2018/7/9, Mon.

●音楽。流してもやはり気分が平板なのは変わらず、以前そこに感じていた豊かさをまた感じるべくもないが、ないよりはまだあるほうがましなような気がする。John Coltraneなど流して耳を向ける。My Favorite ThingsにI Want To Talk About You。
●要するに自分は、どういう仕組なのかわからないが、病気によってこの世界を愛する能力を奪われた。何も感じられないというのはそういうことだ。自分はまだ若い。この先の生で膨大な量の物事を感受し、それらを書き記すはずだった。その機会がすべて失われてしまったことを考える時、死にたくなる。
●読み書きの能力を奪われたいま(そしてそれは戻ってこないという確信がある)、自分がこの生でやるべきことはもう終わってしまった。あとの生はどうあがいても余計な付け足しでしかない。臆病風に吹かれることなく、ひょいっと軽く死ねる人間だったら良かったと思う。

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2018/7/3, Tue.

●一応生きています。しかし、四月頃から本質的な変化はないです。感情や感覚の働きが何一つ感じられず、何にも意欲が湧かず、何もできない。抗鬱剤を飲んでいるが、効果はまったくないです。読み書きはもう二度とできないでしょう。読み書きだけをなすべきことと思い定めてきた自分なのですが。
●通院以外の外出はしていません。通院すら、親に連れられてやっと行っています。こんな状態で生きている意味はありません。希死念慮は常にあります。しかし、勇気がないため、自殺を実行できない。人が一人死ぬのも楽ではありません。勇気さえあれば、近所の橋からとうに飛び降りています。
●救いはありません。
●食事について、「砂を噛むような」という比喩がありますが、精神作用の全域においてその比喩が現実化したのが、いまの自分の状態です。三大欲求すらまったく感じられません。この世界の豊かさは自分のうちから消え去りました。そして、二度と戻ってこないだろうという実感があります。

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2018/5/19, Sat.

●一月頃の日記を数日分読み返しているが、もはや自分がこんな風に文を書くことができていたのが信じられない。自分の頭は、三月くらいに掛けて、何か本質的に変質してしまった。もう二度と以前のような文章は書けないだろうという実感がある。
●そして、あのような形の日記を書き綴ること、生きることと書くことをできる限り一致させることだけが自分の生き甲斐だったはずで、それができなくなった今、生存や世界がまるで無意味に感じられて仕方がない。端的に、うつ状態に陥っており、無気力で、希死念慮が甚だしい。
●正直なところ、こうなった今、自分はもうさっさと死にたくて、自殺の方法について検索したり、近所の橋から飛び降りることを何度も考えてもみるのだが、臆病のために、あるいは気力のなさのために実行できずにいる。生きる意欲がないが、積極的に死を敢行するほどの気力もないといった状態である。
●何か別の生き甲斐がこの先見つかるという希望もない。なぜなら、書くことが失われたと前後して、世界に対する感受性がまったく働かなくなってしまったからだ。自分においてはまさしく、書くことと感じることとが、日記という形式を媒体にして、深く結びついていたのだと思う。
●自分の実感としては明らかに、「正常な」人間としての感受性や頭の働きを失ってしまい、この先それが取り戻されるとも思えず、生きていく自信がもはやないのだが、外見にはまったくそうは見えず、言われなければ普通に思われるらしい。いかにも中途半端に狂ってしまったようだ。
●とにかく早く死んで生まれ変わりたい。もう自分にはそれしかない。生まれ変わってもう一度文を、日記を書けるようになりたい。

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病歴

●2009年10月
・最初の発作。パニック障害発症。2010年5月から一年間、大学を休学。
●2017年秋頃
・ほとんど寛解。おそらく二か月ほど、薬を飲まないでいた。
●2017年末から2018年始
・症状悪化。頭のなかに言語がぐるぐると渦巻いて止まない、という症状を体験し、不安に苛まれる。ピークだったのは一月四日から五日あたり。五日になって医者に行き、ロラゼパムスルピリドを処方してもらう。
●2018年1月から2月頃
・様々な形の自生的な思考を体験。そうとは思えない事柄に対し、自動的に、「キモい」とか「うるさい」とかいう言葉が湧き上がって来たり、これ以前の自分だったら思わなかっただろう意地の悪いような考え方が浮かんできたりする。また、自分が一度判断、評価を下した自明な事柄に対して、「本当にそうか?」という疑問が投げかけられることもあった。例えば、ものを食べて「美味い」と思ったのに対して、そうした疑問が差し挟まれるのだ。
・また、道行く人を見かけた際に、勝手に殺人のイメージや考えが浮かんでくるということもあった。早朝に目覚めて、そうした考えが自動的に頭のなかに展開しているということもあった。それで、自分は無意識のうちに人を殺したがっているのではないか、などと恐れる。
・またこの時期には、自分が統合失調症になりかけている、あるいはなっているのではないかという恐れが強かった。
・1月27日と2月27日に医者を訪れ、スルピリドおよびロラゼパムを処方してもらっている。一日二回の飲み方。
●3月10日
・上に記したような自生的な思考が収まらないので、アリピプラゾール3mgを処方してもらう。飲みはじめたのは12日から。一日一回、朝食後に一錠。
●3月中盤
・この頃から、意欲の減退、欲望の希薄化が見られる。何かをやりたいという欲求がなくなってしまい、自由な時間に何をすれば良いのか戸惑うような感じ。時間が過ぎて行かず、持て余してしまうのに苦しむ。感情も平板化し、楽しい、嬉しい、面白いなどプラスの情を感じなくなる(マイナスの感情もほとんどなかったが)。
●3月19日
・眠れないということで、ブロチゾラム0.25mgを処方。
●3月26日
・改善が見られないので、アリピプラゾールの量を増やすことに。朝食後に一錠だったのを二錠にする。
●3月30日
・発作。風呂に入っていた時、頭のなかの自生音楽が気になりだし、気が狂うのではないかという恐怖を覚える。中途で風呂から上がって、炬燵で休む。言語的なコミュニケーションができなくなることを恐れ、母親に、両親への感謝を告げたり、自分がどうにかなったら友人へも感謝を伝えておいてほしいと頼む。やや錯乱的な状態。
●3月31日
・前日の錯乱を受けて医者へ。アリピプラゾールは効き目がなさそうだということで外し、就床前にオランザピン5mgを飲むことに。
●4月7日
・医者へ。オランザピン2.5mgを追加。
●4月14日
・医者へ。処方は変わらず。
・現在の自分の症状をまとめておくと、一つには自生思考がある。頭のなかで音楽が流れ、繰り返しループしたり、脈絡のない独り言が発生したりといったものである。
・もう一つには、離人症的な現実感喪失、感情の平板化が見られる。何をやっていても、どこにいても、心が動くということがなくなってしまったのだ。本を読んでいても、文の意味をしっかり取れている感じがせず、面白く感じられない。漫画を読んだり、音楽を流したりしても同様。世界に対する興味関心や、何かをやりたいという欲求が消失してしまい、すべてが時間潰しのようになっているのだが、先にあった時間が過ぎて行かないという感覚は薄れ、むしろ、少々乖離的に、いつの間にかいまここのこの時間まで来ている、という感覚を覚えることが多くなった。とにかく現実感がない。そして、自分の状態が改善されないまま、時間だけが過ぎて行ってしまうことに対する焦りや、いたたまれないような気持ちがある。
・三つ目は、パニック障害の症状が回帰してきたことで、嘔吐恐怖があったり、一人で外出することに対する不安があったりする。その不安によるものか、心身症めいたものも出てきていて、心臓が痛んだり、胃腸のあたりが痛んだりする。胃のほうは、ストレスから実際に炎症を起こしたりしているのかもしれない。食欲も湧いてこないのだが、身体と生命を維持するために食べている感じである。
・また、薬のせいも多少あるのかもしれないが、うまく言葉が出てこなかったり、物事の説明や要約が難しくなっていると思う。それと関連するのだろうか、記憶も曖昧で、手応えの薄いようなものになっている。
● 4月27日
・オランザピンを5mgのみに減薬。
・連休中は兄夫婦がやってきて、祭りに少し出かけたりしたが、やはり際立って何を感じることもなかった。
●5月7日現在
・先月から本質的な変化はなし。何かをやりたいという意欲がまったくなくなってしまった。何事にも興味関心が湧かず、ただソファに寝転がったり、テレビをぼんやり眺めたりして時間を潰している。本はまったく読まなくなってしまった。生がまるで無意味に感じられてならない。
・両親の庇護下で何とか生きられている。この先、自分一人で生きていく自信がなくなってしまった。何にも意欲が湧かない状態で、どんな仕事が自分にできるとも思えない。
●5月11日
・通院。処方は変わらず。様子見とのこと。無感情・抑うつは薬の効果によるもの(だけ)でなく、原症状の表れもあるのだろうと。
●5月15日現在
希死念慮強し。何をやる意欲も湧かず、多くの時間を横になって過ごしている。散歩程度の外出もせず、引きこもりのようになっている。

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2018/4/14, Sat.

●八時過ぎに起床。曇天。朝食、おじやの僅かな残り、小松菜、キャベツのサラダ、豆腐に大根おろし。食後、デザートとしてエクレアの半分(もう半分は母親が食べた)にバナナ、ヨーグルトも食べる。胃の具合は、やはり張っている感じがするが、痛みはほとんど生じていない。今日はこれから母親とともに医者に行く。
●昨夜は、夕食の席で母親に対して、何も感じられないということについての不満をぶちまけるようにしてしまった。きっかけは忘れたが、食事を取っても美味く感じられないというところから派生したものだったと思う。母親が何だかんだと励ましの言葉を掛けてくれるのは良いのだが、正直なところ、こちらはそのような気持ちになれない、その言葉を素直に受け止めることができない精神状態にある。もうずっとこのままではないかと、何をしても自分のこの無感情が治ることはないのではないかと、そういう風に思われてならないのだ。
●二〇一七年一二月の日記を冒頭から二日分、ちょっと見返してみたが、今から振り返るとやはり自分の頭が段々と自生的な思考に侵されて行っているのがわかる。一二月頭の時点ではまだしもそれが安定していたのだが、年末年始で完全に箍が外れてしまったのだろう。
●母親と医者に行く。一〇時前に出発。家から西にある十字路に行くのではなく、家の目の前の林のなかを上って駅まで行った。電車内では、(……)の母親に遭遇する。この人は、結婚相談所をやっていて、今日もその関係で三田まで行くと言っていた(三田というと、千葉県ではないのか? 慶応大学に三田キャンパスというのがあったような気がする)。随分と久しぶりに会ったこちらに驚いて、格好良くなっていると言ってくれ、モデルか何か、人前に出る仕事でもやりなよと繰り返し勧めてくれた(こちらとしては勿論、人前に出るなど大の苦手だから、今の状態から回復できたとしてもそんな気にはならないだろう)。旅行にでも出るようなキャリーケースを引いていたので、(……)駅に着くと、乗り換えるまでのほんの少しのあいだだが、それをこちらが運んであげた。
●(……)駅で降りて、便所に寄ってから医者へ。待ち時間は大体三〇分ほどだったと思う。もう一週間、薬の種類と量は変えずに様子を見るということになった。こちらとしてはパニック障害の症状がふたたび出てきていて、立川まで一人で行けるか不安があったり、嘔吐恐怖があったりするので、ロラザパムとスルピリドの服用を増やすか、別の安定剤があればそれを追加したいという風に漠然と考えていたが、医師の考えではその必要はないとのことだった。また、何をしていても感情の働きを感じられないという無感情・無感動に対しては、特に何らかの対策が講じられたわけではない。(……)先生が言うには、今はともかく休む時だということで、もう少し経って落ち着いてくれば気分を上向きに持ち上げにかかる、ただそれと言っても、薬によって持ち上げるというよりは、自然に持ち上がるのを期待するという口ぶりだった。思うに、(……)先生は多分、統合失調症の治療方針に添っていて、例えば、先般こちらが発作的に、もう自分は駄目だ、気が狂うという恐怖を覚えて錯乱のようになったことなどを(また偏在している自生思考を)、一種の陽性症状と見て、それで今は症状を抑えるべき時だと判断しているのではないか。無感情についても、統合失調症陰性症状に感情の平板化があるらしいので、それと見ているのかもしれない。こちらとしては、自分は統合失調症モデルには当て嵌まらないのではないかと思う。感情の平板化についても、薬でどうすることもできず、自然と解消されるものでもなく、この先ずっとこのままになってしまうのではないかという気がしてならない。
●年末年始頃のこちらは、感じたことを言語化して書くというよりは、ほとんど書いたことを感じるというような逆転のなかにあったのではないだろうか。何らかの体験をしたその場で脳内で独り言のようにして書きつけるその言葉が、そのまま自分が感じたことになる。書くことと感じることとがそのように密着しながら、前者の書くことのほうが優勢だったところ、その書く能力、言語化の能力が暴走しはじめて、自生的なものとなり、コントロールを失った。その結果として、自分がどう感じているかもわからなくなったというのが、現在の無感情の状態なのではないだろうか。
●医者のあとは、クレープ屋がすぐ近くにあるということで、そこに寄った。「(……)」という店である。医者からは、線路を北側に渡ってすぐの角のところに位置している。店内にはほかに客は一人もなかった。チョコバナナカスタードと、いちごチョコカスタードを注文。
●(……)駅で(……)乗り換えまでに時間があったので、歩いて帰ることに。母親は先にすたすたと行ってしまい、歩みの遅いこちらはだいぶ離れたところを、クレープの袋を右手に提げながら、とぼとぼと行く。歩いているあいだは気分がいくらか抑うつっぽくなって、また無感情なままで過ごさなければならないのかと、そのことを考えると、苛立ちというか、投げやりな思いになるようだった。
●帰宅後は、母親がうどんを煮込んでくれた。こちらはそれに加えて、米に納豆を食べ、ほかサラダの残りや先ほど買ったクレープ、バナナにヨーグルトも食べる。
●現在、二時一一分である。先ほど、名古屋に出張していた父親が帰ってきた。
●これは薬のせいもあるのかもしれないが、物事の理解や記憶もしにくくなっているような感じがする。以前は、一日のことを朝から晩まで順番に思い出すことができ、それを日記として記していたのだが、今はもうそのように秩序だった想起ができなくなっている。
●食事も、味がわからないのではないが、あまり美味いと感じなくなってきている。そもそも、一応食べられてはいるものの、食欲が湧かないのだ。食事から時間が経つと、段々と腹が空になってきているというのはわかるのだが、そこに空腹感、ものを食べたいという欲求がついてこない。
●ついでに言うと性欲も全然湧かず、眠気というものも明確になく、睡眠薬を使って何とか寝付いているような状態であり、人間の本能的な三大欲求がどれも希薄化している感じで、こうなるとまったくもって何のために生きているのかわからない。
●夕刊の一面に、米国がシリアを攻撃したとの報が大きく出ている。これが大変な事態だということは理解でき、以前だったらとても無関心ではいられず、いくらかの情報を日記に書抜きしていたはずなのだが、今は記事を読んでみても、その内容が全然頭に入ってこないような状態である。自生思考よりも、無感情、世界に対する興味関心を失ってしまったという状態のほうが辛い。
●『石原吉郎詩集』を読んでいる。読書も、以前の自分の習慣から続く惰性のようにして読んでおり、面白さや興味深さを感じないのだが、「オズワルドの葬儀」という詩のなかに、「遠雷と蜜蜂のおとずれへ向けて」という一節があるのが気になった。恩田陸の著作、『蜜蜂と遠雷』との類似のためである。恩田陸の本の元ネタなのか、それとも何か共通の由来があるのか?
●夕食。天麩羅(筍と鶏肉)に米と納豆、エリンギなどの入った汁物、菜っ葉の和え物にサラダ。やはり食欲や空腹感はなかったのだが、一応、食べることはでき、味も、わりあいに美味いと感じることができたと思う。しかし、嘔吐恐怖がまったくなかったわけではない。食後すぐのあいだは腹が張って、痛みも少々あった。それが、風呂に入ったあたりでは張りが収まっていた。入浴中には、自分の年末年始以来の変調について(その能力が残っているうちに)病歴をまとめておいたほうが良いだろうと思いついた。どこか今とは別の病院に行くにせよ、今までの症状の推移の説明が面倒だし、物事をうまく要約して説明する能力も失われつつあるような気がするのだが、時系列順でわかりやすくまとめておけば、新しい病院に行った時も、それを印刷して渡せば事が済む。また、日記に関しても、自分の体調や症状のついて気づいたことを記すという役割を持たせて、毎日の変化を記録するものにするのが良いかもしれない。

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2018/4/8, Sun.

●読み書きを失った時点で、自分は象徴的に死んだようなものなのだと思う。以前の自分の脱け殻のようにして生きている自分がいる。自殺を考えないと言ったら嘘になる(と言うか、自生的にそうした思考も湧いてくることがままある)。しかし、気分がさほど落ちこむという感じもない。とにかく平板なのだ。
●文を考えることも難しくなってしまった。今日は高校の同級生らと会ったのだが、その何時間かの経験、そこにあったはずの幾許かの豊かさを書こうとしても、記憶もうまく秩序だって出てこず、考えをまとめてうまく文章化することができない。あるいはそうした意欲が湧いてこない。
●とにかく欲望が欲しい。読み書きでなくても良い、何に対するものでも良いのだ。最近の自分は、食欲や性欲といった身体的・本能的な欲求すら薄れてきているように思われる。腹が空になってくるのはわかるが、しかしそれで何かを食べたいという食欲や空腹感を覚えることがない。
●「何かが印象に残る」ということが絶えてなくなってしまった。
●以前のように書くことはもはや不可能だと思う。それでもせめて、五年後でも十年後でも良いので、読むことが、そちらのほうだけは復活してくれないだろうか。
●こうなってみると書くことが自分のうちに占めていた大きさというものがよくわかる。おそらく自分の体験はほとんどすべて、書くことを経由して価値/意味の秩序を構成していたのだろう。根幹にある書くことが失われたいま、そこには空虚だけが残り、その周囲を経巡る体験群もばらばらになってしまった。
●これらのツイートの文章も、きちんと意味の論理を作れているのか、それすら定かでなく感じられる。書けている感じがしないのだ。
●今日は「N」という地元の喫茶店に行ったのだが、そこでBGMに、John Coltrane『Blue Train』が掛かっていた。タイトル曲のサックスソロの入りに聞き覚えがあって(テーマは聞き逃していた)気になったのだが、次に"Moment's Notice"が流れてそれとわかった。
●不思議なもので、頭が今のようなごちゃごちゃの状態にあっても、このトランペットソロを聞きながら、これはどうもLee Morganらしいなという判断は付いた。

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2018/4/5, Thu.

●八時頃起床。
●朝食、米に納豆、人参の炒め物、野菜スープとサラダ。野菜スープが美味くておかわりをする。
●食後、脚をほぐそうと屈伸をしたところ、それだけで動悸が激しくなり、不安を覚える。白湯を飲み、スワイショウを行って気持ちを落ち着かせた。
●下階へ。三宅さんの日記を読む。三月二八日分。実に長い。途中まで読み、ベランダの拭き掃除をしていた母親と合流し、こちらもベランダの床や雨戸を拭く。それで一一時半。
●散歩に出る。風の強い日。
●昼食は焼きそば。食後、まったくやる気が出ずにソファで休んでしまう。
●その後、上階のベランダも拭き掃除をする。それで三時半。
●三宅さんのブログを読もうとしたが、どうも読めず。じきに母親が部屋にやって来て、床や窓を拭いてくれた。その傍らでこちらは、高橋たちが来る日の電車の時間を調べ、メールを作成するのだが、文章を考えるのにもやはり苦労する。惑うようなところがあって、うまくさっと適した文言が出てこなかった。自分の頭はやはりもう相当におかしくなっている。会話だとまだましなのだろうが。

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