2022/9/2, Fri.

 わたしはロマンチックになっている、確かに。かつてこんな女性を知っていた、とてもきれいだった。E・パウンドの恋人だったこともある。彼は『詩篇/Cantos』の中のある節で彼女のことに触れている。さて、その彼女がある時ジェファーズに会いに行った。彼の家のドアをノックした。多分彼女はパウンドとジェファーズと関係を持ったこの世でただ一人の女になりたかったのだろう。ところが、ドアを開けたのはジェファーズではなかった。開けたのは歳のいった女性だった。叔母か家政婦かそんな存在で、彼女は正体を明かさなかった。くだんの美しい女性が歳のいった女性に告げた、「先生にお会いしたいのですが」。「しばらくお待ちください」と、歳のいった女性が答えた。しばらくしてからその歳のいった女性が戻ってきて、表に出てきて伝えた、「ジェファーズが言うには、わたしは自分の礎を築いた、あなたも自分の礎を築きなさいとのことです……」。わたしはこの話が好きだった、と言うのもその頃わたしは美しい女たちといろいろと厄介なことになっていたから。しかし今ではわたしはこう考えるようになっている、多分この歳のいった女性はジェファーズに何も(end251)告げなかったのではないかと、しばらくの間ひとりでじっとしていてから、戻ってきて美女に何と答えればいいのか閃いたのではないか。彼女が何を考えていたのかもよくわからないし、わたしは今もまだ自分の礎を築いていない、まわりに何もない時にそれが出現したりすることもあるけれど。
 ここでわたしが何を言おうとしているのかといえば、有名だったり善良な者などまだ誰一人としていなくて、それは全部過去の話だと言うことだ。死んでから有名になったり善人になったりすることがあるかもしれないが、まだ生きているうちは、何か大切なことがあるとして、混迷の最中に何らかの魔法を見せられるのだとしたら、それは今日や明日の話に違いなく、これまで何をやったか [﹅4] など、ウサギの切断された肛門でいっぱいの糞袋を前にして何の足しにもならないのだ。これはルールなんかではない、事実なのだ。そしてわたしが手紙で質問されてもそこには事実しかなく、わたしは答えることができない。さもなければわたしは創作の講座で教鞭をとっていることだろう。
 どんどん酔っ払ってきていることがわかるが、ひどい詩の中でいったいどうすることができる、あなたを前にして。公園の古びたベンチに座っていた頃、『ケニヨン(レビュー)』や『シウォニー・レビュー』に掲載されている評論文を読んでいたことをいつも思い出すが、そこでの言葉の使われ方はたとえインチキだとわかっていても気に入っていて、結局のところわたしたちが使う言葉は全部インチキだ、そうだろう、バーテンダー? わたしたちにいったい何ができるのか? あまりない。おそらくツキが回ってくること。残された者たちに言われるがまま、役立たずになって追い詰められ、気がつけばにっちもさっちもいかなくなってしまっている、そうはならないようわたしたちに必要とされるのはビートとちょっとしたエンターテインメント感覚だ。わたし(end251)たちがこんなにも限られた数しかいないなんてとんでもなく悲しくなってしまう。しかしあなたが正しい、いったい比べられるどんなものがあるというのか? 何の助けにもならない。飲み干してしまおう。そしてまた飲み干す……小さなブリキのフォークでこのたわけたもの全てを切り刻もうとしながら……
 (チャールズ・ブコウスキーアベルデブリット編/中川五郎訳『書こうとするな、ただ書け ブコウスキー書簡集』(青土社、二〇二二年)、250~252; ロス・ペキーノ・グレイジャー宛、1983年2月16日)




 八時一七分だかにおのずと覚醒。目をひらき、手を伸ばして携帯を見て時間を確認すると、そのままもう起きるモードになった。れいによって腹を揉んだりなんだり。横を向いたときにカーテンの端をめくって瞳に白さを取りこんでもおく。さくばんからひきつづいて本格的な雨降りの日である。八時五〇分までからだをやしなって離床。カーテンをひらき、立ち上がるともう屈伸をしておいて、洗面所で洗顔。パソコンをスリープ状態から復帰させ、水を飲みつつきょうの記事をNotionにつくり、蒸しタオルで額をあたためると臥位にかえった。そうではない、そのまえに洗濯もはじめていた。ひとり暮らしをはじめるまえは二、三日に一回とかではないのかとおもっていたところが、けっきょくだいたいまいにち洗っている。雨降りなので室内の窓辺に干すしかないが。さいきんは洗濯物がつつがなく乾くほど晴れ晴れとした日をあまり見ていない。寝床ではウェブをちょっと見てから一年前の日記の読みかえし。ミシェル・ド・セルトー/山田登世子訳『日常的実践のポイエティーク』(ちくま学芸文庫、二〇二一年/国文社、一九八七年)の記述をやたらたくさんうつしていて、読みかえすのにも骨が折れた。テーマとしては都市、歩行、物語というわけで、歩くことに開眼したこのタイミングでそういう記述にふれなおすのもなかなかタイムリーなことだ。一〇時を過ぎてふたたび起き上がる。合蹠をやっておき、立つと屈伸をしたり開脚したり上体をひねったりもする。室内は暗く、まだ午前なのにすでにきのうの夕暮れのような暗さで明かりをつけているし、それがあまりとどかないデスクのあたりは雨で濡れたそとの空気のいろがうす青さとして宙やものたちにかかっている。洗濯物を干した。窓辺に吊るされていたものたちをハンガーからはずしてたたんでおき、あたらしくとりつけてならべる。そうして一〇時四四分から瞑想。姿勢がわりと安定した。一一時一〇分まで。雨はつづいており、窓外を行く車の走行音に水の感触がじつにふんだんにふくまれている。携帯を見ると母親からSMSがとどいており、あしたの夕方に兄が来て四日に(……)くんが(……)をやるので来れないかということだった。それで、じゃあ四日にちょっと行って即日帰ろうかなとおもった。まだ返信していないが。あしたの夜から行ってもよいのだけれど、どうも泊まる気にならないし、たぶん父親や兄が酒を飲んで夜中までおおきな声でなんだかんだはなすのだろうから、そこに同席するのもめんどうくさい。風呂には入りたいが。ひさしぶりに湯船でからだをまるごと湯に漬ける快楽をあじわいたいきもちはあるが、今回は見送ろうとおもう。
 それから食事。サラダをこしらえ、冷凍のハンバーグをおかずに米を食う。セロリがしんなりしてきていたのでいっぽんをすべてつかってしまった。その他少量あまっていたタマネギもつかいきり、パプリカもそろそろつかいはじめないとまずいのではとおもってたしょう刻む。リーフレタスをまわりに置くがそこに乗せるトマトはもうない。すりおろしタマネギドレッシング。食事中は(……)さんのブログを八月二六日分から読んだ。食後までで二八日まで。二六日に引かれていた『草枕』の以下の記述があまりにもエロくてびっくりした。『草枕』は過去に読んだことがあるが、そのときはこんなにエロいとはおもわなかった。フェミニズム的にはかなりよろしくなさそうな描写だけれど。

 室を埋(うず)むる湯煙は、埋めつくしたる後から、絶えず湧き上がる。春の夜の灯を半透明に崩し拡げて、部屋一面の虹霓(にじ)の世界が濃(こまや)かに揺れるなかに、朦朧と、黒きかとも思わるるほどの髪を暈(ぼか)して、真白な姿が雲の底から次第に浮き上がって来る。その輪廓を見よ。 頸筋(くびすじ)を軽(かろ)く内輪に、双方から責めて、苦もなく肩の方へなだれ落ちた線が、豊かに、丸く折れて、流るる末は五本の指と分(わか)れるのであろう。ふっくらと浮く二つの乳の下には、しばし引く波が、また滑らかに盛り返して下腹の張りを安らかに見せる。張る勢を後ろへ抜いて、勢の尽くるあたりから、分れた肉が平衡を保つために少しく前に傾く。逆に受くる膝頭のこのたびは、立て直して、長きうねりの踵につく頃、平たき足が、すべての葛藤を、二枚の蹠(あしのうら)に安々と始末する。世の中にこれほど錯雑(さくざつ)した配合はない、これほど統一のある配合もない。これほど自然で、これほど柔らかで、これほど抵抗の少い、これほど苦にならぬ輪廓は決して見出せぬ。
夏目漱石草枕」)

 ヤクを飲み、皿を洗い、そのあとからヨーグルトを食べ足して、(……)さんのブログに切りをつけるときょうのことを書き出してここまで。一二時二七分。きょうは労働。二時過ぎに出てまた歩く。往路は(……)で降りずに(……)まで行ってしまってよいかな。帰路にあるけば。二時半の電車に乗れば往路をあるいても余裕をもって職場に着けるが。出るまでにシャワーを浴び、アイロンをかけ、できればきのうのことをいくらかでも書いておきたい。


     *


 どこかのタイミングで(……)さんのブログを読み、そこに一年前から山内マリコの小説の感想が引かれていたのだけれど、そのなかの本文引用として「郊外にはもっとこじゃれたお店ができて、二十代の女の子がサングラスをかけながらフラペチーノとか飲んでるらしい。「わたしたちだってまだ二十代じゃん」と言うと、加賀美は「いやーそんな感じもう全然ないから!」とがらっぱちな調子で言った」という一節があり、この「がらっぱち」という語は良い語だなとおもった。なぜよいのかわからないが。ここで形容としてつかわれているのがどうのというより、この語のひびきじたいになにかしら良いものがある。じぶんではたぶんいちどもつかったことがない。Nelson's Navigator for Modern Jazzというサイトがあって、ジャズを聞きはじめたころとかにいろいろ世話になったが、そのなかで五六年あたり、Miles Davisのグループにはいってまもないマラソンセッション期のColtraneについて「ガラッパチ」という形容がなされていて、たぶんそこではじめてこのことばを知ったとおもう。
 この日の往路帰路のことはもうほぼわすれた。行きはまた(……)駅まであるいたし、帰りも(……)まで歩いて電車に乗り、そのあとも(……)まで行かずまた(……)から徒歩。雨降りの日なので往路は傘を差していた。あるいているうちに妙に尿意がたかまってきて、やや緊張してちょっと漏らしそうな予感をもおぼえたのだけれど、なんとかやりすごして駅舎したの公衆トイレで身を解放した。帰路のことでおぼえているのは傘がこわれたことくらい。横断歩道で待っているときに閉じて巻いた傘を地面に突き立てており、それからもちあげようとすると柄の部分がすぽっという感じで取れたのだ。柄からすり抜けていった傘本体の先端部分には、たぶん接着剤の残骸だとおもうが、汚らしい黄色のなにかが付着しており、すぐにもどすといちおうはまる感覚はあって体裁はつくけれど、おなじように突き立てて持ち上げるとまた外れるようすだった。差しているあいだは柄がしたになるわけなのでつかえないこともない。
 あとは勤務のことだがこれも省略気味に行きたいところ。(……)さいごになにか聞きたいこと言いたいことはないですかと笑って聞いてみると、国語を解いているときの時間配分はどういうふうにしたらいいかという質問があり、あまり明確なことは言えないわけだけれどかんがえをこたえ、また全部読んだほうがいいかという問いも来たので、笑いつつ、これにかんしてはぼくは、いまみたいな練習のうちはかならずあたまからさいごまで文章をすべて読まないとちからはつかないという立場です、と宣言した。そうやってきちんとおおくの文に触れていかないと、本番で見たことのない文章を読めるようなちからや幅の広さというのはぜったいにつかない、そういう練習をかさねていった結果として、本番で、いやでもこれはちょっと間に合わないな、ぜんぶ読んでいたら厳しいなとなったら、それはしょうがない、そのときはカットしてでもできることをやるしかない、と。たしかに問題によっては部分的に読んだだけで容易に正解をみちびきだせるものもあるというか、むしろそれが大半であるというか、本文ぜんたいを踏まえてこたえるような問いはすくないわけだけれど、部分的にちょっと読んで正解をえらぶという能力はたんなる効率的な問題解決の能力、すなわち事務処理の能力でしかなく、そんなものは読解力や思考力や想像力や観察力や洞察力ではない。そしていやしくも国語教育がめざし学生がそこで身につけるべきだとおもわれるのは読解力、つまりそこに書かれてあることばの意味やつながりを丹念に読み取って理解する能力であるはずなのだが、ところがじっさいには問いを解くことだけが目的として優先される。問いが解けるというのは目的ではなくて結果であるはずなのだ。適切に読解力を身につけていれば、結果としておのずと問いが解けるというのがただしい順序なのだけれど、ところがみんなとうぜんながら志望校にははいりたいものだから、読む力をつけることではなくて問題に正解することが目的化される。受験教育業界もそれを後押しする。もしかしたら学校教育においてすらそうかもしれない。くそくらえである。だいたいあんないかにもどうでもよろしいような、退屈きわまりない選択問題に正解できたからといってなんだというのか? あんな問題に正解したからといって、文章が読めていることにはならない。いわんや、ことばをたしょうなりとも自己の武器として身につけ、それによってものごとや世界やじぶんじしんを理解したり、他者となにかしらの表現を交わしたりするちからが向上するわけではないだろう。国語教育とはなによりも、読み、理解し、書くことを身につけさせ、そして理想的にはそのあいだの循環を生徒において涵養するための時間ではないのか。こんなことはいまさらだれも言わないような、いかにも優等生的な言い分である。なぜわざわざそんなことを言わなければならないのか。そんな優等生的な退屈さすらがじゅうぶんに果たされていないのがこの国の国語教育の現状ではないのか。まずもって、じぶんも中高生のときは作文は嫌いだったけれど、学校教育の国語は(あるいはその他の科目も)読む時間に比して書く時間があまりにもすくなすぎる。すくなくとも書き抜きや書き写しをさせるべきである。きちんとよく書かれた他人の文を書き写す時間を小学校からもっと増やしていかないと駄目だとおもう。ひとりひとりに書き抜きノートを持たせて、授業であつかった文章やじぶんで読んだ文章から良いとおもった箇所を書き写させ提出させるべきである。そこに評価をつける必要はない。ただそういう習慣を身につける契機と可能性をあたえるだけでよい。右派の連中は自虐史観自虐史観ととなえるまえに、古事記日本書紀を中学校の国語であつかって原文と現代語訳をともに筆写させるべきだくらいのことを言うべきだろう。平家物語の暗唱なんかさせてるばあいじゃねえ。それはそれでまあよいが、だったら小学校一年生から万葉・古今・新古今のなかから和歌をいくらかおぼえさせたり、近代詩現代詩のかんたんなやつを暗唱させたりするべきだろう。フランスでは幼稚園から詩をおぼえさせてフランス語教育をするというはなしだったはず。なぜそうならないのか? なぜそうしようとおもわないのか。役に立つだの立たないだの、クソどうでもよいことばかり言いやがって。あげくのはてに実用国語だ。詩の一節をおぼえることが実用性を持つわけがないだろうが。それは実用的ではなくて実存的なことだ。ことばというのはわれわれが否応なくつねにすでにそこに投げこまれている海のような環境なのだから、それに習熟しないでどうして水のなかを自信をもって泳いでいくことができようか。水につつみこまれて泳ぐ行為に実用性も効率性も存在しない。あるのは水の抵抗と自己の存在が一刻ごとにとりかわす齟齬や葛藤や衝突や調和や共存などのさまざまな関係だけだ。実用性なんてものはさっさとまとめて捨てて、月曜日の朝にきちんと生ゴミに出しておけ。だいたい実用性うんぬん言っているにんげんの言う実用性とか「役に立つ」とかいうことは、だいたいのところ金になるということか、時間や手間が省けるとか、なにかべつのことにつながるくらいのことでしかないだろう。そんな半端な実用性など大上段にかかげているんじゃねえ。実用性を主張し標榜するならもっと徹底的に普遍的に役に立つことをかんがえろ。
 (……)
 (……)


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  • 「ことば」: 6 - 10
  • 日記読み: 2021/9/2, Thu.

 「共時性」への執着が「戦争」を生む。他者の共時化への欲望は「闘争」への欲望である。「平和」にあっては、それがたんに「交換と交易」へとかたちを変えるにすぎない(15/20)。――そのように説く文脈で、レヴィナスはつぎのように書いている。とりあえず論脈をはなれて、当面の論点とのかかわりでだけ取りあげておく。

 諸存在はつねに集約されたままであり、つまり現前しつづけている。だがそれは、記憶と歴史とによって物質のように規定された全体性へと延びひろがる現在におい(end163)てのことであり、生成を排除する、裂け目も突発事もない現在においてのことである。つまり、記憶と歴史とによって、そのほとんどが再 - 現前化からなるような現在にあってのことなのである(16/21)。

 ひとがつうじょう紛れもない「現在」と考えているものは「そのほとんどが再 - 現前化からなるような現在」であるにすぎない。知覚すら「記憶と歴史とによって」かたどられ、現在には過去が浸潤している。そのことによって、「諸存在はつねに集約されたままであり、つまり現前しつづけている」のである。そうした現在、記憶と歴史 [﹅5] に支配された現在とはまた、「裂け目も突発事もない現在」、その意味で「物質のように規定された全体性へと延びひろがる現在」にほかならない。「いっさいの知覚はすでに記憶である」かぎり、「現在はほとんど直接的な過去のうちにある」(ベルクソン [註40] )。純粋知覚なるものがひとつの抽象であるように、混じりけのない現在もまた一箇の幻想にほかならない。そこではつまり、過去こそが現在であり [﹅5] 、過去が現前している [﹅6] 。――そればかりではない。あるいは当面の問題の焦点は、むしろいま確認したことがらの裏面に存在する。
 過去はすでに [﹅3] 過ぎ去りもはや [﹅3] 存在しない。過去はたんに想起されるのみであり、物語のなかに立ちあらわれるだけである。たしかに、過去がそこで回帰するかにみえる「再(end164)現前化は純粋な現在である」(La repésentation est pur présent [註41] )。いっさいは現在のうちにあり、存在するものはすべて現前という様式において存在する。だが、そうであるにせよ、現在は存在する [﹅7] のであろうか。「純粋な現在」とはむしろ「時間と接触することのない、点的にすら接触することのない」ものなのではないだろうか [註42] 。
 現在は存在し、過去は存在した [﹅4] と考えること、つまり過去は存在しない [﹅5] と考えることは、抜きがたい一箇のおもいなしである。おもいなしというのは、要するに、そこでは存在 [﹅2] と現前 [﹅2] とがとりちがえられているからだ。現在はむしろ過ぎ去ることにおいて [﹅10] 現在である。あるいはかろうじて現在的であると呼ばれる。現在はつねに移ろい、現在にとって不可避的なことはかえって過去になる [﹅5] ことにほかならない。「現在」は、かくてより本質的な意味で「すでに過去に属している [註43] 」。
 現在はつねに過ぎ去り [﹅4] 、移ろっている。そうであるとすれば、現在ではなく、むしろ過去こそが過ぎ去らず、打ち消しがたい、と考える余地がある [註44] 。じっさいたとえば「悔い」(18/25)といった感情のありようは、抹消不能な過去、現在よりもなお現在的 [﹅3] な過去のかたちをみとめることがなければ、いったいどのように説明されうるだろうか。みずからを嚙む [﹅7] ほどに「悩みくるしむ [﹅6] 」(se ronger)悔いとは(182/214)、取りかえしがつかず、しかも取り消しもできない過去のありようを、現在にけっして回収されず [﹅5] 、しかしそのもの自体として [﹅9] いやおうなく繰りかえし現在に切迫する過去のありかを示している [註45] 。(end165)――ひとはまた、過去についてすら祈ることがある。「なんらかみずからに先行するもの、あるいは自身に後続するもの」である「祈り」(24/32)は、過去にさしむけられたときにこそ切実である。たとえばすでに [﹅3] 遭難にあったことが報じられた、他者の無事を祈る [﹅5] ときのように、である [註46] 。その祈りが切迫したものとなるのは、過去こそが過ぎゆかず、抹消不能であることを、ひとがおもい知っているからである。

 (註40): H. Bergson, Matière et mémoire, 3ème éd., PUF 1990, p. 166 f. ここではベルクソンを引いたが、このベルクソン的な記憶観が、レヴィナスの積極的な主張とかさなるわけでない。レヴィナスは現在を引き裂くものを、感受性の次元にみとめてゆく。この件については、次章第3節で主題的に考える。
 (註41): E. Lévinas, Totalitè et Infini. p. 131. (邦訳、一八三頁)
 (註42): Ibid. (邦訳、一八三頁以下)
 (註43): Ibid., p. 137. (邦訳、一九二頁)
 (註44): 近年では、大森荘蔵「過去の制作」(『時間と自我』青土社、一九九二年刊)が、「想起」は「過去の定義的体験 [﹅5] 」であることを強調している(四〇頁)。河本英夫「物語と時間化の隠喩」(『諸科学の解体』三嶺書房、一九八七年刊)二一五頁が、大森の論点に肯定的なかたちで言及しているほか、野家、前掲書(註7 [野家啓一『物語の哲学』(岩波書店、一九九六年刊)] )、一四九頁以下もこの論点を追認し、それが野家の歴史=物語論(前註30参照)における哲学的支柱のひとつとなっている。これにたいして、「過去の存在」という論点については、湯浅博雄『反復論序説』(未來社、一九九六年刊)一四六頁以下参照。
 (註45): サルトルの『倫理学ノート』が、カントの義務論に関連して、義務はつうじょうの時間性を超えていることを論じている。「責務は時間性の背後にあって、時間性を非本質的なものとする。私の構造のすべてとしての時間性は、責務という、背後の現前によって非本質的なものとされるのである」(J.-P. Sartre, Cahiers pour une morale, Gallimard 1983, p. 264)。「〈歴史〉のただなかにあっては、それぞれの歴史的存在は、同時に非歴史的な絶対である」(ibid., p. 32)ともかたる遺稿は、ときとしてレヴィナスの思考の近辺で倫理を手さぐりしているかに見えることがある。
 (註46): ダメットのあげた例である。べつのヴァージョンが、大森荘蔵「「後の祭り」を祈る」(『時は流れず』青土社、一九九六年刊)で紹介・検討されている。

 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、163~166; 第Ⅱ部 第一章「物語の時間/断絶する時間」)

     *

起きたのは正午過ぎ。新聞からはアフガニスタンの件。米軍の撤退が終わったわけだが、取り残されたアフガン人協力者は憤りを隠していない、と。バイデンは演説で、退避作戦はこれ以上ないくらい成功をおさめた、みたいなことを言ったようだ。タリバンに首都をおとされ、ISISによるテロも起こってしまったのに成功もクソもないだろうとおもうのだが、しかしそういう状況下でも累計で一二万人だかそれくらい退避させることができ、取り残された米国人も一〇〇から二〇〇くらいにおさまったというのは、たしかにそれはそれですごいのかもしれない、ともおもった。八月以降、ことにタリバンがカブールを奪取して以降にかぎっていえば、そうかんがえることもできるのかもしれない。

六面にはいわゆる対テロ戦争もしくは「テロとの戦い」の軌跡をふりかえるみたいな特集がされており、七面にも関連記事があった。タリバンがカブールを掌握して以降、町ではやはり女性の外出姿というのはなくなっており、美容院のポスターなども黒く塗りつぶされているらしい。米国によって導入された民主体制下では女性の社会進出もすすんで、アナウンサーとかラッパーとかとして活躍するひとも出ていたらしいが、ここでそのながれが逆行するだろう。外出禁止だとか服装などの規定だとかもとうぜんゆるしがたいが、いちばんクソだとおもうのは女性に教育を受ける権利はないとされることで、それは、おまえたちは無知蒙昧のままなにもかんがえず男のいうことにただしたがっていれば良い、と言い渡しているということだからだ。ひとびとに、ものをかんがえるな、と命令することがいちばんゆるせない。それは強制収容所の論理である。タリバンだけでなく、たとえば中国という国にかんしていちばんクソだとかんじるのはその点である。そういう国はいずれかならず滅ぶとじぶんはおもっている。

     *

ミシェル・ド・セルトー/山田登世子訳『日常的実践のポイエティーク』(ちくま学芸文庫、二〇二一年/国文社、一九八七年)

251~252: 「もうひとつつけくわえておけば、都市工学者や建築家たちのあつかう幾何学的空間というのは、文法学者や(end251)言語学者たちが、ノーマルで規範的なレベルなるものをうちたて、それにてらして「比喩的な [フィギュレ] 」派生義を規定しようとする、あの「本義 [サンス・プロープル] 」なるものに等しい、ということだ。実のところ、このような(彩 [フィギュール] 〔比喩的な意味〕をもたない)「正確さ [プロープル] 」などというものは、ことばだろうと歩きかただろうと、普段の用法で実際にあったためしはない。そんなものは、メタ言語というそれじたい特殊な科学的用法によってうみだされたフィクションにすぎないのであり、こうした科学的用法は、そのような区別そのものによって他に差をつけようとしているのである [註27] 」; (註27): 「固有なものの理論」については次を見よ。J. Derrida, Marges de la philosophie, Ed. de Minuit, 1972 〔高橋允昭・藤本一勇訳『哲学の余白』上・下、法政大学出版局〕: 《La mythologie blanche》, p. 247-324.

257~258: 「歩くということ、それは場を失うということだ。それは、その場を不在にし、自分のもの [プロープル] を探し求めてゆくはてしないプロセスである。都市はしだいに多様な彷徨をうみだしていっているが、そうした彷徨をとおして、都市全体が場所の剝奪という巨大な社会的試練の場と化してしまっている――そう、たしかにそれはひとつの試練なのだ。ささやかな無数の流刑(移動と歩行)のうちに散り散りになってゆく試練。そのかわり、その試練をとおして、人びとの大移動が交わりをうみだし、その交差と結びつきによって都市の織り目がつくりだされてゆく。そうした試練の彷徨は、究極的にはどこかの場所をめざしているのだ。といってもその場所は《都市》というひとつの名でしかないのだが。この場所によってあたえられるアイデンティティは、どうしたところで象徴的な(名ばかりの)ものになってしまう。なぜならそこには、市民としての肩書も所得もてんでばらばらなのに、行き交う人びとのうごめきだけがあり、身をよせるものといえば交通手段という仮の場の編み目があるのみ、ただ、自分のものに似たなにかを求めて横切ってゆく足どりだけがあり、非 - 場(end257)所につきまとわれ、夢みる場につきまとわれる仮住まいの宇宙があるだけなのだから」

258~259: 「いっぽう都市はといえば、ほとんど無人の「砂漠」と化してしまっている。その砂漠では、奇怪なもの、ひとをぞっとさせるものは、もはやなにかの影ではなく、ジュネの演劇にあるような仮借なき光、闇なき都市のテクストを生産する光であって、テクノクラシーの権力はいたるところその光のテクストをつくりだし、住む人びとを監視している(それにしてもいったい何が監視しているのだろう)。「都市がわたしたちをじっと見つめていて、そのまなざしを感じると、くらくらしてしまう」と、ルーアンに住む住民のひとりが語っている [註36] 。見知らぬ [エトランジェ] 理性によって容赦なく照らしだされた空間のなか、固有名詞(end258)は、なじみぶかいひそやかな意味作用の余地をうがつ。それらは「意味 [サンス] 〔方向〕をなす」のである。言いかえれば、それら固有名詞は、さまざまな動きをひきおこすのだ。ちょうど、なにかに呼ばれたり導かれたりして、それまでは思いもかけなかった意味(または方向)がひらかれ、道筋がそれたり曲がったりするような具合に。これらの名はもろもろの場所のなかになにかの非 - 場所をつくりだす。そうした名によって場所はパサージュにかわるのである」; (註36): Ph. Dard, F. Desbons et al., la Ville, symbolique en souffrance, C. E. P., 1975, p. 200.

259~260: 「とすると、固有名詞はいったいなにを綴っているというのだろうか。都市の表面を意味(end259)論的に序列化し秩序づける星座のように配置され、年代記的な配列と歴史的な理由づけのオペレーターとなりながら、これらの語(ボレゴ通り、ボットサリス通り、ブーガンヴィル通り)は、使い古された硬貨のように、刻みこまれた価値を徐々に失っていっているけれど、もとの価値がなくなっても、なにかを意味するというその能力はなおも生きつづけている。サン=ペール、コランタン・セルトン、赤の広場……。それらは、通る人びとがそれぞれ好き勝手に付与する多義性に身をゆだねている。それらの名は、もともとそれが指すはずだった場所から離れていって、メタファーと化しつつ、もとの価値とはかけはなれた理由、けれど通る人びとはそれと気づいている/いない理由によってさまざまな旅をつくりだし、その旅の途上での空想の出会いの場所になっているのだ。場所からきりはなされて、いまだない「意味」を描く雲の地理のように都市のうえに漂いながら、それにつられてつい人びとがふらりと足をむけてしまう、不思議な地名。プラース・ド・レトワール、コンコルド、ポワソニエール……。こうした星座が交通のなかだちをしている。道しるべの星々。「コンコルド広場なんてものは存在しない」、とマラパルトは語っていた。「それはひとつの観念なのだ」、と [註37] 。それはひとつの「観念」以上のものだ。固有名詞の魔力を理解するには、もっといろいろなものと比較してみる必要があるだろう。それらの名は、ひとを旅におもむかせ、旅を飾りながら、その旅の手に運ばれているかのようである」; (註37): たとえば次の書のエピグラフも参照せよ。Patrick Modiano, Place de l'Étoile (Gallimard, 1968). 〔有田英也訳『エトワール広場/夜のロンド』作品社〕

266~267: 「このようにして物語を構成していることばの遺物、忘れられた話や不透明な身ぶりにゆかりのある遺物たちは、たがいどうしの関係が思考されぬままにひとつのコラージュのなかに並べられており、だからこそひとつの神話的な全体を形成している [註46] 。それらは欠落によって結びつけられているのだ。したがってそれらは、テクストという構造化された空間のなかに反 - テクストをうみだし、変装と遁走の効果を、あるパサージュから別のパサージュへ移動する可能性をつくりだす。あたかも地下室や茂みのようなものだ。「おお、木立よ、おお、複数のものたちよ! [註47] 」 これらの物語は、こうしてきりひらかれる散種 [ディセミナシオン] の(end266)プロセスによって、風評 [﹅2] なるものと対立しあう。なぜなら、風評というのは、かならずなにかを指令するもの、空間の平準化をうみだし、またその結果でもあるものであって、ひとをなにかの行為にかりたて、そのうえなにかを信じこませ、秩序の強化に役立つような、全員に共通の動きをつくりだすものだからだ。物語はさまざまな差異をつくりだすが、風評は全体化する。この二つは、つねに近づいたり離れたりしてあいだを揺れ動いてはいるものの、現在では上下の層に重なりあっているのではないだろうか。というのも、物語はプライベートなものになっていって、街や家庭の片隅、ひとりひとりの心の片隅にうずもれているのにたいし、メディアのながす風評はすべてをおおいつくし、匿名の掟の呪文にもひとしい《都市 [﹅2] 》というすがたをとって、あらゆる固有名詞にとってかわり、なおも都市に抵抗をつづける迷信とたたかい、抹殺しているからである」; (註46): 相互の関係が思考されぬまま、それでいてたがいに不可欠なものとして措定されている諸項は象徴的であると呼びうるであろう。このような思考の「欠如」によって特徴づけられる認識装置としての象徴主義の定義については、次を参照。Dan Sperber, le Symbolisme en général, Hermann, 1974. 〔菅野盾樹訳『象徴表現とはなにか』紀伊國屋書店〕; (註47): F. Ponge, la Promenade dans nos serres, Gallimard, 1967.

283~284: 「まずはじめに、あつかう領野をはっきりさせるために、空間と場所の区別をつけておきたい。場所 [﹅2] というのは、もろもろの要素が並列的に配置されている秩序(秩序のいかんをとわず)のことである。したがってここでは、二つのものが同一の位置を占める可能性はありえないことになる。ここを支配しているのは、「適正 [プロープル] 」かどうかという法則なのだ。つまりここでは、考察の対象になる諸要素は、たがいに隣接 [﹅2] 関係に置かれ、ひとつひとつ(end283)がはっきり異なる「適正」な箇所におさめられている。場所というのはしたがって、すべてのポジションが一挙にあたえられるような布置のことである。そこには、安定性がしめされている」

284: 「方向というベクトル、速度のいかん、時間という変数をとりいれてみれば、空間 [﹅2] ということになる。空間というのは、動くものの交錯するところなのだ。空間は、いってみればそこで繰りひろげられる運動によって活気づけられるのである。空間というのは、それを方向づけ、情況づけ、時間化する操作がうみだすものであり、そうした操作によって空間は、たがいに対立しあうプログラムや相次ぐ諸関係からなる多価的な統一体として機能するようになる。空間と場所の関係は、語とそれが実際に話されるときの状態にひきくらべてみることができるだろう。つまりそのとき語は、それが口にされる情況の曖昧さをひきずっており、多様な社会慣習にそまったことば [ターム] に変わり、ある一定の現在(またはある一定の時間)における行為として発せられ、前後につづくものによって転換させられ変容させられている。したがって空間には、場所とちがって、「適正」なるものにそなわるような一義性もなければ安定性もない」

284~285: 「要するに、空間とは実践された場所のことである [﹅17] 。たとえば都市計画によって幾何学的にできあがった都市は、そこを歩く者たちによって空間に転換させられてしまう。おなじように、読むという行為も、記号のシステムがつくりだした場所――書かれたもの――を(end284)実践化することによって空間をうみだすのである」