2014/4/16, Wed.

 九時過ぎに起きることができたから、カレーを二杯食べた。チキンとシーフードがまざっていた。昨日の日記を書いて、すぐに書き終わった。John Coltraneの"But Not For Me"を二回か三回流すくらいの時間だった。John Coltrane『Soultrane』を再生しながら、「柴崎友香 ビリジアン」で検索して出てきた頁をいくつか見ているうちに、十時半だから準備しなくてはならないと思った。緑のジーンズと黒いパーカーを着た。最近この格好しかしていない。
 白と青が溶けあって霧みたいに淡い空で、消えそうな雲のすじが何本も走っていた。びっくりするくらいまっすぐな飛行機雲がそのなかに二本あった。林のなかの竹を切りひらいた斜面に陽が入ってきて葉っぱの緑にまぶされると、ふわりとしてあたたかいオレンジ色が空間に満ちた。風に舞った桜の花びらがそのなかをきらきら舞っていた。ピンクと紫の中間みたいな花の色は春になってあたらしく見る色だった。山もうすい緑と白がまだらにまざりはじめていた。左の尻をさわったらSUICAがなかったから切符を買った。券売機に小銭を三枚入れたら飲みこむみたいな間があってからパネルがぱっ、と灯った。
 このあいだ駅ですれちがったけれど誰だかわからなかった女の人は医者の受付だと昨日思い出した。その人がいた。いつもいた。丁寧で少し冷たい感じのする人だった。保険証を返されて、待合室は人が多かったから別室に行った。すぐにもうふたり入ってきた。隅に観葉植物がふたつあった。ハート型の葉の色がところどころはげているものと、細長い葉が手みたいにひらいたものだった。ないほうが殺風景でいいと思った。窓から見えるのは家の屋根とマンションばかりだったけれど、空も見えたからつまらなくなかった。白に青を一滴だけ落としてひろげたみたいななにもない空だった。にわとりがどこかで鳴いているのが聞こえた。久しぶりに聞いた。『失われた時を求めて』の五巻目を読みながら順番を待った。
 薬局を出ると青空が濃くなっていた。雲がとけたんだと思った。オレンジの日なたと影の境界線がくっきりした。空が明るく透きとおっていたから、山は青い影ではなくて薄緑だった。図書館には新着CDがたくさん入っていた。Nonesuchの民族音楽のシリーズがずらりと一段をうめて、クラシックもいろいろあった。Bob Dylanの初期のリマスターが二枚あった。ブルーノートの再リリース盤が四枚あって、有名なものばかりじゃなくてCD化されていないやつとかを再発すればいいのにと思いながらLee MorganWayne Shorterを借りることにした。新着図書に岩波文庫夏目漱石の『坑夫』があったけれど、マキャヴェッリの『君主論』を借りなくてはならなかった。読書会の課題書だった。
 のどがかわいて、グレープフルーツ味のジュースを買った。風が波みたいに弱くなったり強くなったりしながらずっと吹いていた。遊んでいるみたいだった。風の来るほうを見ると線路がずっと先までつづいていて、模型みたいな車が踏み切りをわたるのが見えた。その上まで空の色は変わらなかった。反対側もほとんど同じ風景だった。電車を降りるとむかいの小学校のけやきの木が見えた。山のうすいところよりも強い黄緑の葉を揺らしていた。あの下で昔よく遊んだ。
 ポストに不在通知があったからMさんのおみやげが来ると思った。入ると母もいま帰ってきたところだった。ジンジャーエールを飲んで、ドーナツを半分もらった。医者にいってきただけなのに不思議に疲れて眠くなった。ソファでしばらく動けなかった。風呂を洗って部屋にもどって、眠らなかったけれどなにもしなかったから眠ったほうがましだった。John Coltrane『A Love Supreme』を流して腕立て伏せをしたから少しはやる気が出て、プルーストを読んだ。六時を過ぎてだんだん暗くなってきた。水のなかにいるみたいに青い夕暮れは遅くなったけれど三月と同じだった。アイロンをかけに上にあがるとMさんのうどんが届いていた。箱に折りたたんだ紙が貼ってあった。アイロンをかけ終わってから部屋に持っていって見た。花粉症の薬の説明の紙で、裏にメッセージが書いてあった。でかでかとお礼の言葉があって、その下に、ターミネーターみたいにムキムキになったMさんの十年後の予想自画像が描いてあった。吹き出しに、予想するに草食系男子の次は筋肉系が流行るから毎日うどんを食べてムキムキになろう、とあった。お礼のメールを送った。もういちど上にあがるとテレビはつけっぱなしで、小保方なんとかいう人の上司の人の会見映像が流れていた。母は電話をしていた。
 風呂に入っているあいだ母はずっと電話していた。夕食をすませた。チキンソテーの汁をご飯にかけて食べて、健康に悪いけれどうまかった。くるり『アンテナ』を流しながら三宅誰男『亜人bot作成をすすめた。BCCKSのページを見ると、閲覧数とか入手数は多少伸びているけれど、紙本が五十冊で止まっていた。山下洋輔『Sparkling Memories』を聞きながら、立ってマキャヴェッリ君主論』を読んだ。註が多すぎた。三十頁くらい読んで、黒田夏子abさんご』を読みはじめた。ふわふわしていた。youtube黒田夏子記者クラブで会見した映像をはじめのほうだけ見た。七十五歳はおばあさんだけれど、彼女はあまりおばあさんではなかった。控えめな笑顔がすてきだった。