2017/10/2, Mon.

 坂を上りはじめたところで視界のひらいた南を向くと、曇天を背景に黒点と化した鳥の一団の、鳥というよりはむしろ羽虫のように、遠くで小さくぱらぱらと飛んでいるのを見つけたが、空から山の手前に移るとそれらの姿の途端に目に映らなくなった。川を越えた向こう、山の麓の地区からは煙が僅かに湧いて、薄青さが宙にひとひら印せられており、伸ばしていた視線をそこから目前に巻き戻すと、草の上に黄色い蝶が一匹舞っていた。
 生暖かさの空気に籠った昼だった。道中、随所で柿が実っている。青々とまだ若いものを吊るした樹から、かなり熟れて色濃いものをぶら下げたのまでさまざまあって、裏通りの途中ではトマトのように全面真っ赤に染まって破裂しそうな実も見かけられた。空は白く均された上から、遊び回って砂埃で汚れた少年の服のように、黒ずんだ雲を付されてくすんでいる。
 本を読みつつ電車に揺られ、町々を渡って代々木に至り、二月に一度の会合で喫茶店で話したあとに、新宿の書店に歩いて行った。南口付近の広場に出ると、駅舎の上にひらいた空に、雲の先ほどよりも厚くなってやや煙めき、そのなかで鴉だろうか二匹の鳥が、聳える建物の合間を渡る。雨がかすかに散らばっていたが、気に掛けるほどのものでなく、すぐに忘れた。
 書店を回って出ると暮れ方、空は雲に覆われたまま海色に籠ってきており、視界の果てまで太く伸びて行く新宿通りを縁取るビルの、灯りの輪郭が厚く滲んで浮かびはじめていた。CD屋に寄ってジャズの近作を四枚買い、店を出てくるとアオマツムシの声が、僅かに置かれた人工の草木をよすがとするのだろう、この大都会にも確かに降っているのが聞こえた。駅の近間の高層ビルの、建物の合間に高く伸し上がっているその姿を雑然とした路地のなかから見上げると、無数の四角に整然と区切られた各々の窓に、蛍光灯の白さが数本斜めに走り、それが窓ガラスの色か、あるいは室内の壁や天井の地色とうまく組み合わさるのだろう、ビルの一面全体が市松模様に彩られたようになっていた。
 町々を通り抜けて最寄りの駅まで帰ってくると、雨がまた弱く降っており、足もとには雨滴の痕が暗い色で散らばっている。ホームを進みながら視線をちょっと上げると、電車や駅の通路の向こうに広がる空の黒々と、淀むでも籠るでもなくて、かえってすっきりと切り取られたような闇に吸いこまれるようで、黒い空白、と思った。しかし明かりの乏しい坂に移って見上げれば、灰色ではあるけれど実際にはむしろ明るい夜空であり、道の脇に繁った植物の造作も明らかに、葉の形とそのなかにひらいた穴まで見分けられた。鈴虫もいくらか鳴いたようだがこの日は目立たず、アオマツムシの音が圧倒的にあたりを占めて、林のなかに、青緑色に透き通った板か柱か立てられて、絶えず震えているかのようだった。