2014/6/13, Fri.

 何時に起きたかなんておぼえていない。たぶん九時半とか十時半とかだった。そうだ、前日飲み会で遅くなったから十時にアラームを設定して、それで起きた。遅く寝たからからだが重いかと思ったら意外とそうでもなくて、だけどやっぱり頭は痛かった。何を食べたかおぼえていない。卵をうまく焼けなかったのは前日のことだった。この日はたぶん卵は焼かなかった。だけど何を食べたのかまったく忘れてしまった。
 いつもどおり日記を書いていると母から雷が鳴っているから気をつけて、とメールが入った。五分くらいおいて二回入った。たしかにゴロゴロ言っていた。空も灰色になりはじめていた。しばらくするとぽつぽつ言いだして、あっという間に屋根を叩く音が大きくなった。上にあがってベランダに出て洗濯物をしまった。音が大きいのはひとつひとつが大粒だからで、落ちるたびにベランダの床に五百円玉くらいの円ができた。もどって日記を書きつづけて、いつ書き終わったのかおぼえていない。たぶん十二時過ぎくらいで、そこから蓮實重彦『魂の唯物論的な擁護のために』を書きぬいた。二時過ぎになって入浴した。
 昼前から午後まで雨はどっと降ったらすぐにやんで、またそのうちどっと降って、という感じだったと思う。最初の雨が来てからすぐに雲の位置がずれて、隙間からうすく陽が射していて明るいのか暗いのかわからないなかで雷が鳴っていた。あまり見ることがない光の加減だった。風呂をすませた直後に母が帰ってきた。準備をして、プルーストをすこし読んでから家を出た。
 このころには雨はやんでいた。西に歩く道の右側は林があるから空があまり見えない。左側、つまり南側にはずっと先からずっとうしろまで帯のように広がった灰色の雲が埋めていた。坂道をのぼっているときに、昨日書き忘れたことを思いだした。昨夜の帰り、駅で電車を待っているときに、無機質な電灯の下でFさんの肌がすごく白く見えた。不健康なくらいの白さで、それを見た瞬間にそういえば昔から白い子だった、だから小学生のころはなんとなく人形みたいな感じがあったと思いだした。日記を書く前からそれは書こうと決めていたのになぜか忘れていた。夜更かしのつかれが残ってからだがだるくて、坂をのぼっているだけで息切れして頭が痛かった。坂の終わりあたりは林が途切れて、陽が直接射してきた。西の空には雲が少なかった。北には綿菓子を積みあげたような雲が白く乾いていたけれど、東へ伸びた裾は濡れて沈んでいて、そこから先は水っぽい青だった。電車に乗ると家屋根をこえて空が見渡せて、さっき頭上を覆っていた灰色の雲もいまはたくさんあるうちのひとつで、空は広かった。
 四時間くらい働いた。つかれた。
 母がなぜかむかえに来てくれた。車に乗って西へ走っていると、藍色のなかに沈んだ雲のかたちがはっきり見えた。八時くらいだけれど雲と西の山のあいだはぼんやり薄青くなっていて、太陽が逃げていくほうだからたぶん光がかすかに残っていた。変な色、と母は言った。空が明るいから今日も満月だったけれど、大通りを走っているあいだは家に隠れて見えなかった。自宅のほうで裏道に入ると、南東の空にぽっかり浮かんでいるのが見えた。低いところにあるからほんのすこし赤が混じっていた。
 夕食が蕎麦だったことはおぼえている。ほかにじゃがいものスライスや、唐揚げなどを食べた。食べ終わったあとは蓮實重彦を書きぬきして、風呂をはさんで十時半前に終わった。Michael Brecker『Pilgrimage』を流していた。病気のからだで吹いたとは思えないプレイだった。柴崎友香『ショートカット』も書きぬきしたかったけれど腰がつかれたから、ベッドに寝転がって梶井基次郎檸檬』(新潮文庫)を読みはじめたら、すごくいい書き手だった。細部への視線と描写がみずみずしくて、端正な文だった。こんなにいいとは思わなかった。有名だから小説を読みはじめる前に読んだことがあったけれど、当時はなにもわかっていなかった。歯をみがいてからまたすこし読んで眠った。最近は眠れないことがなくてありがたい。