうかというわけだ。勿論それはそれで難しさがあり、自分がそれに耐えるセンスや能力を持っているかというと心許ない――と言うか、確実に大した能など持ち合わせていないと断言できるわけだが、ともかく近いうちに句集でも一つ読んでみるのも良いかもしれない。絶望してばかりもいられないのだ。

2018/10/29, Mon.

  • 書きたいことは何一つない。自分の生は、書くことを――そして欲望や愉しみや快楽や感受性といったものを――失ったその時点で、実質的に終わってしまった。実質的には終了したはずのそれが現実には引き続いてしまっているその不可思議さ、完全に余計で余分で無意味な生、それが今の自分の生存である。
  • 存在することそのものに付きまとう重さのようなものに苦しめられている。さっさとこの世から消滅して純然たる無と同化したい、ただそれに尽きる。生きたいように生きることなどではなく、死にたい時に死にたいように死ねるということこそが真の自由だ。人間に電源ボタンを付与しなかった点で創造主は完璧に間違っていた。

2018/10/20, Sat.

  • このあたりで一度、自分の現在の症状についてまとめておこう。
  • 1. 感受性の鈍麻――感情に関わるあらゆる形容詞の機能不全。プラス方面の情動は何一つ自分の内に生じてこない。悲しい、寂しい、心苦しいなどといったマイナス方面の情動も特段感じることはないが、そのなかで僅かながらも折りに覚えるようである唯一の感情は、瞬間的な苛立ちのそれである(しかしそれと言っても、病前に比べると格段に弱くなっている)。また、無力感、無意味感は自分の支配的な精神状態となっている。さらにまた、情動に限らず、広く物事の質を「感じる」という精神の機能そのものがうまく働かず、空洞化したような、内実を欠いたようなものになっている。快楽・快感といった類の感覚はまったくなくなった。
  • 2. 欲望の消失――病前の自分における最も明確な欲望というのは、読み書きに関するそれだったと思うが、読みたい気持ちも書きたい気持ちも今は覚えない。と言いながらも一応本を読みはするのだが、それは一面では読書を完全に失いたくはないという未練のためなのかもしれず、別の面では単なる惰性によるものであり、まったく面白くはない。
  • 3. 知的好奇心・物事への興味関心の衰微――欲望の消失と軌を一にしている。様々な物事に触れたり、書物や体験から知識や知見を得て、それを自分なりに発展させていきたいという探究心がなくなった。昨年末には本屋を訪れて哲学・思想の棚を見分しただけで、読みたい本がいくらでもあることに欲望や胸のときめきのようなものを感じていたことを記憶しているが、そういった感覚は消え去った。ほとんどすべての物事がおよそどうでも良いとしか感じられず、現状、ニュースを伝える新聞記事すらも読んでいない。
  • 4. 思考力・創造性の衰退――これは他人にはわかりにくい事柄だろうが、自分のなかでは明白である。自分の思考というのは、絶えず自分の頭のうちに流れている一種の独り言のような形で、自分の「目に見え」、認識されている(「聞こえている」と言ったほうが正しいのかもしれないが)。その脳内を流れる自動思考の質が劣化し、範囲を制限されたように狭い種類の事柄に陥り、創造的・生産的と言うべき思考の類(そう言った時に主に想定されているのは、昨年の末あたりに日記に綴っていたような「考察」の類のことだ)が生まれなくなったことを自分は明確に自覚している。文学的・批評的感性の衰退と言い換えても良い。
  • 5. 記憶力の低下――これも曖昧なところだが、多分間違いないと思う。日記を書くという習慣を失ってしまったからかもしれないが、その日のことを朝から順番に思い出そうとしても、記憶や印象に引っかかることがなくなっている。八月から九月までは一応以前と同様の形式の日記を再度試みたわけだが、その実践のなかでも記憶の手応えというのは稀薄なものだった。また、知識の類が思い出しにくくなっているような気がする。正確には、単語などの形で断片的に想起されはするが、いくらかの長さを持った情報としては再生されないといった形か。
  • 6. 読書の質の低下――感受性が鈍麻したので当然のことだが、読書をしていても楽しかったり面白かったり興味深かったりするわけでなく、何かが印象に残るということもほとんどない。読んでいても文章の表面をただ虚しく引っ搔いているだけ、というような感覚であり、その内実を汲み取ることはできず、例えば小説の文体の質なども感知できなくなったと思う。また、言語的論理の形式に馴染めなくなったというか、多くの情報量を含んだ長い理屈が頭に浸透しなくなったということもあるように思う。書くにせよ、喋るにせよ、考えるにせよ、言語の操作が以前よりも不如意になった。
  • 7. 食欲の消失――何かを食べたいという欲求が端的になくなった。腹が空になってきているという物理的な感覚はわかるが、そこに「空腹感」「食への欲求」を覚えることはまったくない。殊更にものを食べたくないわけではないが、積極的に食べたいわけでもない。したがって、一応普通に食事を取ることはできているが、そこに満足感の類は一切ない。また、美味を感じることもほとんどない。ものを食べていて不味いわけではなく、味がしないわけでもないが、特段に美味いとも感じない。
  • 8. 不眠――「眠気」というものが自分の生活からは端的に消失した。欠伸は出る。しかしそれは健康的な睡眠欲を意味するものではなく、形骸化した単なる身体的反応の名残のようなものに過ぎない。夜になり、夜半が近づいても眠くなることはなく、床に就いてからはほぼ間違いなく一時間は意識を失わず、一応の眠りに入るまでに二時間掛かることもざらである。ちなみに朝は朝で切れ切れに目覚めており、眠いわけではないが身体を起こすことができず、いつまでもぐずぐずと床に留まってしまう。
  • 9. 性欲の消失――おそらくは病気のためでもあり、いくらかは薬剤の作用によるものでもあるのではないかと思うが、性的欲求は相当に希薄化している。かくして、人間の三大欲求と言われるところの食欲・睡眠欲・性欲のどれも自分においては無縁のものとなった。
  • 10. 瞑想の不全――少々特殊な事柄だが、瞑想という実践が自分においてはその内実を失った。病前の自分は瞑想によって、いわゆる「変性意識」の状態に容易に入ることができた。一種の主客合一に近づいた状態と言って良いのかもしれないが、自分の身体の存在が融解するかのようで、繭に包まれたような心地良さに浸される状態のことである。しかし病後、瞑想を試みてみても、心身がそうした状態に深化することはとんとなくなった。これはおそらく、病気によって何らかの脳内物質が分泌されなくなったか、あるいは分泌はされていても受容体のほうに何らかの問題が生まれており、その伝達機能がうまく働かなくなったためではないかと推測される。
  • 11. 不安の消失――病後の自分の変化のなかで、唯一肯定的と言えそうなのがこれである。パニック障害=不安障害患者であった病前の自分にとって、不安とは常に潜在している主要な精神要素だったが、今次の変調が進むにつれて、正確には四月の途中あたりから、パニック障害の症状は鳴りを潜め、不安というものをまったく感じなくなった。例えば以前はカフェインを摂取すれば覿面に不安や緊張などの精神の変化に襲われたはずだが、不思議なことに、今はそうした現象も起こらない。それは喜ぶべきことのはずだが、これらの項目群のなかに並べてみると、これすらも否定的な変容のように思えてくる。すなわち、激しい自生思考に襲われた一月初頭の日記にも記したことだが、不安というものは自分の人間性を成り立たせている最終的な原理であり、むしろそれがあるからこそ自分はものを感じることができていたのではないかという仮説が信憑性を帯びてくるようにも思えるのだ。少なくとも、大方の精神機能が鈍麻した現状よりも、パニック障害でありながらもまざまざと物事を感じ取ることができていた過去の状態のほうが今の自分には輝いて見える。
  • これらを踏まえて自分の症状の主要な特徴を分析しておくと、まずその第一は感受性と呼ばれている種類の精神機能の鈍麻である。物事の質を感じ分ける能力がほとんど機能不全に至っているわけだが、それは読書などの精神的な事柄から食事などの身体的な欲求まで、生の全域に及ぶ。「物事の質」というものを、「特殊性」とか「差異=ニュアンス」といった概念で置き換えることもできよう。端的に言って自分の症状の中核的な要素は、差異=ニュアンスを感知する能力の不能であり、それは身近で具体的な事柄のみならず、その時々の瞬間、時空そのものの特殊性といった抽象的な方面にまで当て嵌まる。通常の人間にとっては、朝は朝としての質を持ち、夜は夜としての質を備えており、その時々に応じた心身の状態なり気分なりが生じるはずだが、自分においては、食欲や睡眠欲の減退といった要素も相まって、それぞれの時間そのもののあいだに違いが感じられない。流れる時間そのものに手応えがないのだ。以前にも書いたことだが、食事の無味を表す比喩として「砂を噛むような」というものがある。これが食事のみならず、精神作用の全域にまで及び、その空虚な味気なさが精神の支配的な様態となって常に持続しているというのが今の自分の状態だと考えてもらうとわかりやすいかもしれない。
  • あらゆる物事は自分にとっては、AでもBでもなく、悪いわけではないが良くもない、といった――ロラン・バルトとは違ってとてもこの概念を肯定的なものとして扱えないが――一種の「中性」の状態として現れる(「ものを食べたくないわけではないが、食べたいわけでもない」「不味いわけではないが、特に美味いわけでもない」)。自分においては二項対立が機能不全に陥っており、差異=ニュアンスの系列において物事がどちらにも突出することのない幅の狭さ[﹅4]、起伏のなさ[﹅5]がこちらの支配的な症状である。諸々の様態から、自分の病状は一応「うつ病」と診断されるに相応しい要素を備えていると思うが(実際、インターネット上で自己診断を試みてみても、「中程度のうつ病」といった判断が下される)、本質的にはそれは、「差異不全症」あるいは「無差異病」とでも呼ぶべき、心身の状態の絶対的な平板さ[﹅7]として現出している。
  • 二項対立においてどちらの状態でもないという消極的な中途半端さとして選ばれた「中性」の状態は、しかし現実にはまったく純粋無垢な「中性」として評価されるものではない。「どちらでもない」「何も感じられない」という第三項の半端さそのものは、総体として否定的な意味合いを帯びるからだ。つまりそれは、「生は無意味だ」といった空虚感を生み出すのである。病前の自分の実感から導き出された仮説によれば、差異=ニュアンスとはそれ自体で「生命的」なものだった。それは人間の生を活性化させ、そこに生き生きとした[﹅7]起伏を与えるはずのものだった。そうした差異=ニュアンスを感じる能力を失ったいま、否定的な無意味感に付きまとわれているというのは、皮肉にも上の仮説が逆方向からの形で、自分の身において[﹅8]証明されたと言うべきかもしれない。
  • すべてが無意味だと感じるのは生の差異のなさそのものによるものでもあり、同時に、差異=ニュアンスの感得が不可能になったことによって、自分の主要な情熱だった読み書きの実践までもが無価値なものになったことにもよっている。自分において書くこととは単に何かの種類の文章を拵えることではなく、主に、日々に書くこと/日々を書くこと、自分の毎日の生そのものを書き綴ること、書くことと生きることを一致させることという意味合いを持っていた。そこにおいては物事を感じることはほとんどそのままそれを書くことと等しく結びついていたわけで、感受性が失われたことによって書くことが不可能になった――無理矢理試みたとしても、そこから充実感や達成感のようなものを得ることができなくなった――というのも理の当然である。自分は生を書くことによって、生に意味を付与し、生そのものの意味を生産していたに違いない。そこにおいては、自分が死に至るまでのすべての日々を隈なく文章化することという浪漫的な誇大妄想じみた目標が抱かれており、それこそが自分が生きる主要な目的のはずだったが、その実践が決定的に不可能になったいま、一体自分は生きていて何の意味があるのかという反語的な自問が脳裏を席巻するのも不思議なことではない。
  • ではどうするか。生きる意味がなくなったので、空虚感に従って大人しく死を選ぶか。自分にとっては正直なところそれも魅力的であり、そのほうが手っ取り早く、また潔くもあると思うが、しかし端的に自分は死を恐れており、積極的にそれを欲望するわけではない。自分には自殺を敢行するほどの気概はないのだ。そうすると、無意味になった生をしかしともかくも、差し当たりはその無意味さのままに生きねばならないということになる。これはこれで難事だが、その道行きにおいてふたたび生の意味が生まれ出ることがあるのか――つまりは、かつてのように読み書きへの欲望とその実践による充実感が回復するか、あるいはそれに替わる何かが見出されることがあるのか。率直に言って、あまり期待はできないと思う。
  • まずもって生の意味とは、主には持続的で長期的な欲望とその実現によって産出されるものだと思う。欲望や感受性、物事への関心が戻ってこないと、生の意味も何も、まるで話にならないのだ。それではそうした欲望や感受性の回帰、言い換えれば「無差異病」の治癒があり得るかと言うと、少なくとも実感としてその気配はまったく見えない。上に書いたようなことはすべて目新しい事柄ではなく、病状が統合失調症的なものからうつ的な症状に推移した三月四月当時から続いていることだ。つまり、自分の症状はこの半年間、本質的な点では何らの変容も被っていないということになる。本も読めなかった状態から一応はふたたび読書ができるようになり、外出も可能にはなったものの、それは単なる表面上の小さな変化に過ぎず、底の部分では、自分の病状は何一つ改善してなどいないのだ。
  • そして、改善のための方策も定かではない。三月以来の半年余りのあいだ、薬剤の類は色々なものを飲んできたが、それらがほとんど何の効果もなかったことはいまや明白である。「うつ病」と見える自分の病状は、明らかに心理的な要因によるものではなく、よく言われるように「ストレス」によるものですらなく――なぜなら、年初の変調時においてそれほど明確なストレスを感じていたとは自分は自覚していないし、義務的な労働からも離れ、ストレスなどというものの見当たらない現在の環境においても、病状の改善が見られないからだ――おそらくは「脳」によるものである。それは多くの精神疾患に言われるように「心」の問題などではなく、自分の見るところ明白に脳内に器質的に何らかの障害が起こったことによるものに違いない。そして、脳機能の改善のために施せる策――脳内物質の分泌の操作――としては、現代の精神医療におけるその選択肢はまず第一に薬剤で、それで大方は尽きている。薬が効かない以上、ほかに主要で有効な手立てはまず存在しない。日光を浴びること、運動をすること、食事療法などがあるにはあるが、それらはどちらかと言えば傍系的なものであり、端的にそんなことで差異=ニュアンスがふたたび感じられるようになるのだとしたら、苦労はないだろう。
  • つまりはこちらの見込みとしては、自分はおそらくこのまま、無意味そのものと化した生をそのままに生きていかねばならないだろうということだ。損なわれた[﹅5]生を、阻害/疎外された生を、言わば「偽物」の生を、それでも生きなければならない。そこにおいて現実的に期待できるのは、不感症の快癒による本当の自分、本来のアイデンティティへの回帰などではなく、まあせいぜい生の無意味性に幾分か慣れるといった程度のことでしかないだろう。人間は慣れる生き物であり、忘れる生き物であるから、今は物事を十全に感じられていた当時の記憶が残っており、それと現状を比較しては過去の「栄光時代」に焦がれているが、そうした記憶も次第に薄れて行き、無意味さがどうあがいても変わりようのない常態となって、それに殊更に打ちひしがれずに済むようになるのではないか。かくて、フローベールの言ったように、「人生というものは、いつもそこから降りてしまっているという条件のもとで、かつがつ耐えることができるんです」ということになるわけだ。

2018/10/13, Sat.

朝吹三吉・二宮フサ・海老坂武訳『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』人文書院、一九八五年

 (……)ナポリにはぼくたちがイタリアのどこでも見なかったものがある、トリノでも、ミラノでも、ヴェネツィアでも、フィレンツェでも、ローマでも見なかったもの、つまり露台[バルコニー]だ。ここでは二階以上の階の扉窓にはどれも専用の露台が附属していて、それらはまるで劇場の小さなボックス席のように街路の上に張り出し、明るい緑色のペンキで塗られた鉄格子の柵がついている。そしてこれらの露台はパリやルワンのとは非常に異なっている、つまりそれらは飾りでもなければ贅沢品でもなく、呼吸のための器官なのだ。それらは室内の生あたたかさから逃がれ、少し屋外[そと]で生きることを可能にしてくれる。いってみれば、それらは二階あるいは三階に引き上げられた街路の小断片のようなものだ。そして事実、それらはほとんど一日中そこの居住者によって占められ、彼らは街頭のナポリ人が行なうことを二階あるいは三階で行なうわけだ。ある者は食べ、ある者は眠り、ある者は街頭の情景をぼんやり眺めている。そして交流[コミュニケーション]はバルコニーから街路へと直接に行なわれ、部屋に一度入り、階段を通るという必要がない。居住者は紐でむすばれた小さな籠を街路におろす。すると街頭の人々は場合に応じて籠を空にするか、満たすかし、バルコニーの男はそれをゆっくりと引(end89)き上げる。バルコニーはただ単に宙に浮いた街路なのだ。
 (89~90; オルガ・コサキエヴィッツ宛; 1936年夏)



  • 何かをしたいという気持ちがまったくなかったので、一時から七時半まで長く寝込む。夕食時、母親と向かい合っていても、声を発する気になれなかったので、辛気臭く黙りこくってただものを口に運ぶ。生の無意味さに打ちひしがれている。

2018/10/12, Fri.

朝吹三吉・二宮フサ・海老坂武訳『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』人文書院、一九八五年

 (……)ただ、それらの部屋が生あたたかく、薄暗く、強く匂うので、そして街路が眼の前にじつに涼しく、しかも同一平面上にあるので、街路が人々を引き寄せる。で、彼らは屋外[そと]に出る、節約心から電灯をつけないですますために、涼をとるために、そしてまたぼくの考えではおそらく人間中心主義から、他の人々と一緒にひしめき合うのを感じたいために。彼らは椅子やテーブルを路地に持ち出す、でなければ彼らの部屋の戸口と路地に跨った位置に置く。半ば屋内、半ば屋外のこの中間地帯で、彼らはその生活の主要な行為を行なうのだ。そういうわけで、もう屋内[なか]も屋外[そと]もなく、街路は彼らの部屋の延長となり、彼らは彼らの肉体の匂いと彼らの家具とで街路を満たす(end83)のだ。また彼らの身に起こる私的な事柄でも満たす。したがって想像してもらいたいが、ナポリの街路では、われわれは通りすがりに、無数の人々が屋外に坐って、フランス人なら人目を避けて行なうようなすべてのことをせっせと行なっているのを見るわけだ。そして彼らの背後の暗い奥まった処に彼らの調度品全部、彼らの箪笥、彼らのテーブル、彼らのベッド、それから彼らの好む小装飾品や家族の写真などをぼんやりと見分けることができる。屋外は屋内と有機的につながっているので、それはいつもぼくに、少し血のしみ出た粘膜が体外に出て無数のこまごました懐胎作用を行なっているかのような印象をあたえる。親愛なるヤロスラウ、ぼくは自然科学課目[P・C・N]修了試験の受験勉強をしていたとき、次のことを読んだ。ひとで[﹅3]は或る場合には《その胃を裏返し[デヴァジネ]にして露出する》、つまり胃を外に出し、体外で消化をはじめる、と。これを読んでぼくはひどい嫌悪感をもよおした。ところが、いまその記憶が甦ってきて、何千という家族が彼らの胃を(そして腸さえも)裏返しにして露出するナポリの路地の内臓器官的猥雑さと大らかさを強烈にぼくに感じさせたのだった。理解してもらえるだろうか、すべては屋外にあるが、それでいてすべては屋内と隣接し、接合し、有機的につながっているのだ。屋内、つまり貝殻の内部と。言い換れば、屋外で起こることに意味をあたえるのは、背後にある薄暗い洞窟――獣が夕方になると厚い木の鎧戸の背後に眠りに戻る洞窟――なのだ。(……)
 (83~84; オルガ・コサキエヴィッツ宛; 1936年夏)



  • 特に書きたいことがない。本を読んでいても楽しくはない。欲望や知的好奇心の消失。結局そうなのだ。結局はそこから抜け出すことができない。