2023/2/1, Wed.

  掌を時刻で一杯にして

 掌を時刻で一杯にして、こうしてあなたはぼくのもとへ来た―ぼくは言った、
 「あなたの髪は 茶色でない」と。
 それであなたはその髪を 苦悩の秤に 軽々と載せた、するとそれはぼくより重かった……

 かれらは 船であなたのもとへ向かい、 そしてあなたの髪を積込み、かれらはそれを快楽の市で売りに出す―
 あなたは深みから ぼくに向かって微笑む、ぼくは軽いままの秤から あなたに向かって泣く。
 ぼくは泣く、「あなたの髪は茶色でない、かれらは海の水を差し出し、そしてあなたはかれらに巻毛を与える……」(end27)
 あなたは囁く、「かれらはすでに世界を私で満たしています、そしてあなたにとって私は心のなかの切り通しのまま!」
 あなたは言う、「歳月の木の葉を あなたのもとに置きなさい―あなたが来て、私に接吻する時よ!」

 歳月の木の葉は茶色だ、あなたの髪はそうではない。

 (中村朝子訳『パウル・ツェラン全詩集 第一巻』(青土社、一九九二年)、27~28; 『罌粟と記憶』(一九五二))



  • 一年前。起きたあとの居間からの風景。

上階へ。ジャージにきがえる。一〇時半ちかくの窓外は近所の屋根が白さを貼って大気は平穏にあかるんでおり、そばの家にかくれてわずかしかみえないが、すこしさきのべつの家のまえでススキのたぐいが群れたその脇にひかりがちいさく溜まってふるえていた。よくみえなかったが、なにか車でも停まっているのかとおもっていると、すっきりと淡い水色の空に鳥が一羽、黒いすがたであらわれて、それがしかしくだって樹々や山を背景におくと、はばたきがひかりをはねかえすためなのか、白い翼に転じ、網戸をかけられておだやかにかすんだ地帯にはいってそのまま横にながれていった。と、つぎに視界の左側でうごきが生まれて目をふれば、さきほどのちらちらふるえる光点のばしょで、伸ばしたクレーンのさきに乗って電線に寄っている作業員があり、それであのひかりはクレーン車のボディだったのかと理解された。クレーンはたぶんずっと伸びており、作業員もそこにいたとおもうのだが、まったく目にはいっていなかった。

  • ニュース。

(……)新聞には読売文学賞の発表があった。読売文学賞は部門もおおいし、けっこうおもしろくみている。あとで部屋で記事をぜんぶ読んだので受賞作をメモしておくと、小説賞が川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(河出書房新社)、随筆・紀行部門が小澤實『芭蕉の風景』上下(ウェッジ)と平松洋子『父のビスコ』(小学館)、評論・伝記賞が山本一生『百間、まだ死なざるや』(中央公論新社)、詩歌俳句賞が須永紀子『時の錘り。』、研究・翻訳がくぼたのぞみ『J・M・クッツェーと真実』(白水社)。なまえをみたことがあるのは小澤實(先日、書評欄でこの本がとりあげられていた)とくぼたのぞみ(クッツェーの訳者としてふつうに書店でみかける)くらい。平松洋子というひとはBunkamuraドゥマゴ文学賞を過去にとっているらしく、ドゥマゴもやや特殊な賞という印象だからすこし気になる(ちなみにいまWikipediaをみると、かのじょの『買えない味』をえらんだのは山田詠美だった)。松浦寿輝が、「派手な意匠を競い合い、けたたましい言論ばかりが幅をきかせる今日の殺伐とした出版界で、かつて幸田文が書いていたような上品な文章を読む機会はめっきり減った」が、「平松洋子幸田文の品位、誠実、洒落っ気を真っ直ぐに受け継ぐ名文家だと思う」と評している。そういわれればけっこう気になる。

ほか、ミャンマーのクーデターから一年を期した連載記事。冒頭は東南部、タイと接するカヤ州のある民兵について。二六歳だったかで、ヤンゴン理学療法士としてはたらいていたが、クーデター後から抗議デモに積極的に参加し、少数民族武装勢力から支援を受けて兵になった。とはいえかれじしんは医療兵みたいな役回りらしいが、しかし前線に物資をはこんだりもするし、空爆は日常茶飯で、すぐちかくでふつうに仲間が死んでいくと。NUG(国民統一政府)は国軍への抵抗を呼びかけ、各地で自発的な勢力がたたかってはいるが、NUGは亡命者から成っており基盤をもたない「オンライン政府」なので、支援の手はとどけづらく、うえの民兵はぜんぜん援助してくれないと不満をもらしていた。NUGのひとりは、とにかく市民が犠牲にならないことが肝要だということで、そのへんの規定をまとめあげ、国連をとおして国際社会のたすけを借りて国軍にみとめさせようと動いているらしいが、そのひとがいうには、NUGが把握していない勢力もあるし、しょうじき現場のすべてに支援をとどけることはできない、われわれにも限界がある、しかしできることからやっているつもりだ、ということだった。

  • 瞑想について。

(……)基本的に人間はなにかをしていないという時間がなく、つねになんらかの行為や行動に追われているので、瞑想で座るようになってもすぐには「しない」の段階にいたることができない。まずそのまえに、「しないようにする」「非能動になろうとする」という段階がある。じぶんのばあいはあった。しかしそれだとけっきょくなにかをしてしまっているじゃないか、能動性にとどまっているじゃないかというパラドクス的状況に困りながらもともかくつづけていった結果、いつか「しないようにする」ではなくて、たんに「しない」ができるようになっていた(というのはおもいこみかもしれず、ほんとうにできるようになっているのかわからないが)。そうすればあとはただその「しない」のままでいればいいだけ。ようするにただ座ってじっとしていればいいだけ。できるようになれば「しない」というのはかんたんなはなしで、「しない」に向かっていこうとするのではなくて、たんに「する」的な要素を発生させなければいいだけ。もし発生してしまってもそのうち停まるのでべつによいし、気づいたときに停止させてもまあわるくはない。停止させる一瞬だけは能動性がはたらくだろうが、それだけだし、座っているあいだほんとうにつねに「する」がまったく起こらないということは無理なので、それがたしょう瞬間的に混ざってもぜんたいをとおして「しない」時間が大半ならいい、くらいのゆるいかんじでやったほうがよい。只管打坐ってそういうことじゃないの? とおもっているのだが。「只管」は「ただひたすらに」という意味らしいが、「ひたすらに」じゃなくて「ただ」のほう、つまりonlyのほうが重要なんじゃないかと。「座っている」、しかそこにない、ということ。「ひたすらに」というとマッチョなニュアンスがふくまれるので、こちらの実感とはあまり適合しない。

  • 現在二月五日日曜日の午後八時台、この水曜日のことはほぼわすれた。往路帰路についても記憶がよみがえってこない。ルートとしてはたしか、アパート南の公園前から折れて、おもてに出たあとすこしだけ南下してコンビニのまえから車道沿いに合流し、ふだんはそこから車道の脇の歩道をまっすぐ行くのだけれど、たまにはちがう道をとおるかとおもって裏路地にはいった。好天で、コンビニのところに出るまえ、歩道の脇にある駐車場の縁で、縦にほそながい長方形を格子とした白い柵の、数本の横棒のうえを陽射しがななめにわたって、それぞれすこし位置をずらしながら棒を経路としたかがやきがこちらの歩にともづれておなじようにまえにすべってすすんでいくのをみた。裏路地のとちゅうにはやや旧家らしい門構えの一軒があり、その庭で白梅がほころんでいるのを目にした。路地を出るとそこは(……)通りだが、いつもの踏切り前の横断歩道からすこし右、すなわち北側の位置で、そこにも横断歩道があってわたれば目のまえから最寄り駅そばの踏切りにつうじる道にはいることになる。そうしてはじめから裏通りをまっすぐすすんで、幹線の(……)通りにいたったあとは先日とは逆で、わたったさきを一本分南下して(……)通りに折れたんだったかな。その後の駅までの道にひろえる記憶はない。
  • 勤務にうつる。(……)
  • (……)
  • (……)

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  • 日記読み: 2022/2/1, Tue.