2014/2/19, Wed.

 十時半に起床してチャーハンと野菜スープを食べた。これだけでは食欲が完全に満たされていないと感じながらも、最近は欲求ににまかせて食べてあとから苦しくなることが多いので気をつけた。
 Mongo Santamaria『Mongo at Montreux』をかけながら、ミシェル・レリス『幻のアフリカ』を読み、つづけてマルセル・プルースト/鈴木道彦訳『失われた時を求めて 1 第一篇 スワン家の方へⅠ』を二三六頁まで読んだ。ベッドに斜めに腰掛けてヘッドボードと背中のあいだにクッションをはさんでもたれ、脚は床におろしてストーブに当たりながら読んだ。窓際に正午の太陽がそそいで、細かな溝がほられた木の窓枠や、花がらが縫いつけられている白いシーツや、ヘッドボードの木目にとけこんだ。二枚重なったカーテンが裏側から照らされると、内側のレース編みの細かな模様が黒点となって表に浮かび上がり、青と黄のストライプと融合した。飛行機から海上を見下ろすとき、陸地のかたちが天然の地図となって見えるのと似て、空には半島めいた雲が伸びていて、それは読書のあいだにいつの間にか地形を拡大して空全体を薄く覆った。
 風呂を洗ってアイロンをかけてから、リビングのメモに石油を入れるようにと書いてあったので、勝手口から出ようとしたが、屋根から落ちた雪がふさいでいて扉はなかばまでしかあかなかった。玄関のほうからまわって出てみるも、数日前に掃除した勝手口まわりは見事に雪に埋まっている。しかたなく長靴をはき、スコップを持って片づけにかかった。雪は硬く凍りついていて容易には割れず、スコップを何度も打ちつけて崩すあいだに、屋根から絶え間なくしたたる水でうなじを中心に背中が濡れた。なんとか石油タンクの入っている箱のまわりだけは片づけたが、あけてみるとタンクはほとんど空で、徒労にやり場のない怒りを感じた。濡れた体のまま洗濯物を入れてから風呂に入った。冷えきった指先が湯に包まれてぴりぴりと刺激を受けた。近所の家屋根の雪は昨日空き地で見たのと同様の襞をかたちづくっていた。風呂から出るといくらか空腹ではあったが、腹にものを入れたくなかったのでチョコだけかじって血糖値をあげようともくろんだ。
 三時限の労働日であるので、準備のためにはやめに出ようと意気込んだところで玄関の鍵がないことに気づいた。普段は勝手口から出るが今日は閉ざされている。しかし玄関の鍵は両親が持っているので家にはない。母が帰ってくるのはまだ先だった。勝手口から無理やり出るしかなかった。十センチほどしか開かないドアの隙間からなんとか外に出た。このときばかりはひょろひょろに痩せているおのれの体型に感謝した。
 坂を上がって道が街道と合流するところでブルドーザーが出張って除雪をおこなっていた。大口をあけたやつが二台、向かい合わせになり、ブレードを組み合わせて雪を持ち上げていた。裏道にも小型のものが配備されており、黒っぽいレンズの眼鏡をかけた粋な感じの警備員が誘導してくれた。
 意気込んだはいいがはやく来すぎて塾はまだあいていなかった。遠目にそれを確認して、どうしたものかと思いながらとりあえず道を曲がった。わざわざCD屋にいって金を使うこともない。プルーストを読むには場所がない。散歩に出るには時間がない。メモノートを持ってくればよかった。そうすれば眼前にある何であれ書くことができた。少し離れた十字路でオレンジの街灯にもたれて携帯で他人のブログを読んだが、十分くらいしかもたなかった。教室の前に戻るとまだあいていなかったので、駅前に唯一あるファストフード店に入った。通りに面した窓際のカウンターに位置取って、ジンジャーエールを片手にプルーストを読みはじめたが、五頁も進まないうちに、コートを着たまま教室の表の準備をする同僚の姿が見えて店を出た。
 三時限の労働は疲労ももちろんだが拘束時間が長くなるのが何よりも許しがたい。この時期にいたってはみなリハーサルとして五十分をはかって過去問をやるわけだが、まだ忙しいほうがよくて、生徒が問題を解いているあいだの待ち時間などやることがなくて退屈極まりなく、どうにか仕事を見つけてプリントをコピーしてみたりするものの、そんなものはすぐに終わってしまって結局はぼけっとすることになると、なぜ自分はここにいるのかという疑問が持ち上がってくるのだった。明日も明後日もその次の土曜日にいたっては朝から労働だった。さっさと帰宅するとビーフシチューの牛肉のかわりに豚肉を使ったものを食べた。