2019/8/23, Fri.

 さびしいと いま
 いったろう ひげだらけの
 その土塀にぴったり
 おしつけたその背の
 その すぐうしろで
 さびしいと いま
 いったろう
 そこだけが けものの
 腹のようにあたたかく
 手ばなしの影ばかりが
 せつなくおりかさなって
 いるあたりで
 背なかあわせの 奇妙な
 にくしみのあいだで
 たしかに さびしいと
 いったやつがいて
 たしかに それを
 聞いたやつがいるのだ
 いった口と
 聞いた耳とのあいだで
 おもいもかけぬ
 蓋がもちあがり
 冗談のように あつい湯が
 ふきこぼれる
 あわててとびのくのは
 土塀や おれの勝手だが
 たしかに さびしいと
 いったやつがいて
 たしかに それを
 聞いたやつがいる以上
 あのしいの木も
 とちの木も
 日ぐれもみずうみも
 そっくりおれのものだ
 (『石原吉郎詩集』思潮社(現代詩文庫26)、一九六九年、42~43; 「さびしいと いま」全篇; 『サンチョ・パンサの帰郷』)


 一一時半まで寝過ごす。もう少し早く起きたいところだ。やはり夜更しをし過ぎなのかもしれない。パンツ一丁のほとんど裸の格好で眠っていたので、布団を身体から引き剝がすとハーフ・パンツを履き、肌着の黒いシャツは手に持って部屋を出た。階段を上がったところでシャツを身につけ、母親の書き置きを確認すると、ピラフがあると言う。それで冷蔵庫からピラフと、前夜のエノキダケの汁物の残りを取り出し、ピラフは電子レンジへ入れて、スープは椀によそった。電子レンジが稼働しているあいだにトイレに行って放尿し、また洗面所で顔を洗うとともに後頭部の寝癖に整髪ウォーターを吹きかけた。そうして出てくると次は汁物を電子レンジに入れ、そのあいだに自分はピラフを持って卓に移って食べはじめた。新聞の一面は、韓国が日韓の軍事情報協定を破棄したという話題を大きく取り上げていた。それを読みながらピラフと汁物を食べ、食べ終えると台所で皿を洗ったのち、抗鬱薬を服用した。そうして米を磨いでおくことにした。台所の調理台の下の収納から笊を一つ取り出し、玄関に出て戸棚のなかの米袋から三合を掬い取る。それで流しに戻って洗い桶のなかで米を磨ぎ、炊飯器の釜にもうすぐに入れてしまって、水も注いで六時五〇分に炊けるよう設定しておいた。それから風呂洗いである。済ませると下階に下りていき、自室に入ってコンピューターを点けた。Twitterを少々眺め、そのほかインターネットもちょっと回ってからFISHMANS『Oh! Mountain』とともに日記を書きはじめたのが一二時五〇分だった。そしてここまで一〇分も掛からずに記している。
 その後、音楽はBorodin Quartet『Borodin/Shostakovich: String Quartets』に移しながら、三時まで二時間ほど文を綴った。例によって、プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』の感想を綴るのに時間が掛かったのだった。感想や分析、考察の類を綴るのは、概ね自らの生活をただ時系列順に追っていけば自ずと出来上がる普段の日記を記すのとは違い、それで一つの論理や文脈の筋道を構築しなければならないためになかなか難しく、骨が折れ、手間が掛かるのだが、細部まで力を込めて構成した文章を完成させることが出来ると、充実感もひとしおである。その感想文も含んだ前日の記事をインターネット上に投稿すると、上階に行った。冷蔵庫から茄子焼きと胡瓜と豚肉を和えたサラダ――どちらも前日の残り物だ――を取り出し、卓に就いてそれらを食した。これらを食べているあいだは新聞を読んだのだったか否か、覚えていない。食べ終えると台所で使った食器を洗い、階段を下りていって、食事の余韻も味わわずにすぐに洗面所で歯ブラシを取って口に突っこんだ。そうして室に戻り、歯を磨きながらMさんのブログを読みはじめた。その後口を濯いできてから仕事着に着替え、引き続きMさんのブログを読んで二日分を通過すると、今度はプリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『これが人間か』のメモを取りはじめた。書抜き候補の頁をメモしておいた読書ノートを見ながら本の当該頁を振り返って参照し、メモするべきだと思う文言があれば手帳にメモを記していく。そうして四時半に達したところで手帳を閉じ、コンピューターをシャットダウンしてクラッチバッグに荷物を入れ、部屋を出た。階段を上って仏間に入ると、踝までの短い靴下を履き、さらに居間の引出しからハンカチを取ってポケットに入れ、玄関に向かった。焦茶色の靴を履いて扉をひらき、階段を下りてポストに寄ると夕刊を取り出し、玄関に戻って台の上に置いておいた。それから姿見に全身を映してみると、首もとまで高く覆うタイプの黒い肌着がワイシャツの隙間から覗くのが野暮ったかったので、第一ボタンを留めた。そうして玄関を抜けて出発、林から空間を搔き乱す蟬の叫びが大挙して湧出しているなか、道に出た。西へ向かって歩いていき、十字路に至ると、ここではツクツクホウシの弾ける撥条のように弾力的な鳴き声が木の間から飛び出していた。坂道に入り、アブラゼミの声が天蓋を成すなかを上って行って、駅に到着すると、ちょうど青梅行きが入線してきたところだった。腕時計を見て発車まで二分あることはわかっていたが、一応急ぎ足で階段を上り下りし、一番手前の車両の開いていたドアから乗り込んだ。そうして扉際に立ち、手帳を見やる。
 青梅に着くと降り、ホームを先の方へと移動した。職場に行くにはまだ早すぎる時間だった。それなら次の電車で来れば良かったのにと思われるだろうが、一時間に一本または二本しか電車のない田舎路線なので、この次の電車に乗ってくると、それでも勤務には勿論間に合うものの、予習などの準備の余裕を考えると少々遅い時間になってしまうのだった。それで今日は早めに青梅駅に到着し、手帳を見ながら時間を潰してから職場に向かうつもりだった。ベンチに座ろうかと思っていたのだが、今しがたこちらの乗ってきた電車が奥多摩行きに変わって、五時九分発となっていた。その時間まで駅に留まってそれから職場に行けばちょうど良かろうというわけで、冷房の掛かって涼しい車内で時間を潰すことにして、車両に乗り込み、座席に就いて脚を組んだ。車内は涼しかったが、すぐには汗が引かず、首筋や髪の裏の頭皮にじわじわと滲み出す感触があったので、尻のポケットからハンカチを出して首もとを拭った。そうして手帳を見つめながら時間を過ごし、向かいの番線に奥多摩行きに接続する電車がやって来たのを機に降りて、階段を下りた。通路を辿り、改札口まで来るとすぐにはくぐらず、精算機に寄ってSUICAに五〇〇〇円をチャージした。それから改札を抜けて職場に向かった。
 勤務開始の六時までにはだいぶ時間があったので、余裕を持って予習をすることが出来た。一コマ目は(……)くん(中一・英語)と(……)(高三・英語)。(……)くんは来て早々今日は駄目だと呟いて、序盤はやる気なさげにしていたのだが、最終的には三頁を扱うことが出来たのでそれほど悪くはなかった。前回、When及びWhereの疑問文を習っていたのだが、授業冒頭の前回の復習の際に、そのあたりの知識の定着がいまいちだったように思われたので、前回と同じくWhen及びWhereの頁をまず扱った。その後復習として、How much ~? の表現の頁を二頁やってもらった。ノートもそこそこ充実させることが出来た。(……)は今日から長文を扱いはじめた。出来はまあまあといった感じ。まだまだ語彙が足りないようではある。せっかく二対一で余裕があったのだから、もう少し細かく、一緒に読んでいくようなことをすれば良かった。
 二コマ目は一コマ目から引き続き(……)(高三・国語)と、(……)くん(中三・社会)、(……)さん(中三・社会)。社会の二人は両方もう歴史に入っている。歴史は説明することが多いのでなかなかに忙しく、喋る量も多くて疲労した。社会が二人までならまだ何とか回せるが、三人とも社会になったりするとかなり厳しいだろう。(……)くんの方は間違いやわからなかったところが多かったので、問題を解き終わったあとに解答を覚えてもらう時間をいくらか取った。これはなかなか良い方策かもしれない。こちらも時間の余裕が取れてそのあいだほかの生徒に当たっていられるし、生徒の方も知識を頭に入れることが出来るからだ。自分で解答を見ながら覚えることが出来る生徒が相手だった場合は、そうした時間を取っていくのが良いだろう。(……)さんは、この子も打ち解けてくれているのかいないのか、好感を持ってくれているのかいないのか、いまいちわかりにくい相手である。笑みを返してはくれるので、多分多少打ち解けてはいるのだと思うが、その笑いが困ったような感じであり、普段の表情も微かに不安気な仏頂面、といったような感じなので、どこまで打ち解けているのか確かなところが掴めないのだ。それでもコミュニケーションに問題はないし、授業は真面目に受けてくれるので、支障はないのだが。(……)の国語は西郷信綱の文章などを解説した。自分で進めて自分で疑問点をこちらに訊いてきてくれるので、やりやすいはやりやすいのだが、その代わりに今日は授業内容ややや薄くなってしまったような気がする。もう少し突っこんだ指導をしたかったのだが、社会の二人に追われてなかなか出来なかった。
 授業後、片付けやプリントのコピーなどをしてから退勤。時刻は九時半を過ぎてしまったので、一〇時台の電車で帰らなければならない。職場を出るとその目の前で、工事をしていた。道路の脇を掘り返しているその横を係員の誘導に従って渡り、駅に入ってホームに上がると、自販機に寄っていつものようにコカ・コーラを買った。そうして木製のベンチに座ってバッグから手帳を取り出し、コーラを飲みながら情報を追う。線路の向こうからは秋虫の翅を擦り合わせる音が響いていた。ひらひらと舞い上がるように甲高い、回転性の鳴き声である。手帳の内容は一項目ずつ、目を閉じて暗唱出来るくらいになるまで読み込んでいき、奥多摩行きがやって来ると車内に移って三人掛けに腰を下ろした。そうして引き続き手帳を追い、瞑目して頭のなかで情報を唱え、最寄り駅に着くと降車した。正面から、つまり西方向から心地良い風が走ってくるなか、顔を俯き気味にしてホームを歩いていく。ホームの端には一匹、蟬が伏せており、階段の途中にも一匹落ちていたが、どちらももう死にかけだったのか、騒ぐことはせずに静かに地に佇んでいた。駅舎を抜けて横断歩道を渡り、坂道に入ると、闇の奥へとこちらを誘い込むように鈴虫の、鬼火のごとく細かく震えながら鳴る声が浮かび漂う。ここでも風が吹いて巨大な生き物のような木の影が足もとで暴れ交錯し、しばらく進むあいだも路上は騒がしかった。雨が来るのだろうかと思った。それとも雨が去ったあとの風だったのだろうか。坂を出て平らな道を行き、自宅の傍まで来ると林から多数の虫の音が湧き出しているが、駅で聞いた秋虫の音はそのなかになく、どれも無色の地味な色合いで、空気をあまり孕まず詰まったような散文的な声だった。
 帰宅すると居間には寝間着姿の母親がテーブルに就き、父親はいつもの炬燵テーブルの座で食事を取っている。テレビには多部未華子が映っているので、『これは経費で落ちません!』というテレビドラマだなとわかった。ワイシャツを脱いで洗面所に置いておき、下階に戻ってコンピューターを点けるとともに服を着替えた。Twitterなどをちょっと眺めたあと、食事を取るために上階に向かった。夕食のおかずは主に餃子である。醤油を掛けて、細かく千切りながら米と一緒に咀嚼するそのあいだ、テレビは先のドラマを放映していて、多部未華子が夜の公園でブランコに乗りながら何か思い悩んでいて、最終的に涙するのだったが、瞥見したその映像がシチュエーションからしてもう紋切型極まりなく、音楽にしても台詞にしても演出にしてもありきたりそのもの、よくもここまで恥ずかしげもなく「物語」出来るなという類のもので、こちらはそれらの諸要素によって醸し出される全体的な「物語」の雰囲気からしてもう辟易してしまうのだが、一方炬燵テーブルでは父親が真剣な表情をしながらテレビ画面を注視しているのだった。それでドラマには興味が湧かなかったのであまり目を向けず、夕刊の一面に目を落としながらものを食った。一一時に至るとドラマは終わって、何かのドキュメンタリー番組が始まった。女性たちが数人、テーブルに集って食事を取っている場面が映される。最初、『ドキュメント72時間』かと思ったのだがそうではなく、女性らのなかの一人は右手が肘までしかないのだった。パラリンピックに出場する陸上アスリートの何とかいう人と、そのコーチである何とかいう人のドキュメンタリーだった。インタビューに答える二人の真摯な飾らない表情を見て、先のドラマを全篇見るよりも、この表情が映っているワンカットを見るほうがよほど興味深いなと思った。テレビ番組というものはもはや大概どうでも良いものばかりなのだが、ドキュメンタリーはまだ比較的見ることが出来るようだ。それから、母親が一つだけ買ってきたと言ってバニラアイスを持ってきたので、半分ずつ分けて頂き、そのあとで梨を食ったが、アイスの甘味によって梨の甘味は駆逐されていた。
 そうして抗鬱薬を飲み、食器を洗ってテーブルを台布巾で拭くと、入浴に行った。浴室に入ると、いつものことなのだが、風呂の蓋の上に水気がびしょびしょに散らばっていた。一体どのようなシャワーの浴び方をしているのか、父親が入ったあとは必ず蓋の上がびしょ濡れになっているのだ。そこにタオルを置くと濡れてしまうため、フェイス・タオルはひとまず窓際の縁に避難させておき、蓋をひらいて湯に浸かり、湯を両手で掬って顔を洗って脂を流した。しばらくしてから出てくると、パンツ一丁で下階に下り、コンピューターの前に就いてLINEにログインし、Tに八月三〇日は何時から集まるのかと訊いた。決めていなかったと言って彼女はグループの方に、何時にしようかと問いかけるメッセージを投稿し、それに応えてT田が、結構作業に時間が掛かると思うから一〇時集合で良いかと投稿した。結構早いが、こちらは特別にやることもないので、あとから合流したって良いわけである。
 それからLed Zeppelin『How The West Was Won』と一緒に、ルドルフ・ヘス/片岡啓治訳『アウシュヴィッツ収容所』の書抜きをした。三〇分ほど打鍵したあと、さらにこの日の日記を綴りはじめた。これも三〇分強続けて、そうして次に、星浩「逆風に沈んだ麻生首相、未熟だった理念の鳩山首相 平成政治の興亡 私が見た権力者たち(16)」(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019050900010.html)を読んだ。鳩山由紀夫が内閣を作っていた二〇〇九年はこちらは一九歳、まだまだ未熟極まりなく、当然文学にも出会っていないし、政治というものにもまったく興味がなかった。それで当時のことは全然覚えていないのだが、年末の一二月には鳩山由紀夫の脱税疑惑問題が出来したと言う。母親から毎月一五〇〇万円もの贈与を受けながら納税していなかったために、鳩山氏は修正申告して約六億円を追加納税したと言うのだが、小遣いとして毎月一五〇〇万もの金を貰えることと言い、追加で一気に六億円もぽんと納税出来ることと言い、一体鳩山家の資産はどうなっているのだと驚愕した。羨ましい。こちらは一億円でもあれば一生暮らしていける自信がある。
 一時を過ぎて記事を読み終えると、ベッドに移って栗原優『ナチズムとユダヤ人絶滅政策 ―ホロコーストの起源と実態―』を読みはじめた。三時まで読んで就床したのだが、予想した通り眠気は一向にやって来なかった。一時間経っても眠れなかったら起きて本を読もうと考えていた。それでこの日のことを脳内で振り返り、たびたびあらぬ方向に逸れていく思念を誘導して記憶を探りながら床に臥していたのだが、そうしているうちに三時五五分に達したので、一時間には五分足りないがもう起きてしまうことにして、ベッドから身体を下ろして電灯のスイッチを入れた。そうしてふたたび書見に入ったのだが、ここに至って遅れ馳せながらそのうちに眠気が湧いたようで、いくらも読み進めないうちに意識を失ったらしかった。


・作文
 12:50 - 15:01 = 2時間11分
 24:06 - 24:41 = 35分
 計: 2時間46分

・読書
 15:27 - 15:53 = 26分
 16:02 - 16:30 = 28分
 23:35 - 24:03 = 28分
 24:44 - 25:14 = 30分
 25:25 - 27:00 = 1時間35分
 計: 3時間27分

・睡眠
 2:30 - 11:30 = 9時間

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • Borodin Quartet『Borodin/Shostakovich: String Quartets』
  • Led Zeppelin『How The West Was Won』