2014/7/6, Sun.

 何時に起きたかなどおぼえていないし重要ではない。朝食をすませて、日記を書くのは後回しにして、しかし何をやっていたのかはおぼえていない。中澤俊輔『治安維持法』を読んでいたか、ミシェル・レリス『オランピアの頸のリボン』を読んでいたかどちらかだろう。昼前から日記に取りかかって、終えれば午後になっていた。気が滅入っていた。陰鬱さに平衡感覚がゆるくなり、手が震えた。晴れがちな空で、どこかへ出かけたいという欲望があったし、気分を変えるためにも出かけなくてはならなかった。しかし出かけるとしたら図書館くらいしかない。どうせ図書館に行くならエンリーケ・ビラ=マタスバートルビーと仲間たち』の書きぬきを終わらせて返却したい。いくらか気分を持ちあげるために薬を飲んで、作業に取りかかった。落ちこんでいながらもするほどの気力があるおのれが苦笑された。the pillowsのベスト盤を流しながらおざなりに読みかえしつつ合間にうたっていれば、薬のせいか大声を出したせいかある程度回復した。カラオケに行きたくなったのは珍しいことだった。Hに電話をしたが出ない。もう一人のHのほうは出たが、今日は無理だという。ともかく図書館には行くことにして、着替えて家を出た。
 Tを誘うのはいくらか躊躇されもしたがまあいいかと電話をかけた。つかまってもつかまらなくてもよかったがつながった。今日は暇かと聞けば暮れるころから用事があったが、カラオケに行きたいというと乗ってきて行こうとなった。地元の図書館に寄るが遅くとも四時には、と約して切った。晴れがちだった空はいま薄く曇りはじめており、肌を撫でる風も湿ってはいるものの、狭く閉じた部屋から出て広々とした空間にさらされればそれだけでもいくらか気分が浮かぶところはあった。ことに義務を伴わずにただ出かけられるのがよかった。だからカラオケなど行かなくてもよくなってきていたのだが、すでに約束はしてしまった。ひげもそっておらず髪もぼさぼさで女性と会うのもどうかと思わないでもなかったが、もはやそんな気をつかいたい相手でもない。
 地元の図書館で『ディラン・トマス全詩集』とロラン・バルト『批評と真実』を借り、母に頼まれた防水スプレーを買い、コンビニに寄って二万円おろしてから立川へ行った。電車の席に座っていつもどおりMiles Davis『Four & More』を聞いていたが不意の眠気に襲われてなかば夢を見ていた。改札を出て、壁画の前で左右に流れていく人の波を眺めているとTが来た。歩きながら今日はいきなりで悪いというと、むしろいきなりのほうが助かるといった。予定をつくるとそれにしばられてしまうから、というのにはこちらもうなずくところはあった。カラオケは待つ姿のひとつもなかったが三十分かかるというので、そのあいだに買い物をしたいというTにつきあった。駅ビルの低層は女性物の店が集まっており、当然のことながらそんなフロアに入るのはこれがはじめてで、靴を買いたいというTのあとについていくあいだいくらか居心地の悪さを感じもしたが物珍しくもあった。女性物の服飾品は男のそれよりはるかに店が多く、品も多い。狭い店内を機敏に動きまわる女性たちのあいだにいれば自分がひどく鈍重な気になった。
 カラオケに戻って、一時間半うたった。叫びに来たのだからと思う存分叫んだ。帰りの電車内で、先日小学生に対して抑圧者としてふるまったときのことをたどたどしく話すと、子どもを叱れるなんで成長したんだねといわれた。叱ったわけではない。Tの降りた駅で電車が停まっているあいだ彼女はそのまま手持ち無沙汰そうにホームにとどまっていたが、その理由がつかめないままこちらは車内で音楽を聞きだし、二、三分後発車して手をふりかわした瞬間にようやくわざわざ見送りに残ったのだと気づいてひどく間の抜けているような思いがした。地元の駅につけば七時をこえて、色の抜けきった空に薄青さがかぶさって暮れ方を演出し、錯覚めいた薄雲の陰が空白の平面上にあるかなしかの揺らぎを生んだ。
 白ひげの創業者がマスコットとなっている店の鶏肉を食べて入浴したあとは怠惰に過ごした。