2018/8/23, Thu.

 八時のアラームに反応して意識を取り戻したのだが、携帯を操作したあと立ったままでいられず、ふたたび寝床に倒れこんだ。それでまたしても長く寝過ごし、正午を迎えるまで起き上がることができなかった。時間にすると一一時間二〇分の睡眠となるわけだが、早めに就床したにもかかわらず、なぜこうまで起きることができないのか? 寝床で薄い意識でいるあいだ、カーテンが吹き上げられ、涼しい風が暑気を散らしていた覚えがある。台風の迫っているせいか知れないが、風の多い日らしい。
 上がって行くと、皮膚科に出かけていた母親がちょうど帰ってきたところだった。それで玄関の荷物を居間に運び込む。マクドナルドを買ってきたと母親は言った。ほかには前日のカレーの残りがある。それぞれを温めて席に就き食べるあいだ、テレビは最初ニュースを流していたが、じきに『サラメシ』が始まった。番組が流れるなか、胡瓜に味噌をつけてかじり、熱のなくなったフライドポテトを次々と箸で摘む。そうして食事を終え、薬剤を服用し、母親の分もまとめて食器を洗ってしまうと、風呂を洗いに行った。ここでも細くひらいた窓の隙間から、するすると風が流れ込んでくるのが珍しかった。
 風呂洗いののちは、母親の頼みで三本分、針に糸を通す。それから下階に戻ると一時半前、早くも読書を始めた。保坂和志『未明の闘争』を三〇分読むと、何か飲みたくなったので上に行き、飲むヨーグルトをコップに注いだ。それで中身はなくなった。ついだものを飲んでみると妙に味が濃く感じられた。容器を二度ゆすいで、さらに水を汲んで置いておき、部屋に帰るとインターネットを少々見て回って、それから日記を記しはじめた。
 日記を現在時刻に追いつけると三時だった。それから枕の上に腰を下ろして瞑想を行っていると、薄く曖昧な眠気のようなものが意識に差しはじめた。二〇分ほど座ったあとは、その眠気に引きずられる形でベッドの上に横たわり、休みはじめてしまった。午前をすべて寝床のなかで過ごすほどに眠ったにもかかわらず(あるいはそれ故にこそだろうか)、疲れているような感じがして、何であれ活動をする気力が湧かなかったのだ。それで結局、六時半くらいまで横になっていた。深い眠りに入ったわけでなく、意識は常に浅瀬を漂っていた。確か五時を知らせる市内放送が流れてまもなく、にわかに雨が降り出して、降り出しから勢いのあるその雨粒が腕に触れたので上体を起こして窓を閉めたのだったと思う。
 長い休憩からなんとか脱して階を上がって行くと、台所では母親が汁物を作っている最中だった。まな板の上には玉ねぎとキャベツが切り分けられてあった。こちらは仕事を引き継いで鍋に油を垂らし、ニンニクを入れ、野菜を炒めはじめた。途中でエリンギも追加され、鍋から溢れ出しそうな野菜たちに火を通すと、水を汲んで煮込みに入った。煮えるのを待つあいだにと夕刊を持ってきて、「米、対中関税第2弾発動へ」という記事を読んでいたが、じきに母親が小松菜を切ってほしいと言うので、既に茹でられていたそれを取り上げ、束にして水気を絞ってからざくざくと包丁を落とした。ほか、煮物のために茄子も切って水に晒しておき、記事を読みつつ汁物に醤油で味付けをして、完成させた頃には母親がふたたび台所に入ってきており、茄子とともに煮る獅子唐を切って、なかの種が黒くなっていると言ってそれらを取り除いていた。それから茄子と獅子唐は小鍋に入れられ、麺つゆに味醂、粉の出汁と砂糖を加えてあとは煮えるのを待つだけということで、こちらは台所を離脱して階段を下った。
 既に七時を回っていた。前日の朝刊および夕刊から記事の一部を日記に書き抜いた。「対中関税に懸念相次ぐ 「第3弾」米公聴会 「消費者の負担増」」、「インタビュー Gゼロの世界の先 国際政治学者、ユーラシア・グループ社長 イアン・ブレマーさん」、「トランプ氏の指示認める 元弁護士 女性への口止め料」の三つである。以前と比べるとこうした社会情勢にもあまり関心が持てず、読んだり書抜きをしたりしていても内容がうまく頭に入らないようなのだが、ともかくも気に掛かったところは写しておきながら、感受性や頭の働きが復活する日を待ちたい。そうして七時半を越えたので食事を取りに行った。米、汁物、コロッケとカキフライ、胡瓜やトマトやモヤシのサラダ、茄子と獅子唐の煮物、それらのそれぞれが盛られた皿を盆の上に配置して一気に食卓に運び、腰を下ろした。カキフライとともに米を咀嚼するあいだ、テレビは百円均一のキッチングッズを紹介するような番組を流していた。そのうちにそれが終わると『和風総本家』が始まって、海上保安庁の船のなかで厳しい訓練に耐える乗組員たちの食事を担う特殊料理人の仕事が取り上げられた。しばらくそちらに目を向けているうちにものを食べ終え、抗精神病薬マグネシウムバコパを服用してから食器を洗い、すぐに風呂に入った。湯に浸かっているあいだ、外の雨の調子が急速に盛って、無数の雨粒が窓の前を通り過ぎ、あるいはガラスや壁や地にぶち当たるその激しい響きが膨らんで浴室内に入りこんできた。
 台風が来て強い雨が通っているわりに、気温のほうはそこまで下がってもいないようだった。湯浴みを済ませると自分の部屋に戻って、Tom Waits『Glitter And Doom』を流し、この日の新聞を朝刊夕刊ともにひろげて、いくつかの記事に目を通して行った。そうすると一〇時が近くなったので、日記を綴ることにした。切りを付けると一〇時半を迎えていた。
 そうして一年前の日記を三日分読み返し、人民網日本語版から「中日は現在を大切にして長期安定的関係を図るべき」という社説じみた記事も読むと、保坂和志『未明の闘争』に入った。驚くべきことに、読書をしているあいだのことが何一つ蘇ってこない。どのような内容を読んだかということも、記憶に残っていない。日付が変わったところで中断すると、歯磨きをして、瞑想をした。瞑想も一応形だけはやってみるのだが、意識が深いところに入って行くという感じはまったくなく、以前は瞑想をするたびに目にしていた瞼の裏の光も映らない。前には分泌されていた脳内物質やある種の脳波が、何故だかわからないがもう出せなくなったのではないか。それでも二〇分ほど座って、零時四五分頃消灯した。