五時半のアラームで支障なく覚めた。色濃い朝陽が鋭角気味に射しこんでベッドの足のほうに散らばり、窓の脇ではアサガオの葉や青紫色の花に触れていた。しばらくまどろんでから洗面所に行き、戻ってくるとちょうど六時から一〇分間、瞑想をした。前日ほどではないが眠い頭である。上に行くと、台所に入ってフライパンで卵とハムを焼き、即席の味噌汁とともに卓に並べた。食べ終えると食器を片付けて自室に帰り、鈴木大拙『禅堂生活』を読んだ。あいだに歯磨きも済ませながら読書をし、七時半を過ぎると再度の瞑想をした。三四分から四四分まで、陽の色は白くなって、空気に早くも熱が籠りはじめている暑夏である。朝からこんな泥のような陽射しのなかを歩いていく元気はないなと、久しぶりに自転車を駆ることにした。それで僅かに猶予が生まれたのでまたちょっと読書をし、八時になってから服を着替えた。鈍く地味な風合いで銀水色がかったネクタイを付け、寝癖を直してから外に出ると、家の横に回った。自転車は土埃を被り、車輪の真ん中に蜘蛛の巣が掛かっている。汗をかきながら雑巾でサドルや車体を拭き、手近にあった箒を円のなかをいくつも交差する棒の隙間に差しこんで蜘蛛の巣を払った。そうして出発、脚が意外と柔らかく動いて、坂を上るのは思ったよりも息が切れなかった。街道に出て緩い坂になった道を下っていくと、風圧が涼やかで、さすがに徒歩よりも楽である。チェーンが一部錆びついているようで、踏みだすたびに鈍くざらついた金属音が鳴る。その音をがりがりと響かせながら、額に熱を受けて裏通りを行った。職場に着くと働きはじめて、退勤は昼休みももう終盤に差しかかった二時半頃になった。人の少ない昼下がりの裏通りで走行を遮られることもなく、またがりがりと音を鳴らしながら行って、容易に帰宅した。ネクタイを外してソファに上に置くと、窓辺で蟬が騒いでいる。なぜか網戸の傍を離れずにじりじり言いながら軽く上下するばかりで、部屋のなかのほうには飛んでこないが、窓の内側に入ってはいるようである。近寄って一旦静まっているのを見てみると、青緑色がかったような体で、ところどころに赤い斑点が付されていた。網戸とガラスをうまく利用して、部屋の内に侵入させずに空に逃がしてやったあと、ワイシャツと肌着を脱いで洗面所に入れておき、室に帰ってスラックスも脱ぐと、瞑想を始めた。二時四四分から三時一分である。済ませると上階に行き、母親の作っておいてくれたサラダうどんを冷蔵庫から取りだした。テーブルに就いてつゆをかけ回し、かき混ぜて食べると、少々休んだのち、食器を片付けた。次いで釜の米がなくなってしまったので、新しく四合半を研いで、炊飯器にセットしておいた。さらに浴室に入って風呂桶を擦り、居間に戻るとアイロン掛けである。家事諸々を済ませたあと、自分の部屋に帰り、コンピューターを点けてアスペルガー症候群について検索した。その後、四時半を過ぎたあたりから前日の記事を記述しはじめた。途中に内田茂の件で続報はないかとニュースを検索する時間を挟んで、わずか一六〇〇字程度のものを五時半に仕上げると、上階に行った。既に母親は夕食の支度を始めており、肉巻きを作ると言って、茹でたインゲンとニンジンがざるに取ってある。Bill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』のディスク一を自室から持ってきて、ラジカセを使って流しはじめると、自分も手を洗って調理台の前に立った。帯状の豚肉を広げて牛乳パックの上に置き、インゲンとニンジンをその上に並べてくるくると巻くのを繰り返した。すべて巻いてしまうと早速フライパンで焼きはじめ、揺すったり箸でひっくり返したりして赤みが消えると、母親が横から手を伸ばしてニンニク醤油を撒いた。蓋をしてラジカセの前で待っているあいだ、提灯の点った祭りの夜を思わせるような香ばしい匂いが鼻に香ってくる。蓋を開いて揺すると、転がって表に露出した肉の面が、色濃い褐色に染まっていた。六時過ぎには火を消して、自室に戻った。鈴木大拙『禅堂生活』を持ってベッドに横たわったのだが、シーツと接した肌に熱が籠ってひどく暑く、風もそよりとすら入ってこない。暑気混じりの眠気と闘いながら読んでいたが、じきに意識が断続的に失われるようになり、やがて完全に落ちた。下着一枚の格好で眠ったのだが、まったく寒気を覚える瞬間のない温い宵だった。八時半頃まで眠り続けたあと、起きあがって食事を取りに行った。肉巻きをおかずに米を食べ、ほかに白菜の味噌汁や、細くおろされた大根やニンジンの酢の物を食べた。下階に帰ると九時半、ギターをちょっといじって、一〇時前からふたたび書き物である。この日のことを冒頭から綴っていき、一〇時二〇分になると母親が風呂から出たのを聞きつけて、入浴に行った。済ませると一一時前である。七月の終わりからここ数日、新聞記事を写すことを怠っていたので、遅れをカバーしなくてはと机に溜まった新聞のなかから七月三〇日のものを取りあげ、打鍵した。七月三一日のものも一記事写しておき、一一時半になったところで区切りとして、コンピューターを眠らせて歯磨きをした。その後は寝床で、就寝前の読書である。鈴木大拙『禅堂生活』を一時まで読んで、眠気に負けて瞑想はさぼって、消灯して薄布団を被った。