2018/10/20, Sat.

  • このあたりで一度、自分の現在の症状についてまとめておこう。
  • 1. 感受性の鈍麻――感情に関わるあらゆる形容詞の機能不全。プラス方面の情動は何一つ自分の内に生じてこない。悲しい、寂しい、心苦しいなどといったマイナス方面の情動も特段感じることはないが、そのなかで僅かながらも折りに覚えるようである唯一の感情は、瞬間的な苛立ちのそれである(しかしそれと言っても、病前に比べると格段に弱くなっている)。また、無力感、無意味感は自分の支配的な精神状態となっている。さらにまた、情動に限らず、広く物事の質を「感じる」という精神の機能そのものがうまく働かず、空洞化したような、内実を欠いたようなものになっている。快楽・快感といった類の感覚はまったくなくなった。
  • 2. 欲望の消失――病前の自分における最も明確な欲望というのは、読み書きに関するそれだったと思うが、読みたい気持ちも書きたい気持ちも今は覚えない。と言いながらも一応本を読みはするのだが、それは一面では読書を完全に失いたくはないという未練のためなのかもしれず、別の面では単なる惰性によるものであり、まったく面白くはない。
  • 3. 知的好奇心・物事への興味関心の衰微――欲望の消失と軌を一にしている。様々な物事に触れたり、書物や体験から知識や知見を得て、それを自分なりに発展させていきたいという探究心がなくなった。昨年末には本屋を訪れて哲学・思想の棚を見分しただけで、読みたい本がいくらでもあることに欲望や胸のときめきのようなものを感じていたことを記憶しているが、そういった感覚は消え去った。ほとんどすべての物事がおよそどうでも良いとしか感じられず、現状、ニュースを伝える新聞記事すらも読んでいない。
  • 4. 思考力・創造性の衰退――これは他人にはわかりにくい事柄だろうが、自分のなかでは明白である。自分の思考というのは、絶えず自分の頭のうちに流れている一種の独り言のような形で、自分の「目に見え」、認識されている(「聞こえている」と言ったほうが正しいのかもしれないが)。その脳内を流れる自動思考の質が劣化し、範囲を制限されたように狭い種類の事柄に陥り、創造的・生産的と言うべき思考の類(そう言った時に主に想定されているのは、昨年の末あたりに日記に綴っていたような「考察」の類のことだ)が生まれなくなったことを自分は明確に自覚している。文学的・批評的感性の衰退と言い換えても良い。
  • 5. 記憶力の低下――これも曖昧なところだが、多分間違いないと思う。日記を書くという習慣を失ってしまったからかもしれないが、その日のことを朝から順番に思い出そうとしても、記憶や印象に引っかかることがなくなっている。八月から九月までは一応以前と同様の形式の日記を再度試みたわけだが、その実践のなかでも記憶の手応えというのは稀薄なものだった。また、知識の類が思い出しにくくなっているような気がする。正確には、単語などの形で断片的に想起されはするが、いくらかの長さを持った情報としては再生されないといった形か。
  • 6. 読書の質の低下――感受性が鈍麻したので当然のことだが、読書をしていても楽しかったり面白かったり興味深かったりするわけでなく、何かが印象に残るということもほとんどない。読んでいても文章の表面をただ虚しく引っ搔いているだけ、というような感覚であり、その内実を汲み取ることはできず、例えば小説の文体の質なども感知できなくなったと思う。また、言語的論理の形式に馴染めなくなったというか、多くの情報量を含んだ長い理屈が頭に浸透しなくなったということもあるように思う。書くにせよ、喋るにせよ、考えるにせよ、言語の操作が以前よりも不如意になった。
  • 7. 食欲の消失――何かを食べたいという欲求が端的になくなった。腹が空になってきているという物理的な感覚はわかるが、そこに「空腹感」「食への欲求」を覚えることはまったくない。殊更にものを食べたくないわけではないが、積極的に食べたいわけでもない。したがって、一応普通に食事を取ることはできているが、そこに満足感の類は一切ない。また、美味を感じることもほとんどない。ものを食べていて不味いわけではなく、味がしないわけでもないが、特段に美味いとも感じない。
  • 8. 不眠――「眠気」というものが自分の生活からは端的に消失した。欠伸は出る。しかしそれは健康的な睡眠欲を意味するものではなく、形骸化した単なる身体的反応の名残のようなものに過ぎない。夜になり、夜半が近づいても眠くなることはなく、床に就いてからはほぼ間違いなく一時間は意識を失わず、一応の眠りに入るまでに二時間掛かることもざらである。ちなみに朝は朝で切れ切れに目覚めており、眠いわけではないが身体を起こすことができず、いつまでもぐずぐずと床に留まってしまう。
  • 9. 性欲の消失――おそらくは病気のためでもあり、いくらかは薬剤の作用によるものでもあるのではないかと思うが、性的欲求は相当に希薄化している。かくして、人間の三大欲求と言われるところの食欲・睡眠欲・性欲のどれも自分においては無縁のものとなった。
  • 10. 瞑想の不全――少々特殊な事柄だが、瞑想という実践が自分においてはその内実を失った。病前の自分は瞑想によって、いわゆる「変性意識」の状態に容易に入ることができた。一種の主客合一に近づいた状態と言って良いのかもしれないが、自分の身体の存在が融解するかのようで、繭に包まれたような心地良さに浸される状態のことである。しかし病後、瞑想を試みてみても、心身がそうした状態に深化することはとんとなくなった。これはおそらく、病気によって何らかの脳内物質が分泌されなくなったか、あるいは分泌はされていても受容体のほうに何らかの問題が生まれており、その伝達機能がうまく働かなくなったためではないかと推測される。
  • 11. 不安の消失――病後の自分の変化のなかで、唯一肯定的と言えそうなのがこれである。パニック障害=不安障害患者であった病前の自分にとって、不安とは常に潜在している主要な精神要素だったが、今次の変調が進むにつれて、正確には四月の途中あたりから、パニック障害の症状は鳴りを潜め、不安というものをまったく感じなくなった。例えば以前はカフェインを摂取すれば覿面に不安や緊張などの精神の変化に襲われたはずだが、不思議なことに、今はそうした現象も起こらない。それは喜ぶべきことのはずだが、これらの項目群のなかに並べてみると、これすらも否定的な変容のように思えてくる。すなわち、激しい自生思考に襲われた一月初頭の日記にも記したことだが、不安というものは自分の人間性を成り立たせている最終的な原理であり、むしろそれがあるからこそ自分はものを感じることができていたのではないかという仮説が信憑性を帯びてくるようにも思えるのだ。少なくとも、大方の精神機能が鈍麻した現状よりも、パニック障害でありながらもまざまざと物事を感じ取ることができていた過去の状態のほうが今の自分には輝いて見える。
  • これらを踏まえて自分の症状の主要な特徴を分析しておくと、まずその第一は感受性と呼ばれている種類の精神機能の鈍麻である。物事の質を感じ分ける能力がほとんど機能不全に至っているわけだが、それは読書などの精神的な事柄から食事などの身体的な欲求まで、生の全域に及ぶ。「物事の質」というものを、「特殊性」とか「差異=ニュアンス」といった概念で置き換えることもできよう。端的に言って自分の症状の中核的な要素は、差異=ニュアンスを感知する能力の不能であり、それは身近で具体的な事柄のみならず、その時々の瞬間、時空そのものの特殊性といった抽象的な方面にまで当て嵌まる。通常の人間にとっては、朝は朝としての質を持ち、夜は夜としての質を備えており、その時々に応じた心身の状態なり気分なりが生じるはずだが、自分においては、食欲や睡眠欲の減退といった要素も相まって、それぞれの時間そのもののあいだに違いが感じられない。流れる時間そのものに手応えがないのだ。以前にも書いたことだが、食事の無味を表す比喩として「砂を噛むような」というものがある。これが食事のみならず、精神作用の全域にまで及び、その空虚な味気なさが精神の支配的な様態となって常に持続しているというのが今の自分の状態だと考えてもらうとわかりやすいかもしれない。
  • あらゆる物事は自分にとっては、AでもBでもなく、悪いわけではないが良くもない、といった――ロラン・バルトとは違ってとてもこの概念を肯定的なものとして扱えないが――一種の「中性」の状態として現れる(「ものを食べたくないわけではないが、食べたいわけでもない」「不味いわけではないが、特に美味いわけでもない」)。自分においては二項対立が機能不全に陥っており、差異=ニュアンスの系列において物事がどちらにも突出することのない幅の狭さ[﹅4]、起伏のなさ[﹅5]がこちらの支配的な症状である。諸々の様態から、自分の病状は一応「うつ病」と診断されるに相応しい要素を備えていると思うが(実際、インターネット上で自己診断を試みてみても、「中程度のうつ病」といった判断が下される)、本質的にはそれは、「差異不全症」あるいは「無差異病」とでも呼ぶべき、心身の状態の絶対的な平板さ[﹅7]として現出している。
  • 二項対立においてどちらの状態でもないという消極的な中途半端さとして選ばれた「中性」の状態は、しかし現実にはまったく純粋無垢な「中性」として評価されるものではない。「どちらでもない」「何も感じられない」という第三項の半端さそのものは、総体として否定的な意味合いを帯びるからだ。つまりそれは、「生は無意味だ」といった空虚感を生み出すのである。病前の自分の実感から導き出された仮説によれば、差異=ニュアンスとはそれ自体で「生命的」なものだった。それは人間の生を活性化させ、そこに生き生きとした[﹅7]起伏を与えるはずのものだった。そうした差異=ニュアンスを感じる能力を失ったいま、否定的な無意味感に付きまとわれているというのは、皮肉にも上の仮説が逆方向からの形で、自分の身において[﹅8]証明されたと言うべきかもしれない。
  • すべてが無意味だと感じるのは生の差異のなさそのものによるものでもあり、同時に、差異=ニュアンスの感得が不可能になったことによって、自分の主要な情熱だった読み書きの実践までもが無価値なものになったことにもよっている。自分において書くこととは単に何かの種類の文章を拵えることではなく、主に、日々に書くこと/日々を書くこと、自分の毎日の生そのものを書き綴ること、書くことと生きることを一致させることという意味合いを持っていた。そこにおいては物事を感じることはほとんどそのままそれを書くことと等しく結びついていたわけで、感受性が失われたことによって書くことが不可能になった――無理矢理試みたとしても、そこから充実感や達成感のようなものを得ることができなくなった――というのも理の当然である。自分は生を書くことによって、生に意味を付与し、生そのものの意味を生産していたに違いない。そこにおいては、自分が死に至るまでのすべての日々を隈なく文章化することという浪漫的な誇大妄想じみた目標が抱かれており、それこそが自分が生きる主要な目的のはずだったが、その実践が決定的に不可能になったいま、一体自分は生きていて何の意味があるのかという反語的な自問が脳裏を席巻するのも不思議なことではない。
  • ではどうするか。生きる意味がなくなったので、空虚感に従って大人しく死を選ぶか。自分にとっては正直なところそれも魅力的であり、そのほうが手っ取り早く、また潔くもあると思うが、しかし端的に自分は死を恐れており、積極的にそれを欲望するわけではない。自分には自殺を敢行するほどの気概はないのだ。そうすると、無意味になった生をしかしともかくも、差し当たりはその無意味さのままに生きねばならないということになる。これはこれで難事だが、その道行きにおいてふたたび生の意味が生まれ出ることがあるのか――つまりは、かつてのように読み書きへの欲望とその実践による充実感が回復するか、あるいはそれに替わる何かが見出されることがあるのか。率直に言って、あまり期待はできないと思う。
  • まずもって生の意味とは、主には持続的で長期的な欲望とその実現によって産出されるものだと思う。欲望や感受性、物事への関心が戻ってこないと、生の意味も何も、まるで話にならないのだ。それではそうした欲望や感受性の回帰、言い換えれば「無差異病」の治癒があり得るかと言うと、少なくとも実感としてその気配はまったく見えない。上に書いたようなことはすべて目新しい事柄ではなく、病状が統合失調症的なものからうつ的な症状に推移した三月四月当時から続いていることだ。つまり、自分の症状はこの半年間、本質的な点では何らの変容も被っていないということになる。本も読めなかった状態から一応はふたたび読書ができるようになり、外出も可能にはなったものの、それは単なる表面上の小さな変化に過ぎず、底の部分では、自分の病状は何一つ改善してなどいないのだ。
  • そして、改善のための方策も定かではない。三月以来の半年余りのあいだ、薬剤の類は色々なものを飲んできたが、それらがほとんど何の効果もなかったことはいまや明白である。「うつ病」と見える自分の病状は、明らかに心理的な要因によるものではなく、よく言われるように「ストレス」によるものですらなく――なぜなら、年初の変調時においてそれほど明確なストレスを感じていたとは自分は自覚していないし、義務的な労働からも離れ、ストレスなどというものの見当たらない現在の環境においても、病状の改善が見られないからだ――おそらくは「脳」によるものである。それは多くの精神疾患に言われるように「心」の問題などではなく、自分の見るところ明白に脳内に器質的に何らかの障害が起こったことによるものに違いない。そして、脳機能の改善のために施せる策――脳内物質の分泌の操作――としては、現代の精神医療におけるその選択肢はまず第一に薬剤で、それで大方は尽きている。薬が効かない以上、ほかに主要で有効な手立てはまず存在しない。日光を浴びること、運動をすること、食事療法などがあるにはあるが、それらはどちらかと言えば傍系的なものであり、端的にそんなことで差異=ニュアンスがふたたび感じられるようになるのだとしたら、苦労はないだろう。
  • つまりはこちらの見込みとしては、自分はおそらくこのまま、無意味そのものと化した生をそのままに生きていかねばならないだろうということだ。損なわれた[﹅5]生を、阻害/疎外された生を、言わば「偽物」の生を、それでも生きなければならない。そこにおいて現実的に期待できるのは、不感症の快癒による本当の自分、本来のアイデンティティへの回帰などではなく、まあせいぜい生の無意味性に幾分か慣れるといった程度のことでしかないだろう。人間は慣れる生き物であり、忘れる生き物であるから、今は物事を十全に感じられていた当時の記憶が残っており、それと現状を比較しては過去の「栄光時代」に焦がれているが、そうした記憶も次第に薄れて行き、無意味さがどうあがいても変わりようのない常態となって、それに殊更に打ちひしがれずに済むようになるのではないか。かくて、フローベールの言ったように、「人生というものは、いつもそこから降りてしまっているという条件のもとで、かつがつ耐えることができるんです」ということになるわけだ。

2018/10/13, Sat.

朝吹三吉・二宮フサ・海老坂武訳『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』人文書院、一九八五年

 (……)ナポリにはぼくたちがイタリアのどこでも見なかったものがある、トリノでも、ミラノでも、ヴェネツィアでも、フィレンツェでも、ローマでも見なかったもの、つまり露台[バルコニー]だ。ここでは二階以上の階の扉窓にはどれも専用の露台が附属していて、それらはまるで劇場の小さなボックス席のように街路の上に張り出し、明るい緑色のペンキで塗られた鉄格子の柵がついている。そしてこれらの露台はパリやルワンのとは非常に異なっている、つまりそれらは飾りでもなければ贅沢品でもなく、呼吸のための器官なのだ。それらは室内の生あたたかさから逃がれ、少し屋外[そと]で生きることを可能にしてくれる。いってみれば、それらは二階あるいは三階に引き上げられた街路の小断片のようなものだ。そして事実、それらはほとんど一日中そこの居住者によって占められ、彼らは街頭のナポリ人が行なうことを二階あるいは三階で行なうわけだ。ある者は食べ、ある者は眠り、ある者は街頭の情景をぼんやり眺めている。そして交流[コミュニケーション]はバルコニーから街路へと直接に行なわれ、部屋に一度入り、階段を通るという必要がない。居住者は紐でむすばれた小さな籠を街路におろす。すると街頭の人々は場合に応じて籠を空にするか、満たすかし、バルコニーの男はそれをゆっくりと引(end89)き上げる。バルコニーはただ単に宙に浮いた街路なのだ。
 (89~90; オルガ・コサキエヴィッツ宛; 1936年夏)



  • 何かをしたいという気持ちがまったくなかったので、一時から七時半まで長く寝込む。夕食時、母親と向かい合っていても、声を発する気になれなかったので、辛気臭く黙りこくってただものを口に運ぶ。生の無意味さに打ちひしがれている。

2018/10/12, Fri.

朝吹三吉・二宮フサ・海老坂武訳『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』人文書院、一九八五年

 (……)ただ、それらの部屋が生あたたかく、薄暗く、強く匂うので、そして街路が眼の前にじつに涼しく、しかも同一平面上にあるので、街路が人々を引き寄せる。で、彼らは屋外[そと]に出る、節約心から電灯をつけないですますために、涼をとるために、そしてまたぼくの考えではおそらく人間中心主義から、他の人々と一緒にひしめき合うのを感じたいために。彼らは椅子やテーブルを路地に持ち出す、でなければ彼らの部屋の戸口と路地に跨った位置に置く。半ば屋内、半ば屋外のこの中間地帯で、彼らはその生活の主要な行為を行なうのだ。そういうわけで、もう屋内[なか]も屋外[そと]もなく、街路は彼らの部屋の延長となり、彼らは彼らの肉体の匂いと彼らの家具とで街路を満たす(end83)のだ。また彼らの身に起こる私的な事柄でも満たす。したがって想像してもらいたいが、ナポリの街路では、われわれは通りすがりに、無数の人々が屋外に坐って、フランス人なら人目を避けて行なうようなすべてのことをせっせと行なっているのを見るわけだ。そして彼らの背後の暗い奥まった処に彼らの調度品全部、彼らの箪笥、彼らのテーブル、彼らのベッド、それから彼らの好む小装飾品や家族の写真などをぼんやりと見分けることができる。屋外は屋内と有機的につながっているので、それはいつもぼくに、少し血のしみ出た粘膜が体外に出て無数のこまごました懐胎作用を行なっているかのような印象をあたえる。親愛なるヤロスラウ、ぼくは自然科学課目[P・C・N]修了試験の受験勉強をしていたとき、次のことを読んだ。ひとで[﹅3]は或る場合には《その胃を裏返し[デヴァジネ]にして露出する》、つまり胃を外に出し、体外で消化をはじめる、と。これを読んでぼくはひどい嫌悪感をもよおした。ところが、いまその記憶が甦ってきて、何千という家族が彼らの胃を(そして腸さえも)裏返しにして露出するナポリの路地の内臓器官的猥雑さと大らかさを強烈にぼくに感じさせたのだった。理解してもらえるだろうか、すべては屋外にあるが、それでいてすべては屋内と隣接し、接合し、有機的につながっているのだ。屋内、つまり貝殻の内部と。言い換れば、屋外で起こることに意味をあたえるのは、背後にある薄暗い洞窟――獣が夕方になると厚い木の鎧戸の背後に眠りに戻る洞窟――なのだ。(……)
 (83~84; オルガ・コサキエヴィッツ宛; 1936年夏)



  • 特に書きたいことがない。本を読んでいても楽しくはない。欲望や知的好奇心の消失。結局そうなのだ。結局はそこから抜け出すことができない。

2018/10/11, Thu.

朝吹三吉・二宮フサ・海老坂武訳『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』人文書院、一九八五年

 (……)あなたへの信頼の証拠として、今まで強がりからあなたに言い得なかった次のことを告白します。それは、ぼくの可愛いお嬢ちゃん、ぼくはあなたの心の中で第一の人間ではなく唯一の[﹅3]人間でありたい、ということです。ぼくはこの自分の気持をずっと前から知っていましたが、あなたに言うつもりはありませんでした。ぼくがこのことを言うのは、あなたにこの点でほんの少しでも変わってもらいたいためではなく、あなたへの信頼のしるしとしてぼくがあなたになし得る最も辛い告白をあなたに捧げるためです。(……)
 (16; シモーヌ・ジョリヴェ宛; 1926年)

     *

 (……)今夜ぼくは、あなたがいままでぼくから経験したことのない仕方であなたを愛しています。つまり、ぼくは旅行によって弱ってもいないし、あなたを身近に感じたいという欲望によって気が転倒してもいません。ぼくはあなたへの愛を統御し、それをあたかもぼく自身の構成要素のように自分の内部にとり込むのです。このことはぼくがあなたに口で言うよりもはるかに頻繁に起こることですが、あなたに手紙を書くときには稀にしか起こりません。ぼくの言う意味が判りますか、つまりぼくは外部の事象に注意を払いつつあなたを愛しているのです。トゥールーズでは、ぼくはただ単にあなたを愛するのです。しかし今夜は、ぼくは春の夜の中で[﹅6]あなたを愛しているのです。ぼくは窓をひらいて、あなたを愛しているのです。あなたはぼくに現前し、事物もぼくに現前しています。ぼくの愛はぼくをとり巻く事物を変容させ、ぼくをとり巻く事物はぼくの愛を変容させるのです。
 (22; シモーヌ・ジョリヴェ宛; 1926年)

     *

 ぼくの愛する人。あなたには判らないだろう、ぼくがどれほどあなたのことを想っているか、一日中絶え間なくあなたで満ちみちたこの世界のただ中で。時によってはあなたが傍にいないのが淋しくてぼくは少し悲しい(ほんの少し、ごくごく少し)、ほかの時はぼくはカストールがこの世に存在すると考えて、この上なく幸福なのだ、彼女が焼き栗を買ってぶらつき廻っていると考えて。あなたがぼくの念頭から去ることは決してなく、ぼくは頭の中で絶えずあなたと会話をしている。(……)
 (55; ボーヴォワール宛; ホテル・プランタニア、シャルル・ラフィット街、ル・アーヴル; 1931年10月9日金曜日)



  • 倦怠そのもの。絶対的な鈍さ。書きたいことが何もない。読み書きは自分の業としての価値を失った。生の目的の失効。純然たる無意味性。

2018/10/10, Wed.

工藤庸子編訳『ボヴァリー夫人の手紙』筑摩書房、一九八六年

 (……)というわけで、ひとつの場面[﹅6]を書くのに、なんと七月末から十一月末までかけることになります! それもやって面白いならいいんですが! しかしこの小説は、どんなにうまく書けたところで、決してぼくの気に入ら(end291)ないでしょう。全体像がはっきりと見えてきた今となっても、嫌悪をおぼえるのみ。(……)
 (291~292; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五三年十月二十五日〕火曜夕 午前零時)

     *

 (……)ぼくが親近感を抱くのは、非行動的な人間、禁欲的な者、夢想家です。――洋服を着る、脱ぐ、食べる、なんてことにもうんざりです。大麻をやるのが怖くさえなければ、パンのかわりにこれをつめこんで、かりにあと三十年生きなければならないとしたら、その間ずっと、仰向けになって、だらりとしたまま薪みたいにころがって過しますよ。
 (298; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五三年十二月十四日〕水曜夜 二時)

     *

 (……)一冊の書物にあっては、すべてが似ていながらじつはひとつひとつ違っている森の木の葉のように、文章という文章が、立ちさわいでいなければなりません。
 (314; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五四年四月七日〕金曜夕 午前零時)



  • 気分優れず。ずっと眠り続けていたいような倦怠感、疲労感。それに従って、三時半頃から床に寝そべり、部屋も真っ暗に浸された七時まで眠った。
  • Miles Davis, Vol.1』。最終曲、"It Never Entered My Mind"が佳演のよう。
  • フローベール/山田𣝣訳『ボヴァリー夫人』。「肱をつく」の主題。●19: シャルル、学生時代、ルーアンにて。「晴れわたった夏の夕べ、生暖かい街路には人通りもなく、女中たちが家の戸口で羽根つきをして遊ぶころおい、彼はよく窓をあけて肱をついた」。●23: 「男は(……)布切れに包んだ手紙を取り出して、うやうやしくシャルルに手渡した。シャルルは枕に肱をついて読んだ」。●54: 「往診に出かけるのを見送りにエンマは窓べに寄る。そして部屋着をふわりとまとったまま、窓敷居の、ジェラニウムの鉢を二つ置いたあいだに肱をついた」。●85: ヴォビエサール荘で。「エンマはショールを肩にかけ、窓を開いて肱をついた」。●103: 「エンマは榛[はしばみ]の実をかじったり、食卓に肱をついて、手もちぶさたなままに、ナイフの先で蠟びきのテーブル掛けの上に筋をつけたりした」。●153: 「トランプの勝負がつくと、こんどは薬剤師と医者がドミノをやる番だった。エンマは席を替え、テーブルに肱をついて、『イリュストラシオン』を拾い読みした」。●197: 「[エンマには]しばしば脳貧血が起こった。ある日などは血を吐いた。(……)シャルルは診察室へ逃げ込むと、事務椅子に腰をおろし、机に両肱をついて、骨相学用の髑髏の下で泣いた」。●199: 「エンマは二階の居間の窓べに肱を突き(彼女の好みの席だった。田舎では窓が劇場や散歩道の代用になる)、田舎者のごった返しをおもしろそうにながめていた」。
  • 床に就いてからとんと眠気が差してこず、寝付くまでに虫の声の響くなかで一時間以上起きていた。一時は眠りに苦労がなくなったようだったのだが、最近また寝付きにくくなっているような気がする。

2018/10/9, Tue.

工藤庸子編訳『ボヴァリー夫人の手紙』筑摩書房、一九八六年

 [農業共進会の場面について、]ところでこの壮大なピラミッドが内包するものは、平凡陳腐、何ともささやかなロマンスでしかない。その意味では、これはアンチ・ヒーローたちの演じるアンチ・クライマックスだとも言えて、形式の緊張が内容の空無そのものを提示するところに、もっともフロベール的な<芸術>がある。
 (287註)

     *

 この本は、ちょうど今さしかかっているところなど、ぼくを拷問の苦しみに合わせている(もっと強い言葉があればそれを使うんだが)、おかげでときには肉体的[﹅3]に病気になってしまう。(end288)ここ三週間ほど、ぼくはしょっちゅう、胸をしめつけられて気が遠くなるような感じにおそわれます。そうでなければ、胸を圧迫される感じ、あるいは食卓で吐き気をおぼえることもある。何もかもうんざりだ。今日だって、もし自尊心が邪魔をしなければ、大喜びで首を吊りたいくらいでした。確実に言えるのは、ときどきすべてをおっぽり出したくなるってこと、とりわけ『ボヴァリー』をね。こんな主題をとりあげようなんて、どうしてこんな呪わしい考えにとりつかれたんだろう! ああ、これでぼくは、身をもって<芸術>の苦患[﹅2]を知ったことになるでしょう!
 (288~289; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五三年十月十七日〕月曜夜 一時)

     *

 (……)最近発表された草稿研究によれば、第二部八章、わずか二十五ページ(クラシック・ガルニエ版)のために、くり返しくり返し書きなおされた草稿は、保存されているものだけで、表と裏ほぼ全面を埋めつくした原稿用紙二百枚近くにのぼる。(……)
 (290註)



  • 「間道をしばらく通り、表へと出て街道を進むそのあいだにも、歩道の上に細く薄青く伸びた自分の影の、懐かしいような穏和な明るさに包まれて、歩くほどに長く引かれていくような斜陽の四時である。表道から一つ折れて正面のアパートの、低く並んだ垣根の葉に西陽が宿って金色の雫の溜まったようでもあり、また飴細工にでも変じたようでもあるその輝きを見ていると、二つ目の角を曲がって路地へと入るその僅かなうちに、角度の具合で琥珀色のさらに強まって、短い合間で急速に磨きこまれたかのように葉が金属的な硬質さを帯びていた」(2017/10/9, Mon.)――表から裏路地へと入っていくあいだのごく短い時間における印象の推移を敏感に捉えて良く記していると思う。
  • 黒田卓也『Rising Son』の最終曲、Jose James作曲の、実にメロウで爽やいだ秋の晴れ空といった感の"Promise In Love"をひたすらにリピート再生させながらものを読む。
  • 昼下がり、瞑想をする。電気信号の縦横無尽な伝達を視覚化したかのように瞑目の視界のなかが波立つとともに、この日は微かな心地良さを感じるような気もされた。外では鳥が一匹、おはじきかビー玉でも打ち合わせるかのような短い鳴き声を立たせ、へこませた腹からは風船を擦り合わせるような内臓音が間を置いて小さく湧く。二〇分ほどの瞑想を終えると仰向けになり、両脚を重ね、両手を頭の後ろに持って行ってしばらく寝そべった。外では隣家の(……)さんがうろついて草取りをしていたようだが、そこに旧知らしい老婆仲間が幾人か通りかかって、偉いじゃんか、などと話していた。(……)さんのほうは、九七歳だと応じている。こちらは臥位のそのまま眠ってしまいたいような気がしたが、やがて立ち上がって洗濯物を取り込みに行った。

2018/10/8, Mon.

工藤庸子編訳『ボヴァリー夫人の手紙』筑摩書房、一九八六年

 生れつき苦しまずにすむ人間がいるものです、無神経な人たちというのがそれだ。連中は仕合せですよ! でも彼らはおかげでどれほど多くのものを失っていることか! 奇妙なことに、生物の階級を上へ昇れば昇るほど、神経的な能力、すなわち苦しむ能力も増大するようです。苦しむことと考えることは、つまるところ同じものなのでしょうか。天才とは、要するに、苦痛を研ぎ澄ませること、つまり、対象そのものをいっそう完全かつ強烈に自分の魂に滲み透らせることにほかならないのかもしれません。おそらくモリエールの悲しみは、<人類>のあらゆる愚かしさ、彼が自分自身のなかにとりこんでしまったと感じていた人類の愚かしさから来ているのです。
 ようやく共進会のなかほどまで来ました(今月できたのは十五ページほど、それも仕上がっているわけではありません)。さて出来は良いのか悪いのか? ぼくにはまったくわかりません。それにしても会話の難しさ、とりわけ会話に性格[﹅2]をもたせたいとなると! 会話によって色づけすること、しかもそのために会話の生気が失われたり不正確になったりせず、平凡でありながら常に格調高く保つこと、これはもう曲芸みたいなもんだ、ぼくの知るかぎり小説のなかでこんなことをやってのけた人はありません。会話は喜劇の文体で、語りの部分は叙事詩の文体で書かなければならないのです。
 今夜は、すでに四回も書きなおしているあのいまいましい飾りランプの話を、新しいプランにしたがって、またやりはじめました。まったく壁に頭をぶつけて死んじまいたいくらいだ! 要するにこういう話です(一ページでこれを書く)、ひとりの男が村役場の正面の壁につぎつぎといくつもの飾りランプをつけるのを群衆が見て、しだいに昂奮が高まってゆく、それを色づけして見せるんです。そこに群がる人々が驚きと歓びでわめき立てるのが、見えなくちゃいけない。それも滑稽な誇張ぬき[﹅7]、作者の考察もぬきでやる。貴女はぼくの手紙にはときにびっくりするほど感心すると言ってくれる。とても良く書けていると思うわけですね。あんなのは小手先の仕事です! なぜって手紙には、ぼくの思ったことを書けばいい。でも、他人のために、彼らが考えるであろうように考える、そして彼らに喋らせるとなると、全然違うんですよ!(……)
 (284~285; ルイーズ・コレ宛〔クロワッセ、一八五三年九月三十日〕金曜夜 午前零時)



  • tofubeats feat. 藤井隆 "ディスコの神様"をyoutubeで何度も繰り返し再生しながら、軽運動をする。音楽が流れるなか、ベッドの上で両足の裏を合わせ、その上から手で掴みながら前屈の姿勢で静止する。また、例のヨガで言うところの「コブラのポーズ」――うつ伏せの状態から両手を前方に突いて身体を持ち上げ、背中をぐっと反らせる――も行って身体をほぐす。
  • 午後五時、台所に入って、うどんを茹でるためにフライパンに湯を沸かす。水が沸騰に至るのを待つあいだにベランダに出ると、夕刻の外気は湿っぽい。思えばこの日は寝起きからどこか肌寒いようで、日中過ごすあいだもジャージを上下ともしっかり着込んでいたのだった。"ディスコの神様"のメロディを口のなかでリズミカルに鳴らしながら柵に寄ると、隣家の庭に鳥が二匹現れて、木の一本に留まった。鵯だった。鳥たちはそれから梢のあいだをくぐってばさばさと音を鳴らし、同時にぴよぴよと鳴き声も立てながら追いかけっこを始めた。一度は庭から飛び出して、我が家の畑の斜面に生えた梅の木に止まったが、またすぐに隣家の敷地へ戻って行くその姿を追いつつ、雄と雌との番いなのだろうかと思った。その後二匹は柚子の木の足もとに降り立った。こちらの位置からは姿が窺えず下草を分けてがさがさというその音のみを聞くあいだに上空を見上げると、この日は雲がひと繋がりに空を覆って全面白いそのなかに、東のほうでちょっと畝も生まれているのを目にすれば、空に境を画すもののなくてどこまでもなだらかにひらいているものだから、三方の端まで渡る空間の広さが前日よりも実感されるようだった。鳥たちはそのうちにまた飛び立って、家並みのあいだを通り抜けて林のほうへと去って行った。それを見届けたこちらは室内に戻り、北海道産小麦を使用したうどんを茹で、洗い桶に水を溜め、氷も使って冷たく締めると、笊に上げたそのあとから大根を千六本におろした。
  • 夜半前、音楽。Charles Lloyd, "Darkness On The Delta Suite", "Dervish On The Glory B", "The Caravan Moves On"(『Hyperion With Higgins』)に、同じくCharles Lloyd, "Georgia"(『The Water Is Wide』)。『Hyperion With Higgins』の終盤三曲は、どれもギターのJohn Abercrombieが流麗に、わりと活躍している印象。"Dervish On The Glory B"は、実のところあまり似てはいないのだが、『Rabo de Nube』の"Booker's Garden"を思い起こさせるようで(どことなくファンキーなようなビート感のためだろう)、Brad Mehldauのピアノソロを中心にもう一度聞きたいようだ。その後、"The Caravan Moves On"を聞くと、冒頭、雰囲気をたっぷりと湛えたLloydのサックスと言い、行進めいた低音のタムのリズムと言い、遠くにゆらゆらと揺らめきつつ、切り絵のように黒一色の影と化しながら砂丘の上を行く隊列の様子が、まさしく眼裏に表象されるようだった(つまらない、退屈なイメージ化に過ぎないが)。
  • 就床前、瞑想を行う。この日はアオマツムシの音は聞こえず、しゃんしゃんしゃんしゃんしゃんと、原始的な楽器を振り鳴らすかのような虫の音が遠くに響くのみだった。鼻からゆっくりと呼吸をし、空気を吐き出しきって腹をへこませたままに静止するということを繰り返していると、じきに視界が蠢きだして、靄の収束が始まったが、だからと言って精神状態に大きな変化がもたらされるでなく、かつてのように繭に包まれたような心地良さというか、カプセルのなかで液体に浸っているような安楽さというのは訪れなかった。一五分ほど、座っていた。それから明かりを落とし、窓を開けたまま眠りに向かったが、久しぶりに寝付くのには少々苦戦して、結構な時間が掛かったようだ。