2020/6/23, Tue.

 (……)この芸術のなかにあるのは、細部による威嚇だ。これは明らかにリアリズムの対極にある。というのも、リアリズムは典型化を、つまり構造の現前を、ということは持続性の現前を前提しているからである。
 この分析的な芸術は、とりわけ音楽にあっては失敗する運命にある。音楽の真実が属しているのは、呼吸法の、韻律法の次元でしかありえない。それは音声学の次元ではない。こうしてジェラール・スゼーの分節法は、縫い目のない歌の広がりのなかに余分な知的次元を植えつけるという役目を、不用意にも負わされてしまった単語の、ゆき過ぎた表現のせいでたえず破壊される。ここに至って、音楽演奏の最も重要な困難事に触れている思いがする。つまり、音楽の内的な地帯からニュアンスを生じさせ、しかもどんなことがあろうと、それを純粋に知的な記号のように外部からおしつけたりしない、ということである。音楽の感覚的な真理、充足的な真理というものが存在するのだ。この真理は、表現[﹅2](=表出 expression)の不快さには耐えられない。卓越した名人たちの演奏が、しばしば不満足を残すのは、そのせいである。意味作用に向けられた露骨な努力の結果である彼らのルバートは、あまりにも見世物じみており、固有のメッセージを自らのうちに緻密なかたちで含んでいる有機体を破壊しているのだ。何人かのアマチュアや、あるいはまた歌曲にとってのパンゼラや、ピアノにとってのリバッティのように、音楽的テクストの全体的文字とでも呼びうるものを再び見出しえた、何人かのプロの演奏家は、いかなる意図[﹅2]も音楽に付加しないという域にまで到達している。彼らは、一つひとつの細部のまわりにせわしげに立ち働いて世話を焼くようなことはしない。いつでも慎みを欠いているブルジョワ芸術とは、正反対の態度である。彼らは、音楽の直接的に決定的となる質料を信じているのである。
 (下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』みすず書房、二〇〇五年、281; 「ブルジョワの声楽芸術」; 初出: 『レットル・ヌーヴェル』誌、一九五六年二月号)



  • 正午過ぎに起床。空は白曇りだが、昨日よりも煤色の混ざり具合がわずかに強い。鳥たちの声が弾けてウグイスの鳴きも降る。
  • 六月二三日という日付はちょうど六〇年前に(すなわち一九六〇年に)いわゆる改定安保条約が発効された日であり、同時に二〇一六年においては英国でEU離脱を問う国民投票が行われた日付でもあるのだが、なんとSさんの誕生日でもあるらしい。
  • 今日も一時半ごろから日記に励み、夜半前までには五月二二日および二三日分を完成させることができた。昼間、Pablo Casals『A Concert At The White House』の流れるなかで書いていたところ、帰宅した母親が戸口にやってきて、Oさんのお兄さんが亡くなったんだってと言うのでさすがに驚き、音楽を消して話を聞いた。Oさんのお兄さんというのは父親の姉の連れ合いであるO.Sさんのことで、報を伝えられた父親から連絡があったらしく、父親はそのまま山梨に出向いたようだ。Sさんは鬱病なのかなんなのかわからないが近年精神的に不安定になっていたので当然自殺の可能性を考えるわけだけれど、その点はまだ不明。その話を聞いたあとはスピーカーから騒々しく音楽を流しだす気にならず、止めたまま静かななかで書き物を続ける。
  • 五時過ぎに父親が帰ってきて母親に話をしている気配を察知したので、こちらも上がっていって何だってと訊いたところ、やはり自殺だったと言う。葬儀は自宅にて内々で済ませるので申し訳ないが父親とZさん(父親の長兄)以外は遠慮してほしいとのこと。そのまま夕食の支度に入ってこちらはナスとエリンギを焼き、母親は鶏肉を唐揚げにする。調理を進めながら訊けば、Sさんはやはり鬱的な症状に苛まれていて、薬を飲みながらもしかし「酒に逃げていた」らしいと母親は言い(精神薬の類は基本的にアルコールと混ざると効能が強化されてしまうのであまり良くない)、連れ合いであるMさん(漢字がわからない)にも暴力を振るうことがあったらしく、Mさんは娘のKさんの宅に避難していたとのことだ。Bも一緒にそちらに行っていたのか、あるいは長男のKくん(漢字が正しいか不明)がアパートで世話をしているのだろうか(Bは先天的に知的障害を持っていて言語も扱えないし、ひとりでは生活ができない)。いずれにせよSさんは家にひとりだったらしく、それで孤独を感じつつ色々と悩んでしまったのではと母親は見解を述べた。加えて、先ほど父親が言っていたところではコロナウイルス騒動も彼の精神状態にかなり影響を与えたらしく、家からちょっと出るのにも相当に神経を使っていたというような話だった。平常人からすれば神経質に過ぎると見えるかもしれないが、鬱症状などの類に陥っているときにはとにかく不安に苛まれやすいもので、こちらも鬱にやられた二〇一八年中には、いまもし両親が死んだら俺は生きていけないなというそうそうありそうもない可能性を毎日考えては恐れていたものだ。だからSさんがコロナウイルスに感染することを過剰に恐れてそれで精神をすり減らしていたとしても、何ら不思議なことではない。遺体は、高校か何かのグラウンドの外側で首を吊っているのを発見されたと言う。
  • それまでずっと大きな問題はなかったのに老年に至ってはじめて精神の調子を崩し、疾患に陥るという人が世にはいて、Sさんもそうだし、歳を取ってからノイローゼ的な症状に悩まされ二〇一八年三月に最終的に自殺してしまったO.MYさんもそうだった。それにはたとえば仕事を引退したことで生きがいや人生の目的を見失ったとか、社会や他人との繋がりを欠いたことで孤独と虚しさを強く感じるようになったとか、色々な要因が考えられるだろうが、MYさんのときにも思ったけれどいわゆる「実存の危機」という事態はそもそもどのような年齢の人にも訪れうるものなのだ。若い頃にそれを経験せず、悩む暇もなく一生懸命に働いたりがむしゃらに子どもを育てたりしてきた人ほど、老年に近づきものを考える余裕が生まれてからそれにぶち当たるということがやはり多いのではないか。それまでは己の人生を駆動させる大きな流れに必死にしがみついて何とかそれなりにやってきたけれど、長年月の果てに自分の立っている地点とその周りを見回すことができるくらいの余裕が得られたときに、ようやく来し方を振り返って、これで本当に良かったのだろうか、自分の人生ってなんだったのだろう、そしてこれからどうすれば良いのだろうかという空虚な疑念に捕らえられるということがあるのではないか。これに行き当たってその存在に気づいてしまうと人は苦しい。多くの人間はおそらく、おりにふれてそうした虚無的な空漠が身に迫るのを感知しつつも、それに目を向けず見えないふりをして騙し騙し、ごまかしながらどうにか折り合いをつけて自分の生を生きていく。そういうやり方でそれなりに満足して生きられればそれはそれで良いだろうが、とはいえもちろんそれはあくまで対症療法でしかないし、こちらがそれに気づきたくなくとも何かのきっかけにその影が大きくそびえ立ってあちらから勝手に迫り、自分を追い詰めてくるということもときに起こる。結局のところこの世界や個々人の生には客観的で確定した根拠などないわけなので、それを根本的に乗り切るためにはいわゆるニヒリズム的苦悩に巻きこまれながらもそれを見つめ続け、考え抜くことで自分なりの確かな意味体系を構築し、それを定かな足場としながら世界と対峙するほかはなく、そういう態度が実現できればおそらくそれを倫理的な生と呼んでも良いのではないかと思うが、しかしその倫理を確立するまでに通過しなければならない苦悩と苦痛に耐えられず精神を病んだりついには死を選んだりする人がいるということは、何も不思議なことではない。人は誰も死ぬまで己と付き合っていかなければならず、この自分という主体と己の存在そのものこそが人を重力的に拘束するもっとも厄介な桎梏なのかもしれないが、そこで人間が取れる選択は大きくはたぶん二種類しかなく、死ぬまで己自身の追走から逃げ続けるか、己と対峙し対話を続けることで齟齬なき一致に近づこうとするかのいずれかだろう。ただ自分自身というのはそんなに足の遅い相手ではないので逃げようとしてもおりおりひどく容易に追いついてくるし、背を向けていたつもりがいつの間にか追い抜かされて回りこまれ、強制的に顔を合わせなければならなくなるということも普通にありうる。とはいえ常に自分と真正面から対峙し続けることもかなり負担になるもので、それこそ精神疾患や自殺に至る危険が大きくなるだろうから、上の二種類の方策を組み合わせつつ、ときには逃げてときには向き合いながらうまい折り合いのつけ方を開発していくというのが現実的なラインだろう。真正面からではなくて、〈斜めから〉対峙するということだ。
  • 調理後、はやばやと食事へ。母親がチェルノブイリって知ってる、と訊いてくるので肯定すれば、ロシアの兄夫婦がチェルノブイリ原発事故をもとにした映画だかドラマだかを最近見ているらしいと言う。それなので、いまは観光地だから(観光地と言っても愉快に楽しむ類のものでなく、原発事故の残滓を実際に目にしようという種類のものだが、と付言する)兄たちもそのうちに行くのではないかと答えておいた。そのほか母親は、先ほどGoogleのニュースで青梅について書いた文章を読んだと言い、なんとか大空という青梅出身のミュージシャンが綴ったもので、青梅市立第一小学校(こちらの出身校である)のそば、永山丘陵グラウンドへ向かう途中にある喫茶店夏への扉」(もちろんロバート・A・ハインラインの同名の小説から取った名前だ)などについて語られていたと言うが、母親があらためて探してみてもそれが見つからない。それでこちらがスマートフォンを借りて「青梅 ミュージシャン 大空」とかで検索してみると、SUUMOのサイトに掲載された「記憶を引き連れ、今に耳を澄ませる「青梅」【街と音楽】」(https://suumo.jp/town/entry/ome-ohzr_kshm/)なる記事が出てきた。書き手は君島大空という人で、さっと瞥見した限りではそこそこきちんとした文章になっている印象だった。まったく聞いたことのない名前だったがその場で続けて検索してみたところ、一九九五年生まれだから二五歳で、関わった仕事はほとんどこちらの知らない名前だけれど、sora tob sakanaに曲を書き、また崎山蒼志とも協働しているようで、この二つの固有名はこちらでもかろうじて知っている(だがその音楽を聞いたことはまだない)。だからけっこう活躍しているみたいだし、SUUMOの記事の最後に付されたプレイリストを見てみても、やはり大方こちらなどが知らない名前ではあるものの、Tom WaitsThe Flaming LipsFennesz三者が挙げられているあたり普通に悪くない趣味の人だと思う。
  • Nさんにメッセージを綴る。

 (……)

  • 2019/6/7, Fri.を読み返し。Bob Marleyのレゲエが流れるなかで陰毛を短く処理している。だいたいどれくらいの周期で鬱陶しく感じはじめて切っているのだろう? 三か月に一度くらいだろうか? また、W.Kから月曜日(ということは六月三日)に子どもが生まれたという連絡をもらっている。やつも父親になって一年、まだまだ忙しい日々だろう。メールを見たあとの帰路の電車内では、「何やらものを食いながら頻りに自分の顔を、ぱんぱんぱんぱんと左手で叩いて」車内に音を響かせる不思議な振舞いの男性と遭遇している。
  • 2019/6/8, Sat.も。Mさんのブログから孫引きした立木康介の記述。

 このように、フェティシズムを支える倒錯的固着は、誰もが次の項を予期できるほど一般化された既成のメトニミーに依存している。とすれば、私たちはそこから一歩進んで、こう指摘することもできる。連鎖を中断するとしないとにかかわらず、およそ既成のメトニミーに依存し、それをふりかざす態度は倒錯的である、と。ラカンは、倒錯者の振舞いがおうおうにして自己の欲望の特異な在り方を「証明する」(あるいは「見せつける」)性格をもつことを指摘している。その際に倒錯者が依拠するのが、しばしば「aならばb」というたぐいの既成のメトニミーであることは偶然ではない。翻って、今日の私たちの文化のなかに、この種のメトニミーがどれほど氾濫していることか。ある種の人格障害を見れば、必ずや過去に幼児虐待の経験があると信じて疑わぬ臨床家がいる。大事件を起こした個人の生育歴や内面には、その事件を説明する決定的な要因が存在していると決めてかかる言説もあとを絶たない。因果性(原因/結果の関係)は、ヒュームとカント以来、それを措定する主観の関与を抜きにしていかなる意味でも成り立たないと考えられてきたにもかかわらず、今日の一部の科学的言説が、客観性の名のもとに、それを直線的で機械的な刺激/反応図式に還元して憚らないのは驚くべきことだ。このように操作的に用いられるメトニミーは必ずしも因果関係だけとはかぎらないが、誇張されたメトニミーの有無を言わさぬ押しつけが、それ以外の論理や思考の可能性をことごとく圧殺する目的でなされることも稀ではない。世間ではもっぱら「反原発発言」としか受け止められなかった村上春樹カタルーニャでの美しいスピーチが、こうしたメトニミーが今日の社会でいかに暴力的に幅をきかせているかを告発したのは印象的だった――

まず既成事実がつくられました。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくなってもいいんですね」「夏場にエアコンが使えなくてもいいんですね」という脅しが向けられます。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。〔…〕原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

村上が耐えがたく思っているのは、「原子力発電の停止→電力不足」という、完全な誤りとは言わないまでも、きわめて限定されたメトニミーを、あたかも動かしがたい「現実」であるかのようにふりかざす言説にほかならない。ラカンが指摘したように、メトニミーを成り立たせる二つの要素の繋がりは、厳密に言語のなかにしか存在しない。とすれば、そうした繋がりのひとつ(だけ)をあからさまに突出させて、それに「現実」の名を被せることは、村上が看破したように「論理のすり替え」以外の何ものでもない。もっとも、そうした「論理のすり替え」によって反原発派を黙らせようとする勢力を批判することが、村上のスピーチのテーマだったわけではない。村上の訴えの中心にあったのは、これらの「論理のすり替え」を「効率」のような安易な基準のために許してしまったところに、広島・長崎という大きな犠牲の上に成り立っていたはずの戦後の日本の倫理と規範が、福島の事故で一挙に崩壊してしまった理由があるということだった。「効率」という一元的な基準に二度と支配されない「新たな倫理と規範」を打ち建てなくてはならないと村上が訴えるのは、そのためだ。だが、私たちは、これらいっさいが村上にとってもっぱら「言語の問題」として捉えられていることを見逃してはならない。私たちの倫理や規範の崩壊は、なによりもまず、微妙な陰影や繊細な論理の上に成り立つ言論が、恥知らずなまでに凡庸で粗悪なレトリックによって威圧されることからはじまるのだ。その意味では、かくも果敢な村上の発言をただの「反原発」の一点に矮小化して伝えた我が国の多くの報道や、やはりその一点のみに賛否を集中させたインターネット上の議論は、村上が批判しているのと同じタイプの言論を垂れ流したにすぎない。マス・メディアを介していまや私たちを四方から取り囲んでいるように見えるそうした言論の多くは、ラカンがメトニミー型固着をそう呼んだのと同じ意味において「倒錯的」であると言わねばならない。
立木康介『露出せよ、と現代文明は言う』)

  • さらにMさんのブログから二〇二〇年三月三一日。いつものように柄谷行人

 異なったシステム間の「通約可能性」という問題は、それが形式的に論じられるとき、すでに呑気な懐疑主義でしかない。その場合、ひとは複数のシステムを鳥瞰しうる視点に立っている。ここでは、デカルトの懐疑の切実さが欠けている。たとえば、われわれがあるシステム(パラダイム)に内属しているのではないかという「疑い」は、どこから来るのか。むろん諸システムの差異から来る。差異がなければ、あるいは「他なるもの」がなければ、われわれは疑いはしない。だが、デカルトは諸システムをこえる一般性を求めるのではない。彼のいう神は一般概念ではない。彼が見いだすのは、われわれに「疑い」そのものをひきおこすようなものとしての神、いわば絶対的な差異性としての神である。デカルトが無限性としての神を見いだすのはここにおいてである。
 われわれがあるシステムのなかにあるのではないかと疑うとき、われわれはどこかそのシステムにとって外的な〝場所〟に立っている。それは、しかし、「どこでもない」。それはメタレベルではないし、そんな〝立場〟もない。あるとすれば、それもまた別のシステムにすぎない。デカルトが無限=神の観念を要求するのは、いわばあらゆる〝立場〟、あるいはメタレベルを無効化することにおいてである。われわれがけっしてのりこえられず、つねにその一部でしかないような無限=神の観念がそこに見いだされる。だが、それを徹底化したのは、デカルトではなくスピノザだった。
柄谷行人『探求Ⅱ』p.136-137)

  • また、下記引用中、無限の再 - 全体化過程について述べた部分は、こちらが五月一七日(日曜日)の日記に書いた世界の〈外〉についての話とおなじことだろう。その日の記述も一応並べておく。ところでこのあいだMさんと通話したときに彼も言っていたけれど、ガタリってなるほどやっぱりラディカルな方面の人なのだなあという印象で、もっと具体的でこまかな彼の理論的理路を知りたいものだ。都合の良いことに『カオスモーズ』と『分子革命』が手もとにあるのでさっさと読みたい。

 六九年にガタリが執筆した論文「機械と構造」は、この五〇年代から六〇年代にかけてのラカンの理論的変遷にとって両義的な論考である。というのも、ガタリは一方では「構造に侵入する機械( - 対象a)」というモチーフを押し出すことによって、六〇年代のラカンを独自に定式化したとみることができるが、他方で彼は六〇年代のラカンを超出する論点をも提出しているからである。
 (……)
 さらに、「構造」の取り扱いにおいても両者は一致をみせている。ミレール(1975)は論文「母体」のなかで、欠如(無)としての主体、というラカンの議論を次のように形式化している――ある全体があるとき、その全体の外には何もない。何もない、ということは無があると考えることができる。それゆえ、今度は全体と無を含んだ新しい全体を考えることができる。この再 - 全体化の過程は、無限に繰り返すことが可能である。そして、ある構造のなかからその都度「無」として出現するものが、ラカンのいう欠如としての主体に相当する。他方、ガタリが「機械と構造」のなかで「構造」と呼ぶものは、シニフィアン同士の相互的な決定原理によって作動する全体である。その構造のなかには、ときに構造それ自体を非 - 全体化する要素としての主体が現れる。しかし、すぐさまその主体を構造の内部に回収しうるような新たな全体が登場するとガタリは述べる。すぐさま理解されるように、これはミレールの議論とまったく同じものである。
 しかし、ミレールの議論が無としての主体と事後性の理論を位置づけることに終始しているのに対して、ガタリはさらに先へ進んでいる。ガタリは、構造という考え方のもつ限界、すなわち構造という一般性を修正された一般性へとわずかに書き換えることしかできないという限界(構造のベルンシュタイン主義!)を乗り越えようとするのである。言い換えれば、ラカン派の考える「構造」には、構造それ自体を根底的に変動させる契機、すなわち構造変動(革命)の可能性が存在しない。そこでガタリは、「機械」という概念を導入することによって、構造のこの非 - 革命的性格を乗り越えようとする。
 六〇年代のラカン理論では、対象aは自由の機能を担う「分離」と関わっていたが、そこで得られる自由は、「自由か死か」のどちらかを選ばされた際に、自分が自由であることを示すために死を選ぶような強制的な選択(疎外)という不自由性を前提とした括弧付きの自由であった。いわば、対象aは因果性の安全装置の役割を担っていたのである。他方、ガタリの機械 - 対象aは、因果性のなかの爆弾であり、そのような自由とはまったく異なる自由をもたらす。どういうことか。ガタリは、機械の本質は「因果上の切断 coupure causale としての一つのシニフィアンが離脱すること」であると述べている。つまりガタリは、因果性を切断する機能を機械 - 対象aのなかに読み込んでいるのだ。機械は、既存の構造を切断し、一般性のなかに回収されえない出来事を導入し、他の何かと交換することができない特異性をもたらすことを可能にする。この時点のガタリラカンやミレールより優れていた点があるとすれば、それは革命の可能性、すなわち私たちが今まさに生き、行動している際に生じている因果性を変えることを考えようとしたところにあるだろう。機械とは、ドゥルーズが簡潔に表現するように、「シニフィアンの構造のなかの爆破機械」なのだ。もちろんガタリは政治運動や臨床における制度論としてその革命論を展開したのだが、これは分析によって如何にして人が変化するか、という臨床的な問いとも通底している。
 そしてガタリは、この構造変動の理論のモデルを精神病に求めた。ある既存の制度のなかに新しいジャンルの対話を導入し、その制度に変化をもたらすためには、横断性が必要であるとガタリは述べる。横断性とは、官僚制度のような垂直性(おしつけ)や、標準からの変異を抑圧する水平性(よこならび)のどちらでもなく、むしろそれらを乗り越えようとする次元である。このような横断性の導入を説明する際に、ガタリは「妄想や、病者がそのときまでそのなかに孤立的に閉じこもっていた自己表示などが、ひとつの集団的な表現形式にいたりつくことができるようになる」という事例を挙げている(Guattari, 1972, p.82/136頁)。つまり、精神病の妄想のように平均から突出したものが集団のなかで疎外されずにうまく機能するための可能性を保持しておくことが重要なのだ。この論点は後に『カオスモーズ』で明確化されている。それによれば、ラカン派の精神病論において重視される現実的なものは、「象徴的去勢を排除したことの罰」ではなく、むしろ「潜勢的で開かれた参照軸として……特異的な出来事の自己発生的生産として出現する」(Guattari, 1992, p.110/126頁)。ここでは、排除 forclusion はネガティヴなものとしては捉えられていない。むしろ、排除されたものが回帰する現実界こそが特異性や出来事といった根底的変化をうみだす契機となるとガタリは考えていたのである。

     *

 (……)ところでそれでは、存在するものではないもの、非 - 存在と言って良いのかわからないが(そもそも「存在」と「存在者」の術語的区別もよく知らないのだが)、そのようなものは一体何なのかと考えるに、この世界内にあるものがすべて存在するものだとすると、非 - 存在は存在するものの〈外〉であり、つまりはこの世界の〈外〉に当たるもののはずで、ところが当然、人間はこの世界の〈外〉を見聞きし、認識することは定義上、すなわち存在条件的にできない。(……)この世界の〈外〉を何らかの形で認識できたとして、するとその〈外〉はその瞬間に〈内〉に入ってしまうと言うか、「この世界」の領域が拡張されるような形でそのなかに包含されてしまわないのだろうか? という疑問は普通にありうる。非 - 存在だったはずのものが存在するものになってしまうのではないか。人間が何らかの意味で〈外〉に触れた瞬間に、その〈外〉だったものは世界内存在である人間が触れられたのだからもはや世界の〈外〉ではなくなってしまうという、パラドックスと言うかアポリアと言うかそういったものがある気がするのだけれど、この〈外〉を哲学的思考は古来から、イデアだとか神だとか物自体だとか無意識だとか、さまざまに呼びならわしてきたはずだ。(……)
 (2020/5/17, Sun.)

  • 上の引用に続くMさんの補足的な註釈もなるほどねえという感じ。

ところで、この抜き書きの一段落目では疎外と分離について語られている。疎外については理解できるのだが(ものすごく簡単にいえば、主体が象徴界に参入することで、特異性(を担保する享楽)を捨て去り、そのかわりに一般性を強いられることだ)、分離というのがこれまでいまひとつわからなかった。象徴界(他者の世界)で固有の居場所を見つけることが分離であるというその定式は理解できるのだが、それをもうちょっと具体的に換言すればどういうことになるのか、そこのところがどうもうまく言い表すことができなかったのだが、「しかし、欠如を抱えているのは人間だけではなく、彼を疎外した大他者それ自体もまた欠如を抱えている(…)。この事実が、人間が疎外から自由になることを可能にする。それは、大他者の欠如を埋めるべく、主体が自らの喪失を大他者に差し出すことによってなされる」という記述をあらためて読んだとき、ちょっと腑に落ちた感じがあった。「大他者の欠如」をこの世界そのものの意味の不在(ヘーゲル的な世界精神の不在/神の死)と理解すればいいのだ。すると、その欠如(不在)を埋め立てる主体のふるまいとは、世界に意味を与えるということになるだろう(ここで物語やイデオロギーが生じる)。疎外によって生きる導きともいうべき特異的な享楽を失ってしまった主体は、その欠如を補うべく世界に意味を与え、その意味を導きとして非単独者(一般者)として生きる。これが神経症的主体を生み出す分離というわけだ。ものすごく簡単にいえば、(自体性愛的かつ特異的な)生きる意味をもたない主体が、それ自体意味をもたない世界にかりそめの意味を与え/見出し/仮設し、その意味をみずからの(対象愛的かつ一般的な)生きる意味として引き受けるということだ。ひとまずそういうふうに理解しておきたい。
そしてそのような理解のもとに読み進めると、ガタリは自体性愛的かつ特異的なものを引き換えにすることなく(大)他者の世界を生きる主体を構想していることがわかる。というよりむしろ「大他者に大他者が存在しないこと」をその特異的なあり方によって暴き立てる主体というべきかもしれないが、そのような主体を想定することで、そこに革命可能性を見ているわけだ。

  • Sさんのブログも。二〇二〇年三月二〇日には、中村佳穂についての評言。「なにしろすぐれた音楽家が今も昔も変わらないのは、彼ら彼女らは、いったん演奏をはじめたら、おそらく何をされてもよほどのことがない限りその音楽を止めないだろうということで」という点はやっぱりこちらもそうじゃないといけないよなあ、とわりと素朴にそう思う。しかし、こちらにおいて「そう」であるというのはどういうことなのか、それはよくわからない。日記を書き続けていれば「そう」だということになるのか? そんな簡単な話ではないだろう。「極端な話、今こうして僕が視聴している音と映像が、僕の端末だけ突然ぶつっと途切れてしまったとしても、それは別段大した問題ではなくて、たぶん今どこかで、こういう演奏が行われていて、この満ち足りた感じを、どこかで無数の誰かが聴いている、それだけでほぼ勝利だと思えた」というのは言葉自体としてとてもすばらしい賛辞だ。あえて言えば、こういう感覚こそがただしく〈リアリティ〉と呼ぶべきものではないのか?

夜になって、中村佳穂のライブ配信を視聴する。三曲ばかりの短い時間だったが、とても良かった。音楽や文学や美術など、芸術をやる人々の生の声や言葉は、昔と比べたらSNSなどでずいぶん身近に聞くことができるようになったし、耳に届きやすくなったと思うが、それとこれとはおそらく無関係に、なにしろすぐれた音楽家が今も昔も変わらないのは、彼ら彼女らは、いったん演奏をはじめたら、おそらく何をされてもよほどのことがない限りその音楽を止めないだろうということで、今日見た演奏もまさに、そんな気概を感じさせるものだったと思う。なにも力瘤が見えるような力んだ演奏だったと言いたいわけではなくて、むしろその逆で、柔らかく親しみに満ちていてリラックスした時間なのだが、だからこそそれが、それゆえに強靭だと感じられた。極端な話、今こうして僕が視聴している音と映像が、僕の端末だけ突然ぶつっと途切れてしまったとしても、それは別段大した問題ではなくて、たぶん今どこかで、こういう演奏が行われていて、この満ち足りた感じを、どこかで無数の誰かが聴いている、それだけでほぼ勝利だと思えた。(……)

  • 二一日にはジョージ・シドニー『ショウ・ボート』への言及。Kenny Dorhamが、たぶんこの映画の音楽を取り上げたのだろうまさしく『Showboat』というアルバムを作っていて昔持っていたのだが、ライブラリを見返しても見当たらなかったのでいつか売ってしまったらしい。引用されていた幸田文の文章がなかなか良かった。「下町の女には貴賤さまざまに、さらさら流れるものがある」というこの箇所のはじまりからしてすばらしいというか、この冒頭の一文がもっとも良くて、これだけでもう満足できる。

下町の女には貴賤さまざまに、さらさら流れるものがある。それは人物の厚さや知識の深さとは全く別なもので、ゆく水の何にとどまる海苔の味というべき香ばしいものであった。さらりと受けさらりと流す、鋭利な思考と敏活な才智は底深く隠されて、流れをはばむことは万ない。流れることは澄むことであり、透明には安全感があった。下町女のとどこおりなき心を人が蓮葉とも見、冷酷とも見るのは自由だが、流れ去るを見送るほど哀愁深きはない。山の手にくらべて下町が侮り難い面積をもっているのは、彼女等の浅く澄む心、ゆく水にとどまる味に負うとさえ私は感じ入った。 (「姦声」)

  • 二二日の記事にはジャン・ルノワールの『フレンチ・カンカン』という映画の感想が書かれてあって、その終盤に「ダンスで振り回される女性の脚は、脚の役割から解放されて、女性の脚が担っている意味や、象徴するものから自由になって、単独で勝手に動き回るひとつの機関のようなものになる」という一文があり、なるほどなあと思った。四段落目の描写を読んでも面白そうで、いい加減そろそろこちらも映画というものを見はじめるべきではないのか?


・作文
 13:37 - 15:48 = 2時間11分(5月22日)
 16:05 - 17:06 = 1時間1分(5月23日)
 18:45 - 21:07 = 2時間22分(5月23日)
 22:16 - 22:44 = 28分(5月23日)
 23:07 - 23:17 = 10分(メッセージ)
 28:10 - 29:08 = 58分(6月23日)
 計: 7時間10分

・読書
 23:23 - 24:42 = 1時間19分(日記 / ブログ)

  • 2019/6/7, Fri. / 2019/6/8, Sat. / 2019/6/9, Sun.
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2020-03-31「血走って前途洋々おまえには粗忽な概念がよく似合う」
  • 「at-oyr」: 2020-03-17「開花」; 2020-03-18「ワンカップ」; 2020-03-19「花見」; 2020-03-20「受信」; 2020-03-21「Ol' Man River」; 2020-03-22「踊る脚」

・音楽