2019/12/8, Sun.

 ラーゲルの住民は、刑事犯、政治犯ユダヤ人と三種類に分けられるのを、私たちはすぐに学んだ。三者とも縞の服を着、みな囚人[ヘフトリング]なのだが、刑事犯は上着の番号の脇に緑色の三角形を縫いつけている。政治犯は赤い三角形。大部分を占めているユダヤ人は、赤と黄色のダビデの星をつけている。SSはいることはいるのだが、数は少なく、しかも収容所の外にいるので、めったに姿を見せない。だから私たちの実際の主人は、好き勝手なことをしかけてくる緑色の三角形と、残りの二種類の囚人の中で、この緑の三角形を進んで助けるものたちである。しかもその数は少なくはないのだ。
 またそれぞれの性格から、早い遅いの違いはあるのだが、私たちは別のことも学ぶことになった。「そうであります[ヤヴォール]」と答えること、質問をしないこと、いつも分かったふりをしていることなどだ。それから私たちは食物の価値も理解した。スープが配給されると、今では私たちも飯盒の底をたんねんにかき取る。パンを食べる時は、パンくずを散らさないよう、飯盒を顎の下にあてがう。桶の表面と底のスープには違いがあることが分かっており、桶の大きさによって、列に並ぶ時、どの位置を狙えば一番よいのか、計算できるようになっている。
 どんなものも役立つことが分かった。たとえば、針金は靴を縛るのに、ぼろきれは足当てを作るのに、紙は上着の中に詰めこんで寒さを防ぐのに役立つ(ただしこれは違法だ)。またどんなものでも盗みの対象になること、それも少しでも注意をそらしたらすぐに盗まれてしまうことを学んだ。そこで盗みを防ぐために、飯盒から靴にいたるまで持ちものをみな上着に包み、枕にして眠る術を学ばねばならなかった。
 それに恐ろしくこみいった収容所の規則も、かなりの部分がもう分かっている。禁制は数えきれないほどある。鉄条網の二メートル以内に近づくこと、上着を着たまま眠ること、パンツを脱いで眠ること、帽子をかぶったまま眠ること、「カポー専用[ヌア・フュア・カポース]」「ドイツ帝国民専用[ヌア・フュア・ライヒドイチェ]」といった特殊な洗面所や便所を使用すること、決められた日にシャワーを浴びないこと、決められた日以外にシャワーを浴びること、上着のボタンをはずしたり、襟を立てたままバラックの外に出ること、防寒のため上着の中に紙やわらを詰めこむこと、洗面の際、上半身裸以外の洗い方をすること、などである。
 なすべき儀式は無数にあって、常軌を逸している。毎朝、ベッドを、しわ一つなく、完全に平らに作らねばならない。またはきごこちの悪い泥だらけの木底の靴に、適当な潤滑油を薄く塗りつけたり、服から泥のしみを落とさねばならない(ペンキや油や錆のしみは許されている)。夕方には、足が洗ってあるか、虱がいるか、検査を受けねばならない。土曜日には髪とひげを剃ってもらい、服の破れをつくろったり、直してもらったりしなければならない。日曜日は疥癬の総合検査と、上着のボタン数(五つ)の検査を受けねばならない。
 それに普通だったらつまらないことですむのに、ここでは問題になってしまうことが無数にある。爪がのびたら切らねばならないが、歯で嚙み切るしかない(足の爪は靴の摩擦で十分だ)。ボタンがなくなったら、針金でつけ直さねばならない。便所や洗面所に行く場合は、時、所を問わず、持ち物をみな持ってゆく必要があるし、顔を洗っている時は、膝の間に衣服の包みをはさんでおかねばならない。そうでもしないと、包みは一瞬のうちに盗まれてしまうのだ。もし靴が片方具合が悪かったら、夕方、靴の交換の儀式に出なければならない。そこでは個々人の能力が試される。恐ろしい人ごみの中で、自分にあう靴を、一足ではなく、片方、一目で選び出す必要があるからだ。一度選んでしまうと、二度目の交換は許されない。
 ラーゲルの生活で、靴が重要性を持たないなどと考えてはいけない。死は靴からやって来る。囚人の大多数は、靴から拷問の責め苦を味わう。数時間も行進すれば、痛くなって皮がむけ、必ず化膿してくるからだ。こうなったものは球の上に乗っているような歩き方を余儀なくされる(毎晩、行進して帰ってくる幽霊部隊の奇妙な歩き方は、ここに原因があるのだ)。そして常にしんがりになり、いつも殴られることになる。追いかけられても逃げられない。足はさらにふくれあがり、ふくれあがればあがるほど、木と布の部分の摩擦が耐え難くなる。こうなると病院に行くしかない。だが、「腫れ足[ディッケ・フューセ]」の診断で病院に入るのは非常に危険だ。この病気は治らないことが、みなに、そして特にSSには、よく分かっているからだ。
 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』朝日新聞出版、二〇一七年、35~38; 「地獄の底で」)


 正午を過ぎるまで眠り耽る。晴れ。上階へ。食事はカレー。大根カレーだと母親は笑う。大鍋を温めて米の上に掛け、卓に就いて食っていると父親帰宅。テレビは『のど自慢』。父親はまた一時から自治会か何かの用事があるらしかった。こちらは食後、風呂を洗い、緑茶を用意して自室へ。しばらくだらだらと過ごす。じきにDeep Purple『Burn』流す。"Mistreated"まで至ったところで二時頃。同曲に誘われてギターを弾きたくなり、隣室へ。テレキャスターを持って、F#マイナーのキーで適当にフレーズを散らかす。そうしているうちに父親帰宅。洗濯物を入れに行く。しかし既に取りこんである。母親が出かける前に入れていったらしい。その母親はどこに行ったのかと父親が訊くので、奥多摩に行くとかどうとか言っていたと返答。料理教室の知人だか誰だかが、奥多摩かどこかで何かの展覧会をやっていてそれを見に行くとか言っていたが、よく聞いていなかったので詳細は覚えていない。
 自室。二時四七分から書見。下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』を最後まで読み終える。読了後、頁を戻って読書ノートに文言を引用。五時前に至ったところでゴミ箱持って上階へ。母親帰宅済み。燃えるゴミを台所のゴミ箱に合流。それから居間のカーテン閉める。母親外へ。追って玄関くぐると、作業着姿の父親も外にいる。何かやるのかと母親に訊く。カレーがあるのだから何もやらなくていいだろうと言ったが、ちょっとしたものをやるようだと。刺身蒟蒻を買ってきたらしい。玄関に入り、それを冷やしておいてと袋から取り出されたものを冷蔵庫へ。そうして一旦下階へ戻り、The Dave Pike Quartet『Pike's Peak』とともにまた読書ノートにメモを取りはじめたのだが、すぐに天井が鳴る。その音の無遠慮さに苛立つ。食事の支度をすること自体は別に良いのだが、配慮に掛ける呼び出し方の方に気分を害する。『Pike's Peak』の一曲目、"Why Not?"("Impressions"と同曲)が終わるのを待って上へ。大根の葉とハムを炒めてくれと言う。手を洗って既に茹でられてあった大根の葉を絞って切断。それから冷蔵庫からハムを取り出す。I.Y子さんから送られてきたものらしい。切っていると母親が、開封済みのものがあっただろうと気色ばむ。それは送られてきたばかりのものだと。その程度のことで何故そこまで気色ばむことができるのか。新しいハムを使ったからと言って、誰も死にはしない。それで開封済みのものに取り替えて切断し、フライパンで炒める。炒め終わるとあとは知らんと言って即座に下階に帰る。そうしてふたたび読書ノートに転写。一時間掛けてようやく最後まで終える。
 六時半からさらに、ロラン・バルト/松島征・大野多加志訳『声のきめ インタビュー集 1962-1980』を読み出す。高橋行徳『開いた形式としてのカフカ文学』が読みさしで中断されており、本来ならそちらに戻るべきなのだが、ロラン・バルトに気持ちが向いたのだ。七時過ぎまで読んで食事へ。カレー、炒め物、刺身蒟蒻とサラダ。テレビはニュース。一二月八日の今日は真珠湾攻撃から七八年と。ハワイにも日系人の収容所があったことはあまり知られていないとNHK伝える。父親、何とか漏らしながら見ている。その横で母親は、大根の唐揚げがどうとか言いながら携帯で調べている。テレビに映し出される「シリアスな」話題と、それにまったく無関心で日常性のなかに埋没しきっている母親という存在が同じ時空に共存していることのちぐはぐさに印象を受ける。「政治」や「歴史」といった真面目な[﹅4]主題――最大限に平たく言って「難しい話」――に関心を持たない女性の像――それらの話題は男性のみにひらかれている、というステレオタイプがここに再現されているのだが、こちらがより好ましいと思ったのは母親の完全な無関心の方であり、より軽蔑的な感情をもたらすのは父親の関心=感心めいた素振りの方である。まったき興味のなさを示す母親よりも、父親の振舞いの方がかえって、何と言うか、罪深い[﹅3]もののように思われるのだが、それが何故なのか、この食事のあいだ及び入浴中に考えを巡らせてみてもいまいちよくわからない。なまじ関心があるような風を装う欺瞞ぶりが軽蔑に値するのか? むしろ、「装う」というようなメタ的な意識すら不在で、自分は真っ当にも「政治」や「歴史」に人並みの関心を持っていると信じているであろう父親の不見識、近視眼ぶりが鼻につくのか? あるいは、「戦争(の歴史)」という大きな問題[﹅5]に関心を持たねばならないという、戦後の世代に注入[﹅2]されてきたであろう教育的物語への無自覚な取りこまれ方が問題なのか、それともむしろ、その物語の内面化の不十分さ、つまりはそうした物語を実際に引き受け、生きていないその中途半端さが冷笑的な情を引き起こすのか? そうしたことに関連して、ニュースというテレビ映像の直線的な――と言うよりむしろ、直方体的な[﹅5]――、受容者に知的関心の希薄化及び忘却を招くのではないかと思われる構造・作用についてもいくらか考えたが、詳しくは綴らない。
 入浴後、自室。だらだら。九時一三分から書見。ロラン・バルト/松島征・大野多加志訳『声のきめ インタビュー集 1962-1980』。二時間。そうして一一時半から下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』の書抜き三〇分。零時を越えると今日の日記を書き出すが、面倒臭くて自ずと簡略的な書き方になる。六日と七日の日記も残っている。とりわけ前日の七日はほとんど何も書いていないのだが、面倒臭くて仕方がない。やる気のなさが甚だしい。
 その後ふたたびロラン・バルト/松島征・大野多加志訳『声のきめ インタビュー集 1962-1980』を書見。読書ノートに文言写しつつ。三時まで二時間。この日は計算してみると、総計で八時間三〇分も文章を読んでいるわけで、作文は四五分しか出来なかったしその書きぶりも褒められたものではないが、読書は結構頑張ったようだ。『声のきめ』も、早くも九〇頁以上読むことができた。


・作文
 24:03 - 24:35 = 32分(8日)
 24:35 - 24:48 = 13分(6日)
 計: 45分

・読書
 14:47 - 16:51 = 2時間4分
 16:59 - 17:04 = 5分
 17:18 - 18:24 = 1時間6分
 18:30 - 19:11 = 41分
 21:13 - 23:12 = 1時間59分
 23:32 - 24:02 = 30分
 24:58 - 27:03 = 2時間5分
 計: 8時間30分

・睡眠
 0:40 - 12:10 = 11時間30分

・音楽

2019/12/7, Sat.

 それに加えて、私たち新参者は、風変わりで皮肉たっぷりなやり方で、こうした秩序に組み入れられることになった。入れ墨の手術がすむと、私たちはだれもいないバラックに入れられた。寝台は整えてあったが、さわったり、上に腰かけるのは厳しく禁じられた。だから私たちは、旅行中の激しい渇きになおも責めさいなまれながら、動きまわれるわずかの空間をあてもなく歩き回って、午前中を過ごした。すると扉が開いて、縞模様の服を着た、背の低い、やせた、礼儀正しそうな、金髪の少年が入ってきた。この少年はフランス語をしゃべった。私たちは大勢で彼を取り囲み、今まで投げ合ってもむだだった質問をすべてあびせかけた。
 だが彼は進んで話そうとしない。ここには進んで話すものはいないのだ。私たちは新参者で、何も持っていないし、何も知らない。それなら何をめあてにして、私たちを相手に時をむだにするのか? 彼はいやいやながら説明する。みなは働きに出ていて、夕方にならないと帰らない。彼は今朝診療所から出て来て、今日は仕事が休みなのだ。私は彼に、せめて歯ブラシだけでも返してくれないものだろうか、と尋ねた(何日かあとでは、自分でも想像を絶すると思えるような無邪気さだった)。彼は笑わなかったが、ひどく軽蔑した顔つきで、吐き出すように言った。「家にいるんじゃないぞ[ブー・ネト・パ・ア・ラ・メゾン]」 これは何度も繰り返して聞くことになったきまり文句だった。家にいるんじゃないぞ、ここは療養所じゃないぞ、ここでは煙突からしか出られないんだ(どういう意味だろう? その意味はあとになって十分に学ぶことになった)。
 実際、その通りだ。渇きにせめられて、私は窓の外の、手の届く、大きなつららにねらいをつけ、窓を開けて、つららを折りとった。ところが外を巡回中の太った大男がすぐにやって来て、荒々しくつららを奪いとった。「なぜだ?[ヴァルム]」 私は下手くそなドイツ語で尋ねた。「ここにはなぜなんて言葉はないんだ[ヒア・イスト・カイン・ヴァルム]」 男はこう答え、私を突きとばして中に押しこんだ。
 いまいましいが、簡潔な説明だ。ここではすべてが禁じられている。なにか秘密の理由があるわけではなく、収容所がそうした目的で作られているからだ。もし生きのびたいのなら、これをすぐに、十分に理解する必要がある。
 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』朝日新聞出版、二〇一七年、29~30; 「地獄の底で」)


 六時にアラームを仕掛けてあったのだが、それを聞いた覚えがない。目覚まし時計の方は、六時に至らないうちにスイッチを切った記憶がある。それで六時頃一旦起きて、コンピューターを点けた覚えもあるのだが、その記憶のなかからアラームの音は何故か完全に消去されている。ともかくいつの間にかふたたび寝床に戻っており、六時四〇分になったところで意識がはっきりして寝坊をすることは避けられた。ダウンジャケットを羽織って上階に行くと、母親の姿はないものの、既に彼女は起きているようで明かりは点いており、台所では卵が茹でられていて、調理台の上には食事の支度もされてあった。椀には即席の汁物の粉が入っており、そのほかスチームケースで熱したハム入りの温野菜や鮭や薩摩芋があった。ひとまず洗面所に入って寝癖を整え、それから便所に行って用を足したあと、釜に僅かに余っていた米をよそり、温野菜は皿に取り分け、鮭は飽きたので食わないことにして、薩摩芋はその場でつまみ食いして卓へ、父親も起きてきて便所に籠った。母親もまもなく上がってきて、温野菜は全部食べていいと言うので持ってきてもらい、新聞もまだ取っていないのでテレビのニュースに目をやりながらものを食う。平らげると皿を洗うのだが、そのあいだに母親はダウンジャケットを着込んで外に出て、ストーブの石油を補充し、重い重い、運んでと言いながらそれを勝手口の内側に置いた。それなので皿を洗ったあとはタンクを運び、そうして下階に下りてくると早速歯磨きをした。口内を掃除するあいだは下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』を僅か読み進め、口を濯いでくると一九六一年六月二五日のBill Evans Trioを"Alice In Wonderland (take 1)"から、まだ朝が早いので小さめの音量で流しだして仕事着に着替えた。紺色の装いである。寒いのでジャケットももう身につけてしまい、それからこの日の日記をここまで書くと七時三四分。五〇分には出ようと思っている。
 二〇一四年三月一五日の記事を五分で読み返し、そうして出発へ。久しぶりの朝からの労働である。昇りはじめた朝陽を正面に、温かで明るい光を浴びながら出勤できると思っていたところが、生憎天気は退屈な曇りである。この朝から二日以上が既に経ち、メモも一文字も取っておかなかったので、道中のことは覚えていない。土曜日の朝なので裏路地には人通りが少なく、車も多分一台も通らずやたら静かだったような印象が残っている。そのなかに鳥の鳴き声が差し入ってきたのではないか。駅前に出ると職場がまだひらいていないのが視認された。前を通り過ぎてひとまず公衆便所に寄り、清掃員である高年の女性が洗面台で大きな音を立てながらバケツに水を汲んでいるその後ろで用を足した。出る際に女性に礼を言おうと思ったのだが、その時には喫煙場所の端の方に行っていたので、良いかと払ってハンカチで手を拭きながら職場の前に行くと、なかの明かりが点いている。(……)先生がちょうど着いたところらしい。コート姿の彼女がシャッターの向こうに見えて、ぱたぱたとちょっと急いで室の隅のスイッチに寄り、シャッターを開けてくれたので、有難うございますと言った。
 今日は二コマをこなしたあと、一コマの空きと昼休憩の時間を挟んで、午後三時からまた一コマというやや変則的な時間割である。それだけ長く教室にいなければならないわけだが、まあ仕方ない。元々危うく四コマ連続になるところを、何とか回避して三コマにしてもらったので文句は言えない。準備中、(……)先生が、タブレットにログインするためのIDを忘れてしまったと相談しに来た。つい前日までは問題なくログインできていたのを、ど忘れというやつだろう、思い出せなくなってしまったらしいので、そんなことありますと笑いながらもコンピューターに寄り、メールボックスを「ユーザーID」のワードで検索して、見事彼女のそれが記されたメールを発見し、事なきを得た。
 一コマ目は(……)くん(中三・社会)、(……)くん(高三・英語)、(……)くん(中三・国語)。(……)くんが現れなかったので電話を掛けたのだが、繋がらなかった。のちほど母親から電話があって、前日に行けないということを伝えておいた、みたいなことを言われたのだが、当日の変更は原則として不可なので、ひとまず欠席扱いにしてしまったところ、あとから、こちらの方で伝達ミスがあったのだとすると振替えを認めた方が良いかと思い直され、もう一度話を聞こうと思ったのだが、相手の携帯の連絡先がわからない。ファイルに入った生徒の連絡先一覧に記されているのは家の電話番号のみだったのだ。それで先ほど電話を掛けてきた母親の携帯に連絡ができなくて困っていたのだが、コンピューターを操作して送信メールを覗いていると、前日にも(……)家とのあいだでは何かやりとりがあったらしく、(……)先生が室長に、電子システムの方に記録されている携帯の番号に掛けても大丈夫ですかと訊いているのが見つかったので、なるほどそちらにあったのかとタブレットを操作して携帯番号に辿り着いた。それで発信し、こちらの身分を名乗り、先ほどは有難うございましたと言ったあとに、先ほどですね、昨日のうちに今日来れないことを言ってあった、と仰っていたじゃないですかと話を向けてみると、今日行けないと言ったのは、書類を提出しに行けないという意味で、今日息子の授業が入っているとはこちらも把握していなかったとのことだった。いや、もしね、こちらの方で伝達ミスがあったのだとしたら、振替えした方が良いかなと思ったんですが、と受けると、相手は、有難うございますとちょっと戸惑ったような声色を漏らしたあと、伝達ミスではないですと否定したので、それではすみませんが、やはり欠席ということで、とまとまった。ただし、連絡先を家の電話の方ではなく、今掛けている携帯の番号の方で登録しておいてほしいと言うので、その点伝えておきますのでと応じて通話を終えた。それにしても、この母親は、何となく教育ママ的な雰囲気がちょっと匂うと言うか、口調も結構早口で、こちらの発言が終わるのを待たずに被せて喋ってくるような感じがあって、せっかちそうなリズム感を持っている人である――余裕がなさそうと言うか。息子の(……)くんは大人しく、口数も少ない子なのだが、このような結構口うるさそうな母親と合うのだろうか。
 授業の詳細に関しては特段、印象深いことは覚えていない。二コマ目は(……)くん(高三・国語)と(……)さん(中三・社会)。(……)さんは初回なので第一課の確認テストを扱ったのだが、社会は苦手だと自分でも言っていた通り、各地域で作られている農産物を問う問題とか、各国の特徴を問う問題とか全然わからない様子だったので、解説を加えながら一緒に進めた。そのおかげでノートは充実させることができたと思う。彼女に関して気になるのは、授業の計画表がなかったことで、今日はひとまず一番最初の課を扱ったのだが、あとで(……)先生が室長に話しているのを仄聞したところでは、計画表がないのは理科も同様らしく、それは回数が少ないので計画も何もなかったのだ、だから本人のやりたいところをやってもらえば良い、という風に室長は答えていたと思う。確認してはいないが、多分社会も同じ扱いだということだろう。
 昼休憩前の三コマ目はこちらは休み、授業をするのは(……)先生のみである。こちらは入口に一番近い方の席の前で立ったまま、センター試験の国語の過去問を読んでいたのだが、一二時半頃になると(……)先生が寄ってきて、大丈夫ですかと訊いてきた。何が、と返すと、ずっとここにいるんですか、午後に授業ありますかと訊くので、あります、と肯定すると、それまで電話番をしながら待たなければならないからだろう、大変ですねと言われたので笑い、でもそろそろ室長が来るはずなので、そうしたら飯買いに行こうと思っていますと答えると、彼女は安心したようで戻っていった。このように声を掛けて気遣いを示してきてくれるあたり、なかなか良い人である。
 途中から室長のデスクに移って座りながら相変わらずセンター過去問を読んでいたのだが、右手で頬杖を突いて顔を伏せていたところ、近くにやって来た(……)くんが、びっくりした、と言った。室長ではない人間がデスクに就いていたので、一瞬誰だかわからなかったらしい。様になってるじゃないですか、と言うので笑った。室長が来るのは思いの外に遅く、と言って元々出勤日でないので仕方のないことだが、一時を過ぎても現れなかったので、さすがにそろそろ飯が食いたいなということでロッカーから財布を取り、授業中の(……)先生に近寄って、食事を買いに行きたいので電話があったらお願いしますと頼み、今室長がいないので、あとでこちらから折り返しますという形にすれば大体大丈夫だと思うので、と伝えておいて職場を出た。コンビニへ。入るとトイレを借りて腹のなかを軽くしたあと、ものを食うと口内が汚れるからとガムを一品――「AQUO」――保持し、それからパンの区画から「もちクロドーナツ」という品を取り、そのほかおにぎりを三種類手に持って会計に行った。五四九円である。店員に礼を言って店をあとにし、職場に戻って(……)先生に、大丈夫でした、と訊くと、あき何とか教室から電話があった、と言うので、昭島かなと推し量り、もう少しで室長が来ますと伝えたとのことだったので、有難うございますと受けた。それでふたたび室長のデスクに就いていると、まもなく彼がやって来た。スーツではなく、一応私服ということになるのだろうか、セーターを纏った姿だった。室長の年齢は訊いたことがなく、スーツ姿だと外見からもあまり判断がつかないのだが、そうした格好を見ると、やはり四〇は行っているのだろうかと思われた。スーツ姿でないのは、正式な出勤日ではないので、ということだろうか。自分、いないことになってるんで、ということを彼はよく言うのだが、それはいわゆるサービス労働、無給で働かなければならないということなのだろうか。だとすれば我が社の労務環境はあまり良いものではない。室長は、こちらに対する労いらしく、コンビニのカフェラテを一本くれたので、笑って礼を言い、電話が結構ありましたよと各件について伝えた。それから、それじゃあ僕は食事を頂きますと奥のスペースに下がり、一人ものを食ったあたりで昼休憩の時間に入ったので、ロッカーからリュックサックを取り出して、一席に就いてコンピューターを置き、六日の日記を書きはじめた。仕切りを挟んだ向こうでは(……)くんが勉強していて、こちらの打鍵の音を聞きつけて立ち上がって仕切りの上から顔を出し、びっくりした、と言った。その後、彼の方からは音楽を聞いているらしき響きが微かに漏れ聞こえてきたので、やはり打鍵の音で少々集中を乱してしまったらしい。こちらとしても、自室と違って公共の場で作文をしていると、何だか窮屈な感じがすると言うか、滑らかに進まないような気もしたので、途中で作業を打ち切り、授業の区画に戻ってまたセンター試験の過去問を読んだ。
 午後の一コマ目は、(……)さん(中三・国語)だけが相手である。彼女は私立単願を予定しているので、ほかの生徒たちとは違って計画表は古文の課から始まっていた。『枕草子』の一節が問題に使われていたので、これはどちらかと言うと歴史になっちゃうけど、と言いながら文学史などの知識も確認したりしながら進め、余った時間はテキストの一番最初に戻って評論文を少々扱った。彼女の姉は昔の生徒である。それで途中、お姉さん、今何歳、と訊いてみると、明後日だかで二〇歳になると言うので、ということは五年前か……と顔を覆いながら嘆息するように呟き、歳を取るものですよ、と笑った。専門学校に行っていて、保育士になりたいらしいので、ちょっと似合うねと笑いで応じた。
 そうしてようやく、長かったこの日の労働が終わった頃には四時半を過ぎていた。退勤。図書館に行くつもりだったので駅に入り、停まっていた電車に乗りこむ。目を閉じて到着を待ち、河辺で降りると駅舎を抜け、歩廊を渡って図書館に。入るとCDと夏目漱石草枕』をカウンターに差し出し、本の方はですね、もう一度お借りしたいのですがと要望を伝える。次に予約している人がいないのでOK、受け取って礼を言い、CDの区画に行った。ジャズの棚を見ると、Bill EvansがEddie GomezとJack DeJohnetteとのトリオで録音した未発表音源、『Some Other Time』(こちらはスタジオ録音)と、『Another Time: The Hilversum Concert』があったので、当然借りることに。そのほか、邦楽やロックの棚もちょっと見て回ったが、結局またジャズに戻ってきて、今日はBill Evans関連で固めるかということで、最後の一枚はThe Dave Pike Quartet『Pike's Peak』に決めた。このアルバムはBill Evansが参加しているもので、昔に一度借りたことがあるのだが、その後コンピューターから消えてしまったのだった。それで三枚と一冊を持って上階に行き、新着図書を確認したあと貸出機で手続き、それから何かもう一冊借りようかと思いつつ哲学の区画に行った。グレアム・ハーマンの著作が入っているのが発見された。読みたいものはいくらもあるが、決定打が見出せない。迷っているくらいだったら借りずにさっさと帰って本を読んだ方が良かろうということで帰宅することにして退館、緑茶が尽きていたので新しい品を買わなくてはならなかった。面倒臭いのでまた別の日で良いかとも思ったのだが、やはり買っていこうと思いを固めて、歩廊を渡ってイオンスタイル河辺へ、金も時間も余計に使いたくなかったので、まっすぐ茶葉の区画に行き、「知覧茶 極み」という品と、「駿府御用達」という静岡茶の二品を取ってレジへ並んだ。会計を済ませて品をリュックサックに入れると退館。すると空はまったき暗闇である。左方、つまり東の方は多少灰色の色味が見えるが、直上から西に掛けては偏差のない黒で塗り籠められている。駅に入ると改札をくぐって階段を下り、ベンチに就いて、寒風に晒されながら今しがた借りてきたBill Evans『Anothre Time』のライナーノーツを読んだ。そうしているうちに電車到着。乗る。読む。青梅着。奥多摩行きが来るまで車内に留まる。読む。奥多摩行き来ると移って引き続き読む。そうして最寄りへ。
 帰路の記憶は特にない。帰宅後の活動も、飯を食って風呂に入ってだらだらして本を読んだくらいだろう。さすがに長く働いたので疲労が嵩んでおり、頭痛もあった。それで零時半には力尽きて、と言うか一時間二時間くらい眠って活力を回復させ、翌日は休みだから思う存分読書に耽ろうと思って明かりを点けたまま床に入ったのだが、やはりそう上手くは行かず、気づくと四時だったので、明かりを落としてそのまま正式な就眠に入った。


・作文
 7:27 - 7:34 = 7分(7日)
 13:46 - 14:29 = 43分(6日)
 計: 50分

・読書
 7:36 - 7:41 = 5分
 20:25 - 21:00 35分
 22:33 - 24:30 = 1時間57分
 計: 2時間37分

・睡眠
 1:40 - 6:40 = 5時間

・音楽

2019/12/6, Fri.

 暗い収容所が、鐘の音に目覚めるのが感じられた。不意に熱いお湯がシャワーからほとばしり出た。五分間の至福だ。だが、おそらく先ほどの床屋だろう、男が四人すかさず押し入ってきて、びしょ濡れで湯気をあげている私たちを、叫んだり突き飛ばしたりして、隣の冷たい部屋に押し込む。ここでは別の男たちが何かを叫びながら、私たちにぼろきれのようなものを投げつけ、木靴を腕に押し込み、訳の分からないうちに外に放り出す。夜明け時の青く凍った雪の上を、全財産を腕にかかえて、素足で、裸のまま、百メートルほど離れた別のバラックまで走らねばならないのだ。そこでやっと服を着るのを許される。
 服を着終わると、みなは片隅に身を寄せるのだが、目を上げてお互いに見合おうとはしない。鏡がなくても、自分の姿は目の前に見える。百個の青白い顔の中に、百個のみすぼらしい不潔な人間の中に映っている。私たちは昨夜かいま見た幽霊に姿を変えたのだ。
 そこで私たちは初めて気がつく。この侮辱、この人間破壊を表現する言葉が、私たちの言葉にはないことを。一瞬のうちに、未来さえも見通せそうな直観の力で、現実があらわになった。私たちは地獄の底に落ちたのだ。これより下にはもう行けない。これよりみじめな状態は存在しない。考えられないのだ。自分のものはもう何一つない。服や靴は奪われ、髪は刈られてしまった。話しかけても聞いてくれないし、耳を傾けても、私たちの言葉が分からないだろう。名前も取り上げられてしまうはずだ。もし名前を残したいなら、そうする力を自分の中に見つけなければならない。名前のあとに、まだ自分である何かを、自分であった何かを、残すようにしなければならない。
 こうした事態を理解するのがひどく難しいのはよく分かっている。それはそれでいい。だが毎日のささいな習慣に、自分のこまごまとした持ち物に、どれだけの意味と価値が含まれているか、よく考えてみてほしい。たとえば、どんなにみじめなこじきでも持っている、ハンカチや、古い手紙や、愛する人の写真といったものだ。こうしたものは自分自身の一部分で、付属器官のようになっている。普通の世界では、こうしたものを奪われるままになるのは考えられない。すぐにそれに代わるものが見つけられるからだ。つまり自分の記憶を残し、呼び起こせる、また別の何かだ。
 さて、家、衣服、習慣など、文字通り持っているものをすべて、愛する人とともに奪われた男のことを想像してもらいたい。この男は人間の尊厳や認識力を忘れて、ただ肉体の必要を満たし、苦しむだけの、空っぽな人間になってしまうだろう。というのは、すべてを失ったものは、自分自身をも容易に失ってしまうからだ。こうなると、このぬけがらのような人間の生死は、同じ人間だという意識を持たずに、軽い気持ちで決められるようになる。運が良くても、せいぜい、役に立つかどうかで生かしてもらえるだけだ。こう考えてくると「抹殺収容所」という言葉の二重の意味がはっきりするだろうし、地獄の底にいる、という言葉で何を言いたいか、分かることだろう。
 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』朝日新聞出版、二〇一七年、26~28; 「地獄の底で」)


 九時一〇分のアラームで一度床を離れたのだが、例によって舞い戻ってしまう。一一時一〇分まで留まり、睡眠時間は八時間となった。そこまで酷くはないが、やはりもう一、二時間は減らしたいところだ。一度目の覚醒で正式に起きて寝床に戻らないような強い意志を身につけたい。コンピューターを点けて各種ソフトを立ち上げておいてから、上階に行き、寝間着からジャージに服を替えたあと――陽は薄く、風もあるようで、ベランダに続くガラス戸の向こうで吊るされたタオルなどの洗濯物が大きく揺れ動いているのが見えていた――トイレに行って用を足した。台所に入ると大鍋に大根や肉の煮物が拵えてあり、小鍋の方には昨夜の若布や卵のスープの余りが僅かに入っていた。冷蔵庫からは青椒肉絲を少量取り出してレンジに突っこみ、米とスープをそれぞれ用意して卓へ、そのほか厚揚げも一つ残っていたのでオーブントースターに入れてつまみを回しておく。新聞にはそれほど強く興味を惹かれる記事は見つからなかった。一面を漫然と読みながら、僅かな青椒肉絲をちまちまとつまんで米と一緒に口に運び、中途半端に温まった厚揚げなども食ったあと、台所に食器を持って行ったが、そこでは母親が採ってきた大根を切っている最中だったので、洗い物は一旦流しに置いたまま放置した。そうして洗面所に入り、寝癖を整えたあと、風呂を洗って出てくると、下階のストーブの石油を補充してくれと言うので、階段下に置かれてあったタンクを持って外に出た。家の前には落葉が甚だしく散らばっていた。片づけても良いが、今はやる気にならないので素通りして勝手口に行き、箱を開けてポンプを取り、タンクの口に挿しこんだ。そうしてスイッチを入れ、石油が移動するのを待ちながら肩を回したり、薄い白さが広く塗られた空を見上げたりした。タンクはすぐに満杯になったのでポンプを外し、箱を元通り閉ざしてタンクを抱えて屋内に戻り、下階の両親の寝室に行ってストーブにセットしておいた。それから自室に行って急須と湯呑みを持って上がり、緑茶を用意して引き返してくると、一服しながらだらだらと過ごして、あっという間に正午も越えて一時が目前となった。そこでようやく日記を書きはじめて、ここまで一〇分で記せば一時を回った頃合いである。
 続けて前日、五日の記事にも取りかかり、四五分で仕上げることができた。それほど書くことがなく、この日の記事は六〇〇〇字程度に収まったようだ。書くことがあまりないというのは退屈なことでもあるが、なかなか余裕のない現状においては有難くもある。この程度のペースを保つことを目指すべきだろう。the pillowsのベスト盤を"New Animal"から流しだすと、歌をちょっと口ずさみながらインターネットに記事を投稿した。名前を検閲処理して公開し、noteの方にもブログからコピーしたものを貼りつけて投稿し終えると、運動に入った。いつも通り下半身と肩周りをほぐしたあと、ベッドに乗って仰向けになり、"Tokyo Bambi"の流れるなか、腹筋運動を行った。身体を柔らかく温めると時刻は二時を回った。今日は二コマの労働なので、帰りは早くても一〇時前、夜の自由時間は読書に充てることにして、労働で疲労して明晰な聴取ができなくなる前に音楽を聞くことにした。今まではBill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』も必ず習慣として、音楽鑑賞の最初に聞いていたのだが、"All Of You"とほか一曲を、定かな印象が固まるまで繰り返し聞いているとそれだけで一時間くらい使ってしまうので、今日は断念して『The 1960 Birdland Sessions』から聞いた。
 まずは八曲目の"Blue In Green"である。四月三〇日録音。スタジオ盤よりもLaFaroの動きは多く、わりあい長めに用意されているベースソロでも、序盤ではトレモロ的な連打で装飾を添え、終盤では大きなグリッサンドを繰り返してダイナミックである。一方、ドラムは音質の劣悪さの犠牲になって全然聞こえてこず、後半から辛うじて耳に入るものの、前半はほとんどピアノとベースのデュオのように聞こえる。拍子のキープが明瞭に耳に届かず、さらにベースソロはリズムとして結構緩い箇所もあって、途中で拍頭が明確にわからなくなるような演奏になっている。Evansのピアノは綺羅びやかと言うか、録音のせいでやけにきらきらしたような質感に聞こえるものの、フレーズの明快な連ね方などはさすがで、上昇してくるベースとの絡みも上手く嵌まっている。ただやはりライブなのでいくらか粗さが感じられるような気もして、隙なく静謐に整った世界観の構築度で言えば、隅まで緊張感が行き届いて折り目正しいスタジオ盤の方が上ではないか――とは言え、このライブは客のざわめきなども入っていて雰囲気としても猥雑だし、そもそも録音の質が違いすぎるので単純な比較もできないのだが。
 次に九曲目、"Autumn Leaves"。同じく四月三〇日の録音である。冒頭、テーマの半分まではLaFaroは高音部にグリッサンドしながらほとんど同じ音を繰り返しているのだが、コードが変わっても動かず同位置を保つことで、サウンドに奇妙な浮遊感が生まれている。テーマ後のベースソロは伴奏なしの完全な独奏が長く続き、リズム感が自然に揺らいでいながらもフレーズはコードに上手く密着して拍頭は比較的わかりやすいようになっていて、ついていくのがなかなかに面白い。途中で弦がビビる音が何度か大々的に入っているが、これは表現として意図して利用したものなのだろうか。ベースソロ後、三者でのインタープレイは緊張感に満ちていながらも、最後では連打を突っこんでちょっと遊ぶ余裕も見せている。ピアノソロの緊密さはあるいは『Portrait In Jazz』のテイクを越えているかもしれず、熱の籠り方も上々で、スタジオ盤では行儀良く抑えていたところを、もう少し奥まで突っこんでみようと境を少々踏み越えているような感触だ。そのほか後テーマのベースにおいて見られるものだが、八分音符三つを一単位としてリズム感覚をずらす捉え方など、全体的にスタジオ盤を下敷きにしながらも、さらに細かいところで発展させることに成功しているのではないか。このライブ音源には"Autumn Leaves"は三つ収められているけれど、このテイクが一番面白いかもしれない。
 二曲を繰り返し流して聞くと、あっという間に一時間が経過して三時に至った。食事を取るために上階に上がると、母親は居間の隅でアイロン掛けか何かをやっている。コンビニで買った冷凍食品の焼き鳥をおかずにして米を食おうと思っていたのだが、ちゃんぽん麺を作ったと言うので、有難く頂くことにした。鍋を火に掛けて麺を熱し、その他、大根・豚肉・人参の煮物をレンジに突っこむと、丼に流しこんだちゃんぽんの上に白葱をたくさん下ろした。そうして卓へ運ぶのだが、ミシンを扱いたいということでいつもこちらが座っている東側の席は母親が占めているので、普段と反対側の、部屋の中央辺りの席に座った。テレビは『ミヤネ屋』を流しており、沢尻エリカの薬物問題について報道しているのだが、糞みたいにどうでも良い話題である。芸能人の薬物問題などに本当に心底から関心を持っている人間が、一体どれだけいると言うのか? 特集を組んで時間と労力を費やすほどの事柄でもなく、ほかに報道するべきことはいくらでもあるはずではないか。そう思いながら煮物をつまみ、麺も啜ったが、当然既に伸びていて歯応えはない。スープが濃くて塩っぱいので全部飲まない方がいいと母親は言ったが、構わずすべて飲み干してしまうと皿を洗って、茶菓子抜きで緑茶を用意して自室へ戻ると一服しながら日課の読み物に触れた。温かい麺を食ったばかりでダウンジャケットの下が汗ばむので、ストーブは停めた。そうしていつもの順番で過去の日記、fuzkueの「読書日記」、Mさんのブログと読んでいく。中国で日本語教師をしているMさんのブログには、彼の軽口に対して生徒の女子がぽかぽかと叩いてくるとあって、それを読みながら萌えキャラみたいだなと思った。微笑ましいものである。歯を磨きながら記事を読むと三時四〇分に至ったので上に行き、仏間で靴下を履いたあと、居間の角に掛かっていたワイシャツ二枚を階段横の腰壁の上に移動させておき、それからトイレに行って便を排出した。出るとワイシャツを持って階段を下り、廊下にシャツを吊るしておくと、『Portrait In Jazz』を"Autumn Leaves (take 2)"から流しだして着替えである。ジャージの上着を脱いで畳み、崩れないように優しくベッドに放って、白いワイシャツを身につける。次にズボンも脱いで同様に畳んで投げ、真っ黒のスラックスに履き替える。そうして昨日と同じ灰色のネクタイを首周りに巻いてベストを羽織ると、コンピューターの前に立ってメモ書きをした。一五分で現在時刻に追いつき、すると時間は四時一〇分なのでちょうど三〇分が余ったことになる。
 その猶予を書見に使うことにして、下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』を読む。四時三六分まで読み、出発。明らかに寒い。身体が震える。 
 坂道の出口付近で(……)と遭遇。今日は塾だと言う。授業当ててくださいよと言うので、決める権限がないんだよと答える。アンケートでいつも「いい先生」の欄にこちらの名を書いてくれていると言うので、笑いを立て、有難うございますと礼を言う。室長に言っておいてくださいと言うので、ある程度配慮するよと答えて別れる。
 道中、色々と知覚はあり、メモも取られているが、面倒臭いので省略する。職場。(……)先生がいる。七〇歳だか何歳だか知らないがそれくらいの、高年ながら新人の男性である。席に座っているところに、お疲れさまですと背後から挨拶。この日は彼のデビューということだが、上手く行かなかった。あとから考えると、準備時間のあいだに声を掛けて流れなどを確認しておいた方が良かったのだが、メモを優先してしまった。どうもタブレットの使い方からしてわかっていなかったのではないか。そのあたりは一応、多分、(……)先生に訊いていたようだが、授業の進め方は理解していなかったようで、冬期講習のマニュアルに沿っていなかったようで、途中で(……)先生が介入していた。その後はこちらも多少見に行き、授業の終わりは手伝った。生徒の手前、あまり大っぴらに指導をするのもまずいかとも思ったのだが、背に腹は変えられないと言うか、低劣な仕事をされるよりはましである。授業終了一〇分前に介入しに行き、一緒に宿題を決めたり、タブレットでの記録項目入力や撮影などを導いた。
 こちらの授業については割愛。特段の問題はなかったと思う。翌日は朝からの労働。(……)先生に鍵開けを頼んだ。それで彼女と共に職場をあとにし、帰路へ。行きよりも寒くない。空、雲掛かっており、平板な沈黙。帰路の終わり近くで見上げると、白っぽい曇りが一片生まれており、辛うじて月の在り処がわかる。
 帰宅後は食事。ブロッコリーや菜っ葉、鮭、大根の梅酢漬け、煮物。米を食うためのおかずらしいものがなかったので――鮭では貧弱である――冷凍食品の焼き鳥を食うことに。その他冷蔵庫のなかに余っていた生サラダ。テレビはどうでも良い類の、何かミステリーのようなドラマで、出演者の演技がもはや演技とすら言えないと言うか、あまりにもわざとらしくて驚嘆する。父親や世人はこのようなドラマを本当に楽しんで見ることができるのだろうかと信じられない気持ち。
 入浴後、下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』を読む。何となくはわかるものの、細かいところは難しい。翌日は六時に起きるつもりだったので、二時には眠ろうと思っていたが、それよりも早く、一時四〇分で力尽きた。


・作文
 12:55 - 13:05 = 10分(6日)
 13:05 - 13:49 = 44分(5日)
 15:54 - 16:10 = 16分(6日)
 24:24 - 24:56 = 32分(6日)
 計: 1時間42分

・読書
 15:15 - 15:41 = 26分
 16:11 - 16:36 = 25分
 23:12 - 24:17 = 1時間5分
 25:00 - 25:20 = 20分
 25:20 - 25:36 = 16分
 計: 2時間32分

  • 2014/3/14, Fri.
  • fuzkue「読書日記(162)」: 11月9日(土)
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-12-03「約束を交わす両者の指先が尾羽のように可愛く立つとき」
  • 下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』: 336 - 350
  • 下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』みすず書房、二〇〇五年、書抜き

・睡眠
 3:10 - 11:10 = 8時間

・音楽

  • Bill Evans Trio, "Blue In Green"(×3), "Autumn Leaves"(×2)(『The 1960 Birdland Sessions』: #8, #9)

2019/12/5, Thu.

 (……)それから私たちは無蓋バスに乗せられ、カルピ駅に運ばれた。そこには汽車と護送隊が待ち構えていた。そこで私たちは初めて殴られることになった。それはひどく目新しい、常軌を逸した行為だったので、肉体的にも精神的にも苦痛を感じなかったほどだ。ただ深い驚きだけが湧いてきた。どうして人を殴れるのだろうか、怒りにかられたわけでもないのに?
 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』朝日新聞出版、二〇一七年、12; 「旅」)

     *

 旅は二十分ほどしか続かなかった。トラックが止まると大きな扉が現われ、その上に、ARBEIT MACHT FREI[アルバイト・マハト・フライ](労働は自由をもたらす)という標語が、あかあかと照らし出されて見えた(私はいまだに夢で、この光景に責めさいなまれている)。
 (20; 「地獄の底で」)


 一一時一五分起床。昨晩床に就いたのは一時一五分だから、ちょうど一〇時間も留まってしまったわけで、大層時間が勿体ない。糞である。臥位から見える空には細かくほつれたりそぼろのようになったりした雲が広く湧いて、上空は風が結構あるようで素早く流れており、そのあいだにひらいた地帯の青が深く、池のようだった。それをちょっと見つめてから起き上がり、上階に行くと、母親はインフルエンザの予防接種か何かに出かけているらしく、居間は無人である。寝間着からジャージに着替えるとトイレに行って用を足し、台所に来るとフライパンに炒められていた菜っ葉混じりのハムエッグを皿に取り出して電子レンジに突っこんだ。そのほか昨晩のスープを温め、僅かに余っていた米もすべて椀に盛ってしまい、三品を卓に運んで食事である。新聞を引き寄せると一面には、中村哲というアフガニスタンで活動していた医師が武装勢力に襲われて死亡したという報があった。それを読んだあとは頁をめくって、中曽根政権の遺産、というような特集頁を瞥見しながらものを食べ、平らげると台所に立って食器を洗った。それから米がなくなったので、出勤前に食べることを見越して新しく炊いておこうというわけで、笊を持って玄関の戸棚に行き、三合半を掬い取って台所に戻ると、乾いた米粒の付着した釜を洗ってから、洗い桶のなかで白米を磨いだ。それを即座にセットしておき、炊飯ももう始めると洗面所に入って後頭部の寝癖を少々直したあと、浴室に踏み入って風呂を洗った。出てくると緑茶を用意して自室へ、一服するともう一二時半、茶を飲んで暑くなったので電気ストーブを止め、ダウンジャケットも脱いで、ジャージ姿で打鍵を始めた。ここまで日記を綴ると一二時四〇分である。
 そのまま前日の日記も綴りはじめた。ひとまず三〇分かそこらを目安に考えていたのだが、結局一時間強掛けて最後まで完成させることになった。この程度の時間と労力で毎日仕上げることができれば、まだしも生活に余裕が生まれるだろう。記事をインターネットに投稿すると、the pillowsを流して運動に入った。屈伸を繰り返し、前後に開脚して脚の筋を伸ばし、続けて左右方向に姿勢を変えると肩を上げ、力を入れたまま腰を落として静止した。しばらくその状態で耐えてから今度は立位になって両手を天に向けて差し上げたり、肩を回したりする。歌を歌いながらそのようにして開脚と立位を何度か行き来したあと、二時を越えると上階に行った。
 洗濯物を取りこむ。二時だと太陽がまだ梢に到達していないから、やはりまだ結構光が眩しい。スリッパを履いてベランダに出て、吊るされたものを順番に取りこむと、台所に移ってフライパンに水を汲み、火に掛けた。そうして玄関の戸棚からレトルトカレーを出し、パウチを水のなかに入れておく。洗濯物を畳んでいるあいだに加熱が済むだろうという目算である。それでソファの後ろに移って、まずいつも通りタオルを畳む。背後から足もとに陽が流れていくらか温もり、宙には白い塵が無数に漂って明るい空気のなかに浮かび上がっている。次にジャージや寝間着を畳んで、さらに靴下や下着も整理しておくと、そろそろカレーが温まっただろうと台所に行った。冷蔵庫を覗くと前夜のサラダ――大根やパプリカや紫白菜を下ろしたものをシーチキンやマヨネーズで和えたもの――がボウルに入っていたのでそのまま卓に運んでおき、それから大皿に白米をよそり、沸騰した湯のなかからパウチを取り出して開封すると米の上にカレーを掛けた。そうして卓に就き、新聞も何も読まずに食事を取る。カレーは「ごろごろ野菜のたっぷりカレー」みたいな品名だったと思うのだが、蓮根やジャガイモ、人参や茄子などの塊がいくつか含まれていて、肉は入っていないものの野菜がよく煮られていて柔らかく、そこそこ美味いものだった。カレーを平らげると冷たいサラダを少しずつ口に入れて咀嚼し、最後の一口も運ぶともぐもぐやりながら台所へ移動して、皿洗いを済ませると二時半前だっただろうか。緑茶を用意して居室に下りた。
 読み物である。過去の日記、fuzkueの「読書日記」、Mさんのブログ――この日は二日分を読んだ――と触れる。それで一服しながら三〇分を使って三時を過ぎ、さらに出勤までに今日は読書をすることにして、下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』をひらいた。歯磨きをしながら読み進めたが、口を濯いできてからはストーブの暖気のためか睡気が湧いて、机に肘を突きながら少々うとうととした。じきにストーブを消して頭をはっきりさせ、読書ノートに文言を引用しているうちに四時を越えたので、着替えに移った。まず上階へ行き、仏間で黒い靴下を履いてきてから下りてきて、Bill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』を"Alice In Wonderland (take 1)"から流しだし、そのなかで仕事着に装いを替えた。水色と紺の格好で、ネクタイは鼠色のものである。ベスト姿になるとコンピューター前に立ってメモを取り、打鍵のあいだ、"My Foolish Heart"、"All Of You (take 1)"と音楽が流れていった。
 メモ書きをしたあとは、出勤までに一〇分の猶予が残ったので、もう上着を羽織ってしまい、立位のままに、ふたたびロラン・バルトの本から読書ノートに引用をしておき、そうして四時四〇分を迎えるとバッグを持って階を上がった。食卓灯を点けてカーテンを閉める際、南窓から、近所のWさんの家で火が焚かれているのを目にした。それからトイレに行って玄関をくぐると、隣家の駐車場には人影があって、見れば老人が軽トラックを前にしているのは、何か庭仕事にでも頼んだ人足だろうか。ポストから夕刊を取り、階段下の壁際の段には円筒型に包まれたカレンダーが置かれてあったので、それらを玄関内へ入れておき、出発した。空には斑状の雲が広がり、半月がその天辺に触れているものの、雲の動きが速くてすぐに無地の空へと離れていって、その天空の色はくすんだような青をしており、昨日よりも空気が冷たいような感じがした。坂を上り、街道に向かうあいだも、昨日と同じ時刻のはずなのに、今日の方が空気が沈んで水っぽいようで、その分、街道を流れる車のライトも際立って見える。表に出て北側に通りを渡ると、背後から焼き芋屋の、例の間延びした独特の節回しの売り声が響いてきて、軽トラックが青やらピンクやらの電飾をぶら下げてかたかた揺らしながら通り過ぎていった。じきに裏路地に入ったようで、家並みの向こうから声は届いて、空気はさすがになかなか鋭い。
 裏道に入るとまたしても焼き芋の売り声が後ろから渡ってきて、進んでからも森に反響していた。歩きながら自分の歩みに意識を寄せて、今日は歪んでいないようだなと確認した。足首の疲労もないし、無理のない、柔らかい踏み方をしていたようだ。空き地の横まで来て空がひらけば東から西まで長く、龍のようなあるいは鮫のような雲が連なっているのが露わになり、正面、東の方は白っぽい灰色なのだが、繋がりを辿って視線を滑らせていくとそれが西では暗く沈んでおり、さらに首を曲げて振り向けば山際から直上まで雄々しく、次第に幅を拡大する帯のような雲が放射状に広がり、頭上に伸し掛かるようだった。青梅坂あたりまで来ると、腹の辺りに温もりが溜まって、寒さもそこまで感じられなくなる。
 職場に着いて座席表を見ると、(……)さんは休みで、ほかの面子は(……)くん(中三・英語)と(……)くん(中三・国語)だったので予習の必要はなくなった。それで奥のスペースに座って久しぶりに手帳にメモを取っていると、(……)さんがやって来たので、互いにお疲れさまですと挨拶を交わした。彼女の初授業の日だったのだ。それで、大丈夫、緊張してる? などと声を掛けに行き、やや慌てているような感じだったので、一緒にいくらかの事項を確認しながら準備をした。初授業にも関わらず、二人を相手にすることになっていたのだが、初めてで二対一は厳しいのではないか。そう言う自分は初めての時、それはもう一〇年以上も前になるけれど、あの頃は研修などもなかったしいきなり放り出されるような感じで二対一をやらされたような気もするが、いずれにせよ、一人貰った方が良いかなと思ったので室長に話しに行き、(……)くん(中三・英語)をこちらが引き取ることにした。(……)さんはさらに、初授業なのに二コマこなすことになっていて、あとのコマの方も二対一になっていたのでこちらは(……)先生に一人回すことになった。それか、最悪こちらが残っても良かったのだが――そうなると、元々二コマだった予定を一コマに減らしてもらったのが無意味になるわけだったが――、まあ大丈夫だろうということになった。
 (……)さんは、結構上手くやれていたのではないか。一人相手なので、わりと密着的に生徒に当たっていたようだったが、途中、一度だけこちらに訊きたいことがありそうな雰囲気を出して視線を送ってきていたので――こちらの授業の場所と彼女の担当座席は隣り合っていた――生徒への説明が終わったタイミングで視線を振ると――この辺りの察しの良さは我ながらなかなかのものではないか――、単元の最初の頁である確認問題すら終わりそうもないけれど宿題はどうしたらいいかとのことだったので、確認問題の残りを宿題にするようにと指示をした。授業後に記録を見せてもらっても、大方問題なく記入させることができていたように思う。
 こちらの授業もまあ普通である。(……)くんが意外と、できないと言うほどでもないが、問題を解くのに思いの外に時間が掛かっていて、わからない部分やミスも多少あって、学校のテストではいつも高得点を取っているのだが、と訝られた。質問をしてみると、知識は思い出せているのだが。ただゆっくり、力を抜いてやっているだけなのだろうか? (……)くんは何だか態度が気安くなってきて、ちょっとおふざけを挟むようになっており、やりやすいと言えばやりやすいけれど雑談が多くなるので、あまり緩すぎても問題かもしれない。
 授業後、(……)さんの元に行って確認し、僕は帰っちゃうから、頑張って下さいと伝えると、ええ、帰っちゃ駄目ですよ、いてくださいよと言われたものの、せっかくの一コマの恩恵を生かさないわけには行かない。片づけをして退勤したのは七時五〇分頃ではなかったか。黙々と夜道を行った。視線もあまり上げずに道に落としがちだったので、印象深い遭遇も特段になかった。空気は寒いには寒いけれど、声を出すためだろうか、昔から勤務後はわりと身体が温まるような感じがして、この日もそうでむしろ行きの方が空気が冷たかったようにも感じられた。折々に見上げると月は常に直上付近に、弧を下に向けて浮かんでおり、時には雲のなかに包まれていたが、上空ではやはり風が流れているようで泳ぎが速く、するするといかにも容易そうに流れていく。家の傍まで来ると脇の林から蟋蟀か何かが、たった一匹で音を張るのに、この寒いのにまだ生き残っているのかと思った。侘しく鳴いているものだった。
 帰宅して居間に入ると、母親が色々やってくれて有難うねと声を掛けてきたが、大したことはやっていない。下階へ行き自室に入って、バッグから物を出して所定の位置に戻すと着替えをする。服を一つずつ身から剝がしていき、肌着姿になるとジャージを替わりに身につける。そうして上階へ、食事は青椒肉絲、チーズの乗った厚揚げ、若布と卵と豆腐のスープ、細切りの生サラダ、白米である。それぞれ温め運んで席に就き、夕刊を見れば、中村哲医師襲撃事件についての第二報が載っていたのでちょっと読み、めくって三面からもいくつか記事を読んだ。米国が中東に一万四〇〇〇人規模の増派を計画しているとかいう話だった。並んだ皿のものをすべて平らげると、母親が買ってきた焼きたらこのおにぎりも頂き、それから皿を洗う。母親は、風呂に速く入らなきゃと言いながら実際は悠長にスープを用意している。苺クリームのメロンパンを買ってきたと言って半分分けてくれたので、それを持って自室に下り、急須と湯呑みを持って上がって、緑茶を用意すると下階に引き返し、メロンパンを食いながら一服したあと、九時四〇分からメモを取った。
 一〇時を回って、今日は読書に邁進しようということで下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』をふたたび読みはじめて、五〇分を充てたが、この時は確かちょっと睡気にやられたのではなかったか。帰宅した父親が風呂から出たらしいタイミングを見計らって階を上がり、湯浴みに行った。身体を寝かせて頭を縁に預けて目を閉じて静止しながら身を休めていると、あっという間に三〇分以上が経過した。上がってくると寝間着の上にダウンジャケットを羽織って下り、零時前からふたたび読書に入った。結構な疲労感があったのだが、湯浴みでそれがそこそこ溶けたのか、睡気は湧いてこず、読書ノートにメモを取りながら三時まで書見に傾注することができた。寝入るまでに一〇分は掛かると考えて、六時間で起きるように九時一〇分にアラームを仕掛けてから就床した。


・作文
 12:32 - 12:41 = 9分(5日)
 12:41 - 13:49 = 1時間8分(4日)
 16:15 - 16:27 = 12分(5日)
 21:40 - 22:00 = 20分(5日)
 計: 1時間49分

・読書
 14:35 - 15:05 = 30分
 15:06 - 16:07 = 1時間1分
 16:28 - 16:39 = 11分
 22:09 - 22:59 = 50分
 23:50 - 27:00 = 3時間10分
 計: 5時間42分

  • 2014/3/13, Thu.
  • fuzkue「読書日記(162)」: 11月8日(金)
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-12-01「きみのその好意がまぶしすぎるから夜が救いになることもある」; 2019-12-02「神々に捧げるものをなにひとつ持たないおれの不敬を捧ぐ」
  • 下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』: 270 - 336

・睡眠
 1:15 - 11:15 = 10時間

・音楽

  • Anat Fort『A Long Story』

2019/12/4, Wed.

 ファシスト政権下のイタリアでは、ナチの人種法を模倣して(いわゆるニュールンベルク法)、一九三八年に、当時約四万五千人ほどいたユダヤ少数民族の諸権利と尊厳を大幅に制限する一連の措置が制定された。これらの措置はファシズムの決定的崩壊まで(一九四五年四月二十五日)効力を持ち続け、民衆の支持はなかったにもかかわらず、約八千人のイタリア系ユダヤ人の生命を奪った。この約八千人のイタリア系ユダヤ人は、著者と同じように、ファシストやナチに捕えられたり、スパイの密告を受けたりして、抹殺収容所に送られたのである。その中で帰還できたものは数百人にすぎなかった。
 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』朝日新聞出版、二〇一七年、259; 注2)

     *

 SS(Schutz-Staffel[シュッツ・シュタフェル])の略で「親衛隊」を意味する)は一九二九年にヒットラーボディガードとして創設された。その後、ドイツ軍の内部で、ナチ・イデオロギーを狂信的なまでに体現した軍隊としての性格を持つようになった。SSの任務には、ナチの敵やユダヤ人の探索、逮捕、強制収容所の管理、運営が含まれていた。
 (260; 注7)


 九時のアラームで一度起床。テーブルに寄ってコンピューターのスイッチを押したが、立位に耐えきれず、敢えなくまたベッドに舞い戻る。それで一〇時三五分まで留まったが、それでも睡眠時間としては七時間三五分なので、そこまで悪くはないだろう。再度起床するとコンピューターに寄ってEvernoteで前日の日課記録をつけた。この日の記事も作成しておくと部屋を出て上階に行き、まず寝間着からジャージに服を替える。その後、洗面所に入って頭に整髪ウォーターを吹きかけ、櫛付きのドライヤーで撫でて後頭部の寝癖をいくらかましにした。それからトイレに行って黄色い尿を放ってくると台所に入り、フライパンには輪切りにした大根と豚肉のソテーが拵えてあったので、それを皿に取って電子レンジに収める。そのほか白米をよそり、大根の味噌汁の余りもすべて椀に注ぎこむと、食卓に料理を並べて食事を始めた。新聞を引き寄せると一面には、国際学力テストみたいなもので日本の子供の読解力の順位が大幅に下がったという報があった。SNSなどの普及で長文を読み書きする機会が減ったことが一因ではないかと指摘されていたが、本当にそんなに影響があるものだろうか。その他、安倍首相が文在寅大統領との日韓首脳会談実現へ向けて調整しているとの知らせも読み、ものを食べ終えると台所に立って食器を洗った。それから風呂場に行って水垢などでざらざらと汚れた浴槽を熱心に擦り、出てきて階段を下りると母親はちょうど床に掃除機を掛けている。その脇を通り過ぎると、今日は仕事、と訊いてくるので、ああ、と端的な返事を返しつつ廊下を行き、五時から、と続くのにもああ、と短く返して部屋に入った。急須と湯呑みを持って上階に引き返すと、緑茶を用意してふたたび階段を下り、自室に戻ると一服して、するともう一一時四五分に至った。ここまでこの日の日記を綴って一一時五三分である。
 それから前日、一二月三日の記事を綴ったが、何故か思いの外に時間が掛かってあっという間に二時間一五分が経過し、二時を越えていた。記事が仕上がるのとちょうど同じ頃、母親が帰宅した気配が上階に生まれたので、部屋を出て上がっていくと居間のテーブルにはマクドナルドの袋が置かれてあり、久しぶりに食べたくなって買ってきたのだと母親は言った。洗濯物はまだ取りこんでいなかった。入れるかと訊くと、食べてから入れると言うので了承し、自分はもう少しあとで食べると表明しておき、下階に戻った。前日の記事をインターネットに投稿してから、軽い運動に入った。the pillowsのベスト盤を"New Animal"から流して柔軟を行うのだが、昨日久しぶりに徒歩で出退勤したからだろう、右の足裏が突っ張ってちょっと痛かった。柔軟後、物凄く久しぶりのことで、ほんの僅かにではあるが、腹筋を行った。毎日、ほんの少しずつでも腹筋運動を行うことで身体の支えのようなものを作りたい。
 それから音楽を止めて上階へ、時刻は二時半、ハンバーガーを食べることにしたが、その前に洗濯物を取りこんだはずだ。二時半にもなると、僅か三〇分でも二時と比べれば陽はやはり低く、戸口に立てば光線が眩しいは眩しいが、それはもはや威力のない薄いもので、ベランダの床の大半には陽射しが掛からず、吊るされたものを取りこんでいても空気がやや冷たい。洗濯物を室内に入れてしまうと卓上の袋からチーズバーガーとポテトを取り、ポテトは皿に空けて、合わせて電子レンジに収めた。それから温まったものを持って席に就き、新聞も見ずに窓外にぼんやりと目を向けながら食事を取った。その途中、母親が何やら気色ばんで、玄関の上が変、写真も撮った、と言ってiPadを差し出してきた。見れば、玄関の上の壁に、インクみたいなものが点々と付着している画像で、故意にやらないとこんな風につかないよねと母親は訝る。確かにそうかもしれないが、誰か人間がやったことだとしても、意図や動機がわからない。小さな嫌がらせの類と考えても地味に過ぎて、人間が故意にやったものではないのではないかという気がする――それではどうやってついたのかと訊かれてもわからないが。母親はこうした付着物があったという事実を訴えるとそれでもう気が済んだのか、気色ばんでいた様子はもはや消え去って、メルカリか何かを閲覧しながら、これを見てるとまた何もできない、と笑っていた。その後、チキンナゲットも二粒を取り出して電子レンジで温め、加熱されたものにケチャップを掛けた。そのまま台所で立った状態で食ってしまっても良いものを、わざわざ椅子に戻ってきちんと腰掛けて、手でつまんで鶏肉を食べる。すると野菜も食べるかという気になって、訊けば昨晩のサラダが僅かに残っていると言うから、それを持ってきて和風ドレッシングを掛けて食べ、完食したので食器を台所に運んだ。ドレッシングはきちんと冷蔵庫に戻しておき、洗い桶のなかに放置されていたものも含めて皿を洗うと、洗濯物を畳むのは母親に任せて、緑茶を用意して自室に帰った。一服しながら、センター試験の国語の過去問、二〇〇七年度のものを解く。小説文で一問ミスしたのみという結果になったが、その小説というのが堀江敏幸の『送り火』というもので、これがなかなか良い話で、女性が男性に惹かれていく過程をわりと紋切型でなく書いていて、さすがは堀江敏幸だなと思われた。その後、歯磨きをしつつ読み物に入って、二〇一四年の日記、fuzkueの「読書日記」、Mさんのブログといつもの三種類の文章を読むと三時四〇分、洗面所に行って口を濯ぎ、便所に入って排便した。それから眉をちょっと整えようということで、鋏とコームを部屋から持ってきて、洗面所の鏡の前に立つと、母親が上階から、タオル下に置いといて、と声を放ってきた。眉毛をちょっと短く揃えてから階段に行くと、タオルが散らばっているので、階段の一番下の段にまとめておき、そうして部屋に戻れば着替えである。Bill Evans Trioの一九六一年六月二五日のライブ音源を、"Alice In Wonderland (take 1)"から流し、白いワイシャツと灰色のスラックスを身につけ、ネクタイは水色の地にドット模様のものを選び、ベストも羽織ると二種類のゴミ箱を持って上階へ行った。行商の八百屋が来たようで、母親は外に出ているらしい。ゴミ箱を床に置いておくと、まず仏間に入って黒い靴下を履き、それから燃えるゴミを台所のものと合流させ、次にプラスチックゴミだがこちらは袋が見当たらなかったので、外から入ってきた母親に訊くと、葱を差し出してくるので受け取り、台所の端へ置いておいた。それから母親が戸棚から取り出したビニール袋も受け取って、穴が空いていたのでセロテープで留めたそのなかにプラスチックゴミを入れ、さらに洗面所の下部に仕舞われていた薄紫色の袋のなかに押しこんでおき、そうして下階の自室に帰ってこの日のことをメモ書きした。すると四時一二分、これで労働に出て二時限をこなして帰ってくれば大方一〇時、飯と入浴を恙無くスムーズに済ませても一一時といったところだろう。三時に眠ると想定しても四時間ほどしか残らないわけで、時間というものはなかなか、どうしても足りないものだ。しかもこれで、今日の生活は余計な事柄にはほとんど時間を使っていない。二時限の労働の日はだからわりあい忙しいのだが、しかし将来的には最低でも毎日二時限くらいはこなさなくては、金が稼げずとてもでないが生きていけない。やはり睡眠時間を六時間ほどに固定できなくては、活路が見出せないだろう。
 家を発つのは四時四〇分である。余った時間でセンター試験の二〇〇六年度の問題を解いた。この年は編集の都合で小説しか収録されておらず、問題なく全問正解して四時半を過ぎたので、掛かっていた"Gloria's Step (take 2)"を最後まで聞き、コンピューターをシャットダウンして上着を羽織り、バッグを持って階を上がった。マフラーは灰色の、Paul Smithのものを選んだ。出発前にトイレにもう一度行ったのだったか否か? 覚えていないが、そんなことはどちらでも良い。じゃあ行くんで、と母親に告げて玄関に行くと、郵便あるか見て、と母親もあとからついてきた。戸口をくぐってポストを確認するとなかは空だったので、ない、と声を振って振り返ると、駐車場に車が停まっていて、そのなかに父親の姿があったので、もう帰ってきてるじゃんと口にした。送っていこうかと訊いてくるのに、いや、いい、と手を振って断り、道に出て歩き出した。空は雲が一滴もなく、黄昏れ前の冷たい青さにすっきりと晴れて、振り向けば西の山際から洗われたような残光が洩れている。家の近間の楓の木は赤味が渋いような、乾いた質感を帯びており、足もとに散り敷かれた枯葉の層は、遠くから見るとまるで一面に花が咲いているようにも映った。坂道に入って右方、南空に目を飛ばせば、櫛のような形の半月がすっと垂直に立って浮かんでいる。
 街道に出てからは歩く途中で時折り振り向き、残照の色を確認しながら行った。山際のオレンジ色の燃焼を背景にして、家並みや丘が黒々とした影と化している。道に風が流れれば、やはりもう結構冷たくて、頬を擦る感触が強い。
 裏通りに入ると途中の小さな工場[こうば]から、激しく噴出する水で何かを洗っているような音が飛び出してくるのだが、しかしそれは実際には多分、ドリルか何か、機械の駆動音なのだろう。そのなかに金属が触れ合うような響きも混ざり、前を通り過ぎる際には、溶接か何かしているらしく、火花の散る音――ジ、の響きを連続させたようなざらついた音――が立って聞こえた。森は黄昏れに包まれながらも、まだ橙色の箇所と周りの深緑の区別がつく。右の足首に何だか疲労感があった。余計な力が掛かっているような感じがしたのだが、それは多分、足裏の張りを避けようとして気づかぬうちに歩の踏み方が歪んでいて、それがために足首に無益な負荷が波及しているのではないかと思われた。青梅坂あたりまで来て時刻が五時を過ぎると、森は一様な影と化しはじめる。さらに進んで道脇に駐車場がひらくところでまた森の方を見ると、黄色い巨木の、滝を逆さまにして天に向かって飛沫上げて落ちていく水の流れをそのまま凍りつかせたような姿が闖入してきて、薄暗闇に包まれていながらも隠しきれない烈しさの印象に打たれた。
 駅前に続く路地では、駅に電車が着いたばかりか、それともバスから降りてきたものか、女子高生や勤め人が帰路を行き、これから出勤のこちらとすれ違いながらかつかつという足音を道に響かせる。銀行の前ではスーツ姿の行員女性が、鎖を張るためのポールを上げて回っていた。
 職場に着くとロッカーに荷物を収めてから、早速センター試験国語の過去問をコピーする。二〇〇五年度及び二〇〇四年度である。それから英語のテキストを読んだりして準備時間を使い、授業に入った。一コマ目は(……)くん(高三・国語)、(……)くん(中三・社会)、(……)くん(中一・英語)。高三の国語はセンター試験の過去問を解いているのだが、今日扱ったのは二〇〇九年度と二〇〇八年度のもので、予習済みだったので問題なく解説することができた。(……)くんの社会は確認テストの表裏をやってもらい、それを解説しているだけで意外と時間が尽きたが、ノートは充実させることができた。中一の(……)くんも、まあわりとやってくれた方だろう。ノートも、単語や熟語ばかりだけれど何個か知識を記すことができた。今日扱ったのはL8 USE Readの単元で、少々長い文のところなので、本当は教科書本文を細かく確認したかったのだが、それほどの余裕はなかったし、本人のやる気もそこまでなかっただろう。
 二コマ目は(……)くん(高三・英語)に、(……)くん(中三・国語)、(……)くん(中三・国語)。(……)くんは今やっているテキストに飽きたと言うか、それが試験のためになっているのか疑いが出てきたようなことを言っていて、センター試験の問い四の、表や図を絡めた問題の読み取りを練習したいと言うので、過去問をコピーして扱った。文章の内容自体はわりと読めているようなのだが、小手先のテクニックと言うか、途中の一段落か二段落は読まなくても良いとか、最後の段落だけ読めばこの問いはわかるとか、そういったことばかりを気にしていて、英文を読む力自体が養われなければ何にもならないのに、これでは本末転倒だろうと思われた。結局は大学に受かることが目的なのだし、ある程度はそうした効率性への志向も必要で、仕方のないことではあるが、受験英語の弊害ではあるだろう。国語の二人に掛かっていたこともあってほとんど本文の確認はできず、最後に一問見たのみで終わってしまった。仕事としては楽なのかもしれないが、何となく虚しいものだ。
 国語の二人に関しては、(……)くんはさほど問題ないと思うのだが、(……)くんの方が難儀で、基本的な読解力が乏しいようで、問題も全然わからないという様子だった。本文に記してある基本的な事実認識すら読み取れていないようで、これを読めるようにしようと言っても、一体どうしようがあると言うのか? 読解力など、一朝一夕で身につくものではない。単純な読み慣れというのは結構あるのだろうなと思う。言語能力はおおよそすべての世界認識の基礎なのだから、幼少期から本に触れさせるということはやはり大事なのだろう。
 授業後、女性陣の同僚を見送ってから、室長に明日の相手を訊いた。(……)さんと当たっていると言う。相性のあまり良くないと思われる子で、果たしてどうなるものか。いずれにせよ国語なので、小学生相手とは言え、多少は予習をしなければならないだろう。相手の能力が低く、やる気もあまりないのだが、むしろだからこそわかりやすく解説できるように、事前に文を読んでおかなければならない。ところで、明日は一コマの労働だと思っていたのだが、実際は二コマだと言う。土曜日に四コマ働く代わりに明日の木曜日を一コマにするという話になっていたはずなのだが、そのあたりの細かな変動を確認するのも面倒臭かったので、ただ残念がっていたところ、一コマにもできるけど、と言うのでそうしてもらった。土曜日の方も、四コマは回避されて、朝からではあるが三コマの労働になったようである。一日三コマまでなら何とかこなせるが、四コマとなるとさすがにかなり厳しい。
 それで退勤し、駅舎の前を過ぎる際、(……)先生が迎えを待っているらしく立っていたので、挨拶をして通り過ぎた。空気はさすがに冷えているが、マフラーを巻いていればまだ何とかなるレベルの冷気ではある。月は弧を下にして笑みの形で浮かんでいる。市民センター裏で、自販機のゴミ箱に、家から持ってきた飲み物のゴミを詰めこんで始末しているらしき人がいた。すれ違う際に、酒の気配がちょっと香ったような気がした。道を進むうちにスーツの表面がどんどん冷えてくるものの、微風が流れても身体の芯を貫くほどの冷気ではない。空は雲を排して晴れ渡り、一面群青色に染まって、枝ぶりが屈曲した裸の庭木や、遠くの丘の黒い影が溶けこむような明晰な深さである。裏通りの途中、白猫が道の先の方に姿を現して横切った。追いついて戯れたいと思ったのだが、家の敷地に入ってしまい、そこまで来ると暗闇のなかから鈴の音が小さく届くのみで姿は見えず、果たせなかった。右足の踏まえ方はやはり歪んでいるような気がした。左足はまっすぐ踏めているようなのだが、右の方は蹴り出す時に外側に重心がずれるような感じがあって、いつからそういう歩み方になっていたのかわからないものの、この歪みがこの先あるいはネックになるかもしれないなと思った。いずれ、まだまだ遠い先とは思いたいところだが、歩けなくなる日もきっとやって来るのだろうと思われた。
 家の近間まで続く坂の上に来ると空が広くなり、凍てたように明澄ななかに星が引っかかって、オリオン座が淡く光っていた。帰宅すると居間は無人、母親は入浴中らしく、父親は既に寝室に下がったようだ。下階へ下りて自室に入り、ポケットのなかのものを出し、コンピューターを点けてマフラーを外す。冷えた上着を脱いで廊下に吊るし、ベストやネクタイもそれぞれの場所に戻して、ジャージ姿になってTwitterを覗くと、「MN」さんからメッセージが届いており、先般のやりとりに関連していくつか質問がなされていて、それがなかなか骨の折れそうな内容だった。すぐに答えたいのは山々だが、結構余裕がないのでいつになるか正直わからない。それから上階へ行き、食事を支度する。白米に輪切り大根と豚肉のソテー、玉ねぎや大根を細切りにしてシーチキンと和えたサラダ、野菜や茸の薄味のスープ、それにマクドナルドのハンバーガーを一つである。テレビはどうでも良い歌謡番組を映しており、夕刊を読もうとするもののあまり頭に入ってこない。それで黙々とものを食い、皿を洗って入浴に行き、「MN」さんにどのような返信をしようか漫然と頭を巡らせて、そうして一一時過ぎに風呂を出ると緑茶を用意して下階へ行った。一服しつつ、「MN」さんにはひとまず短いメッセージを送って、お返事は正直なところいつになるかわからないと伝えておき、インターネットを回ったあとに一一時半過ぎからこの日のことをメモに取った。すると零時一六分、音楽を聞く時間が取れない。
 その後、下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』を読みはじめたのだが、労働が二コマあるとやはり多少疲労が嵩むようで、読みながら瞼が閉じるようになってきたので、これは駄目だなと判断して一時二〇分頃、床に就いた。


・作文
 11:45 - 11:53 = 8分(4日)
 11:53 - 14:08 = 2時間15分(3日)
 15:56 - 16:14 = 18分(4日)
 23:34 - 24:16 = 42分(4日)
 計: 3時間23分

・読書
 14:49 - 15:25 = 36分
 15:28 - 15:41 = 13分
 16:14 - 16:31 = 17分
 24:17 - 25:19 = 1時間2分
 計: 2時間8分

  • センター試験国語過去問・2007年度、2006年度
  • 2014/3/12, Wed.
  • fuzkue「読書日記(162)」: 11月7日(木)
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-11-30「たそがれを泳いで渡るこの街を仮想世界だと主張するひと」
  • 下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』: 254 - 270

・睡眠
 3:00 - 10:35 = 7時間35分

・音楽
 なし。

2019/12/3, Tue.

 (……)この本の意図と構想は、もちろん実際には書いていなかったのだが、ラーゲルにいた時に生まれていた。そして「他人」に語りたい、「他人」に知らせたいというこの欲求は、解放の前も、解放の後も、生きるための必要事項をないがしろにさせんばかりに激しく、私たちの心の中で燃えていた。(……)
 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』朝日新聞出版、二〇一七年、6; 「序」)


 九時のアラームでベッドを離れるも、音を止めるといつも通り布団のなかに舞い戻ってしまい、起床は一〇時一五分に。結構な勢いの地震があって部屋が揺れたのを機に、というわけでもないのだがともかく床を抜けることができた。睡眠時間は八時間一五分。昨日よりは短いし、正午に至ることもなく起きられたので、この調子で睡眠をまずは七時間台に固定したい。コンピューターを点け、Twitterを覗いたあと、各種アイコンをクリックしておき、空になったティッシュ箱を持って上階に行った。母親は着物リメイクの仕事で不在。ティッシュ箱を解体して玄関の戸棚の紙袋に入れておき、寝間着からジャージに着替えて冷蔵庫を覗くと鯖があったが、何となく食べる気がしなかったので、代わりに前日コンビニで買ったペッパービーフをおかずにすることにした。ほか、大根の味噌汁と米である。卓に食事を用意して椅子に座り、新聞をめくって国際面をひらくと、ペッパービーフをつまみながら米を一緒に口に入れて咀嚼する。新聞記事としては、イスラエルがまたヨルダン川西岸のヘブロンにて入植を進める計画だとの報があった。糞である。そのほか、NATOの首脳会議が始まるとの知らせとか、あともう一つくらい何か記事を読んだ気がするが、何だったか忘れてしまった。食後、台所に立って皿を洗い、そのまま風呂を洗いに行く。栓を抜いてポンプを水のなかから持ち上げ、管のなかに入っている水を排出させ、バケツに入れて洗面所の方に置いておくと、ブラシを取って浴槽を擦りはじめた。残り水が流れてしまうと風呂桶のなかに入って、身体を前に屈めながらブラシを上下に動かして、壁を隙間なく擦っていく。そうしてシャワーで洗剤を流すと室を出て、下階に帰って急須と湯呑みを持って居間に引き返した。テーブルの端には明治のミルクチョコレートがあったので、頂くことにしてポケットに入れ、緑茶を用意して下階の自室に戻ると、Evernoteで前日の日課記録をつけながらチョコレートを舐め、その後、緑茶で一服したあと、一一時半からこの日の日記を書き出した。ここまで一〇分で記している。
 続けて前日の記事の作成に入ったが、意外と書くことがなくて僅か一六分で完成し、さらに三〇日の記事にもそのままの勢いで取りかかり、こちらには一時間が掛かったがそれでも結構割愛した。これから冬期講習で仕事が増えて忙しくなるし、日記の書き方も負担の掛からない、楽で適当なモードに移行していくべきだろう。三日分の記事を立て続けにインターネットに投稿すると、会社から催促されたアンケートに答えることにした。期日がまもなく終わるというメールが届いていたのだ。こちらが普段使っているOperaは、アンケートのURLに接続するためのブラウザとして対応していないらしいので、一体いつぶりのことかわからないがInternet Explorerを立ち上げ、メールに記された複雑怪奇なURLをちまちま一文字ずつ打ちこんでいったが、接続できなかった――と言うか、システムエラーの表示が出てしまった。それでGoogle Chromeに変えて再度試したが、こちらも駄目で、最新バージョンでないためかと思って新たにダウンロード及びインストールをしてみたがそれでもやはり駄目である。圧倒的駄目だが、携帯に来たメールをgmailに転送し、そのURLを直接クリックしてリンクをひらくとOK、無事アンケートページに接続できたので、それで質問に答えた。そうするともう一時半を過ぎている。
 下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』の書抜きを行うと二時を越えたので、洗濯物を取りこみに行った。階を上がってベランダに続く戸口に寄り、ガラス戸をひらくと途端に眩しさが視界を埋めて、視覚の明晰さを奪い去る。しかしもはや押しつけがましい感じの強さはなく、淡いような滑らかな眩しさで、風もなくて洗濯物を入れているあいだ温かな空気が身体に触れていた。眼下、隣家の庭には老人が一人うろついていて、どうやら樹を刈り整える人足を頼んだらしい。吊るされたものをすべて室内に運び入れると、ガラス戸を開けたままにしてタオルを畳み、続いて下着や寝間着も整理したが、そのあいだも外気が明瞭に入ってくることはほとんどなく、冷たさや涼しさは身に触れず、終始温もりが背後から足もとに宿っていた。
 洗濯物の整理を終えると玄関の戸棚から、先日コンビニで買ったバターチキンカレーの箱を取り出し、箱はその場で畳んで紙袋に入れてしまい、なかから出したパウチを水を張ったフライパンに入れて、火に掛けた。沸騰を待つあいだは手持ち無沙汰なので、火を使っていながら危ういことだが、フライパンを放置して自室に下り、過去の日記、fuzkueの「読書日記」、Mさんのブログと日課の読み物を通過し、すると一九分が経って二時四〇分に達していたので上階へ戻った。炊飯器のなかの米をすべて大皿に払ってしまい、沸き立ったフライパンからパウチを取り出して、鋏で開封すると白米の上にソースを流しかけた。そのほか大根とシーチキンの煮物の余りも加熱して、両方卓に運んで椅子に就き、新聞は読まずにただ食事を取った。完食すると皿を洗い、さらに米がなくなったので新しく磨いでおくことにして、笊を持って玄関の戸棚をひらき、三合少々を掬い取るついでに塩味の「明星チャルメラ」も持って戻り、台所で米を磨ぐと六時半に炊けるように炊飯器をセットしておき、「チャルメラ」に湯を注いで自室に持って帰った。三時直前だった。下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』を読みはじめ、三分が経つとカップ麺を搔き混ぜ、特性スパイスオイルとやらを垂らして食べながら文を追い、平らげるとさすがに腹がいっぱいになって、茶を飲みたいもののいくらか消化が進んで腹の張りが軽くなるのを待つために、そのあいだに手の爪を切ることにした。Bill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』を流し出してベッドに移り、ティッシュを一枚目の前に敷いて、ぱちぱちと爪を切った。それから、胡座を搔いた両脚の太腿にそれぞれ肘を乗せ、背を丸めて前屈みになった姿勢で目を閉じて音楽に耳を傾けながら、ゆっくり急がず指先に鑢を掛けた。
 そうしてティッシュを丸めて捨てると上階に上がり、カップ麺の容器を始末して急須から古い茶葉を捨て、新しく緑茶を用意した。それを持って戻ってくると三時半、ふたたびロラン・バルトの文章を読みながら一服し、さらに歯磨きも済ませて四時五分で書見は中断して口を濯ぎに行った。目の細かな泡を吐き出すとそれを受けた洗面台の汚れが目に余ったので、スポンジも何もないのだが、辛うじて手近に置かれてあった網状の、布と言うか発泡スチロールめいた素材の何だかよくわからないような物体を取り、石鹸をつけて台を擦った。汚れはあまり落ちないが、多少はましになったようだった。それで手を拭いて階を上がり、仏間で灰色の靴下を履くとトイレに行き、出ると階段を下って着替え、Bill Evans Trioをふたたび、"All Of You (take 1)"から流して、鱗のような模様の入った薄水色のワイシャツを身につけ、スーツは紺色の装いを選んでネクタイも青でまとめた。ベスト姿になるとコンピューターの前に立って、出勤前にこの日のことをメモ書きした。
 記録が現在時刻に追いつくと、流れていた"Some Other Time"を最後まで聞いてからコンピューターをシャットダウンし、上着を羽織ってバッグを持って上階へ上がった。食卓灯を点けてカーテンを閉めるとふたたびトイレに入り、すると外で車が停まるような音がしたので父親が帰ってきたのかと思ったところが、出てストールを巻き、靴を履いて戸をくぐると家のすぐ前に一台の車が横付けされていて、後部に男性がいたもののそれは父親ではなかった。こんにちは、と挨拶すると、動かしますか、とか、それとも今出ますか、だったか、そんなようなことを駐車場の方を指して言う。指の先には父親の車があり、つい先日までは真っ青のものだったのが、今は銀色っぽいような薄灰色っぽいような白さの車種に変わっていて、これが停まっているのに父親が帰ってきていないということは、彼は今日は電車で出勤だったのだ。そう言えばそんなことを言っていたような気もする。男性の発言の意図がわからず、事情も掴めずに、車ですか、と間抜けな返答をしていると、向かいの家に時折り来ている女性が現れて、すみません、今荷物だけ運びこんじゃうんで、と言いながら、布団みたいなものを車に載せるので、それで状況がわかった。あちらの車が我が家の車の前に停まっていて進路を邪魔するような形になっているので、こちらが車を使う妨げになっているのではないかと案じていたのだった。大丈夫ですよ、車使わないので、と答えて階段を下り、ポストに寄って夕刊を取って玄関に戻ると、作業を終えた女性が有難うございましたと声を掛けてきたので、はいと答え返した。
 それで出発である。道に出てちょっと行けば、近間の楓はもう薄緑は排除しきったようで隅まで紅に染まり尽くし、足もとにも赤い葉を散り積もらせている。坂道に入ると川近くの銀杏の樹が目に入り、上から下まで鮮やかな黄一色に統一されたその姿は、辺りの風景のなかでも一際目立っており、その樹の足もとにもやはり、明るい黄色の地帯が円状に作られていた。坂を上り抜けて街道へ向かっていると、途中、T田さんの家に差しかかったところで旦那さんが現れたので、こんばんはと挨拶を交わした。微笑を浮かべて腰の低そうな様子だったが、以前奥さんと遭遇して帰路をひととき共にした際には、馬鹿、なんて言われるのよ、と彼女は愚痴を漏らしていた覚えがある。家内では高圧的なのだろうか。
 街道を行くあいだ、巨大なダンプカーが通ると風が引かれて背後から寄ってくるが、さほど気温は低くないようで寒いというほどのこともない。東の途上では雲が青く、いやむしろどす黒いように暗んでいて、その上には白さを残した雲が盛り上がり、さらに上空は地の青さが露出して思いの外にすっきりと広がっているそのなかで、白い雲の膨らみが夏を偲ばせるようだった。この先の生について漫然と思い巡らせながら薄暗い道を歩いた。死ぬまで毎日読み書きをする生活を続け、そうした生涯を一日も漏らすことなく記述し、史上最長の日記を拵えるという目標をこちらが抱いているのは、読者諸兄においてはご承知の通りである。今現在は衣はともかくとしても食と住を両親に――主に父親に――頼っているために、有り体な言葉を使えば親の経済力に寄生しているためにそうした自由度の高い生活を享受できているが、独力でそのような生を確立させようとなった際に、それが仮に可能だとしても、自由時間と労働のバランスを考えるとぎりぎりの生活になるのは確実である。一言で言えば貧困に陥ることは必定で、若くて健康なうちはそれでも良いが、歳を取っていった先にそうした生活を維持できるかと考えると心許ないことこの上なく、自らの使命とある程度の生活の安定を両立させようとするならば、結局はやはり自分の肩替わりとして生計を保ってくれるような寄生相手を見つけなければならないのではないか。寄生相手と言うと聞こえが悪いが、要はこちらの営みを理解してくれて、少々の労働で主夫的な生活を送るのを許してくれるような相手ということで、あるいはそこまでは行かなくとも、やはり志を同じくするような仲間と生活を共有し、支え合って生きていくほかはないのではないかと思ったのだった。男性でも女性でも良いが、共に支え合うことのできる「パートナー」的な存在を見つけることができなければ、自分の生はおそらく行き詰まる。あるいは表面的な穏やかさとは裏腹に、もう既に大方詰んでいるのかもしれず、だとすればそうした相手を見出すことは焦眉の問題で、人間関係は成り行き任せだなどと悠長なことは言っていられず、むしろ文明の利器たるコンピューターとインターネットを活用して積極的に仲間を募っていくべきなのではないか――と、合理的に考えるならばそれが妥当な結論となりそうなものだが、しかし現実の気分としては、ほとんどまったくそうする気になれない。そんなことを考えながら裏通りを行くうちに空気はますます黄昏れて、暗い大気のなかで頭上の雲の白い部分にはほんの幽かに赤味が混ざってきた。女子高生らが道の先で燥ぎ、あるいは後ろからも来て追い抜かされるなかで、生活についての思考を続けながら歩みを重ねる。
 職場に着いて座席表を見ると、今日の相手は(……)くん(中三・国語)と(……)くん(高三・英語)で、二対一なので楽な仕事である。準備時間ではセンター試験の国語の過去問をコピーし、それから(……)くんの授業で扱う神奈川県入試用のワークを確認した。そうして授業。(……)くんが学校の試験勉強のためにほとんど寝ていなかったらしくて、死んだような精気のない顔をしていたが、授業内容としては特に問題はなかったと思う。ただ、英語の方も高三レベルの長文を扱うとなると、事前に本文を読んで内容を把握しておかないと教えづらいという問題はあって、この職をこなすに当たっては予習が一番のネックである。(……)くんの方は、二対一で余裕があったから、結構詳しく、質問も挟みながら解説することができた。
 七時四五分頃に退勤した。電車には乗らず、徒歩を取る。夕方よりは無論冷えるものの、やはりそこまでの冷気は寄せてこないなかを、左手をポケットに突っこみ、右手でバッグを提げながらゆっくりと歩いた。歩くということはやはり重要で、歩行による移動というのは諸々の活動の隙間となるような時間であり、そこで人は活動というものの持つ目的性から解放される。さらには外界の様々な知覚刺激に遭遇できるという点に加えて、歩行のなかで人は自覚せずとも自然に思いを巡らせるという効用がある。確かゴダールだったかと思うが、雇った女優に毎日歩いて現場に来ることという条件を出したとかいう映画人のエピソードを聞いたことがあるような気がするが、まさしく歩きながらそのことを思い出した。
 月が西南の雲間に細く黄色く刻まれていた。闇に浸された裏通りを行きながら、家屋がいくつも並び立っているのを見て、まったく大したものだなと思った。世の人々の多数は、生活を形作り家庭というものを築くに当たってはどうやら俺よりも遥かに勤勉で有能らしいなと心のなかで称賛したのだった。自分は我が家を建てることも家族を作ることも、おそらく一生涯できないだろう。別にそのことに殊更にコンプレックスを覚えるわけでないものの、世人の多くがそうしていることを考えると、やはり凄いとは思うものだ。彼らと自分とではほとんど別種の世界に生きているような感じがする。
 表に出る間際、角まで来ると空がやや広がって、西南で細い月が、今度は雲間ではなくて薄雲のなかに包まれながら光を失っていないのを、微笑型の傷、と言葉にしてから裏路地を抜けた。街道ではこの冬に、夜であっても、結構走っている人がいるもので、ランナーと何人かすれ違った。ふたたび裏に入って下り坂に掛かると、一段下の道の車庫に入った車の上、街灯に照らし出された裸木の影が細かく捻れながら掛かっているのが不思議と目についた。
 帰宅して玄関を入ると、トイレの鍵を掛ける音が立った。母親が入っているらしい。居間を通り抜けて下階に下りて自分の部屋に帰り着くとコンピューターを点け、ジャージに着替えた。そうして食事を取りに上階に上がると母親の姿はなく、そのくせ玄関の電気は点けっぱなし、テレビも同じく無人の居間で稼働を続けている。最初はこの夜に外を掃きでもしているのかと思ったものの、食事の支度をしていても戻ってこないので、それで電車で帰ってくる父親を迎えに行ったのかと思い当たった。夕食のメニューは、カキフライが二粒、舞茸の加わった大根の味噌汁、トマトソースを絡めた鯖のソテーに南瓜の煮物、大根やブロッコリーやコーンなどを混ぜたサラダに白米である。それらを運んで席に就くと、テレビは歌謡ショーを放映しており、X JAPANのToshiが出演していて、同じく招かれている上沼恵美子の歌を小学生の時に歌っていてずっとファンだった、みたいなことを話していた。X JAPAN、今はJAPANはつかないのかもしれないが、彼らは元々インディーズで人気を博したバンドだったはずだし、少なくともイメージとしては、昔はもう少し反骨精神を持ち合わせていたのではないかという気がするものだが、今はこの体たらくである。テレビは消して、夕刊を読みながらカキフライと米を合わせて咀嚼し、さらに鯖もおかずにして白米を口に運んだ。じきに父親が帰ってきたのでおかえりと低く挨拶をして、さらに母親も遅れてなかに入ってきたが、石油を入れなきゃと言ってまたばたばたしている。石油を入れるから重いタンクを受け取ってと言うので了承し、抗鬱薬を飲んで皿を洗っていると持ってこられたのだが、皿洗いの最中だったので置かれたままにしていると、風呂に入る前の父親が運んでくれた。ストーブからタンクを持ち上げる際に、残った石油が垂れるらしく、床に石油の雫が落ちていたのだろう、また垂らしてるよと文句を言いながら、ティッシュを取って拭いていた。こちらは皿を洗い終え、下階へ戻って急須と湯呑みを持ってくると、苺クリームのエクレアがあると言うので冷蔵庫から取り出し、それを調理台の上に置くと包丁を取った母親が袋の上から半分に切ってくれたので、片方の塊を頂き、緑茶を用意して塒に帰った。Katalin Balog, "‘Son of Saul,’ Kierkegaard and the Holocaust"(https://opinionator.blogs.nytimes.com/2016/02/28/son-of-saul-kierkegaard-and-the-holocaust/)を読む。

・detrimental: 有害な
・derisively: 馬鹿にして、嘲って
・stupefying: 知覚を麻痺させる、無感覚にする
・mesmerize: 催眠術をかける、魅惑する
・nudge: 軽く突く、押す

 最後まで読むと階を上がり、入浴に行った。入った湯が結構温かかったのは、多分父親が追い焚きしたのだろう。浸かりながら散思しているうちに、詩を考えるのだったと思い出した。毎晩風呂のなかで詩句を思い巡らせて、そうしているうちに自然と作品が出来上がらないかという魂胆なのだった。それで言葉やイメージを頭のなかに回したあと、じきに上がり、髪を乾かして洗面所から出てくると即座に下階に帰って、一〇時からこの日のメモを取り出した。現在時に追いつくと、一〇時三六分。
 この日の残り時間もあと僅かである。Bill Evans Trioを聞きつつ、手帳に記されている情報を記憶ノートに写していき、一一時に至ると音楽を聞きはじめた――Bill Evans Trio, "All Of You (take 3)"(『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』: D3#4)。三回続けて聞いた。"All Of You"は三テイクのどれもまったく瑕疵がなく、その演奏の前ではどちらの方が良い悪いという観点が無意味となってしまうかのようで、個人的な趣味としてどのテイクが一番好きかという問いにも答えが出ず、どれも等しく完全であるとしか思えないのだが、それでいて三つのテイクの様相はそれぞれに異なっているのだ。このテイク三は強いて言えば、三テイクのなかである種最も――Bill Evans Trioにあまり似つかわしくないような形容だが――荒々しく、烈しいような部分があると思われ、ピアノソロの終盤など、Evansのコードと、LaFaroのランニングと、Motianのシンバルと、三方からそれぞれ高波が押し寄せてくるような感覚がある。ところでこのテイクではまた、フォービートに入る時の移行の仕方、その際の三者の動きが最高に格好良く、完璧に嵌まっている。スティックに持ち替えたあとのMotianのシンバルの響きは硬質で鋭く、銀閃、といったイメージをもたらすもので、Evansのコードプレイもかなり強靭で迫力を帯びている。LaFaroはフォービートに入るまでのあいだはたびたび上層部に浮上しているのだが、低音部を離れた空中で地に足つけず泳いでいるあのあいだ、ベーシストとして恐ろしくはならないのだろうかと思う。三回目の聴取だったか、ベースソロに集中していると、脳に一音一音が明晰に埋めこまれるような感じのするひとときが訪れたのだが、しかしすぐに呼吸が邪魔になってそちらに意識が行ってしまい、音をよく見ることが――個人的な実感として、音楽を傾聴している際の感覚は「聞く」と言うよりも「見る」ような感じがする――できなくなった。
 次に、"My Foolish Heart"。二回連続で聞くあいだ、Paul Motianに自ずと耳が行った。ともすればドラムは地味なサポートに徹しがちなバラード演奏にあっても、改めて耳を傾けてみると思いの外に動きがあるもので、折々にロールと組み合わせたシズルシンバルの棚引きが散らされる一方、ある場所ではスネアを擦るのみでシンバルには触れない静かなアプローチが聞かれ、後半ではハイハットを裏拍に踏んで倍テンポになるかと思いきやまたすぐに通常のテンポに戻したりと気まぐれな振舞いも観察される。シンバルはおそらく二種だろうか、シズルのついていないより澄みやかな響きのものがあるようで、それを使ってロールと四分音符の一打を一拍ごとに繰り返すリズミカルな音使いも見られた。この曲ではEvansもLaFaroも派手なことはやらない分、Motianが曲の流れや起伏を相当部分形作っている感じがあり、通り一遍に終わらずまさしく繊細と形容するに相応しい彼のプレイの貢献がとても大きいだろう。このバラードが名演となっているのは間違いなく、Motianの豊かな装飾性によって、演奏全体が単調さに陥ることを回避しているためだと思われる。
 さらに、Bill Evans Trio『The 1960 Birdland Sessions』から、"Come Rain Or Come Shine"。四月三〇日の録音である。LaFaroがまたやたら好き勝手やっており、傍若無人に我が道を行っていて、まさしくScott LaFaroがここにいるな、という感じを受ける。彼のプレイを聞き違えることはない。ただ動き回るというのではなくて、その自由闊達ぶりにも特殊さがあると思われる。それは野蛮さと言うか我が物顔的なところと言うか、洗練することなどいかにも容易なのだがそのようなありふれた洗練など知ったことかと敢えて突き放しているような傲岸さの感覚で、行儀良くまとまるということに対して拒否感を抱いているかのような印象を受けるのだ。ところでこの音源では録音の質が変わったようで、ベースが前面に出て太く録れており、ピアノの音はきゃらきゃらしたような質感を帯び、一方でドラムは引っこんでほとんど聞こえなくなってしまっている。演奏としてはピアノはEvansには珍しくやや煮え切らないと言うか、全体に間を取りすぎているような気がして、諸所で遊びのような、普段と違ったペースの取り方がいくらか見えるのだが、それがかえってちょっとぎこちなく聞こえないでもなかった。
 続いて、"Nardis"。テーマの提示は尋常のものである。ピアノソロは、鮮烈な音使いが散見されるものの、やはり間の取り方、そのバランス、全体的な統一性が最高度に整ってはおらず、この日のEvansは六一年六月二五日の天上的な高みには達していないようだ。勿論だからと言って、とても凡百の演奏ではない。Motianはここでは極々普通のサポートをしているのだが、この曲ならもっと遊べるだろう、もっとリズムを拡散させ、崩してしまって良いだろうと思った。ベースソロはかなりダイナミックだが、しかし同時に逸っているような感じもどこかにあるようで、LaFaroも六一年と比べると、この時期は全体にそうしたやや性急なような印象を受ける。
 音楽を聞き終えたあとは零時半から読書に入ったが、ベッドに乗ってしまったため、あまり読めなかったようだ。そのまま三時に達して就床。


・作文
 11:30 - 11:41 = 11分(3日)
 11:41 - 11:57 = 16分(2日)
 11:57 - 12:53 = 56分(30日)
 16:17 - 16:31 = 14分(3日)
 22:01 - 22:36 = 35分(3日)
 計: 2時間12分

・読書
 13:40 - 14:06 = 26分
 14:21 - 14:40 = 19分
 14:58 - 15:10 = 12分
 15:28 - 16:05 = 37分
 20:54 - 21:17 = 23分
 24:30 - 26:59 = (1時間引いて)1時間29分
 計: 3時間26分

・睡眠
 2:00 - 10:15 = 8時間15分

・音楽

  • Queen『A Night At The Opera
  • Bill Evans Trio, "All Of You (take 3)"(×3), "My Foolish Heart"(×2)(『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』: D3#4, D1#4)
  • Bill Evans Trio, "Come Rain Or Come Shine"(×2), "Nardis"(『The 1960 Birdland Sessions』: #6, #7)

2019/12/2, Mon.

 暖かな家で
 何ごともなく生きているきみたちよ
 夕方、家に帰れば
 熱い食事と友人の顔が見られるきみたちよ。

  これが人間か、考えてほしい
  泥にまみれて働き
  平安を知らず
  パンのかけらを争い
  他人がうなずくだけで死に追いやられるものが。
  これが女か、考えてほしい
  髪は刈られ、名はなく
  思い出す力も失せ
  目は虚ろ、体の芯は
  冬の蛙のように冷えきっているものが。

 考えてほしい、こうした事実があったことを。
 これは命令だ。
 心に刻んでいてほしい
 家にいても、外に出ていても
 目覚めていても、寝ていても。
 そして子供たちに話してやってほしい。

  さもなくば、家は壊れ
  病が体を麻痺させ
  子供たちは顔をそむけるだろう。

 (プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』朝日新聞出版、二〇一七年、3~4)


 アラームは一〇時に仕掛けてあったが、例によって二度寝に入り、白い曇り空を目にしつつ、起き上がれないままにだらだらと正午まで過ごす。先日の川井行きの電車のなかでT田が、大体アラームの二時間後に起床するとこちらの生活の傾向を指摘したが、まさしくその通りになったわけだ。睡眠時間は九時間。これをまず、七時間にまで何とか減らしたいところだ。上階に行くと仕事に出る前の母親がいたので挨拶をして、寝間着からジャージに着替えた。食事は、昨晩の汁物にうどんを入れて煮込んだと言う。台所に行くとそのほか、菜っ葉と魚肉ソーセージの炒め物に大根の煮物が拵えてあったが、それらは食べないことにして、うどんのみ火に掛け、温まると鍋つかみを嵌めた左手で鍋を持ち、中身を丼のなかに流しこんだ。そうして卓に就いて新聞を瞥見しながら食事を始め、香港でふたたび大規模なデモが盛り上がっているとの記事など読みながら麺を啜り、隣家から貰ったという林檎も一切れ二切れ口にして食事を終えると台所で丼を洗った。そのまま浴室に行き、残り水を流しだしているあいだは肩をぐるぐる回してほぐし、ブラシで浴槽を洗って出てくると自室に戻って急須と湯呑みを持ってきた。急須の茶葉を流しに捨てようと台所に入ったところで、一度玄関を出たはずの母親が戻ってきて、戸口からこちらを呼び、椅子に掛かっているパーカーを取ってくれと言うのでそれを持って玄関に行き、渡すと台所に戻って茶葉を廃棄した。それから緑茶を用意して下階の居室へ、Evernote日課記録をつけたりしたあと、今日はまず最初に読み物を始めることにした。二〇一四年の日記を一日分読み、それからfuzkueの読書日記、Mさんのブログといつも通り他人の文章を渡り、今日はさらにSさんのブログも読むことにした。読んでいるあいだに口内で、歯と歯茎のあいだの僅かな隙間に滓が溜まって汚れていることに気がついたので歯磨きをすることにして、そうすると当然、読む時間はさらに長くなる。そういうわけで口内を掃除しながら、一一月一二日から一九日の記事まで読み、それから口を濯いできたあとここまで今日の日記を綴って、一時五〇分である。今日は休日だが、明日からは冬期講習に入って結構忙しい。睡眠時間を減らせるかどうかが勘所である。
 間髪入れず、続けて前日の記事を綴りはじめた。一時間弱で完成させると時刻は三時前、国民年金を支払わなければならないのでコンビニに出向くつもりだったが、その前に身体をほぐしておくことにした。例によってthe pillowsの曲を流して歌いながら開脚し、下半身や肩周りを柔らかくしたあと、床に蔓延っている埃の量がいい加減目に余ってきたので、掃除機も掛けることにした。音楽は流したまま部屋を出て、両親の衣装部屋に入って掃除機を取ってくると、戸口のコンセントにケーブルを接続し、掃除機を駆動させてしばらく床の上を移動した。収納のなかやテーブルや机の下、ベッドの下にも吸い口を伸ばしてゴミを吸い取り、終えるとちょうど掛かっていた"プロポーズ"を歌って、それから掃除機を元の場所に戻しに行った。そうして次に、着替えである。これといって見栄えのしない秋冬用の白いシャツに青灰色のズボンを履き、モスグリーンのモッズコートをその上に羽織って、年金の支払い用紙や財布などを持って上階に行った。仏間で赤地にアーガイル柄の靴下を履くと出発である。
 午後の早いうちには雨が降っていたのだが、今は既に止んでいた。天頂からは雲が払われて青さが露出しているものの、低みにはまだ溜まったものがあり、空がそのまま地上に降りて浸食してきたかのように、南の山はくすんだ色の霞に包まれていた。道脇の空中には糸を何重にも張り巡らして宮殿じみて巨大な蜘蛛の巣が掛けられており、大きな体の主はまさしく帝王さながらに中央に鎮座している。公営住宅前まで来ると足もとのアスファルトの質が変わり、一面に濡れたそれは随分と滑らかな感触を帯びていて、まるで水の粒が微細な凹凸に入りこんでその段差を埋め、隙間のない完璧な一つの平面として地を均したかのようだった。
 十字路の先を見通せば、坂道の空気は雨の名残で淡く曇っているものの、そこに午後三時の西陽が降って水を含んだ大気に明るさを浸透させ、暖色を帯びた光の明晰さと乳白色の霧の混濁とが共存する一種独特な景観を成している。その薄霧の向こうから地を擦る音が渡ってくるのは、坂の途中の宅の老人が路上を掃いているのだった。白い色を頭に乗せたその人の傍を通り過ぎ、坂を上って角を曲がると、道端で壁を成している茂みのところどころ明るい黄色も混ざった葉の重なりに陽射しが掛かって、日向に包まれてますます明るい色の現れたそのなかで、葉の上に残った水が艶々と光り輝いていた。さらに進んで、西に向かって長く伸びた直線路に入れば、太陽は正面に露わに浮かんで、物質から色という要素が剝ぎ取られたかのように路面は激しい白さを反映させて視界を占領し、一軒の前に立った数本の低木もことごとく、あたかも電飾を施されたようにクリスマスのイルミネーションめいて体いっぱいに光の粒をぶら下げていた。
 街道に出てちょっと行くとガソリンスタンドがあり、通りがかった時には車が入っておらず店員は暇そうで、一人は辛うじて、白く豊穣な洗剤でもってタイヤを洗う仕事を見つけていたが、もう一人は明らかに手持ち無沙汰に前後に開脚して、弾むようなリズムで身体を上下させて脚をほぐしていた。まもなくコンビニに着くと、その駐車場からは視界がひらけて南に長く横たわる山並みが一望できるのだが、山の上端には雲とも霧ともつかぬ蒸気が重そうに蟠っており、そこを中心として白濁色が広がって山影を覆い尽くし、まるで山全体が温泉と化したかのような蒸気の氾濫ぶりだった。コンビニに入店すると手前のレジが空いていたのでそこに寄って、お願いしますと言いながら年金の支払い書を差し出した。店員は高年も近いだろう年頃のおばさんで、失礼しますとか有難うございますとか、たびたび言葉を挟んで丁寧で朗らかな接客ぶりだったが、僅かに無理をしているような印象も微か覚えないでもなかった。年金を払ってしまうと店の角にあるATMに寄って金を下ろし、それから籠を取ってまず最初にレトルトのカレーの箱を二種入れた。それから次に、冷凍食品を取ったものか、それともポテトチップスだったか。そんなことはどちらでも良いのだが、冷凍食品は前回と同様、手羽中を一パックに焼鳥炭火焼を二パック買うことにして、そのほかチョコレートの挟まったパンや、同じくチョコレートの掛かったドーナツなどを手もとに加えて、先ほどのおばさんのレジにもう一度寄って、またお願いしますと会計を頼んだ。一八四四円を支払うと、礼を言って大きなビニール袋を右手に提げ、店をあとにした。
 ガソリンスタンドは相変わらず暇そうだった。三人連れの小学生とすれ違って街道を行き、裏道に入ってまた直線路に沿って行くと、あれは何の鳥だろうか、鵯らしくはないように聞こえたが、雨後の囀りといったところで林の方から鳥の声が細かく散ってくる。時刻は三時四〇分ほど、陽も低くなって道に日向はひらかず、行きには電飾を装ったようになっていた木も、既に露が落ちきったようでもあって光を失っていた。歩いているうちに蒸気が湧いているような音がするなと聞けば、それは足もとのマンホールから立っているもので、おそらく雨降りによって地下水が増えたのだろう、普段意識することもないけれど、この道の下に確かに水路が通っていて生活の支えになっているのだなと実感された。下り坂を行けば途中で尾の長い鳥が何匹も、枯葉が風に散るように樹冠から飛び立って、梢で遊んでいたようなのが見ているうちに今度は長く宙を渡って、滑らかな、しかし同時にかくかくと鋭角的な軌跡を描きながら遠くの林に飛んでいった。靴が踏んでいくアスファルトは仄かに青いような色味を帯びていた。
 帰宅すると戸棚や冷蔵庫に買ってきた品物を入れ、パンとポテトチップスを持って自室に帰った。そうしてパンにドーナツ、さらにポテトチップスも食ったのだが、そのあいだは多分、下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』を読み進めていたようだ。四時直前から五時過ぎまで読書時間が記録されているのがそれだろう。五時一三分まで至ったところで一旦読書が中断され、五時四四分からふたたび始まっているのだが、このあいだに何をしていたのかはもう記憶にない。五時四四分からの読書時間では、確か書抜きをしたのではなかったかと思う。そうして六時を一〇分ほど回ると上階に行き、アイロン掛けを行った。居間の明かりはコンビニから帰宅した四時頃に既に点けておき、カーテンもその時にもう閉めてあった。食卓灯のオレンジ色の薄明かりが広がるなかで、シャツを四枚か五枚、加えて父親のズボンにもアイロンを掛けて処理をして、その後、おかずは既にあるから良いが、汁物がないだろうというわけで大根の味噌汁を作ることにした。台所に入り、小鍋に水を汲んで火に掛け、椎茸を一つ刻むと刻んだ傍から早々と鍋に投入し、大根も細切りにしながら次々と、まだ沸騰していない湯に入れていく。それで湯が沸いて灰汁が出てくると白い泡を取り除き、粉の出汁を振り入れておいて、煮えるのをそこで待つのも手持ち無沙汰だったので、吹きこぼれないように火を弱めて下階に下りた。一〇分か一五分、時間を潰して戻ってくるつもりだった。それでセンター試験の国語の過去問の二〇〇八年度のものを少々読み、一五分ほど経ってふたたび台所に上がると、大根はうまい具合に煮えて柔らかくなっていたので味噌を溶かし入れた。そうして食事はOK、自室に帰って引き続きセンター試験の過去問を確認した。二〇〇八年度の小説は夏目漱石彼岸過迄』だった。問題としてはそれほど難しくなく、読解問題は無事全問正解することができた。そうして七時半、そこからまた三〇分ほど下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』を読み、八時頃上階に行ったが、ポテトチップスを食ったためだろう、腹が減っていなかったので先に風呂に入ることにした。八時五分から二五分くらいまで浸かり、頭と身体を洗って出てくると食事、前日の肉と玉ねぎと豆腐の炒め物や、鯖をおかずに米を食ったが、やはり全然腹が減っておらず、むしろ苦しいような感じがあって、無理矢理詰めこむような食事になった。完食後は腹が大変張るような感じになり、吐き気が兆してこないかと恐れられたくらいで、抗鬱薬を飲んで皿を洗うと、さすがに茶を飲む気にもならず自室に帰った。横になりたいほどの圧迫感、内臓疲労だったが、食ったばかりで横になると胃液が上がってきてかえって苦しい。頭痛も少々兆していたので日記を書く気力も湧かず、本を読もうかとも思ったのだけれどそれにも集中できなさそうで、どうするかと思いながらコンピューターの画面を前にしているうちに、しかし消化が進んだようで具合は落着いてきて、段々と楽になった。それで九時半過ぎからふたたび書抜きをしたあと、一〇時以降は多分だらだらとしたのだと思う。一一時を回ってからようやくこの日のことを書き足しはじめたが、外出時のことを書くのに思いの外に時間が掛かって、一時間費やして日付が新たになっても帰路のことまでしか綴れなかった。作文はそこまでとして寝る前の読書に入り、身体が疲れていたのでベッドに乗って、枕やクッションに凭れかかって姿勢を楽にしたのだが、そうするとやはり意識が曖昧になったようである。気づくと二時前だったのでそのまま眠りに入った。


・作文
 13:33 - 13:50 = 17分(2日)
 13:51 - 14:47 = 56分(1日)
 23:11 - 24:16 = 1時間5分(2日)
 計: 2時間18分

・読書
 12:40 - 13:32 = 52分
 15:54 - 17:13 = 1時間17分
 17:44 - 18:11 = 27分
 18:55 - 19:28 = 33分
 19:28 - 19:55 = 27分
 21:37 - 22:00 = 23分
 24:18 - 25:55 = 1時間37分
 計: 5時間38分

  • 2014/3/10, Mon.
  • fuzkue「読書日記(162)」: 11月5日(火)
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-11-28「鉄くずを遺骨と見なす今日よりも信心深い明日のために」
  • 「at-oyr」: 2019-11-12「感覚」; 2019-11-13「老眼」; 2019-11-14「幸福」; 2019-11-15「オンライン」; 2019-11-16「Sounds On The Beach」; 2019-11-17「家事」; 2019-11-18「席替え」; 2019-11-19「マスヒステリズム」
  • 下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』: 162 - 209
  • 下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』みすず書房、二〇〇五年、書抜き
  • センター試験国語過去問・2008年度

・睡眠
 3:00 - 12:00 = 9時間

・音楽