2018/9/30, Sun.

  • 久しぶりにMr.Bigなど流す。再結成時に武道館で演じられた"Alive And Kickin'"の動画などもYoutubeで閲覧するが、この時のEric Martinはやはりだいぶ衰えていると言わざるを得ないだろう。それにしても、この再結成ライブが二〇〇九年だということにはそんなに前だったのかと意外の感を覚える。こちらは一九歳だから大学二年である。自分がMr.Bigを聞きはじめたのは多分高校に入ってからで、三年の時には例の有名な「ドリルソング」、"Daddy, Brother, Lover, Little Boy"など半分お遊びのようにして音楽室で演じた覚えがあるが、その頃彼らの活動は停止中だったのだろうか。
  • また、syrup16gのベストアルバム『静脈』を流す。冒頭の"Reborn"は前から知っていたのでともかくとして、二曲目の"翌日(Free Throw)"、三曲目の"I.N.M"など以前聞いた時よりも良く感じられる。特に後者は繰り返し流したい佳曲と思う。
  • 夕食時、バレーボールの日本対オランダ戦をちょっと目にする。
  • 台風の訪れ。午後九時くらいから風雨が盛り、家の外を巨大な生物が行き来しているかのように、地鳴りめいた響きが聞こえたり、雨が窓にぶち当たったり、何か物の衝突する打音が立ったりする。夜半、音楽を聞いているあいだなど、電灯が息を切らして明かりの落ちかかる瞬間が何度かあり、一度はふっと消えたのだが、一瞬のみですぐに復活し、停電には至らなかった。寝る前に瞑想をした時にはもう風はあまりなかったようだが、嵩を増した川の音なのだろうか、地にひらいた穴の底から湧き出てくるような水の響きが伝わってきていた。
  • 『多田智満子詩集』を読み終え、(……)さんの小説、『四つのルパン、あるいは四つ目の』を読み始める。
  • 日記の読み返し、二〇一七年九月二五日から二七日まで。二六日の記述を引用する。そこそこ書けてもいるし(たかだか二十代のわりに妙に老いづいたような文調になっているが、これは古井由吉に多少影響を受けているのだろう)、また、自己の分裂感に「狂いの始まりとはあるいはこういうものかもしれない」などと、その後の変調を予言するかのような言を漏らしているのだ。現実感の希薄さというものは、自分の精神状態に起伏がないものだから、生き生きとした生の実感を覚えないとそういう意味では現在常にあるのかもしれないが、それがこの時と同じく「離人感」と呼ぶべきものなのかどうかはわからない。

 道にまだ日なたの明るく敷かれている三時半、坂への入り際に、西空から降りかかる露わな陽射しに背中が暑い。上って行きながら温んだ空気に、シャツのボタンを一番上の首元まできっちり留めていることもあってか、息苦しいような感じがちょっとあった。街道に出るとまだ新鮮な、剝かれたような太陽が浮かび、光の空に満たされたその膜に呑まれてあるせいだろう、西の雲は実体を抜かれて純白の空とほとんど同化するほど稀薄になっていた。その下に、トタンのものだろうか小屋のような建物の屋根が、激しい輝きの凝縮に襲われている。
 この日は薬を飲まずに出た。もう四日間飲んでいないが、それで体調に乱れが生じるでもなく、気は怖じず心身はまとまって歩みも落着いている。パニック障害というものを患ってもう八年ほどになるから、考えてみればそこそこ長いものだ。一時は相当苦しめられたが投薬によって回復し、ここ二、三年は日常生活にもほとんど支障もないまでになっていたものの、何だかんだで止められずにいた服薬と、いよいよさらばの時が来たのか。
 長めの労働を済ますあいだも不安に触れられることもなく過ぎて、帰る夜道は風が時折り湧いて、なければ空気は揺らがず止まって随分静まる。そんななかを歩きながら虫の音も大して聞かず、昼間に聞いた毒々しいようなロックミュージックの叫びが頭のなかに繰り返し回帰し、途中で見上げれば夜空には雲間があって星が見え、その傍らを同じくらいの大きさの飛行機の光が通って行く。欠伸は湧いて来るものの、あまり夜のなかにいるという感じもしなかった。深い夜更かしの常態となった生活のせいもあろうが、そもそも自分がいまこの地点にいるということそのものに釈然としないような現実感の稀薄さがあった。前日にも風呂から出たあと髪を乾かしながら、鏡に映る自分の顔の、見馴れたはずのそれであることが不思議なような、腑に落ちないような感じがあって、これは離人感と呼ばれるもののごく薄い症状だろうと思う。ことによると、独我論にも通じてくるような気分のようだが、瞑想を習いとしているそのことがあるいは影響しているのだろうか。仏教における最終到達点であるはずのいわゆる「悟り」と呼ばれる境地など、知ったことでなく目指してもいないが、方法論としては現在の瞬間を絶えず観察し続けることとされており、それには一応従って続けてきた結果、観察する主体としての自己が強く優勢になりすぎたと、そんなことがあるものだろうか。主体的自己と対象的自己の分裂、などとちょっと思ってもみたが、ともかく大したものでなく、単に歳月を重ねて時空が摩耗したのだと、三十路に達せぬ若輩でそれもないものだが、つまりは曲がりなりにも歳を取ったのだと片付けてしまいたくもなる。そうは言いつつも、歩く自分の身体の動きもこちら自身から独立して勝手に動いているような分裂感があり、それを見ながら、狂いの始まりとはあるいはこういうものかもしれないと、また大袈裟なことが浮かんだ。不安障害の長かった余波からいよいよ完全に逃れるかと、昼にはそう思った同じ期に、縁起でもないことではある。しかし続けて、人が狂うという時に、一挙に果てまで発狂するよりも、気づかぬうちに忍び寄られて静かに、徐々に狂っていくものではないかと、そんな馬鹿なことを思いながら玄関の戸をくぐった。



カロリン・エムケ/浅井晶子訳『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』みすず書房、二〇一八年

 ヨーロッパで現在再び「国民」や「国」という概念を訴えかけている政治的・社会的活動家たちは、これらの概念を非常に狭い意味で用いている。「国民」はギリシア語のデモスの意味ではなく、ほとんどの場合はエトノス、すなわち起源、言語、文化を同じくする(少なくともそう主張される)民族の構成員の意味で用いられる。均一の[﹅3]国民または均一の[﹅3]国を夢見る党や運動は、自由で平等な個人から(end112)成る(超国家的または国家的)法共同体という理想をまさに「逆進行」させようとしている。彼らは水平軸ではなく、垂直軸によって規定される社会を追求する。すなわち、「我々」の構成員を決定するのは、民族的、宗教的な起源であって、共通の行為、共通の憲法、開かれた民主主義的協議のプロセスではないと考えるのだ。「我々」の一員となる権利は、生まれつきのものとなる。両親または祖父母が移民だったせいで、その権利を生まれつき持たない者には、特別な技能や特別な信条、「標準」への特別な適応など、ほかの者には(同じようには)求められないものが要求される。
 近代国家にとって、なぜ均一な文化または国民のほうが多様な文化または国民よりも根本的に[﹅4]望ましいのかの根拠は、滅多に示されることがない。だが本来、同一の宗教を持つ社会のほうがより大きな経済的成功を収めるのか、文化的に均一な社会のほうが経済危機をうまく乗り切ることができるのか、不平等が少ないのか、政治的により安定しているのか、互いがより尊重し合うのか、といった観点は興味深いし、重要でもあるだろう。ところが実際には逆に、均一な「我々」が理想とされる「根拠」はトートロジーであることが多い。均一な国のほうが良いのは、それが均一だからだ、といった具合である。ときには、自分たち多数派はまもなく少数派となるだろう、他者の排斥は文化的または宗教的な予防措置に過ぎない、という論も見かける。ドイツ国家民主党(NPD)や、現在ではAfDや、イギリスの「イギリス独立党」やフランスの「国民戦線」までが唱えるスローガンは、このシナリオに沿ったものである。生物学的、人種差別的に「他者」と位置付けられる者たちによって、国家はより活動的に、より多様になるのではなく、「縮小」し、「抑圧」される、または「乗っ取られ(end113)る」というシナリオだ。だがそこではいまだに、なぜ[﹅2]均一性がそれほど重要なのかは論じられていない。ただ、多様性と雑多性に対する自分たちの軽蔑を、「他者」と位置付けられた者たちに投影しているだけだ。
 近代国家における文化的、宗教的に均一の国民という理想像が、現在再び追求されるようになったのは奇妙なことだ。それが歴史に矛盾し、事実に反するという点を考えればなおさらだ。全員が「地元民」であり、移民はおらず、多様な言語も多様な習慣や伝統も、多様な宗教もない、そんな国民の均一な「核」なるものが国民国家において最後に存在したのはいつか? そしてどこか? 「国民」という概念に持ち込まれたこの有機的な均一性は、確かに強力な魅力を持ってはいるものの、結局のところ空想の産物に過ぎない。どのような形の「国民」が望まれ、称揚されるにせよ、それは決して歴史上に実在したなんらかの共同体と同じものではなく、常に想像上の作られた「国民」なのであり、その理想像に近づけた(または変容させた)社会なのである。その意味では、そこには「本来の姿」などなく、あるのは常に、全員の合意のもとに、目指すべき「本来の像」(とされるもの)を作り出すという決意のみである。
 (112~114)

     *

 しかし、AfDやPEGIDAが守ると主張するドイツ国民またはドイツ国家の均一性というものは、そもそも存在しない。それは単に「非ドイツ的」または「非ヨーロッパ的」とされるものを排斥することによって作られる概念でしかない。「真の」ドイツ人を「偽の」ドイツ人と区別する境界線を引くために、数多くの「シボレテ」が使われる。(……)
 (115)

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 (……)アレクサンダー・ガウラントは『シュピーゲル』誌のインタヴューで、サッカーのドイツ代表でイスラム教徒であるメスト・エジルがメッカ巡礼をしたことについてコメントした。「私はサッカーに興味がないので、エジル氏がどこへ行こうと、あまり気になりません。ですが、公務員、教師、政治家、国民のリーダーといった人たちがこういう行為をする場合には、こう問いかけたいですね。メッカへ行くような人間が、本当にドイツの民主主義で守られるべき存在なのか、と」。さらなる質問に答える形で、ガウラントは自身の考え方を説明している。「そういった人たちの忠誠心がどこにあるのかを問うことは、おかしなことではないはずです。彼らはドイツ基本法に忠誠心を持っているのか? それともイスラム教――そう、イスラム教は政治的な宗教です――なのか? そして、カアバの周りをまわることで、この政治的なイスラム教に近い立場にいることを示したいのか? とはいえ、エジル氏のようなサッカー選手のことを、私は国民のリーダーだとは考えていませんが」
 まず驚かされるのは、アレクサンダー・ガウラントが、サッカーには興味がないと何度も強調していることだ。もちろん、それ自体は問題ない。だが、それはガウラントの論旨にとってはなんの意味もないことではないか。ガウラントが断じるようにイスラム教と民主主義が相容れないのであれば、イスラム教を信仰する者は、サッカー選手だろうと上級行政裁判所の判事だろうと関係なく、問題となるはずだ。ちなみに、サッカーのドイツ代表選手というエジルの地位のことを考えれば、ガウラン(end118)トは判事よりもむしろエジルのもつ影響力のほうを心配すべきではないだろうか。とはいえ、その点は重要ではない。ガウラントの考え方の問題点は、それがメスト・エジルの忠誠心ではなく、ガウラント自身の忠誠心を疑わしくしていることである。というのも、基本法と相容れないのは、ガウラントの発言のほうだからだ。基本法によれば、すべての国民には信教の自由が保障される。そして信教の自由には、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ巡礼する自由と同様に、メッカへ巡礼する自由も含まれる。そのことはアレクサンダー・ガウラント自身もよくわかっている。それゆえ彼は、イスラム教徒が信仰共同体に属するという点への疑念を同時に表明せねばならなかった。すなわち、イスラム教は宗教ではないと言わねばならなかった。自身の論の「根拠」として、ガウラントはこともあろうか、アヤトラ・ホメイニの言葉――イスラムは政治である――を引用している。これは、たとえて言えば、民主主義の正しい定義の根拠として、ドイツ赤軍アンドレアス・バーダーの言葉を引用するようなものである。基本法への忠誠心を問題視されるべきなのは、メスト・エジルではなく、むしろアレクサンダー・ガウラントのほうではないか。メスト・エジルは、キリスト教徒または無神論者が世俗の民主主義によって守られるべき存在であること、イスラム教徒と同等の権利を持ち、国家から同等の保護を受けるべきであることに疑問を呈したりはしていない。メスト・エジルは自身の信仰を実践しているだけだ――他の人間の行為や信条を、不忠だ、非民主主義的だ、と貶めることなどなく。
 (118~119)

     *

 「自然な」性という概念は、多くの理由から、歴史的に大きな影響力を持ってきた。性は「自然」なもの、天与のものだという考え方はキリスト教の伝統であり、「神の意図」という想像と結びついている。神の意図による自然な状態には特別の価値があるとされ、それは手を加えてはならない神聖なものとされる。「自然」で「根源的」な性こそが、「正常」を定義する基準である。そして、そうでないもの、変更可能なもののすべては、この理論においては「不自然」または「不健康」で、「神の(end122)意図にそむく」ものであり、それゆえ「望ましくない」と貶められる。
 だからこそ、これほど神聖視される「正常」な性という概念を打ち破る戦術のひとつは、性の「自然性」がひとつのイデオロギーであることを明らかにすることである。そして代わりに、性が成立する際の社会的、象徴的地平の意味を強調するのだ。性は社会的に構築されたものであるという理論によって、政治的にも規範的にも望ましい余白が生まれる。なぜなら、「男性」「女性」という性が生まれついての身体的な事実ではなく、むしろ異なる存在様式を規定するための社会的、政治的な合意の結果であるならば、そこから根本的な「正常性」または価値が生まれることはないからだ。
 (122~123)

     *

 生まれ持った身体と割り当てられた性に疑問や違和感を持たない人間には、想像するのが難しいかもしれない。「トランス」という言葉を耳にしたり、星印「*」や下線「―」〔名詞から男性 - 女性という性的要素を取り除き、二極化された性概念を超えるために付けられる記号。たとえば Bürger*innen のように、男性市(end124)民 Bürger と女性市民 Bürgerinnen を統合する形で、性別に関係なく「市民」という意味で使われる〕を目にするだけで、目をそらしたり、そこから先を読むのをやめたりする人もいるかもしれない――だがそれではまるで、希少な現象や人間は注目や評価に値しないというようなものだ。トランスジェンダーに感情移入などしてはならないと思い込む人もいるかもしれない。だが実際のところ、多くの人は、シェイクスピアの作品やヘンデルのオペラや、または漫画などに出てくるもっと奇抜な人物には当然のように感情移入し、彼らの物語を理解したいと思う。「希少」は、「奇妙」とも「不気味」とも違う。希少は希少でしかない。希少な人たちとは、語られることの少ない人たちのことかもしれない。そして彼らはときに、特別で希少な特徴または経験を持つ人たちである。彼らが持つ社会的承認への憧れと、それを求める闘いは、まさに人間存在の傷つきやすさを反映するものだ。それゆえ、トランスジェンダーの傷つきやすさ、可視性と承認への彼らの希求のなかにこそ、互いに依存しあって生きるという人間存在全般の[﹅7]大きな特徴が浮かび上がるのだ。その意味ではトランスジェンダーの置かれた状況は、我々全員に切実な関係がある。彼らのように生き、感じている人たちのみならず。トランスジェンダーの権利は、あらゆる人の人権と同じように重要である。そして、それを根拠づけ、守ることは、普遍的思想にとって当然のことだ。
 (124~125)

     *

 トランスジェンダーまたは「女性になった元男性」として最近最も世間を騒がせたのは、ケイトリン・ジェンナーだろう〔アメリカ合衆国の元陸上競技選手、モントリオール五輪金メダリスト。リアリティ番組でも有名。性同一性障害を公表し、ケイトリンと改名〕。自身の性転換を医学的手術によって完成させたジェンナーは、雑誌『ヴァニティ・フェア』の表紙(アニー・リーボヴィッツ撮影)を飾って、ほぼ「完璧な」女性像を演出した。ケイトリン・ジェンナー(正確にはケイトリン・ジェンナーの写真)は、トランスジェンダーにとって大切なのは、男から女へ(または女から男へ)、美的な意味でできる限り完璧に性(end127)を転換することである、という想像と結びつけられる。そういった見方をされる限り、トランスジェンダーはこの社会において支配的な性役割像を破壊する存在にはならない。むしろ、男性らしさ、女性らしさという既存の規範が一層強調され、是認される結果になるだけだ。ケイトリン・ジェンナーの例は、性を転換するための費用を賄える経済的余裕や、彼女がもともと著名人であり、それゆえメディアの注目を集めたことなどを別にしても、決して代表的とはいえない。もちろん、ジェンナーの勇気に対する世間の尊敬がそれで失われてしまうことはないだろう。だが、多くのトランスジェンダーにとって、公的に認められる存在となることは、その階級や肌の色や社会的な疎外のせいで、ジェンナーとは比較にならないほど困難なのもまた事実だ。ケイトリン・ジェンナーという、トランスジェンダーのなかでも特別に華やかな例が注目を浴びることになったとはいえ、多くのトランスジェンダーの現実の生活は、決して華やかでも贅沢でもない。アメリカ合衆国においては、二〇一三年のトランスジェンダーの失業率は十四パーセント(全米平均の二倍)であり、年収が一万ドル以下のトランスジェンダーは十五パーセント(米国全体では四パーセント)である。
 (127~128)

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 (……)「トランス」とは、「男性から女性へ(または女性から男性へ)」を意味すると同時に、「男性と女性のあいだ」または「男性でも女性でもない」を意味することもある。それはすなわち、「男」と「女」という二つのカテゴリーが適切ではない、または単にふたつでは十分ではないことを意味し得る。多くの人が、「一義的な」性別または「一義的な」身体を押し付けられたくないと望み、そこから外れた場所で生きている。
 (129)

     *

 性という規範を押し付けられて苦しむ人たち、性という規範を疑問視する人たちが、結果的にその規範を是認することになるのは、どういう場合だろうか。「トランスマン」であるパウル・プレシアードは、友人たちのあいだで議論されたこの政治的な問いに答える形でこう言う。「皆が私をテストステロンのことで批判するだろうことは、わかっている。(中略)なぜなら私もほかの男性のような男性になれるから。なぜなら皆が、少女だったころの私のことを好きだったから」 まさにこれこそが、多くのトランスジェンダーが望むことだ――「ほかの男性のような男性」、「ほかの女性のような女性」になること。だが逆に、男性らしさ、女性らしさという規範、モデルから逃れたいと考える人たちもいる。(……)
 (130)



(……)『四つのルパン、あるいは四つ目の』

 (……)とにかくインターメディアテクに関しては正式なホームページもあるようですし、あらかたの詳細情報はそちらを見た方が無難に入手できるでしょう。なんにせよわたしが下手な描写を書きつらねるより一度おとずれていただくのが最良の手段だとおもえます。わたしにはこの場所を魅力的にえがく才能がみじんもないのです。それに今の目的はわたしのルパンとの出会いを叙述することです。これは慎重に行うべきです。はたしてわたしはルパンという人物を魅力的にえがくことができるでしょうか? ああ、こうした自問自体があざといのです。わたしはルパンを魅力的に書く自信をじゅうぶんに持っています。ゆえにわたしは今も休まずに手をうごかしているのです。この確信はどこから来るのか、それはわたしにしかルパンを描写することができないという事実に依拠しているのです。わたしが何故インターメディアテクを魅力的に書けないか、それはあの場所について書くことはだれにでもできる行為だからです。読者のうちの何名かがわたしのことを卑怯者だとののしる声が今にも聞こえてきそうです。しかしこれは秘密の告白でもあるのです。すなわちわたしがルパンと呼ぶ人物がどういった人物なのかはわたししか知らないのです。いえ、正確にいえばわたしさえ知らないのです。(……)
 (6~7)

     *

 (……)それに純粋な敬意というものはユーモアでつつみファニーに仕立てないと見るにたえないものでしょう。敬意にはどうあがいても狂気がやどってしまうのですから、純度がたかければなおのことです。
 (7)