2014/7/18, Fri.

 八時に目ざましが鳴ってとめた。立ちあがって、起きなくてはと思いつつまた布団にもどった。すると直後に携帯のアラームが鳴って、今度は外にとどまれた。上にあがって顔を洗って、混ぜご飯をよそって餃子をあたためているあいだにもう一度眠たい目を洗った。西きょうじ『ポレポレ 英文読解プロセス50』を読みながら食事をした。
 お茶を飲んで西きょうじをもうすこし読んでから日記を書きはじめた。音楽はかけなかった。書いていると、生ごみのような牧場のようなにおいがただよってきた。窓に寄るとかすかに空気が流れこんでいて、腐った土のようなにおいがした。ハチがゴーヤのうすい黄色の花にとまってぶんぶんいっていた。
 書き終えてから茶をついでもどってきてだらだらした。Radiohead『Amnesiac』はケースにディスクが入っていなかった。兄の部屋にディスクをまとめて収納するケースがあったから、見にいったらそのなかにあった。『Radiohead Rocks Germany 2001』のDisc2もあった。見にいったついでにベッドの上に寝転がっていたギターをさわった。Oasis "Married with Children"を弾き語って、ブルースっぽいフレーズを弾いて悦に入った。部屋にもどってお茶を飲んだ。口内炎はやっと気にならないくらいになった。湿った土のにおいがまだすこししていて、そのむこうからセミの声が流れてきた。お茶を飲み終わると、Radiohead『OK Computer』を細く再生してベッドに移った。ゴーヤの実がもうなりはじめていた。プルーストを読んだあとに、「ネットカフェ ログイン」などで検索した。やっぱりセキュリティ上の懸念があるらしい。安全にインターネットを利用できる自宅以外のパソコンはないかと考えて図書館を思いついた。たぶんネットカフェよりはましだと思う。
 十二時を過ぎて上へあがった。風呂を洗ってシャワーを浴びた。浴室は薄暗くて、冷水を嬉々として浴びれるほど暑くはなかった。。出て歯みがきしながら、引きつづき外からブログに投稿する手段を模索した。はてなブログEvernoteと連携した。USBにテキストを入れて外部のパソコンに持ちこむのと、Evernote経由で投稿するのとどちらが安全なのかわからない。
 ミシェル・レリス『幻のアフリカ』は四二二頁くらいまで読んで、第二部に入った。思い立って前々から変えたかった携帯のメールアドレスを変えた。まっさきに職場に変更を送った。それからMさん、Hさん兄弟、家族、A家に送って中断して着替えた。上へあがって、スラックスのうしろポケットに入れっぱなしだったハンカチを取り替えた。勝手口から家を出た。
 気のせいみたいなかすかな雨粒が舞っては風に消えた。歩いているうちに強くなって、坂の前では虫の群れみたいに不規則に散って顔にむかってきた。坂をのぼっても汗が出なかった。ホームに着くとイヤフォンをつけて、アドレス変更のメールを送りつづけた。電車のなかでも続けた。面倒だった。駅で吐きだされて、足早な女子高生たちとすれちがってゆっくり階段をのぼると、右側から声をかけられた。K.Mさんだった。片側だけイヤフォンを外して答えた。そのまま行ってしまうかと思ったらまた顔をむけてきたから、ipodをかばんの横にしまった。寺になにかをもらいに行くとかいった。沈黙のまま改札を通った。駅を出るところで、一歩先に行った姿に、おばさんお大事にしてください、とともかくそれだけは声をかけた。元気、元気、とこだわりなく答えて、でも家には帰れないな、といった。一息置いて、もう帰れないかもな、もう歳だし、と宙に放られた言葉を、そうですか、と低く受けた。まあ、帰ってこられたらまた大変だけど、そのうちにこっちも歳だから、と笑ったから、こっちも笑って、いやいや運動をしてらっしゃるから、といつものスポーツウェア姿をゆるく手で示した。職場の前で別れた。
 四時間働いた。
 駅に入るとちょうど電車が来たところだった。乗って座って耳をふさいでまたメールを送った。向かいの番線に電車が着いて、乗り換えてきた人たちで車内が狭くなった。七時前のこの時間だと隣が埋まるのを知った。若い女の人だった。携帯に視線を落として作業を続けて、着くころ立ちあがった。扉があくと外は予想しない大降りで、前の男の人も一瞬動きがとまった。だけど降りないわけにはいかない。屋根の下まで走った。十秒もないあいだにけっこう濡れた。かばんを探っても折りたたみ傘はなかった。電車が行ってしまうとそのあとから風が吹きこんできて、ホームのまんなかに下がった。それほど広くはない屋根の下で、それぞれ連絡を入れたり傘を探したり途方に暮れたりしていた。おぼろげな連帯感がただよっていた。近くではおじさんがろれつのまわりきらない、変に甘ったるい声で迎えを呼んでいた。
 ひとまず待つしかなかった。だんだん人がいなくなっていって、席に座った。目の前を光が走った。音はかなり遅れて届いた。最後の人にメールを送り終わって、同時に反対側から来ていた電車も出発した。それを機に濡れて帰る覚悟を決めた。階段の屋根から出て、横断歩道はちょうど車がいなかったから走りだした。家の前に通じる林の細道に入った。水たまりに靴を突っこむのを避ける余裕はあった。木立の下に入れば雨がすこしはやわらいだ。蛇でも出そうな薄暗さと湿り気のなかを駆けおりた。林から出た直後に、頭の上で電灯が一瞬灯ったみたいに光った。間を置いて低い音が遠く響いた。勝手口からなかに入った。
 ワイシャツとハンカチは洗面所のかごへ入れて、ネクタイとスラックスはリビングの端の竿に吊るして扇風機をむけた。部屋におりて、濡れたかばんはなにもしないで適当にそのあたりに置いた。なかはたぶん無事だし、重要書類なんて持ったことはない。短パンを履いてバルト『批評と真実』を持って上へあがった。冷蔵庫を見ると、朝食べなかったローストビーフの皿が二枚に増えていた。ひとつ出した。きゅうりがパックにたくさん詰まっていたけれど、なにも手をほどこされずに切っただけだった。皿にのせてマヨネーズをかけた。あとは酢の物と卵のおつゆと混ぜご飯をよそって、読書しながら食べた。
 部屋にもどって古井由吉自撰作品の一巻を読んだあとに、風呂へ上がった。家に自分以外の人がいない気ままさがあったけれど、昼とはちがってすこし空虚な感じもあった。人の音がないぶん、物の音の通りがよかった。風呂をすませて、ギターを持ってだらだら弾いた。置いて上へあがると、ちょうど両親が帰ってきたところだった。母は仏間のイスに疲れた様子で座って、かたわらの花を示した。フラワーアレンジメントというやつで、花でケーキを模したようなやつをもらってきた。ウェディングドレスみたいな白を基調に丸みのある花びらが集まってラメを装ってふくらみをなしていた。茶をついだ。テレビでは患者モデルのVTRをもとに研修医三人と講師役の医者が病気を診断する番組がやっていた。ミステリーじみたおもしろさがあった。それをしばらく見てから部屋へ降りて、茶を飲んでまた古井由吉を読んだ。「杳子」「妻隠」と読んだときには正直あまり身が入っていなかった。「行隠れ」に入ってからこまかいところに感じることが多くなった。読書が日常の起伏のなさに埋まって細部への視線がおろそかになっていたのかもしれない。たくさん書きぬけそうだった。歯をみがいて日記を下書きすると十二時半を過ぎた。