2014/1/25, Sat.

 六時に起きるつもりが寝過ごして母が起こしに来てくれなければまちがいなく出勤に遅刻していた。七時四十分を認識した途端に焦燥感が身体中を駆けめぐった。それから三十分も経たないうちに送ってくれるという父の車に乗っていた。起きたばかりで血のめぐりきらない身体に一月の朝は冷たかった。
 昨夜は十一時過ぎには眠ったので睡眠時間は充分のはずだったがそれにしてはひどく眠い労働だった。昼に仕事を終えたあとパンを買い教室で食べた。遠慮もなくこちらにおごりを要求する生徒を百円くらいなら安いものだとパン屋に連れていったものの食べたいパンがないなどとわがままなことをのたまうのでこちらの一存で決断してしまったが教室に戻ればおいしいと言ってもぐもぐと食べておりその姿を見るとほっとした。
 電車内では眠ってしまったのでほとんど一瞬で立川に着いた印象だった。図書館でCDはMahalia Jackson『Gospels, Spirituals & Hymns』、Duke Ellington『Live at the Blue Note』、中村八大『Ace 7 Must Collection』を、本はクロード・シモン『歴史』『路面電車』、ユベール・マンガレリ『おわりの雪』を借りた。
 Kくんと合流したのだがいつもの喫茶店があいておらず色々と放浪したあげくに南口の歩廊の下にひっそりとあるカフェに到達した。こじんまりとした店でレジを担当する愛想の悪い男性店員と奥ではかなり高齢の人々が立ち働いているようだった。店の奥に申し訳程度に設けられている禁煙席に座ったが喫煙席との区切りはなくその用を果たしていなかった。Aくんはかなり遅れるというので先に二人でカフカ『城』について話し合ったがKくんはわからなさすぎてほとんど何も語れることがないということで、わからないのは同じだったがこちらがぺらぺらと思うことを色々話すことになった。
 Aくんが到着するころになって駅までむかえにいった。壁画前に立っていると大きな人々の一団が波となって後方からやってきた。それに押されて駅連絡通路を歩く人々は横に押し広げられ、あたりは祭りのような人工密度になった。細川護煕が通っているらしかった。見えるのは緑の字でスローガンが書かれた旗のみで本人か他人かさだかではない声が、ほそかわもりひろです、ほそかわもりひろがとおりまあす、と叫びながらゆっくりと移動していった。
 Aくんと合流して店に戻ってそこから再び話し合ったがすでに言ったことをまたくり返すのは億劫だったので詳しく説明はしなかった。非決定性の文学、みたいなことを言った気がするがそれも的が外れている気がするし、あっていたとしてもたいしておもしろい解釈ではなかった。保坂和志が言うように、小説について何かを言うということはたいしておもしろくなくて、読んでいる最中が一番おもしろいのだった。六時前になって本屋へ行き、しばらくしてNさんもやってきた。次回の課題書は正直さしたる興味はないが『中国化する日本』とかいう本に決まった。
 新年会というわけでもないがお好み焼きでも食べようということになってルミネの上に行った。七時過ぎに入って九時半までいた。五枚頼んで一人千三百円ほどだった。帰りの電車ではBill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』を聞いた。なぜかひどく肩が凝っていた。
 でかけて飯を食って遅く帰宅するときというのは飯を食ってきたのに必ずなんとなく腹が減っている気がして、だから風呂に入ってからもはや具のなくなった混ぜご飯と豚汁を二杯食べた。風呂のなかでは『族長の秋』をぼそぼそとつぶやいた。冒頭から五頁はほぼまちがいなくいけるが、六頁目の途中からどうしても曖昧になるのだった。一日を通して一頁も本を読んでいない日でそれだけで生きている甲斐がないし、あれほど長く外にいたのに観察力が働かずこれを日記に書きたいと思うことが、もっと言えばその場で頭のなかで書きはじめる例のプロセスが駆動することがなかったし、日付が変わってから書きはじめたこの文章をきちんと書く気力もなかった。