やっちゃったあとでやはり整理がついてくるというか、「塔のある街」については、ミスったなというおもいもあり、いやでも、意外とそうでもないのかなというかんがえも浮かんで、いずれにしてもいまそれはここには書かない。
 きのうはゆうがたの六時ごろにあるきに出た。ブルーグレーのズボンにうえはジャージで、モッズコート。さいきんひょろさに磨きがかかっていて、このあいだ実家で体重を測ったら五一キロしかなかったし、このブルーグレーのズボンですらかなりゆるく、あるいているうちに下がってきてどうもこまる。いちどアパートをぬけて道に出ると、路面が濡れており、みあげたり片手をさしだしたりすれば雨がぱらぱら降ってきていた。それで階段をもどり、傘をもってもういちど道に。音楽を聞こうとワイヤレスイヤフォンに携帯をポケットにいれてきていたのだけれど、傘をさして視界と機動力をややうばわれたうえで耳までふさぐとなんだかあぶないかなという気になって、イヤフォンはつかわなかった。南の公園前を右へ。細道を行って出るとみじかく渡り、左折してコンビニのほうへ。角からコンビニの駐車場に踏み入ってななめに切る。車道沿いで、車のひびきがやはりなんだか耳とあたまにうるさいようだった。それなので車道からいっぽん右手、北側をとおる裏道を行く。コンビニあたりから傘をさしていて、この路地を行くあいだに二回くらい塀にががっとぶつけてしまい、二度目はちかくのT大学の学生ふたりがちょうど自転車でとおりかかったところで、追い抜かしたうちの右の女子がこちらをふりむいてみやっていた。ちょっとながめにあるきたいような気もしていたのだけれど、いっぽうで気乗りしない感覚もあり、どうしようかなとあたまのなかでまよいながら路地を抜けると、しかし足は道路をわたろうとせずおのずと右に曲がる。それできょうはさっさとかえればいいやとなって北向きにすすみ、スーパーの向かいをとおりすぎ、美容室から香料めいたにおいがただよいでているのを越え、コインランドリーもすぎて四つ辻にかかると右折した。ちょっとからだがほぐれてきていた。小公園まで来るとその敷地の道に接している前面のうちの端っこにちいさな梅の木があって、うすべに混じりの白というよりはくすんだオレンジ色をほんのわずかはらんだような色にみえたその木が、分岐もそうおおくないほそい枝を伸ばしたうえに花はすきまなくついていて、降っているのにまるでうごきをみせずにしずまりかえっているのに、この静止、やばい、重力を馬鹿にしているかのようなこの静止ぶり、とおもった。白梅のかたわらにはもっとちいさな、花の量もすくないつよいピンクの梅もあった。小説なんか書いてるばあいじゃねえ、一刻もはやくこのしずけさを記録しないと、とおもったのだけれど、もうすこしだけあるきたいかんじもあったので、アパートのほうまで来ると路地にはいらず過ぎて、Yの敷地を沿う、信号のない道路に折れた。道の右端をあるき、向かいには敷地のかこいがずっとつづいていて、そのなかにはおおきな白い、いかにも四角い建物があるのを側面からみるかたちになる。ここは敷地の西側にあたって、いま行っている方向は南で、おもてに出て左に折れれば南側の辺を東にあるくことになるわけだけれど、昼間に散歩するときにはそこをよくとおる。すると白い建物を正面からのぞむことになり、だだっ広い地面の向こうに横長の、二階分だか三階分の窓がまったくおなじかたちで均一にいくつもならんだその右端に三角形のうすかげがポケットチーフのようにもれだしているしずかな建物のすがたをあかるい空のもとで目にすると、これはまるきり、ヴィルヘルム・ハマスホイの絵の主題だよなとよくおもう。この雨の宵に側面からみても建物はおおきいくせに重さの印象が希薄で、敷地内はひとかげがまったくないからうごきがなくしずまりかえっていて、そのせいで建物も重量的にいついているかんじがせず、まるで発泡スチロールでできているかのような、巨人がいたらやすやすともちあげてはこべるようなそんな軽さに想像されるのだけれど、いっぽうでさかいのこちらがわである道路のほうはじぶんもあるいているし、ほかにも自転車でとおるひとがあり車もたまにあり、そうすればうすく濡れた路面にひかりのひとすべりもありでうごいており、その対比がやたら印象的で、さかいめである敷地縁の壁に沿ってはむこうがわにかなり太い幹の、なんの木だかわからないがこずえのほうを詰められてしかし節もごつごつとしている木がならんでつづき、枝を落とされたあとからまた生えたり伸びたりしてきたやつらがほんのわずかな波打ちをおびてひょろっとしているのが触手めいていてちょっと魔界の木みたいなかんじで、こんなものばかりみていたら精神にわるいからもうかえろうとおもった。それでおもてに出ると右折し、ちょっと行ってもういちど右折すればアパートの通り。小説なんか書いてるばあいじゃねえとおもったのだけれど、帰るとじっさいには小説のほうを書いてしまった。