政権掌握六周年となる一九三九年一月三〇日にヒトラーは国会で演説し、恐ろしい予言を披露している。
もしヨーロッパ内外で国際的に活動するユダヤ人資本家が諸国を再び戦争に突入させることに成功しても、その結果起こるのは世界のボルシェヴィキ化でもユダヤ人の勝利でもない。ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅だ。
よく引用されるこの身の毛もよだつ発言は、ヨーロッパの全ユダヤ人を殺害する特定の計画があった確かな証拠とは言えないかもしれない。しかしナチによる事実上の宣戦布告である。ナチズムの歴史の中心をなす恐ろしいテーマ、すなわち戦争、反ボルシェヴィキ運動、人種主義による大量殺人は密接に結びついていた。ナチズムの観点からすれば、戦争も人種闘争も結局のところ同じなのだ。
第二次世界大戦はナチ政権にヨーロッパ大陸の人種構成を塗り替える機会を提供した。このプロジェクトは人種主義者のユートピアを作るという犯罪的な野望を胸に、政治や軍事における理性的な判断を放棄することを意味した。ナチ政権は戦争のなかで「想像もできなかったことの現実化」、つまり民族全体の殲滅を試みることになる。戦争により、それまで人種主義イデオロギーという恐ろしい理論の成就を妨げていた制限は取り払われた。ナチ・イデオロギーは戦争のおかげで現実化したのだと言えよう。
(リチャード・ベッセル/大山晶訳『ナチスの戦争 1918-1949 民族と人種の戦い』中公新書、二〇一五年、122~123)
- 正午頃から立川に出向き、TDとともに喫茶店に入った。北口駅前の(……)である。テーブル席で向かい合っていくらか話したあと――TDは、四月から大阪の大学で働きはじめなければならないという厳然たる現実に対して憂鬱や屈託の情を漏らしていたと思う――、各々コンピューターを取り出して作業に掛かり、じきに電源付きのカウンターが空いたのでそちらに移動した。途中、茄子とベーコンを具としたトマトソースのパスタを注文して腹を満たした三〇分ほどを除き、六時過ぎまでおおよそ五時間、ぶっ続けで日記作成に邁進する。そのおかげで、三月二日の記事まで一気に仕上げることができた。一日のうち五時間も文章を作ることができれば大したものだ。
- TDの方はこちらが日記を綴っているあいだ、後半は英語で執筆された論文を読んでいたようだ。確か大学で働きはじめるに当たって何らかの書類をちょっと拵えねばならず、そのために読まなければならないとか言っていたような気がする。それはまた同時に、同僚となる人の書いた論文でもあるらしく、そうした事情もあって当然読んでおくべきであり、これが言わば仕事の第一歩だというようなことをTDは言っていたと思う。論文の主題は、骨粗鬆症と握力の関係というようなものだった。冒頭の一段落だけ読ませてもらったが、意外とそこまで難しい英文ではないように感じられた。
- 六時を過ぎたところで喫茶店をあとにして、通りに出ると、どうするか、どこに行くかとTDと顔を見合わせた。夕食に向かうには未だ腹の空き方が充分ではなかったのだ。それで、本屋にでも行くかとこちらが適当に口にすると――書店か中古CD店に行くくらいしか時間の過ごし方というものを知らない貧しい性質の人間である――、BOOKOFFかとTDは受けた。そうではなくて新刊書店のつもりで言ったのだったが、それではひとまずBOOKOFFにでも行ってみるかと決まって、すぐ傍の当該ビルに入った。ここのBOOKOFFには以前はたまに洋書を買いに来ていた、と話しながらエレベーターで上層に上がり、店舗に足を踏み入れ、そうして岩波文庫などを中心に見分したが、正直なところBOOKOFFで何かを買おうという気にはなかなかならない。品揃えとしても当然ながら大方目にしたことがある書物に限られており、古本屋で遭遇するようなハードコアな著作との出会いは望むべくもない。それでも棚のなかにはちくま文庫の井上究一郎訳『失われた時を求めて』が三巻から七巻くらいまで揃って並んでいて、それは買おうかどうしようかとちょっと迷ったけれど、結局見送った。
- その後、淳久堂書店も訪れた。TDと離れて海外文学や思想の棚を見分しているうちに七時を越えて、腹もそこそこ減ってきながらも思想の書物を物色していたのだが、じきにTDが書架のあいだの通路に入ってきたので、そろそろ食事に行こうということになった。高島屋のエスカレーターを下りながら、(……)にでも行くかと何となく思いついたのでそう提案すると、聞き入れられた。
- ビルを出ると高架歩廊を通って歩道橋を渡り、通路の途中に目立たずにひらいている狭くて急な階段を慎重に下りて地上へ。そこからコンビニ裏口の脇にあるエレベーターで一階分上がり、(……)に入った。客席はそこそこ埋まっていた。さて、この店で何を食べたのだったか? TDはチーズリゾットか何かを頼んでいたような気がする。こちらは確か親子丼を注文したのではなかったかと思うが、もはやよくも覚えていない。
- 店内BGMとしては幾分古めかしい感じのジャズが流れており、Ben Webster風のふくよかでゆったりとしたサックス演奏や、"The Jitterbug Waltz"などが聞かれた。演奏はどれも大方、甘めで生温い雰囲気のものだった。
- TDはまだ作業をしたいような様子を見せていたが、こちらとしてはもう充分に文を書いた感触があって満足していたし、店の雰囲気もテーブル上にコンピューターを据えて我が物顔で作業をするような感じではなかったので、閉店時間である九時の間際まで会話を交わして時間を潰した。
- 帰宅後、J・ヒリス・ミラー/伊藤誓・大島由紀夫訳『読むことの倫理』を新しく読み出している。
・作文
12:34 - 12:54 = 20分(2月24日)
12:54 - 13:29 = 35分(2月25日)
13:29 - 14:05 = 36分(2月26日)
14:36 - 15:12 = 36分(2月26日)
15:13 - 15:38 = 25分(2月27日)
15:38 - 17:14 = 1時間36分(2月28日)
17:14 - 17:40 = 26分(2月29日)
17:43 - 17:50 = 7分(1日)
17:51 - 18:09 = 18分(2日)
計: 4時間59分
・読書
22:32 - 22:55 = 23分(ミラー)
23:55 - 25:15 = 1時間20分(ミラー)
計: 1時間43分
- J・ヒリス・ミラー/伊藤誓・大島由紀夫訳『読むことの倫理』: 1 - 29
・睡眠
5:30 - 8:30 = 3時間
・音楽
なし。