2019/4/20, Sat.

 六時起床。それ以前にもたびたび覚めていた。アラームが鳴り出すと、ちょっと間を置いてからベッドを抜け出し、入り口の傍に寄って棚の上の携帯を手に取る。そうして鳴り響く音を停め、普段だったらここでふたたびベッドに戻って二度寝に入ってしまうところだが、今日は約束があるというわけで意志の力を働かせてベッドの外に留まった。上階へ。両親はまだ眠っている。南窓のカーテンのみ開け、陽射しを取り込む。自室にいる時にはカーテンを透かして太陽の色が部屋に入り込んでいたのだが、今は太陽は溶き卵のような雲に隠され気味だった。冷蔵庫からカレーのフライパンを取り出し、焜炉に掛けて温める。搔き混ぜながら加熱して、米をよそるとその上にカレーを掛けた。そうして卓に就いて食事。昨日の新聞によれば、今日の最高気温は一九度らしい。空の気配からすると屈託のない晴れ晴れとした快晴というわけにはいかなさそうだ。カレーを食べ終えると薬を飲み――アリピプラゾールとセルトラリン――台所に行ってカレーに使った大皿を水に浸けて放置しておく。そうして下階に戻った。
 コンピューターを点け、Twitterのリプライに返信を送っておき、その後このような朝早くから油ものだけれどポテトチップスをつまむ。チップスを食いながら、六時半から、久しぶりにSさんのブログを読んだ。「地面」の記事が良かったように思う。当たり前の話だが、やはり自分には容易に書けない感性の発露、意味の連なりを作っているなという感じ。その後、Mさんの日記、二日分。それで七時過ぎ。そこから日記を綴って――FISHMANS『Oh! Mountain』を今日も流したが、朝早くて父親などまだ起きていないだろうからヘッドフォンである――七時半前。
 前日の記事をブログに投稿。Amazonなどもう意に介さない。リンクを作らなくて良くなって、幾分楽になった。それから歯を磨き、昨夜のYさんからふたたびダイレクト・メッセージが送られてきたので、やり取り。傍ら、「記憶」記事を読むが、まだ眠っているであろう父親を慮って音楽も大きな音で流せないし、声も屈託なく出せないので、すぐに切り上げた。そうして八時。時間が前後するが、歯磨きのあとにもう服を着替えてしまっていた。寝巻きを脱いで、グレーのイージー・スリム・パンツとGLOBAL WORKのカラフルなチェック柄のシャツを上階に持って行き、ズボンにアイロンを掛けて皺を取った。ついでに母親のエプロンもアイロン掛けしておき、服を着ると部屋に戻って、「記憶」記事、という順番だったと思う。そうして八時を過ぎると便所に行って排便し、さらにもう洗濯が終わったらしかったので、上階に行って――この時朝ドラを映しているテレビは八時一四分を示していた――風呂を洗った。栓を抜いて、まだ生暖かい湯を流し、浴槽をブラシで擦る。そうして下階に戻ってくると、ここまで綴って八時半前。そろそろ出かけなくてはならない。
 上階に行って出発。玄関を抜けながら、結構寒いなと呟く。朝八時半過ぎの大気はやや冷やりとしていた。市営住宅に接した公園では桜の木が赤茶色に染まった上に葉の緑が乗り、梢には僅かに花弁の白が残っていた。坂を上って行き、最寄り駅へ。駅前で八重桜が咲いている。階段を上りながら左方を見やると、駅前広場にもドーム状の枝垂れた桜が一本立っている。ホームの先へ。手帳を取り出して日付だけ記入した。身体の平衡感覚に僅かなぶれが生じているようだった。やはり四時間半では眠りが少ないのだ。やって来た電車に乗車し、優先席にクラッチバッグを置いてその傍らに立ち、片手で手摺りを掴みながら片手で手帳をひらいてメモを復習した。
 青梅着。乗り換えの電車は既に向かいに停まっており、すぐ発車である。こちらの乗った電車が着いて扉がひらかないうちにもう発車ベルが鳴り出していた。それで降りるとすぐ向かいの車両に乗り換え、電車の揺れに逆らって歩いて行き、一つ隣の車両へ移った。そしてこれ以上揺れる車内を移動するのが億劫だったので、そこの三人掛けに座る。四号車である。
 やはり眠りが足りないような感じがあって、たびたび欠伸を漏らしたはずである。それでも目を閉じて休むことはせずに手帳のメモを復習した。途中、河辺で扉際に一人、ジャージ姿の女性が乗ってきた。その時点では運動部の高校生だろうかと思ったのだが、次の小作で同じジャージ姿の仲間が三人か四人乗ってきて、彼女らの顔を見ると高校生にしては大人びた顔をしており、また女子高校特有の姦しさで燥ぐこともなく、いくらか落ち着きがある。大学生だろうかと推測を改めたのだが、しかしこの近辺に大学はない。続くいくつかの駅で、同じ格好だがさらに年上の女性らが乗ってきて、それで社会人のチームか何からしいとわかった。それだけ人数が集まると、相応に賑やかにしていた。
 昭島で立った。こちらが降りる素振りを見せると、ジャージ姿の一団のうち二、三人がその場からずれて、出口までの道を譲ってくれたので、すみませんと会釈した。降りると、時刻は九時一〇分。ゆっくり歩いてホームを移動し、エスカレーターを上ると精算機に寄った。一万円を崩して一〇〇〇円札を作りたかったのだ。機械の前の出っ張りにバッグを置き、五〇〇〇円をSUICAに入金した。目論見通り、釣りとして一〇〇〇円札五枚を入手、領収証も発行して受け取ってから改札を抜け、北口の階段――エスカレーターだったか?――を降りる。選挙カーが朝も早くから駅前をうろついていたと思う。道を辿って北へ。盲人用押しボタンのある横断歩道を渡り、右折すると、道端の植え込みに白、薄ピンク、紫に寄ったピンク、強い赤と色とりどりの躑躅が咲き乱れ、群生していた。
 昭島MOVIX着。建物の外の植え込みの周りの段にでも腰掛けてメモを取りながらほかの面子を待とうかと思ったが、なかにも座る場所があるだろうと一旦確認しに行くことに。すると、入ってすぐ、フロアに入る前の廊下のような場所で早くもT田と遭遇した。これでメモは取れなくなったわけだ。おう、早いなと挨拶し、二人でフロアに入る。だだっ広い空間が広がっており、左手には席がいくつも並び、正面奥のい左側にはチケット売り場があって、右手には飲食物売り場が設けられており、そのあいだの天井付近には映画の宣伝映像を流す大型のモニターが取りつけられていた。ずっと右方の壁の向こうにはトイレである。左方へ折れて、並ぶ席の脇を通り、フロアの隅の機械へと行く。T田が操作するのを後ろから覗き見ると、購入番号と電話番号を入力していた。それでチケット五枚が入手された。もうここで代金を払ってしまおうと提案し、一五〇〇円だと言うので、崩して手に入れた一〇〇〇円札と百円玉五枚を渡した。金を払うと、こんなことを言うのは僭越なのかもしれないが、とT田は前置いてから、俺たちと出かけるたびに結構金が掛かると思うけれど大丈夫なのかと。笑って、まだ貯金があると答える。それで一旦フロアから出てほかの面子を待ちながら、それにそろそろまた働きはじめようと思ってはいると付け足す。しかし、働くのは面倒臭えと嘆き。このあいだ俺の家に来た時、ムージルって作家を紹介しただろ、と。そいつが『特性のない男』っていう長いやつを書いていて、ハードカバーで六巻あるんだけど、それを読んでからにしようかなどと考えていると言うと、T田は大きく笑った。ニートの期間に読めるものを読んでおきたいからな。
 そうこうしているうちにまもなく、M田さんがやって来た。こんにちはと挨拶。その次にKくん。彼は手に喫茶店の紙コップを持っていた。エクセルシオールのものらしい。いつもはスター・バックスで買うと言う。そうして最後にTが来た。彼女は薄い温かみのある褐色のコートを羽織っていた。Kくんは、あれはステンカラー・コートというものだろうか、薄手のつるつるしていそうな素材のベージュのコート。T田は上着を身につけておらず、シャツのみで、下はモスグリーンのズボンだった。
 フロアへ戻る。女性二人は、飲み物を買いに行った。飲食物売り場には人々が大挙しており、列が蛇行して長く続いて頭が群れ並んでいて、二人がどこにいるのかまったくわからなかった。男三人で入口付近に立ち尽くして待つ。宣伝映像のモニターを見上げていると、『名探偵ピカチュウ』というハリウッド作品の広告が流れる。ピカチュウの声が低く渋くて、まったく見た目に合っていないなと突っ込みながら見る。シュールである。ポケット・モンスターいわゆるポケモンは海外で人気があるようだ。のち、シアター内で目にした映画が始まる前の宣伝紹介のなかにも、『ミュウツーの逆襲』のそれが流れていた。これも多分ハリウッドで、以前日本で映画化された作品をあちらの流儀でリメイクしたものということらしい。興行収入が全米ナンバー一とか何とか言っていたような気がする。
 じきに女性二人が帰ってきた。Tは紙の容器に入ったコーラを持っていた。そうして入場。もぎりの女性にチケットを渡すと、何か黄色い包みに包まれた四角形の薄い品を渡された。公開一週目の入場者にプレゼントしている特典の製品らしく、あとで見ると、あれは多分コースターなのだろうか、それとも単なるカードでコースターの用途はないのだろうか、黄前久美子高坂麗奈がアイスクリームを食べている絵が描かれてあって、左上にはHappy Ice Creamと文字が入れられており――これは劇中で、話し相手と偶然発言が被った時にすかさず「ハッピー・アイスクリーム!」と言うと、それを言われた相手の方はアイスを奢らなければ行けない、という遊びがあってそこから取ったのだ――、その脇に小さく、「京都アニメーション 池田晶子 キャラデ」と署名が記されてあった。
 シアター一二に入る。席は比較的前の方、列の右端から五席だった。アニメ作品の宣伝が色々出てのち、例の、撮影録音禁止の勧告を行う、くねくねした動きのキャラクターの映像が出る。そうして上演開始。『劇場版 響け! ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~』である。朱色に塗られた橋の上での、塚本秀一による黄前久美子への告白シーンから始まる。あとでKくんが言っていたところによると、これは京都アニメーションのほかの作品と繋がっているらしい。序盤、早速演奏シーンがある。PUFFYの曲、"これが私の生きる道"である。エレキベースとギターが編成に含まれていた。
 印象に残っているのは、黄前と高坂が祭りの夜に丘の上の東屋みたいな場所で話すシーンである。黄前は塚本とのデートで夏祭りに来て遊んでいたのだが、そのあと、路上で話している時に彼女は躓き、塚本に抱きとめられる格好になる。そこで塚本はキスをしようとゆっくりと顔を近づけるのだったが、黄前はそれを拒否し、こんなところで、信じられない、と言って、彼を叩いて走って逃げ去ってしまう。走ってきて息を切らしながら立ち止まったのは丘上に続く階段の下で、そこで高坂の吹くトランペットの音を耳にして彼女は登って行くのだ。邂逅すると黄前は高坂に、何でここにいるのか、家まで行ってしまうところだったと言い、高坂の方は、塚本とのデートなのだから、本当に家に来るとは思っていなかった、と告げる。
 そこで交わされる話は、将来はどうする、といったような事柄である。高坂は、自分の生きた証を残したい、と宣言する。それは彼女にとっては、トランペットを吹き、その音を他者に届けることである。あるいはそれを言っていたのは海の場面だったかもしれない、記憶が曖昧である。その水場のシーンでは、これはこちらは気づかなかったが、黄前と高坂の水着が色違いでお揃いだったらしい。仲の良さの符牒である。
 東屋での会話に戻ると、何か吹いてよ、と言う黄前に対して高坂はいいよ、と答えるのだが、この時の「いいよ」の声のトーンが、優しさが籠ったようなもので単純に耳に快かった。女性同士の同性愛的な関係、それが言い過ぎならば性愛未満だが友情以上の関係――おそらくこの多感な時期にしかない、特有の繊細な人間関係としての――というのが、この作品の主題の一つだろう。これより以前の劇中では、後輩の鈴木美玲によって、二人の距離の近さが指摘されるという場面もあったし、高坂が、この先黄前と一緒にいられなくなるのではないかという不安を漏らす一幕もどこかにあったはずだ。実際、この「何か吹いてよ」「いいよ」のやり取りのトーンは、ほとんど恋人の睦言めいたような響きを帯びていたように思う。しかもそれは、塚本という男の恋人からのキスを拒絶して逃げ出したあとのことなのだ。会話の途中、高坂が"リズと青い鳥"の旋律を吹き出すその前に、黄前が祭りで買ってきた蜜柑飴を食べ合うシーンがある。高坂が先に齧り、それを差し出されて続いて黄前が反対側を齧る。このやり取りを目にした時、これは接吻のメタファーなのではないかと思い当たった。それを連想させるようなエロティックな香りが、ほんの幽かにではあるものの、漂っていたように思う。繰り返しになるが、このシーンは塚本とのキスを拒んだあとのことである。蜜柑飴の齧り合いが接吻の代理なのだとすると、黄前は男性の恋人である塚本を拒否して女性の親友である高坂とのそれを選んだとも読めるのではないか。実際のちに、黄前は塚本とは距離を置くという選択を取ることになる――その時の理由あるいは言い訳としては、コンクールに向けての練習や、後輩の指導や、将来を考えることなど、色々な事柄をいっぺんに、同時並行では出来ない、考えられない、ということだったが。
 ほかに大きかったテーマとしては、「呼び方」の問題があるだろう。脇役のキャラクターではあるが、月永求は「月永」という名字で呼ばれるのを嫌がる。これは北宇治高校のライバルである龍星高校の吹奏楽部の顧問が彼の父親で、劇中ではっきりとは描かれていないが、その父親との確執か何かがあるようで、彼はこの名字そのものを嫌っているのだ。また、鈴木美玲は「みっちゃん」という渾名で呼ばれるのを強く拒否する。それは、小学校時代の同級生、鈴木さつきと「さっちゃん」「みっちゃん」として、「ニコイチのように」扱われるのが腹立たしいからである。彼女は、自分よりも演奏の腕がないのにその人柄でもって先輩たちからも可愛がられている鈴木さつきを見ると、どうしても苛々してしまうのだ。その苛立ちが爆発してしまうのがマーチング大会の本番直前で、鈴木美玲はそこで、演奏するのをやめると言って泣きながら集団から離れてしまう。久石奏と黄前久美子がそれを追いかけて行って説得に当たるのだが、そこで黄前が提案するのは、まずは「みっちゃん」という呼び方を受け入れてみればということである。実際に鈴木美玲はそれを受け入れ、皆の元に戻り、本番の演奏は無事遂行されて、それを機に二人の鈴木の間柄は回復することになる。
 また、本音を漏らさず相手の先を取る八方美人的な外観を纏っていながらその実癖の強い久石奏は最初、黄前久美子のことを「黄前先輩」と呼んでいたが、ある時点から「久美子先輩」と下の名前で呼ぶことになる。それが正確にどの時点からだったか残念ながら覚えていないのだが、曖昧で不確かな記憶によると、まさしく先の鈴木美玲の引き起こした一悶着があって、黄前が彼女の説得に成功したそのあとだったのではなかったか。その黄前は劇の結びに至って、久石奏に「部長」と呼ばれているわけで、久石―黄前間の関係だけ見ると、この物語は、前者から後者への呼び方が、「黄前先輩」「久美子先輩」「部長」と推移していくまでの物語だったと言えるかもしれない――もっとも、「部長」と呼ばれるのは終幕における一回だけなので、物語への寄与は薄いが――そのほか、副部長である中川夏紀も初めは久石奏のことを「久石ちゃん」と読んでいたのだが、彼女のオーディション時における喧嘩の最中には、思わず出たといった感じで「奏」と呼び捨てにしている。このあたりの「呼び名」の変遷を結節点にして、登場人物の関係の変化を追って行くとわかりやすい整理がなされるかもしれないなと思った。
 あとは音楽、演奏シーンが当然ながら良かった。"リズと青い鳥"の演奏、特に第三楽章の、鎧塚みぞれによる朗々と飛翔するオーボエソロである。ただ、演奏のあいだにワンカット、天井の照明に焦点が合って画面がぐるぐると回転するという映像が差し込まれていたが、この演出の意味がわからないと言ってKくんは気にしていた。
 クレジットとともに流されたテーマソングは少々明るくポップ過ぎたようにこちらとしては思われて、このまま終わっては余韻のようなものがまったくないなと思っていたところ、クレジットがすべて流れ終わったあとに、その後のことがほんの少しだけ語られたので――黄前が久石奏から「部長」と呼ばれる結びの場面だ――安心した。
 終幕。人々が席から立って続々と退場していく。こちらはほかの観客たちが捌けていったあとから出たかったので、早速立ち上がっていた隣のT田に、もう行くのと言って引き留める。それから反対側の隣に座っていたTに、めっちゃ泣いてたやんと笑う。そのうちに人の流れが少なくなったので、退場。通路を辿ってフロアに戻り、トイレへ行った。放尿してきて戻ると外へ。建物から出て、高架歩廊に上がり、道を挟んで向かいにあるモリタウンのなかに入る。女性陣二人の先導で様々なショップの横を通っていき、フード―コートに着いた。食事である。
 テーブルをくっつけて六人掛けの席を作った。T田、M田さん、Tの三人は食事を買いに行き、こちらとKくんが席に残った。はあーとため息をつくと、Kくんは笑って、どうした、と訊いてくる。脚を前にだらりと伸ばして、疲れた、と答える。あれだけの密度の物語を見ると疲れるんだよなとKくん。お腹減ってないもん、今、あれで満腹なんだよな。同意した。実際、時刻は一二時頃だったはずだが、腹が減った感じはあまりなかった――それでも食べ出せば食べられるだろうとは思われたが。じきに、M田さんが戻ってくる。M田さん、今日は何の用事なのと問いかけると、先輩と新大久保の楽器屋に行くのだと言う。M田さんは先輩にマウスピースを借りていたのを返したいのだったが、先輩の方は新しい楽器を買うらしく、それに付き合うのだと。楽器と言うのはユーフォニアムである。M田さんは話しながら、ユーフォニアムのずらりと並んだカタログを取り出した。自分の楽器はこれだとなかの一つを指差したところで、料理の出来たことを知らせる小型機械が鳴ったのだったと思う。それで彼女は席を離れ、ほとんど同時にT田が席に戻ってきていたと思う。こちらも買いに出る。ちゃんぽんを食うと決めていた。それで並ぶ席のあいだをくぐってリンガーハットの店舗へ。メニュー看板を見て、スナックちゃんぽんという安めの、ということはおそらく量の少ない品にしようかと迷ったが、まあ食べられるだろうというわけで結局普通の長崎ちゃんぽんを選んだ。注文。六三七円を支払い、小型の機械を渡される。動画の流れるモニターがついていて、時間が来れば音をピーピー鳴らして料理が出来たことを知らせてくれる道具である。そうして席に戻り、雑談を交わしつつ――と言ってこちらは例によって黙りがちだったと思うが――待つ。何を話したのかは覚えていない。じきにTとT田は品を取ってくる。二人ともこちらと同じくリンガーハットで注文したものである。Tはちゃんぽんの掛かったかた焼きそばのようなもの、T田の品は混ぜそばのようなもの。混ぜ何とか、とメニューにはあったが、何とか、の部分が思い出せないとT田は漏らしていた。KくんもSUBWAYのサンドを持ってきて、そのうちにこちらの機械も鳴ったので取りに行った。大きな丼の乗ったトレイを、手を滑らせないようにしっかり持って慎重に運んで行った。
 会話は覚えていない。映画の話は当然出ていたはずだが、こちらは大した感想もないので大方黙っていた。ただ、一度発言した時があって、それは月永求のことである。彼も考えると切ない人間だなと言ったのだ。何で、とTが訊いてくるのに、レベルの低い龍星中学からわざわざ北宇治高校に来たのに、その元々彼の属していたライバル校である龍星高校――しかもそこの新しい指導者は彼の父親である――に全国大会への切符を奪われてしまったからだ、と。
 食後、Kくんが突如としてヤクルトを一本取り出した。それを見て、M田さんは大きな反応を見せてヤクルトを讃美してみせる。会社の研修か何かでセブ島に行ったことがあるらしいのだが、その時、ヤクルトがなかったら死んでいたと大袈裟に話した。英語の作文を課せられたのだが、それもヤクルトについて書いたほど、その時期はヤクルトに感謝していたらしい。ほか、そこに滞在した四週間のうち、三週間ほどは風邪を引いていたのだが、気力も絶え絶えになった最後の週にスーパーで「リポビタンD」を発見して、それで乗り切ることができ、大正製薬の偉大さを知ったというようなことを話していた。ヤクルトについてからリポビタンDについてまで、独壇場という感じで彼女はテンション高く一気に喋り続けて、ヤクルトでそれほどテンションが上がる人間は初めて見るものだった。
 そのうちにそのM田さんは用事のために去った。去り際にTが菓子だったか何だったか――菓子ではなかったか? しかし何だったのかが思い出せない――を渡していた。それを見てこちらも、M田さんが去ったあと、Tに声を掛け、音源を持ってきたからと告げ、ディスクユニオンの袋に包まれた五枚のCDをバッグから取り出して渡す。TがなかからCDを取り出すので、一つずつ簡単な説明を加える。まず最初に、Marvin Gaye『What's Going On』。これはソウルの名盤である。とにかくベースを聞け、と強調する。次にGretchen Parlato『Live In NYC』。これはあまり簡単な音楽ではないが、歌が入っているものなので、ボーカルの参考にでもなればと。そしてご存知FISHMANSのライブ盤、『Oh! Mountain』。ここ一か月ほど毎日流していると告げた。cero『Obscure Ride』。最近のバンドであり、ジャズやソウルなど混ぜた感じのポップスで、メロディーの作り方やリズムが独特なので参考になればと。そしてBill Evans Trio『Waltz For Debby』。超名盤。あまりにも名盤なので、これは差し上げると半ば押しつけるようにして贈呈した。そうして説明しているとT田が、実はこれから俺の家に来てもらうつもりなんだと明かし、その時にリッピングさせてくれと言うので了承した。そこで流して、Tにも聞いてもらえば良い。
 Tも皆に渡すものを持っていた。三峯神社のお守りである。表面に大きく「氣」と書いてあった。三峯神社というのはどこにあるのかと訊くと、秩父から山の中に一時間半ほど行った僻地にあるのだと言う。
 じきに出発することに。トレイを片手に、バッグをもう片手に持って立つ。返却口までトレイを運んでいき、店員にごちそうさまでしたと声を掛けて、待っているT田とKくんのところへ。そうして出発。モリタウンを抜けて外へ。陽射しがあった。T谷のことをTと並んで話しながら歩く。T谷くんは運動部っぽくはないとTは言う。前の二人のことも、運動部にはいないなと言うので、自分も含めて揃いも揃って皆ひょろひょろだからなとこちら。Tの感じ方では、自分自身は運動部にいそうなタイプで、M田さんはやはり吹奏楽部、文化部にいそうなタイプであるらしい。
 Tが金を下ろすために銀行に寄りたいと言うので、駅前で止まって、Tが銀行に行っているあいだ三人で待つ。駅前では市議会選の候補者が演説をしており、ベトナム戦争の時代には横田基地からも出動があって云々と話していたが、彼は何故か自身についてではなくて、誰かほかの人について話していたようだった。じきにTが戻って来たので駅に入り、ホームへ。電車に乗る。移動の電車内では、先ほど観た映画の、サブタイトルの「誓いのフィナーレ」の意味がわからないなと言ってKくんが一生懸命考えていた。こちらはさほど興味はないので黙っていた。そうして立川着。階段を上がって通路を移動し、南武線へ。快速の川崎行きへ乗る。T田の家は稲城長沼にある。南武線の電車内では、また「誓いのフィナーレ」というタイトルについての考察がなされていたと思う。確かに、誰かが何かを誓っていたような場面もなかったし、フィナーレというのも何が終わったのかよくわからない。現三年生の全国大会への挑戦が終わったことは間違いないのだろうが。最後に黄前久美子が部長になっていることが明かされたわけで、どちらかと言うと、今回の物語は終わりと言うよりは、黄前の三年生篇に向けての始まりの物語になっていたと思う。その点で「誓いのフィナーレ」と言うよりは、「フィナーレへの誓い」と言ったほうが適切だよねとそんな話がなされた。
 稲城長沼で降車。改札を抜け、駅にあるwelciaに寄って何か飲み物や菓子など買って行くことに。こちらは「Gokuri」というグレープフルーツジュースを選び、M&M'sのチョコレートを二袋買った。三四〇円。そのほかT田が「新潟仕込み」煎餅を買い、Tは「きのこの山」と「たけのこの里」が両方入った品、Kくんが何を買っていたのかは忘れた、と言うかよく見ていなかった。棚のあいだにいる時、Aerosmithの"Walk This Way"のあの特徴的なリフが店内に掛かって、思わず、うわ、懐かしいと呟いた。Aerosmithだ、まさかここでAerosmithを聞くとは思わなかったと。音源はAerosmithオリジナルのものではなく、打ち込み加工されたものだった。
 それで駅から歩いて、近間のT田宅へ。Tは日傘を射していた。実際薄陽射しがあってそこそこ暑かったのだ。T田宅着。玄関を入り、お邪魔しますと言いながら靴を脱いで上がる。T田のお母さんが姿を現したので挨拶。彼女はスーパーで働いているらしく、サラダを作ったのを四人分、冷蔵庫に置いておいたと言う。そのほか、メンチやコロッケ、春巻きも用意してある、手作りの食べ物でなくて申し訳ないがと言うので、とんでもないと恐縮して皆で礼を言った。まもなく、二階のT田の部屋へ。急な階段を上がって行く。T田の部屋はこちらの部屋と同じくらいの狭さである。椅子も机に付属した一脚しかないので――と言うか椅子を置くようなスペースすらないわけだが――畳敷きの床に直接腰を下ろす。それで飲み物を飲んだり、買ってきた菓子を食ったりしながら雑談ほか。こちらの持ってきたCDを流す。最初はMarvin Gaye『What's Going On』。次にcero。何を話していたのかは全然覚えていない。T田にプラトンイデア論についてちょっと講釈したのは覚えているが、詳しく書く気力は起きない。こちらは「Gokuri」を飲んだり、M&M'sチョコレートをつまんだりしつつ、音楽に合わせて指を鳴らしたり身体を揺らしたりしていた。ポスターの配布がなされた時間があった。『響け! ユーフォニアム』の特典である。しかしこちらはアニメのポスターなど貰っても貼る場所もないしそのつもりもないので、Kくんに俺の分も貰っていいよと譲ることにした。そのうちにかっぱえびせんが開けられたが――おそらくKくんが買ったのだろう――こちらはあまり腹が減っていなかったので一つも口にしなかった。この時間のあいだだったか定かにはわからないが、Tに、楽しいって感情は戻ったのと訊かれた時があった。あまり楽しいという感じもこちらにはないのだが、苦痛もない。本当に精神状態は普通で中庸で平静といった感じであり、それで特に困ってもいないし、不満を感じてもいない、概ね満足している。そのように答えるとTは納得し、安心していたようだった。
 それでかっぱえびせんがなくなるとそれを機に、場所を移って音源の修正をすることになった。部屋を出て、階段近くの別室に移動する。そこには大きなモニターのコンピューターが置かれてあり、傍らには電子ピアノもあって、ここでどうやらT田はいつも録音をしたり音源の加工をしたりしているらしい。それでTが作った新しい、先日吉祥寺の喫茶店「多奈加亭」で聞かせてもらったやつだが、あの音源のボーカルのタイミングを修正していくことになった。音源を細かく区切って流しては止め、皆が聞いてここはちょっとずれているなと、違和感があるなという部分を発見していき、T田がCubaseを操作して、リズムや発声のタイミングを細かく調整していく。これに結構時間が掛かって、一通り終わる頃には六時半か七時くらいに至っていたはずだ。それで食事を取ることになって、下階に移った。四人掛けのテーブルに就く。席順は、背後を壁にしたこちらから見て、右隣がT田、正面がT、その右隣がKくんである。T田がコロッケやメンチ、春巻きを電子レンジで温めたり、皆の分の米を椀によそったりしてくれた。それでT田の母君が作ってくれたスーパーのサラダも分け合って食べる。こちらは海老やコーンの入ったスナップエンドウのサラダと、揚げ物はメンチを頂き、メンチと春巻きを細かく千切っておかずにしながら白米を食した。食事中は、部屋の片隅にあったコンポでGretchen Parlato『Live In NYC』が流された。T田が、それではついていけないほどシャレオツな音楽を流そうと言って紹介したのだ。Tが聞くには結構難しい音楽かもしれないが、何かの参考になってくれると有り難いと思う。食事中は彼女の学校の話などが話題に上がっていたと思う。
 それで食事を終えるとふたたび上階へ、T田の部屋へ戻った。ちょっとしてから、Bill Evans Trio『Waltz For Debby』が流された。こちらは例によって音楽に合わせて指を鳴らしたりしてリズムを取る。それを聞きながら、T田に、何かCD貸してよと要求した。ジャンルはと言うので、クラシックで行ってみるかと。完璧なクラシックを貸してくれと難題を吹っ掛けた。T田は、CDラックを探りながら、その言葉を待っていた、二〇パーセントくらい、と冗談を言った。彼はどれを選ぼうかと色々見比べながら長いこと迷っていた。随分たくさんの音源を持っているものだった。上限はと訊かれるので、じゃあ五枚まででと言ったが、結局彼は完璧だと思われる演奏の含まれているCDを四枚選んでくれた。Leopold Stokowski: New Philharmonia Orchestra『Tchaikovsky: Symphony #5; Mussorgsky/Stokowski: Pictures At An Exhibition』、『Svetlanov - Rimsky-Korsakov: Scheherazade - Mlada: Procession of the Nobles - Scriabin: La Poeme de l'extase』、Evgeny Kissin『Schumann: Kreisleriana; Beethoven: Rondos, Etc.』、『伊福部 昭の芸術 10 凛 - 生誕100年記念・初期傑作集』である。一つ目は、チャイコフスキーの方の第二楽章が、いわゆる美しいクラシック音楽のなかでは最高峰であるとの評価だった。二つ目は、のちにLINEで送られてきたT田本人の評言を引くと、「さっき話したとおりリムスキーコルサコフシェエラザードは4楽章構成で、その演奏では特に第3楽章(トラック4)のスローテンポでも息切れ感や先走りのない厚い盛り上がりと、第4楽章(トラック5)の高精度なアンサンブルとメリハリが素晴らしい。トラック6の法悦の詩も強力かつ高精度なアンサンブルで、この曲の尖った魅力が最大限に引き出されている」とのこと。三つ目はいわゆる超絶技巧のピアノだが、しかし同時に非常に音楽的でもあると思うと彼は言っていた。四つ目の伊福部昭というのは『ゴジラ』の音楽を作曲した人らしいのだが――そして『ゴジラ』の有名なあのテーマの動機というのは、T田のクラシック選集の最後に入っていたラヴェルのピアノ協奏曲から取ったものらしいのだが――この人の"日本狂詩曲"というのが素晴らしいとのことだった。
 そのうちに、音楽をBill Evans TrioからFISHMANS『Oh! Mountain』に変える。その頃Tは、先の別室に移ってピアノのフレーズを練習していた。そう言えば書き忘れていたが、先ほど音源の修正をしていた時間の最後の方で、電子ピアノを弄らせてもらって遊びながら、Tにペンタトニック・スケールを教示した時間があった。Cをルートとするとこうだと五音を弾き、これに短五度の音を加えると途端にブルースっぽくなる、などと教えたのだった。AをルートとするAマイナー・ペンタトニックはすべて白鍵の音になる、これはCをルートとして考えると四度のファと七度のシが抜けた音階なので、ヨナ抜き音階などと呼ばれて日本の音楽に用いられたりもしている、この五音だけだと何となく祭り囃子っぽくなるので、その時はやはり短五度のEフラットを加えればぐっとブルースになる。そんなことを話しながら、適当に鍵盤を弄って拙いアドリブフレーズを奏でたのだった。それで、FISHMANSを流しているあいだはTはずっとその別室に行って練習しており、音楽が途切れた合間など、彼女の奏でるピアノの音が差し込まれて聞こえてくるのだった。こちらは例によって指を鳴らしたり、小さな声で歌を口ずさんだりする。八曲目の"感謝(驚)"が流れている時、音源を選んでいたT田が、これいいねと言うので、さすがに良い耳をしていると思った。『Oh! Mountain』の"感謝(驚)"は、あのライブ盤のなかでも、こちらが一番好きかもしれない曲である。
 『Oh! Mountain』が終盤の"チャンス"に差し掛かったあたりでTは戻ってきた。その頃にはもう八時半を超えて九時に近づいていたのではないか。八時半になった時点で、時計を見やって、もう一二時間も外にいるよと漏らすとKくんが、一二時間は凄いなと答えた。それでTが戻ってくると、T田は、グルジアの合唱曲で聞かせたい音源があると言ってコンピューターを操作し、それを流しだしたのだが、冒頭、「おお、祟りだろう」という日本語にしか聞こえない発音のフレーズが入っていて、それが一番面白かった。肝心の音楽内容はと言えば、グルジアン・ポリフォニーと言うらしいのだが、非常に複雑な和声が曲の最初から最後まで続く合唱で、一体これはどんな和音になっているのだと不思議だった。
 それで、お暇することに。部屋を出て急な階段を下階に下りていき、玄関を抜けてお邪魔しましたと挨拶をした。そうして駅へ歩く。電車までやや時間があったので、改札の外でまた少々話しながら時間を潰した。この時T田から、来年、俺のルームメイトにならないかと誘われた。どうやら来年あたりから実家を出るような計画が持ち上がっているらしいが、その移転先が何と大阪の可能性が高いと言う。大阪と言えばKくんの実家のある地である。T田のその誘いには、考えておくと答えておいた。
 それで九時四〇分頃になってそれでは行くかとなった。ありがとうございましたと互いに礼を言って別れ、改札を抜け、振り返り振り返りしつつ手を上げる。エスカレーターに乗ってからも振り返ると改札の外にいるT田の姿が見えたので、それが見えなくなるまで右手を掲げておいた。ホームに上がる。電車が来るちょっと前、Kくんに、Bill Evans Trioのあの音源はどこが完璧なのかと聞かれたので、以前にMさんやHさんと会った時に語ったようなこと――日記にも書いたが――をふたたび語った。ジャズだからあの演奏はアドリブであるわけだが、どんなに上手い奏者でもライブ音源など聞けば、大体、いまここで考えているなという間であったり、ちょっと詰まっている箇所であったりが散見される。ところがあのライブのBill Evansにはそれがまったくと言って良いほどにないのだ。だから彼は、考えていないかのようなのだ、自動的に、まるで機械のように動いているかのよう、自分が弾くべき音を既に知っているかのいようなのだと話しているうちに電車がやって来た。それで乗ったあとに続いて、だからあまりに明快で明晰に過ぎる、そこが異常なところだねを話し、続いてScott Lafaroについても少々触れた。あの音源はベースも狂っていて、Scott Lafaroと言って若くして交通事故で亡くなってしまった人なんだけれど、普通のピアノトリオと言うのはベースとドラムがきちんと一定のリズムを刻んでその上でピアノがアドリブをする、しかしBill Evansのあのトリオはピアノのソロの裏で、ベースもまた終始ソロを取っているような感じなのだ、だからピアノの裏でのベースの動きに注意して聞いてみてほしいとTに伝えた。
 それから、Kくんにまた、今日の映画のなかで気になったことはあったと訊かれた。それに対してこちらは、やはり呼び名の変化が気になったと答えて上に書いたようなことをちょっと解説した。Kくんに同じ問いを訊き返すと、色々あったよと彼は答える。そのなかで挙げられたのは、久石奏の第一印象のことで、彼女が劇中に現れたのを見てまもなく、Kくんは彼女が吹奏楽の経験者であり演奏が上手いキャラクターであるということを直感したと言うのだが、そうした第一印象を与えるに至った要因は一体何だったのかというのが不思議だったらしい。確かに、久石奏は初めのうちはその実力についての他人からの言及や描写は特段なかったようで、彼女の演奏が上手いということが明らかになってくるのは、副部長の中川夏紀との関係が生じてきてからだったように思う。そんなことを話しながら電車に揺られ、立川に着くと降車して階段を上った。こちらは一番線、TとKくんは三番線である。それで、三・四番線ホームに入る下り口のところで向かい合い、またちょっと話をした。そうしているうちに一〇時七分の東京行きの発車が間近になったので、話の途切れた隙をついて、もう行きなと二人に促すと、彼らは同意して下りはじめたので、手を挙げて、ありがとうと言って別れた。そうして一番線へ。電車に乗ると早速携帯電話を取り出し、メモを取り出す。道中の時間はすべてメモに費やし、青梅について奥多摩行きに乗ってからも同様。最寄り駅で降りると、満月が南の空に、雲がいくらか空に掛かっているようで縁が赤くなった光暈を広げていた。星はほとんど見えなかった。
 帰路を辿って帰宅。服を着替えてから入浴。そうして部屋に戻ると、ポテトチップス(しあわせバター味)をぱりぱりやりながら、T田から借りた音源をコンピューターにインポートする。その後、日記を書く気力はなかったので、一時からベッドに移って読書を始めた。神崎繁『内乱の政治哲学――忘却と制圧』である。疲労感が全身に蟠り、特に脚がこごっているようだった。そういうわけで、記録上は二時半まで一時間半、読んだことになっているのだが、九頁から僅か一二頁までしか進んでいないところを見ると、ほとんど意識を曖昧にしていたのではないか。そうして就寝。


・作文
 7:05 - 7:24 = 19分
 8:19 - 8:26 = 7分
 計: 26分

・読書
 6:32 - 7:05 = 33分
 7:48 - 8:00 = 12分
 25:00 - 26:30 = 1時間30分
 計: 2時間15分

  • 「at-oyr」: 「銃後」; 「花見」; 「ROMA」; 「親」; 「AOC」; 「期初」; 「オタク」; 「一人で」; 「大雅、芳崖、由一、カプーア」; 「地面」; 「今週」
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-04-16「潮騒を模したあなたの寝息が地球の上を半周するとき」; 2019-04-17「句読点の位置が変な文章にどこか似ている今日のできごと」
  • 「記憶」: 112 - 115
  • 神崎繁『内乱の政治哲学――忘却と制圧』: 9 - 12

・睡眠
 1:35 - 6:00 = 4時間25分

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • 『Classical Music Selection』

2019/4/19, Fri.

 七時のアラームが鳴り出すその前から意識は戻っていた。それでアラームが鳴るとベッドから抜け出して携帯を取り、鳴り響く音を止めたのだが、そのまま起床するに至らずほとんど自動的な機械のような動きでベッドに戻ってふたたび眠った。それで結局起床は一一時二〇分の遅きまで待つようだった。折角の早寝が台無しである。
 上階に行き、母親に挨拶をして洗面所で顔を洗う。食事は前夜のうどんと天麩羅の残りである。それぞれ用意して卓に就き、口内炎の痛みに耐えながらうどんを麺つゆに浸して啜る。天麩羅は南瓜に鯖である。それらもうどんのつゆにつけながら食い、その他やはり残り物であるサラダや菜っ葉も食べた。母親によると昨夜、T子さんからテレビ通話が掛かってきたらしい。上階で話している声のトーンからしてこちらもそれは気づいていたのだが、呼ばれもしなかったし、わざわざ自分から顔を出すのも面倒臭くて読書に邁進していたのだった。
 母親は今日は「K」の仕事で、帰りは七時頃になるという話で、そうなるとこちらが何かしら料理を作っておかなければならないだろう。カレーでも作ればと言うけれど、カレーを拵えるのは結構面倒臭い。こちらは医者に出かける用事があるので、帰りにスーパーに寄って茄子でも買ってきて簡便に炒めれば良いかなどと考えているがどうなるか。
 抗鬱剤を飲んで食器を洗ったあと、口内炎が痛いと言って、唇を剝いて患部を母親に見せると、口内炎の薬がどこかにあったと言う。母親がそれを探しているあいだにこちらは洗面所に入り、伸ばしっぱなしだった髭を剃った。口内炎の薬は結局見つからなかったようだ。それで下階に戻ると、前夜に歯を磨いていなかったのですぐに歯磨きをしたが、この時も口内炎がやはり痛い。口をゆすぐとそれから、小さな鋏を持ってきて、洗面所の鏡の前に立ち、電動髭剃りで剃りきれなかった短い顎の毛を切り揃えていった。ついでに鼻の毛も、その先端が鼻の穴から微かに覗いていたので切っておく。そうして自室に戻り、コンピューターの前に立っていつものようにFISHMANS『Oh! Mountain』を流し出し、日記を書きはじめた。ここまで綴って一二時半を回ったところである。
 前日の記事をブログに投稿。昨日書いた通り、Amazonへのリンクは面倒臭いので仕込まなかった。それから、一時直前から「記憶」記事の音読に入った。音楽はFISHMANS『Oh! Mountain』が終わるとAntonio Sanchez『Three Times Three』を流した。一〇三番から一一一番まで。町田健『コトバの謎解き ソシュール入門』や、ムージルのエッセイ、斎藤慶典『哲学がはじまるとき――思考は何/どこに向かうのか』からの記述。単語というものが表しているのは一個の具体的な事物なのではなく、共通の性質を持っている事物の集合である、という点などを復習。そうして一時四五分になると音読を切り上げ、ベッドの上に乗って手の爪を切った。それから屈伸運動を繰り返し行って膝をほぐし、ベッドの上に仰向けになって腹筋運動を五〇回行った。それで時刻は二時、出かけるために寝間着から服を着替える。医者や図書館に行くだけなのでさほど着飾らず、上は白シャツ、下はベージュのズボン、上着はジャケットである。荷物をまとめて上階に行き、ジャケットをソファの上に掛けておいて、風呂を洗いに行った。台所にはカレーを作るように調理台の上に玉ねぎやジャガイモやカレールーが出されてあった。cero "Orphans"を口ずさみながら風呂を洗うと、居間に戻ってきてジャケットを着込んだが、室内の空気には熱が籠っていて暑いくらいだった。
 そうして出発。玄関を抜けると同時に桜の花びらが宙を舞っていて、その源を見つけるべく玄関の階段の上から林の方を見上げたが、梢の向こうの曇り空に太陽が透けていくらか眩しいなかに見えるのは緑の色ばかりで、もうほとんど散ってしまったらしい桜の木がどこにあるのかはわからなかった。歩き出すと、曇っていてもジャケットがいらないくらいの陽気である。桜は諸所で大方散ってしまっただろうが、坂に入りながら右方の家の敷地には、まだふわりとした薄桃色を湛えている木が二本見える。さらにはあれは何という木なのだろうか、鮮やかな色濃いピンクの花をいっぱいにつけた木も一本あった。
 cero "Orphans"のメロディを頭のなかで鳴らしながら坂を上って行った。空は全体に薄雲が掛かっているものの、太陽はその雲を貫いて地上に薄日向を作り出し、大気のなかには温みが籠るようでいくらか蒸し暑い。街道に向かう道の端、ガードレールの足もとにタンポポが鮮やかな黄色を広げ、そのガードレールの向こうの斜面には、あれはハナダイコンだろうか紫色の花が一面を埋め尽くして咲き群がっていた。
 街道を行けば道の脇から、雀のちゅん、ちゅんという声が盛んに響く。公園の桜ももうほとんど花を落として大方赤茶色、その上に葉の緑が乗って枝先には白さがまだ残っていて、三色の混淆が生まれていた。通り過ぎざまに公園のなかを覗き込めば地には桜の花弁がいっぱいに散り敷かれて、金平糖をぶち撒けたようになっていた。
 裏通りに入っても雀の声が盛んに落ちる。途中、頭上の電線に飛んできた影があって、それは囀るのでなくちちちちちち、と低く叩くような地鳴きを聞かせたかと思うと、すぐにまた飛び立ってどこかへ去っていってしまい、その影が薄陽の射した家の側壁に映って滑って消える。白猫の姿は今日は見えなかった。白木蓮を過ぎたあたりから日向は消えて、湿り気がやや混ざっているのだろうか滑らかな感触の風が前から流れてきて、涼しさが生まれる。
 梅岩寺の付近まで来ると、笛の音のような鶯の声が森の方から響き渡る。歩きながらふと、やはり人間が地上にあることの意味というのは、物事を学び、創造性を発揮することにあるのではないかと頭に考えが落ちてきた。しかし何かを創造すると簡単に言っても、それほど難しいこともない。自分の日記は創造の営みたりえているのだろうか?
 駅に着くと改札をくぐり、ホームに上がって先頭近くに移動すればちょうど電車が入線してきた。例によって二号車の三人掛けに腰を下ろし、ジャケットの胸の隠しから手帳を取り出して道中のことを簡潔にメモする。発車してからもちょっと、電車の揺れに阻まれながら文言を頁上に落とし、それからペンを仕舞って過去のメモを復習した。まず前日のものである。ムスリムの五行が信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼であるとかそういった基礎的な知識だ。一度か二度目をひらいたままに黙読して、その後、目を閉ざして今読んだことを頭のなかで三度唱えるようにして復習していくのだ。
 そうしているうちに河辺に着いたので降車した。エスカレーターを上がって改札を抜け、いつもは図書館のある右に折れるが、今日は医者に行くので左に曲がった。駅舎を抜けると市議会選挙の候補者の選挙カーが二つロータリーにはあって、片方の選挙カーがもう一方に向けて、健闘を祈りますと言葉を掛けながら過ぎ去って行った。Nクリニックに向かっていると、前方の横道から曲がって現れた姿が先生その人である。そのあとについて行ってビルに入り、階段を上って待合室に入ると、リュックサックを下ろして財布を取り出し、受付に診察券と保険証を差し出しながらお願いしますと言った。すぐに返された保険証を受け取って、ソファ席に就くと暑かったのでジャケットを脱ぎ、緩く畳んで自分の隣に置いた。そうしてまた手帳を眺めて時間を潰す。呼ばれたのは五番目か六番目かそのくらいだったはずだ。三時を僅か過ぎた頃に着いて、呼ばれる頃には三時四〇分くらいになっていたはずだが、そのあいだの時間、待つのがまったく苦痛ではなく手帳を見ているうちにあっという間に過ぎたという感覚だった。こちらよりも先に診察室に入っていった人のなかには一人、中年の恰幅の良い男性があって、彼は深い紺色のスーツに、胸ポケットにチーフまで入れて飾った装いで、何故そんな衣装を着ていたのか、普段からそうした服装を好んでいるものなのか、精神科という場所に来るには何か不似合いな格好だという感じがした。
 呼ばれるとはいと返事をして立ち上がり、待合室を横切って――こちらは入り口に一番近い方の位置に就いていた――扉の前まで行き、二回、軽くノックをしてから戸を開ける。こんにちはと言いながら入って行き、戸の方を向いてきちんとドアを閉めると、革張りの椅子にゆっくりと腰掛けた。いつも通り、どうですか調子はと最初に尋ねられるので、まあ変わらず良いと思いますと答える。前回、そろそろ仕事に復帰しようかと考えていると言っていましたが、と訊かれたのには、にやにや笑って、まだ、ぐずぐずしておりますと返答した。本を読んでいますか――まあ、本を読むくらいしか……――やることがないですか、あとは日記を書いているんですね――はい――外出は、あまりしていないですか?――でも、図書館に行ったりとか……あと、先日の日曜日ですね、プラネタリウムなどというものを見に行って来ました――(先生はちょっと意外そうな表情を見せて)どこにあるんですか?――花小金井に、多摩六都科学館というものがありまして……――何か聞いたことあるな――そこに大きなドーム状の、サイエンスエッグと言うんですけど、そうした施設がありまして、プラネタリウムを鑑賞して来ました――ほうほう――あと、明日明後日も出かける予定が入っていますね――活動的ですね、良い感じですね――とそんな感じで話をしたあと、薬を減らすかどうかという段になった。減らしたいですかと訊かれたので、減らせるものなら減らしていきたいとは思いますと回答する。こちらが昨年末から復調して日記もふたたび書きはじめたのは、おそらくセルトラリンが効いたのだろうと考えられるという点で医師と一致した。それなので、減らすのはまずもう一方のアリピプラゾールから、それも慎重に行きたいということで、今現在朝晩両方とも六ミリグラムを飲んでいるところ、三ミリ減らして、朝は三ミリグラム、夜は変わらず六ミリグラム飲む、という形で減薬することになった。いかにもちまちましているが、一気に減らしてまた調子を悪くして死にたい死にたいなどと念仏のように言い出さないように、ここは慎重を期すべきところである。それで、ありがとうございますと言って席を立ち、扉に近寄るともう一度先生の方に向いて、失礼しますと頭を下げてから扉を開けて診察室をあとにした。ソファ席に戻ってしばらくすると呼ばれるので、会計を済ませ(一四三〇円)、処方箋と明細書を受け取り、どうもありがとうございましたと挨拶をして待合室を出た。階段を下って行き、ビルを出ると、雨の来そうな濁った曇り空である。隣の薬局に入って、こんにちはと挨拶をして、処方箋とお薬手帳を差し出すと、機械で発行された番号の書かれた紙を渡される。七〇番だった。それで席に就き、ふたたび手帳を眺めるのだが、頭上のテレビは池袋で起こった事故について報道しており、時折りそちらも眺めた。八〇歳代の男性の運転する車がゴミ収集車と衝突し、巻き込まれて一一人ほどが被害にあったという話である。そうしてしばらくすると七〇番が呼ばれたので、カウンターの向こうから声を掛ける局員に向けて会釈し、立ち上がってカウンターに寄り、紙を差し出した。相手は初めて見る顔で、YさんだかYさんだかという名前だった。調子が良さそうですねと訊かれるので、そうですね、それで減薬してみようということになりましてと答える。ちょっとずつなので大丈夫かとは思いますが、薬を減らしたことでもし調子が悪くなったら、すぐに先生に仰ってくださいとのことだった。それで会計して(一九九〇円に五〇〇〇円札を出した)、ありがとうございますと頭を下げて薬局をあとにした。
 いくらか蒸し暑い曇り空の下、線路沿いの道に出て、駅に向かって歩いて行くと、駅前ロータリーでは何とかいう市議会選の候補者――まだ若そうな男だった――が演説をしていたが、ちょうどそこにバスがやって来て彼と沿道の人のあいだを塞いでしまい、何を言っているのか声はよく聞こえなくなってしまった。駅舎に入り、階段を上り、通路を渡って駅の反対側へ出ると、こちらでも眼下のコンビニの前で演説をしている候補者があり、見れば緑のオンブズマン、H.N氏だった。マイクに乗って拡声されたその声も、距離は近いのだが反響するせいで細かな部分が詳細に聞こえづらい。歩廊を渡って図書館に入り、CDの新着を瞥見したあと、上階に上がって新着図書を見ると、以前からちょっと欲しいと思っていた小林康夫中島隆博の共著、『日本を解き放つ』が入っていて、これは有り難い。それから書架のあいだを抜けて大窓際に出て、席を取り、ジャケットを脱いで椅子の背に掛けると腰を下ろしてコンピューターを取り出した。そうして日記を書きはじめたのが四時二〇分、ここまでで一時間弱掛かっていて、やはり出かけると書くことが色々あってそれくらいは掛かってしまう。これから買い物をして帰り、カレーを作らなくてはならないだろう。
 コンピューターをシャットダウンして、リュックサックに荷物をまとめた。外していた腕時計を左の手首に戻し、立ち上がって椅子の背に掛けていたジャケットを羽織る。そうして歩き出し、書架のあいだに入って、社会学のあたりをちょっと眺めながら過ぎ、フロアに出ると階段を下りて退館した。歩廊を渡って河辺TOKYUへ。コージー・コーナーのケーキを横目に見ながら過ぎ、フロアの奥に入って行き、野菜の色々入った籠が並べられているなかから椎茸を一つ取ると、灰色の買い物籠を取って野菜の区画に踏み込んだ。バナナ、茄子、大根など手もとに加えて行く。それから野菜の区画を離れて通路を辿り、ポテトチップスのビッグサイズを二袋取り、さらに、暑いので何となく冷たいものが飲みたくなったのだろうか、ジュースの区画に行ってメッツ・コーラを一本取った。そのほか、ジンジャーエールを買おうかと思ったのだが、見つからなかったので、代わりにオレンジ・カルピスのペットボトルを手もとに加えて会計に行った。都合良く、並んでいる人の誰もおらず女性店員がお腹の前で手を組み合わせて待っているカウンターがあった。そこに入って、いらっしゃいませと迎え入れてくれた店員に会釈をし、一五二三円を支払って、ありがとうございますと礼を言うと整理台に籠を運んだ。ポテトチップス一袋と茄子二パックをリュックサックに収め、背負い直すと、ビニール袋に残りの品物を入れていった。そうして袋を片手に提げ、黄色い籠を手近の籠が重なったところに加えておいて、出口に向かった。
 歩廊に出て腕時計を見ると、五時二九分を指していた。確か電車は三〇分ちょうどが奥多摩行き接続で、これを逃すと青梅駅でまた三〇分かそこら待たなくてはならない。そういうわけで小走りになって歩廊を回っていると、ちょうど青梅行きが河辺駅に入線してくるのが見えた。間に合うかどうか微妙だったが小走りのまま駅舎に入り、改札を通過して、エスカレーターでなく右方の階段へと曲がり、一段飛ばしで下りて行って何とか滑り込むことができた。扉際に立ち、例によって手帳を取り出してメモを復習する。そうして青梅に着くと――時間のわりに、車両内が混んでいる印象だったが、それは普段と違って四号車に乗ったからだったのだ――人の流れを避けて回りつつ、向かいの奥多摩行きに乗り換えた。ふたたび扉際に立ち、足もとにビニール袋を置いて、手帳を見やる。
 そうして最寄り駅着。駅前の桜はもう薄緑の装いだが、その隣に新しく、遅めの桜が花をつけていて、あれは確か八重桜の木ではなかったかと思う。階段通路を抜け、横断歩道のスイッチを押し、車は来ないけれど青信号になったところを渡って坂道に入った。下って行くと、選挙カーの音声が遠くから聞こえてくる。ひたすらに名前を連呼していて、政策めいたことを何も言わないので――もっとも選挙カーで政策を披露しても、ほとんど一瞬しか聞かれずに過ぎていってしまうので意味がないのかもしれないが――名前をただ言えば良いというものでもないぞと突っ込みながら下の道に出た。すると、今度は別の候補者の音声も背後から響いてくる。その音に追いつかれないうちに家路を辿り、帰宅した。
 家に入ると、居間にテレビが点いていて、見れば仕事着姿の父親がいた。早いじゃんと言うと、医者に寄ってきたと言う。それでこちらは冷蔵庫に寄り、買ってきたものをなかに収めてから下階に下りた。空気はなかなか暑く、汗の感覚があった。自室に入って服を脱ぎ、肌着になってコンピューターを机上に据えた。それから肌着とパンツのみの格好で上に上がって行くと、既に六時を回っていたと思う。ジャージの下を履き、上は肌着のままで台所に入る。テレビのニュースは、例の池袋の事故を扱っている。石鹸をつけて手を洗い、食器乾燥機のなかを片付けると――あるいは片付けたのはこの時ではなく、のちにカレーを煮込んでいる時だったか?――カレーを作り出した。人参を薄切りにする。次に玉ねぎ、さらに買ってきた茄子二本を切って、水を溜めた洗い桶のなかに浸しておく。それからジャガイモの皮を剝いて、角切りにした。それで野菜は終わりだったよな? 冷蔵庫からカレー用豚もも肉を取り出し、炊飯器の横に置いておき、フライパンに油を引き、チューブのニンニクを落としてさらに生姜をすり下ろした。ちょっと熱すると野菜を投入。溢れんばかりである。炒めてからさらに茄子を投入するとさらに溢れんばかりになる。そうして肉も加えて、零さないように慎重に搔き混ぜていき、肉の色が大方変わると水を注いで煮込みはじめた。父親はこの頃はもうテレビを消して、ソファに座って何やら本を読んでいたと思う。こちらは下階に行って、ティッシュの空き箱と手帳を持ってきた。空き箱は潰して玄関の戸棚の紙袋のなかに入れておき、台所に戻るとフライパンの灰汁を取ったのち、立ち尽くしたまま手帳のメモを読みはじめた。じきに父親が出かけて行く。自治会があって、食事はそこで出るのだと言う。それを見送ってまたしばらく手帳を読みながらカレーを煮込み、ジャガイモが楊枝を軽く通すようになると手帳を置いてカレールーを加えた。最初にフレークタイプのものを振り入れ、それから固形ルーを全部で六つ加え、搔き混ぜながら煮込んだ。それから牛乳とケチャップも入れてから味見をしたが、塩気が結構強かったので、さらに牛乳を足し、それで完成とした。米は昼間のうちに炊かれてあった。時刻はちょうど七時頃、食事にすることにした。大皿に米をよそり、その上にカレーをふんだんに掛ける。そのほか豆腐を冷蔵庫から取り出して、その上に鰹節を掛けて、カレーとともに卓に運んだ。食べながら――例によって口内炎に塩気が染みて痛い――最初のうちは新聞夕刊一面の、ドナルド・トランプロシア疑惑についての記事を読んでいたが、その後、手帳を広げてティッシュ箱で押さえ、メモを読みながらカレーを食した。カレーはもう一杯おかわりし、腹をいっぱいに満たしたところで薬を飲み、食器を洗っていると母親が帰ってきた。疲れ切っているようだった。
 こちらはその後すぐに下階に下り――時刻は七時半前だった――Twitterを覗きながらceroの歌を歌っていると、今しがたフォローしたYさんという方からダイレクト・メッセージが送られてきた。それで、ceroに引き続きFISHMANSを色々と歌いながら――"なんてったの"とか、"頼りない天使"とか、"忘れちゃうひととき"とか――やり取りを交わす。Yさんという人も、話を聞いていると苦労の多そうな人のようだった。書棚の写真を送ってきてくれたのだが、見れば岩波文庫やら海外文学やらがずらりと並んでいて壮観である。八時半を過ぎたところで、入浴に行くので一旦ここで失礼しますと言って部屋を出た。母親はまだ飯を食っていなかった。台所に立ってほうれん草を持ち上げながら、茹でてくれって言ってあったのに、忘れちゃったのと言うので、カレーに野菜が入っているではないかと反論したのだが、やはり何かしらそれ以外にも野菜が食べたいらしい。帰ってきてから一時間、何をしていたのかと問えば、メルカリ見たり、テレビ見たりとあったので、笑いながら階段を下りて、自室に置き忘れてきた寝間着を取りに行った。母親は本当に仕事で疲れ切ってしまって、動けなかったらしい。こんな調子で続くだろうかと漏らし、お金を稼ぐってのは何にせよ大変なことだと呟くので、こちらは洗面所に入りながら、まずは一年、とにかく勤めてみなよと言って、入浴に行った。さほど長く浸からずに上がる。自室に帰ると九時直前、Mさんの日記を読みながらポテトチップス(うすしお味)を貪り食う。最新記事から遅れてしまっているので、この日は三日分を読んだ。その後、T田のクラシック選集を流しながら日記を書き出し、一方でふたたびYさんとやりとりを始めた。T田のクラシック選集の一曲目には、先日も書いた通り、クレマン・ジャヌカンというフランス・ルネサンスの作曲家の"鳥の歌"という合唱曲が据えられているのだが、これがなかなかやばい。youtubeで同じ音源を見つけたので、興味のある向きは是非聞いてみてほしい(https://www.youtube.com/watch?v=x-dkdgzYZbQ)。T田は中学生の時に、ポリフォニーを研究していて図書館でこれを見つけたと言うから、中学生でこんなものを聞いているとは大したものだ。Yさんとのやりとりでは、日記を毎日書いていると言うと、どんなものかと問われたので、ブログのURLを貼りつけて紹介した。彼は、こちらの日記を読んで、シュレーバーの『ある神経病者の回想録』を思い出したと言った――そんなに大したものではないと思うが。その後まもなく、あちらが眠るということでやり取りは終わり、ありがとうございましたと礼を言ってこちらは日記の作成に傾注した。そうしてここまで綴って現在一〇時半直前。
 歯磨きをしてから、隣室に入って久しぶりにギターを弄った。あるいはギターを弾くほうが先だったかもしれないが、それはどちらでも良い。VOXのミニアンプのボリュームを絞って、音が部屋の外にあまり漏れないようにしながら、Eのキーに合わせて適当にブルースじみたフレーズを奏でた。チョーキングがやはり気持ちが良い。そうして自室に戻ると時刻は午後一一時、Twitterを眺めるか何かしたのち、コンピューターをスリープ状態にして、一八分からベッドに移って書見に入った。神崎繁『内乱の政治哲学――忘却と制圧』である。そのまま二時間以上ぶっ続けで読んで、第一部「内乱の政治哲学」は大方読み終わったが、この論考は結構難しく、論旨の推移が一読しただけではあまりうまく読み取れなかったので、もう一度読んでも良いかもしれない。翌日は朝から映画を観に行く約束があって――『響け! ユーフォニアム』の劇場版だ――八時四五分頃の電車に乗らなくてはならないため、六時には起床したい。そういうわけで携帯のアラームをその時間にセットし、ベッドから離れた入り口横の棚の上に置いておいた。こうすればアラームを停めるために起き上がって、そのままベッドに戻ることなく起床に至ることが出来るだろう。それで一時半を過ぎたところで消灯したが、眠りは結構遠かった。意識を失うまでに一時間半ほど掛かったと思う。途中でもう起きて徹夜をしてしまおうかとも思ったのだが、最終的には無事に眠れたようだ。


・作文
 12:17 - 12:31 = 14分
 16:21 - 17:15 = 54分
 21:22 - 22:27 = 1時間5分
 計: 2時間13分

・読書
 12:59 - 13:45 = 46分
 20:56 - 21:22 = 26分
 23:18 - 25:33 = 2時間15分
 計: 3時間27分

  • 「記憶」: 103 - 111
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-04-13「腐りかけの果実の香り日曜は不貞寝で過ごすゴミ出しは明日」; 2019-04-14「星屑をぶちまけた夏神々の誘惑になど負けてたまるか」; 2019-04-15「真夜中に生きとし生けるものとなる家具や衣服や壁や無音が」
  • 神崎繁『内乱の政治哲学――忘却と制圧』: 52 - 98

・睡眠
 0:20 - 11:20 = 11時間

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • Antonio Sanchez『Three Times Three』
  • 『Classical Music Selection』

2019/4/18, Thu.

 一一時起床。今日も選挙カーが替わる替わる自宅周辺にやって来て候補者の名前を連呼していた。上階に行く。父親は仕事、母親は料理教室である。冷蔵庫にハンバーガーがあるとメモには書かれてあった。それで冷蔵庫から件のバーガーと、前夜の汁物を取り出し、バーガーは電子レンジへ、汁物は焜炉に掛けてそのあいだに便所に行って放尿した。戻ってくると卓に就いて、新聞をなおざりにめくりながら食事である。食べ終えると食器を台所に持っていき、箸と椀だけなので洗わずに放置しておき、下階に戻ってくるとコンピューターを点けて早速FISHMANS『Oh! Mountain』とともに日記を書きはじめた。一一時三八分から始めて素早く打鍵していき、前日分をさっと終わらせたつもりだったのが、今時計を見てみると一二時二四分を示していて、となるといつの間にか四五分も掛けていたことになって意外である。
 前日の記事をブログに投稿。例によってAmazon Affiliateのリンクを一つずつ地道に仕込むわけだが、これももう記事を投稿するたびにいちいちリンクを設けるのが面倒臭いのでやめようと思う。始めて二か月だか三か月だか経つが、未だにクリックされるばかりで一銭も入って来ていない。やはり自分のブログ程度では極々少量の金にすらならないのだということがよくわかった。そして、別に金にならないならならないでそれでも構わないのだ。
 投稿を済ませると一時直前から読書に入った。菊地章太『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム――一神教の連環を解く』である。ベッドの上に乗りながらしばらく読んで、読了した。この本はそれほど興味深いものではなかった。「聖戦」「平等」「福祉」「寛容/不寛容」などのキーワードに沿って三つの一神教を読み解いていくというような趣向なのだが、ココ・シャネルやモハメッド・アリなどといったちょっと意外に思われるような名前まで扱って様々な挿話など盛り込まれているものの、論点がいまいち収束せず散漫に拡散しているような印象だ。書抜きをしたいと思う箇所も一箇所しかなく、それはアンリ・ピレンヌのいわゆる「ピレンヌ・テーゼ」を概説した箇所である。懐かしい名前だ。これでも一応、大学時代は西洋史コースに属していたから――真面目な勉強などほとんどしなかったので世界史の知識はいまもってそのあたりの高校生にも劣る程度しかないけれど――アンリ・ピレンヌの名前は授業で聞いたことがある。しかし、彼の説の方はとなると細かい中身など既に記憶の彼方だから、改めて書き抜いて復習しておくことにしたのだった。
 それから、神崎繁『内乱の政治哲学――忘却と制圧』を新たに読み出した。こちらの本はやはり新書レベルとは違って、読むのになかなか骨の折れそうな感触である。二時を回ったところまで読書をして、それから上階に行った。母親は帰って来ていた。筍ご飯などを作ったと言う。それで、I.Y子さんから貰ったタルト風ケーキを食べたあと、母親の作ってきた弁当も頂くことにして電子レンジで温めた。筍ご飯に野良坊菜、韮を肉で巻いた料理である。食べ終えると、アイロン掛けを行う。シャツ二枚にハンカチ三枚を処理したあと、母親が取り込むだけ取り込んでベランダの前に放置していった洗濯物を取り上げて、ソファの背の上に畳んで整理していった。すべて畳み終えるとタオルを洗面所に持っていき、次いで風呂洗いである。それも済んで下階に戻ってくると時刻は三時だった。T田の選集したクラシック音楽セレクションを流しながら、菊地章太『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム――一神教の連環を解く』の読んだ部分を大雑把に読み返していき、気に掛かった場所を手帳にメモする。宗教の平等性に関するモハメッド・アリの言葉がシンプルだがなかなか良い比喩だと思った――曰く、「我々は皆同じ神を持っている。ただそれぞれの神に仕えるやり方が違うだけだ。川も湖も海も呼び方は違うが、どれも水であることに変わりはない、それと同じことだ」と言う。そのほかにメモしたのは大概、基本的な歴史の知識である。ムスリムの五行であるとか、ミゼリコルディアという語の意味だとか、イスラームの征服政策についてとかそういった事々だ。それで四時からふたたび読書に入った。ベッドに寝転がって身体に布団を掛けながら神崎繁『内乱の政治哲学――忘却と制圧』を五時半前まで読み進めたが、最後の方は本を置いて目を閉じていた。しかし眠りに落ちることはなかった。ただ、起き上がって食事を作りに行くのが億劫で、普段だったら五時にはもう作りはじめるのだけれど、この時は布団のなかに留まってのうのうと休んでいた。五時半を回ったところで一念発起して起き上がり、上階に行き、台所に入った。放置されていた洗い物を片付けたあと、母親の指示に従ってまずは人参を切る。人参に向かって包丁を斜めに傾け、輪切りにしていったものをさらに細く切り分ける。これは茹でてサラダにするためのものである。そのほか、蕎麦を茹で、天麩羅を揚げようということになった。そのために南瓜を、固いのを苦労して手に力を込めて薄切りにしていく。その間に油を注いだフライパンや、小麦粉や水を混ぜたボウルが用意され、南瓜から揚げはじめた。四度ほど掛けてすべて揚げると、その後、玉ねぎ、母親が外から取ってきた葱坊主、最後に鯖が揚げられていった。こちらが揚げ物に掛かりきりになっているあいだに母親はサラダを拵え、さらに大きな鍋で蕎麦も茹でられた。そうして最後の鯖まで揚げてしまうと一時間ほどが経過していて時刻は六時半過ぎ、そうしてこちらは自室に戻った。
 七時ぴったりからふたたび神崎繁『内乱の政治哲学――忘却と制圧』を読みはじめた。ベッドに乗って布団を身体の上に掛け、しかし今度は完全に横にはなりきらずにクッションに凭れながら、いくらか読むと気になった箇所をメモしながら進めていった。興味深かったことの一つは、四世紀のギリシャ教父、ナジアンゾスのグレゴリオスの言葉で、曰く、彼は「自己自身に対して反逆する一者は多をもたらすことができる」と述べたらしい。この文言は、先般Uさんから教わった「自己に対する抵抗」のテーマと明らかに照応するところがあり、自己の傾向性に対して反抗することで達成される主体の複数性、というような哲学を考える際の標語になり得るものなのではないか。そのほか、前四〇三年にアテナイでいわゆる「三十人僭主政権」が倒れて民主派が権力を奪還した際に、「悪の記憶一般の禁止」が合意されたというのも興味深い。これは通常、「大赦」とも訳されるらしいのだが、三十人政権の中枢首謀者以外の一般市民への報復に関しては、これが完全に禁止されたのだ。「過去になされた悪」を記憶し、その恨みを心中に留めて報復に向かうのではなくて、ポリス全体の秩序の安定性のためにそれを忘却することが勧告されたということだ。
 七時半過ぎまで読んでから食事に行った。蕎麦を食い、天麩羅を食い、サラダを食べる。先日、左下の唇の裏を誤って盛大に噛んでしまい、その傷跡が大きな口内炎になっていて、食べながらそれが大層染みて痛かった。テレビはおよそどうでも良いような番組しかやっていない。食べ終えると皿を洗って風呂に行ったが、こちらが湯に浸かりはじめると同時に父親が帰宅して、車が発する何らかの電子音が聞こえたあと、外の階段を上って玄関を開ける気配がした。それでさほど長くは浸からずにさっさと上がり、出てくると食事を取りはじめるところだった父親におかえりと言って下階に下りた。部屋に帰ると、Marvin Gaye『What's Going On』を流しはじめて、ここまで日記を綴って九時二〇分過ぎを迎えた。
 その後、一〇時直前からふたたび読書。神崎繁『内乱の政治哲学――忘却と制圧』を読み進める。例によって途中、一時間ほど目を瞑って意識が曖昧になった時間を差し挟んで、零時二〇分まで読み、そのまま歯磨きもせずに就寝した。


・作文
 11:38 - 12:25 = 48分
 20:43 - 21:22 = 39分
 計: 1時間27分

・読書
 12:58 - 14:11 = 1時間13分
 15:09 - 15:47 = 38分
 16:00 - 17:25 = 1時間25分
 19:00 - 19:36 = 36分
 21:58 - 24:20 = (一時間引いて)1時間22分
 計: 5時間14分

・睡眠
 2:30 - 11:00 = 8時間30分

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • 『Classical Music Selection』
  • Marvin Gaye『What's Going On』
  • Louis Cole『Time』

2019/4/17, Wed.

 一〇時前起床。Yさん(叔母)とI.Y子さん(大叔母)を伴って墓参りに行くという日で、一一時に青梅駅で待ち合わせとのことだったが、何とか間に合うことが出来そうだった。上階へ。前夜の鯖が残っていたが、それには食指が動かなかったので、卵とハムを焼くことにした。フライパンに油を引き、ハムを四枚敷いた上から卵を二つ割り落として加熱したのだが、古くなってきているフライパンのせいかそれともこちらの腕の問題か、卵焼きの底がフライパンに貼りつき気味になってしまって、フライパンから丼によそった米の上に取る時にフライパンの方に白身が一部残るような形になってしまった。加えて、フライパンの下面を気づかないうちに丼の米に触れさせてしまい、そこに米粒がたくさんくっついて汚れる仕儀にもなってしまった。それでもともかく卵焼き丼を完成させて卓に運び、黄身が崩れて黄色い液体が米に染みているその上から醤油を掛けてぐちゃぐちゃと搔き回し、貪った。そうして食器を洗っておき、下階に戻ってコンピューターを点け、昨夜見なかったLINEのやり取りを閲覧する。五月に調布のバラ園を見に行こうとのT田発案の誘いで、その日程決めのやり取りで、それで言えば九時頃にそのT田から携帯の方にメールも来ていて、一九日か二六日ではどうかと言うものだから自分はどちらでも良いと返していたのだった。それでLINEの方でも、こちらの用事がなければ一九日にしようとの結論になっていたので、一九日了解、と送っておいた。そうしてFISHMANS『Oh! Mountain』を流し出し――あるいは既に、LINEを見る前に流しはじめていたかもしれないが――、市議会議員選挙の情報を求めてインターネットを検索した。青梅市のホームページに選挙公報のPDFファイルを見つけたのでURLを日記にメモしておき、そうして服を着替える。臙脂色のシャツに鮮やかに色濃い褐色のズボン、上着は前日に買ったBANANA REPUBLICのジャケットを早速着用することにして、タグを切って外した。リュックサックにコンピューターなどを用意して――墓参りのあとに図書館に寄るつもりだったのだ――その格好で上に行くとしかし、そのジャケットに茶色では色の組み合わせが合っていないと母親は言う。鏡に映して見てみるとそう変でもなかったが、確かにちょっとぶつかっているような気がしないでもなく、ここは忠告を聞き入れておくかというわけで下階に戻り、前日も履いたグレー・ブルーのズボンに履き替えた。そうして上階に戻ると、風呂を洗ってしまえばと母親が言うのでジャケットを脱いでソファに置き、浴室に行って、結構湯が残っていて勿体なかったが栓を抜いてすべて流してしまい、浴槽をブラシで擦り回した。出てくると時刻は一〇時四五分過ぎ、出発である。リュックサックを負い、Bill Evans Trio『Waltz For Debby』のディスクを片手に持って玄関を抜けた。向かいの家の裏の林のなかから何やら声と、がさがさと草を分ける音がしていて、誰かがおそらく二人連れで森のなかに入っているようだった。筍を取っていたのかもしれない。筍かな、と出てきた母親に言うと、知り合いでもなかろうに、そして相手に聞こえないだろうに母親は、車に乗り際、おはようございますと小さく呟いて頭を動かしていた。
 乗車。Bill Evans Trio『Waltz For Debby』を流しはじめる。"My Foolish Heart"から始まる音源を聞くのは久しぶりだが、車の走行音がうるさくて大して聞こえやしない。それでもPaul Motianのシズルシンバルの音を耳に入れながら青梅駅に着くのを待った。駅前ロータリーに着くと既に二人は待っていた。車のなかから二人に向けてお辞儀をし、寄ってきて扉を開けるとこんにちはと挨拶した。Y子さんは笑って、Sくんもしばらくです、と声を掛けてきた。そうして喋りながら――こちらは無論黙っている――寺へ。途中、こちらの知らなかった話として、Mちゃん――祖父の妹――が老人ホームに入ったのだという情報があった。寺院着。枝垂れた桜の木の下に車を止め、寺の人に挨拶をするという母親を残して三人で墓地へ。水場に入るとYさんが率先して水を汲み出し――桶を置いて、手押しポンプを使った井戸で汲むのだ――こちらは箒二本と塵取りを取った。水は最初、黒く濁っていたが、何度か水を捨てながら汲んでいると、多少ましになって、使えるくらいの透明度になった。それで我が家の墓所へ。着くと早速こちらは箒を使って辺りに散らばっている落葉や細かな草木の屑を取る。墓所には花が供えられていて、それがまだ比較的新しく、枯れきらず姿形を残しているもので、おそらく一週間か一〇日くらいしか経っていないように思われた。我が家で前回やって来たのは多分彼岸頃の話で、さすがにその時の花はこれほど残っていないはずだ。そうすると、誰かほかに、畑中のK.Hさんあたりが――母方の祖母の弟だ――来てくれたのかもしれない。Y子さんが率先して花を取って捨て、花受けはYさんがこれも率先して洗いに行く。その後Y子さんはまた、雑巾を使って墓石を拭いたりもして――このあたり本来自分が率先してやるべきだったと思うのだが――Yさんも誰も何も言わずとも墓所墓所のあいだの隅で火を点けて皆の分の線香を用意してくれる。そのあいだ我が母親は背後に立ち尽くして喋っているばかりで、時折り申し訳程度に箒を取って動かすのみで、このあたり実家にいたまま婿養子に来てもらって甘やかされてきた長女と、嫁に行って姑に揉まれて過ごしてきた組との違いがやはり見えるなと、自分のことは棚に上げて観察した。そうしてそれぞれ線香を上げ、手を合わせて拝んで、少々雑談を交わしてから墓所をあとにした。こちらはゴミの入った塵取りと母親の持ってきた道具の入った袋を持つ。水場へ戻り、ゴミを分別して捨て場に廃棄し、それから皆で井戸を使って手を洗った。Yさんがここでも率先してポンプを押してくれ、そのYさんが手を洗う時にはこちらがポンプを押した。そうして墓地を出ると、鯉のいる池に寄って、母親が持ってきたパンを皆で分けて、ひととき鯉に餌をやった。そうしながらまた話をする。こちらが風呂洗い、アイロン掛け、食事作りなどの家事を、毎日ではなくとも受け持っていることに対して、Y子さんはそれは偉いねえといった反応を見せる。こうして母親にくっついて墓参りに出てくる、それだけでも偉いと。もう二九の良い歳の青年であって、偉いと褒められるような年頃でもないのだが、まあY子さんくらいの歳からしてみればこちらなどまだまだひよっ子の若造ではあるだろう。最近では男の人もそういう風に、家事とか子育てとかやらなければ務まらない、それに替わって女の人のほうがどんと構えちゃって、最近では男女逆転しているみたいだねえとY子さんは言う。実際のところ嫁も子供もいないこちらにはどうだかよく知らないが、「イクメン」などという言葉も生まれて、男も妻にばかり任せておらずに子育てを受け持たなければ回っていかない世になりつつはあるのだろう。
 しばらくしてからそれでは行くかとなって、しかしどこへ食べに行くかとなって、こちらは先ほど食べたばかりで腹も減っていないし、ここでお暇して図書館に行こうかと思っていたのだが、YさんもY子さんもせっかくだから来なよと誘ってくれたので、まあたまにはご一緒して話を聞かせてもらうかということでこちらも同道することにした。それで、小作の「なか安」という寿司などが食える店に行くことになった。それで車に乗って発車。道中何を話していたのかは覚えていない。「なか安」に着くと母親が、お前先に降りて四人って言ってきてと言うのでこちらは先に降車し、店に入って、四人なんですけれどと告げた。座敷とテーブルとあるがと言われた。迷っていると、テーブルはこんな感じでと近くの席を示され、お座敷の方は閉められるようになっていてと来たので、多分個室でゆっくり、周囲の気兼ねなく話せたほうが良かろうということで座敷の方でと決めた。それで案内されて店の奥の一室に入り、メニューを見ながら待っているとあとの三人がやって来たのだが、それに少々時間が掛かったのは、こちらが一旦戻ってくるものだと思ってあちらも待っていたらしい。このあたり先に黙って入ってしまって、気の回らない自分である。ランチメニューに一二〇〇円の握りがあったのでこちらはそれに決めた。ほかの三人は一四〇〇円の「すし御膳」というもので、寿司にサラダやら天麩羅やら何品か余分についているものだった。それで食べながら女性連中の話が止まらず、こちらは大方それを聞くのみで例によって黙っているのだが、母親が思ったよりも話しておらずにこちらと同様どちらかと言えば聞き役に回っていた印象で、YさんとY子さんが闊達に喋っており、特にY子さんの方が色々と話を弾ませていた。Yの仕事の話、K子姉さんという、Yちゃんの叔母さんの結婚した娘さんの話、Y子さんのまだ若かった頃の姑との関係の話など、またそのほかにも町会の方の話など色々とあったが、詳しく書くのは大変なので簡潔に行こう。その前に、各家庭の基本情報を、いつも忘れてしまうのでメモしておきたい。まず、立川の方は、K子姉さんというのがYちゃん(叔父)の叔母さんで、その人には一人娘があって、その娘はここで再婚したらしいのだがもう四〇過ぎくらいで、前の旦那とのあいだに一人子供があってその子はもう二五くらいである。そしてS子さんと言われていたのが、Yちゃんのお姉さんのことで、これはすなわちA家のことである。旦那さんはHちゃんと呼ばれていた人で、ここには確か四人子供がいたはずで、そのうちの男の二人、長男次男はこちらも一度会ったことがある。Y子さんの家には今はTさんとKさんという男女の子供が独身で住んでいて、もう一人、多分長女だと思うのだがCさんという人は結婚して立川あたりに出ているのだが、旦那さんは早くして亡くなってしまい、今は子供二人と母子家庭、そのうちの上の子が「Yっ子」と呼ばれている子で小学三年生かそこら、下の子は「M」と言ってここで小学一年生に上がって、この日の墓場ではそれに対するおめでとうございますの言葉もあったし、そのお祝いで我が家から金か何か送ったそのお返しに、先日Y子さんから――名義はおそらくCさんのものとして――ドレッシングの詰め合わせが送られてきた。
 そうして、Yの話。座敷に就いて最初のうちはこの話が長く続いて、それはこちらから、Yが今日うちに来るとか聞いたけど、とYさんに話を振ったからだ。そこから、彼がここでO.N中に着任したのだけれど、その仕事が大変だという話が長く続いた。ただそのほか、面接時の試験官が彼の小学校時代の担任の先生だったとか、同僚にYちゃんの同級生の女性がいたとか、果ては校長もYさんの知り合いの先生だったとか、周りの人員にはそうした偶然だが偶然とは思えないような巡り合わせがあったらしい。それで仕事の方はしかし大変で、まずパソコンがYはあまり得意でないのだけれど、よりにもよって教務部という、パソコンを使った事務作業ばかりやるような部署に回されてしまった。時間割を作ったりなどするのだと言う。それで仕事はまだあまりわからず、うまく出来ない日々なのだが、かと言って、先輩同僚が熱心に教えてくれることもあり、皆が忙しくしているところに自分だけ先にお疲れ様ですと言って帰るわけにも行かず――このあたりいかにも日本的な労働環境の害悪だが――帰りが遅くなってしまって、定時は四時四五分だと言うけれど実際には早くても家に着くのが八時過ぎ、遅ければ一〇時半頃になると言う。部活はサッカー部の顧問を任せられて、土日もそちらの方で出ていかなければいけないし、平日も朝練があれば六時一〇分頃の電車に乗らなければいけないと。それで一〇時半帰りでは飯を食って寝るしか家で出来ることがないとそんな話だった。それで、今日彼が泊まりに来るかもしれないと言うのは、明日は学力テストがあって、その資料をダウンロードするだかでかなり夜遅くまで仕事が掛かるようで、あまり遅くなるようだったら立川よりも近い我が家に泊めてもらえとの話になったということだった。勿論我が家としては構わない。実際今夜どうなるかはYからの連絡待ちである。
 K子姉さんの娘さんの話も一応書いておこうか。この人は先にも書いたようにここで四〇代くらいで再婚したのだが、その相手と言うのがあまり良くないらしく、と言うかそもそもこの娘さん自体がキャバクラに勤めていたか何かで、Yさん曰くあまり「身持ちのいい」人ではないらしく、A家、特にYちゃんはあまり良い印象を持っていなかった。その再婚相手というのも、キャバクラで働いていた時に知り合った人で、不動産屋か何かやっていると言っていたか? いや、これはこちらの記憶違いかもしれない。話を聞いていると金があるんだかないんだかよくわからないような人で、妻となる娘さんのために家を建ててやったり、七〇〇万円だかする高い車を買ってやったり、二五歳の前夫との息子にも同じように車を買ってやったりしたのだけれど、金がなくてその車の納品が遅れたとかいう話が同時にあって、そんな風でこの先本当にやっていけるのだろうかと端から見ているとひやひやものだと言う。そもそもその娘さんという人が、今まで生活保護を受けていたりとか、そのあいだにアルバイトをやっていたのがばれて保護も打ち消され、支給された金も返還しなくてはいけないことになって、親、すなわちK子姉さんにに金をせびりに来ながら暮らしていたりとかしていた人で、繰り返しになるがYちゃんはあまり良い印象を持っていなかったところに選んだ再婚相手もそんな風だと来て――加えて、一度正月だかに多分A家にも集まったらしくその時Yちゃんとも会っているのだが、その際、ほとんどスマートフォンばかり弄っていて他人と関わろうとしない雰囲気だったのにも良い印象を持てなかったようで――正直自分は、結婚式に呼ばれているけれど行きたくないとYちゃんがK子姉さん当人に吐露して一悶着あったらしい。そうは言っても呼ばれて行かないわけにも行かないので実際行ったのだが、結婚式の参列者の、新婦の友人連中なんかはやはりそういった方面の、夜の仕事をしているような雰囲気の人々が多数集まっていたらしい。それでその新婦の前夫との息子さん、二五歳のその人が、母親の花嫁姿を見て――実母の花嫁姿を見るという機会も大方の人は持てないものだと思うが――どういう心中だったのか涙を零していたと言い、それを見ているとYさんたちも胸が苦しくなってしまったと、心境如何ばかりかと思ってしまったとそんな話だった――その息子さんと再婚相手の男性との関係とは、多分悪いわけではなくて、男性の方は息子さんを可愛がっていてそれで車も買ってくれたのだろうけれど、しかし息子の方からしてみると複雑な思いがあっただろうということだった。
 Y子さんの嫁姑話は申し訳ないが省略させてもらおう。それで二時に至ると店員が、ラストオーダーの時間ですとやって来た。書き忘れていたが、食後、こちら以外の三人はホットコーヒーとクリームあんみつを頼んでいて、こちらはコーラを頂いた。それで二時でおひらきということになり、皆で室を出て、個別会計、YさんとY子さんが先に二三〇〇円ほどを払い、こちらはトイレに行っている母親から預かった一万円札で三八〇〇円ほどを支払い、戻ってきた母親に釣りを渡した。そうして車に戻って発車、小作駅まで二人を送って行く。駅に着くとこちらは車から降り、すっと立って、後部座席から降りてきた二人に別れの挨拶をした。ありがとうございましたと礼を言い、二人のそれぞれと手を握り合って、Y子さんにはまた来てくださいと声を掛け、YさんからはSもまたうちに来なとあったのに、またそのうちに行かせてもらいますと受けるとY子さんが、そのうちにじゃなくてすぐにって言ってあげなきゃ、と笑って言うので、またすぐに行かせてもらいますと言い直した。そうして別れ、小作駅に上がっていく二人を見送ってこちらは車に戻り、ふたたび発車した。図書館に行って下ろしてもらうわけだが、途中で、ALL FREEの箱などを買いたいということで、ドラッグストアに寄った。籠を載せたカートを伴って入店、洗剤やゴミ袋など入れて行き、回っているうちに色々と籠に加えられて結局満杯になる。こちらは久しぶりにハイチュウなど求めた――しかも二種類。それでいっぱいになった籠を運んで会計、整理台で母親と手分けして品物を袋に詰め、カートに載せて車まで運んで行き、ビニール袋とALL FREEの六缶パック三つを後部座席に入れておくと、カートを店の入口に戻した。そうして乗車、しばらく移動して河辺に着き、母親は西友に寄ると言うのでその入口のところで下ろしてもらい、彼女と別れた。リュックサックを片方の肩に負って歩いて行くと、河辺駅前で市議会選の候補者が演説を終えたところで、通っていく中学生に、新入生、校歌は覚えましたか、などと気さくぶって声を掛けていた。階段を上がり、図書館に入ると、多目的室で期日前投票を受け付けている。そこに選挙広報の入った箱があるのを目に留めたので、取ろうと近づくと、係員の女性が選挙ですかと声を掛けてきたので、あ、広報を、頂こうかと、と言うと、彼女が取ってきてくれたので、礼を言って受け取った。それを片手に持ったままゲートをくぐって図書館に入り、CDの新着を瞥見して――BRADIOというような名前だったか、まったく知らない、前情報のないグループなのだが、日本のバンドの作品があったのがちょっと気になった。アルバムタイトルが『YES』だったので、プログレバンドのYESの新作だろうかと見たらそうではなくて、三人組の日本のグループだったのだ――上階へ、新着図書にはみすず書房の本がいくつか新しく見られた。みすず書房の著作は興味深いものばかりなのでどんどん入れてほしい。そうして書架のあいだを抜けて大窓際へ、席を一つ取って、便所に行った。放尿して手を洗い、戻ってくるとジャケットを脱いで椅子に掛け、コンピューターを取り出し、選挙公報を読みながら起動を待つ。そうして、グレープ味のハイチュウを、椅子の背に掛けたジャケットの胸裏の隠しから時折り取り出し、飲食禁止なので職員に見つからないように、目立たないようにもぐもぐ食いながら日記を記した。前日分から始まって、この日の分をここまで書き終えるまで、結構掛かって二時間以上が経ち、書きはじめたのが三時過ぎだったが、現在は五時二〇分前に至っている。一一〇〇〇字ほど一気に書いたようだ。
 それから書抜きを始めた。山我哲雄『一神教の起源 旧約聖書の「神」はどこから来たのか』である。書棚から『日ロ交渉史』(というタイトルだと思ったが)という大部の著作を持ってきて、それでもって選書の頁を押さえながら打鍵を進めていたが、一箇所書き抜いて二箇所目の途中で、バッテリー残量が五パーセントほどになっているとの警告が画面に出た。早い。このコンピューターももう数年使っているわけで、着実に劣化は進んでいるらしく、電源に繋がないまま打鍵を続けているとバッテリーが保つのはせいぜい三時間か二時間半くらいになってしまったようだ。それで、まだ一〇分しか書抜きを行っていなかったが、バッテリーがないのでは仕方がないので帰ることにした。荷物をまとめてジャケットを羽織り、席を立つと『日ロ交渉史』を書棚に戻しておき、書架のあいだを抜けて退館に向かった。
 歩廊に出ると、男性が一人、途中に立ち尽くして、極々小さな声で何やら通行人に呼びかけていた。この人はたびたび見かける人で、どうやら何らかの署名活動を行っているらしいのだが、チラシを配るでもなく動かずその場に立ち尽くしながらぼそぼそ呟くのみで、声が小さすぎてどういう活動なのか一向に知れないのだ。その人の前を過ぎ、歩廊を渡って駅へ、掲示板を見ると――ホームにある掲示板は以前は時刻表が記されていたのが、何故か広告に変わってしまい、これは改悪だと思うのだが、ともかくこの駅舎に入ってすぐのところにある掲示板を見ないと、奥多摩行きへの接続が確認できない――奥多摩行き接続の電車は先だった。直近は五時四〇分の電車で、それはまもなく、もう二分ほどでやって来る。そういうわけで改札を抜け、エスカレーターを下ると、すぐに電車がやって来て、こちらは手帳を取り出しながら乗り込んだ。扉際に立ち、手帳に記されている事柄を復習していく。そうして青梅着、二番線の方に降りると、看板の傍にちょっと立ち止まって人が階段付近から去って行くのを待った。それからホームを移動、待合室には入らず、その外の壁に凭れながら引き続き手帳を眺める。時折り、買っておいた二種のハイチュウのうちもう一種、酸っぱいレモン味のものを胸裏の隠しから取り出して口に入れる。そうしてじきに奥多摩行きが来るので乗った。席には座らずに扉際に立ち、やはり手帳を見やる。手帳の復習をしていると、待ち時間がまったく苦にならない、あっという間に時間が過ぎる。良い時間の潰し方を見つけたものだ。そうしてじきに発車、最寄り駅に着くと降り、ホームを行きながら目を上げると、駅前の桜はもう花をすべて落とし終わって薄緑の装いに変わっていた。階段を上った上から見える広場にはしかし、今ちょうど盛りを迎えている枝垂れた桜があって、薄桃色をドーム状に広げていた。駅舎を抜けると横断歩道を渡って坂道に入り、ガードレールの向こうの木々の合間、闇が満ちている空間に目を凝らしながら下って行き、帰路を辿った。
 帰宅すると六時半前だったはずだ。ジャケットのポケットに入れておいたハイチュウのゴミを、台所のゴミ箱に捨てておく。そうして下階に下り、自室に帰ってコンピューターを電源に繋ぎ、服を着替えた。それで七時直前から書抜きの続きを始めた。BGMはFISHMANS『Oh! Mountain』の続きを流した。アダムとエバの物語とか、バベルの塔の挿話とか十戒とかを書き抜いて行き、最後に長々と、それまでの本書の記述を改めて要約してまとめた部分を五頁分写して終了、七時半過ぎになっていた。それから市議会選挙の情報を収集。市議会のホームページに会派一覧があった。定数は二四。自民党勢がやはり一番多数で、続いて公明党、続いて「改革フォーラム」、共産党勢と続く。改革フォーラムという党派が国民民主などを含んでいて、中道左派という感じでここに属している候補者を選ぶのが良いかなと思ったのだが、同じくホームページにPDFファイルが置かれていた「市議会だより」を閲覧して、議決の詳細を見てみると、改革フォーラムはどの議案にもまったく反対しておらず、自民公明勢に同じているものだから実質与党側と考えて差し支えないだろう。反対しているのは共産党の連中と、もう一人、単独で緑のオンブズマンという会を作っているH.N子という人である。一応、与党に対抗してバランスを取る意味合いで反対の党派を応援したいと思っているが、改革フォーラムがあの体たらくではやはり共産党しかないのか……と見ていると、さらにもう一人、T.Mと言って、一人会派を作っている人がいてこの人も共産党に同じて反対票を入れているのだが、調べてみるとこの人は元々共産党に属していたのが、運動を巡って意見の対立が解消されなかったために昨年末に共産党を離れたのだと言う。それで何となく、この人に投票するのが良いかもしれないと思った。共産党のF.H氏は既に七期も務めているベテランなので、こちらが投票せずとも当選するだろう。それだったらこのT氏の、党の拘束を逃れその後援も排したその心意気を買ってみるのも良いのではないか。調べてみるとアニメが好きなようで、資料にアニメキャラクターの絵を取り入れてそれに文言を喋らせているあたりとか、演出手法として稚拙で何だかなあという感じもあり、ブログにもわかりやすい「いい話」を載せているその「物語」への抵抗のなさも気にかかるは気にかかるのだけれど、さらにホームページに載せられていた政策提案を見てもいかにもコテコテの左派といった感じで面白味がないと言えばないのだが、野党として一定の役割を果たしてくれそうではあるので、一応今のところこの人に投票してみようかと思っている。
 そんなところで、八時頃情報収集を切り上げて上階に行った。先に風呂に入るつもりだったのだが、裸になって浴室に踏み入ると、母親がスイッチを押すのを忘れたようで湯が沸いていなかったので、肌着とパンツ一枚の姿に戻り、沸くのを待つあいだに飯を食うことにした。米・餃子・エノキダケと菜っ葉と豆腐のスープ・サラダである。立川のYは、結局今日は早く帰れそうなので帰宅するとのことだった。早く帰れそうでも来れば良いではないかと母親の携帯を借りてLINEメッセージを送ったのだが、やはり今日は帰るとのことだった。そうして八時半過ぎになって入浴。こちらが湯に浸かりはじめたとほぼ同時に父親が帰ってきたようだった。出てくると居間のテーブルに就いて血圧を測っていたので、おかえりと声を掛ける。I.Y子さんに貰ったタルトと言うかパイのような類のケーキを冷蔵庫から皿に取り出し、父親の向かいに就く。久しぶりの会社だから疲れたんじゃないと訊くと、まあそうかもしれない、見るものがたくさん溜まっていたからとの返事があった。ケーキを食い終わるとこちらは下階へ、LINEでT田にメッセージを送った。彼のクラシック選集の一曲目、クレマン・ジャヌカン作曲の合唱曲「鳥の歌」がどうもやばいなと思われたので、これやばくない? 何という音源に入ってんの? と送ったのだった。それを受けてT田はインターネット上から当該アルバムの説明を記したブログを探し出してきてくれて、加えて音源があるからCD-Rに焼いて二〇日に持っていこうかと言う。好意に甘えることにした。それから彼とやりとりを交わしながら、一〇時直前から「記憶」記事音読。三〇分ほど。BGMは彼のクラシック選集である。今のところ聞いた感じでは、最初のその合唱曲と、最後に収録されているラヴェルのピアノ協奏曲が良い。T田とはハードロックの話や、パワー・コードはいつからロックに取り入れられたのだろうかなどという話をした。そのなかで、お前、Led Zeppelinの曲だったらどれが一番好き? と尋ねてみると、彼は間髪入れずに、"Babe I'm Gonna Leave You"、と返してきたので、良いところを選ぶなと思った。こちらもファースト・アルバムの二曲目に収録されたあの曲は好きだったのだ。多分正規のライブ音源では取り上げられていなくて、どちらかと言えばマイナーな位置づけではないかと思うのだが、良い曲、良い演奏なのだ。そんな話を一一半頃まで交わしたところで終了し、こちらはそれからベッドに移って菊地章太『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム――一神教の連環を解く』を読んだ。一時間半以上ぶっ通しで読んだあと、インターネットを少々回って、一時半からふたたび読書を始めて一時間、二時半に至って書見を切り上げて眠りに向かった。


・作文
 15:08 - 17:19 = 2時間11分

・読書
 17:23 - 17:33 = 10分
 18:54 - 19:36 = 42分
 21:55 - 22:23 = 28分
 23:05 - 24:44 = 1時間39分
 25:31 - 26:28 = 57分
 計: 3時間56分

・睡眠
 2:15 - 9:50 = 7時間35分

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • 『Classical Music Selection』
  • Jimi Hendrix『Blue Wild Angel: Live At The Isle Of Wight』
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2019/4/16, Tue.

 一一時起床。この朝も選挙カーが代わる代わる自宅周辺にやってきて内容希薄な演説をしていた。寝床に射し込む熱烈な陽射しを肌に受けているのが心地良くて、ぐずぐずと留まってしまう。起きると上階へ。両親は出かけている。母親は着物リメイクの仕事だが、父親がどこに行ったのかは知れない。車が運転できるようになったから、今日からもう仕事に行ったのだろうか? 台所に入るとフライパンに炒飯が拵えられてある。それを大皿によそって電子レンジに突っ込み、二分半をセットして、待つあいだに便所に行って便器の上に座り込み、小便を放つとともに糞を垂れた。出てくるとちょうど炒飯が温まったところだったので、取り出して卓に就き、食べる。新聞を見ると、中国で胡耀邦元総書記の死去から一五日で三〇年とある。この総書記の追悼集会から、いわゆる六・四天安門事件は始まったと聞いている。それで当局も運動の高まりを当然警戒していて、胡耀邦の死去三〇年追悼行事には警官や当局者が監視に当たったと言う。その記事だけ読んで食事を終え、抗鬱剤ほかを服用すると皿を洗った。そうして自室に戻ってくると、今日も今日とてFISHMANS『Oh! Mountain』を流しながら日記、前日分はさっと仕上げて、この日の分も早々とここまで綴って一一時四六分。
 前日の記事をブログとnoteに投稿。そうして正午を回った頃から、Mさんのブログを読みはじめた。二日分。彼も授業に学生たちとの交流にと日々忙しいだろうに、よくも毎日日記を書き継ぐことが出来るものだと思う。それから、fuzkueの「読書日記(130)」。これも二日分読み、Antonio Sanchez『Three Times Three』をバックに「記憶」記事を音読しはじめたのが一二時四五分だった。上にも書いたが、胡耀邦元総書記の追悼集会から天安門事件が始まったという説明の記述を読んで中国史を終わらせたあと、ムージルアフォリズム的な文言――例の、「崇高な状態を明白な言葉で表すと、それは低能の表現に似ていなくもない」などのものだ――を読み、『西洋哲学史Ⅰ』からの記述も読む。カントによる独断論的反論・批判的反論・懐疑論的反論の区分についての記述や、アナクサゴラスの世界観についてなど。そうして一時を回ると、音楽を流しっぱなしのまま、運動に入ることにして、まず屈伸運動を行って下半身をほぐした。それからベッドに仰向けに寝転がって腹筋運動、休みを入れながらしばらく行い、それが済むと上階に行った。
 両親とも帰ってきていた。風呂を洗う。浴室に入って洗濯機に繋がっているポンプを持ち上げて水を排出させながら、カーティス・ヤーヴィンだのニック・ランドだのの名前を頭のなかに巡らせる。それから浴槽に洗剤を吹きつけて擦り、下辺は念入りにごしごしやっておいて、シャワーで流して完了、栓と蓋を戻して室を出た。ホットドッグを買ってきたと言うのでそれを頂くことに。二つあって、自分の分も温めてくれと母親が言うので、一つをまず電子レンジに入れて三〇秒加熱、それを母親に渡してからもう一個を同じように加熱し、卓に就いて齧った。テレビは『ごごナマ』で、なかにし礼が出演していた。立川に出かけると告げる。喫茶店、と向かいの母親が訊くので――父親はソファに就いてテレビに目を向けながら歯を磨いていた――まあそう、と曖昧に受けた。ホットドッグを食べ終えると、笊を持って玄関の方に出て、戸棚のなかから米を三合カップで計って取り出し、台所の流しに向かい合ってそれを磨いだ。そうして炊飯器にセットして一八時五〇分に炊けるようにしておくと、ヨーグルトを冷蔵庫から取り出して小さな椀に移して食べた。それで靴下を履いて下階に戻り、cero "Yellow Magus (Obscure)"を歌いながら服を着替える。上はGLOBAL WORKのカラフルなチェック柄のシャツ、下はグレーのイージー・スリム・パンツである。その上にはテーラード・ジャケットを羽織るつもりでいる。"Summer Soul"も続けて歌い、そうすると音楽を止めて日記を書き出し、ここまで一〇分少々で綴るとちょうど二時である。風の強そうな日だ。
 ジャケットを羽織ってリュックサックを持ち、部屋を出た。階段下の室にいた父親に行ってくると告げる。階段を上がり、引き出しからMarie Claireのハンカチを取って尻のポケットに入れ、何やら玄関に出ていく母親のあとからこちらも玄関に行き、行ってくるんでと告げて出発した。玄関を抜けた瞬間から風が流れており、林の竹の葉がさらさらと鳴り響いている。しかし寒さ冷たさは一片も感じられず、まるで初夏のような陽気である。選挙カーの音声が遠くから伝わってきていた。坂を上って行くと前方から下りてくる女性があって、こんにちはと言ってくるのにこちらも挨拶を返せば、先日遭遇したオレンジのマスクの――この時にはつけていなかったが――婦人だった。よく会うね会う時は、と相手は言う。それに続けて、気をつけてね、行ってらっしゃいと言われるのにありがとうございますと返して過ぎた。しかしそのようなやり取りをしながらも相変わらず相手が誰なのかわからず、マスクをつけていない顔貌にもやはり見覚えはなかった。失礼ですがお名前は、と尋ねれば良いのだが、やはりそういう気にもなれない。それで誰だかわからないままに坂を上って行き、街道に向かいながら空を見上げれば雲は背後、西南の空に幽かに塗られているのみで、陽射しはなかなか熱烈で、ジャケットがいらないくらいだった。
 街道に出て歩いて行き、小公園の前に差し掛かると足もとに散った桜の花弁が微風に掬われて小さな渦を作り出しており、公園のなかを覗けば砂場の一角に小さな幼児が赤く小さなスコップか何か持って甲高い声を上げていて、砂場の外から母親がしゃがみこんでその姿にスマートフォンを向けていた。裏通りに折れると、日本共産党の市議会議員候補、F.H氏の選挙カーが停まっており、近くの宅の入り口で、そこそこ洒落た帽子を被った当のF氏が家の高年男性と話している姿もあった。そちらの方を見やりながら過ぎ、歩いていくうちに後ろから選挙カーがやって来て、追い抜かされる際に車の後部座席に乗ったスタッフの、オレンジ色のジャンパーか何か身につけた中年女性が会釈をしてきたのでこちらもぺこりと頭を動かした。共産党選挙カーは、東青梅市民センターだか何だかがこの三月三一日で廃止されてしまいましたとまず指摘し、釜の淵やそのほかの施設もこれから廃止されてしまう、この冷たい市政に審判を下しましょう、みたいなことを言い、そのあたりまだしも今まで聞いたほかの候補者の言葉よりは具体性がある。それからお定まりの、自民公明に対する批判も繰り出していた。こちらはF氏には、以前我が家を訪れてきたこともあって、その時受けた感触からするとそう悪い印象もない。一応今の与党にはあまり良い印象を持っていない身だから、野党側を応援しようと思ってはいる。そうすると立憲民主党共産党かというところで、共産党は国政レベルでは防衛政策に賛成できないから投票しようとは思わないが、市政レベルだったら反与党勢力を一定程度確保する必要性から投票するのもありだろうと思う。下を向いて歩きながらそのようなことを考えているうちに、白猫のいる宅の前をいつの間にか過ぎていて、猫がいたかどうか確認し忘れたことに気づいた。しかしわざわざ戻るほどのことでもない。
 梅岩寺の桜はそろそろ終わりのようだった。駅に着くと改札を抜けてホームに上がり、一番線の方を歩いてホームの先の方まで行く。背後の小学校の校庭には紅白帽姿の子供らがたくさん集まっている姿が見えた。手帳を取り出して、道中のことを極々断片的な単語でもってメモしていく。まもなく電車がやって来たので乗り、リュックサックを背負ったまま三人掛けに座り、メモを終えると過去のメモを読み返した。そうこうしているうちに河辺に着く。降りるとホームには風が強く流れていて、エスカレーターに乗っていても背後から厚く吹き込んでくるものがある。改札を抜けて駅舎を出、歩廊を渡って図書館前へ、ブックポストに川上稔境界線上のホライゾンⅣ』の上中巻を入れた。中巻を読み終わらないうちに返却期限が来てしまったのだ。一四日がそうで、ホームページにアクセスして期限延長の手続きをするつもりが、一四日は一日外出していてすっかり忘れていたのだった。しかしこのライトノベルも読んでいると結構時間を取られるもので、しかも自分がそれほどこの作品を読みたいのかどうかもいまいちわからず、今後読み継いで行くかどうか怪しい。そんなことをしているよりも、もっと英語を読むなり、英語でなくても文学や哲学を読むなり、やるべきことはいくらでもあると言えばあるのだ。
 そう言えば、図書館に向かって歩廊上を歩いている時に、H先生とすれ違った。塾で働いていた時の同僚、と言うか後輩である。彼の顔に視線を送りながらすぐ傍を通り過ぎたのだったが、あちらはこちらに気づかなかったようだった。気づかないふりをしたのかもしれないが、視線が一貫してこちらの顔からは逸れていたし、こちらの私服姿というものを見たことがないだろうから、気づかなくてもおかしくはない。ブックポストに本を入れてすぐに図書館からふたたび歩廊を戻りながら、彼の姿が駅に入って行き、改札の方に折れるのが見えていた。そのあとを追うようにしてこちらも駅に入って改札を抜け、彼がいたら話しかけようと思いながらエスカレーターを下ったが、彼の姿はなかった。どうやら違う方向に下りたらしい。それで二号車の端、三人掛けの位置に立ち尽くしてふたたび手帳を眺めた。そうしてやって来た東京行きに乗り、南側の三人掛けに座った。
 菊地章太『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム――一神教の連環を解く』を読みながら到着を待つ。立川に着くと降りて、壁に寄って手帳に読書時間をメモした。階段の方を見るとそれほど混んでなさそうだったので、人が捌けて行くのを待たずに階段口に向かい、上って行くと駅構内の人波も薄い。改札の外も同様で、平日であろうと立川は人波が厚くうねっている印象だったが、そういう時ばかりでもないらしい。改札を抜けるとLUMINEに入った。何となく、服でも見ようという気持ちになっていたのだ。目当てというほどのものもないが、何か軽い上着かジャケットの類で良いものでもあれば欲しかった。最初に二階にあるUNITED ARROWSに入って見回ったが、やはりここは品が高くて手が出ない。それですぐに出てエスカレーターを上がって六階に行き、UNITED ARROWSの廉価版レーベル、green relaxing labelに入った。その後、tk TAKEO KIKUCHI、JunRedなど回ったが、いずれもはっきりとピンとくるような品はない。最後にふたたびgreen relaxing labelに行って見分し、三〇パーセントオフになっていたカーディガンを取り上げて試着しようと鏡に寄ると、店員が試着なさいますかと話しかけてきた。試着室を使いますかと言われたが、結構だと答え、荷物はこの上に置いちゃっていいですよと手近の台の上にあった服を片寄せてくれたのに礼を言ってそこにリュックサックを置き、店員が広げてくれたカーディガンに袖を通した。まあ可もなく不可もなくという感じだった。脱ぐとほかにも試着なさいますかと来たので、ちょっとまた見てみて良いですかと答え、荷物と脱いだジャケットは置いたままに店内を回り、シャツに目を付けた。それで、インディゴ染めの濃いネイビー・ブルーのもの、オレンジと茶色の中間のようなチェック柄が入ったもの、真っ白なシャツ二枚――一枚は薄手の綺麗なもので、もう一枚はもういくらか生地の厚いもの――を試着させてもらうことにした。顎髭のやや豊かな店員に導かれて試着室へ、入ってそれで三枚を着てみた(最後の生地の厚い方の白シャツは、薄手の方を着れば何となく見え方がわかったため、試着しなかった)。なかではインディゴ染めのチェック柄のものが、これはボタンも、あれは何という方式なのか、カチッと押して嵌めこむタイプで、襟もないのがちょっと珍しくて結構気に入った。Mサイズだと袖が僅かに長いかなという感じだったのだが、店員に訊くと、このシャツは元々のタイプとしてそのように少々緩く着るような品になっていると言うので、そのくらいの方が丁度良いのではとのことだった。それで、同じタイプのものの色違いも試させてもらうことにした。色は薄青、柄はストライプだが、これよりは元のネイビー・ブルーの方が良いなと思われ、最後にふたたびそれを着たのだが、しかし冷静になって考えてみて、これを買う必要が今あるかと疑問すると、特に必要性はない。シャツはわりと手持ちに揃っているのだ。そもそも今日は上着を見繕いに来たのではなかったのか。品物としても、決して悪くはないしどちらかと言えば良いが、どんぴしゃでピンときているわけでもない、というわけで、色々試着させてもらって店員には悪いが、ここでは何も買わずに去ることにした。それで試着室を出て店員に、インディゴのものがかなり良かったんですけど、と声を掛け、しかし決めきれない……と迷いを残した口ぶりで言った。それからまた考えてみますと告げ、たくさん試着させてもらったのにすみませんと謝り、また来ますので、よろしくお願いしますと言い残して別れ、退店した。
 HMVの下にある古着屋に行ってみようと考えていた。元々HMVでCDを買う用があったのだ。それはBill Evans Trio『Waltz For Debby』を買うためで、この大名盤を今更買うと言うのは、Tにあげるためなのだ。一昨日会って音楽の話をしていた時に、そこに名前の挙がった音源を今度持ってくると言っておいたのだった。彼女はあまりジャズには興味がないかもしれないがそんなことは知ったことではない、Bill Evans Trioの一九六一年六月二五日のライブ盤は言うまでもなく歴史に残る大名演の集積であり、史上最高の音楽の一つなので、誰もが聞くべきだし、何だったら所有しておくべきなので、彼女の意向には関わりなくこの音源はプレゼントするつもりでいるのだ。こちらの自己満足である。それで、こちらは勿論この音源を持っているのだが、こちらが持っているのは三枚組のコンプリート盤であり、それを貸すのはさすがに初心者には厳しいので、世に広く流通している方の編集盤『Waltz For Debby』を改めて入手しようと思っていたのだった。
 それでエスカレーターを下りて二階まで行き、駅通路に出、そこから駅舎を抜けて広場に出て、HMVの方に歩いて行く。ビルに入ると先に服屋に行くことにしてエスカレーターを一階に下った。古着屋の名前が思い出せないでいたのだが、Tresure Factoryという名前だった。入店し、ジャケットの区画を見に行く。なかなかぴったり来る品はないだろうなと思っていたところが、服の並びのなかに一着、明らかに状態の良いものがあって、見ればBANANA REPUBLICのもので、薄目の青色のものであり、元々三五〇〇〇円程の品が八〇〇〇円まで下がっている。しかも未使用品とあって、状態の良いのも頷ける。しかしサイズはどうかと羽織ってみたところが、これがほとんどぴったりで、雰囲気もなかなかフォーマルにぱりっとしていて、これはもう買ってしまうべきではないのかと思われた。これを購入すれば、ジャケットは二着になって、当分着回すことが出来るだろう。そういうわけで購入を即座に決断し、これでもう今日の目的は果たしたとばかりにほかの品には目を向けず、レジに行って会計した。
 それから二階に上がり、HMVに入店してジャズの区画を見に行ったが、この店のジャズ区画は以前から縮小が目立っていたものの、さらに縮小されて、フロアの角の一列に押し込まれている。それで、Bill Evans Trio『Waltz For Debby』ほどの有名盤を置いていないはずがないと思っていたところが見当たらず、マジかよと慄きながら店をあとにした。ディスクユニオンに行ってみるかと思った。中古屋ならばないはずがないだろう。それで高架歩廊を東に向けて歩く。正面から激しく吹きつける風のなかを歩いていると、歩道橋の脇から見晴らした東の空に、先史時代の恐竜の卵を思わせるような、半月から少し膨らんだ月の姿がうっすらと現れ出ていた。階段を下りて下の通りに下り、変わらず強い風のなかを行くが、交差点の信号がそろそろ変わりそうだったので小走りになり、青信号に変わるのに間に合って横断歩道を渡った。そうしてディスクユニオンへの階段を上る。時刻は四時五〇分だった。
 入店。J-POPの区画からまずFISHMANSの欄を見るが、やはり手に入れたいライブ盤は見当たらない。それでジャズの方に移り、Bill Evansの区画を見ると、『Waltz For Debby』は予想通り見つかった。しかも二枚ある。一枚は国内盤、例のSHMだったか、アルファベット三文字の、高音質とかいうやつで、もう一枚はいくらか古そうな輸入盤だった。前者が一一八〇円、後者が三八〇円で、迷ったが、プレゼントするものだし音質も良い方が良かろうということで、前者を買うことにした。そうしてジャズの新着だけ見て、Rebecca Martinの例の、あれはデビュー盤だっただろうか、Kurt RosenwinkelにLarry GrenadierにBrian Bladeがバックを務めている盤が七八〇円であってこれはちょっと欲しかったけれど見送ることにして、レジに行こうとしたら先客が会計をしていたのでそれからまたちょっとJ-POPの欄を見分したが、特に目立ったものは見当たらない。一つ、Ovallというアーティストの盤があって、これは確か高校時代か大学時代に高校の同級生のN田が好きでこちらに聞かせてくれたこともあるものではないかと思って、結構悪くなかったような記憶が残っていて、その時聞かされたのはヒップホップ的な、ちょっとジャストからわざとずれたリズムを人力で再現しているようなものではなかったと思うのだが、詳しい前情報なしで購入するのにリスクを感じたので今回は見送ることにした。それで会計し、退店。
 横断歩道を南へ渡り、通りをちょっと進んでもう一つ横断歩道を今度は西へ向けて渡って、向かいの通りに移ってPRONTOに入店した。レジを素通りして二階に行き、二面を壁に接した席を取った。CDをリュックサックに入れておき、財布を持って下階へ、腹が減っていたので何か食おうと品揃えを見ると、しかし食べ物は結構もうなくなっていてサンドウィッチくらいしか食指に合うものがない。それでツナと卵とサンドウィッチを取り、それと一緒にアイスココアの一番大きなサイズを――喉もかなり渇いていたので――注文した。合わせて六六〇円。七一〇円を出して五〇円を釣りに貰い、お気をつけてお持ちくださいと差し出されたトレイを受け取る。確かにLサイズはグラスが大きくて、バランスを崩すと倒してしまいそうな雰囲気だった。慎重に持って階段を上り、席に戻るとお手拭きで手を拭ってサンドウィッチを食べ、それからココアの生クリームをすくい取って食い、一回で三分の一ほど一気に吸いこんで飲んで喉を潤すと、コンピューターを取り出した。五時一六分から日記を書き出し、一時間強でここまで綴って六時半。
 帰宅することにした。その前に席を立ってトイレに行く。個室に入って放尿し、トイレットペーパーで便器を拭いておくと水を流して、手を洗ってハンカチで拭いながら便所を抜けた。席に戻ってくると脱いでいたジャケットを羽織り、荷物をまとめてトレイを持って席を離れた。恐れ入りますと近寄ってきた男性店員にトレイを丁寧に渡し、ありがとうございましたと告げて階段を下り、退店した。
 通りに集まっている若い男女らの脇を抜けてエスカレーターを上り、高架歩廊に出ると駅舎へ。通路を通っているあいだのことで、特段に深い印象は残っていない。人波の一部と化して改札を抜けると、青梅行きは六時三八分だかで、腕時計に目を落とせばあと一分しかない。これは間に合わないかなと思いながらも一番線に向かい、階段を下りると電車がまだ停まっていたので小走りになって先頭の――進行方向から見れば最後尾の――一号車に寄ったところでベルが鳴った。スイッチを押して乗り込み、ちょっと移動して扉際を取って、手帳を取り出した。メモしてある事柄を復習する道中、特段に目立った記憶は残っていない。青梅行き着予定は七時一四分、確か奥多摩行きは七時一五分の発車だったはずで、乗り換えに一分の猶予しかないので、東青梅を発車して青梅が近くなると途中から腰掛けていた席を立ち上がり、車両を辿って三号車まで移動、そこで降りて向かいの奥多摩行きの最後尾に乗り換えた。そうして引き続きメモを復習し、最寄り駅に着くと停まっている電車のなかの顔触れを見やりながらホームを移動し、駅舎を抜けた。横断歩道を渡って坂に入る。空には月が浮かんでいたと思うが、よくも覚えていない。帰路の印象も特にない。
 帰宅すると台所にいた母親に挨拶する。焜炉に寄ると、卵焼き器を使ってコーンと鶏肉のソテーが作られてあり、フライパンの蓋を外すとそこには鯖が焼かれてあった。それを見てから下階に戻り、Tresure Factoryの袋をリュックサックから取り出して上階に戻り、ジャケットを買ってきたと母親に告げる。古着屋で三万五〇〇〇円の品が八〇〇〇円だった、しかも未使用でと説明して、着ていたジャケットを脱いで袋から品物を取り出し羽織ってみると、小さいんじゃないのと言われた。確かに僅かに窮屈な感じはしないでもないのだが、玄関の鏡に映して見てみても、袖の長さはぴったりだし、小さすぎて変だという感じもしない。この時履いていたズボンは青味混じりのグレーで、ジャケットも似たような色なのでその点は調和しているとの評価が下った。それから自室に戻り、コンピューターを机上に据え、服を脱いでジャージの下だけ履き、上は黒い肌着のままの格好になった。携帯電話を見るとT田からメールが届いていた。先日話題に出たのだが、彼が選集したクラシック音楽の音源をダウンロードできるURLを送ってきてくれたのだ。LINEの方にも送ったがご覧になっていないようだったので、とあったので、コンピューターを立ち上げてLINEにアクセスし、そちらの方で礼を送った。それで早速音源をダウンロードしてみると、ルネサンス期のものから二〇世紀のラヴェルの近代音楽まで、全一四曲、時代順に揃っている。それにしかも、T田本人が綴った解説文書までついているもので、結構手間が掛かっている。最初の一曲はクレマン・ジャヌカンというフランスの作曲家の、"鳥の歌"("Le chant des oyseaulx")という曲で、鳥の歌と言えばこちらに思い出されるのはPablo Casalsのことであり、これはカザルスが取り上げた曲――ではないのか、あれはカタルーニャ民謡だったか? とLINEで送ってから当の音源を聞いてみると、まったく別物の、四声の合唱曲だった。ルネサンス期の音楽は三度を含まず一度と完全五度のみで終止するのが特徴だと解説には記されていて、これはロック音楽で言うところのいわゆるパワー・コードなのだが、確かに聞いてみるとパワー・コード特有の野太さ、力強さで終止していることが聞き分けられたので、パワー・コードで終止するのが力強いなとも続けて送っておいた。T田からは、そうなんだよ、ルネサンスの合唱曲は大体そう、との返答があった。
 そこでコンピューター前を離れて上階に行った。卓には父親が就いており、炬燵テーブルの方には母親が座って、食事を取り終えたあとか、取っている途中だった。お先にと父親が言ってくるのにああ、と受けて、サンドウィッチを食って腹がそんなに減っていなかったので、先に風呂に入ると言って浴室に行った。さほど長く掛けずに入浴し、出てくると米をよそり、鶏肉のソテーと鯖を温め、そのほかサラダか何かあったはずだがよく覚えていない。テレビは鈴木浩平という人だったか、眼鏡を掛けた俳優の人――確か、『LIAR GAME』のキノコ頭の男の訳をやっていた人ではなかったか?――が、旧餃子の王将経堂店の炒飯が好きで、今はもうないその旧店舗で店長をやっていた人を探すという企画をやっていたが、最終的にその元店長は亡くなっていたことが判明した。食事を終えると食器を洗って下階に下り、それが九時を過ぎた頃合いだったと思う。T田のクラシック選集を流しながら安江伸夫「今さら聞けない「日韓関係」…対立の構造と背景にある歴史」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63796)を読んだ。一方で、LINE上で二〇日の土曜日に行く映画の時間と場所の話し合いもしていた。T田が買った前売り券の事情で時間が朝早くか夕方からかしかないらしい。元々川崎でで観る予定だったのだが、そこで九時二五分始まりだときついかと来るので、川崎に九時に着くとすると自分は七時五分の電車に乗らなければならないと苦笑気味の返答を送った。それでは昭島九時四五分開始ではどうかと続けてきて、電車の時間を調べてみると、昭島ならば最寄り駅を八時四五分頃の電車に乗れば間に合うので、まだ可能性はあると返答した。その後もほかのメンバーも交えてやり取りは続いて、最終的に昭島九時四五分の回を観ることになったようだったが、こちらはことによると寝坊をしかねない時間である。いつも一〇時一一時くらいまでだらだらと寝過ごしているので、起きられるかどうかあまり自信はない。手帳にメモを取りながら――一九九八年一〇月に金大中が来日して日韓共同宣言が発表されたとか、韓国大統領の任期は五年であるとか、河野談話は一九九三年であるとかそういった基本的な事項だ――安江伸夫「今さら聞けない「日韓関係」…対立の構造と背景にある歴史」を一時間ぴったり掛けて読み、それから菊地章太『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム――一神教の連環を解く』の今まで読んだ頁も大雑把に読み返して、そこからもメモを取っていた。なかで一つ興味深かったと言うか、へえと思ったのは、生贄を焼き尽くして神に捧げることを意味する「燔祭」という言葉があるのだが、これのギリシア語訳「ホロカウトーマ」が「ホロコースト」の語源であるということだ。その他、「イスラーム」というのは「絶対服従」の意であるとか、過越祭(ペサハ)の際には酵母を入れずに小麦粉だけで焼いたパンを食べるだとか、六二二年にムハンマドはマッカ(メッカ)を捨ててマディーナ(メディナ)に移住して、これをヒジュラ=聖遷と言うだとか、基本的な事柄をメモした。それで一一時半前から新しい部分を読みはじめた。ベッドに移って読み進めているうちに、例によっていつの間にか意識を失っていたようで、残っている記憶は二時一五分に意識を取り戻した時のそれのみである。起き上がってコンピューターをLINE上でまた何かやり取りが行われていたようだが、それを見るのは翌日に回すことにして、そのまま就寝した。


・作文
 11:26 - 11:46 = 20分
 13:47 - 13:59 = 12分
 17:16 - 18:28 = 1時間12分
 計: 1時間44分

・読書
 12:02 - 13:09 = 1時間7分
 14:59 - 15:24 = 25分
 21:21 - 22:21 = 1時間
 23:25 - 26:15 = (睡眠分を一時間引いて)1時間50分
 計: 4時間22分

  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-04-11「死者に二度目の死を与えうるほどの日差しを背負う影に唾棄する」; 2019-04-12「旋律がたしかにそうであることを確かめるためだけの音楽」
  • fuzkue「読書日記(130)」: 3月28日(木)まで。
  • 「記憶1」: 82 - 94
  • 菊地章太『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム――一神教の連環を解く』: 66 - 112
  • 安江伸夫「今さら聞けない「日韓関係」…対立の構造と背景にある歴史」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63796

・睡眠
 2:00 - 11:00 = 9時間

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • Antonio Sanchez『Three Times Three』
  • Aaron Parks Trio『Alive In Japan』

2019/4/15, Mon.

 午前中から複数の選挙カーが替わる替わる自宅周辺に来て声を撒き散らしていた。一二時二〇分起床。ぐずぐずと寝床に留まっている時に携帯の振動音が聞こえて、それが三回で終わらずに長く続くものだから電話だとわかり、ベッドを抜け出した。出ると母親で、雨が降ってきたみたいだから洗濯物を頼むとのことだった。これから市役所に寄って期日前投票を済ませてから帰ると言う。了承して通話を終え、上階に行き、寝間着からジャージに着替えてベランダに出ると確かにぽつぽつ来ている。それで吊るされていた洗濯物をすべて室内に取り込んで、それから台所に入って冷蔵庫を覗くと、細かく刻まれたハムや、前日のサラダの残りやほうれん草がある。それらを取り出し、さらに台所の戸棚の上にはレトルトのカレーが置かれてあったのでそれを食べることにして、フライパンを取り出して水を汲み、火に掛けた。そのあいだにトイレに行って排便し、戻ってくるとハムやら何やらを卓に運んで、カレーが熱されているあいだにそれらを食べる。食べ終えてしまうと台所に行って鋏を使ってレトルトパウチを沸騰した湯のなかから持ち出し、口を切って米の上に掛けた。そうして新聞を読むこともせずテレビを点けることもせずに、黙々とそれも食べると抗鬱剤ほかを服用し、食器を洗って下階に下りた。コンピューターを点け、FISHMANS『Oh! Mountain』を今日も流し出して、前日の記録を付ける。それから、長くなることが決まっている前日の日記に取り掛かる気力が湧かずにしばらくだらだらしたが、一時半前から日記を書き出した。この日の分を先にここまで綴ってこれから前日分を書くわけだが、面倒臭くて仕方がない。
 そうは言いながらも書かないわけにはいかないので、かたかたと書き出す。BGMは『Oh! Mountain』が終わったあとはいつも通りAntonio Sanchez『Three Times Three』へ。三時過ぎまで書いたところで一旦中断し、上階に行った。両親は帰ってきていた。何か食べるものはないかと訊くと、苺があると言う。冷蔵庫を見ると、こちらの分と父親の分と二つ、小鉢に牛乳に浸された苺が入っている。そのうちの一つを取り出して卓に就き、食した。両親は医者に行っていたのだと言う。父親の足の抜糸のためで、まだすべてではないが一部抜糸できたらしい。帰りに「魚屋路[ととやみち]」に寄ってきて、唐揚げを持ち帰ってきてそれが二つ残っていると言うので、それも頂くことにして電子レンジで温めたものを楊枝で突き刺して食べた。食後、風呂を洗い、自室に戻ったが、日記作成を再開する気力が湧かず、しばらくだらだらとした。四時半からふたたび書き出す。BGMはAntonio Carlos Jobim『The Composer Of Desafinado, Plays』。それで五時過ぎまで書いたところで、家事をやりにふたたび上階へ。アイロン掛けをする。シャツ四枚、それにエプロンとハンカチとなかなか量が多い。掛けながら背後の母親に、今日は飯の支度をお願いしますよと頼んだ。何で、と言うので、日記を書かなければいけないからと答え、アイロン掛けを終えると既に石油を補充済みの下階のストーブのタンクを持って階段を下り、両親の寝室に入ってタンクをストーブに戻しておいた。それから自分のシャツ二枚を自室に運び、日記に取り掛かるはずがふたたびだらだらとして、六時半を過ぎてからようやく作業を再開した。BGMはDerek Bailey『Duo & Trio Improvisations』。一時間ほど書いたがまだ終わらない。食事へ行く。メニューは米・茄子焼き・味噌汁・サラダ。食後、風呂へ。だらだらと浸からずに出てきて自室に戻り、九時過ぎからふたたび日記。BGMはAerosmith『Permanent Vacation』。一五分ほど綴ってようやく前日の日記を完成させることが出来た。ブログとnoteに投稿。それからしばらくまただらだらして、一一時前から菊地章太『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム――一神教の連環を解く』を読みはじめた。ベッドに寝転がって固まった腰をほぐしながら読む。一一時半に至ると本を置き、布団を被って目を閉じた。そのまま一時間ほどは意識を失わずに休んでいたのだが、そのうちに眠りのなかに入っていて、気づけば二時に至っていた。そのまま就寝。


・作文
 13:27 - 15:08 = 1時間41分
 16:28 - 17:12 = 44分
 18:38 - 19;33 = 55分
 21:09 - 21:23 = 14分
 計: 3時間34分

・読書
 22:48 - 23:30 = 42分

・睡眠
 2:30 - 12:20 = 9時間50分

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • Antonio Sanchez『Three Times Three』
  • Antonio Carlos Jobim『The Composer Of Desafinado, Plays』
  • Derek Bailey『Duo & Trio Improvisations』
  • Aerosmith『Permanent Vacation』

2019/4/14, Sun.

 早い時間から複数回目覚めていた。七時のアラームで一度本格的に起きたのだが、ベッドに戻ってふたたび意識を失ってしまい、気づけば八時二〇分頃を迎えていた。八時には起きたかったのだが、まあ良いとする。上階へ。洗面所で洗面台に向かい合って水を使っている母親に挨拶。米・汁物・モヤシの炒め物・前夜の鶏肉の残り・胡瓜の漬物を用意。卓へ。新聞の書評欄を読みながらものを食べる。松浦寿輝が新作を出したよう。前作『名誉と恍惚』は物語的な要素の強い、重厚な活劇だということを聞き及んでいるが、今回のものは評者によれば一種の「哲学小説」だと言う。テレビは『サラメシ』――先日放送していた会の再放送。スターダスト・レビューなどが映される。ものを食べ終える頃、父親が一段一段ゆっくりと踏みしめて階段を上がってきた。おはようと挨拶。そうしてこちらは薬を飲み、食器を洗って下階に下りてきた。一〇時半前には出なければならないのであまり時間はない。早速日記に取り掛かって、一〇分ほどで前日分とこの日の分を綴った。BGMはいつもながらのFISHMANS『Oh! Mountain』
 歌を歌う。FISHMANS "頼りない天使"に、cero "Yellow Magus"。それから「記憶」記事を読むよりも先に服を着替えたり歯磨きをしたりしたのだと思う。上はユニクロの臙脂色のシャツ、下は青味がかったグレーのイージー・スリム・パンツ、上着はグレンチェックの灰色の薄手コートであるが、歯磨きをする際に廊下や洗面所の鏡に自分を映してみると、上着とズボンの色味の兼ね合いが思ったよりも地味な印象を与えたので、ズボンは褐色のスラックスに変えることにした。それで、九時五〇分から「記憶」記事を音読、中国史や現代史の知識である。七〇番から八一番まで読んだところで一〇時一五分に達したので、そろそろ出かけようとコンピューターを停め、クラッチバッグに荷物をまとめて上階に行った。父親に出かけると伝える。遅くなるのかと訊くので、わからないが多分そうだと答えて、出発した。
 川向こうから祭囃子の太鼓の音が伝わってきていた。天気は全面薄白い曇りだが、坂に入る前に首を曲げて、右手で目の上に庇を作りながら直上を見上げれば、太陽の、光を放射していると言うよりは収束しているかのような白い姿が雲のなかに小さく見える。鶯の声の立つ木の間の坂を上って行き、平らな道を行って街道に出ると、北側に渡った。対岸のバス待機所の前に選挙掲示板が設けられていて、そこにポスターが貼られはじめていた。小公園の桜は遠くから見てもまだふわりと、こんもりとした薄桃色を保っていて、近づいて見る合間にも微風があっても花が落ちなかった。まだ二、三日は保つのだろうか。
 裏道に入り、白線に沿って進んでいると、選挙カーの放つ拡声された音声が、左方――北側――の丘に反射して煙のように撓んで響いた。選挙カーというものも、その存在意義がいまいち見出せない。まず端的にうるさいし、それを措いてもあれで伝えられるのはほとんど選挙が近づいているというその事実と候補者の名前のみで、それに加えて何か伝達される事柄があるとしても、皆せいぜい名前とともに表面的なスローガンを連呼するばかりで、内容希薄なことこの上なく、それをもとにした判断などするべくもないだろう。
 白猫はこの午前には見当たらなかった。日向が生まれず、日向ぼっこが出来なかったからかもしれない。春の陽気を迎えて鳥の声が多くなったようで、そこここでひっきりなしに降っており、電線の上には燕らしき小さな姿が見え、鵯が声を張ったかと思えば背後からは鴉が間の抜けたような鳴き声を響かせてくる。そんななかで選挙カーの音声が替わる替わる表通りの方から伝わってくる。
 駅前に続く裏道の途次でも、燕が斜めに滑空して宙を切っていた。駅に入るとホームに上がって、確か一番線に入ってくる電車を待ったのだったと思う。一〇時五四分発である。電車が入線してくると、乗って二号車の三人掛けに腰掛けた。そうして手帳を取り出し、道中のあいだのことを断片的なメモに取る。発車してからもちょっとメモを取って、終わるとその後は手帳に今までメモした事柄を復習する。山我哲雄『一神教の起源』を読んでいるあいだに記録したことなどである。電車は日曜日の午前中のわりに混んでいる印象だった。そうこうしているうちに拝島に着いたので降りる。降りたその電車の屋根の上に、鳩が飛んできて止まったのが遠くに見える。結構長く高いエスカレーターを上り、改札を抜けて左方に折れて西武線の方へ、ふたたび改札を抜けてホームに下り、一一時一九分だかに発車の西武新宿行きに乗った。腰を下ろして、ふたたび手帳を見やる。そのうちに発車。そうして手帳に記した事項を復習しているうちに時間は過ぎて、花小金井に着いた。
 改札を抜けて北口出口へ下りる。前日にグーグル・マップのストリート・ビューで確認したので、景色には見覚えがある。マクドナルドなどの入った小規模な複合施設が通りの向かいにあることを確認し、駅前通りを歩いて行く。桜並木を見て、並木繋がりで何故か小沢健二 "いちょう並木のセレナーデ"を思い出した。それでそのメロディを口のなかで小さく鳴らしながら歩いていく。青梅街道が近づいた頃、通りの向かいの何とか言う寺の前に枝垂れた桜が幾本か立ち並んでいて、薄桃色と明るい薄緑色を空中に差し込んでいた。
 左右に伸びる青梅街道に当たると横断歩道を向かいに渡って右折、ここからしばらく行くと科学館通りという道があって、そこに入ればあとは直進するだけである。科学館通りに入る手前にコンビニがあったので、腹も少々空いているし、おにぎりでも買って科学館に着いたら食うかというわけで立ち寄った。おにぎり二つ(シーチキンマヨネーズに鶏五目)とオールド・ファッション・ドーナツと、いつもセブン・イレブンで買う時と同じ品目を選ぶ。レジで会計。レジの店員は外国人で、「かじゅあ」だったか何だったか、自分の名前を平仮名で記した札をつけていた。会計を済ませると、ありがとうございますと相手の顔を正面から見ながら礼を言って退店。
 ビニール袋を片手に提げながら科学館通りを歩く。ここでは脳内BGMが確かOasis "Wonderwall"に変わっていた。そのうちにそれがまたcero "Summer Soul"に変わって、口笛を吹くというか、口笛未満の緩い感じで口のなかで音を鳴らしながら進んで行った。
 一〇分かそこら歩いただろうか、じきに多摩六都科学館着。門から入るとガードマンが挨拶をしてきたので、左方に折れて過ぎながら首を振り向かせて会釈をする。園庭に設けられているテーブル席に着く。テーブルのあの素材は何だろう、色はくすんでいて、プラスチックのような軽い、ちゃちな感じだったが。席に就き、おにぎりを食べだす。ツナマヨネーズからである。時刻は一二時一〇分過ぎだった。待ち合わせは一二時半だったのでまだ余裕があるというわけで、さっさとものを食って道中のことをメモに取ろうと思っていたのだが、しかし、おにぎり一個目を食べ終わる頃にこちらの傍らに立った影があって、見ればTだった。Kくんもこちらのすぐ背後に、忍者のように気配を消して立っていた。彼らがこれほど早く現れたのは誤算だった。こちらが一番に着いているとばかり思っていたのだ。二人は塔に登っていたと言う。あれだと言う方を向くと、視界の左方に茶色っぽい塔のようなものが見えた。彼女らは一二時ちょうどくらいにはいたらしい。
 話しながらものを食う。ドーナツ食べるとTに訊くと、ちょっと欲しいと言うので、袋を開けて、取っていいよと彼女に渡す。戻ったものを受け取ってKくんにも訊くが、彼はいいと言う。飲み物なしでよくそれだけ食べられるな、おにぎり二個にドーナツでしょと彼。俺、あんまり飲み物呑まないんだよね。あんまり喉が渇かない。しかし彼によると、水を一日二リットルほど飲むと老廃物を流しだすという健康の観点からは良いらしい。五〇〇リットルを四本分、とTが言い間違えて一同笑う。
 あたりには子供らが声を立てながら遊び回っている。一人の男児が、たこ焼き買ったよと親に向かって大きな声を上げて喜んでいた。お父さんと来ている子が多いねとT。お父さんが活躍できる機会なのかなと。そのうちに、彼女は、今日は靴下がお揃いじゃないねとこちらとKくんのそれを見比べる。色は同じく赤だったが、こちらのそれにはアーガイル柄が入っていた。ガーゴイル柄じゃない、とKくんが語感の響きの類似性を取り上げた冗談を言う。ガーゴイルって何?とT。悪魔的なやつだよ。ドラクエとかに出てくるじゃん。何か銅像みたいなやつだよね、動く像。
 と、そんな話をしているうちにT田もやって来た。それでまもなく、なかに入ろうということになる。立ち上がってすり鉢状の階段を下りて、底にある入り口へ向かいながら、Tは携帯電話でガーゴイルを調べていた。ドラクエ以外にも出るんじゃないとこちら。ファイファンとかと彼女。エフエフ。Fさんはファイナルファンタジーはやったことあるのかとあちら。ある。ただ俺の家にはプレステがなかったからスーファミのやつまでだけど。スーフャミでファイファンがあったんだ。Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ、がスーファミだった、シックスなんかはよく出来ていて面白かったな。プレステから絵がすごく綺麗になるんだよね。そう、それは俺はやったことがない。
 入館。奥へ。チケット売り場に並ぶ。チケットは複数種類あるようで、どれを買えば良いのか。そもそも売り場の上方にある掲示が、目の悪いこちらにはぼやけて見えなかった。それで、この距離でもう見えないわと言うと、Tが、大丈夫、T田くんが聞いているからと。先頭にいた彼が、中年から高年くらいの歳の、制服姿の案内員に話を聞いていた。それで購入。一〇〇〇円の、入場及びプラネタリウム一回観覧の券。T田が先頭で一万円札を出してまとめて払ってくれたので、皆で彼に一〇〇〇円ずつ渡す。チケットは館を出る時にまた必要だとのこと。受け取り、駅の改札のようなタッチ式のゲートにチケットを当てて読み込ませて入場。プラネタリウムは二階である。現在時はB1だった。階段を上がって行く。
 プラネタリウム施設は「サイエンスエッグ」という名前だった。入口前に並ぶ。壁にはいくつか新聞記事やらが貼られてあって、なかの一つに、日本では物理系の大学だったか学部だったかに進む女性が少ないとの記事。各国のそうした大学の男女別割合を示した円グラフも載っていて、それによればサウジアラビアは女性の割合が高いらしい。七〇パーセントくらいか? イタリアは半々くらい。その記事を三行でまとめて、とKくんがTに無茶振りをする。彼女は何とかまとめて述べ、いいまとめだねとの評価を得ていたが、二行目、女性の物理学科への進学が少ない要因についてはあまり具体的ではなかった。記事を瞥見すると、やはり男女平等の意識の低さみたいなことが挙げられている。そうした意識の低い人には、女性は物理や科学に向いていないという先入観があると。しかしサウジアラビアだってイスラームの国で、どちらかと言えば、あるいはどちらかと言うまでもなく、女性の権利が軽んじられているのではないかと思うのだが、何故そんなに女性の割合が高いのだろう。T田が言うには、彼はモンゴル人の女性と付き合っていたことがあるのだが、その人から聞いたところでは、モンゴルでは男性はほぼ肉体労働に従事するような感じで、頭脳面の仕事は女性が担うらしいので、そうした文化的環境もあるのかもしれない。その記事について話したり、突っ込んだりしながらプラネタリウムの始まる時間を待つ。Kくんがよく喋っていたように思う。彼の高校だか大学だかも総合科学科だか何だかで、男子が圧倒的だったと。そのようなことを話したあと続けて彼は、男子が女装すれば良いんだ、みたいなよくわからない冗談を言った。女装して、こんな感じでくねくねして、と。そうすると別の意味での壁が出来ちゃうねと言ったのはこれは、件の記事の見出しで「見えない壁を打ち破る」というような文言があったのを踏まえてのことなのだが、この冗談は皆笑っていたものの、ポリティカル・コレクトネスの観点からはあまりよろしくないのではないかとこちらは思った。
 待っているあいだはこちらは、ものを食ったばかりだったことがあって、嘔吐不安が微かに湧いて、やや緊張し、そわそわと身体を揺らしていた。Tがパンフレットを見つけて人数分持ってきてくれた。四月と三月の星空の図が載っているもので、そのなかを見ていると、「かみのけ座」などというものがあって、そんなものまであるのかよと笑った。ただの折れ曲がった直線二本ではないか!
 じきに一時前に至って入場。先頭にT田、次にKくん、そしてTに最後尾がこちらという順番。ドームのなかは不思議な感じのする空間だった。白いスクリーンが正面から左右から天井から後ろまで長く広がり、続いている。その上には今はプログラムの広告がうっすらと、白い文字で映し出されていた。中央付近のちょうど四つまとまった席を取った。正面、すぐ前には紫色の、たくさん穴が開いた球状の機械がある。それが「CHIRON Ⅱ(ケイロン・ツー)」、プラネタリウム、つまりドームに星の映像を投射するところの機械である。のちの説明では、ドームの大きさは東日本では最大、そしてこのCHIRON Ⅱは世界一多くの星を映すことができ、その数は何と一億四〇〇〇万だと言うので、マジかよ、日本の人口よりも多いではないかと驚いた。
 シートを背後にちょっと倒しながら開演を待つ。係員が頻りに、始まる前にトイレを済ませておいてくださいね、飲み物も飲みたければ外で飲んでおいてくださいねと注意を促していた。そうして一時一〇分になって開演。生解説付きであるが、しかしこの演目のあいだのことを書くのが難しい――と言うか面倒臭いし、そこまで詳細に覚えてもいられない。まず最初に、部屋が一段階暗くなって、ドーム状スクリーンに多摩六都科学館周辺の航空写真が映し出された。この日、四月一四日のこのあと、午後四時頃をシミュレーションした映像である。それが次第に、係員の女性の説明に合わせながら、そして音楽にも――余談だが、待っているあいだには、おそらくAntonio Carlos Jobim作曲だと思われるブラジル音楽がBGMとして掛かっていた。Jobimの曲は、こちらの聞き込みが足りなくてどれも同じようなものに聞こえてしまうので、タイトルまではわからない。The Girl From Ipanemaではなかったと思う――合わせながら段々と暗くなって行き、午後八時頃の様子に推移していく。正面に映っているのは西の方角の風景で、一番星が輝きだしている。一番明るいあれが、シリウスという星だと言った。シリウスはすべての星のなかで最も明るいらしい。そしてそれから上方にあるもう一つ明るい星が、プロキオン、そこから右下に落ちていくとオリオン座の一角を占める星があって、それがベテルギウスだと。その三つが冬の大三角形。このあたりで確かドームはもっと暗くなり、街明かりがなくなったらというシミュレーションの下、星以外の光源がなくなって、無数も無数の甚大な数の砂子たちが映し出される満天の星空が現出したのではなかったかと思う。ベテルギウスというのはオリオン座の一角であるわけだが、それは「巨人の脇の下」という意味なのだと言う。言葉の響きのわりにあまりロマンティックではない。そしてベテルギウスから対角線上にあるやはりオリオン座の一つのリゲルという星は脚を意味していると言う。ほか、アルデバランという赤い星も右方の方にあってそれも紹介された。その近くにはやはり赤い火星も映し出されていた。
 じきにドーム状スクリーンが回転して正面が南の方角に移るのだが、こうして回転している時には、我々がいる部屋の方が動いているのではなくてドームの外縁の方が動いているはずなのに、どうしても座っている椅子の方が移動しているように感じられるのだった。そのようにしてドームが動いてからだったと思うが、ということはあれは南の空に光る星だということだと思うのだが、レグルスという星が紹介された。獅子座の一角である。この時、星座の形がわかりやすいように星を繋いで獅子の図がスクリーンに映し出されたのだが、それが怖かったのだろうか、どこかで幼児の泣き声が立った。それに対して係員の女性はすぐに、ごめんね、怖かったねと応じて、これならどうですかと新しく映し出されたライオンの絵が、可愛らしくデフォルメされたもので、これには観客一同から笑いが上がり、赤ん坊も見事に泣き止んでいたようだ。その迅速な対応ぶりから言って、どうやら獅子のところで子供が泣き出すというのは今までに何度かあった事態らしいぞと推し量られた。獅子座のすぐ右側には蟹座もあって、これも可愛らしい絵柄で映し出されていた。
 前半のことで覚えているのはそのくらいである。後半は、改元に合わせて、平成の時代に起こった宇宙上の大きなニュースを一〇個振り返ろうという企画だった。はやぶさとかはやぶさ2とかボイジャーとか色々あったが、覚えているのはまず、こちらが生まれた一九九〇年にハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられたというその事実で、ハッブルという名前は聞いたことがあったが、それはこちらの誕生年に打ち上げられていたのか、意外と最近なのだなと印象深く、記憶に残しておいた。ほか、木星に彗星だか隕石だか何だかが多数衝突した事件というものがいつだかにあったらしく、それで木星に開いた穴の一つ一つが、画像では木星全体からするとほんの小さなものに過ぎないのだが、それが一つで地球の大きさと同じくらいだと言うので、木星という星はどれだけ巨大なんだよと驚いた。BGMにも平成の時代というかそれぞれの年に流行った音楽が使われていて、槇原――槇原なんと言っただろうか、あの"世界に一つだけの花"の人だが、その人の"どんな時も どんな時も"と連呼するあの曲だとか、BUMP OF CHICKENの"天体観測"だとか、Mr. Childrenの"HANABI"だとかが流れていた。
 まあ覚えているのはそのくらいである。最後に黄道十二星座がやはり可愛らしくデフォルメされた姿でそれぞれ並んで映し出されたのだが、山羊座――ちなみにこちらの星座は山羊座である――の後ろ脚がなくて、人魚のようになっているのも、何でああなんだよと突っ込んだ。それで四五分のプログラムが終わって、明るくなったので席を立って退場。ここまででまだ二時頃のことまでしか書けていない。外出時間はあと七時間か八時間かそこらある! これから、このあと、科学館内部を見て回った時間のこと、吉祥寺に移動して喫茶店でのこと、同じく吉祥寺でのスープカレー店でのことを書かなければならない。何とも面倒臭く、気力のいる仕事だ。ここまで書くのに一時間四〇分ほど掛かっているので、あと二時間くらい記せば終わるだろうか? とりあえずここで一旦中断して一息入れようと思う。
 退場して、それから科学館内部の展示施設を見て回ったわけだが、これが盛り沢山で、とても書ききれないというかほとんど覚えていない。プラネタリウムと同じ二階には、「地球の部屋」というスペースと「自然の部屋」というスペースがあった。始祖鳥やアンモナイトの化石のレプリカが展示されていたり、水槽のなかに小海老や魚がいたりしたのだが、印象に残っているのはウニか何かの化石で、その学名を「パレオプネウステス・プソイドペリオダス」と言う。あたりに展示されている化石群のなかには名前がやたらと長たらしくてとても覚えられず面白いものがたくさんあったのだが、そのなかでもこれは特に長たらしく、響きも奇妙だったので、面白いからメモしておこうと手帳を取り出して記録したのだった。「自然の部屋」には、カタツムリやザリガニの生態の紹介などもあったと思う。その一角に昆虫の標本が壁に飾られているスペースもあって、そのなかではやはり揚羽蝶、それもミヤマカラスアゲハというものがうっすらと緑色が差し込まれていて美しかったのを覚えている。
 二階の展示を見終わると、エレベーターでB1に下りた。B1には展示の部屋は三つあって、「チャレンジの部屋」と「しくみの部屋」と、あと一つは何だったか忘れた。これらの展示を見ているあいだのことで覚えているのは反射神経ゲームである。土竜叩き的な要領で、台の上に複数ある円状の区画がそれぞれにランダムに点灯していく、それを両の手で追ってタッチするというゲームで、三〇回タッチし終えると停まるのでそこまで何秒掛かったかを競うものなのだ。こちらと二人で室内を回っていたTがそれを見つけて、子供から大人まで取り組んでいるのを見て楽しそうだから自分もやろうと挑戦したところ、一六・五秒だった。それでも結構速かったと思うのだが、今日の最高記録は一一秒だと言うので、どれだけ手を動かすのが速いんだと笑った。Tは離れていたKくんとT田も誘って挑戦させていた。機械の後ろからこちらはそれを眺める。Kくんは一五秒ほど、T田は一六・六秒という結果だった。やはり一一秒の記録保持者の速さが際立つものだった。
 ほか、MOON WALKという施設というか何というか、機械もあった。月面の、重力が地球の六分の一になった状態を体感できるというもので、クレーンのような機械の先端に人が座り、そのまま小さくジャンプすると、その動きを機械が感知してクレーンが一気に上方に持ち上がって、あたかも重力の小さくなった状態でジャンプしたかのごとくになる、とそんな趣向で、これもTがやってみたいと言って列に並んだ。周りに並んでいるのは皆小さな子供たちばかりのなかで、一人だけほかと比べて明らかに背の高い「大きなお友だち」が参加する図になったわけで、それを眺めているのはちょっと面白かった。彼女は何度もジャンプしてクレーンに持ち上げられながら、きゃあ! 高い!と声を上げて、子供たちよりも子供らしく燥ぎ、楽しんでいた。その様子を男子三人は離れたところから苦笑気味に見守り、Kくんが携帯で動画撮影していた。
 覚えているのはそのくらいのことなので、科学館の展示施設のことはそんなところで良いだろう。すべて見て回ると、喫茶室があるので行ってみようということになった。入館してすぐの、B1のフロアのロビーから階段を上って行くと、カフェがあった。入り口でメニューを見ながら――フロートやシェーキがなかなか美味そうだった――ここに寄って行くか、それともどこか街に出るかと話し合って、ひとまずバスで吉祥寺に行こうということに決まった。それで喫茶室には寄らずに階段を下ると、そこに自動販売機があったので、Kくんが水だけ買おうと言って購入する。それから退館、入った時と同じように改札のような機械にチケットを触れさせて読み込ませて退場である。
 バスの時間まであと数分しかなかった。バス停は六分か七分ほど歩いたところにあるらしく、T田が先頭でスマートフォンを使って道案内をしてくれた。早歩きで家々のあいだを進んでいくのだが、途中からいよいよ時間がやばいということで小走りになりだすと、Fさんが走るなんて珍しいと笑われたが、そうしなければ間に合わないのだから仕方がない。しかし確かに、この歳になるともう走ることなどほとんどなく、久しぶりの経験だった。はあはあ言いながら走って、街道らしき通りに出たところでバス停に着いた。やって来たバスに乗る。先払いで前の入り口から乗って、運転手に行き先を告げると彼がタッチパネルの上に載せて覆っていた手をどかしてくれて、それでカードを機械にタッチするというシステムだった。行き先は吉祥寺駅、終点である。代金は確か二六〇円くらいだったと思う。それでバスの後ろのほうに左右に二人ずつ分かれて着席した。こちらの右隣がT田、通路を挟んで左側がKくんとTである。
 バスのなかではまず、確かT田から、日記は順調かと訊かれたのだったと思う。順調だと答える。毎日書いていると。どれくらい書くのかと訊かれたので、出かけない日だと四〇〇〇字くらいだが、出かけると一万字くらいになるなと。出かけなくても四〇〇〇字も書くのか。これは帰りの電車のなかでのことだが、T田は文通というか週一くらいのペースでメールを送り合っている相手がいて、その人に対して綴るメールを一〇〇〇字くらい書いただけでも自分はかなり書いたなという感覚になると言っていた。その文通相手というのは『Steins; Gate』を主に二次創作の題材にしているらしい同人作家で、T田は三月の後半、その人に会いにイベントに行ってきたと言う。そのあたりの話も聞く。女性向けのイベントだと前には言っていて、いわゆるBLのことかと思うのだが、行ってみると男性の姿もちらほらあって、思ったよりも居心地悪くはなく、これなら大丈夫だというくらいだったと。しかし、当人と会うのには非常に緊張したと言う。メールだから言えるようなこと、有り体に言えば面と向かって言うのが恥ずかしいようなことも伝えているので、実際に顔を合わせるのは恥ずかしかったようだ。それで、向こうの方もあまり社交が得意ではない人柄のようで、それほど話は盛り上がらずに別れてしまったらしいが、その後も文通は続けていると言う。そういう仲間があるのも楽しく、良いことだろう。
 そのほか芸術の話を多少した。前回会った時にも、音楽が表現するべきはまず何よりも物語性や表象よりも音響効果であるという話をしたのだったが、そのあたりのことを踏まえてしかしT田は多少考えが変わったようで、純粋な形式的進化ばかりを求めるのではなくて、物語性も多少は追求していかないとというところに落着いたらしい。と言うのも、クラシック音楽の歴史を考えてみても、一九世紀のロマン派から離れて二〇世紀前半にはドビュッシーなどの印象派が前駆を成すような前衛音楽というものが生まれてきて、ドイツなどでは一二音技法というかなり理論的な現代音楽も発展した、そういうものを聞くとやはり直感的に聞きやすいとは言えないものになっているのであって、自分の好きでやるならそれでも良いけれど、多少なりとも受け入れられるという方向を目指して行くのだったら、やはり物語性というものも蔑ろには出来ない、とそんな感じのことを話していた。それを受けてこちらは、文学でも何でもそうだが、要は「意味」との距離の取り方ということだなと。あるいは「制度」や「定型」と言っても良いのだろうが、純粋な形式的発展を目指すとそれはいずれ行き詰まると言うか、二〇世紀のモダニズムのあたりでもうやれることはほとんどやられてしまっているわけで、例えば文学の世界ではジョイスという人がいると紹介する。『フィネガンズ・ウェイク』の名前は出さなかったが、ほとんど自分にしか通じないような、と言うか自分にすら通じないような言語を書いた人でと説明し、それはもう行き着くところまで行ってしまっている、だからそのあとの作家はその先には行けない、自分なりに物語や意味の方に戻ってきて自分なりの距離の取り方を見出さないといけないと。ヴァージニア・ウルフの話もした。『灯台へ』を今T田には貸していて、それを彼は非常にちびちびと読んでいて今現在第二部の途中にまで至っているようだが、『灯台へ』は何が革新的だったのかと訊かれたので、一九世紀以前の小説というものは基本的に外面的なことばかりを書くものだった、わかりやすい主人公がいて、その人物が外面から見てわかりやすい行為を行って物語が連ねられていく、それに対してヴァージニア・ウルフは内面の描写というものに特化した、「意識の流れ」などと言われるけれど、人間は常に何らかの考えを持っている、今やっていることとはまったく別のことを考えながら行為していることだってあるわけだ、ウルフはそうした面の表現を切り開き、外面と内面のあいだを針で縫って編み合わせるように滑らかに移行していく、そうした技法を確立したというような説明をした。だから時間の経過もあんなにゆっくりだろう? 『灯台へ』の第一部はほとんど一日のこと、と言うかそのなかの数時間のことしか書いていない、それであの分量になるわけだ。だから、人間が考えていることをそのまま文章にしたなら――勿論、『灯台へ』も人間の思考をそのまま書いているわけではない、あれは一種の約束事であって、人間の思考が実際にあんなに秩序立っているはずがないわけだけれど――あれくらいの分量は要るのだということを、まざまざと示したわけだ。
 ただウルフがやはり凄いというか……(としばらく考えて)頭がイっているなと思うのは(と苦笑する)、『灯台へ』で止まるのではなくて、その後に『波』という作品を書いているのだけれど、これはほとんど詩のような、音楽で言えばフリー・ジャズみたいなもので、『灯台へ』はまだしも伝統的な小説の枠組みのなかで、そのなかである一方向に向けて行き着くところまで行った小説だと思う、ところが『波』はもうほとんど小説の枠を破壊してしまうような作品になっている。ただやはり決してわかりやすい作品ではないけどね。『灯台へ』は名作と言って良いと思う、しかし『波』は名作とは言えないな……問題作かな(と笑う)。そんなような話をした。
 あとはフリー・ジャズの話も少しだけした。フリー・ジャズというものはこちらはあまり聞かないのだが、その少ない聴取経験のなかでも、やはりフリー・ジャズと言って大体同じようなことをやっているようでも良いものと悪いものとやっぱり結構あるもので、俺が好きなのはDerek Baileyっていうギターがいるんだけど知ってる? 知らないか。その人があれはドラムと、あれはトランペットかな、それと合わせて全然調性のないような、楽器の音だけみたいな音楽をやっていて、何か「カッ、カッ」とかいってギターを鳴らしているだけみたいな感じなんだけど、それが妙に良かったりするんだよね、と笑う。ほか、『灯台へ』のなかでは、第一部の一〇章だか一一章だかが全篇完璧だと思うということも言った。ラムジー夫人が灯台のレモン色の光を見て恍惚と満ち足りた気持ちになり、もうこれで十分、これで十分だわ、などと述懐している箇所だ。そんな話をする頃にはもう吉祥寺駅に着く頃だった。
 バスを降り、喫茶店に行ってケーキでも食べようということになった。それでKくんの先導についていく。吉祥寺には慣れていないし、どこをどう歩いたのかはわからない。じきに喫茶店の前まで来た。「多奈加亭」という店で、その横に「武蔵野文庫」という店もあって、これは相当に年季の入ったような雰囲気、佇まいで、こちらに入るのかと思いきやそうではなくて多奈加亭の方だった。武蔵野文庫の方はランチのカレーセットか何かが美味いとKくん。今回はケーキを食べるということで多奈加亭へ。
 隣との距離があまりない、少々狭苦しいような小さなテーブル席に座る。こちらはアイスココアを注文。ほかの皆はケーキをそれぞれ頼んでいた。最初頼んだケーキがどれももう在庫切れになっていて、逆にどれがあるのだと皆でガラスケースを見に行きながら決定していた。T田はマロンのロールケーキ、Kくんはクラシック・ショコラ、Tも何かショコラ系統のやつだった。飲み物はT田がアイスティー、Kくんはソフトのコーヒー、Tはローズヒップティーみたいなもの。それで雑談を交わす。
 高校時代の話。Deep Purple "Highway Star"をきっかけでT谷とバンドを組んだのだというエピソードをKくんに語る。どういうことかと言うと、こちらは高校の最初は、T谷やT田とは違うバンドに属していた。そのバンドはスピッツなどをやるような連中だったんだけど、教室で練習をしていて休憩時間があるわけだ。その時に俺が、"Highway Star"のあのギターソロの、たららら、たららら、という一六分音符のところを弾いていたんだよね。それで休んでいると、戸口にやってきて開けたやつがいて、何かを探すように左右を見回しながら、おかしいな、とか呟いているわけだ。で、また閉めて去って行く。それからまた"Highway Star"を弾いているとまたそいつがやって来て、今、"Highway Star"弾いてなかった、とか訊いてきた。それがT谷だった。それでじゃあ一緒にやろうぜということになって、俺はバンドを抜けて移ったわけだ。
 そのうちに、Tが作った新曲を聞いてくれということになって、T田の携帯にその音源が入っていたので、彼から携帯とイヤフォンを借りて聞く。ピアノとボーカルだけのバラードで、Tの曲はどれも結構そうなのだが、メロディのリズムに独特の感触があって、それがこなれていないように聞こえる時と、うまいずれとして嵌まっている時とあるのだが、今回は前者ではないかと思われた。特にAメロが難しそうだった。サビにはルートだけ推移させながら同じ音型でピアノの細かなアルペジオ奏でるという伴奏がつけられていて、それはなかなか良いと思い、Tがこれを作ったのだったらなかなか大したものだなと思ったのだったが、これはあとで聞くとT田がつけたものだと言う。上に書いたような点を伝えた。すなわち、メロディがあまりうまく流れていないように感じると。Tはそれにあまり納得が行かないような様子だったし、T田も自分はこれで良いと思っているとのことだったが、こちらの感じではやはりあまり滑らかではない。まあこちらが気にしすぎなのかもしれないが、例えば「新しい」という歌詞があった時に、「し」と「い」のあいだに間隔が出来てしまっていて、後者にアクセントがついてしまうのがやや不自然であるというような具体例を挙げた。それはおそらく、歌い方の問題、リズムがきっちり嵌まっていないことから来るのではなくて(それも勿論あるだろうが)、今のメロディの配置のままだと、リズム的に正確に歌ったとしてもあまり流麗には聞こえないのではないかと指摘した。まあわからない、歌い方でカバーできる面もあるのかもしれないが、そのあたりもう一度録ってもらって正確なリズムのバージョンを聞かせてもらいたいというところだ。
 ほか、アレンジはもうほとんど固まっているとのことだった。すなわちこの曲はピアノとボーカルだけで行く、そしてピアノのフレーズはもう大体、この時聞いた音源で完成形だと言う。それはどうかなと苦言を呈した。これで何分かと聞くと六分半だと言うのだが、六分半もピアノとボーカルだけで保たせるというのは結構難しい業である。この時聞いた限りだと、ピアノには明らかに遊びが足りないと言うか、伴奏として平坦になっているように感じられた。その点を指摘したのだがしかしT田の考えでは、それならそれでも良いと、あまりポップス的にフックを持たせるのではなくて、聞いていて眠くなるような曲になるならそれはそれで良いと思うとのことだったので、それならまあ良いのかもしれないが、こちらの基準からするとやはりもう少し遊びや幅が欲しいとは思った。
 その他話したことは覚えていない。七時近くになってそろそろ飯を食いに行こうということになった。ビーフシチューが美味い良いレストランがあると言う。それで退店し、ふたたびKくんの先導について歩く。TOMORROW LANDやらZARAやら服屋の並んでいる界隈を抜けて行って辿り着いた店は「ククゥ」という名前の、赤く急な階段を上がった二階にあるものだった。しかし、本日は予約のお客様で満席ですとの掲示が出されていた。二階に上がって入り口から覗き込んだTが言うには、「凄い男女」とのことだった。奇抜な男女がいたのではなくて、人間が凄くたくさんいたということだろう。それで別の店、スープカレーの店に行こうということになった。路地を歩いて、店に着く。「Rojiura Curry SAMURAI.」という店だった(最後にドットが付されているのがおそらくこだわりのポイントなのだろう)。入店。テーブル席へ。スープカレーで、基本メニューを選んだあと、レギュラーかマイルドか風味を選び、辛さの段階を選び、ライスのサイズを選ぶという注文方式だった。Kくんは野菜カレー、T田も野菜カレーにザンギをトッピング、Tはチキンカレー。こちらは、ふんだんに野菜を使っているカレーが売りだということだったので、二〇品目もの野菜が入っているカレーを選び、スープの味はレギュラー、辛さは「普通」(一段階)、ライスはSサイズを選んだ。Sサイズだと標準よりワンサイズ少なくて五〇円引きになるらしかった。あまり多くてもと思ってそうしたのだったが、食べ終わったあとは実際まだまだ行けたなという感じだった。
 辛さは「普通」の段階でも結構辛く、Tも辛い辛いと言って、こちらがピリ辛だねと言うとピリじゃなくて普通に辛いと受ける。T田は六段階目の辛さを頼んでいて、それがかなり辛かったようで、食べながら涙を滲ませていて、それを見てTは、泣いているなんて珍しい、初めて見たと言っていた。これはゆっくり少しずつ食べないと喉がやられるとT田は言って、実際非常にちまちまとゆっくりと食べていて、ほかの三人が食べ終えたあとも食べていたのだが、結局残すことなく見事完食していた。
 品物が来るのを待っているあいだ、また食事が始まって初めのうちにもそうだったかもしれないが、こちらがやっている読書会やそこから派生して中国の話をしていた。読書会は大学の同級生とやっていると。今回は『一神教の起源』という本を読んで、前回は中国に関する本を二冊読んだと。そこから中国の話になって、Mさんから聞いた抗日ドラマの荒唐無稽さだとか、中国人の最近の親日度合いだとかについて話したが、そのあたりは過去にも日記には書いたので、面倒臭いのでここに繰り返すことはしない。
 食後、こちらのカレーに入っていた野菜をすべて書き出してみようということで手帳を取り出してメモを始めた。実のところ壁に品目一覧の掲示があったのだが、この時はそれに気づいていなかったのだ。自分では一〇個くらいしか思い出せず、皆が協力してくれて二〇個すべて思い出したのだが、それらは、水菜・ジャガイモ・薩摩芋・パプリカ・ピーマン・キクラゲ・茄子・トマト・牛蒡・玉ねぎ・南瓜・大豆・ブロッコリー・大根・人参・レンコン・オクラ・ヤングコーン・小ねぎ・キャベツであった。そのままこちらは手帳を出したままにして、雑談を片手間に聞きながら、この日のことで思い出したことを極々断片的にメモしていった。
 食後、T田と多少音楽の話をした。彼には先日、Marvin Gaye『What's Going On』と、Gretchen Parlato『Live In NYC』を貸したのだった。そのあたりの話。やはりソウルのリズムというのは気持ちよさが格別だよねと。ボーカルもリズム感が際立っているとあちら。Parlatoの方はどうだったと訊くと、よくわからないが、クソ実力あるのはわかると。ドラムはどうかと訊けば、ああいうジャズの歌伴のドラムというのをああいう風にバタバタやろうとすると、うるさいなというようになってしまいがちだと思うけれど、全然そうはなっていなくて、曲の流れに溶け込みながらも瞬間瞬間に反応しているのが凄いという評言があった。
 話したことはあまり覚えていないが、大した話もしていないはずなのでそんなところで良いだろう。店を出たのは九時頃だっただろうか? わからない。多分九時を回っていたとは思う。個別会計して退店。「ヨーゼフ・ボイスは挑発する」というUPLINK吉祥寺の映画のチラシがあったので一枚貰っておいた。KくんとTの後ろにT田と並んでついて駅に向かう。途中、T田が二人の結婚のことを話題に出すと、Tは、結婚式はやらないつもりだと言う。いいね、とこちらが受けると、いいでしょ、と。特段にやる必要性を見出せないらしい。彼女の母親も別にそのあたりにこだわりはないようで、やらないならやらないで良いという立場らしいが、Kくんの方の親御さんがどういう意向でいるかはわからないとのこと。
 そうして駅に着き、改札を抜けてホームに上がる。電車をちょっと待って乗車。一駅乗って三鷹でTとKくんは降りる。発車間際、袖を引かれたので見れば、Kくんがこちらに手を差し出しているのでその手を受け取って握手する。じゃあなS!と下の名前で呼ばれるのに対し、じゃあな!と同じように受けながら、相手の下の名前がわからなかった。Jだと教えてくれるのを受けて、じゃあなJ!と言い直し、別れる。その後は立川までT田と同道。Uさんに送ったメールなどの話をする。
 立川着。エスカレーターを上り、上の通路のところでまた数分話してから別れる。一番線へ。ホームに降りて乗車、扉際に就く。その後はひたすら、携帯電話をぽちぽちやって今日のことをメモしていく。三〇分ほどで青梅着。御嶽行きが既に来ていた。向かいに乗り換え、席に座ってふたたびぽちぽちとやり続ける。声の大きな連中がいて、騒々しく話しながら時折り一同で笑い声を立てていた。そのうちに発車して最寄り駅着。駅を抜けて、携帯を片手に持って相変わらず文字を入力しながら坂を下り、家路を辿った。人のまったくいない夜道だからそれができる。
 帰宅すると一〇時半か一一時かそのくらいだったと思われる。すぐに入浴。その後は、「一日出かけて帰ってきた日の夜は、普段の日々に比べて日記が長くなって骨が折れるのがわかっているので、さっさと書きはじめれば良いのにむしろ作文から遠ざかってしまい、だらだらと夜更かしをしてしまう傾向がある」とTwitterに呟いた通り、日記を書くでもなく、かと言ってすぐに眠るでもなく、ひたすらにコンピューター前でだらだらとしてしまった。二時からベッドに移り、菊地章太『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム――一神教の連環を解く』を三〇分ほど読んでから就寝。


・作文
 9:05 - 9:15 = 10分

・読書
 9:51 - 10:14 = 23分
 25:59 - 26:26 = 27分
 計: 50分

・睡眠
 1:00 - 8:25 = 7時間25分

・音楽