うぇっへっへっへっへ! ええ、そう、そうですとも、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ! まったくそのとおり、あなたのおっしゃるとおりですとも! でもね、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ、あなただってわかってらっしゃるでしょう、あのひとたちの事情が! あなただって、しがない……おっと失礼、うぇっへっへ! しがないなんて言っちゃあいけませんな。あなたもそれはそれは映えある九等官なんですから、あのひとたちのご苦労がおわかりになるはずでしょうよ! そんなにカッカしちゃあいけませんや、怒るってことはよくないですからね! なぜって、神経ですよ、神経! なによりも神経にわるいんでさあ、怒りっていう感情は! そう興奮しちゃあだめです、え、盛りのついたスズメバチみたいじゃないですか、うぇっへっへっへ! お顔だって、スズメバチにぶちぶち刺されたみたいに真っ赤になってますよ! おちつきンなってください、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ、そら、そこに、あなたの目のまえにあるテーブルのうえに(ということはわたしの目のまえのテーブルでもあるんですがね、うぇっへっへ!)、嗅ぎたばこがひょっと置かれてありますでしょう、濃い緑色の箱にはいった。それをひとつまみ、どうぞずばっとおやりンなって、ちょっと神経をおちつかせなさいな、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ! そう、そう、いい喫みっぷりですなあ! おちついてきたら、わたしのはなしをお聞きンなってください。なんでって、そんなことはわたしの知ったこちゃあないですよ! あなたのほうからここに座ってきたんじゃありませんか! ここに座ったんだから、あなたはわたしのはなしを聞かなきゃあいけませんよ、え、そういそぐことはない、なにせ、夜は戦争よりもながいんですから! すべての夜がそうだとは申しません、この夜がそうだともどうだともいまはまだわかりませんな、ですが、ときにはそういう夜もあるんですよ、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ! 九等官としてのたしなみです! 知ってください、そういう夜のことを! あの夜がまさにそうでした、ずいぶんとうんともすんともながい夜でしたよ! ちょうどいまから一か月くらい前のことでしたがね、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ、いやいや、そんなにカッカしないで! そんなにいそぐこたアないですよ、夜はながいんですから! 嗅ぎたばこをおやりンなさい、そら、ずばずばっと、おちついてください! いいですか、一か月前のことですよ、わたしはまさに、あるいていたんです……どこをって、決まってるじゃあありませんか! われらがおおいなるこのペテルブルクの(おお、うるわしき女帝エカテリーナよ!)、ネフツキスカヤ大通りをですよ! ほかにどこがありましょうやら? あなただっていつもてっくてっくとあるいてらっしゃるじゃないですか、え、勤めの帰りに、ね、九等官! わたしだってあるいていたわけです、その夜、一か月前の火曜の夜に。そうしたら、浮かんでいるんですよ……なにがって、鼻です。鼻と、耳と、口が、この口はずいぶんとどでかい口でしたけどね! 浮かんでいるじゃあないですか、え、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ? いえいえ、そうじゃありません、そういうこっちゃありませんよ、おちつきンなってください! そんなに唾を飛ばさないで。ひとびとのことを言ってるんじゃないんですよ! わたしは文字通りのことをはなしてるんです、鼻がぷかぷかと、それともぷっかぷっかと、浮かんでるじゃありませんか、ネフツキスカヤ大通りを行くわたしの目のまえに! ちょうどいまこのテーブルが目のまえにあるのとおなじ塩梅ですよ、え、おわかりンなるでしょう、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ、あなたの目のまえにもテーブルがありますからね、うぇっへっへっへ! あ、なに? どうしたんです? どこへ行こうってンです、小便ですか? お待ちになって! お待ちンなってください、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ、そう急いじゃいけませんや。まだ帰るような時間じゃありませんよ、おちついて! 神経にわるいですからね、いそぐのは! さあ、もういちど席に座ってください、え、そうして嗅ぎたばこを……たばこはもういいですか? けっこう! ネフツキスカヤ大通りですよ、なによりも、いま大事なのはね! そら、浮かんでるわけです、鼻と耳と、どでかい口がですね。わたしはおもいましたよ、すわっ、こりゃあなんだ? 鼻と耳と、口か? 浮かんでるんですよ、宙にぷわぷわと、毛糸玉の端切れみたいに。もののけに、化かされてんじゃないか? もののけに遭っちまったんじゃないか、馬鹿にされてんじゃないか? そうかんがえるのが道理ってもんでしょうよ、こんなときには! え、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ、おわかりンなるでしょう? けっこう! わたしァ、ちかづいてみました。なんにせよ、ちかづいてみないと、もののけかどうかもわからないですからね! 道理でしょう! そうしたらですよ、その鼻にはなんと、ニキビがひとつ、くっついていたんですよ! 左側のほうにです。この左側ってのはわたしから見た左側のことですよ、お間違えなく! 鼻の持ち主だった人間からすれば、右側ってことです! 右の小鼻にね、ニキビのくっついてる、わりとおおきなニキビでした、そういう鼻がぷかぷか浮かんでるんですよ、われらがペテルブルクのネフツキスカヤ大通りに! よくよく見てみるとね、どうも年季の入ったようなニキビでした、それでうん? とおもったんですな。なんだか見覚えのあるようなニキビだぞ……すわっ、これはおれの鼻じゃないか! そうなんですよ! ええ、そう、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ、あなたのおっしゃるとおり! わたしの鼻が浮かんでたんですよ、うぇっへっへっへ、ネフツキスカヤ大通りの街灯の下に! こんなことが信じられますか? あれッ、なんだ? 官憲か? 警邏隊です、ワシーリイ・エヴラモーヴィチ! はやく、すぱっとお逃げなさい! お逃げンなって、あなたがこんなところにいちゃあまずいでしょう、え、九等官? つかまらないよう祈ってますよ! 首尾よく逃げられたら、また明日の夜にでも来てくださいな! さあ、急いで、急いで! その嗅ぎたばこは持ってってください、さしあげますよ!