2022/11/12, Sat.

 あなたの今日の速達の手紙は落着いていますが、その落着きを信じていいのでしょうか? ぼくはお手紙をいわばあらゆる角度から読み、それに疑わしいところが見出せないかどうか調べました。悩みと疲れのあとで突然現われた元気と快活さをどう受取ったらいいのでしょう? ただぼくのため、ぼくに心配させないために? いいえ、最愛のひとよ、あなたがぼくに隠したくなるほど困った状況にあるはずはありません。だってぼくはすべてを聴くためにここにいるのです。真実を隠さなければならないのはただ両親にたいする場合だけのはずで、すべてを聴くためにぼくが存在するのでないならば、ぼくはそもそも存在するに価しないのです。
 (マックス・ブロート編集/城山良彦訳『決定版カフカ全集 10 フェリーツェへの手紙(Ⅰ)』(新潮社、一九九二年)、162; 日曜日〔一九一二年一二月一五日〕)




 覚めてからそうすぐには起き上がれず、しばらく呼吸をしたり横向きでまどろんだり、膝を立てて静止したりして、それから机上に手を伸ばして携帯をみると八時半くらいだった。カーテンを開けて朝のあかるさをとりこみ、布団をかぶったままChromebookを取ってウェブを見始める。掛け布団のしたから脚を出すとほんのすこしだけ寒いくらいの空気感。過去の日記の読みかえしも。一年前の天気や風景がした。括弧内でながながと風景をやっているのはめずらしいが、たぶんこれはあとからおもいだして書き足した部分なのだろう。

(……)上階へ行き、ジャージに着替え(着物をかえながら南の窓の先を見ると、(……)さんの家の脇からカラスが一匹飛び立って、すぐうえにある電線の電柱につながっているもとのあたりに乗り、とまっているあいだその背にはひかりの白さが反映して、ふたたび飛んでさらに一段うえの電線に移動したときにも翼をバサバサうごかすあいまに黒のなかで白がひらめき、周辺の瓦屋根も晴れの日のつねでひかりを敷かれてつやめいて、空は山のはるかむこうまで淡い水色にひらかれていて、雲は横につーっとまっすぐ引かれた眉のように低みにたなびいている細いひとすじしか見当たらなかった)、(……)

食器を洗って風呂も。風呂の窓をあけてそとを見れば道路のうえには日なたが隈なく乗ってひろがり、揺らぐことなくしずまった日だまりの池と化しており、影はガードレールの足もとにまっすぐ引かれている一線と、林の縁を区切る石塀のうえに映った電柱のそれのみで、すこしかたむいたすがたで投射された電柱の影は不安定さに耐えられずたおれてしまいそうなカカシをおもわせるもようをなしており、石塀のうえにもそのうえの樹々のなかにも渋めの臙脂色や黄色が混ざりこんで、もう緑のほうがすくないくらいのまだらもようとなっている。(……)

 2014/4/2, Wed.はやはりまともに読む気にならない。そのあと数日ぶりにGuardianでウクライナの概報を読んだ。ウクライナ軍がヘルソン市の中心部に進入して民衆らの歓呼にむかえられたという。ロシア軍は撤退。とはいえドニプロ川のこちらがわにまだ兵ものこっているようす。ウクライナ政府も、ロシアの罠かもしれないとして性急な勝利宣言には警戒し、気をゆるめずにいるようだ。そのほかアメリカの中間選挙はどうなったのかと瞥見するもまだ票のカウントがつづいていて、最終的な結果は出ていないもよう。上院は民主党がギリギリ制するかもしれないと。
 寝床にいるあいだ胎児のポーズを取ったり、起き上がってからもすぐに合蹠したり、四つん這いになって背を反らしたり丸めたりするやつをやったりとストレッチにはげんだ。プランクもちょっとだけ。きのうもそうしてストレッチをしていたからか、からだのこごりはすくない印象。そういえば九時過ぎくらいにいちど便意が来たのでトイレに立ち、それからまた寝転がっていたのだった。一〇時くらいに床をはなれたあとも水を飲みつつ背伸びをしたり、背や胸や肩のあたりをやわらげる。軽いスクワットの姿勢でとまるのも。これは一時半現在までになんどかやっていて、そうするととうぜんながら血はよくめぐる。そのあとで椅子に腰掛けた姿勢での瞑想というか静止もおこなった。きょうは土曜日なので保育園の子どもらはすくないが、ふだんの土曜日よりは声がおおい印象で、園庭でか、それか外出するさいに門前にあつまっていたのか、にぎやかにしている数人の声が交錯していた。なかに細く、しかしメロディの体をなして歌をうたっているものもあり、それと和さずふつうの声と変わらない低いトーンでやはりちょっと歌っぽく発声しているのもあり、そのほかかかわりなくさわいでいる男児らもあり、それらが混じりきらずにごちゃごちゃとかさなりあっては浮かぶ。
 食事へ。きのうの味噌煮込みうどんがのこっているからそれである。二杯食べて鍋を空に。その他ヨーグルト。食べているあいだは藤田一照仏教塾のレポートを読み、食後も読んで一九年の一二月まで、一九年分はすべて読み終えた。「ひろさん」というこのnoteのアカウントは一六年から一八年にかけてのレポート記事もあげているが、ひとまずここまでかなというところ。おもしろかった。まあまえまえからこういう方面がじぶんの方向性かなという親和はかんじており、こんかいの静止への回帰もてつだってあらためてそれをかんじたが、いろいろと啓発的な部分はあった。『正法眼蔵』や『正法眼蔵随聞記』もさっさと読みたい。食器を洗ったあとは歯を磨いたり白湯を飲んだりしながら仏教塾の記事を読んでいたのだが、そのあいまに席を立ってまた背伸びをしたり、スクワットの姿勢を取ったり、開脚して脚を伸ばしたり、組んだ両手を後頭部に当てて首まわりを伸ばしたりとやっている。そうして一時ごろ湯浴みした。起きたときにはきょうはシーツを洗う日にしようかなとおもっていたのだけれど、その朝も空の青さは希薄な雲を振りかけられて無垢とはいかなかったし、その後もおもったよりもひかりが来ないなという印象でやめたところが、午後二時前だとレースのカーテンがけっこうあかるく、窓をあけても大気は穏和で湯を浴びたあとのからだがジャージのしたでくつろいでいる。しかしこの文を書きはじめたときにはやはり、身内を緊張がすこし徘徊しめぐるというか、胸や背まわりの皮膚の、うえだかしただかわからないが、ともかく肌を虫が這っているような違和感が生じていた。ここまで来ると軽くなっているが、しかしそれでも緊張があるなというのは感じられる。呼吸がすこし圧迫されている感がある。とはいえきのうおとといよりは軽く、胃液感もきのうより薄い。これは勤務をひかえた九日にまた発作まではぜんぜん行かないけれど、小規模な襲撃があったし、翌日の勤務もおおむね問題なかったとはいえちょっと苦しかったしもちろん疲労はしたので、また心身がすこしそういう方向にもどっているのだろう。日記はその勤務のあった一〇日いこうを書けていないが、もう書き物を優先するのではなく、からだや気分の感じを優先してやっていったほうがよい。そうでないとつづかない。一八年のときみたいにまた文が書けなくなったらそれがいちばん困る。無理せずしぜんに書ける範囲で書きながら体調をととのえていき、違和感なく作文できる時が来るのを待つしかない。
 きょうはこのあと図書館に行きたい。食料も調達してこなければならないし。あと、(……)くん・(……)くんとの読書会が二六日でもう二週間後なので、課題書であるソローキンの『親衛隊士の日』も買っておきたい。そろそろ読みはじめたほうがよいだろう。図書館で借りたパウル・ツェラン全詩集が読みさしになっているが、そのあと一二月頭にはもうひとつ会があって、ブランショの『文学空間』の後半も読まなければならないので、ツェランを読む余裕があるかどうかは不透明だ。とりあえず借りるだけは借りておくか。その他三冊の書抜きもすすめたい。図書館は土曜日は五時までなので、さっさと行ってきてしまいたい。


     *


 その後、(……)さんのブログを読む。一一月五日から、何日までだったかな。八日か九日くらいまで。したのくだりには爆笑した。

 (……)(……)くんはほかにも、一年に一度発行される校内誌みたいなのがあり、全学生が一行ずつコメントをのせなければならないのだが、そこに「Number Girl解散」みたいなコメントを寄せていて、当時テレビ愛知で放送されていた『JAPAN COUNTDOWN』経由で、くるりナンバガ中村一義といったロキノン系のアーティストを知りだしたところだったこちらがそれに反応したところ、え? なんでこのヤンキーがナンバガ知っとんの? という驚きの表情を浮かべてみせたのもやはりおぼえている。あのとき、(……)高校の学生でナンバーガールの存在を知っていた人間は、われわれふたりのほかにいたのだろうか? 文化資本なんてまったくないに等しいあのクソ田舎で、インターネットもまともに普及していないあの当時に。
 ちなみにその校内誌に、たしか一年生のときに配布されたものだったと思うが、全然知らない先輩がただひとこと「戸愚呂(妹)」というコメントを寄せており、それをわざわざ当時クラスメイトだったサッカー部の(……)が、(……)ちゃん、今日もらったあの雑誌の○○ページの下段読んでみて、とメールで知らせてきたのをおぼえている。死ぬほど笑った。

 「あと、今学期はまだ有給を使っていないので、どこかのタイミングで使うのもアリかなと思う。もちろん、実際に有給制度があるわけではない。仮病を使って授業をサボることを(そしてその分の補講をしないことを)こちらが勝手に有給と呼んでいるだけである」というのも笑う。
 中島隆博の本の記述で目に留まったのはした。

 荘子の主張の中で最も根源的な主張は「物化」である。物化とはある物が他の物に変化するというだけでなく、そのものが作り上げていた世界が、まったく別の世界に変容するということでもある。それは、儒家が考える「教化」とは根本的に異なる。教化は、小人(しょうじん)が君子や聖人になるという啓蒙のプログラムであって、教えを通じて、啓蒙されていない状態から、啓蒙された状態に変化することだ。それは目的論的に方向づけられた変化であり、端的に言えば君子を目指す変化である。
 それに対して、物化には定められた方向がない。

 かつて荘周が夢を見て蝶となった。ヒラヒラと飛び、蝶であった。自ら楽しんで、心ゆくものであった。荘周であるとはわからなかった。突然目覚めると、ハッとして荘周であった。荘周が夢を見て蝶となったのか、蝶が夢を見て荘周となったのかわからない。荘周と蝶とは必ず区別があるはずである。だから、これを物化と言うのである。
(『荘子』斉物論)

 有名な胡蝶の夢のこの一節に物化の定義が尽くされている。すなわち、「荘周と蝶とは必ず区別があるはずである」という前提のもと、荘周が蝶になり、蝶が荘周になることが物化である。言い換えれば、自他の区別がなくなることではなく、自他が独立して存在しながらも、まったく別の存在様態を有した他なる物に変化することなのだ。それとともに、その変化の背後に、それぞれ夢と目覚めというまったく別々の世界が想定されている。荘子は物化を通じて、他なる物に変化するだけでなく、その物が属している世界そのものが変容するという事態を見通していた。
中島隆博中国哲学史—諸子百家から朱子学、現代の新儒家まで』)

 これはたぶん、メイヤスーとの接続点なのだろう。中島隆博じしんがどこかで(小林康夫との共著である『日本を解き放つ』での対談だったか?)そんなことを言っていた気もする。それで、このひと中国とか日本のことだけじゃなくて、最先端の西洋哲学にも通じているのか、プロの学者はやっぱりすごいな、どんだけ読んでんだ? とおもった記憶がある。しかも中島隆博って、千葉雅也の師匠筋にあたるんだっけ?
 部屋を出たのはちょうど四時ごろだったのだけれど、それまでは寝床に転がりながら(……)さんのブログを読み、三時過ぎごろに起き上がって、食事を取った。即席のシジミの味噌汁に、パックの米をあたため、冷凍の唐揚げが二粒だけのこっていたのでそれをおかずに食す。そうしてヤクを服用したり、食器をかたづけたり歯を磨いたりして、ブルゾンとブルーグレーのズボンにきがえると出発。ストレッチをよくやったためもあろうが(寝床から起きるときにも合蹠や前屈、コブラのポーズをやっておいた)、きょうは気温が比較的高いような気がされ、あるいてもいくわけだし肌着にブルゾンでもじゅうぶんだろうという質感だった。ほぼ空のリュックサックを背負って部屋を出る。扉の横の壁には簡易的な物置きというか、郵便物などを入れられるちいさな籠状の黒いケースが取りつけられており、そのなかに蜘蛛の巣が一本わたっていたが取らずに放置した。階段を下りてポストをみるとなんらかのチラシがはいっていたがそれは帰りに。道に出ると右に踏み出してすぐに路地を抜ける。すると東西にひらいた通りの向こう、いまから向かっていくのは左手、西側だが、渡ってそちらを正面にすると、道沿いの家にいくらか西陽の色がかけられており、といってもうよほど淡い、ほのかな甘さの、オレンジよりも紫の風味をかそけくもかんじるくらいのあかるみだったが、それに彩られた建物の顔をいま渡ってきた対岸のほうの、べつの建物の二階のガラスがうつしこみ、一層希薄化された色を分け合っている。太陽の本体はといえば家並みにかくれて見えず、雲と淡青と残照とが混ざり合ってしんなりとした色の空ばかりだが、すすむうちにひととき西南にあらわれてもう激しさを失った真赭の凝縮を差しこむ瞬間もあった。布団屋の旗はその半分あたりから左だけで弱くうねり、過ぎるころにはうごきをほとんど止めていた。向かいの角に交番のあるT字部分で横断歩道がちょうど青だったので道を渡り、するとそこの足もとには真っ赤な花がいくらか鉢に植えられているが、先日見たときよりも花が成長しておおきく伸びたような気がされた。右折して豆腐屋焼き鳥屋のまえを通り、(……)通りへ折れる。飯を食ったばかりでまだ消化がすすまず体内がうごいているということもあるだろうが、からだをあたためたわりに落ち着きがなく、緊張感が身内をむしばんでいて、そとをあるいているだけなのにけっこうビビっているからだであり、どうもなかなかうまくいかんなとおもいながら通りをすすんだ。右手に出てくる小学校の敷地に生えている樹々のさき、(……)通りにあるスーパー(……)の、建物のうえにその名をしめしながら突き出た直方体部分が、横から西陽を浴びてじらじらと一面オレンジにざらついていた。その(……)通りにいたるとまた青だったのでそのまま渡り、寺の角から裏路地へ。そこをずっとまっすぐ行けば(……)通りの交差点に出る。そこから立体交差を越えて図書館に向かうつもりだった。裏道を行くあいだもからだが落ち着かず、土曜日の午後四時はけっこう人通りもおおくて自転車などよくやってきて、身のまわりを二、三台、たがいにうかがいながらすれ違っていくその狭さにも圧迫されるようなところがあった。あるいていれば身がほぐれるからじきにおちついてくるだろうと見込み、じっさいにそういう傾向もかんじはしたものの、交差点に出た時点でもまだまだ安定にはいたっておらず、横断歩道で立ち止まっているあいだにまわりを車がどんどん走って騒がしいのもなにがしか不安を喚起させるようだ。むかしもこうだったなとおもいだした。パニック障害のまだ初期のころ、といっても復学後だろうが、たぶん(……)かだれかとたまに会ったときに新宿なんかを行っていると、交差点で止まったときに、ひろい空間や空や向かいの高いビルをながめていてゆえもなく不安を惹起し、息苦しくなることがあった。それをおもいだして、そういえば知った感覚だ、すでに過去にいた地点だ、しかもあのときに比べればいまのほうがよほど楽だろうとおもった。そうはいってもこういう感覚は、いまと過去とでどちらが、とあまり比較できないようなものでもある。いまの心身とむかしの心身はちがい、それに応じてなりの緊張不安がそれぞれあるので、たしかに量的に、また症状の出方でかんがえるならば過去のほうがよほど苦しみがつよかったとはおもうけれど、だからといっていまが楽かといえば言い切れないところがあり、いまはいまでいまなりにやはり苦しい。あのころに比べれば、とおもっても、いまの苦しさはそれはそれでたしかにあり、もし苦しみを量化できるなら過去のほうがはるかにおおきかったはずなのだが、いまの苦しみが過去の苦しみよりもちいさいというその判断は苦しみじたいにとって、苦しんでいる心身にとって、あまりたいした意味をなさない。立体交差のしたを行くとうえをふさがれて薄暗い空間で脇を通る車の音がよく響き、それがまた身をひろく圧してくるようで、おびやかしの感覚があり、ばあいによっては三つ目のヤクを追加したほうがいいかとおもったくらいだが、しかし二錠目はさきほど飲んだばかりでまだ効きが弱いだろうからとかんがえた。そこを抜ければすこし楽にはなる。当たるのはまた複雑なかたちをした道路の合流点で、横断歩道を待ちながら左を向けばまっすぐ伸びる目抜き通りの彼方は西で、通りの右側で歩廊上の高さに位置する(……)のビルが、もとの見えない西陽の色を付与されてさいごの残光を紫橙色に溜めている。反対側に首を振ると東の果てには赤白のレゴブロックじみた電波塔が空間のまんなかにまっすぐそびえ、西は色の抜けかかった淡青が雲なくすっきりと刷かれていたが東の上空では紫へのかたむきをひそめつつも沈んだ色の雲がランプから漏れ出した煙のように、それでいてある種の地形の俯瞰図とおなじように、輪郭のこまかなほつれやおうとつ、自然のものだけが呈するなんの理由もない切れ目などをあたえられながらひろがって、その上端部分のみ西陽のおこぼれがかろうじてとどいたらしく、さりながら暖色というより羽毛の集合めいた乳白に浮上していた。右手の果てにあるそれらをながめたり、正面に視線をもどしたり、気まぐれに目を直上にあげたりしてからふたたび左を見通すと、信号待ちのこのわずかな時間のあいだですでに、ビルにかかっていた残光の色が消えていたので、太陽は着実にくだってどこかの裏にはいったらしく、夕暮れは的確に歩をすすめている。信号が青になると渡って、そこにある路地にはいって道沿いに行く。路地と行っても車道に歩道の脇道のたぐい、ここでも車の量はおおく、それでもたまに止まって渡る歩行者自転車を通してあげている。抜ければオフィスビルの区画が間近、また横断歩道につかまって、待って渡れば短い距離でもうひとつあるのにまた止まり、ここでは野球部みたいな短髪の、群れることで世界にたいするそこはかとない敵愾心をしめしているかのようなセーターすがたの男子高校生集団もいっしょになって、ながいんだよなあと文句をもらしていた。渡ると小公園的スペースの横を過ぎ、もう一本渡る必要があるがここは車の来ない隙に横切り、するとちょうどさきほどの男子らがかれらは別方面からまわってきたらしくすでに対岸を行っているところに行きあって、寸時横並びになったがじきにゆずって先を行かせ、こちらはそこの階段から歩廊にのぼった。そうして図書館へ。リサイクル資料をちょっと見分。もらっておくほどのものはない。しゃがんで本を手に取り見ていると年嵩の婦人がちかづいてきて見たいようだったので、持ったものをカートにもどして立ち上がり、会釈してはなれる。手を消毒してゲートを通過。はいった途端にほんのすこし緊張のうごめきをかんじたが、あるいてきたしこのころにはけっこう落ち着いていたので、まずいことにはならなそうだった。それでもさっさと用を済ませようとフロアを渡り、海外文学へ。アンナ・カヴァンを回収し、つぎにユーディット・シャランスキーのあるドイツ文学のまえに行ったが、見当たらない。たしかここだったよなという箇所、そして名前のならびからしてもここだろうという部分がちょうど一冊分空白になっていたので、どうもだれか借りたらしいなと判断。しかたないのでハイネ詩集とパウル・ツェラン全詩集Ⅰだけ取って、さっさと貸出に行った。機械で手続きし、リュックサックに三冊をおさめてはやばやと退館。帰りのルートをどうしようかなとおもっていながら、明確に決めないうちに歩廊上を駅に通じる方面にあるきだしてしまい、するととちゅうにホテルがあるのだけれど、その入り口まわりに接してそこだけ天井つきになる歩廊上にはスーツすがたの若い男女がおびただしくうろついており、いったいなんの集団だったのかわからないが、統率役らしい男女ひとりずつが、みんなじゃあそろそろ行くんで、ボイスはいったんやめてくださいとか呼びかけていた。そのボイスというのは、まわりにいる新入社員的な、あるいは就活中の大学生的な雰囲気のスーツ若人たちが、だいたいだれもスマートフォンを口もとにかまえ、しかもそろって下端を口のまえに持ってくるかたちで水平に持ち、それでなにかぼそぼそぼそぼそおのおのしゃべっているのだったが、あれはいったいどういうこころみだったのか? これいぜんになにかのはなしとか見学みたいなことがあって、その感想を口頭で記録させているとかそういうことなのだろうか。まるで不明。しかしみんなそのわりによく口をうごかしていた印象で、ボイスいったんやめてー、と言われてもそのリーダー役から距離のあるひとなんかはまだまだつづけていた。そのなかを通り過ぎていったのだけれど、どういうことを吹きこんでいたのかはぜんぜん聞き取れず。そのあと歩廊上を行きながらこんどはべつの、もっと年上の、しごとを終えてきた雰囲気のひとびととならぶかたちになり、あゆみのペースがだいたいおなじでずっと並行になって、こちらの右に四〇代くらいかとおもえる男女ふたりがあるき、女性のほうが、もう高校生にもなるのにまだけっこう風邪引いて休んだりしてて、などと、おそらくじぶんの子どもについてはなしていたが、じぶんのからだはそれなりにおちつきはしたもののまだ居心地が良くはないし、男性のほうがときおりこちらにちらっと視線を寄せるのもあいまってなんとなく居心地が良くはなく、かといってべつにさきを急ぐでも歩を遅めるでもなく、前後にずれるよう調節せずにそのまま一定であるく。ほんとうは書店に寄ってソローキンなどを買おうとおもっていたのだけれど、そういうわけで気分が乗らなかったので、きょうはもうさっさと帰ろうとおもった。スーパーも寄らずにとりあえずは帰って、あとでもし夜に行きたくなったら行けばいいやと。なにしろ(……)は二四時間営業である。もちろんあしたでも問題はない。歩道橋にかかると心身が緊張しているから左右を見ると高所恐怖が生じそうで気後れしつつ、まえを行くスーツの若い女性三人にさえぎられるかたちでのろのろ渡り、そこで左にひらく階段を下りた。駅ちかくの地下道から線路の反対側に抜けて帰ればいいやとかんがえていた。それでおもてに出ると通りを渡り、電気屋の脇から路地を行って駅のすぐ東側へ。ここの歩道もやはりひとがおおい。対向者を避けようと歩道を降りたところが向こうからもチャリをともなった男子高校生が、いっしょに帰っている女子は歩道にのこしてじぶんが降りたかっこうでやって来たりする。じきに地下道の地点まで来るので対岸にわたって通路へ。ところでここは(……)ビルのちょうど前にあたるが、行きの道で立体交差に向かっていくときに、この(……)ビルが正面からやはり薄陽を浴びて、ほそながく区切られた水色の窓と壁とでブロックをつみかさねてつくったかにみえるその淡色のすがたをほんわりとさせているのをながめたのだった。そのとなりには西洋の城の端のほうにでもありそうなちょっとした棟を真似たようなセンスのよくないカプセルホテルが寄り添うように立っていて、白っぽさと薄水色のフォーマルなオフィスビルと、先端が細まっている濃褐色の俗悪ぶりとではとても調和をいうことはできない。地下道を抜けてからの帰路にたいした印象はない。交差点にいたって以降は細道にはいって往路とまったくおなじルートを逆にたどった。道の暗さばかりは格段にちがう。スーパーのそばまで来たころにはもう心身は安定していたので、買い物をしようとおもえばふつうに出来たが、しかしやはりきょうはさっさと帰ろうとおもったので寄らず。
 帰宅すると五時二〇分くらいだったとおもう。着替えて手を洗い、寝床で脚を刺激しながらGuardianを見たり、パウル・ツェランを読んだり。膝をつかってふくらはぎをやわらかくするれいのあれがやっぱり最強なんじゃないかという気がした。ストレッチをしてもたぶん背中の芯のほうまではなかなかアプローチできなくて、それで緊張感がなかなか抜けないところ、ふくらはぎを膝でさすぐあのうごきはどうも背の奥までほぐれるような感じがある。だからやはり臥位でだらだらしながらものを読む時間がもっと必要なのではないか。じっさい七時前くらいまでそうしてだらだらしていたところ、いまこうしてきょうの記述を、からだの緊張にさいなまれることもなく調子良くできているわけだし。夕食はまえに買っておいてずっと食べていなかった生ラーメンをこしらえた。賞味期限一〇月三日だったわ。二人前だったけれど一気につくって平らげた。まず鍋に水をすこしだけ入れて熱し、スープの袋ふたつをそのなかに入れてあたためる。取り除くとあらためて鍋に水を注ぐが、調理方法の説明に、スープに水を二五〇ミリリットルくわえますとかあったとおもったので、電気ケトルで四〇〇ミリリットル強をおおざっぱにはかって鍋へ。火にかけ、そこにあまりもののシイタケと白菜とキャベツを切って投入。スープ二袋もとちゅうで入れて、しばらく煮込む。背伸びとかして待ち、いいかなというところで、コンロは一口しかないので、いったん鍋をどかして冷蔵庫のうえに置いておき、麺はフライパンで茹でるしかない。水を注いで強火で沸騰を待つ。そのあいだは椅子に腰掛けて静止していた。沸騰すると麺二袋を投入して、しかしフライパンだしぜんぜん踊らないので箸でつまみあげたりかき混ぜたりしてほぐすのを手伝わなければならない。それでしばらく茹でるとザルに取り、振って、鍋をコンロ上にもどすとそこにくわえて、野菜やスープとともにちょっと加熱してOK。丼もないので椀によそって二、三杯に分けて食うしかない。まあふつうにうまいというか、まずくはない、ふつうの生ラーメンの味。ふつうに満足。ほんとうは一杯だけであしたに取っておいても良いのではともおもっていたのだけれど(麺はでろでろになるだろうが)、けっきょくぜんぶ食べてしまった。そうできるあたりは体調の回復が見て取れる。洗い物を済ませるとさっさと歯も磨き、そのあとはアンナ・カヴァンを三箇所書抜き。Benny Green Trio『Testifyin!』をBGM。そののちにきょうの記述をしてみるかとはじめて、さいしょのうちは飯を食ってまもないから胃液感がほんのすこしだけあったのだけれど、じきにそのわずかな違和感もなくなり、ここまで調子良く書けたが時間は相応にかかっており、いまもう一一時四分。九時にはじめたとしても二時間か。まあひさしぶりに外出路の記憶をけっこう丹念に書けたのでその点は満足だが。


     *


 そのあとはたいしたこともなく、だいたい寝床でなまけただけ。


―――――

  • 「ことば」: 31, 9, 24, 16 - 20
  • 「読みかえし2」: 463 - 469
  • 日記読み: 2021/11/12, Fri. / 2014/4/2, Wed.


―――――


Harry Taylor and Samantha Lock, “Russia-Ukraine war at a glance: what we know on day 261 of the invasion”(2022/11/11, Fri.)(https://www.theguardian.com/world/2022/nov/11/russia-ukraine-war-at-a-glance-what-we-know-on-day-261-of-the-invasion(https://www.theguardian.com/world/2022/nov/11/russia-ukraine-war-at-a-glance-what-we-know-on-day-261-of-the-invasion))

Ukrainian forces have entered the centre of the southern city of Kherson after Russia’s retreat to the west side of the Dnipro River was completed. They were met by jubilant crowds who greeted soldiers as they arrived in the city for the first time since Russia captured it on 2 March. The Ukrainians claimed 41 settlements as they advanced towards the city, the capital of the wider province.

     *

Ukraine’s defence minister said Russia still had a contingent of 40,000 troops in the Kherson region. “It’s not that easy to withdraw these troops from Kherson in one day or two days. As a minimum, [it will take] one week,” Oleksii Reznikov told Reuters. He added that intelligence showed Russia’s forces remained inside the city, around the city and on the west bank of the Dnipro. Vadym Skibitsky, Ukraine’s deputy military intelligence chief, estimated more than half the Russian soldiers that had been stationed on the right bank of the city were still there – a force that had previously been put at 20,000.

Kyiv has said it is wary of rushing in and claiming victory, warning it may be a trap by the Kremlin. Ukraine’s army chief, Valeriy Zaluzhnyi, said Kyiv could not yet confirm whether Russia was indeed pulling out of the city, but Kyiv’s forces have advanced 36.5km (22.7 miles) and retaken 41 villages and towns since 1 October in the region. That included 12 settlements on Wednesday alone.

     *

Forty-five Ukrainian soldiers have been freed in a prisoner exchange with Russia and the bodies of two killed Ukrainian soldiers have also been repatriated, the head of the Ukrainian presidential office has said.

     *

The head of Russia’s Wagner mercenary group, Yevgeny Prigozhin, has said his organisation has started training civilians in Russian regions bordering Ukraine to form a militia and build fortifications.

     *

The US’s top general and chair of the joint chiefs of staff estimates that Russia’s military had seen more than 100,000 of its soldiers killed and wounded in Ukraine, adding that Kyiv’s armed forces have “probably” suffered a similar level of casualties. Mark Milley’s remarks offer the highest US estimate of casualties to date.

     *

The US will send $400m (£338m) more in military aid to Ukraine, officials announced on Thursday. According to the Pentagon, the aid package will contain large amounts of ammunition and, for the first time, four highly mobile Avenger air defence systems. “This increased air defence will be critical for Ukraine as Russia continues to use cruise missiles and Iranian-made drones to attack critical civilian infrastructure,” the national security adviser, Jake Sullivan, said. The US will also buy 100,000 rounds of howitzer artillery from South Korean manufacturers to provide to Ukraine, an official added.


―――――


Nina Lakhani, Climate justice reporter, “Climate ‘loss and damage’: why it’s such a big deal at Cop27”(2022/11/5, Sat.)(https://www.theguardian.com/environment/2022/nov/05/climate-loss-and-damage-why-its-such-a-big-deal-at-cop27(https://www.theguardian.com/environment/2022/nov/05/climate-loss-and-damage-why-its-such-a-big-deal-at-cop27))