2021/4/9, Fri.

 彼の書くものには、二種類の大げさな語がある。ひとつは、たんに使いかたがまずいだけのものである。曖昧で押しつけがましい語であり、いくつものシニフィエの代わりをするのに役立っている(「決定論」、「歴史」、「自然」など)。わたしは、それらの大げさな語のやわらかさを感じている。ダリの時計のようにやわらかいのだ。もうひとつは(「エクリチュール」、「文体」など)、個人的な意図におうじて作り直される語であり、その意味は個人言語的である。
 「健全な文章作成」という観点から見ると、この二つのタイプはおなじ価値をもつわけではないが、しかし二つはつながっている。たとえば、(知的な意味で)漠然としている語は、漠然としているからこそかえって鮮明に存在の正確さがあるのだ。たとえば、〈歴史〉とは精神的な観念であり、自然なように見えることを相対化して、時代による意味がありそうだと考えさせてくれる。〈自然〉とは、抑圧的で不動な状態での社会性なのである。それぞれの語は〈変質〉する。牛乳が酸っぱくなるように、特有な語法が風化した空間のなかに消えてしまうかもしれないし、ドリルで穴をあけるように、主体の神経症的な根まで突き刺してしまうかもしれない。そして、それ以外の語は、結局は恋人をあさるようなものだ。出会ったもののあとをついてゆくのである。たとえば〈イマジネール〉は、一九(end186)六三年には、漠然とバシュラール的な語にすぎないが(『批評をめぐる試み』)、一九七〇年になると(『S/Z』)、このとおり洗礼しなおされて、全面的にラカン的な〈想像界〉の意味に移行している(歪曲さえされている)。
 (石川美子訳『ロラン・バルトによるロラン・バルト』(みすず書房、二〇一八年)、186~187; 「大げさな語のやわらかさ(La mollesse des grands mots)」)



  • 一一時頃覚醒。八時頃からわりとはっきりした目覚めが何度かあったのだが、さすがに眠りが短いので動かずにいるとその時間に。こめかみや腰などをしばらく揉んでから離床。今日は一応アレグラFXを飲んだ。用を足すなどしてから瞑想。一一時三二分から五二分くらいまでだったはず。終盤、凪のようにしずかな時間があった。
  • 上階へ。母親のみ。父親は以前の会社の近くにある整体だかに行っているとか。だから車で一時間以上かかるはず。筍のカレーの残りなどで食事。母親が向かいでなんとか口にすることごとに、そのたびにどうでもよろしいとこたえつつ、新聞に触れる。武漢では封鎖解除から一年と。封鎖中の市民生活や病院の様子などを伝える展示が催されており、もちろん共産党はそれを党の指導のすばらしさと社会主義制度の優位性と中華民族の偉大さとをアピールするプロパガンダとして用いているわけだけれど、実際、孫を連れて展示を訪れたひとの声として、ウイルスと戦った武漢市民は英雄だという発言が紹介されていた。どこもかしこもヒロイズムだ。しかし、そこから漏れたひとびとのなかには、ウイルス騒動や封鎖生活によってトラウマを抱えたひともおり、彼らの声は拾い上げられることがない、というのが記事の趣旨。医者のなかにも、二四時間体制でがんばったにもかかわらず目の前で何人もが次々と死んでいくのを目にして、彼らを救えなかったという自責の念に押しつぶされそうになっているひとがいると。武漢市民のなかには当局が初期段階で情報をもっと正確に公表し、たとえばひとからひとへの感染が起こると伝えていれば家族が死なずに済んだと考えて、当局を提訴したり批判したりするひとびとが一定数いるのだが、彼らは結託して勢力をなさないように監視されており、たとえば普段深センで働いているひとりは、武漢に帰ってくると即座に当局者による尾行がはじまると言う。騒動の渦中の様子をインターネット上に伝えたひとなども、逮捕されたり軟禁されたりしている。マジで戦時下の日本とおなじだなという印象。大本営報道ということで、都合の悪い情報は伝えず、それを伝えようとする者は国家に害をなすとして拘束し、罰するわけだ。
  • 母親が食事中、昨日使った筍の皮が外に放置してあって、虫が来るから嫌だ、はやく捨てたいと言うので捨てに行くことに。それで皿を洗ったあと、軍手をつけて、サンダル履きで外へ。皮の入っている袋のなかに一緒にノコギリの鞘だかが入っているのでそれは捨てないようにと言われ、同時に、束みたいなやつも捨てないでと言われていたのだが、家の横をちょっと下って側面下の物置きスペースに行くと、たしかに袋のなかに鞘というかカバーはあったのだが、束というのがなんなのかわからない。細長いかたちの皮はたくさんあるのでそれかと思ったのだが、束ねられてもいないし、それを取っておいてどうするのかもわからない。それでわからんと言いに行こうと玄関のほうにもどっていると、母親も出てきたので、束ってのはなんなのかと聞きながら現場にもどるが、母親は回答せずにこれだこれだとか言ったり、あたりを探ってゴミを一緒に混ぜたりしている。何度か聞いてもはっきりこたえないのでちょっと苛立ったのだが、結局、束というのは鞘の言い間違いで、だからノコギリのカバーを取り除けばそれでOKだったわけなので、袋を提げて林のほうにのろのろ歩いていった。母親はけっこうこういう言い間違いというか、本当に言いたいことを正しく伝える言語使用や言葉選びができないことが多くて、だからもういくらか呆けはじめているのかもしれないとも思うし、まだ呆けていないとしても大方あと一五年もすればそうなっているだろうと思う。林縁の土地には足もとに緑の草がいっぱいに生えており、裸足のサンダル履きなのでそのなかを行けば砂が入ってきて足の裏に感じられる。草は最初のうちはピンク色の小さな花のものが大半だったのだが、進むうちにハナダイコンの紫色が支配的になった。林により近いところ、頭上を樹々に囲まれていてやや薄暗くなっているあたりの、小川というか申し訳ばかりの水路のそばで袋をひっくり返し、皮をぶちまけて捨てた。そうして室内へもどる。
  • 風呂洗い。手を洗っておき、緑茶とともに下階へ。一服しつつウェブを見て、今日はそのあとウィリアム・フォークナー/藤平育子訳『アブサロム、アブサロム!(下)』(岩波文庫、二〇一二年)を読みはじめた。二四〇ページくらいまで行ったので、まあそろそろ終盤と言って良いだろう。主にクエンティンがサトペンの物語を滔々と語り続けるわけだが、それは父親から、もしくは父親自身も話を聞かされた祖父から聞いたこととして語られており、だから非常にたびたび、「父さんによれば」「父さんが言うには」「父さんに言わせれば」という伝聞のしるしが差し挟まれ、くわえて、「もしかすると」「かもしれない」という不確定を示す言い方もかなり頻出するので、歴史的事実と見なされるものと三代に渡って受け継がれた伝説のような物語とクエンティン自身の推測や想像などが入り混じっており、どこまでがどの領分に属するものなのか、というのがわかりにくくなっている。
  • その後、音読。「英語」。Kenny Dorhamなど久々に流して読み、三時半過ぎくらいで切ると今日のことを綴った。現在、四時一五分。三時頃、LINEを覗くと(……)から、大阪行きの途中で三重のひとと会うのは何日になりそうかと聞かれていたので、会えるとしたら五日だろうが、そもそも大阪も東京もまた感染拡大しているから場合によってはキャンセルしたほうが良いと思っている、と返しておいた。
  • 労働前のエネルギー補給へ。上階に行き、先ほども食べたが、ネギを混ぜて焼いたチヂミみたいなもののあまりとか、キヌサヤとかを食す。新聞は一面のコロナウイルス関連の情報を見る。東京と京都と沖縄に例の蔓延防止等重点措置とかいうものが出されたという話だ。緊急事態宣言が都道府県レベルでまとめて適用されるのに対して、こちらは都道府県内で市区町村や地域を選んで適用することができると。飲食店の営業時間を午後八時まで短縮することやマスク着用の徹底を知事の権限で要請し、従わなかった店には罰金を課すことができると。だから地理的範囲と規模は違えど、緊急事態宣言とだいたいおなじものと考えて良いのだろう。東京では二三区と八王子や立川など多摩地域の一部の市、京都では京都市、沖縄では那覇に適用される模様。奈良市も適用してほしいと県の側に求めているらしいが、奈良県知事は、大阪での飲食をひかえれば感染者数は減らすことができると言って消極的な様子らしい。東京の周りの三県は、まだ要請する段階にはないとして状況を注視している。
  • 皿を片づけ、下階にもどると歯磨きをしながら下の記事を読んだ。

中国製のコロナワクチンは欧米では承認申請もされていないが、中国政府は中東やアフリカ、東南アジアなどで活発な「ワクチン外交」を展開。王毅(ワン・イー)外相は友好国に協力したいと述べ、フィリピンにはワクチン50万回分の寄付を申し出た。アラブ首長国連邦インドネシア、ブラジルなどでは既に中国製ワクチンの接種が開始されている。

このワクチンの特徴は不活化ワクチンであることと、セ氏2~8度の冷蔵で保存可能であることだ。95%という高い有効性が確認されたファイザー社製ワクチンがセ氏マイナス70度以下で保存しなければならないことと比較すると、インフラの脆弱な新興国が中国製ワクチンを選択する大きな理由となる。ただ1月にはブラジルの治験で有効率50.4%という結果が出た。

中国製ワクチンを選択した国の1つがトルコだ。ところがトルコは昨年12月11日から接種を開始すると発表していたものの、ワクチン出荷は数回遅れ、12月30日にようやく第1陣が到着。接種が開始されたのは1月14日だった。

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トルコの野党・共和人民党(CHP)は、中国がワクチン出荷を遅らせたのは両国間の容疑者身柄引き渡し協定批准の圧力をかけるためではないかと批判した。同協定は2017年に両国首脳によって署名され、中国側は昨年末にこれを全国人民代表大会で批准した。一方トルコ議会はまだだ。

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トルコ当局は近年、急速に中国との関係を深めている。経済難に直面したトルコのエルドアン政権が、中国を頼ったからだ。中国は16年から19年にかけて30億ドルをトルコに投資。原子力発電やIT、通信、軍事、安全保障などに関する2国間協定も次々と締結している。

トルコが国内の亡命ウイグル人を拘束したり、第三国経由で中国に送還したりするようになったのもこれと同時期である。16年以来、既に数百人が強制送還されたとフォーリン・ポリシー誌は伝えている。「エルドアン政権がウイグル人を金で中国に売り渡した」としばしば非難されるゆえんだ。

全米ライフル協会(NRA)は過去40年間、アメリカ政治と共和党に最も大きな影響を与えてきたロビー団体と言えるかもしれない。毎年約4万人が銃で命を落としているにもかかわらず、多くのアメリカ人が銃を「自由」の象徴と見なしているのは、NRAの力によるところが大きい。

だが今、NRAは最大の試練に直面している。1月15日、NRAはニューヨーク州司法長官が起こした訴訟から逃れるため連邦破産法11条を申請し、登記先をニューヨークからテキサス州に移転すると発表した。

合衆国憲法が保障する個人の「武器を保有する権利」を声高に主張する強硬派がNRAの主導権を握ったのは1977年。彼らはそれ以来、銃規制は「全ての個人の自由」を奪う行為だと主張してきた。

NRAの影響力は絶大だ。会員数は自称500万人。年間予算は約3億ドル(2013年)。アメリカには現在、人口100人当たり121丁の銃があり、所有率は世界で最も高い。銃による年間の死者は、比率で言えば他の先進国の25倍に達する。それでも「武器を持つ権利」への支持は過去20年間で34%から52%に上昇。逆に銃規制への支持は57%から46%に低下した。

その力の源泉は恐怖とマネーだ。NRAは人種や国籍、文化の多様化が進む都市部の非白人に脅威を感じる地方の貧しい白人層に働き掛け、銃を彼らのアイデンティティーの一部とすることに成功した。さらに銃規制支持派の40倍以上の金を使い、何百人もの共和党政治家に多額の寄付を行ってきた。現在、民主党支持層の91%と無党派層の59%が銃規制強化に賛成しているが、共和党支持層の賛成は32%にすぎない。

そのNRAが今、149年の歴史で最大の窮地に追い込まれている。原因は上層部の腐敗と財政難、銃規制派の法的戦略だ。

ここ数年、NRAでは30年前から副会長を務めるウェイン・ラピエールの資金流用疑惑が取り沙汰されてきた。団体の資金をデザイナー仕立てのスーツや自分用の豪邸、贅沢な海外旅行、豪華なヨットにつぎ込んでいたというのだ。しかも、同時期にNRAは収入が大幅に落ち込んだ。そのため2016年には5440万ドルを共和党候補に献金を行っていたが、2020年の献金額は920万ドルに激減。NRAは20%の人員を一時解雇し、週休3日制の導入を決めた。

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ニューヨーク州のレティシャ・ジェームズ司法長官は2020年8月、ラピエールら上層部の不正を組織的腐敗の証拠に挙げ、NRAの解散を求める訴訟を提起した。NRAは形式上「非営利の慈善団体」であり、団体として登録されているニューヨーク州の司法長官に監督権限がある。

この攻撃はNRAにとって致命傷となりかねない。彼らは司法の追及から逃れるため、1月中旬に破産を申請。ニューヨーク州当局による政治的迫害を主張してテキサス州での再法人化を申請した。

しかし、この作戦は失敗に終わったようだ。ジェームズ州司法長官は、「NRAが説明責任とわれわれの監視を逃れることを許さない」と明言。ニューヨーク州の判事は1月21日、NRAによる訴訟棄却の訴えを却下し、NRAが再法人化してもニューヨークでの訴訟は継続するとした。

  • 一時半。(……)さんのブログ。最新の四月八日分。「授業なんてむしろ脱線した内容しか学生らには残らないといってもいいくらいだ」とあるが、これはまったくそうで、多くのひとも体験的に理解できるだろう。毎回の反復的なマニュアル・形式・物語からわずかに(もしくは大きく)逸れた細部の差異こそが印象深く記憶に残るということ。脱線の内容は不安障害の体験についてで、こちらの経験も紹介されたらしい。どんどん使ってもらって良い。