2021/4/4, Sun.

 ドクサとは、一般的な意見であり、〈何でもないかのように〉繰りかえされる意味である。それはメドゥーサだ。見る者を石に変えてしまう。すなわち、メドゥーサとは〈明白なもの〉ということである。だがそれは、ほんとうに見られているのだろうか。いや、見られさえしていないのだ。網膜の(end180)奥にはりついたゼラチン状のかたまりなのだ。(……)

 醜いゴルゴン姉妹のひとりであるメドゥーサは、女王であり、その華やかな髪ゆえに、たぐいまれな美しさであった。ネプチューンに心を奪われ、ミネルヴァの神殿でネプチューンと交わったので、ミネルヴァはメドゥーサを醜くして、その髪を蛇に変えてしまった。
 (たしかに、「ドクサ」の言述には、かつての美が眠っているし、昔の豪奢で新鮮な英知の記憶がある。そして、まさしく賢明な女神アテナ[ミネルヴァ]は、「ドクサ」を英知の戯画にしてしまうことで復讐をするのである。)
 (石川美子訳『ロラン・バルトによるロラン・バルト』(みすず書房、二〇一八年)、180~181; 「メドゥーサ(Méduse)」)



  • 一一時直前のあたりに目覚めたはず。こめかみを揉み、頭を左右にゴロゴロやって首筋も和らげ、あとほかにも何かやった気がするが忘れた。一一時一九分で離床。就床は四時二五分だったので七時間に満たないくらい。悪くない。水場に行ってきて「アレグラFX」を飲んだり、放尿したりうがいしたりして帰室。いつもどおり瞑想をおこなう。一五分か二〇分かそのくらいだったはず。
  • 上階へ行き、母親に挨拶。ジャージに着替える。(……)さんの家で鯉のぼりを揚げたとあって、見ればたしかに、いまは風もなくてだらりと死んでいるが、鮎だったのが鯉の何匹かに変わっている。天気はあまり良くはない。ただ、雨と伝えられていたものの、のちまで通してほぼ降らなかったようだ。食事は素麺の残りを使ったチャンプルー的なものなど。母親がネギを揚げていた。ちょっとだけ手伝ったあと食事に入り、天麩羅もいただく。新聞は書評面。中島隆博井口時男金子兜太』を紹介していた。前衛の面も、前衛から還った先の大衆的な面もバランス良く論じている著作の模様。大衆的な面として書中紹介されているらしい二句の一方が、蟻と西行の野糞とを組み合わせたもので、たぶん旅をしている西行が野原でひった糞に蟻がたかっている様子をイメージしたものだと思うのだが、なかなか豪放な感じだった。書中でも、野卑でユーモラスな句だと紹介されているらしい。中島隆博が言うには、金子兜太の俳句は切り刻んで分析するようなやり方でも一気に同一化するようなやり方でもその真髄をとらえがたく、距離感が大事だというのだが、井口時男のこの本は文芸批評の方法で外から内から密に論じたすぐれた著作とのこと。
  • ほか、中公新書ロヒンギャ難民についての本や、バラク・オバマ回顧録一巻目の紹介も読む。オバマ回顧録はけっこう興味がある。彼のことだからたぶん普通に自分で書いているわけだろう。日常生活のこととか、個人的な苦悩とか、重要な決定の際の内部の様子とか、色々多岐にわたって記されているらしい。
  • 皿と風呂を洗って帰室。茶を飲みつつ、まずどうしたのだったか。過去の日記の読み返しをしたのだったか。たぶんそう。その後、デスク前に立ってThe Doobie Brothers『Minute By Minute』を流して音読。「英語」を四二四番から四四〇番まで。読みながら手を揉んだり、足を引っ張ったりする。それからベッドでウィリアム・フォークナ―/藤平育子訳『アブサロム、アブサロム!(下)』(岩波文庫、二〇一二年)。面白い。部分部分で記述の強力さはあきらかで、これだけ書けるのだからノーベル文学賞を取っても何も不思議ではない。書抜きしたいと思う箇所が多い。クエンティンはかなり夢想的というか、イメージ優位というか、しきりに想像へと引っ張られる人間だなという印象。語りの都合上、そういうやり方が要請されたのだろうが。つまり、クエンティンが父親やローザ・コールドフィールドなどから聞いた物語をおのずからイメージすることで語りがすすんでいるのだが、クエンティンは誰々が何々をしている様子がいま目の前に見えるような気がした、みたいな導入の仕方がけっこう多い気がするのだ。ほか、アメリカ南部の当時の現実が垣間見えるような瞬間も。亡きチャールズ・ボンの息子をジュディスが引き取ってともに暮らすことになるのだけれど、トマス・サトペンが黒人奴隷に産ませた子どもである召使いのクライティはこの少年が黒人と接触するのをゆるさず、注意深く監視してその機会を摘み取ろうとする。すでにボンの息子が母親とともにボンの墓参りではじめて訪れたときにもやはりクライティは、ボンの子が同年代の黒人と遊んでいるところに割って入り、相手の黒人少年を追い払っていた。クライティは黒人である。その彼女が、混血であるボンの息子を、黒人に触れさせないようにする。その真意はよくわからないが、ここにはなにかしら複雑に屈折した心理の存在がうかがわれる。その後ボンの息子は自分が黒人であることを知ったようなのだが、ボンの母親は八分の一の混血だから息子は一六分の一なわけで、それだけ世代が遠くても「黒人」としてのレッテルを貼られなければならないのだ。
  • 書見中、窓外で父親が畑に水をやっていたらしいのだが、そこに(……)ちゃんの子どもだろう、少年が、おじさん何やってんの? とあどけない声で訊いているのが聞こえてきた。ん? と父親は返して、水をやってるとこたえたのに、なんで? と子らは続け、なんとか説明がなされたようだがそれはよく聞こえなかった。物怖じしない、活発な子だ。書見後はギターを弾いて遊んだ。ブルースをやったり、"いかれたBABY"の進行でストロークしたり。もっと音の推移が見えるようにしたいのだが。
  • ギターは四時半前までだったか。そのあと部屋にもどって、Eagles『Desperado』を流して体操や柔軟。合蹠をするとやはり左膝が痛む。関節や骨や神経の具合が右と違っているらしい。たぶんここが将来、こちらの爆弾になるはず(この比喩はおそらく『実況パワフルプロ野球』、通称「パワプロ」に由来するものだが、一般的な用法なのだろうか?)。膝周りをこまかく揉んだほうが良いのだろう。五時で上階へ行き、食事の支度やアイロン掛け。米を磨ぐ。また菜っ葉を茹でて切り、ハムや卵とともにソテーした。その後母親がホッケを焼き、もろもろ余り物もあるのでこちらはアイロン掛けへ。テレビは『笑点』。ときどきちょっと笑いながらシャツなどを処理。終えると六時だった。シャツを下階に持っていったのち、夕食へ。番組は『真相報道バンキシャ!』になっている。福澤なんとかいうあのアナウンサーが去り、枡なんとかいうあのひとが後任となってはじめての回だったよう。夏目三久がおめでとうおめでとうとやたら言われて本人も嬉しそうにニコニコしていてなんなのかと思ったが、どうも有吉と結婚したらしい。もう結婚していると思っていたし、以前そういう話を見かけた気もするのだが、勘違いだったようだ。話題はむろんコロナウイルスで、大阪や東京で緊急事態が解除されて以降、夜間の人出が急増しているとのこと。古市憲寿と、東大出のクイズ王で有名な伊沢拓司がコメンテーター。伊沢というひとはいま二六歳らしい。頭はやはり良いのだろう、喋りは流暢で当たり障りなく正論でうまかった。ソフィスト的な感じ。
  • 新聞からは国際面。上海当局がH&Mに指導を入れ、ホームページに載っていた中国の地図が誤っているとして削除させたとか。昨日だかの新聞で読んだのだが、H&M新疆ウイグル自治区の状況を受けて新疆産の綿を使用することをやめており、それに対していま中国内で不買運動が起こっているのだと言う。ただ、H&Mがその決定を下したのは昨年の九月で、その半年前のオーストラリアだかの調査を吟味しての措置だったらしいので、決定と不買運動の発生とにけっこう時期のひらきがある。これは上海当局だか忘れたが、役所の幹部が、新疆綿を使わないのに中国で金儲けしようというのか、みたいな非難を発言だかSNSに投稿するだかして、それを契機に燃え上がっているらしい。つまり、国家主導の動きということだ。
  • ほか、米議会議事堂の検問所に車が突っこんだと。警官二人が轢かれたらしく、うちひとりが死亡。犯人は黒人だったらしい。銃撃されて死んだとあったか? 地元の警察によればテロ関連ではないようだ、とのことで、しかし当人はCIAに苦しめられたみたいなことを投稿だかなんだかしていたらしく、動機がいまいち不明。たぶんトランプ支持者ではないと思うが。
  • 食事を終えて皿を洗い、緑茶を持って下階へ。
  • 七時前。大阪行きの際に会えたら会いたいというメールに対して昨日(……)さんの返信が来ていたので、それに返答。

(……)

     *

実際僕も親元の身ですから、懸念はあるんですよね。大阪は蔓延防止措置とかいうものも出ましたし。旅行を承諾したのは尚早だったかもしれません。

日程は5月2日(日)の夜に発って、5月6日(木)の夜に帰るものと定まりました。だからお会いできるとしたら、3から5のあいだのどこかですかね。

時勢柄、無理に会うこともないので、状況と都合がゆるせば、という感じで行きましょう。第四波への危惧もささやかれているようですし、情勢次第ではむろんキャンセルすることになると思います。

心身にお気をつけて。『(……)』を待ち望んでいます。こちらは最近、瞑想のなんたるかをより理解しつつあります。また、いまはフォークナーの『アブサロム、アブサロム!』を読んでいますが、こいつはなかなか強力な小説ですよ。個々の部分の筆力は疑いようがないです。

  • 上を書いたあと、今日のことをここまで記せば八時前。