2021/11/10, Wed.

 雨の夕べの暗くなる前の
 そのしげみの様子はどうだ。若く、清く、
 蔓を惜しげもなくふりまきながらも、
 ばらであるということに思いをひそめる、

 低きに咲く花は、もうそこここで開いているが、
 どれも望まれず、手入れもされず、
 このように、いつまでも自らに凌駕されつつ、
 言いようもなく内から焦立ちつつ

 そのしげみは、夕べの物思いに
 ふけりながら道を行く旅人に呼びかける。
 おおわたしのさまを見よ、わたしがどんなに安全で、
 しかも守られていないかを、どんなに自分に役立つものを持つかを。

 (神品芳夫訳『リルケ詩集』(土曜美術社出版販売/新・世界現代史文庫10、二〇〇九年)、194; 「野ばらのしげみ」; 一九二四年六月一日、ミュゾットの館にて成立; カール・クローロウ「新しい解釈の時が始まるだろう ――リルケの創造的ためらい――」より)



  • 七時から九時ぐらいにかけて一度か二度覚めたおぼえがある。そのそれぞれについて夢を見たし、一〇時に正式に覚めたときにも夢を見ていた記憶があるが、おぼえているのはそのうちのひとつのみじかい場面のみ。職場の奥のほうではたらいていると(……)さんが入り口のほうから呼んできて、いそいで行ってみると授業の日程変更をしたいという保護者がいたのだが、そのひと(たぶん女性だったとおもう)がヘッドロックみたいなかんじでこちらのあたまをかかえて絞めてきた。それで解放されると抗議し、そのひとを叱りつけたという場面。ほかにふたり、やはりおとながいてその三人はおなじ家族だったようだが、あとのふたりはなにもしていないから良いとしても、あなたの行為はたいへん不愉快です、みたいなかんじで至極慇懃な口調ながら厳しく糾弾していた。いまじぶんは授業中なので生徒を待たせてここに来ているのだ、それなのに余計な時間をつかわせないでほしい、みたいなことも言っていた。その抗議の語調がじつに滔々たるというか、非常になめらかでいかにも弁じている、という調子だったので、目覚めたあとに、俺こんなにうまくしゃべれないぞとおもった。
  • 一〇時で目覚めがさだまった。九時くらいだかに覚めたときにはまだ雲が空を多く占めていて、陽のひかりもないではないもののおおかた雲に吸収されて淡かったのだが、一〇時にいたると空の半分は青く露出しており、太陽はちょうど雲の縁をなぞるように浮かんでときにあかるみときにつつしみとせめぎあい、その後、雲が去っていって青が勝利すると陽の色が染みた晴れの日がおとずれた。一〇時半まで喉やこめかみや頭蓋を揉むなどして床にとどまり、起きて水場に行ってくると瞑想をした。三〇分ほど。きのうはサボったがきょうはきちんと座って止まることができて上々である。空気にはまったく冷たさがなく、風の音も立たず、窓のほそい隙間からはいってくるながれもない。
  • 上階へ。母親はそろそろ出ると。洗面所で髪を梳かして食事。きのうのアジフライが半分のこっているのでそれをあたため、ほかは鍋と白米。新聞は国際面を主に見る。ベラルーシから四〇〇〇人ほどの難民がポーランドとの国境に集結しており、ポーランド側が動員した一万二〇〇〇人だかの部隊とにらみ合いになり、一部小競り合いが起こったという。難民はおおむねイラクなどの中東やアフリカの出身と見られるらしいが、ポーランド側の言い分によれば難民らの後方にベラルーシ当局の人間と見られるすがたがあり、ベラルーシEUに嫌がらせ的な反抗をしかけるために移民難民を動員したのではないかとのこと。六月にEU内を航行していた飛行機を強制的に着陸させて乗っていたジャーナリストを拘束するみたいな事件があってからEUベラルーシに制裁を課しており、対立していて、今回の件もEU側はもちろん非難して追加制裁もにおわせている。
  • そのEU諸国では一年前と同様にコロナウイルスの感染者がまた拡大しているといい、ドイツでは五日に一日あたりの感染者が三万七一二〇人をかぞえて過去最多を記録し、イギリスでもさいきんは連日五万人いじょうの規模で高どまりしているらしい。日本は東京でもきのうが三〇人くらいでわりと安心だが、それでも微妙ながらまた増えてはいるわけで、たしか外国人の入国もつい先日解禁されていたはずだから、またそのうち拡大するのではないか。欧州での感染拡大はワクチン未接種の若年層が中心となっているもようで、おなじく未接種の高齢者が亡くなる事態も多く発生しているよう。WHOはまたEUが世界的な感染拡大の中心になりかねないと警告し、マスクの着用をもとめ、ロックダウンにならないよう社会規制を徹底するべきだと声明を発表していると。
  • ほか、パレスチナの人権活動家六人のスマートフォンイスラエル企業が開発したハッキングソフト「ペガサス」によってハッキングされていたことが判明したと。パレスチナで活動する六団体の七〇人ほどの携帯を調査したところ、六台にハッキングの形跡があったと。「ペガサス」はNSOグループという企業がつくってテロ対策を名目に各国に輸出されているのだが、ただイスラエルの電話番号をハックすることだけはできない仕様になっているらしく、ところが今回侵入が発覚した携帯のうち数台はイスラエルの番号を持ったものだったわけで、となれば唯一規制の枠外にあるイスラエル政府が下手人であるのはまちがいないと。ハックするとマシンを遠隔操作してメールの情報を抜き取ったり、電話を傍受したりできるらしい。
  • あと菅沼孝三の訃報があった。六二歳くらいだったはずで、まだ若い。母親がもう出るといって勤務に向かったので彼女の分もあわせて食器を洗い、風呂も掃除。出ると自室にもどってきてコンピューターを用意し、きょうのことをここまで記述。すると一二時半。きょうは三時には出なければならない。日記はおとといのことが記せていないが、まあ帰宅後でも悪くはない。
  • 「読みかえし」ノートを読んだ。一時をまわると書見。ミシェル・ピカール/及川馥・内藤雅文訳『遊びとしての読書 文学を読む楽しみ』(法政大学出版局/叢書・ウニベルシタス667、二〇〇〇年)。一時半で洗濯物を取りこみに。居間にあがると父親はソファで座布団を胸に抱きながらまどろんでいた。ベランダにつづく戸をあけると生き生きとした陽射しが非常にまぶしく、目の前をつつみこんで埋め尽くす。しかし洗濯物はといえば文句なしに乾いたというほどではなく、とくにバスタオルが湿り気味だったので、いちど取りこんだ二枚を洗濯ばさみでまたハンガーにとりつけて、戸口にちかくまだひかりの通っているなかにかけておいた。父親が寝ているソファの背でタオルをたたんではこんでおき、帰室するとまた書見をつづけた。二時半まで。
  • 出勤時に飛ぶ。三時七分くらいに発った。まだ日なたが家のまわりにもけっこうのこっていて、空と空気はかがやかしい。家のちかくにあるカエデの木が、まだまだ本式ではないが、色を混淆させはじめていた。行く手の坂道をのぼりはじめてまもない位置には犬を二匹連れた中年女性が立ち止まって川のあるほうを見ており、ひとりごととも犬にはなしているともつかない口調でなにか漏らしていたが、それはたぶん川というよりはイチョウの木か、眼下の土地で用意されていた地鎮祭のようすをながめていたのではないか。こちらもその位置にまで行きながら顔を右手に向けてながめたが、もともと(……)さんの家が取り壊されたあとひろい空き地になっていた場所にこれから新しい家が建つようで、ちいさな台というか、白い布もしくは紙(ぬさというやつだろう)の色が見えたのでおそらく神道式の祈願台みたいなものが設けられてあり、そこの平地の端のほうに立っているイチョウはもうあざやかな黄色に染まりつくして、ひかりをふんだんにはらんで澄んだ空に雲の気配は微塵もなく、青以外に見えるものといって非常にかぼそい昼の月の刻印がたよりなく浮かびあがっているのみである。
  • 犬を連れた婦人のあとを追うようにしてゆっくりした足取りで坂をのぼっていると、風が湧いて頭上でざわめきがふくらみながら降ってきて、見上げれば横からひかりに通過された淡緑の梢が震動しながらあかるさのために色を見分けづらく希薄化しており、数歩すすめばすでにかたむきはじめてやや濃くなっている陽の色をそのまま染み入らせたかのような橙の梢もこまかく揺れて、葉はその風に飛ばされるから樹の下よりも木の間を抜けてあたまのうえになにもなくなったところでかえって降ってきて、ひらいた大空のどこからともなくあらわれて落ちてきたかのような風情だった。
  • 街道へ向かう。(……)さんの家を過ぎておもて道に沿って曲がるところの角にススキが豊富に生えているそれらが穂を重そうにおおきくして群れをふくらませながら手を差し伸べるかたちで脇から道のほうへとはみ出していた。曲がると、ガードレール沿いに、炎をデフォルメ的に記号化したようなかたちのおおきな葉っぱがいくつも落ちていた。街道にも陽が通ってあたたかく、ここでもやはり雲は四囲の果てまでまったく存在せず、もうだいぶ鈍くなった丘の緑色とくっきり対照しながら青がどこまでもひろがっている。とちゅうで横断歩道を渡り、裏道に折れると、正面にあるアパートの垣根に紅色の花が生まれはじめていて、だからあれはたぶんサザンカではないか。裏路地では楽な服装をした老人が家のまえに出て地面をすこし掃いていたりもするが、あまりひと通りやひと気はなく基本的にしずかで、ときおりうしろから追い抜かしてくるひとがあったり、車があらわれたりする。空はとにかく真っ正直に晴れわたっているから家々の庭のうえとか電線のあいだとかにつくられている蜘蛛の巣があらわに浮かび上がってすぐに発見され、その主や、一枚だけぽつりとひっかかった葉っぱの切れ端のすがたなどもはっきり映る。白猫が飼われている家からあらわれて道を横切るのを見たが、その場所にまで行くとむかいの敷地の奥に深くはいりこんでおり、車の下にもぐるところだったのであきらめた。それからまたすこし行っているとうしろから高校生であることが容易に察せられる口調の男女の声が聞こえてきて、自転車に乗っている気配だったが、彼らはこちらの横を追い抜かしていったさいに、似てたね、~~に似てた、というつぶやきをのこしていったので、たぶんこちらの後ろ姿とかたたずまいとかが友だちの誰かに似ていたのではないかとおもわれた。
  • 職場に着くと裏口を開けてはいり、勤務。(……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)