2020/6/1, Mon.

 恋はうつくしかろ、孝もうつくしかろ、忠君愛国も結構だろう。しかし自身がその局に当れば利害の旋風[つむじ]に捲き込まれて、うつくしき事にも、結構な事にも、目は眩んでしまう。従ってどこに詩があるか自身には解しかねる。
 これがわかるためには、わかるだけの余裕のある第三者の地位に立たねばならぬ。三者の地位に立てばこそ芝居は観て面白い。小説も見て面白い。芝居を見て面白い人も、小説を読んで面白い人も、自己の利害は棚へ上げている。見たり読んだりする間だけは詩人である。
 それすら、普通の芝居や小説では人情を免かれぬ。苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりする。見るものもいつかその中に同化して苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりする。取柄は利慾が交らぬという点に存するかも知れぬが、交らぬだけにその他の情緒は常よりは余計に活動するだろう。それが嫌だ。
 苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それをし通して、飽々[あきあき]した。飽き飽きした上に芝居や小説で同じ刺激を繰り返しては大変だ。余が欲する詩はそんな世間的の人情を鼓舞するようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界を離れた心持ちになれる詩である。いくら傑作でも人情を離れた芝居はない、理非を絶した小説は少かろう。どこまでも世間を出る事が出来ぬのが彼らの特色である。ことに西洋の詩になると、人事が根本になるからいわゆる詩歌の純粋なるものもこの境[きょう]を解脱する事を知らぬ。どこまでも同情だとか、愛だとか、正義だとか、自由だとか、浮世の勧工場にあるものだけで用を弁じている。いくら詩的になっても地面の上を馳[か]けあるいて、銭の勘定を忘れるひまがない。シェレーが雲雀を聞いて嘆息したのも無理はない。
 うれしい事に東洋の詩歌はそこを解脱したのがある。採菊東籬下[きくをとるとうりのもと]、悠然見南山[ゆうぜんとしてなんざんをみる]。ただそれぎりの裏[うち]に暑苦しい世の中をまるで忘れた光景が出てくる。垣の向うに隣りの娘が覗いてる訳でもなければ、南山に親友が奉職している次第でもない。超然と出世間的に利害損得の汗を流し去った心持ちになれる。独坐幽篁裏[ひとりゆうこうのうちにざし]、弾琴復長嘯[きんをだんじてまたちょうしょうす]、深林人不知[しんりんひとしらず]、明月来相照[めいげつきたりてあいてらす]。ただ二十字のうちに優に別乾坤を建立している。この乾坤の功徳は『不如帰』や『金色夜叉』の功徳ではない。汽船、汽車、権利、義務、道徳、礼儀で疲れ果てた後、凡てを忘却してぐっすりと寐込むような功徳である。
 (夏目漱石草枕岩波文庫、一九九〇年改版、13~14)



  • 夢見。高校が舞台だった。現実に高校時代の同級生である人物も何人か出てきて――覚えているなかには(……)がいる――こちらも高校生の身分だったけれど、高校を舞台にした夢を見るときにはたびたびそうであるように、精神意識だけは大学以降の自分だという設定だった。この言わば「強くてニューゲーム」状態の夢はいままでに相当回数体験してきて、日記にも何度も記したことがあると思っていたところが、検索してみると二〇一九年一〇月四日金曜日の記事しか見つからない。とは言えそれは、「ニューゲーム」という語を初めて用いたのがこの日だということであり、それ以前にも同種の夢は何回も見てきたはずだから、実際にはもう少し記録があると思う。一時期はほとんど毎日のように見ていた覚えがあるのだが、時期は大体いつも高校三年の卒業間近に設定されていて、タイムスリップをしてきたのか何なのかわからないが自分は高校生活を何度も何度も繰り返しており、しかし同級生は誰一人それに気づいていないという状況が毎回共通している。この種の夢は、こちらにとってはいくらか特殊である。うまく説明できないのだが、この夢のこと、覚醒後に少量残っているその記憶のことを考えると、いまこの瞬間にこちらが生きて存在しているこの現実世界の現実味が少々乱れてくると言うか、あの夢の世界のほうが本物の現実なのではないかという疑いに一抹捕らえられるような、そんな気配がかすかに兆してくるようなのだ。しかしだからと言ってこの種の夢がいかにも「現実的」だというわけではないし、「リアリティ」があるというわけでもない。なぜこの夢が自分にそういう感覚を与えるのか、その点は理解できず、理由はいまのところ解明できない。
  • この日の夢にはそのほか、校庭で体育祭が開かれている場面があったが、それは小学校の風景をもとにしていたようだ。また、その体育祭が終了したあとで教室の窓から川の流れを挟んで校庭を眺め下ろすシーンもあったが、現実にはもちろん、小中高どの学校にもそんな場所に川はなかった。この風景はたぶん(……)駅のホームから(……)学校を見た際の視点をいくらかもとにしていたような気がするのだが、実際にそこにあるのは言うまでもなく線路である。その川の周りだか校庭だかに桜が咲いていたような記憶もあるけれど、しかし桜として認識されていたその花は、現実世界の桜にはありえないほどに赤味が濃くて、ほとんど夢幻的なまでにあでやかなものだった。教室では窓際の列の真ん中あたりに座っていた。上述した風景の記憶があるから外を眺める時間もあったはずだが、覚えているのは窓を背にしつつ、机に相対するのでなくて横向きに座っているシーンで、そこで後ろの席、つまり右隣に(……)がいたのだったと思う。ほか、図書館もしくは図書室も何らかの挿話の舞台となっていた気がするものの、もはや覚えていない。
  • 起床は一二時二五分。ちょっと遅くなってしまった。滞在も八時間二〇分ほどでやや長い。
  • 昨日の素麺の余りなどで食事。風呂洗いほかを済ませて帰室すればはや一時前であり、労働は二時二五分からで徒歩を取るなら一時四〇分には出なければならないからもう何をしている時間もない。それでも「記憶」記事を九分間だけ読んだ。その後、cero "Summer Soul"を歌いつつ紺色のスーツに着替える。
  • 排便などを済ませて一時四〇分に出発。玄関を出て扉のほうを向けばその脇の壁に、何やら淡色の微小な虫がたかっている。目を寄せてみると、カマキリの赤ん坊だった。極度に小さくてまだ透けるような体であるにもかかわらず、鎌の形をした腕がきちんと二つ、もう揃っている。続けてすぐに気づいたが、ほかに何匹もその周りの壁にとまっていて、どうも近くで卵が孵化したのではないか。それらの赤子たちはことごとく、まったく動かずに静止していた。
  • 雨がぱらぱら流れていたので傘を持ったが、しかしひとまず差さずに歩く。坂道に入ると脇の林縁に、先般は白く小さな花がはなはだしく群れなしていたところ、それらはもはや大方枯れて白さを失い、何色とも言えず地味に沈んだ粒々の集合と化している。結局あれがヒメウツギすなわち卯の花なのかわからないのだが、そうだとすればもう卯月をよほど過ぎて六月なので衰えるのも道理だ。と言って、旧暦だと今年は六月二〇日までが卯月に当たるらしいのだけれど。
  • 坂を上ってすぐの空き地と言うか駐車スペース的な場所の端にも白い花の低木があったが、これはおそらく、近くで見てはいないけれど馬酔木だったのではないか。自宅のそばでこのあいだ見たのと同じ木花のような気がしたのだ。(……)さんの宅の手前にある草むらのなかには淡い桃色の花がいくつか低く咲いて色を差しこんでおり、ヒルガオか何かかと見えたところ、街道を北に渡った先の一軒の横にも同じ色味の花が、今度は植えられてあり、先のものと同種だったか確信はないけれどこれは先日知ったヒルザキツキミソウではないかと思った。
  • 今日から中学校も登校を再開している。時間をずらして分散させてはいるのだろうが、一応、月から土曜まで毎日のはずだ。それで街道の果てにも横断歩道を渡る学生らしき姿が窺われた。歩いていればどうしたって暑くて、避けようもなく服の内が蒸す。(……)の途中、小公園の入口にある藤棚は屋根の上に葉の群れが雑駁に繁茂して盛り上がっており、重なりのなかから蔓が伸びだしてややくねりながら宙に揺れている。裏路地に入っていくと高校生らの下校に行き逢って、なかの男子が一人、ずいぶんと細くひょろひょろした体躯で、スラックスの脚が運びはこちらよりよほど速いものの、棒のようで頼りない。
  • 自動車整備工の垣根にアジサイが色づきはじめていた。淡青色で、花弁の外周部に紫の混じっているものもあるが、中心部はまだ野菜のようにほのかな緑で過渡期の色の複層である。歩きつつ周囲に生えている花々に目を留めていき、そうすると、誰が目論んだわけでもないのに花とか植物というものが本当に多種多様なバリエーションを発達させて無数の様相を呈していることにあらためてびっくりさせられる。これらもおそらく、始めはたった一つの植物でしかなかったはずなのだ。そもそも植物などというものがこの世界に一つもないという段階もあったはずで、この世の構成物がただ一つの物体や物質でしかなかったという起源の瞬間もたぶんあったわけだろう。本当にそんな時点が存在したのかどうか、疑わしい気もするが。さらにその前はどうだったのかと言えばこれが端的に完璧な謎で、無から何かが生じえない限りはこの世界が始まらないはずなのだけれど、無からの発生などという事態を人間は存在条件上思考できないのではないか。物理的にもそんなことはありえないはずで、むしろこの世界に起源=始まりなどなかったと、どんな形であれともかくも何らかの形でこの世ははじめから単にあっただけで、その前=無などなかったと考えたほうがまだしもしっくり来るような気がする。生命を持つものも持たないものもすべて等しく滅びゆき終わりを迎えるというのが無常という観念の意味するところで、少なくとも日本においてはそれはわりと常識的な世界観でもあり、現象レベルでも一応正しいのだとは思うが、世界総体で考えると、そもそも根本的に本質的にこの世には始まりも終わりも存在しないのではないか。この世界がありはじめたときよりも前、すなわちこの世界そのものの前世はないし、したがって当然来世もない。生成転変を繰り返して組み換えを無限に続けはするだろうが、あるのは常にこの世界のみで、しかもそれは永劫にあり続けるのではないか。つまり、消滅はない。あったとして、それはかりそめのものに過ぎない。「ある」しかない、「ない」はないというこの存在の完全無欠なる普遍性、存在のまったき充満、もしくは存在の遍覆性とでも呼ぶべき事態、言うなれば汎 - 存在論は、パルメニデスに通じるものだろうし、もしかすると仏教における縁起思想というのもこういうものなのではないか?
  • 話がめちゃくちゃずれてしまったのだが、もともと植物のことを考えていたのだ。植物の多様性ってやっぱすげえなあということで、そのようにまるで節操なしに発達してきた植物も植物だけれど、しかしそれらを分類し秩序づけようと試みた人間も人間で、植物学者とか生物学者とか、要するにリンネとかのことだが、ああいう人たちはよくそんなことをやろうと思ったなあ、一体何が彼らを衝き動かしたんだ? と思う。そこにはやはり、神の観念が関わっていたのだろうか? つまり、自然のなかに眠っている秩序を解き明かすことで創造者たる神の意思を理解する、みたいな。自然というものはなんだか知らないがおよそ無秩序なまでの横溢ぶり放蕩ぶりを見せつけながらすさまじく複数的に発展してきたわけで、しかもそこに特段、理由はなかったわけだろう。まあ一応物理法則とか生物的規則とか環境要因とかはあるのだろうが、そんなものはあとから人間が勝手に見出しただけのあとづけであり、根本的なところで、例えば植物という種そのものが生まれたことにはたぶん理由も必然性もないのだろうし、生まれるにしたって植物がただ一種だけであっても別に良かったはずではないか。ところがなぜか、いま現実に植物はああいうことになってしまっているわけで、つまりはこの世界がこの世界になっていることに根拠などあるはずもないだろうということなのだけれど、人間もしくは人為というものはそういう風に特段の理由もない世界を例えば分類しようとし、あるいは系統化しようとし、つまりは意味付与によってそこに秩序を持ちこもうとする。で、そうするとかえって、まるでその秩序を見出す人間のためにつくられたとしか思えないような整然とした美しさでこの世が成り立っていることがわかったりもして、それに打たれた科学者が神の意思の介在を信じるようになったりもするわけだけれど、そういう気持ちは何となくわからないでもない。
  • (……)途中、こちらが国語のテストの問題を読んでいるのを見た彼は、国語全然できない、嫌い、だって作者の気持ちとかわからないし、と漏らす。学校の国語教育で「作者の気持ちを考えましょう」という式の教え方がなされるという話は一般に流通していてよく見かけるのだが、こちらの記憶では小中高時代にそんな授業を体験した覚えはない。「登場人物の心情を読み取りましょう」なら普通にあったと思うが。それで、そういう授業やってんの? と訊くと、何か文章を読んだときに自分が感じ取ったことを感想に書きましょうとか、美術の作品を見たときに作者がそこにこめた気持ちを考えましょうとか、そういうことを要求されるらしく、(……)くんとしては、そんなこと言われても何も感じないし、となるわけだ。まあまったく何も感じていないということはたぶんなくて、自分の感覚に対する即時再帰的な視線を持っていないということではないかと思うが、それを受けたこちらは、世の中にはそういう風潮があるんですよとにやにやしながらまず皮肉り、まあ、それはそんなに良くはないかもねと控えめに批判しておき、だってそんなのわかんないじゃんと彼に同意したあと、それよりそこに書いてあることそのものを見たほうが良いと思うよ、ここの表現めっちゃ良くね? とか、このキャラクターの行動好きだな、とか、と例示しつつ、テクスト論的な姿勢の第一歩への導きではないけれど、具体的な部分を見るようにと一応促しておいた。読書感想文は書けない。国語のテストでも毎回、文章を読んで感じた感想を書けみたいな問題が最後に出されるらしいのだが、それも書けないと言う。その言にも同様に、ここの言葉が良かった、好きだというところを見つけて、あとはなんで好きだと思ったのかその理由を書けば良いんじゃないと適当に助言しておいた。だいたい作者の気持ちだの読書感想文だの、そんなものはたいがいクソつまらないことにしかならないわけで、それよりは読んだ文章のなかで気になった箇所とか一番好きだった部分とかを書抜きする習慣を身につけさせたほうがよほど有意義かつ有益だとこちらは思う。高校の授業も「論理国語」と「文学国語」だったか忘れたけれど二つに分かれて選択制になるとかいう話で、そうすると若者の「文学離れ」がますます進むだの国語教育が貧困化するだのと嘆かれているけれど、こちらに言わせればそんなことはまるで本質的な問題ではないのであって、たた単純に子供たちも人々も、「論理」的な文章であれ「文学」的な文章であれ、言葉を読む量と文を書く量が少ないというだけのことに過ぎないと思う。簡単な話、なるべく毎日日記を書かせるという仕組みを学校教育に取り入れれば、それだけで人々の言語運用能力はいくらかましになるだろうとこちらは完全に確信している。内容は何でも良い。朝食べたものを列挙するだけでも良い。一日に一文だけでも良い。書くことが見つからなければ、教科書の文を適当に写すだけでも良い。とにかくなるべく毎日ノートをひらいて何らかの言葉をそこに書きつけるという時間を重ねさせることが重要なのだ。もちろんそんなことつまんねえ面倒臭えと思って書きたがらないやつもいるだろうし、そいつはそいつで良い。読み書きよりも大事なことはこの世にいくらでもあるのだから、そいつはそいつで好きなことをやれば良い。ただそういう営みを面白いと感じて、わざわざ促さずとも自発的に熱心に取り組む子供も一定数は絶対にいるはずで、日記制度を導入すれば、少なくともそういう子の言語運用能力や思考力をより有効に涵養することは可能になるだろう。子供たちが書いたものを教師がチェックするのが大変なのでたぶん現実に制度化はされないだろうが、何だったらチェックなんかしなくたって別に良いわけだし、鶴見俊輔とかが戦後にやっていたらしい(やってはいなかったかもしれないが)「生活綴り方運動」って要するにこれとだいたい同じことだと思う。もしこちらが学校教師だったら普通にこの制度を導入する。それで本当に自分自身の、例えば小学校六年間分の毎日の記録が文として残ることになったら、それはわりと悪くないことではないかと思うのだが。毎日書き、また確認するのはとても大変だということなら、せめて国語の授業で文章を読んだときに必ず書抜きをするという習慣くらいは身につけさせたほうが良いと思う。つまりは書抜きノートを作ってそこに引用を集積させるということで、小林康夫大澤真幸と対談した『「知の技法」入門』(河出書房新社、二〇一四年)のなかで、引用ノートを作ってただ好きな箇所を手書きで写す、コメントも何もつけずに日付と引用文だけで良い、それを続けて一冊できあがればそれは最高の宝になりますよみたいなことを言っていた記憶があるけれど、その言にはこちらも普通に同意する。
  • (……)一応段落ごとの内容を確認して、読みながら各段落の役割を考えられると良いねとは言っておいたが、こちら自身は文章を読んでいるときにそんなことは少しも考えていない。だいたい受験制度的学校教育の国語などというものは上述したとおりクソみたいに退屈でつまらないのであって、作者の「思想」や「主張」はともかくとしても「気持ち」などは大抵の場合はどうでもよろしい。国語教育でするべきことは、そこに書いてある文章の意味の射程をできる限り理解させること、すなわち目の前の言語そのものに基づく姿勢を学ばせること、気になった箇所や好きな箇所を写させること、なるべく毎日何らかの文を書かせること、集約すればこの三点しかない。それに加えて、パラフレーズ及び要約の練習をさせても悪くはないだろうが、それは最終的にはどちらでも良い。この三点あるいは四点をきちんとやれば、読解力だの作文力だのは勝手につく。
  • 四時過ぎに退勤。飯を作るのが面倒臭かったので何か買って帰ることにした。もともと歩くつもりだったが雨もまだぱらついていたし、かさばる荷物を持って歩くのも億劫だったので久しぶりに電車を取ることに。駅を覗けば、猶予はまだ充分にある。それでコンビニに行って入ると、店内にいる人間のうちでマスクをつけていないのはほぼこちらだけだった。職場で捨ててきてしまったのだ。籠を持って、ミネストローネ風の野菜グラタンや豚かつサンド、ツナマヨネーズのおにぎりにサーモンのわさび巻、冷凍食品などを入れ、あと大根と椎茸を一応買っておくことに。会計して退店。
  • SUICAを持ってこなかったので切符を久しぶりに買う。隣の券売機には軽薄そうな高校生のカップルがついていた。ホームへ行き、待合室の側壁脇で立って待ち、腕を前後に引っ張るなどして首や肩や背の筋を伸ばす。小学校の校庭からは子供の声が伝わってくる。停まっている待機電車に遮られてあちらの様子は見えないのだが、ブランコが後ろに大きく振れて最高点にまで達したそのときだけ、電車の上端を越えて子供の後頭部が視界に覗き、しばらくしてから電車が移動して校庭の景色があらわになると、乗る子供のいなくなったブランコだけがわずかに揺らいで人の名残を留めていた。目の前の建設中のホーム――一体いつになったら完成するのか?――の下には大きな草が生えており、その細い葉は本来は緑のはずだが、もう結構な部分、砂みたいに乾いた色味になっていて、それが蜘蛛の脚のような細長さを助長している。
  • 最寄りに着くと雨が意外と降り増していて傘をひらくことになった。坂に入ってすぐ脇の草壁のなかにはアジサイがあり、たぶんガクアジサイだったか、若緑の姿で粒を集めている。途中の家のそば、と言うのはひと月ほど前に大きくて真っ赤な花を見たところだが、その花は枯れて、濁った濃褐色のしぼんだ残骸が葉の上にくたりと垂れていた。しかしひと月経ってもあれだけ残滓がとどまっているのは、むしろすごいのではないか。平ら道に出ると雨は斜めに流れて軽いがそのわりに結構密ではあって、染み入るような質感で、傘もあまり用をなさずに水粒が服に当たってくる。公営住宅に沿ったガードレールの下にはピンク色のツツジがいくらか咲いており、それはこのあいだ日記に書いた場所だ。先頃は地味な草がつんつん立って揃っているとしか見えなかったところが、こうして初夏をむかえて成長すると、草の種の違いが如実にあらわれ高さも形も多様になって、こんなに色々あったのかと思った。(……)さんの宅の脇に、何の種なのか知らないけれど相当に濃い赤の、品のないどぎつさに陥るのを辛うじて避けられているというほどの紅を花弁の縁に塗った花があり、見れば女人の唇を思ったりもするわけだが、その真紅のきつさにどうも性的な意味素を感知したらしく、つまりペニスを突っこむものとしての様態にいくらか映って、となればありふれたイメージだけれど比喩は順当に女性器に横滑りするわけで、要するにちょっとエロい花だった。
  • 帰りついても駐車場に母親の車はなかったのだが、家の前に来ると同時に道の先から走ってきた車があって、それが母親のものだった。玄関の戸を開けて車から降りてきた母親を迎えつつ、これ見てみと壁を指してカマキリを示す。嫌がるかと思ったのだが、思いのほかに毛嫌いする様子でもなかった。
  • 着替えてさっそく食事。電子レンジを回すあいだに豚かつサンドを食う。グラタンは大した味ではなかった。母親の職場の話をちょっと聞いたけれど、事情を書くのが面倒臭いのでこれは割愛する。食後、料理を少し。母親は春菊をたくさん採ったからまた天麩羅にするかと用意をしていたが、こちらは天麩羅にはもう飽きた。豚汁を作ってくれと言うので材料を切り、鍋で加熱する。合間に結局、椎茸をちょっと揚げたりもしたのだが、鍋に水を注いだところで仕事は終いとして離脱。
  • (……)
  • 二〇一九年五月一七日金曜日から冒頭の引用。

 その際、想起すべき重要なことは、政治的なものの自由が成り立つためには、多数の人がいて、その人たちが同権であることが必要だということである。一つの事柄が多くの相から示されるためには、多くの人が現にそこにいて、その事柄がその都度異なった様相においてその人々に現象するということが必要である。たとえば専制政治の場合には、万事が専政者の立場のために犠牲にされてしまうのだが、そのように、この平等な他者というのが消されて、その個々の個別の意見がなくなってしまえば、誰も自由でなくなるし、専政者も含めて誰も洞察ができなくなる。このような政治的自由は、最良の成果としては洞察力と同じものになるが、これは、我々の意志の自由とか、ローマの「リベルタス libertas」、あるいは、キリスト教の「意志の自由[リベルム・アルビトリウム] liberum arbitrium」というのとは全く関係がないのであって、事実としてもこれらのどれにもギリシア語にはその単語がない。個人は孤立させられては断じて自由ではない。個人が自由になりうるのは、ポリスの地を踏んでそれにかかわる場合のみである。自由が、一種の人間ないしは人間類型(たとえば、異邦人に対するギリシア人といった)の特質となる以前に、自由は人間相互の組織の一定の形態の属性だったのであって、それ以外ではなかった。自由の成立する場は、意志、思考、感情といろいろ変化はあっても、そうした人間の内面にあったのではなく、人間が集う間の空間なのである。この空間は、何人かが一緒に集う限り生まれてくるし、共同に生活する間だけ存続できるものである。自由の空間が存在し、そこに参加を認められた人は自由であり、そこから排除された人は不自由なのだ。このように参加を認められる権利、すなわち、自由は個人にとっての財産であり、富や健康と同じく個人の生涯の運命を決定するものだった。
 (ハンナ・アーレント/ウルズラ・ルッツ編/佐藤和夫訳『政治とは何か』岩波書店、二〇〇四年、83)

  • 翌五月一八日土曜日は五つ作歌している。そのなかでは、「鈍色の涙を燃やせ不死鳥よ氷雨に刺されて血を噴きながら」と、「儚くて正義も罪も平等も犬に喰わせて空き地に埋める」の二つが辛うじて許せる。ほか、ジョイス『ダブリナーズ』の翻訳への評価。この「めそ児ッたれ」という訳は、やはりかなりすごいと思う。

 そうしてベッドに移り、ジェイムズ・ジョイス柳瀬尚紀訳『ダブリナーズ』を読みはじめた。やはりこちらの方が訳が全然良い、精度が違うと思う。また、「出会い An Encounter」という篇のなかには、路傍の子供らがプロテスタントを罵る"Swaddlers"という語が出てくるのだが、これを、米本義孝は「オムツ新教徒やーい! オムツ新教徒やーい!」と訳している(swaddleというのは「赤子用オムツ」のことであるらしい)。これは「オムツ」の意を汲みながらも、やはりあまりこなれた訳とは言えないと思うのだが、そこを柳瀬尚紀は、「メソジスト」に掛けて「めそ児[じ]ッたれ! めそ児ッたれ!」と訳していて、かなり大胆な意訳ではあるけれど、さすがの手腕だと言わざるを得ない豪気な訳しぶりである。それは特殊な部分だが、やはり全体的に米本訳よりも日本語としての組み立て方がきちんと整っているように思う。さすがは『フィネガンズ・ウェイク』を訳したつわものだと言うべきだろう。

  • 二〇一四年七月一〇日木曜日にはミシェル・レリスの書抜き。

 雨が潤滑油なみの役目を果たし、それぞれのものをなめらかに軋みなくしかるべき場所におく機械のごとき働きをする、それが雷雨のあとの美しい光だ。そうした光のなかでなにもかもが鋸歯状に輝きを放ち、動きはないものの、なんとも暖かい色合になるので、いまにも爆発が起きるのではないかと思わせる眺めになっているのを眼にすると、なんと法外の歓び(その原因はささいな事柄であるにもかかわらず)を感じることだろう!
 (ミシェル・レリス/谷昌親訳『オランピアの頸のリボン』人文書院、1999年、119)

     *

 ……ところで、詩と呼ばれるもの、すなわち精神が受けとめるものであると同時に構築するものでもある感動は、こうしたたぐいの魅力、光と闇が重なって生み出された混合であり、真実と嘘の境目での自然さと技巧の結合であると言ってほぼまちがいないのではあるまいか? すべてのものが問い直される不安な瞬間をしっかりととらえ、そこにあらたな息を吹き込もうと試みるか、さもなくば、なにからなにまでこちらで作り上げてやった発生器で得られる等価物によって、そうした瞬間が稀なもので終わってしまわないようにする、それこそが詩の本質的な目的のひとつであるわけだが、人によっては詩を文字に書いたかたちで表現しようとするばっかりに、終りのない探求の旅に出て、自分自身の力が尽き果てるまでとどまることを知らなくなるのである。
 (172~173)

  • 今日は奥村恆哉校注『新潮日本古典集成 古今和歌集』(新潮社、一九七八年)をわりと読んだ。
  • Bonnie Mann, "Marie Yovanovitch’s Moral Courage"(2019/10/19)(https://www.nytimes.com/2019/10/19/opinion/marie-yovanovitchs-moral-courage.html)も閲覧。この記事は以前も読んだのだけれど、以下の引用の最後で触れられているアーレントの"moral courage"について思い出し、もう一度読んでおくことにしたのだ。この洞察は重要だと思うし、『責任と判断』でも同様のテーマが考察されていたような記憶があるのでこの本も読み返す必要があるだろう。そのほかにも"sovereign masculinity"の概念や、Joe BidenもDonald Trumpに反論した際にこの"sovereign masculinity"を志向している点で相手と同じ土俵に立ってしまっているという点、また白人が"reinvented white masculinity as a copy of their own fantasy of dangerous, primitive, black and indigenous manhood"という歴史学的知見なども押さえておくべきだと思う。

As a feminist philosopher, I understand our constitutional crisis to be all tangled up with a specific brand of what I call “sovereign masculinity.” Sovereign masculinity is not a real, existent thing. It lives instead in that dimension of human existence Charles Taylor called the “social imaginary,” and is just one of many things that situate me in the world in ways I don’t have to think about. This form of masculinity is all tangled up with how I know who I am and where I belong. It is as familiar as my sense of left or right, or up or down. It animates deep, visceral motivations and powerful emotional attachments that can exist in easy contradiction with my consciously held beliefs.

The aspiration to sovereign masculinity expresses itself most exuberantly in hyperbolic displays of power. Why are we still talking about Trump coming down the escalator and calling Mexicans rapists and murderers? Why are we still repeating his claim that he could shoot someone on Fifth Avenue and not lose support? Why do we keep reminding one another that he bragged about grabbing women by the “pussy,” proclaiming “when you’re a star they let you do it”?

There may be a few Trump supporters who believe cognitively, literally, that Mexicans are rapists and murderers and that the appropriate way to interact with women is to grab them between the legs, but these statements aren’t doing their work at the level of belief. Whether we wince or cheer, we remain spellbound by these statements because they are displays of omnipotence.

Developmentally, aspirations to sovereign masculinity arise in response to shame. All those movies and TV shows about the picked-on kid who punches the bully in the nose and has his dignity restored are conveying a message: The sovereign man must pass through shame to get to power. But once he’s got power, he has to keep shame close. Shaming others is what he needs to do to keep himself up.

When Joe Biden responds to Trump’s efforts to humiliate him right out of the presidential race by announcing in a Washington Post op-ed that, “I intend to beat you like a drum,” he plays on the same ubiquitous cultural preoccupation that keeps us tuned in to Trump’s every tweet — and his audiences applaud. If shame is the hazing ritual, spectacular displays of power, even metaphorical ones, are the sovereign man’s redemption.

That’s the developmental story, but our fascination with this type of masculinity has deep historical roots in a particularly American, particularly racist past. When Trump got up in front of the United Nations and started his usual fact-defying boasting about being the best and biggest and most of all time, that international audience broke into spontaneous laughter. Here at home, we are often too mesmerized to laugh. Trump commands an intensity of attention and focus that saturates our national discourse in the way addiction saturates an individual life. The historian Gail Bederman traces America’s obsession with this kind of masculinity back to the Progressive Era, when white men feared “civilization” was making them weak, invented Tarzan, and reinvented white masculinity as a copy of their own fantasy of dangerous, primitive, black and indigenous manhood.

In American history from that point forward, sovereign masculinity is not associated with rationality or the life of the mind, but with a fantasy of instinct-driven, primitive potency. It scorns deliberation, negotiation, alliances with others, and the intellectual life. Trump’s promised rejuvenation of America’s greatness is all tied up with the reanimation of this history. It is a central structural feature of the past to be resurrected.

     *

(……)The ultimate aspiration of the sovereign man is to have his speech operate like the speech of a god, where his word instantiates truth.

This is why toxic masculinity is not a separate issue from political authoritarianism generally. The sovereign man is not subject to the law because he is a source of law for others. The spectacles of subservience we have witnessed since Trump was elected are testament to that equivalency. Once obedience to the word of the sovereign sets in, becomes normal, we are on the road to an authoritarian state.

     *

Reporting on the trial of a man who had blithely, efficiently and dutifully sent 11 million people to their deaths, Arendt confronted what she called “the fearsome, word-and-thought defying banality of evil.” She discovered that Eichmann was just a rule-follower, driven by narcissism and a desire to advance his career. He was incapable of independent thought, and behaved morally only as long as the orders he received were moral. When The Führer’s word effectively became law, morality itself consisted, for him, of doing what Hitler ordered.

After his arrest he insisted that “what he had done was a crime only in retrospect, and he had always been a law-abiding citizen, because Hitler’s orders, which he certainly had executed to the best of his ability, had possessed ‘the force of law’ in the Third Reich.” Of the German people in moral collapse, Arendt suggested that they were very good at following the rules as well, and when Hitler’s word became law, they were still good at it.

Arendt’s conclusion was that moral courage required an ability to “judge without banisters,” that is, to judge the unique and specific case in a situation that is radically unprecedented, with no universal rule available under which to subsume it. Moral courage, she taught us, is about exercising independent judgment in a situation where the rules collapse.

  • (……)さんが飯屋に一緒に行く相手を募っていたので、あいにく労働で同行できないものの、メッセージを書いてTwitterで送っておいた。

(……)