2014/1/21, Tue.

 Brad Mehldau『Live In Tokyo』を流しながら日記を書いていると一時前までかかったが昼寝をしてしまったためか眠気がなかった。日記を読み返すとわずかひと月前の文章が今と大きくちがうので驚いた。当然ながら気に入らなかったので十二月分の記事をすべて削除した。
 八時四十分まで一度も目覚めずに眠り続けた。九時を過ぎて起きだして、米、納豆、大根の味噌汁、豚汁を食べながらPeter Ludlow "Fifty States of Fear"(http://opinionator.blogs.nytimes.com/2014/01/19/fifty-states-of-fear/?_php=true&_type=blogs&_r=0)を読んだ。部屋に戻り、Dana Hall『Into The Light』を流しながら前述の記事と昨日読み終わったJason Stanley and Vesla Weaver "Is the United States a ‘Racial Democracy’?"(http://opinionator.blogs.nytimes.com/2014/01/12/is-the-united-states-a-racial-democracy/)を斜め読みでざっと読みかえして抜き出しをした。五十八の英文と、ガルシア=マルケス『族長の秋』を冒頭から十一頁音読し、ギターを弾いてから皿と風呂を洗った。『族長の秋』をまた一日に十頁でもいいから読みはじめるべきだとわかってはいたが実行に移すことができなかった。
 自由とは思い立ったそのときに散歩をすることができるということにほかならなかった。天頂から降り注ぐ正午の光は暖かかったが西の山の向こうから湧きでる雲で空の半分は覆われていた。家を始点に楕円を描いて町内を一周するようにして歩いた。縦に走る道の両側に不等号がいびつに接続されたようなかたちの六叉路で折りかえした。ホイッスルを鳴らしたような鳥の声を聞いた。そろそろ旬は過ぎているはずだが、いたるところで柚子の木が黄色の実を豊かに実らせ、陽光を受けてつやめき光っていた。斜面に段をなしてつくられた墓場の隅の裸木にカラスが一羽とまっていた。保育園のなかからは子どもたちの声と昼食の食器の触れ合う音がかすかに聞こえてきた。線路の上にかかった短い橋を渡った。線路の両側は背丈を少しまさるくらいの高さまで石を積んだ壁をなし、それよりも上は乾いた草が低く生えた斜面になっていた。ちょうど電車がやってきたので立ち止まって眺めた。灰色の屋根がおのれの真下を通り過ぎてトンネルに消えていくのを見ていると、普段にはない視点をとったためか電車というものの巨大さがまざまざと感じられた。橋を渡った先にある採石場では小学生の時分などにトラックが行き交うのを眺めたものだったが、今や機能しているのかさだかでなく車が何台か置いてはあるものの人影はなかった。そこから駅のほうに曲がって気づいたが、駅前のマンションの向こう、山の上空に巨大な黄色い風船が浮かんでいた。小学校の裏山で何かのイベントでもやっているのかと思われたが、歩いていくうちにそんなに遠くではなくてもっと近く、ちょうど帰宅する途上にあることがわかった。近くに寄ってみると、電線の途中にくくりつけられてそこから上空に浮かび風にふわふわと揺れているのだった。張り渡された電線の行く先をたどると川の上空あたりにもひとつ同じものがあるのを発見した。すぐ近くで電気工事をやっていてそれと関係があるのかないのかは不明だったが疑問に思った通りがかりの人が作業員をつかまえて尋ねていた。その話を聞くことはできず、家の脇に積んだ材木に並んで腰掛けている夫婦の前を通り過ぎ、駐車場の車の横で風船をカメラでとらえているカップルを横目に木洩れ陽の射す坂道をくだって家にたどりついた。十二時四十分だった。
 散歩中のことを記したあとに無為な時間を過ごして気づけば午後二時をむかえていた。あまり健康的ではないと思いながらも久々にカップヌードルを食べたくなってカレー味のそれを食し、こたつに入ってカフカ池内紀訳『城』を読み進めていると暖められた下半身から甘美な眠気が立ちのぼってきていつの間にか意識を失い、四時前まで眠り続けた。陽光は失われて窓外が灰色に染まるとともにひどい冷えこみが始まっていた。妙な姿勢で眠っていたために身体の重さを抱えながら部屋に戻り、Antonio Sanchez『New Life』を流しながら『城』を五時まで読んだ。Sanchezは『Live In New York at Jazz Standard』が巨獣めいたエネルギーを持った名盤だが、昨年リリースされて欲しいと思いながら入手まで一年かかってしまった『New Life』も緻密なアンサンブルを誇る盤で、一枚目の『Migration』も含めてこうも高品質の作品ばかり提供されると驚嘆する他なかった。
 真っ暗になったリビングに上がって洗濯物をたたんだ。つい二、三時間前に食べたカレーヌードルの臭気が胃に残っていて空腹を感じなかったので夕食より先に風呂に入ることにしてわかしているあいだにカフカ『城』を読んだ。温冷浴をおこなうと最低でも三十分は入浴にかかってしまうが風呂は昼寝のベッドと並ぶ聖域なのでそれもまた悪いことではなかった。出て餃子を焼いて食事にし、リビングで読書をしていると七時半になって母が帰宅した。こたつに入って昼の残りだというサンドウィッチや母が会社でもらってきた菓子を食べたり茶を飲んだりしながら本を読み続けた。テレビでは堀内孝雄が歌っており、歌謡曲を好んで聴く趣味はないし感傷的な表現がいくらか鼻につかないでもなかったがさすがにうまいものだと思わされた。
 部屋に戻ってJunior Mance『Junior』を流し、Ray Brownの驚異的な明瞭さのベースに耳を傾けながらカフカ『城』を読み、九時半に読了した。それからはひたすらギターとベースを弾いて十一時をむかえ、日付が変わる直前まで無為に過ごしてから名盤の誉れ高きMarlena Shaw『Who Is This Bitch, Anyway?』をひどく久しぶりに聞きながら日記を書いた。