2018/9/13, Thu.

 八時に鳴るよう仕掛けてあった携帯のアラームで一度覚め、ベッドから遠くに置いておいたそれを取りに行く。そのまま立位を保って起床してしまえれば良いのだが、鳴り響く音を消すと意志薄弱にもベッドに戻ってしまうのだった。そうして浅い二度寝に入り、たびたび目を覚ましながらも決定的な起床には至らない。窓の上端には光を放つというよりは反対に収束するようにして太陽の姿が印され、そこから幾許かの光が顔に降りかかって覚醒を助けようとしてくれるのだが、空は雲混ざりらしく、晴れ晴れと屈託のない光線とは行かなかった。川向こうから、大太鼓の打ち鳴らされる響きが伝わってきていた。そうこうしているうちに一一時に至ってようやく瞼と身が軽くなって、よし、と呟きながら身体を起こした。上階に行き、卓上の書き置きを確認し、仏間の箪笥からジャージを取り出して履くと洗面所で顔を洗った。前夜の鮭が残っているかと思えばその通りで、二切れあったうちの一つをレンジで温め、ほかには米に即席の味噌汁、これも残り物の生野菜のサラダを用意してテーブルに就いた。新聞記事を確認しながらものを食べているあいだ、大太鼓の音は続いており、それに伴って子どもらの声のようなものが聞こえたのは、幼稚園かどこかで何か催しているのかもしれない。食べ終えて食器を洗うと水を汲み、薬とサプリメントを飲んでから風呂を洗った。そうしてポットから急須に湯を注ぎ、茶葉がひらくのを待つあいだに屈伸を二〇回行って、それから体重計に乗ると六二. 六キロが表示された。以前の体重は五三キロからせいぜい五五キロほど、ひょろひょろだったその頃と比べて腹にいくらか肉がついたのが気になるが、重さとしては適正と言って良いだろう。そうして緑茶を一杯湯呑みに注ぎ、急須のなかに湯を足してからそれらを持って階段を下った。コンピューターを起動させてLINEにログインしたが、新着のメッセージはなかった。Twitterを覗いたり、前日の日課の記録を完成させたりしたのちに、すぐに日記に取り掛かるはずが何となくギターのほうに気が向いて、隣室に入って楽器を弄ったそれがちょうど正午頃、長くはせずにまもなく自室に戻って、一二時一〇分から文を書きはじめた。前日の分を仕上げてブログに投稿、その後この日の記事をここまで記すと現在はちょうど一時を迎えている。『川本真琴』とともに、新聞記事の書抜きを始めた。前日に読んだスウェーデン総選挙の結果と、ドイツでの難民追放デモについて写しておき、さらに、カロリン・エムケ/浅井晶子訳『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』からも、この本はまだ読みはじめたばかりだが、既に三箇所を書き写した。そのうちの一部をTwitterに投稿している途中、流れていた"タイムマシーン"の、「いつまでも終わらないような夏休みみたいな夕立」というフレーズが突如として耳に引っ掛かって、音楽の効力もあるかと思うが、これは素晴らしいではないかと思った。書抜きを終え、(……)さんのブログにアクセスすると、移転の知らせが出ていたので新たな在所を早速ブックマークしておき、余っていた川本真琴の楽曲が最後まで鳴らされたあと、最新の記事をいくつか読んだ。そうして、YoutubeにあるSIRUP "SWIM"の動画を再生して一度歌うと、前日の新聞を読みはじめた。憲法九条の基礎的な事実をおさらいしたコラム、米朝首脳再会談の見込み、ドナルド・トランプに対する識者三人の評価と記事を読むとそれで時刻は三時前、そろそろ洗濯物を入れるかと上階に行った。上るとまず豆腐を食べることにして、パックから皿に移したものをレンジに突っ込み、二分三〇秒温めるあいだにフランスパンを一切れつまんで、便所に行く。戻ってくると長く持っていられないほどに熱くなった皿を調理台の上に移し、豆腐に鰹節を振ってぽん酢を掛けた。それを卓に持って行って、この日の朝刊の一面、プーチン大統領が日露平和条約の年内締結を提案したという記事を読みながら、豆腐を箸で細かく千切って一口一口食べて行った。そうして、皿と箸を網状のきれで擦り洗っておいてから、洗濯物を取りこんだ。ベランダに出ると、二日三日前には生き残った蟬の一匹の声を聞いたが、この日になるとさすがにもはや蟬の鳴きはあたりになく、秋虫の声ばかりが鳴っている。太陽は雲にやや遮られてはいるが林の上端で光っていて、直視できないほどの白の強さがあった。柵に凭れているとその温もりが背に掛かり、前からは微風が浮かんで涼しげで、重さのなくて肌に同化する大気のなかで眼下の畑の斜面の、青さをはらんだ緑の草々をしばらく眺め下ろした。近所のどこかで犬が鳴き声を立てていた。吊るされていたものをすべて室内に入れてタオルに触れてみると、ほんの僅かに湿り気が残っていたものの、鼻を寄せれば臭いがないので畳んでしまうことにした。畳んだものを洗面所に持って行き、肌着の類も整理して隣の仏間に置いておき、最後に母親の柿色のエプロンを一枚、アイロンに当てた。それで洗濯物の始末は終わり、ソファに腰掛けて脚を組み、目を閉じて例によってこの日の記憶を一つ一つ辿り、頭のなかで現在時に追いつかせるとそれだけで二五分が経っていた。それから緑茶を拵えて下階に下って行き、大して美味くもない飲み物を啜りながら(……)さんのブログを読んだ。二記事で五〇分が掛かった。今は労働から離れて実質上のニート生活を満喫しているから良いが、また働きだしたら自分は本を読む時間を取れないのではないか、労働以外には日記の作成と新聞などのその他読み物だけで一日が終わるのではないかというような気がする。五時まであと少し間があったので、川本真琴 "タイムマシーン"と続けて"やきそばパン"を流して聞き、それから上階に上がって行った。母親は四時頃に帰ってきていた。何かやってくれるのと問うのに、茄子、と答えて台所に入り、冷蔵庫から茄子を四本取り出して洗い出すところで五時を知らせる市内チャイムが鳴った。黒々と光沢を帯びた深い紫の茄子を切り分けてボウルの水に晒し、全部切り終えて笊に上げるとフライパンに油を引いてチューブ入りのニンニクを落とした。しばらく熱してから茄子を投入し、時折り振って混ぜながら、一方で鍋を火に掛け、玉ねぎを切った。味噌汁のためである。鍋に玉ねぎを入れて、茄子は焦げ目がついたところで醤油を加えて完成とし、玉ねぎの加熱を待つあいだに夕刊を持ってきて一面の、沖縄知事選の始まりを告げる記事に目を落とした。付されていた年表も読んでしまうと鍋に水をちょっと加えて、味噌をお玉に取り分けて溶かし入れた。面倒なので味見もせずに完成として、あとはやってくれと母親に告げて自室に戻った。九月一一日の新聞から、パレスチナ関連の記事を写し忘れたことに思い当たっていた。下端で小さく扱われたものだったので見落としていたのだ。改めて新聞をひらいてそれを写し、Evernoteに保存してある過去の記事(米中間選挙についてのもの)を一つ読んで、そうして日記を綴りはじめた。四〇分ほどでここまで記して六時半前、既に窓の向こうは暗闇で、室内の像が映り込んで見通せず、アオマツムシの音があたりに凛々と鳴っている。それから、カロリン・エムケ/浅井晶子訳『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』を読んだ。ベッドの上で一時間を読書に過ごすと、食事を取りに行った。こちらの作ったものに加えて、台所には薩摩芋が煮られており、残り少なかった炊飯器の米は鮭や青紫蘇と混ぜて寿司飯のようになっていた。米や味噌汁などよそっては一つずつ卓に運んで行き、茄子の炒め物と薩摩芋は一つの皿にまとめて乗せて温めた。食事中に特に印象を残したことはない。『くりぃむしちゅーのハナタカ!優越館』がテレビには掛かっていたが、これはどうでも良い類の番組だし、何だったら大方は雑学とも言えないような些細な知識を取り上げて、それを知っていれば「ハナタカ」として悦に入れる、などというコンセプト自体もあまり好きではない。食後、風呂に入って湯に浸っていると、窓の向こうから雨音が膨らみ近寄ってきて、その下地の上に重なって秋虫の音が波打っていた。風呂から上がって短い髪を手早く乾かすと、翌日が通院だからと髭を剃ろうと思っていたのだが、父親がどこかへ持って行ったのか電動シェーバーが見当たらなかった。仕方がないので、多少髭が生えていてもさほど見窄らしくもあるまいと払って洗面所を抜け、下階に帰ると一年前の日記を読んだ。すると九時前、この日の残った時間を何に充てようか自分の欲望が見定められず、立ち迷うようなところがあったが、結局読書に費やすことにして『憎しみに抗って』を取った。ベッドで枕に凭れながらしばらく読んだところで、手の爪を切りたくなったので一旦読書を中断し、ベッド上にティッシュを一枚敷いて、SIRUP "SWIM"をリピート再生しながら爪をぱちぱちとやった。やすりがけをしているあいだに音楽はSuchmos "YMM"、"GAGA"と移して口ずさみ、終わるとふたたび書見に戻って一時間半、一一時半過ぎまで文を追ってから廊下に出た。歯ブラシを取りに洗面所に向かうと、階段下の室に上半身裸の父親がいたので、何か調べ物だろうかパソコンを前にしているのにおかえりと告げて、便所に入った。用を足し、歯磨きをしてしまうと音楽の時間である。この日はすべてKeith Jarrett Trio、例によって『Standards, Vol.1』の"All The Things You Are"から始め、その後『Tribute』から"Just In Time"、"Smoke Gets In Your Eyes"、"All Of You"と聞いた。"Just In Time"ではベースソロの終盤がカットされると言うか、Jarrettが明らかに早く、ずれた位置でバッキングに戻ってきたのに合わせてそのままソロが明けてしまい、ベースのソロは正しい小節数で完結せず、これではベースとその他二者のあいだで演奏がずれてしまうと思うのだが、何故か直後に続くバース・チェンジのドラムのソロの始まりはぴったり合っているので、どういうことなのか良くわからない。音楽を聞き終えると零時二〇分過ぎ、そのまま消灯して床に就いた。



カロリン・エムケ/浅井晶子訳『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』みすず書房、二〇一八年

 ときに私は、彼らをうらやむべきだろうかと考える。ときに、どうしてだろうと考える――どうしてあんなふうに憎むことができるのだろうと。どうしてあれほど確信が持てるのだろうと。そう、なにかを憎む者は、確信を持っていなければならない。でなければ、あんなふうに話し、あんなふうに傷つけ、あんなふうに殺すことなどできない。あんなふうに他者を見下し、貶め、攻撃することなどできない。憎む者は、確信を持っていなければならない。一片の疑念もなく。憎しみに疑念を抱きな(end9)がらでは、憎むことなどできない。疑念を抱きながらでは、あんなふうに我を忘れて憤慨することなどできない。憎むためには、完全な確信が必要なのだ。「もしかしたら」と考えてはならない。「あるいは」と考えてしまえば、それが憎しみのなかに浸透し、よどみなく流れるべき憎しみのエネルギーをせき止めてしまう。
 憎しみとは不明瞭なものだ。明瞭にものを見ようとすれば、うまく憎むことができなくなる。優しい気持ちが入り込み、よりよく見てみよう、よく耳を傾けてみようという意志が生まれる。ひとりひとりの人間を、その多様で矛盾した特徴や傾向まで含めて、生きた人間として認識するための差異が生まれる。だが、一度輪郭がぼかされ、一度個人が個人として認識不能になれば、残るのはただ憎しみの対象としての漠然とした集団のみであり、そんな集団のことなら、好きなように誹謗し、貶め、怒鳴りつけ、暴れることができる。「ユダヤ人」「女性」「信仰のない者」「黒人」「レズビアン」「難民」「イスラム教徒」、または「アメリカ合衆国」「政治家」「西側諸国」「警官」「メディア」「知識人」。憎しみの対象は、恣意的に作り出される。憎むのに都合よく。
 憎しみには、上に向けられるものと下に向けられるものがあるが、いずれにせよ必ず目線は縦方向だ。自分より「上のやつら」、または「下のやつら」、いずれにせよ彼らは「自分たち」を抑圧または脅迫する「他者」である。「他者」とは、危険な権力だとされるもの、または価値が劣ると考えられるものである――こうして、のちに虐待や殲滅が起きても、それは、単に「許される」行為であるばかりか、「必要な」行為でさえあったと過大評価されることになる。「他者」とは、罰を受けることな(end10)く中傷し、蔑み、傷つけ、殺すことさえできる対象なのだ。
 (9~11; 「はじめに」)

     *

 実際、ドイツ連邦共和国ではなにかが変わった。以前より公然と、躊躇なく、憎しみが表明されるようになった。ときには微笑みとともに、ときには真顔で、だがあまりにも堂々と恥知らずに。匿名の脅迫状なら以前からあったが、今日では差出人の名前と住所が書かれたものが送られる。インター(end12)ネット上でも、暴力の妄想や憎しみの書き込みは、もはやハンドルネームの陰に隠されてはいないことも多い。もし数年前に、私たちのこの社会で再び人がこんなふうに[﹅6]話すときが来ると想像できるか、と訊かれていたら、ありえないと答えただろう。公共の場での議論がこんなふうに野蛮になるとは、こんなふうに際限なしに人間に対する誹謗中傷がまかり通るようになるとは、私には想像もつかなかった。人間同士の会話とはどうあるべきかというこれまでの一般的な常識が、ひっくり返されたかのようにさえ見える。まるで、人間同士の付き合い方の基準が、まったくの正反対になってしまった――つまり、他者を尊重することを単純かつ当然の礼儀作法だと考える者のほうが、自分を恥じねばならない――かのようだ。そして、他者を尊重することを拒絶し、それどころか、できる限り大声で誹謗や偏見を叫びたてる者こそが、自分を誇らしく思っているように見える。
 (12~13; 「はじめに」)

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 そもそも、本書で取り上げる憎しみは、個人的なものでも偶然の産物でもない。ついうっかり、または本人たちに言わせればやむにやまれぬ必要性にかられて口にされる、あいまいな感情などではな(end13)い。ここでの憎しみとは集合的なものであり、イデオロギーという器に入っているものだ。憎しみには、それを注ぎ入れることのできる、あらかじめ作られた器が必要である。人を侮辱するのに用いられる概念、思考の整理に用いられる想像の連鎖やイメージ、人を分類し、レッテルを張るのに用いられる知覚パターンといったものが、あらかじめ出来上がっていなければならない。憎しみは突如沸き起こるものではなく、徐々に育まれていくものなのだ。憎しみを、たまたま生まれた個人的な感情だと考えてしまえば、望むと望まざるとにかかわらず、憎しみがさらに育まれ続ける環境に手を貸すことになる。
 (13~14; 「はじめに」)