2022/1/30, Sun.

 人形の微妙な動きについて筆者のたずねるのに答えて舞踏家が教えるには、人形の五体は踊りの節々で、部分ごとに糸で操られるのではなく、あらゆる動作にはひとつの共通の重心があり、人形づかいは人形の内部にあるこの重心を操作すれば足りる。人形の五体は振子に異ならず、そこに力を加えなくても、重心の動きにつれて機械的に振れる。しかもこの重心の移動はきわめて単純で、たいていは直線であり、それにより五体は曲線を描く。しばしば、ただの偶然の動きに揺すられただけで、五体はひとりでに、踊りに似た、ある種のリズミカルな躍動に入る、と。
 その説明に得心しながら筆者はそれでも、その機械的な動きから生じる優美さは舞踏のそれにひとしいものかとこだわる。それにたいして舞踏家は、操りの糸は《踊り手》へ魂の入る道でもあると答える。そしておそらくこの入神の道は、人形づかいがおのれを人形の内へ移すことによってしか、つまり、自身踊ることによってしか、見出せないのではないか、と。さらに、もしも人形師が私の注文に従って人形を造ってくれるなら、私はそれ(end22)を操って、自身をふくめて当代の舞踏家たちのなし得ぬ舞踏を演じて見せようとまで言う。どのような人形を注文するのかと問えば、尋常のものと変わりはないが、均整と軽捷さをより高度に、とりわけ重心のより自然な配置を求めるという。そして人形の、舞踏家にたいする有利さをたずねられて、ふたつの点を挙げる。
 まず、人形はおのれ(の所作)を装飾することがない、これが消極的な利点だ、と言う。装飾とは余計な《振り》のことなのだろう。なぜなら、装飾とは魂が動作の重心よりほかの点に在る時に生じるからだ、と言う。魂とは入神の《神》と取ってよいだろう。ところが人形づかいはそもそも、針金ないし糸によっては、重心以外の、ほかの点を手の内に入れることができない。それゆえ、重心のほかの五体は死んでおり、純然たる振子であり、ただの重力の法則に従う。これが、われわれの舞踏家の大方において求めても得られぬ、すぐれた特性である、と。
 (古井由吉『詩への小路 ドゥイノの悲歌』(講談社文芸文庫、二〇二〇年)、22~23; 「2 人形めぐり」; ハインリッヒ・フォン・クライスト「マリオネット劇場」について)



  • 覚醒しきらずだらだらとねむり、一〇時半に意識があらわに。脚を伸ばしたり腹を揉んだりして一一時ちょうどに離床。九時くらいにはカーテンを透かして青空を見た記憶があるのだが、このときにはもう空が雲がかりで陽射しもひかえめだった。午後一時半現在も曇っている。水場に行き、顔を洗ったり用を足したり。もどって脚をかるく揉んでから枕のうえに座っていたが、母親がやってきたので中断。シーツを洗ってくれるという。それでどき、枕の横に置いてある新聞や授業予習用のプリントなどもどかして、上階へ。
  • ジャージにきがえると洗面所で髪をとかしたりうがいをしたりして、食事はカレーのあまりをつかったドリアに、白菜のスープとサラダののこり。新聞の日曜版は高橋由一金比羅山を描いた絵をとりあげていた。書評面をみる。苅部直が『高丘親王航海記』の漫画版を紹介していた。近藤ようこという漫画家の手になるもので、四巻で完結したらしい。苅部直のカバー範囲はほんとうにひろいなとおもう。澁澤龍彦を読む政治学者なんて、そんなにいないのではないかとおもうのだが。国分良成はタンミンウーのミャンマーについての著作。ほか右ページで辛島デイヴィッドがスティーヴン・ミルハウザー。あともう一冊気になったのがあった気がするがわすれた。
  • 食器を洗うと風呂へ。浴槽のなかにはいりこんで内壁をこすっているあいだ、ちょっと顔をあげて窓のそとを見たが、となりの敷地の旗の切れ端がふるえているので微風があり、網戸と顔の距離がちかくてその目が風景を色もかたちもかすませて、あいまいなモザイク画みたいにしたてていた。出ると白湯を持って帰室。Notionを用意して「ことば」を音読。それから、きのう詩をつくったし、いままでできている三篇を短歌と同様noteに投稿しておくかとおもって作業。そのあと、「読みかえし」を読んだ。きのうの記事よりさきにここまで記せば一時半。高校の現代文とか英語の参考書も見たいし、ほんとうなら(……)にでも行って書店をまわりたいが、コロナウイルスの勢力もかなり拡大してきているところだし、街に出るのはやはり憚られる。
  • 「読みかえし」: 420 - 422
  • そのあときのうの記事をすすめたのだったか。三時か三時半かそのくらいに完成していたような気がする。その後休みつつマハトマ・ガンジー/蠟山芳郎訳『ガンジー自伝』(中公文庫、一九八三年/改版二〇〇四年)を読んでいると母親がシーツを持ってきたので、寝床をセット。四時四〇分くらいまで読んでから上階に行った。いや、もうすこし早かったかもしれない。いずれにしてもアイロン掛け。腹が減っていたので(また、翌日は午前から通話で八時には起きたかったので、いますこし食べて夕食の時間を遅くすれば夜食を取らずにすむだろうというあたまもあった)食パンでも食べたいとおもってあるかきいてみると、ないという。かわりにホットケーキがあるから食べようと母親は言い、ちいさなホットプレートをどこからかとりだして焼きはじめた。夜はこれで野菜とか肉を焼けばいいじゃん、ともいう。ホットケーキは安い品なのだろうが、美味かった。一口で食べられるくらいちいさめにいくつも焼いたのを、数枚いただく。それで腹をたしょう満たしたあと、夕食の支度へ。野菜を焼けばよいと言っていたが、冷蔵庫の豆腐のひとつの期限がきょうまでであることが判明したので、麻婆豆腐にしなければとなった。それで米をあたらしく磨ぎ、調理。豆腐は塩を少量くわえて下茹でした。そのあいだに洗い物をした気がする。麻婆豆腐は素いがいにタマネギをこまかく刻んで入れ、あとネギもスライス。ごま油をさいごにかけるのをわすれていたことにいま気づいた。そのせいかわからないが、あるいは豆腐がおおすぎたのか、あとで食べたとき、あまりピンとこない味だった。麻婆豆腐いがいにキャベツとニンジンもスライスして生サラダに。そうして流しをかたづけ、生ゴミを袋に入れてしまい、燃えるゴミももうまとめることに。玄関からスリッパをひとつ持ってきて、ビニール袋のなかみを踏んで圧縮する。バケツにためてある生ゴミをそこにくわえるためである。そとに行っていた母親がもどってきたのでともに生ゴミを入れ、勝手口外のボックスに運んでもらう。それでしごとはひとまず終了。
  • ほんとうは散歩に出たいなとおもっていたのだけれど、そのあとじぶんの部屋の掃除をすこししてしまった。母親があいかわらず生前整理というかんがえに憑かれており、ものを捨てたいけどやってる暇がない、どこからやればいいのかわからない、できるうちにやっとかないとどうしようもないことになっちゃう、畑の道具とか、どうしようっておもう、あんなにいろいろあって、あとのことをかんがえただけでもう、などとこの日ももらしていて、それに触発されたというわけではないのだが、自室の机上の一部にいらないものの集まったばしょがあるから、そこをかたづけて本を移せるスペースをつくろうと数日前からおもっていたのだ。机のうえには棚が載せられてあり、その左側三分の二は上下二段に仕切られており、こまごまとしたものが雑多に置かれてあって、ここもかたづけなければならないのだが、今回始末したのは右側三分の一で、ここは仕切りがなく縦長の空間となっている。そこにむかし買ったバンドスコアとか、なにかのファイルのたぐいとか、(……)にベースを借りたときにいっしょに借りた教則本などがながく手つかずで放置されていたのだ。それを片端からひっぱりだしていき、ベッドのうえに種別にならべる。教則本のたぐいはもういらないので縛ることにして、持ってきておいたビニールテープでまとめた。ファイルのたぐいもだいたい音楽関連のもので、(……)がくれたスコア(かれはいまはもうなくなったPAN SCHOOL OF MUSIC(代々木駅のちかくにあった学校で、たしかその跡地にまたべつの音楽学校ができていたような気がするのだが)にかよっており、そこでジャズのセッションとかしていて、スタンダード曲の楽譜がはいったファイルをくれたのだが、みてみるとスタンダードといってもド定番という曲はあまりなく、Jackie McLeanとかJimmy Heathの曲なんて混ざっていた)とか、こちらがじぶんでつくったスコアとかだが、楽譜形式のルーズリーフを綴じたファイルがおおかった。さいしょの数枚だけ音符が書いてあってあとは五線譜を縦線でくぎっただけの空スコアがつづくというものもけっこうあって、ひとつにまとめればいいのにそうしていないというのは、いろいろ耳コピをしてスコアをつくろうというのをなんどかやりはじめてはすぐに頓挫することをくりかえしたのが見て取れる。あと、クリアファイルに大学時代の講義の資料がはいっているのも多かった。講義をききながら内容をメモしたルーズリーフもふくまれていたが(未使用のルーズリーフも、ふつうのノート様のものもスコア式のものもかなりおおくのこっていた)、むかしのじぶんの字がこんなだったのだな、というのはちょっとおもしろかった。かなり丸い筆跡で、なぜあんなに丸かったのかわからないが、大学時代から数年間は丸文字だった記憶がある。いまはもう丸くはなく、カクカクとまではいかないが、どちらかといえばシュッとしているタイプの文字だとおもう。たぶん、几帳面そう、といわれるような感じなのではないか。おととし(だったとおもうのだが。二〇二〇年のことである)の夏に(……)さんと面談したさいには、パチパチしてる、と言われ、「線香花火みたい」というなかなか独特の比喩で評された。そのころからくらべてもいまの筆跡はたしょう変化しているとおもうが。レジュメがおおくのこっていたのは史学概論で、これはたぶん佐藤真みたいななまえのひとがやっていた講義ではないかとおもう。いま検索すると佐藤真一という学者がいて、ランケについてなどやたら論文を書いているので、このひとだ。『ヨーロッパ史学史』という真っ青な表紙の本を買わされた記憶がある。講義としてはぜんぜん印象にのこっておらず、とうじのじぶんの知的教養も関心のレベルもクソみたいなものだったのでしかたがないのだが、レジュメを瞥見したところ、ランケをあつかった回はとうぜんあった。しかし西洋史コースに属していながら、ランケなどいままで一文字も読んだことがない。ちょっとおどろいたのは第一三回にとりあげられていたのがアビ・ヴァールブルクだったことで、美術史家としてあつかわれたのだとおもうが、史学概論でヴァールブルクなんてやってたのか、とおもった。しかし、たしかにこちらは大学生とうじに岩波文庫の『蛇儀礼』を買って読んだことがあり、たしかまだ手もとに置いてあったとおもうのだけれど、それはこの講義でヴァールブルクというなまえをきいたからだったのかもしれない。講義でもうひとつ印象にのこっているのは古代ギリシャを専門にしていた教授のもので、松平千秋ではもちろんないのだけれどなにか松がついたなまえだった気がする。松園さんではない、かれはイングランドをやっていたひとだ。いま検索すると古代ローマが専門の松原俊文というひとが出てきたが、このひとだったか不明。講義はこれも西洋史概論みたいなかんじの必修科目だったとおもうが、このひとは目がほそくて声が比較的高めで、ややかすれていたような気もされ、ことばに詰まると「ん~~~」とか「え~~~!」みたいな感じのうなり声を出しつつようやくひねり出す、みたいな話し方で、そのうなりぶりがなかなかおおきかったので印象にのこっている。あとは、トゥキュディデスのことをかならず「ツキジデス」と言っていたのもよくおぼえている。むかしはそういう表記だったのだろう。
  • そういったもろもろのいらないプリントなどを始末。ファイルにはいっていたスコア類もいちいちとりだして始末。ファイルのうちいちばんおおきなやつには、職場から予習用にコピーしてきた教材のプリントを整理して入れておいた。捨てずに取っておけばまたいずれ必要になったときにつかえる。あと、『史観』も五冊くらいあった。これは早稲田大学史学会が出しているうすい論誌で、西洋史コースに属していた人間にはただで配布されていたのだ。目次をみてみても興味を惹かれる論文はそんなにないのだが、まあそういうのを読むのも一興とおもっていちおう取っておくことにした。ちなみに大学時代にそこそこ接した教授はみんなそれなりに印象にのこっているのだが、なかにひとり前田さんという古代メソポタミア研究のひとがいて、もう大御所みたいな感じの扱いだったが、このひとはいつもグラサンをかけていて、(……)くんがその後もときおり思い返していたところによると、授業中によくねむっている生徒とかはなしをきいていないような生徒についてぼやいていたという。とうじは馬鹿で学問というものを知らないものだから、古代メソポタミアなんて興味ねえし、という感じだったし、まわりもだいたいそうだったはず。同期にひとり、前田さんのもとでメソポタミアをやるといって卒論指導を受けた女性がいたとおもったが(なんか重谷みたいなかんじで、「おも」という音がはいっていたような気がするが、重谷みたいななまえはたしか高校の同級生にもいたはずで、かれはエリック・クラプトンとかが好きな渋い趣味の男子だったが、そちらと混ざっている可能性がある)、ずいぶん物好きだなというあつかわれかただったとおもう。じぶんの人生におけるおおきなあやまちのひとつは、大学時代に文学にふれはじめなかったことと、もっと本を読んでおかなかったことだ。大学中央図書館なんてあんなに巨大でとてつもない規模の知の集積だったのに、たぶん五回くらいしか行かなかったんではないかとおもう(戸山キャンパスの図書館はけっこう頻繁に行ったが)。大学時代のじぶんはただのアホだった。ひるがえって卒業以降はずっとかんぜんに正解の道をあゆんできている。
  • もろもろ始末したあと、空いたスペースに本をうつした。うつすと言って、どの方向を見ても本が積まれてあるので、いったいどこのものを移動させるべきかと迷ったが、アンプのうえに載っているやつを優先するべきだなと決まった。蓋のうえをかんぜんに塞いでしまっていたので、熱が溜まってよくないだろうとおもっていたのだ。それでそこの本たちをうつし、しかしすべてはうつしきれないので、結果アンプ上は端に一塔、漫画があつまることになった。それでもけっこうすっきりしたのでよい。その他、机上の棚のさらにそのうえに積んである三柱の単行本のうち、いちばん右の柱からもいくらかうつした(フーコーの三冊をいちばんうえにしておいた)。そのてまえに置いてあった文庫の塔もそのまま移行。棚上の端がすこしあいたので時計をそこに置くことができ、単行本の塔もすこしだけ低くなった。ほか、ベッド脇のスピーカー上もかたづいて携帯などを置きやすくなった。
  • その後母親が廊下に散らかしたまま放置していたものをかたづけ。(……)から借りたベースやベースアンプについてきかれたので、もう処分していいと言われたと伝えるとメルカリで売ろうかなどと言っていじりだし、またこちらのエフェクターなども取り上げていたのだが、持ち運び用の直方体のエフェクターケースなどを廊下のまんなかに出しっぱなしにしたままだったのだ。それをもとあったところにしまっておいた。
  • その他この日はたいした記憶もない。一年前の日記を読み返すと、以下のような思考。

(……)風呂洗いをしながら思ったのだけれど、親 - 子というのはおそらくこの世でもっとも非対称的な関係なのではないか。比喩的に言えば、生産者 - 生産物の関係であり、それが作者 - 作品と重ね合わせて考えられるのは古来お馴染みのところだ。で、子にとって、生産されたということ、自分の存在の起源として親があるということは、それだけでひとつの負い目のようなものとなりうる。親孝行とか育ててもらったことに対する親への感謝とか、そういう世間的道徳観はもろもろあって、こちらもそれに反対するではないのだけれど、ただ、人間が子を成し、そしてその子を育てるという行為は、それだけでもうひとつの借金をあたえることになるのだなと思った。これはべつに目新しい考え方ではないが、というのも、ひとはもちろん、生まれたばかりの時期は独力では何もできず、自力で生命を維持することが不可能だからである。むろん多くの親は、大変なこと、大きな苦労はありつつも多かれ少なかれ我が子を可愛がって育てるし、存在を生み出した責任を真面目にとらえて、子のためにさまざまなことをやってあげ、その健康を保ち、人間主体として形成されるための手助けをするだろう。大まかに言って、愛と呼ばれるものが注がれることが多いだろう。それ自体は価値のあることだと思う。そして、この愛がそれ自体で、もう呪いであり、枷である、ということがあるのだなと思った。親が完璧に真正な善意と純粋に無償の愛で子を育てたとしても、そのこと自体が負い目となり借金となる可能性があるというか、すくなくともそういう風に解釈することは可能だろうと。言ってみれば、親は彼らの欲望でもって子を生み出し、親としての責任感と愛情からその子を多かれ少なかれ手厚く育てるのだけれど、子のほうから見れば、これは、自分が生み出されてまだ何もできない時点で、当然自分の意志とはまるでかかわりのないところで、勝手に負債を負わされた、ととらえることも容易にできる。こちら自身がそのように強く感じているわけではないが、そういう解釈は可能だろうし、実際にそういう風に感じている人間も、いくらもいるだろう。もう一度注意しておきたいが、こういう解釈において、親のほうの善意や愛情の真正さは本質的な問題ではない。その点がまちがいなく完璧で、何不自由なく手厚く育てられたとしても、そのこと自体が構造的に不可避的に負債になるということだ。したがって、ひとは、親への感謝を口にし、親孝行を推奨し、ときにその通念にしたがったり反発したりする。感謝と孝行とは、負債の埋め合わせである。反発とは、負債を蹴り倒すことである。こういう意味において、子を成して育てるというひとの営みは、一面では、それ自体が呪いであり枷であり、一種の悪徳商法的詐術みたいなものだなと思ったのだった。親 - 子関係がこの世で最大の非対称関係だというのはそういう話だ。人間は、生まれた瞬間に、存在論的に借金を課され、今度は自分が他者に対して借金を課すことをくり返して、種を存続してきた(ときに、他者に借金を課すことこそが、そのまま自分の借金を返済するということにもなりうる)。こちらがこの生で子をつくりたいという欲望がまったく起こらないのは、ひとつには、このような非対称関係を否応なく他者に課すということをしたくないからなのだろう。

  • Jesse van RullerとBert van den Brinkの『In Pursuit』の絶賛も。「上階からもどってきたあと音楽を聞くことにして、Bill Evans Trioと、Jesse van Ruller & Bert van den Brink『In Pursuit』の終盤を聞いたのだけれど、後者の最後に入っているライブ音源の"Stablemates"がやばかった。前々からすごい演奏だとは思っていたのだけれど、思っていた以上にすごかった。とんでもないものを聞いた感がある。完全に、ふたつでひとつの恒星になっている。これがジャズであり、音楽だ。ピアノが速弾きしたときの一音一音の輪郭とそれら全体としてのつらなりが綺麗すぎる。閃光的な、鋭いと言って良いほどの明晰さ。これは何度でも聞きたい演奏。あまりにも豊かですばらしい奔流なので、精神が分析的になることができなかった」。ひさしぶりにまたきいてみたい。Bill Evans Trioをきいているのはいまと変わらない。
  • あと(……)さんのブログを読むと何日かまえの記事で、サウンドノベルみたいなフリーゲームにからめて、なろう系の小説にもどうでもいい余計なあとがきがついていると揶揄する声をきいたことがある、とあったが、それはたぶんふつうにライトノベル界隈の文化を受け継いでいるものなのだろう。こちらが読んでいた中学二年当時、だから二〇〇三年くらいのライトノベルにも、基本どうでもいいあとがきがついていたはず。なかにはキャラクター同士に語らせたりとか、キャラクターと作者との対話形式にして寒いギャグをかましたりとか、そういうイタいものもけっこうあったはず。いまもそういうのはたぶんあるのだろうし、むしろいまのほうが、声優という存在が人気になってボイスドラマもいろいろ売れているだろうし、VTuberなんていうひとびとも出てきたわけだから、違和感なく受けいれられているのかもしれない。