正午前の道に出て、木の間の上り坂を抜ければ、頭に降りかかってくる熱気に身体がやや頼りなくなるような、夏日である。気温は二八度とか三〇度とか聞いた。街道に出ると道路の先から走ってくる車の鼻面が、陽炎に乱されて、真白い光点を装飾品のように溜めながら、ぶれている。雲のまったく消えたまっさらな晴天というわけにはいかないが、空に伸びるもの散るものは水で溶かれたように薄く、太陽を隠すような勢力はない。熱に包まれながらゆるゆると、裏道を行っていると、帽子の下の額やら目の付近やらに熱気が籠って、熱中症を思うが、しかし身体は揺らがない。のろい歩みに、動悸も高くならず、ただ風呂を浴びるように熱を纏って行く。寺の枝垂れ桜の、長髪の房めいて下った青葉の連なりが、風に葉裏の薄色を垣間見せながら揺らされるのに、柔らかさと言うよりは、葉の粒立ちのせいか固さの感が立って、金属の飾りのきらきらと、音が鳴るように煌めきながら左右になびくさまを瞬時思った。
電車に長く揺られて代々木に降り、待ち合わせた知人と横断歩道に立てば、帽子の下に陽射しが入りこんで、顔の横から浴びせられた熱が、頬に塗りたくられる。見上げると、飛行機が高いところを小さく行くその機体が、光を受けて白く艶を帯びてはそれをすぐに抑えて過ぎて行った。喫茶店に入って話をし、五時前だろうか出た頃には、左右をビルに囲まれた通りに陽射しはもう入らず、道を見通した遠く、宙の真ん中に聳え立った新宿のビルのあたりに留まり、白く溶けた雲がその左右、空の低みに刷かれていた。
新宿の書店をうろついて別れたのちの電車内、座席の端を区切る銀の柱に胸を寄せて、あまり身動きもできない状況から視線だけは逃した窓の外、西空に、水っぽいような青さのなかに浸かって形を小さく崩した薔薇色の、夕陽の残骸を見た。すぐに視線は建物に阻まれ、電車も荻窪に入って高架から降り、西荻窪に向かって上ってからふたたび見た時には、もう陽の姿はなく、希薄化された山の影なのか、宵に入りつつあって冷えた雲の姿なのか、空の下部を広く埋め尽くして青い層が残っているばかりである。
最寄り駅では、四日目の月が、夜空にかぼそく刻みを入れていた。あたりにじりじりと伸びる虫の音は、電車内でも、過ぎざま窓の外に聞こえたくらいである。下り坂の空気は乾いて、涼しいも温いもなく、虫の音は距離の問題か、前日よりざらつきが弱まっていくらかほどけたように響き、沢の音も小さくなっていた。